●リプレイ本文
出発前、国谷はエミタの摘出の仕方を聞き、また切開用の道具を借り受けた。
「‥‥大丈夫かい?」
また若いオペレーターに問う。
「大丈夫です」
少女は淡々と答えた。
「ディスクはバグアにとっても重要性が高いんだろうか?」
「はい、恐らくはバグア側でも回収を急いでいる事でしょう。兵が派遣されている可能性があります。ご注意ください」
オペレーターはそう答えた。
「ラナさん‥‥」
ヴァシュカ(
ga7064)が言った。
「あの子に会ってくるよ。ねぇ‥伝えたい言葉は何か‥ある?」
「伝えたい言葉‥‥」
ラナライエルは呟く。沈黙と共に本部の喧騒が流れゆく。
「解らない‥‥‥‥何を言えば良いのか」
少女は俯き、ぽつりと声が響いた。
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「故郷での初任務か‥‥」
レールズ(
ga5293)は守りのキーホルダーを手に握り、目を瞑る。精神をまとめると、それをしまった。
――夏の某日、中国の山林、墜落したヘリからBK9と呼ばれるディスクとエミタの回収を目的に十名の傭兵が派遣されていた。
(「他人事とは思えん‥‥」)
依頼の経緯を聞きルフト・サンドマン(
ga7712)はそう思っていた。何時、自分がそちら側に回るとも限らない。彼には見過ごす事などできなかった。生存が絶望的と言われていても、死んだと決まったわけではない。男は最後まで生存を信じ行動しようと決めていた。
「最初から諦めるのは好きではありません」
鳴神 伊織(
ga0421)もまた、生存の可能性を頭に入れ、動こうと思っていた。結末を見てからでも遅くは無い、と少女は言う。その選択は不利益をもたらすかもしれないが、例えどんな結末だったとしても、自分で選んだ事、後悔は無い。
傭兵達は班を三つに分け山の中へと入った。A班、ミア・エルミナール(
ga0741)、レールズ(
ga5293)、水無瀬みなせ(
ga9882)、B班、ルフト、ヴァシュカ、群咲(
ga9968)、C班、国谷 真彼(
ga2331)、鳴神 伊織(
ga0421)、比良坂 和泉(
ga6549)、ノビル・ラグ(
ga3704)という編成だ。
経路は地図を元に国谷が設計した。B班を中心とし左右に十メートル間隔でA班、C班を展開し山中を進む。道など無いので、当然、草木を払いながらの進軍となる。
「最後まで勇敢に戦った彼女達に敬意をはらい、任務を引き継ぎたいと思います」
水瀬はそう言った。アーミーナイフで枝を払いつつ進む。
「何かさ‥‥あたしってばメノミリアとダブるんだよね、なんとなく」
それにミア・エルミナールが立ち塞がる茂みをアクスで薙ぎ払いつつ言った。
「ほぼ同い年で傭兵やっててさ、肉親だって殆どいない。一面識もないけど、全くの他人事とはどうしても思えないんだよね‥‥生きてて欲しいとは思うけど‥‥」
生存は絶望的、絶望的だから絶望的。可能性は零に等しい。
ミアは首を振った。今は、目先の事実を片付けるしかない。とりあえずの最優先はディスクだ。しかし何のディスクなんだろう、という疑問が湧き上がってくる。
(「重要なモノっぽいし‥‥注意して探さないとね」)
胸中で呟きつつ進む。
「BK9ディスクか。この間回収したBK4ディスクと関係あり‥‥だよな。あからさまに」
一方、C班で探索を進めているノビル・ラグは以前受けた依頼との関連を疑っていた。
(「裕子もボロボロになってたケド、BK9ディスクの回収班もほぼ全滅か‥‥其処までの犠牲を払って迄、競合地帯から回収して廻ってるディスクって一体、何なんだろう‥‥?」)
恐らくは軍事機密。しかし何の? 疑問は募るが推察するにしても情報が少なすぎる。解らない。疑問を胸に奥へと進んだ。
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群咲は難しい理屈は解らない、という。だが、ただとにかく、動きたかった。何か行動したかった。可能性が万分の一にも満たなかったとしても、諦めきれない。傭兵達の生存を。
立ち塞がる森の深さが煩わしい。しゃむに刀で斬り払って進む。
「焦るな‥‥焦ればより悪い方に物事は流れる」
ルフト・サンドマンが言った。
「そ、そうですね」
落ち着かなきゃ、と群咲は思う。ここは競合地帯、キメラの溢れる森だ。耳を澄まし音に注意しながら進む。同班のヴァシュカはグッドラックを使用し特に上空を警戒していた。A班のミアや水瀬、C班のノビルも上空へと注意を払っていた。時折、木立の陰から上空を巨大なキメラが飛んでゆくのが見えた。一行は森に身を隠して視界を切り、遭遇を回避しながら進む。
山に入ってから二時間程、経っただろうか。一同はヘリの墜落現場に到着した。
ヘリのローターは折れ、機体は歪み、ひしゃげ、ガラス等の破片が周囲に撒き散らされていた。
ヘリの周囲に一人、少女が倒れていた。身の半ばが焦げ、各部が爆ぜ、足があらぬ方向へと向いている。うつ伏せに倒れた腕の中にはケースが抱かれていた。死体だ。恐らく傭兵のメノミリア=ミレニオンだろう。
ヘリの中を覗く。シートに黒焦げになった男がコクピットで操縦桿にもたれかかるようにうつ伏せに倒れていた。こちらが恐らくホドラム=バンクォー軍曹だろう。どう見ても死んでる。
「安らかに眠らんことを願います‥‥」
レールズが言った。
「中国には夜長夢多という言葉があります‥‥悲しむのは後にして、今は回収を急ぎましょう‥‥」
傭兵達はケースとタグ、遺髪などの遺品の回収を行った。
「仇は取るからね‥‥」
ミアは言って、髪留めを一つ拾った。銀色のバレッタ。
メノミリアからエミタの摘出を開始する。摘出は国谷が行った。
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「‥‥こんなトコで御免。今、俺達に出来るのは此処までだ‥‥」
ノビル・ラグが埋葬を終えた両者に対して言った。土葬だ。穴はルフトがスコップで掘った。墓標にとヴァシュカが菖蒲を差し、周りにジャスミンの花を埋めた。
「寂しくないように、ラナさんの誕生花を一緒にしておくね」
銀髪の少女はそう呟いた。
「後の事はお任せ下さい‥‥」
水瀬が黙祷を捧げる。
と不意に周囲を警戒していたミアの目に影が映った。西側の森の木立の陰、複数。軍服、バグア兵だ。
「西側、敵!」
少女の声が鋭く響き渡ると共に銃声が轟いた。弾丸の嵐が一同へと降り注がれ、大地を爆砕し、薙ぎ払った。傭兵達は素早く反応して駆け、森の木立の陰に飛び込んだ。
「数は?!」
ルフト・サンドマンが木に背を預けつつジャコ、と拳銃をスライドさせてロードする。木の陰から勘で狙いをつけて発砲。重い三連の銃声が轟く。敵からも反撃の弾丸が飛んでくる。弾丸の通り道にあった木の葉が粉々に爆ぜた。
「解んない! でも十人以上いそう!」
激しく銃弾が飛び交う山森、ミアが木の陰に身を伏せながら言う。少女は小銃を取り出そうと思ったが、携帯してない。
「ここでやられる訳にはいかない‥‥!」
ヴァシュカが木の陰から顔を出し、敵が潜んでいる箇所を狙いエネルギーガンで射撃する。エネルギー弾が爆裂し、木々を焦がした。すぐに敵方から反撃の弾丸が飛んできた。咄嗟に木の陰に顔をひっこめる。弾丸が木の幹を削り、木端を散らす。
「命を賭して運んでくれたものだもん‥‥あたし達が守らなきゃ!」
群咲は水瀬の傍に付きつつスコーピオンで反撃した。ここでケースを奪われたら全てが無駄になってしまう。
「敵、南からも来ています!」
水瀬が叫んだ。彼女はアタッシュケースを片手に抱えながら拳銃を撃っていた。メノミリアから回収したエミタも所持している。
「目的の回収は完了しています。撤退しましょう。水瀬さんを先に。援護してください!」
国谷がエネルギーガンを撃ち、閃光の嵐を放って強烈な破壊力を撒き散らしながら撤退の指示を飛ばす。
「OK、任せとけ!」
ノビル・ラグが言って木立から身を出し、アサルト・ライフルで射撃する。フルオートで飛びだす弾丸が宙を薙ぎ払いバグア兵を牽制する。
「全力で食い止めます! 今のうちに!」
レールズもまた殿に残り拳銃を連射した。四連の銃声が轟き、バグア兵の潜む木の幹を穿つ。
鳴神は木陰から飛びだし剣にエネルギーを集中させた。反撃に飛び出したバグア兵の姿が見えた。歯を喰いしばって小銃を構えている。彼にも家族はいるのだろうか――そんな考えが脳裏をよぎる。振り払う。人間は、敵も己も自分で選んでこの場所にいる。そう、きっと、メノミリアもホドラムもそうだった筈。剣を振り下ろした。音速波が宙を飛び、木の幹に炸裂して圧し折る。一同はその隙に後退を開始する。
弾丸が荒れ狂う森を一同は駆けた。
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一同はバグア軍の追撃を振りきり街へと辿り着くと高速艇に乗り込み、ラストホープへと帰還した。
結果、アタッシュケースは回収した。エミタも回収した。しかし、やはり両名は死亡していた。
(「かける言葉は見つからないよ‥‥」)
群咲はちらり、とヴァシュカを見る。
ヴァシュカは言った。
「‥‥御免なさい‥‥救出は出来なかった」
経緯と結果を報告する。詫びる少女にラナライエルは首をふった。
「解ってた。間に合う訳が無いもの。有難う‥‥あの子をつれてきてくれて」
ヴァシュカの手から遺品を受け取りラナライエルはそう言った。
レールズが言った。
「‥‥戦争が終わってバグアと共存出来るなら、あなたはそれを望みますか?」
「解りません――」と少女は言い、そして首をふった「いいえ、嘘。私は、彼等の全てを焼き尽くす事を望むと思います」
「人類が共存を望まないなら‥‥この戦争で失われた全ては無駄だった事になります。結局何も学べない人はいずれ己の手で己を滅ぼすでしょう」
男は微笑んで言う。
「怒りや憎しみの先に何を見つけられるのか‥‥それが希望であると願っています」
それに女は無機質な目で男を見据えて言った。氷のような眼だった。
「私の希望は奴等の破滅です」
人類の歴史は戦いの歴史。だからなのだろうか。レールズは思う、もしその時が来たら、戦を終わらせる為に、今度は自分達は人の心と戦わねばならないのではないかと――
「ラナさん」
ヴァシュカが言った。
「お互い切磋琢磨しようと言ったよね。ならここで立ち止まっちゃダメ。いつか私はここまでやったよとあの子に誇れるように」
じっとラナライエルの目を見据えて言う。メノミリアという女は何の為に戦ったのだろう。何の為に?
「私は‥‥」
少女は俯いて肩を震わせた。
「‥‥それが、希望であると願っています」
レールズはそう言った。
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本部前、人々がプラカードを手に言葉を投げかけている。
ミアは思った。
(「キメラも生きてる? あたしたちも生きてるよ。狩られる側としてね。狩る側の権利を主張するのはいいけど、狩られる側に対してはどうなの? 殺されなきゃ駄目なの? あたし達の命は誰か保障してくれるの?」)
ぐっと唇を噛む。
国谷は思う。彼らに罪は無く、彼らに言葉もなく、僕には聞く耳もない。だけど――
「‥‥黙れ」
比類無い程に厳しい表情、国谷は敵味方の死を見てきた目で人々を見やり射抜いた。
「黙れっ!」
演説を行っていた人々が目を剥いた。国谷の表情を見て一歩後じさる。
男は白衣を靡かせ進み出た。人々の中央を通る。群衆はその背を見送った。男は振りかえらず、そのまま去って行った。他の傭兵達もまた、去った。
空を見上げる。希望の島の空。青く澄んで、太陽が輝いている。地上でもっとも堅牢な場所。ここの空は、輝いている。