●リプレイ本文
ステージの三日前、ラストホープにあるドームに十人の傭兵が集まった。
「物好きな方はいるもんだ。宜しく頼んますよ」
アンドレアス・ラーセン(
ga6523)がプロデューサーであるディミニオン・ファレスこと、ヒゲ男爵にそう挨拶する。
男爵は白い手袋をした手で自慢の髭をしごきつつ、
「は、は、は、物好きなのは承知しているが、それだけではここまではやらんよ。急なスケジュールですまないが、君達には期待している。頑張ってくれたまえ」
「はい、精一杯、頑張らさせていただきます」
ジーラ(
ga0077)が頷いて言った。傭兵達は男爵やスタッフに挨拶をすると、ヒゲバロン達と共にミーティングルームへと移動しステージ内容の打ち合わせに入る。
その中でうきうきと弾んだ調子で声をあげているのは篠原 悠(
ga1826)だ。
「やった! 大ステージ! 夏フェス!! う〜ん‥‥傭兵になってLHに来て半分諦めてた夢が依頼でかなうなんて!」
瞳を輝かせ、胸中で呟く。
(「しかも、親友やら大好きな人と一緒とか幸せすぎるっ! 頑張るで!」)
ぐぐっと己に気合を入れる。テンションゲージなるものがあるなら、たぶんメーターが振り切れていることだろう。
「んっふっふっふっふっ、この大舞台‥‥【IMP】飛翔の時っ!!」
同様にグッと拳を握りしめ突き上げて言う少女が一人。葵 コハル(
ga3897)である。
所属してる能力者アイドルグループ【IMP】を世界へと知らしめる為に同アイドルグループの緋霧 絢(
ga3668) や先のジーラと共に参加したのだという。
「IMPの宣伝活動の為にも、人々を勇気づけるためにも、頑張りましょう」
緋霧が頷いて言う。
「とりあえず、まず何をやるかを決めないとな」
レティ・クリムゾン(
ga8679)が言った。
傭兵達は長テーブルを囲み、ホワイトボードも引っ張り出して来て意見を交わす。
相談が続けられる中、阿野次 のもじ(
ga5480)がホワイトボードの前に立ち、きゅきゅきゅーとマジックで図解を描いた。彼女はバン! とボードを強く叩くと熱く語る。
「ステージOFナイトF! 全員に十二子宮シール付インカム支給! 蟹座万歳!」
「いや、今の時期的にゾディアックを彷彿とさせるのは不味くないか? 敵だし」
虎牙 こうき(
ga8763)が思わずツッコミを入れた。
「細かい所はノリデGO! 読むな熱い魂で感じろ!」
「そんな無茶な?!」
そんな調子で話し合いは続いた。その結果「傭兵の戦う意味」をメッセージとし、パートを三部に分け、それぞれにテーマを定めるという事になる。
「ふむ、大体意見は出揃ったかな?」
プロデューサーのヒゲ男爵が言った。ホワイトボードへと書き込んでゆく。
――――――――――――
企画名(アンドレアス案)
「 音楽とダンスで魅せるショー
The Last Hope CARNIVAL 2008 Summer
‐ Spirits of Mercenaries ‐ 」
・全体を3つのパートに分け1つのメッセージ〔傭兵の戦う意味〕が完成するよう構成
OP
篠原 OP・ED曲での煽り、曲前奏前に『Clap your hands!』『Stamp your heel!』と、手拍子と足踏みで観客を炊きつける。
阿野次 OP・ED参加 花びらを詰めたクス球用意 最後に花・吹・雪
パート1
ジーラ ダンスメイン。レティ達とダンスバトルも
聖 ギター4人による壮絶なギターバトルに参加
篠原 ギターバトル参戦
緋霧 無し。
葵 ダンス参加 バックダンサー
阿野次 「ネオ御伽噺伝説」(パート3でも可) ダンス参加
アンドレアス ギターバトル参戦
乾 ダンスバトル時にリズムキーボード
レティ ダンスメイン、ダンスバトル
虎牙 ギターバトル参加
パート2
ジーラ バックダンサーとして参加
聖 無し。
篠原 歌とダンス「Tell me why」 ダンスバトル出演
緋霧 IMP全体曲「Natural」個人曲「My Heart 〜Ver.Love〜」
葵 バックダンサー
阿野次 バック要員
アンドレアス バック演奏
乾 弾き語り「Please hold me」
レティ バックダンサー
虎牙 バック演奏 静かな曲の場合・オカリナで
パート3
ジーラ【IMP】メンバーとして参加。歌とダンスメイン。
聖 【IMP】による歌の際バックダンサーとして参加。「BREAK OUT」(ミドルテンポのHR)☆悠:ドラム/幸香:鍵盤で参加を希望、間奏ではラーセンとのソロ合戦
緋霧 IMP全体曲「Catch The Hope」
葵 バックダンサー ☆BO・ドラム
阿野次 バック要員
アンドレアス バック演奏 ラストでは花火をギターに仕込む演出予定 ☆BO・間奏ソロ合戦
乾 ☆BO・鍵盤
レティ バックダンサー
虎牙 バック演奏
パート未定行動
葵 【IMP】宣伝挨拶。全体司会
――――――――――――
「ざっと、取りまとめてみたが‥‥」
ヒゲ男爵が自慢のヒゲをしごきながら言う。
「何点か噛み合わない箇所があるな。
篠原君はパート2でダンス対決予定のようだが、ダンス対決があるのはパート1のようだな。ダンス対決とギター対決が連続になる、注意してくれたまえ。
IMPに関してだが、緋霧君はパート3からではなく、パート2から全体曲を始めるようだね。となるとIMPはパート3から開始とする者もパート2からこれに加わる、という事で良いのかな?
虎牙君は静かな曲の場合はオカリナで演奏ということだが、これはIMPの「Natural」が適当かな? 音を合わせておいてくれ。
あとOP曲とED曲というのは‥‥全体の流れがどんな具合になっているのか、今出ている案だけでは把握できないのだが、これはアンドレアス君の作曲するテーマ曲で良いのかな? またダンスバトルというのはどういった風に? 一言にバトルといっても形式が色々あるが‥‥これはギターバトルにも言えることだが。ううむぅ。とりあえず個人ではやるがジャッジは出さないという形式で良いかね? このステージは大会ではないからな。いくら優れた技巧を見せつけても、お客を置き去りにしては元も子もなかろう。
また細かいところも色々と相克している部分があるようだ。とりあえず言える事は、このままでは使えない。一方を通すと一方が立たぬからね。極力これに合わせるようにするが、こちらで一旦まとめて調整させてもらう。諸君等の希望にそわない部分も出ると思うが‥‥勘弁してもらえると有難い」
男爵はそう言った。果たしてこのステージは成功するのか否か、それは神のみぞ知るところである。
●
翌日、聖・真琴(
ga1622)は突貫作業で全体の曲のリズム体をマシンに打ち込んできていた。当日はこれを裏方の音響係に流してもらうつもりである。ギターを弾ける者は四人いるが、ドラムやベース等の演奏担当となるといないからだ。打ち込みはスタッフに分担を頼んでも良さそうだったが、一人でやってきたらしい。結構な作業量である。
「ちゃんと寝たか?」
「ああ、大丈夫大丈夫」
欠伸まじりに聖は答えを返す。聖が打ち込んできたそれを元に、傭兵達は音や動作を合わせる。歌声が響いた。
「ん、この曲ならオカリナが入っても邪魔じゃあなさそうだな」
虎牙は予定通り「Natural」へとオカリナによる演奏で加わる事にした。
「しかし、皆上手いな〜」
音楽関係の活動も行っている者達だけに個々の技量は高い。
(「俺も足を引っ張りたくないし頑張るぞ!」)
男は胸中で気合を入れ練習に熱を入れる。オカリナならば、大抵の曲ならそれに合うように演奏する事が可能だというのだから虎牙もかなりの腕前ではある。
レティ、ジーラ、篠原悠はダンスの練習に余念がない。篠原はダンスが本業ではない為、足をひっぱらないように特に、という訳である。ジーラは皆の呼吸の合い具合に重点を置いてチェックをしている。
「んー、ぼーっとしてちゃ勿体無いよね、元気とヤル気も有り余ってる事だし!」
という事で葵コハルもまたダンスに参加する事となった。
乾 幸香(
ga8460)は主に二部の「Tederhearts」の時間帯に主演し、オリジナルの弾き語りの曲を披露する予定であるが、ダンスバトルの際にはリズムキーボードも担当するらしくその練習を行っている。
傭兵達は個々の練習の他にスタッフと相談し、当日に配るパンフレットを別途制作した。
「みんなで作り上げるこの舞台、絶対成功させよぉっ!」
聖が言った。
「おうっ!」
一同はその言葉に頷き、それぞれの作業を続けたのだった。
●開始前
夏か冬の夕暮れ、いずれになるかはその島が北にいるか南にいるか、それ次第。太洋に浮遊するその島に、真紅の光が差す。地上にいれば、この色には概ね変わりはない。
島のドームにぞろぞろと人が集まって来ていた。緋霧とスタッフ達は入口等に立ってパンフレットとエンディング曲の歌詞を来場者に配布している。
「うわ〜‥‥凄い人数だったよ‥‥緊張するな〜、大丈夫かな‥‥」
控え室に戻ってきた虎牙が不安そうに言った。
「ここまで来たら、自分を信じてやるだけだ」
レティや篠原はメンバーと共にダンスの最終チェックを念入りに行っていた。
今回のイベントのテーマ曲はアンドレアス=ラーセン作曲のリズム重視の曲である。曰く「Call&Responceのしやすいシンプルなフレーズ」であるらしい。各パート毎にアレンジを変え繰り返し使う予定だ。
かつて、アンドレアスは音楽では人は救えないと思いギターを置き武器を取った。
しかし、彼は思い出したという。世界を変えるのは人の心だと。
(「俺はPlayer、そしてこれが俺のPrayerだ‥‥」)
出会いと別れと四年ぶりの恋。思い出させてくれた全てに感謝を捧げよう。
「‥‥最高のステージ、魅せてやるぜ」
アンドレアスが気合を入れて言った。傭兵達は開始前にあたり円陣を組む。
「皆とこのステージが出来て幸運だと思う‥‥きっと最高のステージになるよ。さぁ、ボクたちのありったけの想いをぶつけに行こう!」
とジーラ。
「気合い入れていこっ! さぁ、みんな一緒にぃ〜〜♪」
聖が言う。
「It’s a showtime!」
ステージが、始まる。
●Part1 bravesouls〔勇気〕
闇に包まれたステージ、一万近い数の人間が客席に座っている。巨大なスクリーンが静かに光に満ちる時を待っていた。
ステージ上に光の柱が伸び、ひらひらと花びらが舞い降りてきた。スクリーンに「bravesouls」の文字が投影された。意味は勇気。戦う為に必要なもの。
「そんなに難しいコトじゃない」「扉を開けるように」「一歩だけ踏み出すように」「さあ、手を伸ばせ」スクリーン上に詩の内容が一行一行流れてゆく。
光と共に花弁が降り注がれる中、出演者達がステージの上へと歩いてゆく。ジーラ、緋霧、葵、阿野次、乾、レティ、篠原。演奏前、の静寂の中「Clap your hands!」「Stamp your heel!」声が響く。篠原は客席へと向かって手拍子と足踏みで呼びかけた。
ギターの音が鳴り響いた。それと同時に音響がテーマ曲を流す。Call&Responceのしやすいようにとアンドレアスが作曲したシンプルなフレーズだ。
聖、アンドレアス、虎牙の三人がワイヤレスのギターを弾きながら個別にステージへと現れる。
「皆さんこんばんわー!」
マイクを握り葵コハルが、ステージ前方へと進み出て数千の観衆を眺め、息を吸い、声を張り上げる。来場感謝の意やメンバーの紹介などをした。
「では曲の方いってみましょう!」
葵が一通りの挨拶を終えるとステージ上から音と光が消えた。闇の中で舞台が動き始める。
光無き静寂の中、立つ少女が一人。阿野次のもじだ。
「夏!」
覚醒した少女の身から紅蓮のオーラが立ち昇った。黒を背景に赤い光を纏って舞台中央へと浮かび上がる。ピンクのセーラ服にスク水プラス、四肢の先に鈴をつけている。リン、と涼やかな音を響かせつつ、マイクを握りしめ少女は言った。
「さあ夏が来た今年も夏が来た。栄華と挫折と鬼ごっこの季節が!
我々に敗者復活戦はない! あるべきはあ奴らに対するリベンジ戦だぁけだ!」
ハイテンションボイスで腕を振り上げ、会場の皆を鼓舞するように叫ぶ。
「どんな困難だって打ち破れる。打ち壊せ! 打開せよ! デストローーーーーーーーイ!!」
会場にハイテンションな曲が流れ始めた。初めのナンバーは阿野次のもじ、ネオ御伽伝説、と司会を兼任する葵がコールする。
阿野次は息を吸い込むと歌い始めた。
「ネオ御伽伝説」
覚醒せよ少女プリンセス
待っていても白馬の王子様はこない。ダッテサイキンノオトコノコソコマデタフジャナイ
GET Meruhen
茨で囲まれた100年の眠りなんかいらない
赤い頭巾とスカートひらり翻し、剣の翼で乱気流
立ち塞がる宙の敵を切り咲き、太陽に向かって微笑よう
活目せよ少年、勇者
立ち塞がる原生林、右か左の道ドチラヲイクカヲセマラレル、サアドッチダドッチヲエラブ
GETroman
100年の眠りを覚ます目覚ましは
陽気に一つ口笛吹いて迷わず手瑠弾
真ん中の原生林ぶち抜いて、気に入った第3の道で一直線! HYU
少女が歌いきると同時に暗転。舞台は再び暗闇に包まれる。拍手と歓声が飛ぶ中、葵コハルが次のプログラムの内容を告げる。続いてはレティ・クリムゾン、ジーラ、篠原悠の三名によるブレイクダンス、と。
ステージ中央、薄闇の中に立つ影が三つ。左から先から次いでジーラ、レティ、篠原だ。その片隅でキーボードに前に立つ影が一つ、乾幸香だ。
乾が鍵の上で両手を閃かせた。低い、重音の弾力のあるリズム。ステージ上に光が輝き、三人のダンサーは軽やかに跳んだ。
膝を軽く曲げ、腕を振り、腰を落とし、上げ、リズミカルに足を前後に交差させる。トップロックだ。手をクロスさせ、捻るよう右足を左前方に出しながら腕を鳥の羽のように後ろに勢い良く振り上げる。腕をクロスに、右足も戻し、今度は左足を出す。左右対称に交互に動く、前後にリズムに乗って。
トップロックから切り返し、手を床につく、足を交差させながら回転してゆく。一、二、三、四、五、六、シックスステップ。左手をつき、左足を横に、体は斜め、スライディングのような格好か。右脛を左の膝うらに当て押しながら地につき、左足を曲げて崩す。左足をあげてつき前で左右を揃える。左手を地から離し右手を地につき、右足を左足にからめるよう曲げる。左足を後方へ。両手をつきながら右足を最初の位置へ戻す。加速する。
手つき軽く跳躍、足をスイッチ、五歩、回転。さらに加速、三歩。跳ねるように縦回転と横回転を混ぜながら円を描くステップ。
曲のサビに合わせて動きを変える。背を床につけて派手に回転する。ウインドミル、恐らく最もポピュラーであろう動きの一つ。激しい回転から片手マックス。次いでヘッドスピン、ハローバックス。曲に合わせパワームーブとブレイクを繰り返す。
一連の動作を終えた後、阿野次とレティ、篠原が下がりジーラが前に出た。ソロでの踊り。ダンスバトルを組み込んでいるらしい。
金髪のジーラはタンクトップにジーンズというラフな格好だ。少女はパワームーヴを控え目にフットワークを多用する。リズムに乗って軽快にステップを踏む。技巧派だ。素人などは派手なパワームーヴにばかり目が行きがちだが、この形式の踊りはフットワークにこそ味があると誰かは言った。しかし、それは素人には良く解らない。会場全体では少し派手さに欠ける、と思った者の方が多かった。しかしジーラのそれはステップに注目する者達を唸らせた。
ステップからのブレイクで締めたジーラと入れ替わり篠原が前に出る。定石の流れで踊った。事前にみっちり練習しておいたので、特に可も無く不可もなく踊り終える。
ジーラが終えるとレティが前に出る。観客の眼を意識する。姿勢を綺麗に保ち、胸を張り舞台を広く使って大きく動く。重心を意識しつつ身体の中心から大きく、トップロックからフットワークへ繋げパワームーヴとフリーズを連続で繰り返す。派手に決めた。やってる本人は半端じゃなくキツイが、躍動感あふれるそのダンスは見る者には楽しそうな印象を与えた。
ダンスが終了し、舞台が暗転する。歓声の中、葵の声が響く。続いてのプログラムをマイクに向かって述べる。聖、アンドレアス、虎牙、篠原の四人によるギター対決。
暗転から光が溢れ、ワイヤレスのギターを抱えた少女がステージ上に躍り出た。聖真琴だ。アームやタッピングを多用しながらギターを掻き鳴らした。音が上下に跳ねまわる。トリッキーかつ耳をつんざくようにヒステリックに弾く。所々にブルーノートを交え、泥臭くブルース的なフレーズを演出せんとした。独特の領域を生み出し、半数近くの観客を聖の世界へと引き込む。が、置いていかれた様子の者達も少々。
続いて前に出たのはアンドレアス=ラーセン。元はヘヴィメタルバンドのギタリストだ。一流の技巧の限りを尽くし、魂を込めて超高難度のフレーズを速弾いた。一部の客には理解されなかったようだが、その気迫の籠った派手なパフォーマンスは大半の観客の度肝を抜いた。
三番手は虎牙だ。
「ギターバトル、初めてするな〜♪ 楽しみだぜ♪」
と語っていただけあってかなり楽しみにしていたらしい。数千の観衆を前にして伸び伸びと演奏した。
ラストの篠原は愛用のオンボロギターで70年代ロックの名フレーズをベースに演奏する。技巧よりもグルーヴで勝負した。コアなロックファンや、僅かに来ていた壮年達の心に響いたようだった。
●Part2 tenderhearts〔優しさ〕
ギター対決の終了と共に第一パートが終了となる。
ステージが暗転しスクリーンに新たな文字が現れてゆく。第二部の始まりだ。テーマはtenderhearts、優しさだ。
傭兵は勇気を持っていなければ戦えない。傭兵は優しくなくては戦士たる資格がない、かどうかは定かではないがデンマーク出身のギタリストは優しさを傭兵の戦う意味の一つに挙げた。
「それは誰のため?」「それは何のため?」「わからなくなるから」「不安な夜は傍にいて」
一行づつ詩がスクリーンに浮かび上がっては消えてゆく。
ステージ上、中央にスポットライトがあたった。
光の中、黒塗りのグランドピアノの傍に佇むのは二十歳前後の若い女。落ち着いた雰囲気の衣装に身を包み、ブラウンの髪を緩やかな三つ編みにまとめ、後方に流している。乾幸香だ。
普段はユニット「Twilight」で活動しているが、今回はソロの歌姫「YUKIKA」として参加している。
「あたしのささやかな想いを歌に込めました。聞いて下さい、『Please hold me』」
女は挨拶を終え、椅子につくと鍵盤の上にしなやかな指先を躍らせる。元は業界から一目置かれるインディーズのバンドのキーボード奏者だったという。その実力には定評があった。乾はゆっくりとピアノの透き通った音色を奏でつつ備えられているマイクに向かい歌い始めた。
「Please hold me」
せめて、今だけは永遠を信じさせて‥‥
子供の時には、ずっとこの幸せが続くと信じていたわ。
素敵な花々に囲まれて、
大好きな人達と一緒に、
ずっと笑って居られると無邪気に信じていたのに。
いつか気付くと、花々は軍靴の下に踏みにじられて、
大好きな人達は、獣の牙(あぎと)で帰らぬ姿に。
どこで狂ってしまったのだろう。
ほんのささやかな望みだったのに。
神様が居るのなら、どうしてこんな悲しい事を許しているの?
こんな悲しい想いをする為に生きてきた訳じゃないのに。
だから、お願い。
私に永遠を信じさせて。
今この時だけでもきつく抱き締めて、
「愛している」と囁いて。
あなたのその愛だけはけして変わらぬと。
嘘でも良いから信じさせてよ。
それさえあれば、明日も笑っていられるから。
笑って、あなたを旅立つ事が出来るから。
お願い!
――曲の終了と共に暗転。津波の如く唸る歓声がステージ上へと降り注がれた。
光が落ちた世界でしばしの時が流れた後、葵コハルの声が次のプログラムをコールする。
ステージに光が当たる。中央でマイクを握っているのは篠原。ギターを持っているのはアンドレアスと虎牙。キーボードの前にいるのは乾。
そしてニット帽を被ったダンサー四人、レティ、葵、ジーラ、阿野次が篠原を中心に佇んでいる。
軽快なカウント共に音が弾けた。
篠原は四人と共に踊りながら歌い始める。曲は思い人を歌ったミディアムテンポのR&B、Tell me whyだ。
「Tell me why」
かなわない恋と決め付けて
夜空の星を見上げてる
心の部屋に鍵をかけて
膝を抱えた毎日
始まりは何気ない出会い
目にも留まらなかったのに
今ではずっとあなたを
目で追い続けてる
Tell me why
こんなに胸が痛いのは
Tell me why
こんなに胸が苦しいのは
Tell me why
こんなに抱きしめたいのは あなたの事だけ
今まで無かった気持ち
ずっと気付かなかった自分
今まで知らなかった言葉
ずっと繰り返しているの
Tell me why
こんなに胸が痛いのは
Tell me why
こんなに胸が苦しいのは
Tell me why
こんなに抱きしめたいのは あなたの事だけ
曲の終りと共にダンサー達が一斉に止まる。万雷の拍手。暗転。
次のステージの準備が進み、再び光がステージに当たる。
葵コハルがマイクを握ってステージ前方へと進み出る。先ほどまでバックダンサーをやっていた為、少し息を乱していた。
「えー、皆さんこんばんわー! 楽しんでますかー? 続いては、能力者だけのアイドルグループ【IMP】としてのプログラムになります♪ 今日は来て良かったと思って貰えるように、せーいっぱい頑張るので楽しんでいって下さいねっ!」
ステージ中央に立っているのは葵、ジーラ、緋霧の三名、IMPのメンバーだ。
葵はボーイッシュな印象の細身の女、ジーラは先のダンスバトルにも出演していたブロンドの髪の少女である。緋霧は十代後半の少女で、黒を下地に赤を配したゴシック・ドレスに身を包み、鎖付きの首輪、手枷、足枷をアクセサリとしてつけていた。ドレスの陰から覗く太股にはIMPの文字の描かれている。
バックダンサーは聖、阿野次、レティが努め、アンドレアスがギターを、虎牙がオカリナを担った。
三人の少女たちが歌い踊り、三人の女が影を務める、男がアコースティックを奏で青年は静かにオカリナへと息を吹き込んだ。
曲は「Natural」ヒーリング系のポップスだ。会場を緩やかな時が流れた。
「Natural」が終了すると次いで緋霧は個人で「My Heart 〜Ver.Love〜」を歌った。ポップス調のラブソングであった。少女は全力で歌い上げた。
●Part3 spirits of hope〔希望〕
最後のパートがやってきた。傭兵を構成する三つの要素、アンドレアス=ラーセンが最後に挙げたそれは希望。
希望、災厄の箱から最後に転がり出てきたもの。人は希望によって生き、希望によって殺される。では希望とは?
大洋に浮かぶ巨大な要塞島、この島はラストホープと呼ばれる。人類の究極の砦。最後の希望と。
「一人じゃ戦えない」「一人じゃ歌えない」「ココロに灯を点そう」「もっと君の声を聞かせて」
詩がスクリーンの上を流れてゆく。
ステージ上で歌うのは第二パートから引き続きIMPのメンバーだ。緋霧絢がステージの前方へと進み出て千の観衆へ向けて言う。
「明日を信じられるように、皆に希望を与えましょう」
続いてのナンバーはCatch The Hope、緋霧作詞作曲のポップス調の曲だ。希望の歌。メンバーはマイクを手に歌う。
「Catch The Hope」
歩き出そう 希望抱いて
この空を 私達の セカイを取り戻そう
ココロに 未来夢見て
道は無明 歩みは希望と共に
その想い ココロの灯 絶やさぬように往こう
絶望の先にある 本当の希望求めて
明日をこの手に Catch the Hope
駆け出そう 希望抱いて
この空を 私達の セカイを守り抜こう
ココロに 未来描いて
飛び立とう 希望抱いて
この空を 私達の ミライを守り抜こう
ココロに 明日信じて
歓声が溢れた。暗転。葵の大分息切れ気味の声が響く暗闇の中、一同は急ぎ準備を進める。
篠原をドラム、アンドレアスをギター、乾をキーボードに配し、マイクを握るのは聖真琴だ。ミドルテンポのハードロック。
葵が次のナンバーをコールする。BREAK OUT、と。
光が世界に解き放たれ、眩い光の洪水の中、聖真琴はギター片手にスタンドの前に立ち大きく息を吸い込んだ。
「BREAK OUT」
都会の瓦礫の中 身を潜めて埋もれてる
がなり立てるNEWSに 夢も希望も押し込めた
ちっぽけで弱い自分 敷かれたレール歩く自分
慌ただしい人の波に 飲み込まれ心を閉ざす
それで良い? 馬鹿げたDreamlessWorld
流されていくだけで
それで良い? 思い出してみなよ
自分に何が出来るかを
HEY!叩き壊せ今 殻に閉じ隠った自分を
HEY!試すのさ力を 世界全てを変える為に
立ち止まってばかりじゃ 何も変わらない
『今』を変えられるのはお前達だけ
曲の間奏では聖はアンドレアスとソロ合戦を繰り広げ、場を盛り上げた。曲の終了と共に暗転。歓声と共に三部は幕を閉じた。
●かくて
司会の少女の声が響く、出演者達が全員ステージ上へと出た。
「Clap your hands!」「Stamp your heel!」
篠原が観客へと手拍子と足踏みをしながら呼びかける。会場がうねり、地を蹴る音と手を打つ音が、一体となって鳴り響き始めた。
聖が手に持つギターに指を滑らせた。乾がキーボードを叩く。泣きの効いたギターの音色が鳴り響き、シンセサイザーが彩った。エンディングの曲がホールを流れてゆく。オープニング同様、各パートのテーマをアレンジした曲だ。虎牙はギターを掻き鳴らしながら懸命に歌った。アンドレアスはギターのネックから火花を吹きあがらせた。焔の残滓を宙へと引きながらステージ上を走り魂を込めて弾く。
ジーラ、阿野次、レティ、葵、緋霧はステップのタイミングを合わせながら滑らかにスライドし、踊る。
エンディングの曲もやがて終り、クス球が割れて花の吹雪がふいた。花弁が舞う中、葵コハルが観衆へと挨拶をする。四方からの拍手と共にそのステージは幕を下ろし、その夜は終わりを告げたのだった。
了