●リプレイ本文
南の森道へと続く大橋。灼熱の太陽光が降り注ぐコンクリートの大橋に十人の傭兵が立った。
「いやー、この戦線も大忙しにゃー」
額に浮かぶ汗を拭いつつフェブ・ル・アール(
ga0655)が言った。
「確かに、この地に限った事ではありませんがぁ‥‥街の次は橋、忙しい、ですよね〜」
ラルス・フェルセン(
ga5133)がスローな口調で同意した。
「でも、こう言う任務が出て来るって事は、全体的に上手い事行ってるのかな?」
と首傾げフェブ。それにラルスが答えて言う。
「どうですかねー、ただ、敵が追い立てられて来るという事はー、この辺りの部隊に関しては良いお仕事されているという事じゃないでしょうかー。負けられませんよね〜?」
「そうだにゃー」
「長丁場だけど‥‥気は抜けない、ね」
少年特有の高い声が響く。金髪のリオン=ヴァルツァー(
ga8388)が言った。
「僕たちのせいで、キメラを逃がしたなんて、言われないように‥‥しっかり、守らなくちゃ‥‥」
「そうですね。しかし、道は橋一つで時間は六時間‥‥ですか。なかなか厳しいですね」
辰巳 空(
ga4698)が呟く。
「抜かれれば失敗、そんな緊張感もまた良い物ですわ」
鷹司 小雛(
ga1008)が言った。
「窮鼠猫を噛むとも言いますし、噛まれないように全力を尽くすと致しましょう」
傭兵達は橋の中頃まで進み、迎撃の準備を整える。
「自分が出来る事を確実に‥‥なのです。うん」
田沼 音羽(
ga3085)は呟きつつ防衛ラインの後方に医療キットや水などを設置する。音羽は熱さに備えて長髪を横の位置で纏めていた。
「ふむ‥‥やはり初体験というものは幾つになっても緊張するものだな」
アフロカツラを装着するシュヴァルツヴァルト(
gb0299)がスピアを手にやや硬い声音で呟いた。今回の仕事が傭兵として初仕事なのである。
「こちらの戦力は充実している‥‥堅実に立ちまわれば、問題ないだろう」
八神零(
ga7992)が言った。この橋を渡ろうとするキメラが不幸に思える程である。
「そうだな、堅実にやらせて貰うよ。ドンキホーテのように突撃するのも一興だろうが、私にはそれだけの力量がない。自分に出来る最大限の働きをするとしよう」
シュヴァルツヴァルトはそう答えた。
「そういえばさー、この地域の大雨って、スコールだっけ?」
ラウル・カミーユ(
ga7242)が言った。
「昔学校で習ったヨネ、視界悪そーだし、音も凄そ、足元も滑りそだし、イロイロ注意がいっぱいだねー」
「そうだな、これで誤射などを避けられると良いんだが」
シュヴァルツヴァルトは首元の赤布を指していう。一同は視界不良に供えて目立つ色の布を持参し、それを身に付けていた。例えばリオンなどは「‥‥雨の日は、黄色い傘を差すのがいいって、施設の先生が、言ってたから‥‥」という事で黄色の布を首に巻いている。
「雨、ふらねぇと良いなぁ‥‥」
橋の向こうを眺めつつ風巻 美澄(
ga0932)は強く願っていた。
「なんで?」
「だってタバコが全部湿っちゃうから」
何時間も吸えないとなると、愛煙家にはきつい。
その祈りは天に通じるかどうか。
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「‥‥雨なんか大っキライだ!」
滝のようなどしゃぶりの中、風巻は橋の上で立ちつくしていた。
先刻までは抜けるような青空だったが、僅かの時の間に急速に分厚い雲に覆われ、今は叩きつけるような雨が橋に降り注いでいた。
橋の下では轟音をあげて茶色く濁った川が流れている。
「視聴覚、足場に悪影響――狙ってこないはずはありません、か」
ラルス=フェルセンは豪雨の中に立ちつくしSMGを手に呟く。一同は警戒を強めた。しかし、キメラはなかなかやってこない。
戦闘を行うことはもちろんキツイ行為だが、いつくるともしれぬキメラを長期に渡って警戒しつづけるというのもキツイものがある。さらに豪雨の中を立ちっぱなしとなれば、消耗の度合は平時のそれに勝る。冷たい雨は一同を濡らし、髪や服は重くへばりつき、体力を確実に奪ってゆく。
豪雨の中では双眼鏡もあまり役には立たない。音羽は眼鏡を外してゴーグルを降ろした。リオンは探査の目を発動させて森の彼方をじっと警戒している。少年の雨に濡れた金髪が鈍く光っている。川を流れる激流の音がやけに大きく聞こえた。
不意に豪雨のカーテンの隙間に黒い影が映った気がした。
「何か来る――皆、警戒して」
リオンが言った。
「キメラでしょうか?」
辰巳は南方へと視界を凝らす、影が見える。人型。キメラだろうか? 人間だろうか? まだよく解らない。
「人はこんな所にゃこねぇだろ」
ニコチンが切れ始めたのか苛々した様子を見せながら風巻が言った。
「でも可能性としては零じゃないよねぇ」
とラウル。
「とりあえず、確認が取れるまでは撃たない方が良いかにゃあ」
フェヴが言った。
「了解ですわ。民間の方を誤って撃ち殺した、なんて事になったら大問題ですものね」
鷹司がソーニャと名付けたエネルギーガンを手に頷く。
豪雨の奥から影が迫ってくる。一同は武器を手にそれを横一線で待ち構える。距離がつまる。雨の陰に見えたのは、濡れた灰色の毛並み。
「‥‥狼人です!」
音羽が言った。数は五匹、雄叫びをあげて向かってくる。飛び道具を持つ一同は一斉に武器を撃ち放った。
フェヴはスコーピオンを構えて射撃し、鷹司はエネルギーガンで閃光を撃ち放つ。最左翼に位置するラルスは強弾撃を使用しSMGでフルオート射撃をかけた。ラウル・カミーユもまた練力を開放しアサルトライフルでフルオート射撃する。風巻は電波増幅を用いて知覚力を増すとエネルギーガンを連射し、音羽もまた端に位置してエネルギーガンで光弾を飛ばした。
雨の中を弾丸が飛び、閃光が宙を焼き切る。鉛玉が狼人の皮膚を突き破り、閃光がそれを爆ぜさせた。鮮血が噴き上がり、狼人は怒りの咆哮をあげ、あるいは倒れる。
射撃によって三匹あまりが橋の上に倒れたが二匹は太刀をふりかざして突っ込んでくる。近接組がこれを迎えうった。
辰巳は真音獣斬で衝撃波を飛ばすと、それを追いかけるようにして走り、朱鳳で打ち込みをかける。
「ここから先へは通さん‥‥運が悪かったと諦めろ」
八神は太刀に赤光を煌かせて肉迫すると側面に回り込み流し斬った。シュヴァルツは接近すると腰を落とし、パイルスピアで突く。リオンは自身障壁を展開し盾と刀を構えて前進し斬りかかった。四人の戦士と三匹の狼人が入り乱れ血風の華が咲く。
「ここから先は通行禁止‥‥ですよ?」
やや遅れてラルス、フェヴ、鷹司が突入し、ミルキアと蛍火と望美(月詠)で突きかかる。十数秒の格闘の末に狼人達は血の海へと叩き込まれたのだった。
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「‥‥とりあえず、キメラの死体はどうしましょう?」
ひとまずの交戦を終え、豪雨の中、橋上に血の海をつくっている死骸を見下ろして辰巳が言った。本格的な処理は後の部隊に任せるにしても、付近に死体が転がる中で立ちつくすというのも匂いがきつい。ゼナイド隊は倒したキメラは川へと放りんだようだった。一同は相談の末、橋の南側のたもと、すなわち射撃開始のラインにキメラの死骸を集めた。数が集まれば物理的にも精神的にも敵の足を鈍らせるものになろう、という判断である。
雨はやってきた時と同じようにすぐに去っていった。雲の切れ間から太陽の光が差し込み、青空が広がってゆく。
警備の終了時刻はまだまだ遠い。一同は救急キットで手当てしつつ守備を続けた。
数十分後、双眼鏡で南を見張っていた音羽が再びキメラが接近してきているのを発見する。
「‥‥白虎、ですね」
正確なところは解らないが大きさは三メートル程だろうか、真白な虎が三匹、橋をめがけて駆けてくる。
一同は先と同じく橋の中ほどに横一列に並ぶと、届く者は五十程度の距離から一斉に射撃を開始した。
ラルスは最も左端の大虎へと狙いをつけると腰溜めにSMGを構え、練力を解き放ち猛射した。連続して吐き出される弾丸が宙を埋め尽くし、線となって白虎へと伸びる。鉛の弾丸が次々と突き刺さり鮮血が噴き上がる。大虎は宙へと大きく跳躍し弾丸をかわそうとする。フェヴとリオンが素早くスコーピオンとS‐01で狙いをつけ連射した。弾丸の嵐が次々に白虎へと打ち込まれ、白虎は宙で力を失い地面に激突する。
「はい、近づくとあの世行きだヨー?」
ラウルは中央の白虎へとアサルトライフルで膝撃ちに狙いをつけ引き金を絞った。鈍い連続した反動に銃身が震える。弾丸が先刻までの豪雨のように飛び、白虎を穿った。白虎は血を噴き上げながらも左右に切り返しながら前進する。鷹司がエネルギーガンで狙いをつけた。発射、閃光四連。強烈な光弾の嵐が白虎を飲み込みその体躯を爆ぜさせた。白虎はどぅっと倒れ、勢い余って地面を擦りながら橋上を滑り流れる。
右端の白虎に対しては風巻と音羽がエネルギーガンで狙いをつけ、集中して光弾を飛ばした。二人のサイエンティストに猛烈な破壊力を秘めた閃光が五連射され、白虎の体躯を爆裂させる。肉片と共に血飛沫をまき散らしながら倒れる。
傭兵達は残った死体を再び南の端へと集めた。
それが終わると橋の中央へと戻り、新たな敵に備える。
「‥‥凄惨な光景だな」
濡れ鼠のシュヴァルツヴァルトがややげんなりした様子で呟いた。アフロカツラが雨に濡れて泣いている。このメンバーならば守備するのは今のところ楽なものだったが、精神の方が参ってくる。
「そうですわね」
こちらもまだ服が乾くには遠い。くしゃみをしながら鷹司が頷く。
「傭兵の依頼というのは、どれもこんなものなのか?」
「依頼によりますわ‥‥今回のものは戦線の一角ですし」
「ここを抜かれる訳にはいきません。頑張りましょう」
辰巳が励ますようにいった。
「ああ‥‥そうだな」
シュヴァルツヴァルトが頷く。
傭兵達はその後も守備を続け、キメラは尽きることなく押し寄せてきた。ずっと戦いっぱなしという訳ではなかったが、一時間に一回程度はやってくる。橋の上は死骸の山と流れる血に埋め尽くされていった。
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時は流れ、やがて西の空から夕日が地平の彼方へと沈まんとする。橋の上は真っ赤に染まった。
「夕陽‥‥」
探査の目で南を警戒しつつ、リオンが目を細めた。赤い夕日は戦場にはおいては情けでもあるのかと思う。大地を染めあげた血を誤魔化すから。
敵が来る。
南の林道から飛蝗人が五匹あまりやってきた。
一同はこの日何度目になるか解らない迎撃線を橋の中央に引き、迎え撃った。
ラルスとラウルがSMGとアサルトライフルでフルオート射撃し、フェヴとリオンがスコーピオンと拳銃で連射する。鷹司、風巻、音羽がエネルギーガンを構え閃光の嵐を爆裂させた。
飛蝗人の二匹が強烈な射撃に倒れたが、やはり三匹が抜けてくる。白兵組、辰巳、八神、シュヴァルツヴァルトの三人が突っ込み、ラルス、フェヴ、リオンが武器を持ちかえ遅れながらもそれに加わる。鷹司は望美へと武器を変え、持ち場周辺を警戒した。
黒の衝撃波と共に突撃した辰巳は盾を構え、朱鳳を振りかざして肉迫する。雨やら血やらで足場は滑るので、動きづらい。転倒に注意を払いつつ、踏み込み、太刀を上段から振り降ろす。空を裂いて刃が閃き、飛蝗人の頭部を強打した。鈍い手応えと共に飛蝗人がよろめき、勢いが弱まる。それでも前へ進もうとする飛蝗人の拳を体を捌いてかわし、バックラーで殴りつけて止める。
「これで仕留める‥‥!」
八神が二刀を携え練力を全開にして迎え撃つ。二刀の月詠が赤光の嵐を巻き起こし、無尽に斬り刻んで突っ込んできた飛蝗人を吹き飛ばした。甲殻の欠片を宙へと撒き散らしながら飛蝗人は鮮血の橋に転がり動かなくなる。
シュヴァルツヴァルトは相手の突進を止めるように横薙ぎに飛蝗人へと斧槍を繰り出した。飛蝗人は前進しながら腕をかざして槍を受け止める。甲高い音が鳴った。そのまま突進し、シュヴァルツヴァルトに体当たりをかける。男の身が後方へと吹き飛ぶ。宙で態勢を捌き、足から着地する。勢いあまって後方へと身が流れてゆく。赤い線が引かれた。
到着したラルスが槍を突き込み、フェヴが蛍火を打ち込み、リオンが刀で斬りかかった。最後の飛蝗人は滅多斬りにされ倒れた。
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やがて日が落ち、交代の隊がやってきた。
「タバコ! タバコー! タバコぉぉぉぉぉ!」
ニコチンを渇望する風巻が三本くらいまとめて煙草を吸っている。シュヴァルツヴァルトもまた一本煙草を咥えると火をつけていた。
「お疲れさん」
隊長らしき男が言った。どうもこの男も傭兵のようだった。
「ほんと、疲れたよ。手負いだったのか、敵自体はたいした事なかったんだけどさ」
ラウルが嘆息しながら言った。
隊長は軽く笑うと、
「ま、定点守備なんてはそんなもんさ。後は俺達がやっておく、後方の陣にひいて今日はゆっくり休むんだな」
傭兵達は陣に下がって休養を取ると、翌朝帰路についたのだった。