●リプレイ本文
「‥‥まさか、ガキの頃から日夜修行に明け暮れ、培った手練の技が生きる事があろうとは思いもしなかったな」
榊 兵衛(
ga0388)は北方、敵陣がある地平の彼方を眺めながらそう一人ごちた。男は今回、対キメラ迎撃中隊の一員として従軍していた。
(「五〇〇年にも及ぶ歴史を誇るとは言え、俺の榊流古槍術自体、所詮は人殺しの技。時代に取り残されて、後は滅びるに任せるものに過ぎぬのにな‥‥」)
それがここに来て実戦術として甦る。
能力者とバグアとの戦、この時代が、それをさせた。榊は手に持つ槍の石突きで地を一つ叩いた。
「まあ、いい」
呟く。
人殺しの技といえど、鍛錬が生かせる道があるのなら、それを生かすのが武人としての生きる道だ。
榊兵衛はそう信じた。
●
戦が始まる。
金城 エンタ(
ga4154)の目的は敵味方関係なく、一人でも多く『人類』を生かして決着をつける事であった。
先に解放した済南の人々の気持ちを『灰色』から『白』にするには、後は言葉ではなく、背中で語るより無い、と考えたからである。
その為の仲間選びは重要だと考えた。極論すらなら『自身や仲間に銃を向けた相手を許す』戦いをする為である。そんな、戦士としては『温い』背中に付いて来たい人だけを選り分けたいと考えた。
故に金城は兵士達に向かって言った。
「一度は敵に属した人々が、胸中に抱えている‥‥同胞に責められる不安。これを解消するには『許す』という姿を、背で見せなければならないと思います。今回、私は‥‥そのために、敵である人々を『武器を捨てさせ、許し、逃がす』つもりです。共に戦うのがそんな甘い考えの者の背中で‥‥いいえ‥‥そんな甘い考えの者の背中が良いと思う方だけ、私に付いて来て下さい」
その問いかけを送る。そして伏せ撃ちなど己がやろうとしている事を説明した。
その言葉に兵士達は顔を見合わせ、何事か言葉を交わし、怒声が幾つかあがり、やがて壮年の分隊長が進み出て金城へと言った。
「‥‥私達は助けを必要としている。どうか、力を貸してもらえないか、君には敵が射程に入ったら最速で全力で排除してもらいたい――と、言ってもまぁ、栓が無いのだろうな‥‥今回、我々には民間人に命令する権限は与えられていない。君の行動は極めて危険だ。私は私と部下が生き残る確率は1%でも上げたい。君が要求する所は我々にとって苦し過ぎる」
感情を――必死に押し殺したような声だった。
「傭兵には一般兵への指揮権は無い。軍の指揮官がそれを預ける場合を除いて。また君の呼びかけは今回失敗したが、もし上手くいっていた場合、人員を君に引き抜かれた隊は崩れた編成でどう戦えと? 君についていった者達が生き残った場合のその後もどうする? 軍規を違反し隊から離反し作戦行動を放棄して勝手に民間人に従って戦ってその後も無事に軍にいられるだろうか? 君は、君に従って戦った者達の為に何をしてやる事が出来る? そして、敵の機関砲に掃射されれればそれだけで我々は死ぬ。SES武器に比べればカスみたいな威力の弾丸一発で死ぬ。君は違うが‥‥――君は、回りの者の立場、事情、能力、諸々を考えているか?」
下士官は一つ首を振って言った。
「私にはそうは思えない。君にとって我々の価値は目的の為に使い潰すだけの紙切れ同然と言っているように聞こえる。私達の命も立場も生活も、どれの一つについても考えられていない。実際は違うのだとしてもそうは受け取れない。それで隊から離れてまで君に命を預けようとする者がいるだろうか。少なくともこの場にはいない。お互い、生きていたらまた会おう」
軍曹はそう言って金城の肩を叩き、その脇を抜けて去ってゆく。兵士達が物言いたげに睨みながらぞろぞろと続き、そして金城の回りに軍人は誰もいなくなった。
「‥‥金城さん、僕もなるべく人が無駄に死なないように努力しますよ」
旭(
ga6764)は一人立つ金城へと言葉をかけた。
「‥‥ええ」
金城は一つ息をついて、そう呟いたのだった。
●
「随分と自分勝手な事‥‥だね」
激突少し前、覚醒した流叶・デュノフガリオ(
gb6275)が北方を見据えて呟いた。
「何がだ?」
煙草を咥えた兵士の一人が問いかけた。
「救うなんて傲慢な意見、彼等は自分の意思で其処に居る、と‥‥そう言う訳だよ」
「ふむ?」
「覚悟もある、とあちらは言いたいのだろう。だが然し、ならば脅威は去らぬと言う事を忘れてやしないだろうか? 彼等に対しては脅威ではないかも知れない、だが他の人は? 彼等は彼等が無事で居られるなら、他はどうなっても構わない、という訳なのだろうか? なら、最早あれらは仲間ではない。人ではない。バグアと同じもの、と見て相対するしかないだろう」
「なるほどね‥‥――自分の意思かどうかは、まぁあちらさんのそれぞれの事情によるだろうよ」
紫煙を吐きながら名も名乗らぬ兵士は言う。
「他はどうなっても構わない、ってのは、あるいは自分勝手なのかもしれないな。だが、そいつらに『他の為にお前等は死ね』って言っちまったら、こちらも同じ勝手にならないか」
流叶は兵士を見る。
「確かに、あちらさんは少なくとも味方じゃねぇ。あれは敵だ。バグアと同じ側のものだ。だが、人間だよ、奴等は、何処までいっても俺達と同じ人間だ」
流叶は思う。それでも、少なくとも、彼女の、否、彼の敵だという事だ――本当に? 人間でも、彼の敵なのだろうか。解らない。だが、
「『人間』を殺す覚悟は出来てるか?」
兵士は闇色の瞳を向けて流叶にそう問いかけた。
「例えそうであっても‥‥」
瞳を閉じ、開く。猫のような瞳に黒い瘴気がたゆたっている。
「戦争だよ。私はここに居る」
流叶が居る場所は、戦場だ。それ以外の場所へ来たつもりは無い。
「そうか‥‥なら、頼りにさせてもらうぜ。頼むぞ、傭兵」
兵士は流叶へと頷きそう言った。
●
「‥‥そう言えば、人間を相手にするのは初めてだった」
陣中の時枝・悠(
ga8810)、ふとその事実に気づく。戦場に立ってから、今更ながらに気づいた。時枝・悠、何時もの事を何時も通りに、その行動をよく見る少女。相手が何であれ、あまり気にしない性質なのだろうか。実際の所、彼女は戦争における人殺しの是非について論じる気も、他人の考えにどうこう言うつもりも無かった。
しかし、
(「自分のスタンスくらいは決めておくべきな気がする」)
胸中で呟く。これを機に考えるべきなのだろうか。
「‥‥良くないよなあ。何よりこんなタイミングで考えてるってのが」
少女は頭を掻きつつ呟く。
「戦いの場でごちゃごちゃ考える奴は弱い」
不意に声が響いた。時枝がそちらへと視線をやるとミカエルに身を包んだ男が立っていた。リック・オルコット(
gc4548)だ。
「俺は師匠にそう教わったぜ」
組織の暗殺者崩れの男はそう言った。ろくすっぽ考えない奴は弱い。踏みしめる大地が固まってないからだ。だが戦の場に出て来てからごちゃごちゃ考える奴はそれ以上に弱い。
「‥‥そうだな、止めよう。頭脳労働は苦手な部類だ。余計な哲学は後に回そう。思考停止でもまあ、集中力欠いて負けるよりかは良いだろ」
「ああ、考えるのは生き残ってからで十分さね。今、この場を、生き残る事」
リックは頷いてそう言った。
「親バグアとはいえ一般人だから殺したくない‥‥か」
そんな中、藤村 瑠亥(
ga3862)が呟いた。
「そういう考えもあるのだろうが‥‥武装して攻撃してくるなら、俺は容赦はしないぞ?」
「それで良いだろ。やるからには徹底的にやる。慈悲もなく、容赦もなく、蹂躙する」
敵に回ってる奴にまで気にかける様な余裕は、少なくとも今あるとはリックには思えない。
「親バグア兵を助けるなんてことができれば、それがベストなのでしょうけど‥‥」
如月・由梨(
ga1805)は首を振った。やはり彼女も、戦場でそれができるほど自らに力があるとは思えない。
(「後悔は後で‥‥今は全力を尽くさねば生き残れません」)
斧を手に伏し目がちにそう胸中で呟く。
「‥‥‥‥」
ベーオウルフ(
ga3640)は沈黙で答えた。牙は多くを語らず、ただ敵を葬るのみ。だが彼は「戦場では全ての者が等しく命を削るべき」と思っていた。親バグアもキメラも関係が無い。どんな生き物も命は一つだ。故にこそ選り分けは無い。立ち塞がるなら全てを等しく屠るのみ。
「私も――理由が何であれ、向かって来るなら容赦は出来そうに無いですね」
鳴神 伊織(
ga0421)が太刀を腰に佩いて言った。
「戦場で心を迷わせる事は己のみならず、味方を死に招く事に繋がりますから」
命は一つ。死にゆく敵は憐れだ。だが敵が憐れなのなら、味方の一人が敵を助けて、それが原因で死ぬ別の味方は、憐れではないのか。
「俺は敵の為に味方を殺す事は出来ん‥‥」
堺・清四郎(
gb3564)はそう呟いた。
嫌な戦いだ、と思う。通常の訓練された兵士でも初陣でPTSDに陥ることが多いのに、まだ子供といえる年齢の者達がいる傭兵には、今回の戦いは精神的にきついものなるだろう。銃を向けた以上、殺されたって文句は言えない、そう思う。だがそれでも、堺とて人間を殺すのは嫌だ。
しかし、
「だがそれでも立ち止まるわけにはいかん! いくぞ! 勝利を我等の手に!」
堺が言って、傭兵達が気合いの声をあげた。
●
北から六千の親バグア歩兵と一千のキメラと各種戦車や火砲等の隊が迫る。ヘルメットワームが宙を飛び、ゴーレムが地響きを立てて荒野を進む。
南からは六千のUPC軍と百十数の能力者達と各種戦車や火砲等の隊が進む。空戦形態のKVが空を飛び、人型のKVが地響きを立てて荒野を進む。
並べられた火砲が爆裂して大地が噴き上がり、ヘリが旋回しながらミサイルを連射し、ミニガンで地上を薙ぎ払ってゆく。進撃する戦車が砲より火を飛ばす。
砲弾と爆炎に吹き飛ばされて両軍の兵士達が宙を舞い、血に沈み、それでも這って進み手に持つ銃で弾丸を携帯火器で砲弾を打ち放つ。ミサイルの光が空高くにあがって、落下し戦車へと直撃してゆく。対ヘリの歩兵誘導弾が地上から幾筋もあがり、虚空を貫き、あるいはヘリに直撃して爆炎と共に粉砕し、破片が舞い、ローターが折れて失速し、大地に激突してひしゃげまた焔を撒き散らす。
赤、赤、赤。
赤い華が空間に咲き乱れている。
現代にあって、別に珍しくもない光景だ。彼等の戦場はいつもこんなものだ。いつもこうして戦っている。
(「皮肉なものだよね‥‥!」)
大泰司 慈海(
ga0173)は息を切らして砲弾が炸裂し、弾丸の雨が打ちつける中を、エネルギーガンと大盾を手に走る。焔の爆裂と共に兵士達が塵のように吹き飛び、弾丸に撃たれてぶちまけながら倒れてゆく。大泰司は走る。少ない犠牲で早く戦いを終わらせるために、戦局を左右する場所へと仲間達の背を追って駆ける。
(「UPC旅団も徳州守備隊も、求めるものは同じ‥‥生きるために戦ってる! 目的は同じはずなのに‥‥!」)
あるいは、目的が同じだからこそか。一方の勢力の全てが、死に絶える事を許容すれば、戦は終わるだろう。だが、それはありえない話だ。
大泰司は親バグアに対しては、奇しくもこの旅団の司令官と同じく「仕方ないよね」と思っている。人はやはり我が身が大事、命あっての物種、生きたいと願うのは普通の人間ならば当然の感情だ。
地球のために我が身を犠牲にできる人間は少なくて当たり前。だから、親バグアを責めたり非難することはできない。
そもそも大泰司自身が「地球のために」と考えて戦っているわけではない。かつて自ら死を選んだにも関わらず、死に損ない、今も生かされている自分、なぜ生を望む者が命を絶たれ、自分は生き長らえているのか。一度投げ出したこの命は、何のために存在しているのか。
自らの果たすべき役割は、手の届く範囲の人の力になることだと――
KVの一機が撃たれて爆裂と共に破片を撒き散らしながら落ちてゆく。KVパイロット、ミスをしたのか。フリーになったヘルメットワームの一機が地上の別のKVの付近へと飛来しフレア弾をばらまいてゆく。直径百メートルの熱爆を巻き起こす超兵器。その近くへと向かっていた大泰司の視界は赤で埋め尽くされた。KVへの攻撃に巻き込まれた。膨れ上がる爆熱の壁が、大泰司含め傭兵や兵士達をまとめて消し飛ばしてゆく。
数秒後、発生した巨大なクレーターの中で、大泰司は身を起き上がらせた。KVが大地を蹴って跳躍し、バーニアを吹かせて空へとあがってゆく。大泰司は能力者の仲間達へと練成治療を施す。
一般兵士達。周りに居る訳ない。姿を探すだけ、無駄だ。
飛び散り煙をあげているヘルメットや対戦車砲の欠片が、かつて彼等がこの世に存在していた事を示していた。
大泰司は一つ叫ぶと、再び仲間達と共に走り始めた。
人は塵のように小さい。だが、それでも立ち止まる訳にはいかない。広大な戦場で兵士達が戦っている。非能力者の兵達は大泰司よりもさらに小さい。よく戦えるものだ。何故だ? きっと理由は人それぞれ。仲間達も、戦っている。藤村、鳴神、如月、時枝が武器を振り上げゴーレムへと向かって突っ込んでゆく。自らが小さかろうが、敵が巨大であろうが、止まる気配など微塵も無い。兵士達はLHの傭兵達を最後の希望と呼ぶ。伊達だけで呼んでいる訳ではない。その姿は、地獄の底での希望なのだ。
彼等の背を、援護しなければ。
大泰司は駆けた。
戦いを早く終わらせる為に。
●
八機のゴーレムと十機のKVが大地を揺るがしながら入り乱れている戦場。
大泰司は藤村の小太刀と鳴神の太刀と如月の斧と時枝の二刀へと練成強化を発動させた。小太刀に輝きを宿した藤村が加速した。巨大なゴーレムが剣をKVへと振るった瞬間に、その脚の間を瞬間移動したが如き速度で突き抜ける。二刀小太刀疾風迅雷を交差ざまにゴーレムの脚へと振るう。
疾風の刃が、巨大な鋼の塊に炸裂し、猛烈な衝撃を巻き起こす。後方へぬけて切り返すと再度突撃し凹ませた装甲へと左右で斬撃を放つ。ゴーレムが足を払い、KVがディフェンダーを打ちこみ、藤村は瞬天速で飛び退いた。
スライドした先のゴーレムへと血染めの太刀を構えた着物姿の女が突っ込んでゆく。鳴神だ。
太刀を上段に構えて踏み込み、練力を全開に爆熱の輝きを刃に宿して稲妻の如くに袈裟に走った。赤い輝きが空間を断裂し、間にあったゴーレムの足の半も削り斬りながら抜けてゆく。甲高い音と共に鉄片が散った。
「――斬鉄」
斬った。二年前の河南では圧し折っただけだったが、今度は斬った。音も無く、とまではいかないが、FFを纏う不可思議金属の塊を叩き斬った。練成強化、紅蓮衝撃、急所突きが乗せられ、既に何かがおかしい桁違いのレベルの破壊力。
「KVでもなく、この体でゴーレムを‥‥無茶ですが、面白いですね!」
逆サイドから着物の上に武者鎧を着込んだ女が突っ込む。如月・由梨だ。女は裂帛の気合と共に長大な竜斬斧ベオウルフを猛然と振り上げながら踏み込み、渾身の力を乗せて振り下ろした。遠心力と重力を味方につけて加速した刃がゴーレムの膝部に炸裂して猛烈な轟音と共に衝撃を巻き起こして、その装甲をひしゃげさせた。
「後れを取らないようにしなければ、な」
150cmの紅光を纏う太刀を右に、110cmの直刀を左に、鎧姿の女が間髪入れずに踏み込む。練力を全開、左右の太刀で十四連撃。紅炎が振るわれる度に赤い軌跡が踊り、月詠が銀閃を巻き起こす。刃はゴーレムの装甲を断ち切り、削り斬り、叩き斬ってゆく。壮絶な破壊力。手数がある。凄まじい殲滅力だ。
ゴーレムの身体がよろめき、たたらを踏む。さらに鳴神が七条の剣閃を巻き起こし、如月が大斧で五連斬を巻き起こす。凄まじい破壊の嵐にゴーレムはすかさず慣性制御で上へと跳び、その動きを読んでいたR‐01が跳躍してバーニアを全開に大盾で猛然と体当たりした。鋼鉄の巨人達が低空で猛烈な衝撃波を巻き起こしながら激突し、弾かれたゴーレムが大地へと背中から叩きつけられる。
荒野を爆砕しながら墜落したゴーレムへと藤村が瞬天速で加速し、跳躍して飛び乗った。迅雷と化して顔面へと向かうとゴーレムの真紅の両目へと二刀を振り降ろす。鈍い手ごたえ。ぶち抜いた。かき回して引き抜く。ゴーレムは漏電と共に超爆裂を巻き起こし、藤村は瞬天速で掻き消えるように退避した。撃破。
『おおおおおいおい、歩兵かよ?! 無茶するなおめーら!!』
先のR‐01乗りが空から地上へと外部スピーカで叫んだ。
「斬れない相手ではない。なら、何一つ問題は無いな!」
空のR‐01を見上げて時枝が叫ぶ。その言葉にR‐01乗りは愉快そうに笑い声をあげ、次の瞬間、飛来した砲弾が直撃して大爆発が巻き起こった。R‐01の破片が飛び散り大地に降り注ぐ。R‐01が焔を切り裂いて飛びだし、関節部から火花を散らせつつもバーニアを吹かせ、言葉も無く、ゴーレムへと突っ込んでゆく。他にゴーレム七機とKV九機が激闘を繰り広げている。とても余裕のある状況では無い。
藤村、鳴神、如月、時枝、大泰司の五名もまた再びゴーレムへと突っ込んでいった。
●
ベーオウルフ、バイクの持ちこみは戦場に出来た、速度も結構なものだ。だが、この規模の戦闘だと弾幕と砲弾の嵐がきつい。バイクは横殴りの衝撃に弱い。途中で転倒してしまう率が高いと見えた。歩兵となってキメラや親バグア兵とに当たる事とする。
対キメラ中隊、地平を埋め尽くし突撃してくるキメラの津波を堺、榊は他の百名の能力者達と共に迎え撃つ。
「‥‥さて、狩りの時間だ。俺の言葉など理解出来ぬであろうが、死にたくなければ我が槍の前に立たぬ事だな。貴様等に与える一片の慈悲など無い!」
一方、榊兵衛は槍を旋回させて構え、そう叫んだ。槍を構え雄叫びをあげて味方と共に突撃してゆく。
「キメラにも冥土があるかは知らぬが、速やかに送り込んでやろうか!」
吼え声をあげて飛びかかって来る豚鬼の胴を突き、払って血飛沫を噴出させ回転させて穂先を叩き込んで吹き飛ばす。榊と同じく長い槍を構える能力者達が左右に並んで突き、払い、叩き、キメラの津波を受け止め押し返す。だがキメラは物量に任せて屍を踏み越え、ねじ込まんと迫る。激しい押し合いが始まった。
堺は拳銃を連射しながら中隊の先頭に立って突撃していた。銃弾を連射して瞬く間に二匹を打ち倒し、津波に呑まれつつも獅子牡丹を竜巻の如くに振り回して赤鬼、豚鬼と斬り倒してゆく。前方左右斜めから槍と斧と太刀が無数に堺へと突きこまれ、振り下ろされ、乱打される。堺は自身の装甲の厚い箇所に当ててそれを弾き飛ばす。衝撃には歯を食いしばって踏ん張り太刀を振り降ろして叩き斬ってゆく。友軍の能力者が堺へと攻撃しているキメラへと槍や刀剣を叩きつける。
ベーオウルフもまたキメラを狙いにいった。駆けまわりながら屠竜刀を振り回して斬撃を放ち、キメラの注意を自身へと引き付けてゆく。嵐のような猛攻がベーオウルフを乱打し、その生命力を削り取ってゆく。それでも足を止めずにキメラをふっとばしながら駆ける。目的は戦場のかく乱である。乱せればそれで良い。
金城もまたまずキメラを叩きにいった。炎斧インフェルノで袈裟に斬り、払い、狼人を、豚鬼を切り倒してゆく。キメラ達が津波の如くに迫って金城を呑み込み滅多打ちにしてゆく。鎧の厚い箇所に当てて耐え、反撃の斧で薙ぎ払う。
敵味方の血飛沫が飛び、怒号と断末魔の悲鳴が入り乱れ、瞬く間に大地に屍が積まれ、流れ出る血で色を赤く染めていった。
●
「悪いが、正面から強者と殴りあうのは得意じゃなくてね。弱い者虐めをさせてもらうよ」
リック、弾丸の雨へと拳銃と傭兵剣を手に駆け出す。通常兵器は射程が長い。だが、それだけだ。味方の隊が撃ちあっている敵の隊へと急所を庇いながら突っ込んでゆく。弾丸の雨がAU‐KVの装甲に当たって火花を巻き起こし甲高い音を立ててゆく。止まらないリックへと対戦車ミサイルが飛んで来た。ある程度まで引き付けて跳躍。リックの付近で信管が作動したミサイルが爆裂し、爆風と破片が襲いかかる。多少の打撃はあるが問題無い。
クルメタルP‐56の間合いに踏み込むと身を伏せて射撃している兵士へと狙いをつけて片っ端から連射してゆく。唸りをあげて飛んだ弾丸が親バグア兵に炸裂し、その身を次々に爆烈させてゆく。SES兵器は威力が違う。拳銃でも通常の大砲に勝る破壊力だ。
「いかに勝つかじゃない、いかに血を流さないかだ! 味方と敵と、どれだけの人間を守れるか。さぁ、これが勝負の時だっ!」
旭は言って一人、火砲を狙いに行った。長距離砲は後ろにあるようだ。突撃する旭を阻まんと無数の親バグア兵が立ち塞がる。弾丸の雨が旭へと降り注ぎ、砲弾が嵐の如くに撃ち放たれる。旭は盾で弾丸を受け、角度をつけて砲弾も受け、爆裂する炎を裂いて猛然と駆けてゆく。距離が長い。降り注ぐ弾丸は千を越え、砲弾は数十発を数えた。だが沈まない。ついに親バグア兵の一人へと肉薄すると鞭の如くに蹴りを放ってその脚を一撃の元に圧し折った。若い男が大型車に跳ね飛ばされたが如く回転しながら吹き飛び地に落ちて転がる。
「負傷者を連れてなら、死なずに退却できますよ。敵にも味方にも殺されたくないでしょう?」
旭は言って連れて逃げるように示唆する。だが、旭とその付近に転がる敵兵に近寄ろうとする者は誰もいなかった。動きの止まった旭へと向けてここぞとばかりに弾丸を猛射する。砲弾は飛んでこなかったから味方の事を考えていない訳ではなかろうが、まずは旭を殺してからのようだった。銃弾と砲弾の嵐を浴びてもけろっとしている男に近寄る度胸は一般兵にはないようだ。足を折られた兵は這いずりながら必死に味方の方へと進んでゆく。
一方、流叶は戦車を狙って駆けた。こちらは前に出て来ている。相対距離二千程度まで接近すると敵も流叶の接近に気付いたか、砲弾を連射してきた。流叶は突撃しながら次々にかわしてゆく。速い。砲弾が地面に爆裂して猛烈な破壊を撒き散らした。バグアの技術が使われている。こちらは流石に当たるとただでは済まない。
だが、味方の戦車も前進している、流叶だけに集中する訳には敵はいかない。距離六〇〇でSES戦車隊が砲撃を開始し激しい撃ちあいを展開してゆく。随行歩兵が対戦車誘導弾を流叶に放ち、小銃や機関砲を猛射し始める。至近の空間で炸裂する爆風を受け、弾丸の雨をかわし、さらに接近。
女は呟き、間合いに踏み込むと破魔の弓を構える。狙いはその砲身、矢継ぎ早に矢を番え放って発射。錐揉みながら飛んだ矢が光と化して空間を貫き、その砲口に飛び込んでゆく。目標の戦車、主砲を撃たなくなった。機関砲を猛射してくる。流叶は歩兵からの射撃や機関砲をかわしながら踏み込むとグローブを向ける。
「君達も、覚悟は、出来ていたのだろう?」
呟きと共に猛烈な電磁波を解き放った。戦車が蒼光の嵐に呑まれ、爆裂を巻き起こった。ハッチが吹っ飛んで宙へと舞ってゆく。流叶は素早く間合いを詰め、飛び乗るとその内部へと侵入した。気絶しているらしき兵が三人いて、唯一頭から血を流している少年が健在なだけなようだった。少年は銀髪の少女を見ると目を見開き、ガタガタと震え始めた。
「戦う意思が無ければ、そこで見ていると良い。それを臆病とは思わない、生きて答えを探せば良いさ」
流叶は少年に言うと日本刀のそれに似た柄を取り出し握りしめ、蒼い光の刃を出現させると戦車の内部を破壊し始めた。瞬く間に機器から火花が散って爆裂が巻き起こってゆく。撃破。
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地上のKVとゴーレムの激突は例の五名が暴れ回り、KV側が瞬く間に優勢になった。途中からゴーレム達は厄介な人間から逃れようと宙へと飛んだが、その時には既に差は逆転できるものではなくなっており、結局の所、敗れた。
ゴーレム隊を殲滅した陸戦隊は空へとあがって苦戦している空戦隊の援護へゆき、五人は親バグア兵達へと突撃し薙ぎ払ってゆく。
「覚悟がない者は、武器を捨てなさい。そうすれば、私は見逃します。そうでなければ、斬ります」
親バグア兵に迫った如月はそう叫んだ。兵士達は恐怖の叫びをあげながらも、無我夢中になって弾丸を猛射してくる。退けないらしい。如月は突っ込むと長柄斧を振り回して親バグア兵達を爆砕した。藤村もまた駆け抜けながら片っ端から親バグア兵を真っ二つに断ち切ってゆく。鳴神は太刀を振るって跳びかかって来た男女を斬り倒し、小銃を向けて弾丸を放ち爆砕してゆく。
(「こうやって人同士で戦って、誰かを手に掛ける事も躊躇いが無くなって久しいですね」)
鳴神は胸中で呟く。慣れ、と言えばそれまでだが、一昔前では考えもしなかった事である。
親バグア兵は人外魔境達が暴れていても踏みとどまって猛射し、UPCの一般兵達が血飛沫を撒き散らしながら倒れてゆく。軍兵達も引き下がらずに撃ち続け、親バグア兵が倒れる。激しく弾丸が交差し、空間を埋め尽くして飛び交い、人間達が次々に鮮血をぶちまけながら倒れてゆく。爆炎が荒野を薙ぎ払い、人が吹っ飛んでゆく。
(「能力者の力はバグアと戦うためのものだから、本来は人間相手に使うべきではない」)
大泰司は歯を食いしばりながらエネルギーガンを構え、思う。守るために戦わざるを得ないけれど「仕方ない」と割り切れない、それは自分の甘さだと自覚している。だが戦場で、甘いことは言っていられない。黙っていては、UPC旅団の兵の命が失われていく。男は光線銃を連射し、親バグア兵を圧倒的な破壊力で消し飛ばしてゆく。フレア弾のそれのように、直撃を受けた親バグア兵がこの世から消えてゆく。
時枝、弾丸の嵐の中、少し迷っている。ゴーレムは既に倒してしまった。だが、敵はまだ潰走していない。敵兵、斬れるのか。本当に?
(「‥‥いや、待て、まずは歩兵よりも戦車や砲を排除した方が良い」)
時枝はそう考えた。実際その通りの筈だ。少女は仲間達に言ってから戦車隊の方へと向かう。
(「――‥‥誤魔化、した?」)
そんな思いが少し、胸をかすめつつも。
●
地獄の戦場。しかし、ありきたりな戦場。よくある戦場。それが普通であるからこそ、世界は酷い。
「こんな‥‥クソッタレな戦いは! 俺たちの代で終わらせてやるッ!!」
堺が裂帛の咆哮をあげた。終わらせなければならない。迎撃中隊の隊員達と肩を並べ、獅子牡丹で剣閃を巻き起こし、次々にキメラを叩き斬って沈めてゆく。榊達もまた槍を振るってキメラを押し返し、その閃く刃と共に血河に沈めてゆく。ベーオウルフはキメラの海を駆けながら刃を振るっている。非常に危険な立ち回りだが「自らの命を削らない闘争に価値は無い」という意思に基づいているようだ。
親バグア兵はアウトレンジから射撃している。敵は射程が長い。近づかなくても攻撃出来る。金城はキメラを相手に斧を振るい続ける。
「相手が悪かったと思うんだな。人類皆兄弟ってわけには行かないさ」
戦場中央、リックは親バグア兵を剣で突き刺すとそれを盾にしながら突撃し拳銃を次々に猛射する。弾丸の直撃を受けて親バグア兵達が飛び散ってゆく。
「早くしろっ!」
他方、北方の奥。旭が叫んだ。だが敵は効く耳持たなかった。仕方が無いので旭は盾を構えて突貫し、進路上の兵をへと次々に盾や脚を叩きつけてその手足を圧し折りながら荒野を突破してゆく。やがて榴弾砲群が見えてきた、叩き込まれる爆炎を盾で受けながら突き破り、突入すると跳躍と共に太陽の剣を落雷の如くに振り降ろして巨大な砲のその砲門を粉砕する。
(「きみ」)
戦車を破壊し、また次を同じようにして破壊してゆきながら、流叶は胸中で何処かにいる夫へと呟いた。
(「戦の無い世界、というのは、欲しいものだね」)
戦車の内部、流叶は叫び声をあげながらナイフを突き込んで来る軍人の腕をかわしざま、その左胸へと金属筒をあてて握り、光線剣を噴出させてぶち抜いた。
●
激闘が続いた。
しかしやがてHWが叩き落とされ、味方のKVが地上を薙ぎ払い始めた。敵の歩兵団はついに総崩れになり、雪崩を打って撤退を開始した。UPC旅団はその背へと猛追をかけて追撃し、これに大打撃を与える事に成功した。兵団は基地へと迫り、地上を制圧し、また壮絶な城塞戦の末に地下施設を落とし、故城基地をついに陥落させた。
UPCの旗が基地の建物の屋上に翻る。
戦後。
「救えなかった人もいる。でも、きっと救えたはずの人もいるはずです‥‥」
如月が基地のホールに腰を降ろし、ぶつぶつと呟いている。
「ただ、そう言い聞かせてるだけかもしれませんが‥‥それでも」
力に呑まれない、それだけは。
「思えば、傭兵になってからもうすぐ三年になりますか‥‥」
一方、鳴神は屋上に出てふと呟いた。目をやれば夕陽が彼方で赤く燃えている。少しは地表の血の色を誤魔化してくれるだろうか。
(「随分と戦ってきましたが、この戦争もいつまで続く事やら‥‥まあ、バグアとの戦争が無くなっても、他の戦いがはじまりそうですけど」)
火種などは幾らでも転がっている。
一方、
「立ち止まれない‥‥今までの犠牲を無駄にしないためにも‥‥!」
堺が呟いていた。これが現実、それが現実、だが現実だからこそ、抗わなければならない。諦める訳にはいかない。
現実だけは、最悪のままでいられては困るのだ。
堺達が生きているのは、紛れも無いこの世界なのだから。
了