●リプレイ本文
夏の某日、トンネル内に現れたという山羊頭キメラを退治する為に十人の傭兵がその地を訪れていた。
「山羊頭キメラ、ね」
その傭兵達のうちの一人、賞金稼ぎ女王と呼ばれるゴールドラッシュ(
ga3170)は思った。オーソドックスなキメラ退治こそ、賞金稼ぎとしての力の見せ所であると。きっちりこなして、確実に稼いでおきたいところだ。
「山羊って目が怖いわよね‥‥」
ケイ・リヒャルト(
ga0598)がぽつりと呟いた。独日クォーターの猫のような雰囲気を持つ女性である。
「頭が山羊というと、悪魔の象徴的な姿だな。トンネルのような薄暗い場所に居座るとは、地獄の闇へ還りたいのか。その願い、我らが叶えてやろう」
リュイン・カミーユ(
ga3871)が銀髪を靡かせて言う。
「悪魔でも模したつもりなんでしょうかね。その割にはやる事が微妙にセコいというか」
黒尽くめの青年、叢雲(
ga2494)が苦笑して言った。正面から街を破壊するのではなく、物流を止めて損害を与えるというのは、確かに回りくどい方法だ。
「しかし、実被害はかなり出ているようです。これ以上被害を広げるわけにはいきませんよ」
プロの女子レスラーであるというリネット・ハウンド(
ga4637)が言った。話を聞くに、セコイが効果はそれなりに出ているようだ。この事件での被害額はかなりのものに登っているだろう。
「全く傍迷惑な話ですよねぇ‥‥あぁ、バグア自体が傍迷惑でしたか」
恰幅の良い男が嘆息して言った。ヨネモトタケシ(
gb0843)である。人々のささやかでも平和な生活を取り戻す為にも早急に退治せねばならない。
「まずはどうしましょう〜? 突入してみますか?」
中性的な顔立ちの少年プルナ(
ga8961)が小首をかしげて言った。
「ん、とりあえずは、情報を集めてみましょ」
一同はトンネルへと突入する前にケイ・リヒャルトを中心に聞き込みを行い、山羊人が放つビームに関して情報を集めた。
「上からビーム攻撃だけならまだしもアレだもんな。車がトンネル内あちこちに止まってるだけに洒落にならねぇってわけだ。車のガソリンで爆発がありえるわけで」
地獄トンネルってトコロか? と猫瞳(
ga8888)が警官に言う。その名の通り猫の如き瞳を持つ少年だ。
警官が答えて述べるには、山羊人が指先から放つ閃光の射程はおよそ五十メートル以下で、あまり強くは無いが物を燃やす能力があるとのこと。そしてトンネル内にあった車両はそれで爆発し吹っ飛んでいる、と。
「‥‥はい? 既に爆発済みって訳ですかい?」
黒いグラスをかけた男がびよーんびよーんと弓の弦を弾きつつ言った。元は雇われテロリストとして活躍していたという翠の肥満(
ga2348)である。このグリーンファットマンという名はその当時からの暗号名だ。男は構内爆発を防ぐべく、使い慣れたライフルではなくロングボウを持って来たのだが、既に爆発は巻き起こった後なのだという。
「ええ、トンネル内で車が爆裂し、その破片が至る所に飛び散っています。足場が悪いですのでご注意ください」
「‥‥するとトンネル内には車は多くない?」
歳の頃十七、八の少女が尋ねた。中岑 天下(
gb0369)という。よく名前を間違われることに不満を持っているらしい。ちなみに中岑天下でウツミネシズクと読む。
彼女は車の爆発に注意しなければならないと思っていたのだが、既に爆発しているとなると話が違ってくる。
警官曰く、車が並んでいるのはあくまでトンネルの外である、との事。しかし爆発で吹き飛ばされた車の残骸は、トンネル内に転がっているだろうし、また並んでいる車の全てが爆発した訳でもないかもしれない、と。詳しい状況は解っていないようだ。
ただ、恐らくは、車の密度はトンネル内においては登りも下りも関係が無いだろう、との事。今は通行止めされているからトンネルのこちら側からは登りが、トンネルの向こう側は降りが渋滞しているのであって、通行止めされる以前の時点では両車線ともに車が満ちていた、と。
「そうなの‥‥なるほど、解ったわ、有難う」
ケイが警官に礼を言った。一同は手早く作戦を打ち合わせるとトンネルへと向かった。
●
「この奥にいるのね」
トンネルの前に立ち中岑が言った。トンネル内から生暖かい風が吹いてきたような気がした。
足を踏み入れる。
中は薄暗く、上部から照らす黄色い光だけが唯一の光源だった。爆発でやられたのか所々天井のライトは壊れているものが見られたが、生きているものも結構な数があったので、なんとか戦闘を行える程度には光量があるようだった。叢雲は懐中電灯を取り出して周囲を照らした。
トンネルの中は事前情報の通り車の残骸が散らばっていて、路上には車体の破片やガラスが飛び散っていた。焦げたタイヤ等も転がっている。普通車がトンネルの隅でひしゃげ、壁に激突しているのが見える。爆風で吹き飛ばされたのだろうか。
一同は覚醒し武器を手に進む。その際に彼等は班を二つに分けていた。即ち攻撃班、翠の肥満、叢雲、ゴールドラッシュ、リネット、猫瞳、ヨネモトタケシの六名、叩き落とし班、ケイ、リュイン、プルナ、中岑の四名という編成である。
叩き落とし班の四名が先行しその後から攻撃班の六名が続く。叩き落とし班が歩を進めると、やがて薄闇の影から二つの巨体が姿を現した。
「前方の天井にキメラ2! 叩き落して下さいっ!」
叢雲が言った。キメラは地上に住む生物としては不作法な事に、天井に足をつけ逆さまに張り付いている。二メートル程の体躯で、筋骨隆々であった。山羊の頭を持ち、体毛に覆われている。山羊頭人は闇に赤く光る瞳で傭兵達を確認すると威嚇するように咆哮をあげた。
「了解、行くぞ!」
長髪を覚醒により黄金の色に変えたリュイン・カミーユが言った。一同は素早く間合いを詰める。ケイ・リヒャルトが長弓を構え、影射ちと鋭角狙撃を用いて一本の矢を番えた。
「その目‥‥反抗的ね‥‥」
加虐的な笑みを浮かべ女は呟き撃ち放つ。山羊頭人の赤瞳めがけて鋭く矢が飛んだ。山羊人Aは咄嗟に腕をかざして受け止める。鈍い音と共に突き立ち肉を貫き骨に食い込む。
山羊人Bがケイに向かって指先を向け、光線の束を放った。山羊人Aもまたケイへと閃光を降り注がせる。女は素早く反応すると横に跳んで閃光の束を回避する。ぎゃり、と破片を踏んでらしく靴底が鳴る。光線のうち一本が肩をかすめた。ジュっと音がして焼けつくような熱さが伝わる。
その間にリュイン、プルナ、中岑の三名は間合いを詰め瞬天速でトンネルの壁を駆け昇ろうと試みた。かまくら状の壁を勢いよく上り、そして地面に落ちる。ちょっと角度と高さがきつ過ぎる。不可能だ。三名は宙で体を捌いてなんとか頭から落ちるのだけは避けた。
「くっ‥‥」
叢雲は懐中電灯を転がすと己の身よりも大きい、長大な弓に矢を番えた。和弓ではない、ブリテンのウェールズで良く使われたロングボウだ。対象を見据え、左手で弓身を、右手に弦と矢を持ち、矢を左側から窪みに装填し、弦を打ち起こしながら引き絞る。矢は人指し指と中指で保持する。顎前にそれを構え、狙い、放つ。ロングボウから放たれた矢は勢い良く飛び、山羊頭人Aの身に鋭く突き立った。
翠の肥満もまた遠方の車の残骸の陰に回ると狙撃眼を発動させロングボウを構えた。長大な弓に矢を番え引き開く。視線を真っ直ぐにやり狙いをつける。弓身がぎりぎりと音を立てて震える。裂帛の呼気と共に放つ。弓が震え、矢が宙を裂いて閃光の如く飛んだ。剛速で飛来する矢が山羊頭人Bへと襲いかかり、その肉をぶち抜く。
「まずは落としましょ」
ゴールドラッシュが言ってイアリスを掲げた。練力を開放しエネルギーを極限まで集中させると、三連の剣閃を巻き起こす。瞬後、空気が逆巻いた。ソニックブームだ。音速の衝撃波が山羊頭人Bへと飛び、命中し、炸裂し、吹き飛ばす。山羊頭人は勢いよく回転し路上を爆砕しながら降り立つ
「ぬぉぉぉっ、電磁正拳連打撃『猫瞳ビイイイトォゥ!!』」
猫瞳が二段撃を発動させて超機械による閃光を連打した。が、二段撃は超機械には効果がない。通常通りの手数で蒼光の電磁嵐が飛ぶ。
全力で放たれた蒼光の嵐が荒れ狂い山羊頭人Aの足元に炸裂した。天井を焼き焦がしつつ山羊頭人Aが落ち、宙で身を回転させて地面に着地する。
リネット・ハウンドがゼロを振りかざして肉薄し山羊頭人Aへと斬りつけた。山羊頭人は腕をかざしてそれを受けとめる。リネットは爪を引き戻すと、身を捻りざま突きこんだ。山羊頭人が身を捻る。が、爪が肩口を深々と斬り裂いた。毛が舞い、鮮血が噴き上がる。
「やれやれ‥‥側面が御留守ですねぇ‥‥!」
ヨネモトタケシが山羊頭人Aの側面に回り込み、交差ざま、流し斬った。鍛えられた日本刀の切っ先が山羊頭人の脇腹から入り様々なものを断ち斬りながら後方へと抜ける。羽虫が一斉に飛び立つような音と共に血が噴出し、山羊頭人が倒れた。
衝撃波に吹き飛ばされた山羊頭人Bが起き上がる。突進してきているグラップラー達に指を向け薙ぎ払うように光線を乱射した。リュインは突進しながらかわし、中岑は一歩横に動いてかわし、一本の光線がプルナの頬をかすめた。
「逃がしは‥‥しないっ!」
叢雲、ケイ、翠の肥満はトンネル内を素早く駆けて射線を確保すると矢を番え連射する。弓矢の嵐が次々と山羊頭人Bの身を穿った。苦悶の咆哮が薄暗いトンネル内に響き渡る。
リュインは素早く駆けて間合いを詰めると練力を開放し山羊頭人の腕をめがけて鬼蛍を振り下ろした。唸りをあげて振り下ろされた刃が山羊頭人の手首を切り飛ばし。鮮血を噴き上げさせる。
「地を這い蹲る方が似合いだ」
冷笑を浮かべ、間髪入れずに相手の脚部へと蹴りを叩き込む。刹那の爪が山羊頭人の脛を深々と抉り、その身を揺るがせた。
中岑が踏み込みファングを振りかざしてラッシュをかけた。閃く爪が血風を巻き起こして山羊頭人を切り裂く。プルナは練力を全開にして側面に回り込むとその側頭部をゼロで打ち抜いた。黒爪が頭蓋を突き破り、山羊頭人が口から泡を吐く。プルナは爪を掻きまわすと引き抜いた。
山羊頭人は赤色をまき散らしながら倒れた。
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トンネルの外、翠の肥満は煙草を取り出すと口に咥え、手で風を遮りながら火をつけた。深く息を吸い込む、美味い。
「勝利の一服だぜ」
ぷーっと息を吐き出しながら煙で輪をつくる。器用な男だ。
「あぁ、風呂でも入ってゆったりしたいものですねぇ‥‥」
その隣では刀を一振り紙で血糊を拭いながらヨネモトタケシが呟いている。
「さ、帰りましょ」
中岑が歩きながら言った。二人の男はそれに返事を返し、翠の肥満は携帯用の灰皿に吸殻を押し込み、ヨネモトタケシは腰の鞘に刀を納め一同の後を追いかける。
傭兵達は警官にキメラを退治した旨を述べると、その地を後にしたのだった。
かくてトンネル内のキメラは退治され、交通渋滞は解消された。
しかし、キメラは山羊頭人だけでなく、似たような思想の元に放たれたキメラは多数存在している事だろう。されどそのキメラとの戦いはまた別の話であり、今回の山羊頭人との戦いの話はこれにて一巻の終わりとさせていただこう。
了