●リプレイ本文
左右から切り立った崖が迫る谷底の道、迫る鬼どもを前にして十人の傭兵達が戦線に到着した。
ロッテ・ヴァステル(
ga0066)、平坂 桃香(
ga1831)、クレイフェル(
ga0435)、ベーオウルフ(
ga3640)、不知火真琴(
ga7201)の五人は瞬天速で加速すると、一瞬にして回り込み、鬼達と相良との間に壁のように展開する。
「大丈夫ですか、相良さん!」
覚醒したクレイフェルが言った。
「なんとか、生きてるんだよ」
土埃と血に塗れた少女はほっとしたように答える。平坂桃香はその様子を見て思う。
(「こないだ休んだばかりなのにまた大怪我して‥‥裕子さんも大変というか不憫というか。なんかこの調子だと、そのうち本当に死んじゃいそうで心配です‥‥っていうかこの前本当に死にかけてましたね」)
もうちょっと仕事量減らしたり出来ないのだろうか、と思う。
ロッテは迫りくる敵集団から視線を外さずに言った。
「裕子‥‥無茶するのも程々に、ね」
「ん‥‥」
「鬼退治か‥‥童話の中の主人公だな」
ベーオウルフが言った。忌瀬 唯(
ga7204)は練成治療を発動させると、相良へと二重にかけた。少女の傷が癒え、痛みが引いてゆく。
「余裕があれば飲め‥‥少しはマシになる‥‥」
駆け付けた八神零(
ga7992)が水の入ったボトルを渡して言った。相良裕子は礼を言って受け取ると、瞳を閉じてボトルに口つけて飲む。
その間にも神無 戒路(
ga6003)、ノビル・ラグ(
ga3704)、井筒 珠美(
ga0090)のスナイパー組もまた前進し射撃態勢を取った。鬼の方も前進している。九十程度の間合いから大鬼の前に躍り出た四匹の小鬼達が礫を投擲してきていた。石弾が一同の中央へと雨あられと降り注ぐ。
避けると後ろに当りそうだ。石弾の嵐を平坂は月詠で叩き落とし、クレイフェルもまたルベウスで全弾を叩き落とした。ロッテはアーミーナイフで二発を受け切るが、衝撃に握りが甘くなった所に一発もらう。ベーオウルフは二発を鞘に納めたままの太刀で弾いたが、一発、すりぬけられて身に喰らった。
スナイパー組、井筒は狙撃眼を使えば届くが他の二人は少し射程が足りない。三人はさらに前進し谷の右端に展開する。
「姑息な小鬼ね、今に目にものみせてやろうじゃない」
ロッテが呟く。小鬼の射撃を受けて近接組も前進を開始した。
「相良さん‥お待たせしました‥‥」
唯は相良の隣まで駆けると救急キットを渡した。
「これで治療を‥あと、ボクは錬力があまり無いので‥‥手伝って下さい‥‥‥」
忌瀬は負傷者が出たら救急キットで応急処置をするように要請する。
「さっきは有難う。了解なんだよ」
相良はキットを手に頷いた。
「‥‥谷底に鬼ってか。正に『地獄の一丁目』ってカンジだけど、とっとと本当の地獄にお帰り頂くとすっか‥‥!」
ノビル・ラグは呟きつつ狙撃眼と強弾撃を発動、アサルトライフルをフルオートに入れると、右端の小鬼Dへと狙いをつけて引き金を絞り込んだ。上へと跳ね上がる反動を抑え込みつつ猛射する。弾丸の嵐が線となって伸びた。
井筒珠美は谷のせりでた岩肌の陰に立つと、ノビルの射撃を確認し、狙撃眼と鋭角狙撃を発動させスナイパーライフルのスコープを覗きこんだ。アサルトライフルの弾丸を受け踊っている小鬼Dへと照準を合わせる。引き鉄を絞り発砲。肩に伝わる鈍い反動と共に重い銃声をあげ弾丸が飛んだ。回転するライフル弾が空を裂いて飛び、小鬼Dへと突き刺さる。
神無もまたノビルの射撃を確認すると狙撃眼、鋭覚狙撃、強弾撃の三種のスキルを発動させた。ライフルのスコープを覗きこみ、頭部へと狙いをつけ、発砲。一発目、鬼が横に動いた、外れ。
「‥‥散り逝くがいい‥‥」
軌道を読み再度発砲。弾丸が音速を超えて飛び、鬼のこめかみを撃ち抜いた。ヘッドショット。小鬼Dは駒のように回転しながら血を噴き出して倒れる。
その間に三匹の大鬼が耳をつんざく咆哮をあげ、大地を揺るがしながら迫って来ていた。
迫りくる大鬼Aに対してはクレイフェルが迎え撃った。男の姿が残像を残してブレる。瞬天速で一気に懐まで飛びこむと真紅の爪を振りかざして鬼の胴を引き裂いた。鮮血が吹き出すと同時にクレイフェルは後方へと飛ぶ。大鬼の爪が颶風の如く大気をかき乱して男の鼻先を通り過ぎた。
「地球に居る限り重力の鎖からは逃れられない」
ベーオウルフもまた瞬天速で加速し、大鬼Bへと一気に肉薄すると、鬼の脚めがけて居合いの型から抜刀ざま斬りつけた。大木を叩いたような手応えと共に刃が喰い込む。素早く刀を引いて引き斬る、鮮血が噴き上がる中、鬼の片足へと集中して斬撃の嵐を浴びせかける。
鬼が苦悶の咆哮をあげ、鉄塊のような豪爪を振り下ろす。上体をスウェーしてかわす。大鬼が振り抜いた腕を振り払う。爪が胴を直撃した。ベーオウルフは自ら後ろに飛ぶ。男の身が回転しながら弾き飛ばされる。片膝をつきながら着地、鬼が追撃に豪爪を振り下ろす。刀で受け止める。腕が折れそうな程の衝撃が身を貫いてゆき、大地が窪む。蛍火と爪との間で火花が散った。
不知火は鬼の背後に回り込むと小太刀をベーオウルフが斬りつけたのとは逆側の足のアキレス腱へと突き込んだ。刃を捻り掻き回しながら引き抜く。大鬼が苦悶の声をあげた。さらに滅多刺しにして引き斬る。鬼の足から力が抜け、大地に崩れた。
ロッテは瞬天速で加速すると大鬼の側面を駆け抜け小鬼へと向かう。前進、瞬天速、前進、瞬天速と繰り返し距離を詰める。平坂桃香も前進し、こちらは大胆にも中央を真っ直ぐに突っ切った。
「ふん‥‥退屈はしないで済みそうだな‥‥」
八神零が黒い焔を宿した二刀を携え大鬼Cへと迫っていた。鬼は豪爪を振り下ろし迎え撃つ。八神は二刀の月詠を交差させ受けとめた。
猛烈な衝撃の筈だが、男は顔色一つ変えなかった。
「この程度か‥‥」
鬼が左の豪爪を振るう。右の月詠でブロックする。右の爪が突き出される。月詠を掲げる。すり抜けた。切っ先が胴へと叩き込まれる。男の身が後方へと弾き飛ばされる。
八神は地を擦りながら着地すると、やはり平然と二刀を構え直した。猛然と踏み込むと刀身を赤く煌かせ、怒涛の七連撃を繰り出す。右から袈裟斬りに一撃目、鬼が後ろに飛びのいてかわす、踏み込んで左の二撃目、爪で受け止められる、右から下段を薙ぐ。入った。鬼の脚から鮮血が噴き上がる。黒焔の太刀を振り上げ、クロスするように斬りつける。ガードを突き破り、大鬼がよろめいた。隙を逃さず竜巻の如く猛攻を加える。血風の華が咲き乱れた。
井筒は目標を大鬼Aへと変更すると先手必勝を発動させ、その上半身を狙いスナイパーライフルを三連射した。回転するライフル弾が鬼の筋肉を突き破って穿つ。大鬼の体躯が衝撃によろめく。クレイフェルがルベウスを掲げて突っ込んだ。大鬼の身を二度、三度と斬り裂き、横に飛び退く。大鬼の爪が肩をかすめた。追撃の爪が伸びる、後退して回避。薙ぎ払うような蹴り、後ろに跳躍してかわす。
「鬼退治‥簡単にはいかないか‥‥だが‥‥討たれぬ悪しき鬼はいないものだ」
神無もまた大鬼Cへと目標を変更するとその上半身を狙って発砲した。ライフルが鈍い反動と共に弾丸を吐き出し、回転するライフル弾が吸い込まれるように鬼の肩に叩き込まれる。神無は一発、一発よく狙いをつけ淡々と射撃した。
ノビル・ラグは小鬼への射撃を続行しようとしたが、味方のグラップラーが近づいている。一瞬の逡巡の末、大鬼Cへと狙いを変更した。こちらなら上を狙えば味方には当たりにくい。アサルトライフルを単射に切り替え四連射する。弾丸が大鬼Cの身へと次々に叩き込まれた。
忌瀬唯は超機械を発動させるとベーオウルフへと練成治療をかけた。男の身体から痛みが引きみるみるうちに傷が癒えてゆく。
ロッテ・ヴァステルが小鬼Aへと突っ込んだ。小鬼は剣を掲げて向き直り迎え撃つ。女は斬りかかってきた小鬼の刃を左側面に踏み込んで掻い潜ると、沈みこみながら回転し、後ろ回し蹴りの要領で相手の軸足へと右踵の刹那の爪を叩きつけた。小鬼が弾かれたように勢いよく回転しながら宙を舞う。左手のアーミーナイフを回転させ逆手に構える。小鬼が仰向けに地面に叩きつけられる。見降ろす。
「何時までも調子に乗るんじゃない」
右手をナイフの柄頭に当て、相手の顔面を狙って切っ先を叩きつける。ナイフの先端が鬼の鼻に当たり肉を裂いて骨にあたって滑り、頬との間の窪みへと落ち、貫通した。目を白黒させる小鬼に対してナイフを掻きまわして引き抜く。まだ動く。再度顔面を狙ってナイフを突きこむ。切っ先が頬骨を割った。掻きまわして引き抜く。鬼が絶叫をあげながら剣を振るう。女は横に転がって避け、一回転して立ち上がる。
平坂は小鬼Bを目がけて駆け、練力を全開にして限界突破を発動させた。対象以外からの攻撃は考えず、全力攻撃を仕掛ける。突進からの勢いを乗せ月詠を横薙ぎに繰り出す、小鬼が剣を立てて受けとめる。衝撃に小鬼が仰け反った。少女はその機を逃さず嵐の如く剣閃を巻き起こした。防御を捨てた神速五段。羽虫が一斉に飛び立つが如き音が鳴り響いた。小鬼の首が断裂し、身体のあちこちからも血の霧が噴き出す。滅多斬りにされた小鬼はしばらく硬直していたが、やがて糸が切れたように倒れた。
小鬼Cは石弾を握りしめると、十歩ほどの距離から剣を振り抜いた態勢の平坂に向かって横合いから石弾を投擲した。剛速で飛ぶ礫が少女のこめかみを直撃した。猛烈な衝撃が頭蓋を貫いてゆく。
平坂桃香、身体がゆらぐ、かろうじて踏みとどまった。血が流れて頬を伝った。剣を構えて小鬼Cへと向き直る。鬼が再度礫を連続して投擲してきた。咄嗟に剣を掲げる。
世界が回り、世界が霞む。礫が迫る。防御の剣をすり抜けた。額と腹に直撃する。視界が黒く塗りつぶされて身体から力が抜けた。仰向けに倒れる。止めを刺すべく小鬼Cが剣を掲げ迫った。
ベーオウルフは大鬼Bの爪から脱出して後退すると、刀を地面に突き刺してショットガンを取り出し、胴を狙って一射した。至近からの散弾が鬼の腹を爆ぜさせる。鬼が怯んだ瞬間を狙い、右手で突き刺した刀の柄を握り締め、引き抜き駆ける。一気に間合いまで飛びこむとその脳天目がけて蛍火で打ち込んだ。鬼の額が割れ、血が流れる。鬼の身が後方へと傾ぐ。
後背に回り込んでいる不知火は潜りこむと鬼の延髄めがけて小太刀を突きあげた。刃が骨の隙間に滑り込み、中程まで埋まる。さらに押し込む。刃を捻る。骨が硬い。スライドさせながら引き斬った。鬼の身が眼前に迫ってくる。一歩横に動く。大鬼Bが仰向けに倒れた。
八神は銃弾の衝撃でよろめいている大鬼へと間合いを詰めると、右の月詠を鬼の腹へと目がけて突き込んだ。切っ先が入った。
「図体がでかい奴は狙いやすくていい‥‥」
地を蹴って押し込む。根本まで柄が埋まり、鬼の背を破って刀身が背後へと突き出た。痙攣している鬼の顎下目がけて左の月詠で突き上げる。咥内を貫通し、脳天まで抜けた。二刀を捻り、引き抜く。大鬼Cは鮮血を噴き上げて倒れた。
小鬼Aが起き上がる。傷口が急速にふさがってゆく。再生能力だ。ロッテはナイフを両手に構えると至近距離から投擲した。同時に突っ込む。小鬼が相討ち覚悟で剣を突き出した。小鬼の身に次々にナイフが突き立つ。女は剣の切っ先をすり抜けるようにかわす。すれ違いざま、容赦なく再び足を払って転倒させる。鬼がもんどりを打って地に落ちた。
「堕ちろ、夢無き眠りへと‥‥ラ・ソメイユ・ペジーブル」
ロッテは右足を高々と振り上げると小鬼の眉間目がけて踵落としを叩き込んだ。額が割れて鮮血が吹き出す。まだ息がある。駄目押しにもう一発喉元へと踵の爪を叩き込んだ。鬼が泡を吹いて絶命する。
倒れている平坂が目を開く。横に転がり、膝立ちになると首をふって起き上がる。眼前に小鬼Cの剣が迫っていた。後方に大きく跳躍してかわす。地面を踏みしめ、身を切り返す、月詠を振り上げる、限界突破を発動させた。裂帛の叫びと共に全力攻撃豪速五連斬。小鬼Cの身が滅多斬りにされ、唸りをあげて月詠の刃がその首へと迫る。白銀の切っ先が左から入り、右に抜けた。瞬後、鬼の頭が宙を舞う。首無しの身体が血の柱を噴き上げ倒れた。
「粘りますね‥‥ですが、もう終わりです」
クレイフェルが大鬼Aからの攻撃を回避しながら言った。大鬼はクレイフェルへと猛攻を仕掛けるが、男はヒット&ウェイで、慎重に立ち回り命中を許さない。やがて射撃の集中を浴び、フリーになった前衛に側面や後方へと回り込まれ、猛攻を受けて血の海に沈んだ。
●
「何とか‥‥倒せましたね‥‥」
唯が息を吐いて言った。
「大丈夫か? 相良」
覚醒を解いたクレイフェルが深い感慨と共に言った。傷ついて、疲弊している様は、少し胸に痛い。
「相良は大丈夫なんだよ。むしろ桃香ちゃん、大丈夫?」
少女はそう答えた。慣れてるのだろう。自分の手当てもそこそこに、平坂の頭部に救急キットで包帯を巻いている。
「ん、私は大丈夫ですよ。当たったのが頭だったからちょっと眩暈がしただけで」
と平坂。全力で攻撃するのは非常に強力だが、引き換えに疎かになるものもある。
「‥‥お二人とも、無事でなによりです」
神無が静かに言った。
「二人とも気をつけてな、眼鏡はまた直せる、でも、ヒトは違うで」
クレイフェルが嘆息する。
「相良」
ベーオウルフが言った。
「お前の場合はケガしすぎだ。いつか死ぬぞ。大して親しくも無いが俺はお前が心配だよ」
「‥‥心配かけて御免なさい」
しゅんとしたように相良裕子は言った。
「でも、相良が頑張れば、生き残れる人が増えるから」
「‥‥そうか」
「所でさ、一つ確認しておきたいんだけど――裕子って近眼なのか? それとも遠視?」
ノビルが言った。
「近眼だよ。お医者様からは本読み過ぎだって言われたんだよ」
近眼の凄腕スナイパーというのもまた、凄い話である。
「‥‥スナイパーが近眼で大丈夫なのか? 眼鏡ぶっ壊れでもしたら、致命傷じゃん」
少女は頷き、言う。
「眼鏡は相良の生命線なんだよ」
「今度から‥‥経理を泣かせない戦いをしないとね」
皆にタオルを渡していたロッテがそう言った。
「頑張って壊れないように戦うんだよ」
と相良。一同は手当てと休息もそこそこに谷底の警戒に立つ。
そんな中、井筒が相良に言った。
「九州の温泉地のまだ半分も訪ねていない。嬉野や別府以外にも教えてもらった所へ行ってみたくはないかい」
「そうだねー、落ちついたら、また行ってみたいんだよ」
相良は笑顔を見せてそう言った。
――あ、そういえば、教えてもらった別府の温泉とても良いところだったんだよ、有難うなんだよ、などと会話をかわしつつ守備を続けたのだった。