●リプレイ本文
セルビア、ベオグラードの南に位置するラポヴォ要塞から十機のKVが飛びあがった。201防空部隊と称される彼等は、緊急出動命令を受け、敵ヘルメットワーム編隊を迎撃すべくブジャノヴァクの南へと飛ぶ。
「小型とは何度も戦いましたが‥‥中型の強さは段違いだと伺っています」
如月・由梨(
ga1805)が未知の敵への不安を滲ませて言った。
「らしな。やれやれ、中型ワーム二機と小型ワーム六機って、無茶言ってくれるよ」
エミール・ゲイジ(
ga0181)が嘆息する。
敵の戦力は少し前ならKVが数十機必要なほど強大だ。それを僅か十機で撃退しろという。至難の任務だった。
「ま、それをなんとかするのが仕事なんだけどさ」
操縦桿を握り空の彼方を睨む自称英国紳士。果たして男は空の魔術師となれるか否か。
「しかし中型による対人キメラのばら撒きか‥‥バグアめ、嫌らしい戦法を取ってくる」
榊兵衛(
ga0388)がF‐104のコクピットの中で唸った。
何としても水際で食い止めねば、と榊は思う。さもなくば地上の友軍が窮地に陥る。ブジャノヴァクでは陣地を築城中だ。空が抜かれると地上は夥しい被害を被るだろう。
「なに、そうそう好き勝手はさせるかってんだ」
ジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)が不敵に笑って言った。
「これ以上、キメラをばら撒かせるわけにはいかない‥‥絶対に、阻止してみせます‥‥!」
バグアへの憎悪を滲ませ菱美 雫(
ga7479)が言う。それは普段のおどおどとした口調とは違った。控えめながらも強い。
「‥‥キメラなんて撒かせませんよ。彼等にはお引取り願いましょう」
勿忘草色のS‐01に搭乗するヴァシュカ(
ga7064)がレーダーへと視線を走らせつつ呟いた。
十機のKVは轟音をあげながら東欧の空を飛んだ。
●鋼鉄の翼
荒野が広がる地表を越え、建設途中の陣地を越え、南へ飛ぶことしばし、索敵に注意を払っていたヴァシュカはレーダーの反応をいち早く察知する。
「南南西、高度二千、敵機反応八」
菱美の駆る岩竜により今回はレーダーが生きている。司令部の懸念の一つであった敵とのすれ違いは避けられたようだ。
「了解、これより迎撃に移る」
十機のKVは次々に機体をロールさせ旋回すると敵機を目指し加速する。
「やれるよね‥‥ボクの王子様」
月森 花(
ga0053)が静かに振動している愛機S‐01に向かってそっと囁いていた。最新鋭機ではないが、改良に改良を重ねた良機だ。きっと応えてくれる筈――少女はそう望みをかける。
「さぁ、ダンスパーティの始まりだ‥‥踊ろうか、道化の円舞曲を!」
雑賀 幸輔(
ga6073)は編隊の左翼へと移動する。
「今の俺に出来ることを、全力で‥‥!!」
井出 一真(
ga6977)がやや緊張気味の表情で呟いた。
「来ますよ!」
熊谷真帆(
ga3826)が言った。蒼空の彼方に浮かぶ小さな点、あっという間に大きくなってゆく。
雑賀機はエンジンをフルスロットルに入れ、他の機体は速度を落とした。速度差が大きい。ディスタンを前列に立てるとなるとそうなる。
傭兵達は前列にエミール機、如月機、雑賀機、ヴァシュカ機の四機を並べ、そこから距離をおいて残りの五機が続く。
中型のヘルメットワームが見えた、大きい。中央に横に並んで二機、その周囲に分散して六機の小型ヘルメットワームが飛んでいる。
互いの距離が詰まる。
「さて、先手は譲ってやるぜ‥‥!」
エミール機がハマニューバを起動させる。雑賀機はアクセルコーティングを発動させた。先陣が速度を合わせて突っ込む。ヴァシュカはブーストのスイッチを入れた。
ヘルメットワームが一斉にプロトン砲を解き放った。狙いは如月機、集中して襲いかかる。単に同じ方向から並んで向かってくるだけではターゲットの選定に迷う事はない。ヘルメットワームのプロトン砲が輝き、真紅のディアブロを目がけて世界を焼き尽くす程の閃光の嵐が吹き荒れる。
十八条の淡紅色の光の帯が如月機を飲み込んだ。猛烈な破壊の渦が咆哮をあげる。ディアブロの装甲が中型の放ったそれによって急速に削り取られてゆく。がしかし、小型のヘルメットワームのプロトン砲に対しては偶に削られる事があれど大部分を遮断している。なんて装甲だ。これは本当にディアブロか。
閃光の世界を切り抜けた後、如月は計器に目を走らせる。損傷率四割、行ける。
雑賀機がロールして左へ急旋回し、エミール機は後続の味方機に合わせて攻撃する為一旦上昇する。如月機は中型を抑えるべく飛び、ヴァシュカ機はマッハ6で急降下した。
次鋒組は一斉攻撃を取り行う、という事だが、基本的にトリガーを引くチャンスが一秒以下の音速戦闘の世界で、漠然と味方に合わせるのは難しい。さらにこの場合、先鋒が突っ込んだ事によって敵はそれぞれ急機動を取っている。
全機で最近の敵を狙う。最近とはどれだ。味方機は皆、重なって飛行している訳ではない。最も近い敵は各機それぞれ違う。
味方機に合わせる。どの味方機に合わせる。合わせる方法は。
事前の意思統一がなされていない限り、複雑な状況下では一斉攻撃は仕掛ける事すら出来ない。
が、今回の場合「一番左端を狙う」と井出機が事前意志を通達していたので各機それに従って一番左端のヘルメットワームへと狙いをつける。
なお月森機は常に一定の距離を保ちつつ敵機の背後を取るべく動く故に、現在も敵機の背後を取るべく旋回中、一斉攻撃への参加は不可能だ。
ちなみに人間が回転する場合、回れ右すれば後ろは向ける。距離を保ちつつ、回れ右する人間の後ろを取り続けようとすると、その周りをかなりの距離走り回ることになる。距離が遠いと振り回されるだけで終わる。
なお空戦には接敵後に敵の背後を取り続けようとする戦闘機動が一つある。ドッグファイトだ。
どうする?
数多の死線を潜りぬけてきた月森花という人間は考える。アフターバーナーが火を吹いた。ブーストを点火させマッハ6で超加速する。彼女の手足は通常戦闘機ではない。KVだ。距離を保ちつつ旋回して敵の後方を目指す。かなり無茶な機動だがいけるかどうか。
「SESフルドライブ! アグレッシブファング発動!」
井出機はもっとも左端のヘルメットワームへと狙いをつけ前進していた。熊谷、ジュエル、榊の三機もそれに続く。
「Lap8、FOX‐1!」
井出機が二連のAAMを撃ち放った。音速を超えてミサイルが飛び蒼空に白煙を引く。
「烏合の衆も束ねれば波濤となる! 人、それを人海戦術という!」
熊谷機からもライフル弾と誘導弾が飛んだ。ジュエル、榊の両機は放電装置で爆裂する雷撃の渦を解き放つ。
爆炎と電撃が爆裂し小型ヘルメットワームの装甲を吹き飛ばした。火を噴き黒煙をあげながらヘルメットワームは高度を下げてゆく。
如月機は中型ヘルメットワームへと迫ると高分子レーザー砲で猛射した。六連の蒼光が閃きヘルメットワームの装甲を抉り取る。エミール機は機体を捻り下方へと向けさせると、如月が攻撃を加えたのとは別の中型へと向けてAAMを撃ち放った。誘導弾が突き刺さり爆炎が巻き起こる。
雑賀機は左へ旋回した後、機体を捻って右へと旋回させ敵機を捉える。
「さぁ、お前らの的はこっちだ。俺の曲芸を止めてみろ!」
誘導弾が咆哮をあげて飛び、小型ヘルメットワームの装甲を食い破る。炸裂する爆風が破壊を巻き起こした。
マッハ6でヘルメットワームの下方を潜り抜けたヴァシュカ機はジェット噴射ノズルを操作しインメルマンターンを用いて急角度で宙返る。世界が凄まじい勢いで流れてゆく。半端ではないGだ。狙えるか?
(「‥‥あらゆる状況を考えて、動じぬ心の手練れたれ‥‥」)
ヘルメットワーム群の背後を取った。空気抵抗の激震に照準がぶれる。流石に味方機とターゲットを合わせる余裕はない。歯を喰いしばってヘルメットワームの機影をレティクルに納める。
「‥‥Sleight of Mind」
レーザー砲を解き放つ。オーバーシュートしない為に即上昇。閃光が空を裂いて飛び、ヘルメットワームに直撃し装甲を吹き飛ばす。
菱美機は戦闘空域の後方二キロ地点でジャミング中和の作業に専念している。味方の全機とデーターリンクを構築し、管制にあたる。
離れた距離からならばおおよその状況は掴める。が、流石にKV対ヘルメットワームの音速戦闘は凄まじく速い。機動もありえないものばかりだ。距離を取り、能力者の認識能力を用い、それに専念してやっと動きを追えるというレベルである。
(「皆さん、頑張ってください‥‥!」)
菱美は戦況を、特に中型の動きに注意を払いつつ胸中で祈った。
●風と光の壁
S‐01がヘルメットワーム群の後方に回り込んだ。月森はジェット噴射ノズルを操作し、機体を横滑りさせつつガンサイトを睨む。空気が唸りをあげ、肉体と翼が悲鳴をあげている。薄くなっていく意識。仲間の足を引っ張るわけにはいかない。歯を喰いしばって振り絞る。レティクルにヘルメットワームの機影を納め、ブレス・ノウを発動。リロードしつつライフルを連射。
信じられんが、この機動でもライフル弾が当たるらしい。岩竜のアンチジャミング、ブレス・ノウの未来予測は優秀だ。弾丸がヘルメットワームの装甲を突き破る。
「Lap3、FOX‐2! FOX‐2! FOX‐2!」
中型のヘルメットワームへと向けて榊機が短距離AAMを猛射する。三連の誘導弾が煙を引いて飛び、中型ヘルメットワームへと突き刺さり大爆発を巻き起こす。
別の中型へと格闘戦を仕掛けている如月は、中型と共に螺旋の機動を描いて錐揉みに機動しつつレーザー砲をリロードしつつすれ違い様に閃光を撃ち放つする。六連の閃光が中型の装甲を穿った。十六連のフェザー砲が撃ち返される。ディアブロの装甲が吹き飛ばされる。損傷率五割五分。並みの装甲なら落ちている。
(「さすがに中型は強いですね‥‥ですが、そう簡単に落とされるわけには‥‥!」)
「Lap5、Check6! Break! Break!」
菱美機から警告が入る。瞬間、後方より猛烈な衝撃が突きぬけていった。激震が次々と如月機を襲う。もう一機の中型の砲撃だ。急旋回に移るが避けられない。閃光が爆裂し装甲が消し飛ばされてゆく。損傷率七割七分。機体が焔を吹き始めた。
小型は手応え無しとみてターゲットを変更した。フリーのヘルメットワーム三機が井出機へと向けてプロトン砲を九連射する。一斉攻撃を率いたことで、リーダー機と見なされたらしい。集中攻撃だ。淡紅色の光の壁が迫ってくる。井出はやれる事は全部やる、ブーストを発動させ回避機動を取る。
しかし、それでも避けられない。呑み込まれた。猛烈な光の本流の中で装甲が次々に吹き飛んでゆく。爆発が起こった。煙を噴き上げ機体が急速に失速してゆく。損傷率が十割を超えた。大破だ。
「‥‥ベストは尽くした筈だ」
井出は煙と炎に包まれた操縦席で呟くと、脱出装置のボタンに拳を叩きつけた。
●ヘルメットワームの反撃
伊達で世界の半分以上をもぎ取った訳ではない。残りの小型ヘルメットワーム二機も反撃に移る。ヴァシュカに後方から撃たれたヘルメットワームは急降下から上昇しジュエル機へ向けてプロトン砲を三連射する。閃光は400程の距離を一瞬で塗りつぶす、ジュエル機は回避機動を取るが避けられない。雑賀機と月森機からの攻撃を受けていたヘルメットワームもまたジュエル機へと砲門を向ける。三連射。激震がコクピットを襲った。光の嵐にR‐01の装甲が消し飛ばされてゆく。損傷率六割三分。
熊谷機はSRD‐02をリロードしつつ、煙を吹いているヘルメットワームを探り出す。それへと向けて距離を詰めSRD‐02を発砲。弾丸がヘルメットワームの装甲を突き破った。
「Lap2、FOX‐2! FOX‐2! FOX‐2!」
エミール機が中型ヘルメットワームに向かって誘導弾を猛射する。音速を越えてAAMが飛び、爆裂を巻き起こし装甲を穿つ。
ジュエル機は閃光を浴びつつもブーストし、ロックサイトにヘルメットワームを納め反撃のAAMを解き放つ。そして即座に上昇に移り、距離を引き離して高空へと逃れる。置き土産の誘導弾が小型ヘルメットワームに炸裂、爆発が巻き起こる。ヘルメットワームは煙を噴き上げて墜落していった。
「Lap7、支援を求む、FOX‐2!」
雑賀機は機体を旋回させて、ヘルメットワームへと誘導弾を三連射しつつ無線に呼びかける。爆裂が巻き起こり小型の機体を揺るがせた。
「Lap9よりLap7へ、支援する」
要請を受けヴァシュカ機が炎の中からよろめき出たヘルメットワームへと照準を合わせて急降下しレーザー砲を連射する。六連の閃光が炸裂し、ヘルメットワームを貫き、爆散させた。
「小型ヘルメットワーム三機撃墜、味方機九機健在、各機の損傷率は――」
菱美機から各機の無線へと戦況の報告が流れる。
九対五、個人で見れば危機的な者もいるし、それを通り越した者もいるが、全体的には押している。隊としては余力がある。戦争だ。押せる時は押すべきか。
月森機は中型へと向けてAAMで猛射する。爆炎が巻き起こり中型ヘルメットワームから煙が噴き上がる。榊機が中型へと向けて誘導弾を放つと共に間合いを詰めレーザー砲を解き放つ。煙が噴き上がるがまだ墜ちない。如月機がレーザー砲を連射する。閃光が中型のヘルメットワームを貫き爆裂を巻き起こし、巨大なその機体が煙を噴き上げて大地へと落下してゆく。未だ健在な中型機から如月機へと向けてプロトン砲が飛んだ。閃光の渦が襲いかかる。大破した。如月機は煙をあげながら高度を下げてゆく。
「ここまでですか‥‥」
少女は嘆息すると脱出装置のスイッチを入れた。
●終局
三機の小型ヘルメットワームから熊谷機へと向けて九連のプロトン砲が飛ぶ。光が爆裂し、損傷率八割。熊谷機は旋回して後退し岩竜の護衛へと向かう。
エミール機はハイマニューバを起動させ中型へと肉迫するとすれ違いざまにレーザー砲を猛射した。閃光が炸裂し、中型ヘルメットワームが爆裂、墜落してゆく。
ジュエル機は旋回すると急降下して間合いを詰め小型ヘルメットワームへと誘導弾を撃ち放つ。雑賀機はその爆発に合わせて誘導弾を猛射した。さらにヴァシュカ機が肉薄しレーザー砲を連射して撃墜する。
二体の小型ヘルメットワームが逃走に入る。各機はブーストして追いすがると猛攻を加えてこれを大地に叩き落とした。