タイトル:新しい時代にマスター:望月誠司

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 27 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/11/27 22:31

●オープニング本文


 
――空に輝く赤い凶星、青い星に生きる人々の衰勢。いつかこの空を取り戻せますか?

 インド。
 女は屋上で夜空を見上げていた。
 無数の光が瞬いている。
 彼等は戦っていた。
 鋼の翼は宇宙(ソラ)へと上がり、既に地球人類の戦う力は衰えたと言われる状況ではない。
 人類が押し込められていたのは既に過去の話だ。絶望が満ち溢れていたあの時代は、既に通り過ぎていた。
 長い、長い、戦いの末に、彼等はそこまでいった。空を覇し、宇宙へと翼を広げた。
 宇宙に輝く無数の光、光の瞬きは命の瞬き。
 生きて帰れ、と女は祈った。


 日本国。
 紺碧の空だ。
 誘導弾が煙を引いて飛び、うねりながら高速で旋回する巨龍に命中し爆裂と共に大地へと叩き落としてゆく。赤い色が舞った。
「――敵性戦力の撃滅を確認。任務完了、帰還する」
 KV戦隊長不破真治は最後のキメラを撃墜を確認すると無線に言った。
 了解の言葉が次々に返って来て、無数のKV達が翼を翻す。不破もまた愛機を旋回させると基地へと向かった。
 愛機を滑走路に着陸させ、収容させる。
 機体を収容させ基地内の通路を歩いていると、彷徨っている緑色の髪の少女――という年齢では既にないかもしれない、緑髪の女の姿を見留めた。
「帰っていたか」
「お帰りなさい隊長」
「順序が逆になったな」
 不破は苦笑して呟いた。地上に残った彼がお帰りという立場だった筈なのだが。
「勝ったか」
「はい」
「宇宙はどうだった」
「‥‥綺麗だった、かな」
「そうか」
 不破は頷いた。
 万感の思いを抱きつつも、淡々と言う。
「良く戻った」
「‥‥不破さん」
「なんだ?」
「村上――じゃなくて、秋山さんから伝言いただいたんだよ」
「‥‥秋山というと、秋山正成社長か?」
 男の片眉があがった。
「うん」
「反射的に嫌な予感がするのは骨の髄までの刷り込みだな。今回はどんな無茶だ?」
「あはは、今回は物騒な話じゃないよ」
 相良裕子は笑うと言った。
「祝勝会やるから予定開けておけだって。ULTにも張り紙だすらしいから、なつかしい顔ぶれも集まるかもなんだよ」
 

 東南アジア。
 近年成長著しいマドラガン市、その中央に立つ新ホテルの会場に雑多な人々が来訪していた。
 多くはパーティ用の礼服に身を包んでいるが、中にはあきらかに普段着そのままの者もいる。東西の様々な人種に、軍人、傭兵、船乗り、ビジネスマン、街のパン屋から市長、陰陽師、海賊、エトセトラ、とその職業も様々だ。
 優雅に談笑している集団もあれば、開始の挨拶がまだなされていないのに既に酒でも入っているんじゃないかという勢いで盛り上がっている集団もいる。各々己の流儀で好き勝手にやっているようだ。
 実に混沌とした空間である。
 服装は完全に自由との事だったので、不破真治は着慣れた軍服に身を包んで出席していた。統一性には欠けるが、やはり軍人や傭兵の姿が最も目立つように見える。
 会場を見渡していた不破はその中に見知った顔を一つ見つけた。士官服に身を包んだ金髪碧眼の美人だ。ドレスでも着ていれば映えるのだろうが、相変わらずの軍服姿だった。部下や知人達と談笑しているようだ。
 ふと眺めていると視線が合った。女が笑って手をあげて来たので会釈を返し近づく、
「やぁ、貴方もやはり来ていたか。貴方は彼の右腕だったもんな――お久しぶりだ」
 女はそう言って微笑した。
「果たして本当にそうだったのか、疑問が残る部分はあるがな。お久しぶりだディアドラ=マクワリス。貴方と最後に顔を合わせたのはカリマンタン島だったかな。カーティヤワール半島の戦いで重症を負って入院していると聞いていたが……大丈夫なのか?」
「初期の処置が良かったからな、こうして出歩けるくらいにはなったよ」
 ふっと笑って女少佐は言った。近くで見れば、以前見た時よりも随分と痩せている。手には杖を持っていた。
「リハビリしている間に大戦は終わってしまったけどな。というかいざ自分が大怪我して思ったのだけれど、君はあれだけ頻繁に大怪我していて、なんで後遺症とかまったく残ってないんだい?」
「頑丈なのが取り柄だからな」
 不破はそんな事を言った。その答えに女は理不尽だ、と言いたそうな顔をしていた。まぁ能力者と一般人の差というものだろう。
「しかし、バグアとの戦争は終わったが、まだ戦い自体は終わっていない。各地に残党が残っている」
「君は相変わらず、張り詰めた奴だなぁ」
「そうか?」
「まぁでも、今この時でもまだ戦っている人達がいるって事は忘れちゃいけないよね。軍縮は進んでいるけど……君は軍に残るのか」
「ああ」
 不破は頷いた。
「日本国が完全に平和になるまで、俺は軍人でいるつもりだ」
「君らしい選択な気がする」
「そちらは?」
 不破が問いかけると女は苦笑して言った。
「私は、もう正真正銘ポンコツになってしまったからね。戦場で使い物には、もうならないだろう。邪魔にしかならないなら、私が軍に存在する意味はない。退役するよ」
「そうか」
 不破は敬礼した。
「長い間、お疲れ様だ戦友」
「有難う……立場は変わるがこれからも君の活躍を祈るよ」
 金髪の女は笑って敬礼を返した。
「私は東京に住む予定だからね。あの国の空を守っておくれ」
「任せておけ。二度とバグア侵略時のような惨劇は繰り返させない。何が攻めてこようとも、守りきってみせる」
 不破達がそんな事を話しているとやがて会場に黒いグラスをかけた男が連れを伴って現れた。
「よう皆、良く来てくれた。俺が今回の席を用意させて貰った秋山警備保障会社の秋山だ」
 マイクを手に、相変わらずの何処かくたびれた調子で秋山は言った。
「皆知っての通りバグアとの戦争は終結した。こちらの勝ちだ。俺達地球人類は勝利した。俺達は空を取り戻した。これは一つの大きな区切りだろう。だから戦勝を祝って祝宴をする。各地方で残党等との戦いはまだ続いているが、出来る限り今日はそれは忘れろ。長い長い戦いが一つ終わったんだ。明日も戦いが待っている奴もいるだろうが、だからこそ今は休め」
 秋山は一つ咳払いすると杯を手に取る。
「まぁグダグダは言わねぇ。俺からはそんだけだ。そんな堅苦しい席じゃねぇ。各々好きにやってくんな。戦勝、おめでとう、地球を守った英雄達よ。新しい時代に乾杯」
 言葉と共に乾杯の声が周囲から次々にあがり、杯が掲げられ、パーティが始まるのだった。

●参加者一覧

/ 大泰司 慈海(ga0173) / 柚井 ソラ(ga0187) / 榊 兵衛(ga0388) / 鯨井昼寝(ga0488) / ケイ・リヒャルト(ga0598) / ロジー・ビィ(ga1031) / オルランド・イブラヒム(ga2438) / 叢雲(ga2494) / ノビル・ラグ(ga3704) / アッシュ・リーゲン(ga3804) / 藤村 瑠亥(ga3862) / 葵 コハル(ga3897) / リン=アスターナ(ga4615) / キョーコ・クルック(ga4770) / 阿野次 のもじ(ga5480) / シーヴ・王(ga5638) / 秋月 祐介(ga6378) / アンドレアス・ラーセン(ga6523) / 不知火真琴(ga7201) / 時枝・悠(ga8810) / 狭間 久志(ga9021) / キア・ブロッサム(gb1240) / シャーリィ・アッシュ(gb1884) / 赤崎羽矢子(gb2140) / 番場論子(gb4628) / ヘイル(gc4085) / ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751

●リプレイ本文

 出席者が会場へと次々に入場してくる。
「何よ、おめかししちゃって! 馬子にも衣装ね」
 ケイ・リヒャルト(ga0598)はその中に友人の姿を見つけて声をかけた。
「ケイったら、どうしてそんなこと言うんですのっ」
 ロジー・ビィ(ga1031)は、純白を基調に鮮やかに青い薔薇の花があしらわれたドレスに身を包んでいた。
 ケイはくすっと笑う。綺麗だと思いつつも、悪態をつくのは腐れ縁だからこそだ。
「まったくもう、折角の席ですのに、ケイはいつものスタイルを崩しませんのね」
 とロジー。
 彼女としても、それもまた素敵であると思っていたりする。
 二人は思い出話をしつつ会場を回る。
「昔ね、ランラン、じゃくて、タンタンドゥーって言いながらパンケーキ三個分を投擲してくるマスコット型キメラが‥‥ってあら?」
 ケイの視線の先では、年の頃十六程度に見える少女が、身分証を突き出してふんぞり返っていた。手には酒盃だ。
 その前では軍人達が唖然とした表情で少女を二度見している。
「タンタンドゥー」
「あら、懐かしい挨拶ね?」
 阿野次 のもじ(ga5480)が驚いたように振り向いた。
「あの時以来ね。元気にしていたかしら?」
 ケイは微笑し、お互いの近状について話し始めた。
 他方。
「わ〜、すごい会場だね〜」
 メイド服姿のブロンドの女が声をあげた。
 狭間 久志(ga9021)の腕を取って共に入場してきたキョーコ・クルック(ga4770)だ。
「‥‥あの、キョーコ」
 狭間が呻くように咳払いした。
「なぁに?」
 横から男を見上げてキョーコ。
「‥‥いや、腕」
「え?」
 狭間の腕に胸を押しつけながら微笑する。婚約者と「一緒におでかけ〜♪」という事でるんるん気分な様子である。
 狭間はどうしたものかと眼鏡を指で抑えるのだった。
 一方、真紅のドレス姿でパーティホールを優雅に歩いているのは鯨井昼寝(ga0488)だ。
「や、昼寝。楽しんでる?」
 赤崎羽矢子(gb2140)は通りかかった鯨井へと酒盃に口つけながら片手をあげる。
「あら、羽矢子、お久しぶりね。ええ、楽しんでいるわ」
 用意されたグラスを片手に機嫌良さそうな表情を浮かべている。
「それは何より‥‥って、なんかまた難しい事考えてない?」
 笑顔に不穏な匂いを微かに拾ったか、赤崎が頬を掻きながら言う。
「ふふ、気のせいよ」
 鯨井は上機嫌に笑った。
 他方。
「――村は落ちついてるよ。とにかく、毎日の仕事を頑張って稼ぐだけって感じだね。キメラはほとんど来ない」
「そう、平和なのは何よりだわ」
 リン=アスターナ(ga4615)は兜ヶ崎村の状況を鳥居櫻から聞いていた。
 一時期不良化していた櫻だったが、それが嘘だったかのように一般的なドレスに身を包んでいる。
「貴女もちょっとは落ちついたみたいね?」
「‥‥やめてくれないかなぁ、その話は」
 恥ずかしそうに櫻が言って、リンはくすっと微笑みを洩らしたのだった。
 他方。
「おおヤマト、ちゃんと生きてるかぁ?」
「ちょっ、やめてよ!」
 アッシュ・リーゲン(ga3804)はガシッとヤマトを掴まえてその頭をグシャグシャと撫で掻いている。
「何だシケたツラしちまってよぉ」
「だって、平和になるのは良いけどさ、戦がなくなったら傭兵なんてアレじゃないか。そりゃ先行き不安にもなるぜ」
「あ? 食い扶持の問題か? ならさっきの秋山社長を紹介してやろうか? 働きに見合う金は払ってくれるぜ」
「知り合いなの?」
「あの主催は、何処かで見たような気もしますね‥‥」
 番場論子(gb4628)はぽつりと呟く、と同時にここは敢えて無視しておくべき所か、とも思った。
 他方。
「裕子〜! お互い約束守れたな‥‥! この世で再会出来て良かったぜ!」
 ノビル・ラグ(ga3704)は相良裕子へと感慨を込めて言った。
「うん‥‥約束守れて良かったんだよ」
 緑髪の女は嬉しそうにそう述べた。
「やーほーヒロちゃん、ひっさしぶりー♪」
 葵 コハル(ga3897)は相良を発見すると、だだだっと小走りに駆けて抱きついた。
「わぁ、コハルちゃんもお久しぶり!」
「ふふふ、元気そーで良かった。今日は任務とか依頼の事は忘れて楽しもーね!」
「元気そうだな、相良」
 次いで、ダークスーツに身を包んだ男がやって来た。
「久しぶりだな。お互い今まで無事で何より」
 その言葉に相良は笑うと、
「ヘイルさんも随分ぶりなんだよ。ほんと、ご無事で良かったんだよ」
「――随分昔だが、約束したことがあったな。覚えているか?」
 女はしばし考えるようにしてから、かくりと小首を傾げた。
「浮遊都市の?」
「‥‥‥‥そんな場所で約束した記憶はないが、佐賀県の時のだ」
「覚えてるんだよ、約束だったものね」
 女は頷くとサイフからキーホルダーを取り出すと、カギを外してホルダーを渡した。
「確かに。では今度はこれを」
 一枚のコインを渡す。幸運のメダルだ。
「これからの道に幸運を」
「有難う‥‥しっかりお預かりするんだよ。ヘイルさんの進む道にも、良い風が吹きますように。ちゃんといつか、取りに来るんだよ」
 そう言って、女は笑った。


「――戦後、これから先って、どうする?」
 時枝・悠(ga8810)は連れが来られなかったので暇をしていたが、コルデリアとディアナとばったり会って、彼女等と雑談していた。
「私は急にはあまり変わらないな。まぁ地道にやるよ」
 ディアナはそう答えた。
「やるって?」
「治療費返済と貯金」
 世知辛い話だ。
「コルデリアはそのまま軍か?」
「あたしは、士官にはならない。辞めるわ。軍縮方向だし、文句は言われないでしょう」
 戦いは疲れた、との言葉が返って来た。
「あんたはどうすんの?」
 コルデリアの問いに時枝は沈黙した。ずばり、未定である。
「まぁ、しばらくは今まで通りかな」
 しばらく、のその先について、軍の居心地を聞いておきたかったが、コルデリアは辞めるようなので他の人間に聞いた方が良さそうだ。
 そんな事を話しこんでいるとスーツ姿のシャーリィ・アッシュ(gb1884)がやってきた。
「ああ、居た。三人とも、久しぶり」
 再会の挨拶をそれぞれかわす。コルデリアはそっぽを向いたままだったが。
「ディアナは今もあの施設に?」
「うん、今はまだ、な」
「そうか」
 話を聞いたシャーリィは頷くと。
「カンパネラを卒業したらそのままUPCに入隊するつもりなんだが、グリーンランド方面に配属希望を出そうと思ってるんだ」
――生きている限り付き合う。
 二年近く前のディアナとの約束。
 それを果たすには一番近道だと思ったからだ。
「しかし、ディアナが自由の身になれる時が来たら、傭兵のままでいる方が遊びに繰り出すには都合がいいのか」
 軍やディアナに問題が絡み合っているように、シャーリィにも考えなければいけないことはある。
 一年近く音信を絶っていたシャーリィを待っていてくれたある傭兵とのことも頭をよぎる。
「自由になれたら、その時は私の方から会いにいくよ」
 とディアナ。
「ふむ‥‥軍人の行動の自由ってどの程度なんだろうな?」
 考える事は色々あるが、まぁ急がずゆっくり考えればいいかとも思う。考える時間は増えるのだ。
「――今日はゆっくり楽しもう。時間まで付き合ってもらえるかな?」
 言ってシャーリィは手を差し出す、
「私でよければ喜んで」
 ディアナは微笑すると手を乗せた。
「ちょっと踊ってくる。またな」
 そう言って二人は去ってゆく。
「‥‥あたし達も踊る?」
「いやぁ、それはどうだろう‥‥私、私服だし。とりあえず食べよう」
 残されたコルデリアと時枝はそんな言葉をかわしたのだった。


 他方、一通り料理を堪能したシーヴ・王(ga5638)はディアドラの元を尋ねていた。
「久しぶりでありやがるですね」
「おぉ、おぉ、シーヴ・フェルセンじゃないか。ほんと久しぶりだなぁ! 元気だったか?」
 ブロンドの女士官は嬉しそうに笑うとぎゅっと抱きしめてから離した。
「元気でありやがるです。インド以来ですから、今の階級は知らねぇですが‥‥怪我はともかく中身は元気そうで良し、です」
「五階級くらいあがってる人もいるけれど、私はそこまで変わってないかな。二つ上がって少佐だ」
「少佐なってたですか。おめでとです。あと、シーヴ、フェルセンでなくて、今は王です。随分遅ぇ報告になっちまったですが、シーヴ結婚したです。もうすぐ人妻3年」
「おぉぉ、おめでとう! お相手ってどんな人だい?」
 そんな事を話しつつ近状についてお互い報告し合う。
「‥‥退役しやがるなら、アレのリベンジをしとかねぇと、ですね」
 女少佐より退役する、との話を聞いて、娘の目がキラーンと光った。
「リベンジ?」
 シーヴは無言ですっと丸テーブルの前に移動した。
 そしてテーブルクロスの端を持つ。
 途端、ディアドラの表情に旋律が走った。
「その構えは‥‥っ?! シ、シーヴちゃん! やめてー!」
 いつぞやの悪夢が速攻で脳内再生されたのだろう、ディアドラが血相を変えて叫ぶ。
「シーヴを信じろ、です。あれから特訓に特訓‥‥は全くしてねぇですが」
「駄目じゃないかっ?!」
「いくでやがるです」
 赤毛のポニテ娘は淡々と宣言すると、豪華料理が載りに載ったクロスを勢い良く引っ張ったのだった。


「おおっ、燐火じゃねぇか! 元気にしてたか!」
 アンドレアス・ラーセン(ga6523)は陰陽師の少女と会うと破顔した。
「お久しぶりです。おかげさまで、なんとかやれています。師匠に比べれば、まだまだですけどね」
 と燐火は笑顔を浮かべた。
「そいつは良かった。歌部のオッサンは相変わらずか?」
「ええ、調子というなら、あの人は相変わらずですよ」
 嘆息して視線を横へとやる。
 先を見やれば出席者達の前で黒狩衣の中年が脳天気そうに馬鹿笑いをあげていた。
「なるほどね」
 アスは苦笑した。
(デカイ戦いは終わった。銭の好きな陰陽師も稼ぎやすくなんだろ。戦争より、よっぽどいいさ)
 改めて、男は目の前の少女を見た。
「‥‥どうかしました?」
「――お前にはすげぇ感謝してんだぜ、燐火」
「え?」
「意外か?」
 アスにとって、燐火との出会いは、傭兵になりたての頃のとても印象深かった出来事だった。
 燐火の事は常に気にかかっていた。
 前線でも後方でもそこに居るのは「人」だという事。戦時には他に優先すべき事が多々あるけれど。心はたやすく破れる。その事を俺は絶対に忘れるもんかと、そう思った。

――あの日の誓いを俺は果たせたか。

 冷えた頭と魂の熱で絶望の闇に希望を灯すと。
 少しは、やれたのだろうか。
 少女は少し迷ったようなそぶりを見せてから言った。
「‥‥私は、貴方に何か出来たかな? 出来ている?」
 不安そうな顔には幼さが見えた。
「ああ、元気そうな姿が見られて嬉しいぜ」
 アスは頷きニッと笑った。
「‥‥有難う」
 少女は少し照れたよう頬を掻いた。
 しばしの間の後に言う。
「‥‥偶にね、大人になるのって、寂しいって思うんだ。偶に、これで良いのかなって思う。自分の力でしっかりやるぞって、思うんだけれども、甘えない為に、皆からの好意を無下にするようなのは、それも駄目なんじゃないかって‥‥調子が良いくらいで良いのかなぁって師匠見てると思うよ」
 燐火は言った。
「なんていうか、上手く言えないんだけれども、つまり、アスがそう言ってくれるの、私はとても嬉しいって事なんだ」
 少女は笑う。とても感謝していると言いたいらしい。
「だから、アス達が幸せでいてくれたら、私は嬉しいので、どうか幸運がありますように。もし何か困った事が起こったら言ってね。私だって少しはやるようになったんだよ」
 そんな事を話していると、
「‥‥と、ロジー! 気を付けて!」
 ケイの声が響き、どんと燐火の背に銀髪の女がぶつかった。
「うわわっ」
「あっ! ごめんなさい‥‥と、燐火じゃありませんの!」
「あれっ、ロジー?」
「お元気にしてらして?」
 ロジーは燐火へと微笑みかけるとぎゅーと抱き締めた。
「うん、元気だよ」
 あははと笑って燐火は言った。
 ロジーもまたあの時の事は、一瞬たりとも忘れていなかった。ここまで回復して良かった、と思う。
「そういえば星明はいらしてませんの?」
「師匠ならあっちに‥‥って、あ」
「ふむ、呼んだかね!」
 黒狩衣の中年が他の出席者――柚井 ソラ(ga0187)と叢雲(ga2494)、不知火真琴(ga7201)と共にやってきた。
「お久しぶりですっ」
 柚井はぱっと明るい笑顔を見せて皆に言う。
 懐かしい顔ぶれに会えたのが嬉しくて、はしゃいでいる様子だった。
「ソラ、久しぶり」
 笑って燐火が応え、それぞれ互いに再会の挨拶をかわす。
「皆、壮健そうで何よりである!」
 胡散臭い陰陽師はがっはっはっはと例の馬鹿笑いをあげた。
「戦争も一先ずは終了、皆様、お疲れ様なのですよ」
 微笑して不知火が言う。
「かくして戦いは終わり、と。後半は殆ど最前線を離れてたとはいえ、感慨深いものはありますねぇ」
 叢雲がそんな事を言った。
 男は陰陽師の師弟へと視線をやり。
「活躍はお聞きしてますよ。燐火さんもすっかり逞しくなられたそうで。昔は『深窓のご令嬢』でしたのにねぇ」
「良いじゃんか! 今だってご令嬢だよっ、そりゃライフル振り回すけどさ!」
 叢雲のからかいの言葉に燐火が口を尖らせて抗議する。
 わいのわいの言っている一同を眺めながら柚井は思う。
 二人とも変わったかな?
(――俺は多分、前会った時からほとんど何も変わってない)
 ちっとも成長してないまま。
 会ってない間、お二人は何をしてきたんだろう?
「お二人は、これからどうされるんですか?」
 談笑が一段落すると柚井は陰陽師の二人に問いかけた。
 柚井自身はまだ、自分の先の事は、うまく考えられていなかった。
 終わったんだというのが、まだ上手く解からない感じがして。
「ふむ、私はこれから先も今まで通りであるな! 御用命あらばそこに潜む魔を払い陰陽を和合する手助けをするのみにござる」
 中年の陰陽師は野太い笑みを浮かべると、もっともらしく九字を切ってそんな事をのたまった。
「んー‥‥私も日本が落ちつくまでは、この商売続けるつもり。そういうやり方でしか、助けられない物ってあるみたいだから。人を助けて自分も生きられるなら、そういう生き方も悪くない。偶に詐欺っぽいのがちょっとひっかかるけどね! でも私はそういうの失くすよ! そう決めた! 今決めた! もっとクリーンにいくんだ!」
「詐欺っぽいとは何事か、この馬鹿弟子め」
 ぺしと扇子で歌部が燐火の頭を叩き二人はぎゃーぎゃーと言い合いを始めた。
 柚井はそんな様を見て軽く吹きだした。
 道は色々だろうけれども、皆の歩む道のその先が明るいものでありますように、と思う。
 暗くたって、きっと明るくなる、明るくしていける。
 だって、ほら。
「祓えない魔なんてない、ですから、ね」
 柚井はそんな事を呟いたのだった。


「生きていたか。しぶといやつだな」
 オルランド・イブラヒム(ga2438)は不破へと笑って言った。
「ハイ、中佐。お互い、悪運は筋金入りだったみたいね?」
 リンもまた不破へと乾杯を求めながら言った。
「お前達もな」
 不破は二人の軽口に対してニヤリと笑うと、杯を合わせて言った。
「健在そうで何よりだ」
「こうして勝利の宴で五体満足な状態で顔を合わせることができて嬉しいわ」
 杯に口つけつつリン。
「何時以来だったかな?」
 オルランドが問いかける。
「兜ヶ崎を開放した時以来かな。もう二年も経つか。早いものだな‥‥」
 今までの戦いを振り返って不破が呟いた。
「‥‥今思い返してみてもかなり危険な橋を渡っていたな、俺達も」
 榊 兵衛(ga0388)が酒盃を片手に言う。多くの激戦区を生き抜いて来た男だ。不破等と潜った修羅場も片手では数えきれない。
「その成果が今に繋がっていると思えば、感慨深いモノはあるがな」
「改めて、良く勝った、と思うよ」
 しかし、榊達は絶望的な戦いを切り抜けたが、戦いの中で倒れていった者達もいる。
「‥‥村上は死んだらしいな」
 オルランドはぽつりと呟いた。
「奇跡の代価は安くなかった、と聞いているよ」
「‥‥‥‥うむ」
 不破の表情に、オルランドは多少の違和感を覚えたが、彼が村上死亡に関する顛末は断片的に知るのみであり、裏に沈められた事までは、心でも読めない限りは覗い知る事はできなかった。
「鬼子母神は裁かれなければならん。その子を想う気持ちがいかに純粋であってもな」
 目的が手段を正当化する事はない、と男は言った。
「それは、自戒かな。貴方のような人達は皆、同じ事を言う。解かってる上でやるのだから、なんともな」
「どこでも目的に一途なやつは危ういからな。愛国者しかり、殉教者しかり」
 オルランドもまた村上の同類だった。
「選択に及び感情を切り捨て続けた自分達は死人も同然だ」
 男は視線を中佐へと向けた。
 お前はどうかと問いかける。
 間違っても真似はしてほしくなかった。
「俺も俺で危うい奴なんだろうが‥‥」
 不破は苦笑しながら言った。
「貴方達があらゆる手を尽くす側の人間なら、俺は限定された方法でやろうとする側の人間だよ。俺は貴方達を尊敬する。しかし、自分もそうしようとは思わん。俺は俺のやり方でやる。だから、そういった意味の心配はいらんさ。問題は実行力だな。この先、もしかしたら、そんな事も言ってられない事態に直面する事もあるかもしれない。だが、少なくとも以前よりは良い選択肢を選べる筈だ。良い結果を残せる筈だ。その為に、戦って来たのだからな。絶望の時代は、終わったのだと信じる」
「そうか」
 オルランドは頷いた。
 それに榊が言う。
「しかし、この先か‥‥中佐は日本がこれからの主戦場になるんだろうが、共に戦ったカリマンタン島が今どうなっているとか興味はないのか? 俺としては機会があれば是非訪れてみたいと思っているんだがな」
「カリマンタン島か‥‥」
 思い出深い土地である。南海に浮かぶ宝石河の島。大地で、空で、戦った。無数の英雄が生まれ、そして散っていった場所。
「一度見にゆきたいとは思っている。いつか時間が出来たら、行ってみるのも良いな」
 一同は過去の想い出話しから、未来の事についての話を始める。
「そういえば、一応報告しておいた方が良いわね。私、軍属に戻ったの」
 リンはそう言った。
「‥‥意外な選択だな?」
 不破は驚いた様子だった。
 リンは軍もまだ捨てた物ではないと思い直したのだが、目の前の中佐は大きな要因になった男だった。
 馬鹿正直なまでに一本気で、信念を曲げず、人に媚びず、どんな困難にも退かない。
 不破が聞いたら、そんな大層なもんじゃない、と思わず言っただろうが、リンは多くは語らず、
「心境の変化、ね」
 とだけ述べた。
「配属先はまだ決まっていないけれど、もし中佐の部隊に配属されるなんて事になったら面白いわね。今度は上官と部下の関係だから、傭兵の時と違って遠慮は無用だからね?」
「そうなったら確かに面白いな。俺の戦隊は休みは少ないが、戦い甲斐はあるぞ。まぁ実際何処の配属になるかは人事部次第だろうが‥‥ともあれ、軍への復帰、歓迎するよ」
「――これからは同じ軍の一員として。今後とも宜しくお願いします、不破中佐殿」
「ああ、今後ともよろしく、な」
 言って二人は敬礼を交わした。
「皆、色々だな‥‥そちらは今後はどうするんだ?」
 榊が問いかける。
「俺か? 国に帰って、探偵事務所をもう一度開くつもりだ。この混乱で行方不明者はごまんと居る。仕事は幾らでもある」
 オルランドはそう言った。
「それに‥‥テロ・麻薬・内戦まみれの国に逆戻りでは困る。混乱に乗じる輩も多いだろうからな」
「なるほどな」
 男はスーツから名刺を取り出すと周囲に配って渡した。イブラヒム探偵事務所・所長の名義の名刺だ。
「南米観光ぐらいで遊びに来るなら目印に良いだろう。何らかの活動を考えているなら、場合によっては足がかりに出来る筈だ」
 それぞれ便利な組織になれば良い、と男は言った。


「なんだ、騒がしいな?」
 アッシュがその一画へとやってくると、シーヴがドヤ顔でクロスが抜かれたテーブルの前に立っていた。
「よう、ディアドラ‥‥調子良さそう‥‥でもないのか?」
「あ、あぁ、ちょっと吃驚しただけだ。大丈夫」
「そうか、無理すんなよ。ヤマトも来てるぜ、今秋山社長に紹介してやったトコでな、後で会ってみたらどうだ?」
「ヤマト君をかのセンセーにかー」
 むむむと女は難しそうな顔をした。
「大丈夫かな」
「ヤマトだってもう一人前なんだから、なんとでもするだろ」
 心配性なのは相変わらずらしい。
 そんな事を話しながら、近状について報告し合う。
 退役する、という話を聞いてアッシュは言った。
「‥‥なぁ、パーティー終わった後‥‥時間、貰えないか?」


「さて、俺もそれなりにオッサンになった。言葉を尽くせば余計な事を言いそうだから、代わりに一曲歌わせて貰うぜ」
 アスはマイクを片手にそう前置きすると、アコースティックギターを取り出した。
 戦の時代でも平和の時代でも、彼のロック魂は変わらない。
「願わくば聴く人の心に平安を」
 ラヴ&ピースだ。
 男は述べると弦を爪弾き、戦前のロックを自己流にアレンジし、オリジナルも織り交ぜて歌い始める。
 愛と平和に捧げる歌が響く中、
「や、飲んでるー? 調子はどうっ?」
 大泰司は会場の人々に陽気に声をかけて回っていた。
 声をかけるのは、主に市井の人々だった。
 東南アジアの人々の暮らしぶりや、今の状況を知りたかったのだ。
 中国の故城基地での一戦以来、大泰司は戦争が終わるまで手の届く範囲の人を助けて行くと、決意していた。
 そして今、戦後となった。燃え尽きた訳ではない。だが、今後については真っ白で、
(本当にどうしよう‥‥)
 と途方に暮れる所があった。
 この五年、あちこちで戦って来た。その中でも東南アジアは馴染みが深い。とりわけタイという国には深く関わっていた。
「悪くないね」
 人々から返って来る言葉は明るい。
 その言葉に大泰司は満足気に笑った。

――そうだな、余生はタイの復興を手伝いながら、静かに過ごそう。

 ふと、そんな言葉が脳裏に浮かんだのは、その時だった。
 きっと、悪くない。
 まだ解決していない事も残されているので、すぐに銃を置く事は出来ないが――それも解決したら、エミタを摘出しよう、とそう思った。


 軍人や傭兵達との談笑を一区切りつけ、会場を歩く秋月 祐介(ga6378)の耳に、歌声が流れて来た。
「愛と平和か‥‥」
 呟く。
 傭兵への年金は低額だった。
「狡兎死して走狗烹らる」
 故に、そんな言葉が秋月の脳裏をかすめた。
 社会内での、出世、隠遁、そして世界への叛逆、燻る火種はあちこちに転がっている。
 今はまだ表面化していないが。
 戦後。
 それもまた、容易いものではない。
 戦後を平穏に生き延びるにはどうすれば良いのか、その方策を模索しての軍人や傭兵等との談笑だった。
 先程の会話を思い出す。
「や、お久しぶりですな。初陣では随分とお世話になりましたが、今は如何ですかな?」
 秋月はかつて在籍していた小隊の隊長の姿を発見すると、そう声をかけていた。
 隊長――叢雲は微笑するとこう答えた。
「これからどうするか、を思うと少し途方に暮れている所ですね。勢いでなったとはいえ、波乱の生活ってのが気に入ってたようで」
 今更能力者から一般人へというのも違和感がある、との事。
「なるほど」
「もっとも、まだ嵐が完全に止んだ訳でもないと思いますのでね」
 予定は一応立っている様子だった。
 他方。
(新しい時代、ね‥‥その先にあるのが果たして希望か?)
 ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751)もまた疑問に思っていた。
「これは藤村さん、ご無沙汰とお疲れ様です。楽しんでます?」
「ああ、それなりに、な。お前の方はどうだ?」
 藤村 瑠亥(ga3862)が歩いて来るのを見かけたので声をかけると、男はそう答えた。傍らには銀色の髪の女が居た。キア・ブロッサム(gb1240)だ。
「結構、楽しいですね」
 ドゥは笑った。
 会場を見回せば、色々見えて来るものはある。
 これから先を見据える者、不安を持ち悩む者、今というこの時を楽しむ者。
 純粋な思いもあれば、瞳の奥に密かなものを隠した者もいる。
(やはり、こういう場は来て正解だった)
 そう思う。
「藤村さんは、もうお帰りですか?」
「いや、少し飲み過ぎたので酔い醒ましにでもと思って、な‥‥」
 ちらとその視線を藤村の背後に立つ者へと向けると、ドレス姿の女性は微笑と共に軽く会釈を返した。
 ドゥは藤村にしばしの別れの挨拶をすると、会場の外へと去ってゆく二人の背を見送った。


「御伽噺のめでたしめでたしの後は、どんな展開になるんだろーな‥‥?」
 ノビル・ラグは歌に耳を傾けながらぽつりと呟いた。
 人類の歴史は闘争の歴史。
『天敵』が消えた後は、再び人類同士で戦い合う日々が始まるだけ。
(その程度の事は俺にだって判る)
――バグアとの闘いが終った今、望めば一般人にだって戻れる。
 しかし、選択は人それぞれだ。
「ねね、ヒロちゃんは戦後はどうするつもり?」
 葵コハルは問いかけた。
「あたしは‥‥大学に行くかどうか考えてるんだよね、ちょっと気になる仕事があってさ」
「気になるお仕事?」
「うん、色々活動してるんだ。あ、そだ、とりあえず連絡先を交換しとかない? もしお互い時間ができたらさ、一緒に遊ぼうよ! 前みたいに温泉とかさ、きっと楽しいと思うんだ♪」
「それはナイスアイディアなんだよ。ちょっと待ってね」
 ときゃっきゃと連絡先を交換している二人の様子を眺めつつ、それが終わった所で、
「なぁ裕子? お前は、この後一般人に戻るのか? それとも能力者のままで居るのか?」
 ノビルは聞いた。
「俺は一般人には戻らないぜ‥‥エミタの力は脅威ではあるけどさ? バグアとの闘いで人類が得た『新たな可能性』の一つでもある以上、俺はこの力で『負の連鎖』を断ち切る為に足掻いてみたいんだ」
 負の連鎖をほんの僅かでも変えて行きたかった。
「何をどうしたら良いのかとか今は判んねぇけど‥‥もし、裕子が能力者としての道を選ぶなら」
 決意を込めた眼差しで、相良の翠瞳を見据え、青年は手を差し伸べた。
「‥‥裕子、俺と一緒に戦って欲しい。お前と一緒なら、俺は色んなコトに立ち向かって行ける」
「‥‥ノビル君の考えは、素敵だね。でも‥‥相良と一緒だと、ハードな目にばっかり逢うよ?」
「それは知ってる」
 最初に戦場を共にしてから四年半。結構、長い付き合いだ。
「少しでも変えていきたいっていうのは‥‥相良もそう思う。相良は生き残っているから。ノビル君が一緒に来いって誘ってくれるのなら」
 緑髪の娘は少し緊張しているような様子でノビルの手を取った。
「断る理由はありません。どうかよろしくお願いします」
「‥‥前に約束したよな? 闘いが終ったら何処かに行こう、って。嫌じゃなかったら、俺の故郷に行ってみないか?」
「ノビル君の故郷‥‥うん、ちょっと見てみたいかも」
「よし、決まりだな!」
 破顔してノビル。
 その時だ、
「お話は済んだかな」
 不意に声と共に一つの影が、がしぃっと相良をひっつかんだ。
「って、おい?!」
「残像だ」
 取り返そうと手を伸ばしたノビルに対し、無駄に残像斬を発生させながら鮮やかにかわして影、こと、阿野次のもじは言った。
「ごめんね急ぎなのっ☆ 相良ちゃんは楽器もやると聞いた! ちょっとステージのメンツ足りないから手伝って!」
「た、確かにちょっとなら弾けるけど、え、今すぐなのかなっ? わ、わっ!」
 相良の悲鳴じみた声を後に残して、疾風のようにのもじは補充要員(仮)を担いで去っていった。
「‥‥妖怪か?」
「のもっちゃん、だし」
 呆然と後に残されたノビルの肩を、葵がぽんと叩いたのだった。


「ちーす、アッキー山大社長。も一人、イキの良い若いのがハナシ聞いて欲しいってんでな、会ってやってくれないか?」
「ったくこのトウヘンボクが」
 アッキー山、との呼称に口元を歪めつつ胡散臭い社長はアッシュへと言う。
「今度は誰だって?」
 その言葉に葵は進み出ると、
「初めまして秋山社長、私は傭兵と平行して芸能活動も行っている葵コハルと申します。広告など必要な時は是非とも我が社にお声がけをお願いいたしますー」
 会社の番号入り名刺を差し出して言った。
「芸能、ね」
 名刺を受け取って書かれている内容を見つつ社長は言う。
「アイドルさんがうちに声かけるたぁ度胸が良いな。流石に傭兵も兼業してるだけあるって事かね。葵か。あんたの名前は覚えておくよ。条件が合ったらよろしく」


 藤村と共に外へと出たキアは夜景を眺めながらぽつりと呟いた。
「‥‥今後‥‥とやらも考えさせられるもの、かな」
 それは既に語り合った事だった。
「やっぱり、賞金稼ぎに戻るだけ、今までと何も変わらないのでしょうけど」
「変わらない、か‥‥俺も、そのまま依頼されたことをこなすと、いつもと変わらないままなのだろうが‥‥」
 何か、奥歯に物の挟まったような台詞だった。
 キアは藤村へと軽く身体を寄せる。
「‥‥誰が聞いているものでもなし‥‥浮かんだ言葉で、ね」
「浮かんだ言葉、か」
 男は言った。
「そうだな‥‥どうせ変わらぬのならば、これからも傍にと望んでいるかなと‥‥」
 キアはくすりと表情を綻ばせる。
「まるで‥‥愛の語りの様、ね‥‥」
「だから言い淀んでたのだ」
 藤村は苦笑した。相手のいる身である。
「‥‥貴方らしいといえばらしい、かな‥‥けれど‥‥気持ちは同じ、ね‥‥私も言葉は巧く紡げませんけれど‥‥」
 女は微笑んだ。
「ただ‥‥貴方は想い人と成し遂げるが先、ね‥‥」
「そうだな‥‥その時は呼ばせてもらうよ。妹も会いたがるだろうしな、と」
「ま‥‥気が向いたら?」
 素っ気なく女は言った。
 友として祝福したい気持ちを出さぬはキアの性質である。
 しかし、
「有難うよ」
 来てくれるだろうと藤村は信じていた。
 ふとキアは溜息を零した。
 呟く。
「どうせ心に一つ残すのなら‥‥貴方を残せば良かったのやも、ね‥‥」
 それは夜風に消える程に小さい音で、
「‥‥なにか言ったか?」
 男がそう問いかけるのが不自然ではない程には儚いものだった。
 何でもない、と女は言った。


「聞いてぇーー。ホープのはてぇまじぇ、1曲目『ゴッドノモディの歌〜オレの右手はアイテムクラッシャー〜』聞いてください!」
 マイクを手にのもじが叫び、相良他急遽集められたメンバーがギターやベースを鳴らしている。

「神か、悪魔か判らない
超絶ダイス運を身に付けた〜

誰が呼んだかくず鉄博士

LV2までは無敵すぎ
油断している相手にゃクリティカル!
ココ一番だぜ(突然変異〜「ロンゴミニアト」はみかんに変異にした)

必殺技だぜ!ロンゴみかん(ロンゴミ〜
星を裂け裂け、強化研究書

オレのオレのオレはブレスト、ゴッドハンド!」

 その歌詞に吹きだす者、悪夢を思い出して頭を抱える者、反応は様々だ。
「アンドレアスもいらしてたんですわね」
 ロジーは先程まで歌っていた男に微笑して声をかけた。
「ああ」
 視線が合い、どちらともなく逸らされる。
 流れて来る軽快な歌声も今は何処か遠い。かつての親友。しかし今は。
「折角の愉快な宴だ。回ろうぜ」
 若干、照れを浮かべながらアスが片手を差し出す。
「そうですわね」
 ロジーはその手を取った。
「――浮かれ過ぎて人にぶつかるなよ?」
「二度同じ失敗はしませんわっ」
 むぅっと女は口を尖らせたのだった。


「真琴さんはこれからどうするんですか?」
 叢雲と不知火は互いに挨拶周りに一通り会場を巡って来てから、また再会すると問いかけた。
「そうだね」
 少し考えてから不知火は言った。
 結局、自分のしたい事は何かって言えば単純なのだ、と思う。
「どこかで泣いてる誰かがいるなら、助けに行きたい。
 ペッパーさんの様な人を見るのは、もうイヤだから。
 全ては救いきれなくても、手の届く範囲はせめて。
 自分が手に入れたのは、その為の力なんだって。
 そう思うから。
 この先も、そういう風に世界を回るのも良いかな――歌部さん風に言うなら、悪霊退治の旅?」
 ふふっと笑って女は言った。
「それもまた退魔の道でござる、ですか」
 叢雲はふ、と軽く笑った。
「そっちはどうするつもり? まぁ、叢雲には叢雲のやりたい事があるだから別に、無理にとは言わないけど、叢雲が寂しいんだったら、ついてきても、いいからねっ」
「まだまだ世界は荒模様ですからね。仕事はありそうです。良いでしょう。ゆくゆくはトラブルバスターズとか快傑的な感じでどうです?」
 そんな事を、二人は話しあったのだった。


「ま、終わってみればこれからどうしてみようかと、ふと解らなくなりましてね‥‥」
 秋月は調査の為に一曲終えた後の相良を掴まえて会話をしていた。
「そんなこんなで、色々な人に聞いてみて、そこから何か出てこないかな? という訳ですよ。それに、軍のエースがどうするか‥‥となると、気になるモンじゃないですか」
「そういうものかな」
 相良は頷くと答えた。
 その返答によると傭兵は続けるらしい。
「秋月さんは?」
「年金貰って楽隠居でもしようと思っていたんですが、額面見るとそうもいかなくなりましたからねぇ‥‥考え中ですよ、ハハ‥‥皆さんは?」
「あたしはまあ‥‥正式に軍属になったけど、こうやって暇を見てはあちこち高速艇で飛び回ってるし、そんなに前と変わらないかな。ちょっと本部の仕事は減ってるみたいだけど、ま、軍人は仕事がないのが一番さ」
 赤崎はそう答えた。
「僕はハヤブサを先日正式に受領しましたので。KV乗れる仕事でも探したいかな‥‥と」
 一方、そう述べるのは狭間だ。
「何かの機会にブルーファントムに挑戦させて下さい」
 いい結果で終われたら売り込みにも使えそうだ、との考えで狭間は言う。
「ん、機会があったら」
 相良裕子はこくりと頷いた。
 鯨井は微笑を浮かべ一同の会話に耳を傾けていた。
 今日は祝勝会なのだ。
 バグア無き世界で、一体誰が、どの組織が主導権を握るのか。
 人類共通の敵がいなくなった今、求めないハズがない。
 かつての仲間たちと戦場であいまみえるかも知れない、理想の未来の到来。
 これを祝わずして、何を祝うというのか。
 今後、誰が何処に向かい、何に所属し、どういった立ち位置を得ようとしているのか。
 来るべき日に歴戦の勇士と戦うための情報収集を、華やかな舞台の影で女は密やかに行い続けていた。


 柚井は有栖川家の当主達とばったり会って歓談していた。
 鈴花は大人びた容姿になっていたが中身は「長崎湾に沈める」等と言っていた頃と変わっていなかった。岬守に至っては外見中身共にそのままだ。
「そういえばさ、この警備会社の社長は訳アリみたいだけど、歌部のおっちゃんが呼ばれてるし信用していいのかな?」
 赤崎は見知った陰陽師への挨拶ついでに小声で尋ねてみた。
「信用か」
 ふむ、と歌部星明は顎を撫でた。
「今の所は問題なかろう」
「少し響きが気になってさ‥‥まあ、鉄火場がどうとか毒になる話で無ければ大丈夫か」
「その辺りを自ら創るような真似はせんだろう、かつて既存を利用したが、今は連中にとって理由がない」
 陰陽師は言った。
「逆を言うなら、理由が発生したら、連中はまた動き出すやもしれぬがな‥‥まぁ世界の平和は守りましょう、という所にござる」


「‥‥今になって。今更だけど。戦争と隣合わせの日常とか、あぁいう生活が気に入ってたって事か」
 相良等との会話を終え、一息つきつつ狭間はひとりごちた。
『終戦』に自分が馴染まないのは、そういう理由なのだろう、と。
 では、これから先、自分が見る世界は果たして、自分にとってどう映るのだろうか?
(いろいろあった。あった気がする。)
 それでも、世界は回っている。
「そういう世界に馴染もうと馴染めなかろうと、生きていくんだろうな‥‥」
 ぽつりと呟く。
 不意に。
「――久志は、あたしの隣にいてくれればいいのよ」
 キョーコが再び狭間の手を取る。
「そしたら‥‥世界一幸せにしてあげる」
 女は顔を真っ赤にして狭間を見つめている。
 二人はしばし見つめあったのだった。


 夜。
 アッシュはディアドラの手を引いて中庭へと出た。
「俺と、結婚してくれないか?」
 女の碧眼がじっとアッシュを見ていた。
「一度は別れたがやっぱり諦めきれなくてな‥‥戦闘じゃあ剣として、盾として力になる、そう思ってたがこれからは、お前の為の杖として、文字通り支えになりたいんだ。お前が、これから自分の為に人生を歩むなら、その隣を歩かせてくれないか?」
「‥‥あなたは、ほんとに、ほんとに、なんで私なんかずっと待ってるんだ」
 ディアドラは苦笑して言った。
「解かったよ。負けたよ。嬉しくないと言えば嘘になる。有難う。ずっと待っててくれたのだ。私は貴方のものだよ。こういう言い方が許されるのなら、だけれども、これからは貴方の為に生きよう」



 宴の灯はその日何時までも灯り続けていた。
 空には既に、赤い星は輝いていない。



 了