タイトル:華火マスター:望月誠司

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/26 23:40

●オープニング本文


 九州。
 軍人達はまた次の戦いに向けて動き始めている。少なくとも不破真治は、九州の奪還を果たした今、次は日本国全土の奪還を目指し動いているようだった。
「‥‥花火大会?」
 九州の某基地の執務室で相良裕子は小首を傾げた。
 ああ、と将校の軍服に身を包んだ剽悍な顔立ちの男が頷いた。二十の半ばは過ぎているが、三十には届いていないだろう。中佐の不破真治だ。
「九州奪還記念に地元の町でやるらしい。良かったら一日、二日、休暇でも取って羽を伸ばして来たらどうだ。多少の息抜きは許されよう」
 不破の言葉に緑髪の少女は視線を上にやって少し考えると、
「良いの?」
 と小首を傾げて聞いた。自身が比較的強力な戦力である、という自覚は相良裕子にもある。戦力は遊ばせておくよりも稼働させておいた方が良い筈だ。その方が被害が減る。
「厳密に言うなら、お前は軍人じゃないからな。基本的人権がどうたらで、民間人には十分な休暇を取らせろと最近は上の部署が五月蠅い」
 割とブラックな事もやる准将が消えた余波は色んな所に及んでいるようだ。エースだろうが民間人を過労で使い潰すような真似は基本的人権の面から見て厳禁なのである。
「ふぅん‥‥」
「九州奪還が成って一段落している所だ。地域を移動するまで激戦は無い。無理して本当に必要な時に倒れられている方が困る。今のうちに休んでおくと良い」
 他のエース達と比較すると無理して体調不良を発動させる率が高い相良裕子である。
「ん‥‥それじゃお言葉に甘えてノンビリしてくるんだよ」
 少し考えてから相良裕子はそう言った。
 それに不破は頷くと、
「ああ、夏の風物詩を楽しんで来ると良い」
 と言って手を振ったのだった。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
伊佐美 希明(ga0214
21歳・♀・JG
ノビル・ラグ(ga3704
18歳・♂・JG
勇姫 凛(ga5063
18歳・♂・BM
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
五十嵐 八九十(gb7911
26歳・♂・PN

●リプレイ本文

「おー。どっかでみた眼鏡の嬢ちゃん」
 基地。哨戒の任務が一段落した後、伊佐美 希明(ga0214)は通路でばたりと緑髪の少女と出会ってそう声をかけた。
「お久〜‥‥つっても、そっちは覚えてないかもしらんけど」
 相良裕子は少し首を傾げるようにしていたが、
「緑の国で‥‥お逢いした?」
「欠片も緑は見えなかったけどな」
 雪と焔の街だった。
「袖振り合うも多生の縁っつーし、まぁよろしくな」
「因果は巡ると申します‥‥こちらこそよろしく‥‥お願いいたします」
 そんな事を言いつつお互い改めて自己紹介しておく。
 伊佐美と相良は雑談しながら歩いてゆき、その後ろ姿を陰から見ている青年がいた。ノビル・ラグ(ga3704)である。
 やがて二人が道の左右に別れ、相良裕子が一人になった所を見計らって青年は声をかけた。
「‥‥よッ!」
 相良は呼びかけられると振り返り、ノビルの姿を認めると、よ、と答えてそろりと片手をあげた。
「‥‥何か今夜、花火大会とかあるらしいじゃん?」
 相変わらずふわふわした佇まいの少女へとノビルは言った。
「うん‥‥あるらしいね」
 緑髪の少女はこくりと頷いた。
 青年は言った。
「でさ、もし良かったら――俺と一緒に観に行かねーか?」
 ノビルは続ける。
「俺、日本の事とか良く分かんねーし、色々教えて貰いたいなー‥‥とかっ」
「ノビル君と‥‥?」
 その言葉に緑髪の少女は、少し考えるように視線を彷徨わせてから、こくりと頷いた。
 にこりと笑って言う。
「相良も‥‥そんなに詳しい訳ではございませんが‥‥相良でよろしければ案内いたします、なんだよ」


 燃え盛る陽が空を紅く染めながら海へと沈み、月が黄金の色に輝いて空へと昇る。
 基地での任務を終えた白鐘剣一郎(ga0184)が地酒を求めて街を歩いていた。涼やかさを帯びた風が夜の町を吹きぬけてゆく。
「夏だな」
 居酒屋の窓から入り込んだ涼風に五十嵐 八九十(gb7911)は眼を細めると、酒杯を手に夜空の月を眺め、一つ杯を呷った。
 地上では和笛の音が響き、通りに出店の灯りが浮かんでいる。
 祭りの装いの人々が行き交う中、勇姫 凛(ga5063)は言った。
「裕子と浴衣の話してたみたいだけど、凛が誘っちゃっても良かったのかな?」
「ん、大丈夫だよ。裕子も他に一緒に行く人が居たみたい」
 と答えてチェラル。
「へー」
 なら良かったと思いつつ、
「中佐も粋なはからいしてくれるよね、急で吃驚したけど‥‥折角だから、今日は思いっきり楽しもうね」
「うん、偶の休暇だからね。思いっきり楽しも〜!」
 女はそう言って笑っていた。


「裕子、何か欲しいモンとかあるか?」
「夜空に輝くあの月の裏側を見れるもの」
「買えるもので頼む」
 浴衣姿のノビルと相良もまた祭りの町に繰り出していた。
 多少電波な会話には慣れているのでノビルがそう返すと、少女は指をさして言った。
「それじゃ‥‥あれ‥‥」
 さした先には赤い林檎飴が置かれた屋台があった。
「お、そんくらいならお安い御用だぜ」
 ノビルが飴を購入して渡すと「有難う」と言って少女は笑った。
 少年は屋台を巡りつつ、射的を行う事にした。すると、
「ノビル君は‥‥銃に愛着あったりする?」
 相良はそんな事を言っていた。
「へい、らっしゃい!」
 屋台を覗くと店主の男が威勢良く言った。射的を行う旨を述べると「おう、頑張りな!」という店主の声と「頑張って‥‥」という相良の声が聞こえた。
 声を背に任せとけ、と述べると古びた銃にコルクを詰め、引き鉄をひき、構え、撃つ。コルクは勢い良く飛んで、人形の頭部の端に当たって、ぱたりと倒れた。詰め直して次々に射撃して商品を落してゆく。イェーガーは伊達じゃない。
「‥‥お見事、です」
「勘弁してくれ!」
 ぱちぱちと相良が拍手し、嘆く店主から商品を受け取りつつ、ノビルは屋台を後にした。
 焼きそば、綿あめ、諸々を買いこみながら相良と歩いてゆくと、不意に人が集まって騒ぎになっている場面にでくわした。
「なんだ?」
 ノビルが訝しく思って近寄ると――人垣が出来ている屋台、その上にそれは居た。
「あらぶる『もう何も怖くない』のポーズ!」
 ばーんと屋台の上で腰に手を当てて姿勢を作っている黒髪の少女の姿があった。
 阿野次 のもじ(ga5480)である。どの辺りがあらぶっているのか、そもそも怖いものあるんですか、とかいう諸々の疑問はあったが、阿野次のもじである。
 地上から響くうちの店に乗ってんじゃねー! だの、あの女さっき型抜き全部クリアしてたぞ! などの声援(?)を受けつつゆったりと視線を地上へと降ろす。
 その視線はノビルと相良の元へとゆき――視線が、合った。
「トウゥッ!」
 瞬間、のもじはPNのバネを生かして月夜の空に舞うと、月光を浴びながらくるくると回転しながら、たんっ、と地上に降り立った。着地十点満点である。
 おぉーとどよめきが起こり、そしてノビルと相良はくるりと回れ右して逃げ出した。
「だから何故にげる」
 ぐわしっと相良の肩を掴んで微笑し阿野次が言った。
「いや、逃げるだろうよ?!」
 ノビルが叫んだ。
 わたわたと手を伸ばす相良の手を掴み救出(?)する。
「東京で解放戦いったついでだよ」
 阿野次はそう言った。さらに手に持つ白い獣の仮面をつけ相良へと言う。
「一人ぼっちはさびしんだ、ボクと一緒に魔法少女になってよ」
「ふ‥‥不吉な予感がするんだよっ?」
「大抵の子は二つ返事なんだけどね。最近だと『出番』と引き換えに契約した子が‥‥」
 色々危険な事を言いつつ、かくて合流して見て回る事となった。
「五大湖で素潜りしたら〜水底にギガワーム〜♪ やらせはせんぞとオリムちゅううしょーぉ〜」
 阿野次は白いお面を頭の上に、謎のBGMと共に金魚を掬いまくってゆく。
「‥‥のもじちゃん上手なんだよ」
「こんな気持ちで金魚すくいをするなんて始めて! もう何も怖っく――」
 笑って言ってる阿野次の掬い紙の上で金魚が跳ね、ぐわしゃと破れた。
 言葉に因果関係があるかどうかは、科学的見地からは否定されている。
 ぽん、とノビルが阿野次の肩を叩いた。


 勇姫は先日のプロポーズの事を思い出し、まだ少し照れくさく想いながらも、チェラルのその手を優しく握って言った。
「町の人達にも、活気が溢れてる‥‥花火までまだ時間有るし、まず屋台とか見て回ろうか」
「うん」
 チェラルは嬉しそうに笑って手を握り返し頷いた。
 勇姫はチェラルと共に屋台を見て回りリンゴ飴購入した。今日は良く売れるぜー、まいどっ、などという飴の店主の声を背にチェラルと一緒に飴を舐めながら歩いてゆく。
 遠くで、俺の店にだのオリム中将だのもう何も怖くない逃げろーなどの、多少の騒ぎが聞こえて来たが、町は概ね平和のようである。
「こうしてると、また一つ平和を取り戻したって実感がわいてくるよね‥‥」
 祭囃子の音色を耳に目を細め勇姫は言った。九州は解放された。祭りに出ている人々の笑顔は心の底から明るい。
「頑張った甲斐もあるってものだね〜!」
 あはっと笑ってチェラルが言った。
「うん‥‥何より凛、チェラルとこうしていられるのが嬉しい」
 顔を赤くして勇姫が言った。
 その言葉にチェラルもまた少し顔を赤くしたのだった。


「兜ヶ崎での初めての戦いから三年余り‥‥准尉が中佐にもなれば、さすがに仕事の量もケタが違うか」
 白鐘は地酒を土産に不破の執務室を尋ねるとそう言った。
「増えた分だけ中身も成長してくれれば良いんだが、なかなかそうもな」
 積まれた書類にペンを走らせながら不破。
「この所、机仕事ばかりで参る」
「一段落ついたという事なんだろう」
 白鐘はそう言った。
 手伝うのは吝かではないが、部外者が下手に触るのも良くなさそうだ、と思った。置かれている書類の一文が目についたが、それなりに機密そうな文章である。
 こんな状態で余人を入れて良いのか、と思ったが、それだけ信用されているのだろう、と思う事にする。
 手は出さずに雑談するに留めておく。
「熊本に妻の両親が居てな。医師として地域に尽力しているが、ここしばらくの激戦もあって、先に様子を見てきたところだ」
「そうか、どうだった?」
「幸いどちらも無事。九州が奪還された今、ようやく後顧の憂いもなくなったというところかな」
 微笑して白鐘は言った。その意味では戦線を支え続けてきた不破に感謝していた。
「それは何より、だ。守られた物が多ければ多い程に、俺達がここまで戦い続けて来た意味がある」
 不破はそんな事を言っていた。
 書類が一段落した所で白鐘は手に入れた地酒を振舞った。
「美味いな」
 不破が礼を言った。書類が積まれた部屋に出来た適当なスペースで酒を酌み交わす。
「――そう言えば兜ヶ崎の村にはその後顔を出しているのか?」
 白鐘は酒杯を一つ呷ると問いかけた。不破が瓶を差し出し白鐘の杯へと注ぎつつ答える。
「いや、あれ以来足を運んでいないな‥‥東へ発つ前に一度、顔を出しておくべきだろうか」
「それが良いだろう」
 苦笑して白鐘は言った。この中佐は少しぶっきらぼうな所がある。
 九州での戦い、空での戦い、思い出話はそれなりに数がある。過ぎ去った日々を酒を手に不破と語っていると不意に長く延びる笛の音のような音が響いた。
「お、始まったか」
 白鐘が呟いた。
「どれ」
 不破が立ち上がり基地の窓を開けた。
 白鐘もまた席を立って窓辺に近づく。
 見上げる。
 漆黒の夜空に、鮮やかに咲く火の華達が束の間の光を空へと解き放っていた。


「十六から傭兵家業やってっからな。もう四年は経つか。早いもんさね」
 居酒屋の窓から花火を見上げながら、日本酒をぐびりとやりつつ伊佐美が言った。
「へぇ、それじゃ日本じゃあ随分と長い間戦ってたのかい?」
 と五十嵐。店で飲もうとしたところ同じ任務についていた伊佐美とばたりと会ったので一緒に呑む事になったのだった。きっと多生という奴だ。酒が空になった所で五十嵐は作務衣姿の給士を呼んで「あ、すいません、焼酎とさぶろう鍋をお願いします」と注文する。
「ん、いや私は、アフリカとグリーンランドに出ずっぱりだったけどよ」
 さぶろう鍋ってなんだ? と伊佐美が聞き、大分の郷土料理だ、と五十嵐が答えた。五十嵐は九州の出身らしい。
「詳しく言うなら福岡。奪還されたからな、仕事ついでにこっちの様子を見に来たのさ。伊佐美さんは?」
「へぇー‥‥私は、まぁあれだ、センチメンタルって奴だよ。たまーに、こうして日本に戻ってきたくなっちまう」
 ぐびっと酒をやりつつ女はそう言った。
 また、ひゅると長く細く伸びる音が響き、やがてどんと大きな火の華が咲いた。光が窓辺の人々の横顔を照らす。
「確かに、粋だがよ? 東京で見る花火は、もっと綺麗だろうぜ」
 伊佐美はそう呟いた。
 東京の花火が必ずしも万人にとってこの地の花火より綺麗に見えるとは限らないだろうと五十嵐は思ったが、同時にその呟きに籠る微かな感情を感じてきっと伊佐美にとってはそうなのだろうと思った。
 思う。
 故郷というのは、人それぞれにあるものだ。


 相良裕子は花火を見上げながら夕方、伊佐美から聞いた言葉を思い返していた。
――北海道の方は膠着して一年、出禁もくらっちまってんで、手が出せなくなっちまったし、まぁそんな中で、こっちがカタ付いて良かったぜ。東京も目前だしよ。
 東京、彼女はそう言っていた。
――あー。東京にゃ、実家があるからよ。早く戻って、そんで、それから兄貴と親父の墓ァ立ててやらねぇと。したらよ、そのまま引退するのも悪かねぇ。
 引退。
 伊佐美はそう言っていた。
――元々、東京に帰るのが私の目標だったし、それに、おいちゃんももう、ロートルだしよ。最近、ハードな戦ェに、全然身体がついていかねぇんだよなぁ。
 身体がついていかない。伊佐美はまだ若いだろう。だが、解る気がした。相良裕子もまだ若いが。戦というのは少しづつ、少しづつ、何かを削り取ってゆくものだ。練成治療でも治せぬ何かが少しづつ削られてゆく。
――しんぺぇすんねぇ、全てを投げ出したいわけじゃねぇ。でも、一人が全部頑張る必要なんて、どこにもねーじゃんか。
 女は言った。
――若ェ奴らを見てると、そう思えンだ。
 だから、と。
――だから、私はこれからも、そいつらの背中を、地味にひっそりと守っていく‥‥‥‥そんだけさ。
 どん、と大きな音が大気を震わせた。
 夜空に大きな光の華が咲き、散ってゆく。
 激しく眩く燃えて、夜空に一瞬の閃光を残し、軌跡を残し、消えてゆく。
 焔だ。
 皆、何かを燃やして空を駆け抜けて行く。空と炎の欠片。
 緑髪の少女は瞳を閉ざし、紅蓮の光に祈りを捧げた。
「裕子」
 河川敷、少女と共にノビル・ラグが花火を見上げながら言った。
「‥‥キツいならキツいって、周りの奴等にちゃんと言えよ?」
 青年は言った。
 思う。
 力強く、美しく、そして――儚い花火。
 ノビルには、そんな花火と裕子が何故か重なって見えた。無茶をして体を壊す事が多い裕子の事が心配で仕方がなかった。
「俺は裕子程強く無ぇけど‥‥お前に何かあった時は、何処からだってすっ飛んで行くぜ――だから、もっと他人を頼れ」
 昔も、そんな話をしたかもしれない。
「‥‥‥‥有難う」
 相良裕子は嬉しそうに笑ってそう言った。


「綺麗‥‥」
 勇姫はチェラルと二人、花火を見上げながらそっと手を重ねていた。
「出会ってから、色んな事があったよね、そしてこれからも‥‥」
「これから‥‥」
 チェラルが花火を見上げながら呟いた。
 その横顔を見つめて勇姫は言う。
「うん、これから。未来を、話そう」
 チェラルは花火から視線を降ろし、勇姫を見つめると、
「キミは、希望だね。きっとボクの希望なんだ」
 そう言って笑った。
 勇姫はチェラルと二人、夜を過ごした。これからの事を話しながら。


「花火‥‥か、こげんしてゆっくり眺めたんは大濠の花火大会以来やねェ‥‥」
 五十嵐は我知らず呟いた。
 飲んでる酒は、五十嵐の父親が好きだった焼酎だ。父と弟の事を思い出す。二人ともバグアの九州侵攻で行方知れずになった。
 だが、故郷は奪還された。
(やーっと終わったぞ親父、ほんなこつ長かったぞ‥‥生きとるんやったらもうちょい待っとけ、迎えに行くけんくさ‥‥)
「大濠、か」
 伊佐美が言って酒瓶を差し出して来た。福岡にあるという。
「ああ」
 五十嵐は頷き礼を言って杯を差し出すと、それを呷った。
 焼酎は熱く、喉を焼くような味がした。


「花火を作る技術も職人も絶えず、か。いい仕事だな。これからも続いていって欲しいものだ」
 白鐘は広がる光に目を細め、そう呟いた。
「続くさ」
 不破真治が言った。
「その為に、俺は在るんだ」
 炎が夜空で燃えている。



 了