タイトル:ただ一つ命燃やすならばマスター:望月誠司

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/06 14:55

●オープニング本文


●破軍

 とある山の中、一人の男が息絶えようとしていた。
「分隊長! 鳥居分隊長! しっかりしてください!」
 溢れる血で軍服の腹部をどす黒く染め上げ地に横たわっている男は、同じ型の軍服に身を包んだ青年に抱きかかえられていた。
「不破准尉‥‥私は、もう駄目だ。この作戦も、駄目だろう」
 死にゆく男の目が見つめるのは青い空。そして、美しい青い空を飛び回る、醜悪なキメラ達。
 爆音と絶叫が響く中で、呟くように男は言った。
「そんなっ、何を弱気な! 分隊長らしくもないっ、こんなのはかすり傷です!」
 不破准尉と呼ばれた青年――不破真治は涙交じりに叫んだ。
「自分の身体だ、自分が一番良く解るさ‥‥」
 男は苦笑したようだった。傷の痛みのせいで、大分ひきつった笑みであったが。
「そして‥‥作戦のことも、な。今回は駄目だ。だから、お前が隊をまとめて撤退し――ごほっ!」
 男は言葉に詰まると次の瞬間、盛大に血を吐き出した。
「ぶ、分隊長ぉおお!」
「兜ヶ崎の村は‥‥私の故郷だ。私の手で、助けたかった‥‥」
 男の震える手が不破真治の腕を掴んだ。彼は濁りゆく目で青年を見据えると言った。
「頼む‥‥不破准尉、頼む、色々‥‥頼む、兜ヶ崎の村を‥‥あの村に住む人達を、どうか、見捨てないでやってくれ。隊の皆を、頼む、大尉を、頼む‥‥俺の代わりに‥‥そして」
 くぐもった音があがった。
 男の口から致命的な量の血が吐き出されていた。
「わ‥‥解りました! 解りましたから! どうか、どうか、喋らないで、手当てをっ、どうか、逝かないでください‥‥!」
 涙を流しながら必死に頷く青年の声は、しかし、もう男には聞こえていないようだった。
 男は空を見つめながらかすれゆく声で言った。
「そして、頼む‥‥どうか、頼む、この国の、未来、を‥‥あいつらの、未来、を‥‥」
 その言葉を最後に、光が消えた。男の瞳から。
「‥‥‥‥分隊長?」
 青年は問い掛けた。だが、男はもう二度と答えなかった。
「分隊長ぉおおおおおおおおおおおおおお!」
 不破真治は男の亡骸をかかえ絶叫をあげた。
 空には人に倍する巨躯を持つ甲羅をまとったトンボが、矮小なる人々を嘲笑うかのように飛び回っていた。


――それが、一ヶ月ほど前のこと。



●基地にて


 バグアとの競合地域、かの異星人の侵略により道を絶たれ陸の孤島となった村がある。
 これまでは周辺にある基地から物資を積んだ輸送隊が送られることによって、かろうじて村の生活は支えられてきた。
 しかし――
「大尉! 兜ヶ崎村への援助を打ち切るというのは本当ですか!」
 大分県別府基地の一室に若い男の声が響き渡った。精悍な面差しを鋭く引き締め、机に座っている中年の男を睨みつける。
「おー‥‥不破か。この間まではさっぱり坊やだったが、ちったぁ軍人らしい面構えになったじゃねぇか――と言いてぇとこだが」
 軍服を着崩しよれた煙草を口に咥えた男は不破真治を見据え返し目を細める。
「良くねぇな。手前、死相が出てるぜ。そういう面した奴は早く死ぬ」
「俺は死にませんよ。この国の平和をバグアどもから取り戻すまではね。そんなことより村上大尉、兜ヶ崎への援助を打ち切るなんて、そんなことありえませんよね?」
「‥‥世の中には対費用効果って奴があってな」
 村上は不味そうに紫煙を吐き出した。
「成功した最後の輸送作戦が二ヶ月前、それ以降は失敗続きだ。成功の見込みの少ない作戦を強行して被害を拡大させるよりは、あんな小さな村だ、切り捨てた方が出血は少ない。お偉方の中に、そうお考えの方がいてな。大勢はそちらに靡きつつある、ということだ」
「そんな馬鹿な‥‥!」
 不破真治は怒りに身を震わせた。
「最後の物資が届けられたのは二ヶ月前、村の食料状況はもう限界でしょう。援助を止めるということは兜ヶ崎の村の人間に死ねと言うのと同じことです。そんな事が許されるのですか?」
 瞳に炎を燃やし不破は村上を睨み据える。しかし、焼き尽くすかのような不破の眼光を受けても、村上はあくまでのらりくらりとした口調を崩さなかった。
「お前の気持ちも解らんでもないのだがなぁ、戦力は有効に使うべきだという上の言葉も解らんでもない」
「俺は納得いきません!」
 不破は床を破裂させるがごとく踏み鳴らして言った。
「我々軍隊が存在する意味とはなんですか、我々が戦う意味とはなんですか、我々は人々を守る為に在るのではないのですか! ここで戦わずして何の為の軍ですか!」
「昔、誰かが言ったそうだ。軍とは人々を抑制し、弾圧し、操り、従えさせる為にあるものだとな」
「違うッ! 軍とは、脅威から人々を守る為に存在するんですッ!」
「そんな建前を大真面目にのたまうとはなぁ。それを真実に変えて欲しいもんだ」
「事実です! 俺は今までそう信じて戦ってきました。実際、そのように戦ってきました。鳥居分隊長のもとで!」
「‥‥そういや、鳥居の奴もクソ真面目だったな」
「俺は鳥居分隊長の遺志を継ぎます。俺は兜ヶ崎の村を助けます! 軍が助けないっていうのなら、俺一人でだって助けてみせます!」
 村上は深々と嘆息してみせた。
「たった一人で何が出来るか大馬鹿野郎」
「俺だって能力者です。一人でだって出来ることはあるはずですッ!」
「‥‥馬鹿につける薬って何処に売ってんだ?」
 村上は痛そうに眉間を指先で抑えた。
「重ねて言うぞ。たった一人で何が出来るか。行くのなら戦力を揃えていけ、でなきゃ、犬死するだけだ」
「‥‥それがないから援助を打ち切るとか言っているのではないのですか?」
「その通りだ。だがな、一つだけ、一時的にだが戦力を増やす裏技がある」
「‥‥裏技?」
「最後の希望、とも言う。ラストホープの傭兵達に依頼を出すよう上にかけあってみよう。金はかかるが、殉職者の家族に手当てを出すよりは安上がりだろう、とな」


●かくて傭兵達へ出された依頼

・基本事項

 当基地より兜ヶ崎村へ物資を積んだ軍用トラックが三輌出発する。これを一輌も欠けることなく村へと送り届けてもらいたい。
 なお物資を積んだトラックの他に軽装甲機動車が二輌つく。この装甲車で列の先頭と最後尾を固める。総じて五輌の編成である。
 傭兵諸氏においては装甲車に乗り込み、軍用トラックの警護にあたってもらいたい。
 なお物資輸送分隊の人員は同隊分隊長不破真治准尉、他五名の車輌運転手と補助人員二名の計八名である。

・注意点

 山間の競合地帯を突破する際に襲撃が予想される。
 もっとも危険な箇所は木々の量が減り空から丸見えとなるA峠だ。失敗に終わった輸送作戦の九割は、この峠における飛行型キメラの襲撃によるものである。
 逆に言えば、ここさえ抜けてしまえば後はそれほど危険箇所もない為、成功する可能性が高い。
 A峠は山の側面を削って絶壁にひかれた山道だ。道を外れれば、即、谷底へまっ逆さまだ。足場が悪い、注意されたし。

●参加者一覧

間 空海(ga0178
17歳・♀・SN
白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
斑鳩・眩(ga1433
30歳・♀・PN
オルランド・イブラヒム(ga2438
34歳・♂・JG
ルクシーレ(ga2830
20歳・♂・GP
四条 巴(ga4246
20歳・♀・SN
クラウド・ストライフ(ga4846
20歳・♂・FT
ゴルディノス・カローネ(ga5018
42歳・♂・SN

●リプレイ本文

●冬森雷火

 高速で回転する機関銃が焔を吹く。
 秒間十数発で吐き出される弾丸の嵐はしかし、迫り来る黒影の前に悉く弾き返されていた。
「だ、駄目です! まったく歯が立たない!」
 機関銃を撃ちまくっている隊員が顔面を蒼白にして悲鳴をあげた。
 黒光りする甲殻を持つ巨大な蟻の群れが、木々の間に張られたワイヤーをもろともせず、突進のままに引き千切って、迷彩のほどこされた車群に殺到してくる。
「このキメラは?」
 浮き足立っている隊員達をよそに間 空海(ga0178)が落着いた様子で――少なくとも表面上は――問いかけた。
 それに隊員の一人が震える声で言う。
「蟻型のキメラだ‥‥私達はミュルミドゥンと呼んでいる。対物ライフルを叩き込んでも動くのを止めない化け物だッ!」
 足はそれほど早くない為、車を走らせていれば遭遇することのない相手だったが、森の中に待機している今となっては是非もない。
 軽車輌にも匹敵する大きさの蟻が、冬の森の凍土を巻き上げながら迫る。
「なるほど。こちらも硬そうな相手です‥‥ね!」
 蟻の先頭がこちらまであと十数メートルというほどまで接近した時、間空海は超機械を手に装甲車から舞い降りた。
 流れるような動作で狙いをつけ、発射。電磁の腕が伸びる。SESを内臓した機械から放たれた眩い光は黒蟻の巨体へと収束し、その甲殻を爆ぜさせた。
 誰しもがその光景に目を奪われていた時、疾風のように走る影があった。
 影――白鐘剣一郎(ga0184)は一足に間合いを詰めると、その身に宿る練力を全開にして蛍火を振るう。
 其れは黄金の一閃。
「……天都神影流『奥義』白怒火!」
 蟻の巨躯が左右に割れ、崩れる。
 豪破斬撃、紅蓮衝撃、敵の急所に叩き込まれたそれは、大口径の対物ライフルでも止められないという化け物を一刀の元に真っ二つに断ち切っていた。
 あっという間に冥土へと送られた仲間の姿を見て後続の蟻達に緊張のようなものが一瞬走りぬける。
 黄金の輝きを纏った天馬の剣士は巨大な蟻の群れの前に立ちはだかり不敵な笑みを浮かべた。
「僅か2人と舐めて貰っては困る‥‥行くぞ!」
 間空海の援護射撃の元、白鐘剣一郎は飛翔するかのように駆け、敵の真っ只中へと突っ込んだ。


●集まった者達


 時は少し遡る。
 冬の別府基地に八人の傭兵と八人の隊員が会していた。総勢十六名、これが全戦力。
「何としても‥‥村を救いましょうね、不破さん。村は、私達だけが頼りなんですから」
 四条 巴(ga4246)が言った。
「有難う‥‥感謝にたえん。今回の作戦はなんとしても成功させよう」
 不破真治は感動しているようだった。傭兵というのは金だけの為に戦う者達、という先入観が心のどこかにあったのかもしれない。
「成功の為には的確な作戦が必要だろう。詳しい状況をくれ」
 オルランド・イブラヒム(ga2438)の言葉を受け、不破真治は現状を説明する。これまで失敗に終わった作戦や、前分隊長の死のことも述べた。
 それを元に一同は作戦を練り、一つの作戦を打ち立てた。
 それは、
「輸送車は幾人か護衛をつけA峠手前の森で待機。その間に主力を先行させ敵勢力を排除し、道の安全を確保してから進む」
 というものだった。
 能力者達は事前に準備を行っていて、囮トラックの調達は無理だったようだが、無線機をULTより借り受けていた。
「護りながらではなく、先に安全を確保か‥‥なるほど。それは俺達にはなかった発想だな。やってみよう、いけるかもしれん」
 不破真治は一同に頷きそう言った。


 作戦は、決定された。
 輸送トラックに物資が積み込まれ、装甲車に隊員や傭兵達が乗り込んでゆく。
 その様子を見ながらオルランドが言った。
「不破准尉、多くを救うために時には、小さな犠牲に目を瞑る必要がある。
 それが出来ないということは、守るべき者達への背信になる。
 小を切り捨て大を生かす。それがお前達軍人の仕事だろう」
 先の作戦会議の時、不破の様子に何かを感じ取ったのか、黒いグラスの奥に隠された瞳は、厳しさをもって不破真治を射抜いているかのようだった。
 オルランドの言葉に不破は一度瞳を閉じ、言葉を吟味するかのように瞠目し、それから再び開いて言った。
「あんたも村上大尉――俺の上司だが、彼と同じことを言うんだな。だがオルランド、貴方は切り捨てられた人間の絶望を知っているか?
 ああ‥‥解っては、いるつもりだ。あんたは、あんた達はそれも知っているんだろうな。あんた達はそれを知っていて、そのうえで捨てろと言うんだ。
 何故なら、現実は甘くはない」
 不破は一つ嘆息すると、
「けど俺はそれでも捨てたくはない。何故なら、俺はそれを守る為に軍人になったからだ――それは、軍人としては、我侭な事なのかもしれないが‥‥‥‥」
 悩める青年は冬の空を見上げた。曇天の空だった。
 オルランド・イブラヒムは答えなかった。多くは語らない。彼がどう思ったかは、彼だけが知っている。


●勝利と不吉は冬の大空に凱歌を歌うか


「うっわ、雪降ってきたよ」
 斑鳩・眩(ga1433)が軽い口調で言った。
「上ばかり見てるなよ。バグアとの競合地帯なら他のキメラがいないとは限らないしな」
 とルクシーレ(ga2830)が言う。白鐘や間の待機組みの面々は今まさにその『他のキメラ』と交戦の真っ只中にあったが、無論彼等が知るよしもない。
 先行隊の面々は粉雪が舞い散るA峠を装甲車に乗り走っていた。
 絶壁にひかれた曲がりくねった道、右手を見やれば崖下に広がる丘隆を一望できる。絶景だった。
「トンボ‥‥日本古来、戦の『勝ち虫』が‥‥私達に仇名すのですね‥‥」
 装甲車に揺られながら四条巴が呟いた。
「不吉の証は、我等に何をもたらすのかな」
 一方のゴルディノス・カローネ(ga5018)はそんな事を言った。お国柄、という奴だろう。日本では蜻蛉は『勝利』の虫だが欧州では『不吉』の虫だ。二人の述懐にはそれぞれが持つ文化の違いが現れている。
「トンボ野郎が何をもたらそうが‥‥俺達はみんな生きて荷物を届ける‥‥それだけだ」
 開かれた天井部から身を乗り出し、周囲を警戒しているクラウド・ストライフ(ga4846)が紫煙を燻らせながら言った。
「考えてみれば今回の作戦って、お届け先に荷物を届けるお使いみたいなものよね」
 斑鳩が笑って言う。
「襲撃があれば、愉快なお使いには‥‥到底なり得ないだろうがな」
 ゴルディノスが苦笑しながら答えた。
 一同がそんな事を話しながら進むこと十数分、雪のちらつく空に影が二つ現れた。
「‥‥来た! 正面に二匹ッ!」
 直感の高い斑鳩がまず初めに気づき一同に警告を飛ばす。
 装甲車は急停止し、隊員の一人が備え付けの機関銃で対空射撃を開始する。
 しかし影達はまったく止まる様子もみせず、見る見るうちにその姿を大きくさせてゆく。
「や、やっぱり効いていないですぅぅぅっ!」
 機関銃を撃っている女性隊員が半泣きで叫ぶ。
「くそっ!」
 不破真治の脳裏にドラゴンフライに殺された仲間達の姿がフラッシュバックしてゆく。
「蚊トンボが! 今日という今日こそは、死んでいった皆の怨みを晴らしてやるッ!」
 准尉は雄叫びをあげて運転席のドアを蹴りあけると、大空を睨み据え軍刀を引き抜いた。
 そんな折、不破の背後から凄みのある声が響いた。
「怒りは己を見失わせる。そして、それは周りの者まで巻き込む破滅の刃となる」
 青年がはっとして振り返ると、そこには巨躯を持つ漢が立っていた。ゴルディノスだ。
「落ち着いて不破さん、私達の目的は‥‥何ですか? 村を助ける事じゃないんですか?」
 冷静さを失っている不破に対し、四条巴もまた諭すように言う。
「俺は落ち着いている!」
 不破真治は吼えるように答えた。
「だから、だからこそここで、奴らを叩き落とさなければならないんだッ! だから俺が突っ込む!」
「‥‥なら、あんたの背中、俺が任された!」
 ルクシーレが長剣を引き抜き名乗りをあげた。
 その言葉に不破は驚きを示すと、
「貴方も前に? いや待て、囮は危険だ。行くのなら俺が一人で行くべき――」
「いい加減にしろ」
 額に紋章を輝かせた男が車輌から降り立った。クラウドは不破を睨み据えて言う。
「お前が死んだら誰が隊長の意志を継ぐんだよ」
「それは」
 不破は言葉に詰まる。
「おい准尉、一人で勝てるなら軍隊はいらねえぜ! 勝てると思ってるのなら、その階級章を捨てて一匹狼の傭兵にでもなりやがれ!」
 ルクシーレの言葉に不破は冷水でも浴びせかけられたかのような顔をする。
「俺は‥‥‥‥」
 表情を変えた青年を見てクラウドが言った。
「ちったぁ目覚めたかよ‥‥行くぞ」
 三人の剣士が飛来するドラゴンフライを迎え撃つべく走る。
 大蜻蛉は既に数十メートルのところまで接近していて、その巨大さを見るものに示していた。
「おらぁ、こっちだトンボキメラがぁ!」
 怒涛の三連射、クラウド・ストライフがドラゴンフライの注意を惹こうと弾丸を放つ。しかしそれらは硬い殻甲に阻まれろくなダメージを与えられなかった。
 二匹のドラゴンフライは複眼に戦士達の姿を映し、強襲をかけんと速度と圧力を増して迫る。
「村の人達の為に‥‥負ける訳にはいかないんです!」
 四条が気合の声と共に弓を構え矢を放った。ゴルディノスもまた弾丸を放つ。しかしゴルディノスの攻撃もクラウドの射撃と同様、僅かな打撃しか与えられない。四条の矢に至っては完全に弾き返されていた。
 二匹のドラゴンフライは空を裂いて飛来し前衛の三人に肉薄すると急降下して襲い掛かった。
 空が唸る音と共にぶちかましをかけてきたその巨体をクラウドは間一髪で回避する。
 しかし不破は避け損ね、ダンプカーに轢かれたかの如く宙を舞い、大地に叩きつけられた。
「野郎!」
 ルクシーレは大蜻蛉の滑空軌道を読み、瞬天速で素早く駆けると、敵が高所へと舞い上がる前に跳躍し大剣を叩きつける。
 だが、
(「‥‥浅いっ!」)
 ドラゴンフライの甲殻は両手剣の一撃をしてもその威力を大きく減じさせていた。
 さしたる痛痒も見せずに大空へと逃げ去ってゆくドラゴンフライ、だがその背に蒼光の槍が炸裂した。
 超機械による電磁波攻撃だ。
「本領ではない、が‥‥こちらの方が効くようだな」
 オルランドが超機械を構えながらそう呟いた。
 電磁波を受けた大蜻蛉は失速し、頭から大地に激突、それきり動かなくなる。
 物理攻撃には恐ろしいほどに強固な防御力を持つドラゴンフライだったが、電磁波などによる攻撃には極めて脆弱だった。
 オルランドはさらに電磁波を撒き散らし残りの一匹へも攻撃をしかける。電磁波の直撃を受けた大蜻蛉は甲殻の隙間から体液を盛大に噴出し、こちらは撃墜はされなかったが、いかにも慢心創痍といった様子でよろめいていた。
「いける!」
 不破真治が軍刀を杖にして身を起こしながら勝利を確信する。
 だが、
「オルランド、後ろッ!」
 後衛の警戒にあたっていた斑鳩が切迫した声で叫んだ。
 唐突に背後――絶壁の上から三匹目のドラゴンフライが現れていた。切り立った崖を利用して一同の死角に回り込んでいたのだろう、絶壁は背後を守る壁になるが、同時に視界を遮る。
 三匹目のドラゴンフライは斜面を沿うかのように急降下しオルランドへと襲い掛かる。
「――ッ!」
 黒服の男はドラゴンフライの急降下の軌道から逃れようと身を翻すが、間に合わない。
「させないっ!」
 斑鳩は練力を全開にすると、瞬天足と疾風脚を用いて跳躍し、急降下するドラゴンフライとオルランドとの間に割って入った。
「はぁあああああああっ!!」
 斑鳩はドラゴンフライの眉間に向かって鋼鉄の拳を叩き込む。
 空中で大蜻蛉とグラップラーが激突した。
 鋼鉄の拳はドラゴンフライの眉間を割り、体液を吹き出させた。だが質量差はいかんともし難く、斑鳩はオルランドもろとも吹き飛ばされる。
 斑鳩は受身を取ってなんとか足から地面に着地するも衝撃で大きく後退し、オルランドは不運にも止まっていた車輌に背中から激突しその手から超機械が転がり落ちる。
 轟音と共に大蜻蛉が大地に降り立った。
 一方のそれも手負いだが未だ戦闘能力は失っておらず、地上の人間達を狙っていた。
――不味い。
 不破の脳裏を敗れ去った数々の作戦がよぎった。一転して窮地だ。絶望の影が彼の心を射す。
 しかし、
「硬い‥‥なら!」
 四条巴は決して絶望していなかった。大蜻蛉を見据え弾頭矢を手に弓を引き絞る。
「奥の手だ。これは只の弾ではないぞ‥‥!」
 ゴルディノスもまた貫通弾をフォルトゥナ・マヨールーに装填する。二人のスナイパーのSESはフルに活性し、研ぎ澄まされた五感が甲殻の急所を見抜く。
 炸裂する矢とFフィールドを貫く弾丸が閃光の如く走った。
 一方、
「兜ヶ崎村に楽しい新年を届けてやろうぜ?」
 迫り来る大蜻蛉を前にルクシーレが長剣を両手で構え、横に並ぶクラウドに言う。
「ああ、俺達の荷物を待ってる奴らがいるからな‥‥ぜってぇ手はださせねぇ」
 クラウドも得物を蛍火に変え大蜻蛉を待ち受ける。
 大蜻蛉がぶちかましをかけるべく急降下し、二人の剣士が跳ぶ。
 交差する影、斬撃二閃、轟音が冬の峠に響き渡った。


●戦いの結末

 鏃に仕込まれた爆薬が蜻蛉の首元で炸裂し、貫通弾が蜻蛉の心臓を貫き通した。
 剛剣により頭蓋を叩き割られた大蜻蛉は方向を見誤り、谷底へと落ちていった。
 戦いが終わった時、不破真治は無線から声が洩れていることに気づいた。間の声だった。その穏やかな声に不破は深く息を洩らした。
「‥‥こちら不破だ。どうぞ」
「こちら間です。キメラの襲撃がありましたが、全て撃退しました。どうぞ」
「襲撃があったのか‥‥良くやってくれた。皆、無事か?」
「ええ、無事ですよ。白鐘さんがいましたからなんとか。そちらの状況はどうですか?」
「傷を負った者もいるが、全員生きている。キメラも全て掃討した」
 不破の言葉に間はほっと息を吐いた様子だった。
「良かった。ではこれより合流しますね」
「ああ‥‥宜しく頼む」
 不破は空を見上げた。降っていた雪は止み、蒼く澄み渡った空が広がっていた。


――そして、合流した一行は無事に兜ヶ崎の村へと辿り着き、歓声と共に村人達に迎え入れられることになる。
「ったく‥‥疲れたよホント、この成功はお前が呼び寄せたもんだ。その前の隊長も喜んでるだろうよ」
 一服しながらクラウドが言った。
「俺は幸せ者だ」
 不破は人々の笑顔を見ながら呟いた。
「この成功はあんた達のおかげだ。あんた達の力がなければ、俺はこの場に立っていなかっただろう‥‥感謝する。深く、感謝する」
 不破真治は噛み締めるようにそう言ったのだった。