●リプレイ本文
「ふふ‥‥! 待ちかねたぞ! 我が永遠のライバルよ!」
ぼろろんと酒場にリュートの音が鳴り響く。
「はっ、誰、かなっ?」
きょろきょろと周囲を見回して相良。
すると二階へと登る階段から(近くの席だったらしい)青いマントを翻して一人の男が飛び降りて来た。
「忘れたとは言わさん! 俺様は未来の勇者ジリオン! ラヴ! クラフト!」
床に降り立った男はビシィッと親指で自らを指し名乗った。一部で高名なジリオン・L・C(
gc1321)その人である。
「‥‥誰だっけ?!」
サガーラが叫ぶ。言葉が二刀流なG斬となってハイスピードでジリオンを切り刻んでゆく。多分に無印な速度だ。
「ふっ‥‥シャイな奴だ‥‥いかに俺様が超有名人な未来の勇者だとしても、その同志だという事に照れる事はない!」
とりあえず彼も過去に商会に席を置いていた幹部である。宿屋に乱入したり一角の少年を助けたり色々あったらしい。なお実際の世界では諸々含めて相良は知らない事になるので注意である。
「提督、提督、ああい見えて彼は熱い魂の持ち主だしー」
と獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)が取り成した。それもあってジリオンもまた今回の航海に加わる事となる。
「ジリオン、チョリース! 久しぶりー!」
植松・カルマ(
ga8288)が指を伸ばして腕を振り言った。商会員なので皆知り合いなのである。
「うむ、チョリース! カルマ、久しぶりだな! 皆、何やら航路で悩んでいるようだが、冒険無くして何が航海か! 南だ! 皆、南へ行こうぞっ!」
未来の勇者はダム、と卓を叩いて熱く主張する。
「おう、そうそう! 危ねー橋渡んねえで儲けは得られねえ! 俺も勇者殿に賛成するッスよ!」
「珍しいね?」
首傾げてサガーラ。
「いやほら、俺ってやるときにはやる男ッスし?」
とカルマ。本当の所は危ない橋は渡りたくないが、何もしなくても金が入ってくるなんて訳でもなし。それが必要ならやってやろーじゃねえの、という奴である。
「この航海は、挑む航海。弱気は無用、そうでしょう? 商会を大きくするために、必要な冒険だよ」
ラシード・アル・ラハル(
ga6190)はそう言った。
(「サガーラ自身のためにも‥‥なんて、ね」)
と胸中で呟く。この辺りで経験を積んでおく必要もあるだろう。
幹部達は全員、満場一致で南回りを推しているようであった。
サガーラは少し考えるとこくりと頷いた。
「それが、テッラーの思し召しならば。きっと、成功するよ」
青年はそう言い、かくて商会は南回りでフェリキタス・ユリアを目指す事が決定されたのだった。
●
相良商会の面々は夜が明けると朝一番に銀行へ赴き借り入れ限度額一杯まで金貨を借りると、大砲の火弾を七樽、水・食料を六〇樽、ナイトバグの燃料樽を八樽購入した。情報料に金貨五〇枚使用したので、現在の手持ちは金貨一万と四六五〇枚である。後、絨毯の買い付けを行うべく港の交易所へと向かった。
「一樽金貨一〇〇枚ね‥‥もう少し安くならないかしら?」
商会の会計長を務めているファルル・キーリア(
ga4815)が店の主人に言う。
「大丈夫、何も損をさせようって言うわけじゃないわ。大口の購入よ。金貨六〇枚でどうかしら? それでも、まだかなりの儲けになるでしょ?」
「ろ、六〇?! 馬鹿言っちゃいけない、そんなの原価だよ。儲けなんて皆消し飛んじまう! あんたうちの店潰す気か?! 大負けに負けて九〇だよ」
「何が原価よデタラメ言っちゃいけないわ。これくらいで潰れるような店じゃないでしょうに。七〇でどう?」
「話にならないな。余所行ってくれ」
「そう‥‥‥‥ああ、そういえば、小耳に挟んだんだけど、もうかなりの船団が出発してるみたいね。北回りだと時間がかかるし、南航路には空賊が出てるって噂よ」
「何が言いたい?」
「いえ、単なる噂話よ」
にこりと笑ってファルルは言った。この店は流行に従って大量に仕入れ、在庫がまだかなり余ってるという情報を掴んでいる。情報量はそれなりについたが、交易に使う出費に比べれば微々たるものだ。
「八〇」
「貨幣って信用で成り立っている節があるわよね。その価値分の金が含まれている訳じゃないもの。塵屑とまではいかないにしても、暴落が予見されてるのに、わざわざその金貨を集めたりする物好きって多く無いわよねぇ‥‥私達って‥‥結構物好きだと思うんだけど‥‥ラスタンブールには物好きって何人くらいいるのかしら?」
ファルルはにこにこと笑いながら、このままじゃ不良在庫を抱える事になるかもしれないわよ? と言外に言う。
「七五! これが限界だ! もう勘弁してくれッ!!」
悲鳴でもあげるように店主が言った。ファルルはシャカシャカと脳内のソロバンを弾く。割引率二五%、まぁこんなものだろうか?
「オーケィ、いいわ、それで手を打ちましょ」
右手を差し出してファルルが言った。
「くそっ、他の客には内緒にしてくれよ。足元みられちまう」
顔を顰めつつその手を握り返して店主。
(「む‥‥」)
その台詞に若干の芝居くささをファルルは感じた。
(「この条件なら、あともう少しは値切れたかしら?」)
などと思うのであった。相手も日夜激戦区で戦っているだけはあるらしい。
ファルルは一四五五〇枚の金貨を支払い一九四樽分の絨毯を購入した。もう後には退けない。
無事にユリアに辿りついて莫大な利益を叩き出すか、不良在庫を抱えるはめになるか、それとも一同揃って空の塵と消えるか‥‥
伸るか反るかであった。
●
サガーラ商会には医者が一人居る。
「東にマストから落ちたアホがいれば、
行って足を切り落とし、
西にぶどう弾を喰らってワタだしてる奴がいれば、
助からないから祈れと言い、
(中略)
そう言ふ者に私は成っている(既に)!」
バーンと胸張って言う獄門・Y・グナイゼナウその人である。
「提督! 出港前にこれだけは言いたい。あの船医変えてくれッ!! 簡単に腕切るんだぜぇ?!」
銀髪の少女医を指さして船員達が声をあげている。
「ええい、大の男が腕の一本や二本で泣くんじゃないー! 聖母マ○ア様を信じると言えェー!」
「二本なくなったら零本だろーが! ここはテッラーのお膝元だこの異○徒! 我々の信仰は篤いッ!!」
「腕は切るけど、腕は、良い、から‥‥」
とサガーラ。
「提督ーっ、ホントに、ホントにそう思ってる?! 微妙に上手い事いった! とか思ってない?!」
船員の一人がサガーラに泣きながら縋りついている。獄門のこれまでの処置例としては腹が痛いといえば「ラム酒を飲め!」であり、腕が折れたとくれば「よし切ろう!」である。
「ちょっとマッド入ってやしませんかあのドクター?!」
そんな評に対しアハハハーと踏ん反り返って笑っている少女である。
「死にたくなければ怪我するなー! だねェー」
きらりと眼鏡を光らせて獄門は言ったのであった。まぁこの時代の医療は基本的になかなか過激的だ。もっとも獄門とて簡単に切っている訳ではなく、治せる見込みが無い、と判断したものに限っての話であった(知識の無い船員達にはそんな事は解らないが)。果断の持ち主であり、なんだかんだでサガーラからは信頼を受けているようである。
そんなこんなをやりつつ商会の面々は準備を整え桟橋を渡り飛空船ミッドナイト号へと乗り込む。
「ゼンラの神様のご加護がありますように、‥‥っと。今回の航海、荒れるだろうが‥‥」
手を合わせ祈りを捧げて言う上半身裸の逞しい男はゼンラ教の教祖ゼンラー(
gb8572)である。修行の為に船に乗ってあちこち飛び回っているらしい。
「風は良いですよ。シルフィードの機嫌は良いようです。きっと速度も出るでしょう」
セレスタ・レネンティア(
gb1731)は空に逆巻く大気のうねりに目を細めてそう言った。
「うむ、そうだねぇい。きっと神様も微笑んでくれるよぅ」
頷いてゼンラー。船員たちが活気に満ちた声をあげながら甲板を走りまわり、錨が外されて縄が巻き上げられ三本のメインマストに帆が張られ、動力炉に火が入れられ四基のプロペラが音をあげて回り始める。
出航だ。
「改!」
「激!」
「烈!」
ジリオンが船首にて粗ぶる勇者のポーズを取っている。
「ときめきながら待ってろよ! 運命の女神よ‥‥!」
ふふふと笑ってジリオン。よく解らないが決まったらしい。
(「勇者には金がいるのだ‥‥錬○石があっても、莫大な金がなくては、勇者の槍も強化できんのだ‥‥」)
どうやらこの世界のギルドには宝箱は置いてないようだ。
大きな船が風に乗ってふわりと浮き上がり、空へとゆっくりと舞い上がってゆく。
「スタァーボード、面舵30、進路3‐0‐0、目標ルシタニア王国首都フェリキタス・ユリア、ヨーソロー」
「アイサー、転舵面舵30、進路3‐0‐0、目標ルシタニア王国首都フェリキタス・ユリア、ヨーソロー」
セレスタは相良からの針路指示を受けると舵輪を右に思い切り回転させた。後代と比すると舵を切った方向とは逆に動く。船をぎしぎしと軋みをあげながら左へと旋回してゆく。
飛び立った船は浮遊島を背に青の世界へと乗り出す。行く手、視界の上も下も左も右も、一杯に青。上は濃度が濃く、下は薄い。ここから先に大地は無い。
天空では太陽がギラギラと輝いて、飛び立ってゆく船を見下ろしていた。
●
「ヨーソロー! 良い感じッスよ!」
カルマがロープを操りつつ言った。
「ふはは、俺様には風の女神さまの声が聞こえるのだ!」
操帆に駆り出されたジリオンはそんな事を言っている。航海の出だしは順調だった。初日を恙無く終え二日目も予定通りに進んでゆく。
「あはっ、いい風やね〜。この感じなら思ってたよりも早く着くかにゃ??」
カーラ・ルデリア(
ga7022)もまたロープを掴み全身を使って体重をかけ、他の乗組員達と協力して帆の向きを変える。帆は斜めからの風を受けて膨らみ、船体を加速させてゆく。操帆術を修めている者が多く効率が良かった。
「提督、風向きと風速良好、今日は舵も機嫌が良いです」
舵輪を握るセレスタが言った。
「幸先良いね。よろしくお願いなんだよ」
「はい」
セレスタは時折ゼンラーと交代しつつ上手く風を読んで船を操作し、ミッドナイト号は快速で飛んだ。
「船旅といったら‥‥金曜日はカレー! だねぃ」
船のコックを務めるのはゼンラーである。
肉体信仰を通じて興味があり学んだ栄養学に基づき、適切な栄養配分を以って調理する。大量に作ったのでその翌日の朝昼晩もカレーであった。
「ふっふーん。こいつを見てくれ‥‥どう、おもう‥‥?」
「とても‥‥素敵、です」
さらにゼンラーは旅先で獲得したのか内空の辺りでは珍しい花札や麻雀牌、トランプなどを持ちこんで休憩中の船員達と遊技に興じた。曰く「気を緩められるところは緩めて、締めるところは締めないとねぃ」との事である。博打大会が開かれ毎晩、休憩室は賑やかな喧噪に包まれていた。そんな調子であったのでめでたく破戒僧という呼称を船員達からつけられるゼンラーであったが、酒だけは口にしなかった。マイルールに則って生きているのだろう。
出航から三日目の朝、サガーラ商会の一行は大気の断層を目撃した。
下方から天空の果てまでに逆巻く巨大な嵐の壁だ。これに呑み込まれれば船などはあっという間にバラバラにされてしまう。一同は慎重に距離を取りつつその壁を北上し、曲がり角に沿って西へと入り、俗に南回りと呼ばれるルートに突入したのだった。
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船は蒼の中を飛び、西の空の彼方に浮かぶ島を目指す。時は流れ太陽は高く登り、また流れて西の果てへと沈んでゆく。真っ赤に燃える太陽が前方に輝き、世界を茜に染め上げていた。
赤く染まった甲板で少年や数十人の船員達が身を伏せて祈りを捧げていた。テッラーの信徒である彼等は朝夕の祈りを欠かさない。
「疲れてない? 休める時は、ちゃんと休まないと‥‥サガーラは、メインマストみたいなもの、なんだから」
黒髪の青年はふとそんな事を言った。
「今日は、サガーラのことも、お祈りしておいたんだ」
ラシード・アル・ラハルは敬虔なオーエムシー派の信徒である。テッラーを信じる者の中でも幾つか派があり、オーエムシー派はそのうちの一つだ。
「信じる信じないは、自由。でも、僕は航海の成功と‥‥サガーラが元気で船に乗り続ける事を、願ってるから」
夕陽を眺めながら言う青年に対し、サガーラは「有難う」と言った。
「サガーラも一つ祈りを捧げたよ。ラシード君や皆が、何時でも幸福に、愉しく、空を飛べますようにって」
少女はそう言った。
神に祈られる事は何時だって難題だ。
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「一時の方向、国籍不明船発見」
五日目、見張りについていたラシードがミッドナイト号の行く手より高速で接近して来る巨船の姿を捉えた。
同じ商船、という可能性もあるが、この空域では空賊が出没する事で有名である。
「提督、空賊の可能性が高いと思われます。襲われたら厄介です‥‥迂回しましょう」
セレスタが言った。サガーラはその言葉に頷き進路の変更を決定する。船は回頭して北へと向かい、彼方の船もそれに合わせて北へと進路を転じた。立ち塞がる気が満々の動きだ。
「抜けられそう?」
「やってみます」
「進路は任せるんだよ」
「了解」
船員達が慌ただしく動き出す。
操舵は引き続きセレスタ、帆を獄門が担当し、ファルル、ラシード、カーラ、ゼンラー、ジリオンが大砲についた。KBに乗り込むのはカルマとサガーラ、及び船員十名である。残りの船員達もそれぞれ操帆や砲撃の補助へと回る。
「正体不明戦よりKBの発艦を確認! ‥‥やはり、空賊です!」
ラシードより見張りを引き継いだ船員が言った。
「ひーふーみー‥‥二十機? あちらは随分と豪勢やね‥‥ちょっと不味いかにゃ‥‥出来る限り距離をとって、砲戦で諦めてくれればいいんだけど‥‥」
彼方より飛んで来る黒影の数をかぞえてカーラが唸った。
「セレスタ! 敵が強引に接近してきたらT字を描いて敵の艦首をこっちの真横に向けるようにお願い。相手が撃てない間に一気にケリをつけるから!」
カーラはそう操舵主へ声を飛ばす。「了解です」との言葉が返って来た。
「KB隊、こちらも出るッスよ! 俺達の役目は防衛だ! 母船を見失うな、離れ過ぎるな! 敵はプロペラを狙ってくる! 動きの先を読んで回り込んで落とせ、行くぜぇ!」
黄金色に塗装されたKBに乗り込んだカルマが勢い良く紐を引く。エンジンが唸りをあげ、機体の左右に備えられた透明な翼が羽虫の如く高速で羽ばたいて風を起こしながら飛翔してゆく。
空賊船が迫り、ミッドナイト号がそれを避けんと北上する。船足はほぼ互角のようだ。
足の速いKBがミッドナイト号の進路を塞がんと突っ込んで来る。
敵船はまだ射程の外だ。ラシードは射程内に入って来た敵KBへと狙いを定め、火をつけ砲を撃ち放った。轟音と共にカノンから鉄球が飛びだし彼方へと放物線を描いて飛んでゆく。狙ったKBの脇の空を鉄玉は貫いていった。外れた。
「百発百中の砲一門は、百発一中の砲百門に勝るってね。あれ、良く考えると変だけど」
などと言いつつカーラも射撃を開始する。撃ち放たれた砲弾は素早く機動するKBを捕えられずに空を貫いていった。外れ。
「ぬぅ‥‥貴様等、未来の勇者を恐れた魔王の手先だな‥‥! 成敗してくれる‥‥!」
ジリオンの射撃も当たらない。
「さぁ、撃って撃って撃ちまくるわよ! あなた達になんて貴重な積荷を渡してたまるものですか!」
相対距離一八〇程度でファルルも大砲を発射。外れた。
砲を撃った者達は大砲に砲弾と火薬を詰め込む。その作業が完了するよりも速く、あっという間に空賊のKBが距離を詰めて来る。
距離一〇〇を切った。敵のKBはチェーンガンを雨あられと猛射しながら突っ込んで来る。一〇秒間に一〇〇連射。二〇機で二千発の猛烈な勢いだ。距離とセレスタの操船の為に大半が外れてゆくが、数が数だ。弾丸の雨が甲板へと突き刺さってゆく。
船員達の悲鳴が巻き起こる中、ゼンラー、迫り来るKBへと狙いをつけたまま敵を引きつける。八〇。まだ撃たない。七〇。まだ撃たない。六〇、五〇。
「送り届けてあげよぅ‥‥ゼンラの神様の元に‥‥ねぃ!」
銃弾の嵐の中、教祖は相手からノーセンキューと返されそうな台詞と共に大砲を発射。火薬が炸裂し、砲弾が飛びだし、迫るKBの一機へと鉄球が吸い込まれるように激突した。木っ端に爆砕されたKBが破片を撒き散らしながら落下してゆく。撃破。これもゼンラの神の導きなのか。否、戦術の問題だ。
「『黄金色の死の旋風(ゴールデン・デスゲイル)』と呼ばれた俺が相手たぁお前らも不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまったようだなァ!!」
カルマ、サガーラと共に隊を二つに分けると大きく旋回するようにして、船へと突っ込んで来る敵KBの後背へと捻り込んだ。秒間一〇〇発のチェーンガンを猛射。弾丸が敵パイロットへと突き刺さり、その威力を解き放って空へとふっ飛ばす。乗り手を失ったKBが明後日の方向へと流れていった。撃破。
サガーラや他KBの船員達も数機敵KBを撃墜していたが、敵も全てが易々と背後を取らせた訳でもなく、回り込まれる前に旋回した者も数機。立ち待ち互いの後背を取り合わんとする乱戦が始まった。敵の数が多い。ミッドナイト号の甲板に弾丸の雨が降り注ぎ、船員が倒れ、プロペラの一基が破壊されて吹っ飛ぶ。
「ぬぉぉ!!」
銃弾の掃射が襲いかかり。ジリオンは咄嗟に砲座から横っ跳びに転がって叫ぶ。
「あ、危ないところだったぞ! 俺が勇者の必殺技『勇者よけ』をしなかったら‥‥怪我するところだったぞ!」
破片が後頭部に刺さっているが、やたら頑健なので気付いていないようだ。獄門が操帆の縄を手放して重症者の元へと走り手当てを開始する。
「しっかりしたまえー! 傷は浅いぞ!」
「ど、ドクター‥‥脚‥‥俺の、脚、どう、なって‥‥何も、かんじ、ねぇ」
距離が詰まれば当たる。
「弾薬は無駄にできない‥‥船も沈められない‥‥なら。ここで粘る、だけだよ!」
砲術に長けるラシード、カーラは再度、砲弾を撃ち放ち敵KBを一機づつ爆砕して叩き落とした。ゼンラー、ジリオンも砲弾を直撃させて叩き落とす。カルマは船へと特攻をかける一機の側面から後方へと捻り込むと銃弾の嵐を解き放ってさらに一機を撃墜する。空賊のKBが火の球と化しながら次々に落ちてゆき、味方のKBも次々に落ちてゆく。敵のKBの十六機が撃墜され、商会のKBの九機が虚空に散った。カルマの狙いは的を射た物だったが、砲撃が外れた為激突時に敵の数が多く、また味方のKB乗りの質が空賊側に比べて悪かった。瞬く間に味方の生き残りのKBはカルマとサガーラともう一機だけになっていた。
しかしその頃にはミッドナイト号は行く手に流れる巨大な雲の固まりに接近していた。
「面舵いっぱい! 揺れます、掴まって下さい!」
セレスタが言って舵輪を回し、船は斜めから雲の中へと突っ込む。側面から空賊が追走して来る。カーヴを切ったミッドナイト号に対し距離を詰めた空賊船もぐるりと回ると猛烈な砲撃を開始した。右舷の十門の大砲から砲弾が雨あられと雲の中へと撃ちこまれ、うち一発がミッドナイト号を直撃して船体の一部を爆砕する。
「雲を抜けた所が勝負所です」
激震が襲う雲中の甲板、舵輪を握りながらセレスタが言った。
やがて船は雲を突き破って西へと抜けた。上手く眼を眩ませられたようで空賊船との距離は離れている。敵の生き残りのKB四機はしばらく距離を取って飛んでいたが、やがて旋回して母艦の方へと引き返していった。空賊船は追いつけず、四機でミッドナイド号を沈める、ないし足止めするのはカルマ等三機が健在な事から無理と判断したらしい。
カルマとサガーラと船員が乗るもう一機のKBが惨憺たる様子のミッドナイト号の甲板へと着艦する。
「おお、カルマ、さすがだったぞ! それでこそ熱き魂の持ち主だ‥‥!」
ジリオンがカルマに駆け寄りバンバンと肩を叩いて言う。
「ぬはっはっは! とーぜん、俺様マジパネェ男ッスからっ! って、そうじゃネェ、味方八機堕ちてるスけど、そっちは?」
撃墜され風海に漂っているうちの数名はまだ息があるだろう。しかし回収しに引き返せば空賊船に捉まえられるのは確実と思われた。救出には首が横に振られた。戻れば全滅する確率が高い。船はそのまま西へと飛んだ。
「止む無し、なのか‥‥! 見てろよ‥‥お前等の分も、俺様、がんばっちゃるけーのぉ‥‥」
ジリオンは東の空を振り返り、拳を握りながらそう呟いたのだった。
●
交戦の後、獄門は負傷者の手当てをしつつ、出来るだけ船内の衛生環境を保てるように務めた。不衛生な所では二次感染が恐ろしいのである。治療に努力し作業への復帰が早まる様に努力する。
ミッドナイト号は出航より十日と半日程でルシタニア王国のフェリキタス・ユリアへと到着した。南航路で日数を短縮した為、絨毯の価格は高騰したままであった。先頭組である。多くの商人は北回りの航路を急いでいるのだろう。相場は未だ下っておらず平均して金貨五〇〇枚という高値がついていた。
「空賊が南航路に集まってたわ。私達は運良く突破できたけど、相当の被害が出たし、拿捕された船も多いんじゃないかしら? しばらくは供給が少なくなると思うわ」
交易所、ファルルが売却価格の上昇を狙って交渉をした。
「南はそうかもしれないが、もう一日、いや、半日もすれば北から大量に来るんじゃないか? これは親切心で言うんだが、値崩れしないうちにとっとと捌いちまった方が良いと思うぜ?」
店主はそう切り返して来た。これは、恐らく事実だろう。
結局の所、買い付けの時程には上手くはゆかず、売却価格は一樽金貨五一〇枚となった。一九四樽運んで来たので、売り上げは総計金貨九八九四〇となった。
十一日分の給料を船員三十名に支払う。戦死した者の分はギルドから遺族へと送られた。その合計が金貨三三〇〇枚。
ナイトバグが九機大破したので一機二千で一万八千の出費。
ミッドナイト号自体もそこそこ痛んでいたので修理を見積もると金貨三八〇〇枚程度がかかった。
銀行に一万一千枚の金貨を返済しすると支出は合計で三六一〇〇となった。利益は五二八四〇枚だ。幹部達は利益の五パーセントを受け取り、その額は一人あたり金貨二六四二枚であった。この時代、一般人ならば無茶しなければ十年は暮らしていける金額だ。一財産である。
「‥‥ぬ? ああ。拙僧は金はいらんよぅ。今回の船旅‥‥非常に、修行になった。ゼンラの神様のご加護も感じることができた‥‥」
ゼンラーは手を合わせるとそう言った。やはりなんだかんだで僧侶であるらしい。一般市民の平均年収の十倍以上を受け取らないというのは、なかなか余人に真似出来る事ではない。
「また、機会があったらよろしくたのむよぅ!」
ニカと笑ってゼンラ教の祖はそう言った。
一方、
「むにゅー。途中冷や冷やさせられたけど、なんとかなるもんやねぇ」
カーラは報酬を受け取るとそう言った。
「ああ‥‥とりあえず良かった、と言っても良いのですかね。ラム酒よりも先ず冷たいシャワーを浴びて休みたいところです」
うーん、と腕を空に背を逸らしてセレスタが言った。
「そんな事、言わないで飲みに行こうなのにゃ」
カーラは皆を酒場へと誘い、一同はそれに同行して杯をあげる事となった。商売が上手くいった事に対する祝杯であり、失われた人員への弔いの酒である。冒険家に出会いと別れはつきものだ。この時代、この世界の命は軽く、人は簡単に死ぬようだ。だからこそ、彼等は懸命に生きたのだろう。
その日、フェリキタス・ユリアの酒場での宴は夜明けまで続いたという。
商人達の魂に祈りを捧げよう。
了