●リプレイ本文
「‥‥懐かしいな、有栖川さん」
甲板の一角。輝く海を眺めながら柚井 ソラ(
ga0187)が呟いた。
聞き覚えがある名前だと思っていたら、この船団は別件で依頼を受けた事がある有栖川家が所有するものらしい。
「元気にしてるかなぁ‥‥元気だといいな」
使用人の少女や当主の顔を思い出しながら呟く。自分の力が彼等の助けになれればいい、と思った。
そんな中、不意に耳つけたイヤホンからノイズが入った。ブリッジからの報告。南方よりシーサーペントが接近しているらしい。柚井は急ぎ愛機の元へと向かう。
「やっと仕事が回ってきましたね」
周防 誠(
ga7131)が甲板へと走りつつ無線に向かって呟いた。船内から出てW‐01の元へと辿り着くと、風防を開きそのコクピットへと乗り込む。
他のメンバーもまた自機へと乗り込みKVを起動させてゆく。
「なんとかなる‥‥と良いんですが‥‥」
コクピットの中、珍しく不安そうな様子で平坂 桃香(
ga1831)が呟いた。というのも出港前、ULTから船に届けられた機体が予定していたKF‐14ではなく阿修羅だったのだ。
船に予備の水中用キットはあったが、水中用の武装がない。通常武装は水中では総じての威力が五分の一になる。阿修羅に備えられた機槍と煙幕だけでは作戦行動に支障が出る。
相談の末「平坂さんのが腕良いしー、使っといてー」と鳥居機から魚雷とニードルガンを借り受けたので一応戦闘は可能になったが、迎撃プランの通り動けるかどうか不安が残る。
「きっと大丈夫なのです。皆さん戦慣れした方ばかりですし」
KVのシステムを起動させつつ緊張をほぐすようナオ・タカナシ(
ga6440)が言った。
「まぁ‥‥私自身は小規模の水戦は初めてなんですけどね」
あはは、と笑いつつナオ。
「あれ? ナオさんも? 実はボクも水中戦は初めてだったり‥‥」
洋上ということで今回はセーラー服に身を包んでいるクリア・サーレク(
ga4864)が言った。
「‥‥あれ、クリアさんもですか?」
とナオ。
「実は俺も‥‥大規模作戦以外では初めてだったりします」
柚井もまた言う。
「私も細かな水中戦は初めてなんです」
と嘆息して平坂。経験が浅いところにハプニングというのはキツイものがある。
「‥‥水中戦はあんまり機会が無いですからね」
ヴァシュカ(
ga7064)が言った。陸や空では勇名を馳せた者達でも水の中となると初めてという者が多かった。
「問題ないわ」
そんな中、鯨井昼寝(
ga0488)の声が無線に響いた。
「海竜は速いし堅いし好戦的‥‥強敵だけど、でも余計な小細工はしてこない。落ち着いて戦えば対処できるわよ」
女は言い切った。鯨の隊長、口調は偉そうだが頼りにはなる。ここ一番で度胸が据わっているのは鯨井一族の特徴なのか。
「障害のない戦場で、真っ向から力と力のぶつかり合い! これだから海戦は止められないわ‥‥!」
ふふふと笑みを洩らしつつ闘志を燃やす鯨井昼寝。真に戦好きだ。変わり者なのも特徴か。
「た、頼もしいなー、足を引っ張らないように頑張るよ」
溢れ出る闘志に押されつつもクリア・サーレクが言った。傭兵達はKVの起動を進めつつ無線で軽く作戦を打ち合わせる。
「揮発油‥‥誘爆とか厭ンですわね」竜王 まり絵(
ga5231)が作戦を確認しつつ呟いた「船団と極力離れて戦闘しませんと」
「んー‥‥そうね。櫻、後ろ頼める?」
鯨井が言う。曰く、攻撃主体ではなく、敵の動き次第では輸送艦を護るべく動いてもらいたいとの事。
「つまりー後詰でインタラプトってことか?」
「そうそう」ジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)が意を汲み取って付け加える「今回は敵の退治じゃなくて船団を傷つけないことが任務だろ?」
「そだなー、船やられちゃ意味ねーもんな。任せとけー」
「おう、一番大事なとこ頼んだぜ」
男はコクピットの中、風防越しに向かいの機体の搭乗者に向けぐっと親指を立てみせた。オレンジ色の髪の少女はガッツポーズを取って答えてみせた。
やがてKVの動作が可能になる。十一機のKVは固定器具を外すと、甲板から発進し海へと飛びこんだ。戦闘機形態のKVが水柱をあげて海面を叩き泡を立てながら沈んでゆく。海中は透明度が高く、太陽の光がカーテンのように差し込み青く輝いていた。前方下方、彼方に巨大な海竜の姿が見えた。体長およそ二十m、地上では類を見ない巨体だ。それが五匹。牙を剥いて唸り、水を掻きわけて突き進んでくる。
「結構近くまで来てるですね〜‥‥?!」
アイリス(
ga3942)が言っている間にも見る見るうちにサーペントは巨大さを増し、相対距離百程度まで一気に詰めてきた。速い。約五キロの距離を五分で詰める相手だ。百メートル程度は六秒で泳破する。
前衛組、鯨井、ジュエル、アイリス、ヴァシュカ、竜王の五機は一斉に魚雷と熱源ホーミングを撃ち放った。狙いは最も左端のサーペント。海水を切り裂いて魚雷と熱源誘導弾が進む。距離がある。数秒で詰まる距離だが、射撃には遠い。狙われた海竜Aは方向を転じ巨体を素早く捻らせると大半の攻撃を悉く回避した。だがそれでも鯨井機の誘導弾とヴァシュカ機の魚雷が一発づつ命中する。爆発が巻き起こり水中に激震が走った。
鯨井機、竜王機は人型に変形する。ジュエル機は側面に回り込むよう十時方向に加速旋回。アイリス機は左端のサーペントへ向かって前進を開始し、ヴァシュカ機はもう一発魚雷を撃ち放ち、追撃を行う旨の連絡を入れつつブーストで加速して前進する――このアンジェリカ、動きがおかしい。速い。かなりの武装と水中キットを装備しているにも関わらず、常時スタビライザーを発動させているかのような動きだ。
「一斉射二段目‥‥」
前衛の魚雷の炸裂を確認、狙いを定めつつ周防が呟く。ヴァシュカ機の魚雷が海竜Aへと炸裂した。鯨井機もまたニードルガンを放つ、こちらはかわされた。一連の動きの間にも四匹の海竜達は泡の渦を裂き間合いを詰めてきている。
「いきますよ!」
後衛五機、それぞれ一斉に攻撃を仕掛けた。
水流が逆巻いている。平坂機は奥の二匹にそれぞれ狙いをつけ魚雷を発射した。二発の魚雷が飛ぶ。全弾避けられた。柚井機は正面の海竜を狙って二連のライフル弾を放つ。回転するライフル弾が飛び、すり抜ける。かわされた。周防機、一発を先頭の海竜C、もう一発をもっとも後方の海竜Eに向けて放つ。海を裂いて魚雷が飛び先頭の海竜に直撃、爆発を巻き起こす。後方は急いで標的を転じたせいで狙いが甘くなったか、間一髪で避けられる。ナオ機、魚雷と熱源誘導弾を撃ち放つ。魚雷はかわされたが、誘導弾はうねる海竜Cを追尾し、喰らいつく。鱗を突き破って爆発を巻き起こした。海中が震動する。クリア機、ブレス・ノウを発動させ前衛組が仕掛けた海竜Aを狙い魚雷を二連射する。ブレス・ノウが海竜の軌道を読み魚雷が突き進む。海竜は方向を転じ、機敏に全弾を掻い潜った。
海竜Dがアイリス機に牙を剥いて迫る。アイリスは魚雷を発射して迎え撃った。その隙に変形せんとする。海竜は素早く身をくねらせて近距離から放たれた魚雷を回避する。その隙にアイリス機が人型へと変形する。海竜が迫る。速い。人型へと変形したテンタクルスの胴を巨大な牙が挟みこんだ。アイリス機の胴装甲が窪む、合金が軋む凄まじい音が海中に鳴り響く。
ヴァシュカ機へもまた海竜Aが迫った。アンジェリカはレーザークローで攻撃すべく変形中。噛みつかれた。胴体に牙が叩き込まれる。ヴァシュカ機、硬い。牙をもろともせずに三条に輝く光爪を腕部に出現させる。SESエンハンサーを発動させ、ブーストスタビライザーで加速すると海竜の目玉へと向けて突き込む。破壊の烈光が海竜の脳髄までを貫いた。そのままさらに押し込み、掻きまわして引き抜く。二十mの巨体を誇る竜は鮮血をまき散らしながら体躯を震わし、そして動かなくなった。
海竜達は斜め下方より登ってくる。海竜Cが周防機の眼前へと迫っていた。周防機は迎え撃つようにガウスガンを連射する。海竜が身を捻る、磁力により高速で射出された弾丸が海竜の首を捉え、その鱗を貫通して鮮血を噴き上げさせた。海中を赤く染め上げながら海竜は牙を剥き、周防機へと噛み付いた。牙と合金が鬩ぎ合う轟音が水中に鳴り響く。
側面へと向かったジュエル機へと未だ攻撃を受けていない海竜Bが肉薄していた。群れから飛び出したものを狙う本能が働いたようだ。ジュエル機は素早く向き直りつつガウスガンを発砲する。竜は頭部をふって弾丸の一発をかわす。電磁で加速した二発目の弾丸が首部に突き刺さる。しかし竜は打撃をもろともせずにジュエル機へと迫り大きく口を開いた。海竜は巨大な牙を用いてがっぷりとテンタクルスに噛みついた。装甲が軋む。しかし分厚い。テンタクルスは総じて硬いが、ジュエル機は一段と硬い。海竜の牙がジュエル機の表面を音を立てながら滑ってゆく。
海竜Eは平坂機へと迫っていた。平坂機は足を止めニードルガンを連射する。制止状態から精密に狙われた射撃が海竜の頭部に突き破る。強烈な破壊力を秘めた針が海竜の頭部を撃ち抜いた。が、血をまき散らしつつも海竜は蛇のように身をくねらせ巨大な牙を剥き阿修羅へと迫る。阿修羅は素早く加速して回避せんとする。一旦静止した為勢いが足りない、遅れた。巨竜の牙が阿修羅へと打ち込まれる。阿修羅の身が凄まじい悲鳴をあげながらひしゃげてゆく。コクピット内の平坂、耳鳴りが聞こえた。損傷率四割八分、後十秒耐えきれるかどうか、ほぼ五分だ。亀裂が入れば水は一気に入りこんでくるだろう。
柚井、状況を確認する。アイリス、周防、平坂の三機が海竜に噛みつかれている。船は頭上後方、間に櫻機が借りた槍を構えて備えている。ジュエル機が海竜から攻撃を受けている。
クリア機は平坂機に噛みついている海竜の胴へとブレス・ノウを発動させガウス・ガンを連射している。一発外れて一発当たった。弾丸が竜の鱗を叩いているが阿修羅を放す様子はない。
――誰を援護すべきか。
平坂機へはさらに鯨井機と竜王機が向かっていた、十中八、九なんとかするだろう。あの二機にはクローがある。アイリス機、ヴァシュカ機が近くにいるから大丈夫だろう。ジュエル機、単独だがタフだ。一番最後で良い。
柚井はおよそ三秒で状況を把握すると、周防機に噛みついている海竜Cへと狙いをつけた。
「外しません‥‥」
近距離からガウスガンを海竜の胴へと向けて発砲する。電磁装置で加速した弾丸が海竜の鱗に命中し、突き刺さった。
ナオ機もまた視線を走らせていた。一番弱っていそうな敵はどれか。海竜A、死んでる。海竜B、まだまだ元気だ。海竜C、かなりの打撃を受けている。海竜D、まだまだ元気そうだ。海竜E、打撃を受けている様子。
ナオ機は敵の状況を確認すると、ターゲットを海竜Cへと定めてガウスガンを発砲した。加速する弾丸が水を切り裂いて飛び、海竜の鱗を穿つ。海竜の動きが鈍ってきている。が、まだ動いている。
海竜Eへと鯨井機が突っ込んだ。独特の形状を持つKF‐14は、騎兵の如く水中を翔けると腕部からレーザークローを出現させ振りかざす。すれ違い様、光の爪で海竜の胴を切り裂いた。竜の側面から鮮血が吹き出す。竜王機もまたレーザークローをかざして突っ込んでいた。水を裂いてサーペントに首に取り付くと、傷口を狙って光の爪を突き込む。光が竜の体内を突き破る。掻き回しながら引き裂く。サーペントが苦悶の咆哮をあげ、身をよじらせた。海竜はひとしきり水中を振動させた後、動かなくなった。
海竜Cが周防機に噛みつきながら激しく頭を振るい、とぐろを巻き始めた。締めつける気だ。
「やれやれ‥‥」
損傷率四割六分、まだまだ保つが軽い損害とは呼べない。
「まいったね」
金属の悲鳴が鳴り響き激しく揺さぶられるコクピットの中、周防はガウスガンを海竜の頭部に突きつけ、至近距離から連射した。弾丸が海竜の頭部に炸裂し鱗を突き破って鮮血を噴出させる。海竜Cはそれでようやく動きを止めた。
海竜Dがアイリス機に牙を打ちこんでいる。さらに圧力をかける。しかし、そこらのKVの装甲ならば砕けるが、アイリス機の装甲は分厚かった。牙の圧力に耐えつつレーザークローをかざし、海竜の目玉へと光の爪を叩き込み、引き裂く。海竜が苦悶の唸りをあげた。頭部を激しく振り回し牙をふりほどく。
「粒子砲並の攻撃力を持つこの攻撃‥‥」
そこへヴァシュカ機がSESエンハンサーを発動させて突っ込んだ。
「貴方に耐えれますか?」
言いつつ光爪を振りかざし滅多斬りにする。半端ではない破壊力だ。瞬く間に解体された海竜が周囲を真っ赤に染め上げながら海底へと沈んでゆく。
ジュエル機が海竜Bへとガウスガンを連射する。二連の弾丸が炸裂する。海竜が再び牙を剥いて噛みつく。装甲が受け止める。竜の胴体を狙って鯨井機、平坂機がニードルガンを、柚井、ナオ、クリア、竜王の四機がガウスガンを連射する。飛び道具の嵐を受けて最後の海竜もまた深海へと沈んだ。
●
「蒲焼きにして今晩のメシにでもしてやるか?」
ジュエル・ヴァレンタインがサーペントの死体を指して言った。これだけの巨体だ。食えるなら貴重な食料にもなるのではと。しかし海の底へと沈みゆく海竜をどうやって甲板上に引き上げようか。重量は半端ではない。故に一部をディフェンダーで斬り取って帰ることにした。
ブルー・シーサーペントの肉は船のコックに調理してもらったところ、そこそこ喰えないことはなかった。ドラゴン料理として売り出すか、などとコックは笑ったものである。
「KVでの水中戦もいいけど、暑くなって来たし自分でも海水浴したいなぁ‥‥」
夕食中、クリア・サーレクが船室の丸い窓から外へと視線をやりつつうらめしそうに呟いた。夜の海は蒼白く輝いている。
「海も物騒になってしまったものです。どこかで安全な海岸が確保できていると良いのですけど」
ナオ・タカナシが茶を飲みながら言った。
「目的地のカリマンタン島には綺麗な砂浜があると聞いた事がありますが‥‥しかしクルー達の噂では、大規模作戦でも起こるのかというくらい物資が運ばれているらしいですね」
と周防が言う。行く先はかなりの激戦地であるのだと推察された。
「北部は比較的安定しているらしのですけどー、島の南部は危ないらしいのですよ」
アイリスがスープに口をつけつつ付け加えた。
「どこも戦いばかりですわねー‥‥」
竜王がカップを手に呟いた。南の島が一体どんな状況に置かれているのか、行ってみれば詳しい事も解るだろう。一同は夕食を終えると自室へと戻り休息をとったのだった。