●リプレイ本文
ボクヤバーンの野の南北に鮮やかな軍旗が揺れている。
葦毛の馬に乗った男は手綱を引く。北を見た。
「革命を起こすのであれば賛同出来たんだけど‥‥」
青い太陽の旗を掲げる彼の名はアサヒ(
ga6764)。中央出身だが清貧を良しとする変わり者の貴族だ。
「‥‥なんとも、惜しいものだね」
皇室を軽んじ利権を貪る老人達は――他ならぬ彼の父も含めてだ――この国の病巣であるとアサヒは思っている。国の要とも言うべき法は賄賂により一部の者にとって都合の良いように制定され多くの民衆は苦しんでいた。早急に病根を取り除かねば帝国は死に至るだろう。この反乱こそが崩壊の序曲であるといえた。誰かが今、立たねばならぬ。
「‥‥しかし、武を以って覇を唱えるのは容認しがたい。残念だ」
男は嘆息と共に首を振った。
「アサヒ様、惑われなされますな」若き貴族に従う騎馬武者の老人が言った「それらしき名分を声高に唱えようとも、諸国を自らの元に束ねようというあの意思こそ北の赤蜥蜴めの野心の現れというもの」
「‥‥その可能性は高いね。やはり僕等がやらなければならない。この機会を上手く活かさねば」
「はっ、既に現状に不満を抱く諸侯には根を回しております。この戦でアサヒ様が力を示しになられれば、我等に賛同する者も増えましょう」
「護国のためだけでなく、中央の体制改革を実行する為にも‥‥ここで功を上げなければならない。皆の者、勝つぞ!」
アサヒの言葉に兵達は鬨をあげる。アサヒ軍は精鋭だ。その軍団の士気は旺盛だった。
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他方、北では一人の女が馬上から南方を見渡していた。
「ふふ、戦場のこの張りつめた空気の何と素晴らしいことでしょうか」
赤の死神だとか朱の破壊神とか呼ばれる如月由梨(
ga1805)その人である。大陸七武聖――兵士達から大陸最強の使い手と噂される七人――のうちの一人に名を連ねている。
「しかし、戦場さえあればそれで良いと考える私もどうかしていますが。主君を裏切るルウェリン殿もどうかしていますね。いえいえ、力ある者が王座に就くのは、道理ですけども?」
「由梨、そのような事を言うものじゃない」
カルマ・シュタット(
ga6302)が窘めた。大陸最強と名高いルウェリン軍の中でも特に最強と目される『バタリオン』を束ねる若き剣士である。千人隊と呼ぶには少ないが、彼等はそう呼ばれていた。彼等は小規模ながら千人隊クラスの、時にはそれ以上の戦果を上げて来たからだ。
大陸最強の隊を率いる男は言う。
「我等の忠節を受けるに値する皇帝であったら、そもそもにここまで国は乱れなかっただろう。道を誤った主をただすも臣下の努めだ」
「そんなものですかね‥‥戦の正義に真実が奈辺にあるかは私には解りかねます」
由梨はそう言った。
「ですが、隊長が良かれと思うなら良いのでしょう。少なくとも私が考えるよりは数百倍もマシでしょうから。そこに敵がいるなら、私は道を切り開く一つの剣となりましょう」
「‥‥そうか」
「それよりも隊長、突撃命令はまだですか?」
突撃大好き脳筋女である。
「‥‥‥‥開戦の合図すらまだあがっていないぞ?」
カルマは一つ嘆息して言ったのだった。
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後にミッドナイト十二侯の一人として伝えられる黒髪のハーモニー(
gc3384)はその時、未だ齢十七に過ぎぬ娘であった。
当主ハーモニーは人望厚く、自領の兵や民から篤い信頼を寄せられ、また彼女もその信頼によく応えたという。平時は垣根を作らない気さくな性格であり『民に愛された人』として後世には伝わっている。黒髪を結い上げた少女は配下の騎士団を見まわして、しかしこの時、苛烈に言い放った。
「勝つために戦え。勝つためになら死ね。ただ負けて死ぬことは許さない。我等の後背には故郷の者達の命があると知れ!」
『ジーク・ハーモニー! 我等、調和騎士団二千ッ! 御当主の為! 人民の為! 最後の一兵まで命を燃やし必ずや勝利を捧げる所存でありますッ!!』
総勢二千の兵が一斉に剣を立て誓いの言葉を述べる。当主の軍才は芳しくないものであったがそれを支えんと配下達は奮起し、その精強さでは今ではルウェリン軍と並び大陸最強との評を取るまでになっている。
ハーモニーは兵達の前を歩きながら声をかけてゆく。そのうちの一画、番犬の紋章を飾った黒鎧で揃えられた剣士隊の前に来ると少女は信頼を込めて言った。
「ドッグ君、君たちの活躍を期待しているよ」
「はっ! 大将に救われた恩義、必ずここで返してみせます!」
漆黒の剣士が礼を取って言った。他国からは『ガルム(冥府の番犬)』と恐れられる百人長ドッグ・ラブラート(
gb2486)である。彼は当主ハーモニーに命を救われた事があり、それ以降彼女に仕え鬼神の如き働きをして来た。北の最強隊がシュタット隊であるならば南の最強隊はラブラート隊であると名高い。
「公爵! ハーモニー侯より伝令であります!」
他方、ハーモニーは総大将であるサキモリィへも文を送っていた。
「ふむ‥‥あのお嬢さんらしい事だ」
名家の公爵は羊皮紙に目を通し、微苦笑を浮かべて呟いた。彼女等が全滅しても戦がこちらの勝ちだったときは領民を頼む、との事だった。
「ハーモニー侯に伝えてくれ、私の命がある限りはアリスの名に懸けてこの件、請け負った、と。もっとも私も化けて出る事は出来ないから、私も死ななければの話だけどね。だからこそ伝えてくれ、出来れば死ぬな、と」
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「おう、アンタがデュノフガリオか」
竜騎士団長アナンタが言った。銀髪の少女が顔を向ける。ルカナ=デュノフガリオ(
gb6275)、北辺の諸侯軍では随一の槍の使い手として知られた女騎士である。その武名は轟いており彼女もまた大陸七武聖の一人として名を知られている。しかしルカナが仕えていた領は規模からすれば弱小だった為、一戦もせずにウィンターガルドに従い併呑されていた。
「お噂はかねがね。ま、よろしく頼むゼ、レディ・ルカナ」
「‥‥サー・アナンタ、王の憤りは解るつもりだ。その掲げる名分ももっともだと思う。でも、だからといって戦を仕掛けるのは何かがおかしくないか? この戦いは、本当に正しいんだろうか?」
実直な性格でも知られる女騎士は団長を真っ直ぐに見上げてそう言った。彼女は主君の命令故に従っていたが、この状況に納得がいっている訳ではなかった。何故北軍に従わねばならぬのか。
「勿論、正しいサ。俺達にとっては、それが正義だ」
「しかし」
「‥‥そういう事は敵前にして疑っちゃいけねぇな。死ぬぜ。王に従ったあんたの所の大将は正しい。おかげで民も土地も戦火に呑まれなかった」
その言葉に少女は沈黙した。理屈は解る。しかし、どうしても納得できないものもまた胸に残るのだった。
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「炎帝は北の雪原に散った」
ヘイエルダール軍の百人隊長、『残火』と呼ばれる少年は配下達に向かって言った。
彼の名はカズヤ・キリシマ(
gb1893)。帝国内の権力争いで一族郎党を謀殺された武家の生き残りである。国外のソルガルドに逃れ、雷神ヘイエルダールに武才を見出された兄に連れ添う形で彼もまた兵となった。彼の兄は『炎帝』と呼び畏れられ最強の騎兵隊の長として活躍した。しかし結局ソルガルドは敗北。炎帝は矢の嵐を受けて戦場に沈んだ。
「それはいい。彼は己の意志を尽くし、殉じたのだから。だが、何故争いは止まぬのか。彼は平和を願えばこそ闘ったはずだ」
生来の気性はまた違うが、後を継いで隊を率いる為、力強い口調を装いつつ少年は言う。
「――腐った世界は根幹から正す必要がある。これはその、魁だッ!!」
兵達は炎帝の弟である少年隊長の言葉に応え槍を振り上げ唱和する。鬨の声が北の空に轟いていった。
他方、南軍。
「‥‥微力ながら、主の敵は全て、排除します」
黒髪の美しい女が跪いて言った。
「貴様の働きには期待している‥‥」
漆黒の巨馬に跨る壮年の男が眼光鋭く女を見下ろす。男の名をチュウエイと言う。
「は、お任せください」
女の名はカンタレラ(
gb9927)。一族郎党をチュウエイに謀殺された武家の生き残りである。二人の弟を死んだと偽り国外へ逃がし、チュウエイに身を売り忠誠を示す事で追及をかわした。以降、名を変え、駒としてその武を振るい、磨き続けてきた、全ては弟達の為に。
そして時が経った現在では七武聖の一人に名を連ね『AllyStepper』と称される強者となった。女と侮って乱暴を働こうとした男達はその全て調教し奴隷としてきた前線の女王である。
カントカ年イツカノ月、遠い日に別れた姉弟の再会が迫っていた。
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覇王の陣。
「‥‥なんで貴様がここにおるのだ? どうやって紛れ込んだ?」
「陛下のお手伝いに‥‥頑張って勝ったら、褒めて?」
年の頃十五程度の少女が笑う。ルノア・アラバスター(
gb5133)である。何時の間にかルウェリン軍に潜り込んでいたらしい。
「たわけがッ! 近衛隊、つまみだせ!」
「はっ‥‥しかし、陛下」
「どうした!」
「我々では、無理ではないかと」
ルノアは一見ただの少女だが大陸七武聖に列せられる剛剣使いである。御前試合の場で不敗の赤竜ルウェリンから一本取った事がある為『赤き伝説を砕いた騎士』の名で広く知られている。
「むしろ、御助力願った方がよろしいのではと兵士一同思っておりまする」
「貴様等グルか!」
「陛下‥‥駄目ですか?」
懇願するルノア。邪険にされてもついて回る。人によっては犬の耳と尻尾がついてるように見えたかもしれない。
「‥‥勝手にせよ!」
北の覇王は嘆息を一つ洩らして言ったのだった。
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アッキーエ軍陣中。
「赤竜将軍‥‥いや、赤竜帝とでも言うべきか、王だしな」
イレイズ=バークライド(
gc4038)が言った。『ただの傭兵だ』と本人は語るが、その実力は大陸七武聖の一人に数えられる程の強者である。
(「俺の前でその名を‥‥赤竜を名乗った以上、その首必ず落としてやるからな‥‥ルウェリン・アプ・ハウェル!」)
赤竜旗を睨み胸中で呟くイレイズ。
「‥‥御前さんかい? 七武聖の一人で赤竜の首を狙ってるイレイズってのは」
キセルを咥えた男が一人、ふらりとイレイズの前に現れた。
「俺がこの戦に参加した理由はただ一つ、北の竜帝の首を取る事だ――‥‥ムラカーミ公爵自ら、こんな時に何の用だ?」
「なぁに、数で勝っちゃいるが、北は強兵だからな。こっちでまともに張り合える奴はそう多くない。こういう時、やる事は決まってんだろう?」
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「寒いの苦手なんだよにゃ」
呟いた彼女の名はフェブ・ル・アール卿(
ga0655)、梅花の紋を掲げる皇帝直属軍の女将軍だ。ハイランド侯の元で異民族と戦っていた事もある歴戦の士である。
時の皇女リンカは親政を嫌う諸侯の意向から実戦力を持てずにいたが、この情勢に際して自らフェブを征北将軍に任じた。中央の老人達も『実際に反乱を討てるならば良し戦死して皇帝の火遊びを止められるも良し』との思惑からその編成と派遣を許容した。フェブとしては本当は中央の腐敗を内部から変えるつもりであった、らしい。即物的な栄達としても素直に嬉しいので将軍職を拝命した。皇帝に対する忠誠は篤い。しかし彼女本人としては北辺の暴発とも言える今回の蜂起には、同情半分困惑半分だ。
「ヒョーエ卿はどう見るか」
女将軍はかつては『槍のヒョーエ』と恐れられ現在は『鋼の左腕』と呼称される『深紅槍騎兵団』の大将に問いかけた。
問いかけられた男――深紅の甲冑に身を包んだサカッキー侯爵ヒョーエ(
ga0388)は、すぐには答えずに義手から引っ提げている酒壺に口つけ呷った。
「フェブ卿、そちらも一杯やるか?」
「今は良いにゃ」
フェブは丁重に断りを入れた。
「‥‥赤竜の将軍、奴は真に白ではないだろう。国を憂う心も無い訳ではないだろうが、野心もあると見る。梟雄だな」
武人はそう評した。
「結局、今は乱世よ。サカッキー一族伝来の所領は北にある。俺はこれを守らねばならん。卿とて皇家を守らねばならぬだろう」
フェブ・ル・アールはその言葉に頷いた。
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開戦の刻が来た。
「我等は僅か二百名の一隊に過ぎない。だが諸君らは一騎当千の古強者だと私は確信している。ならば我らは総兵力二十万の軍集団となる‥‥全員に通達、百人長命令である‥‥」
カルマが言った。
「さぁ諸君、地獄を作るぞ」
鬨の声があがった。
「さあ、戦いの始まりです。勝ちましょう」
ハーモニーが言った。雄叫びと共に人馬の群れが野を埋め尽くし北と南から動き出す。
「御大将が見ていなさるんだ! 野郎どもッ! 北の蜥蜴の喉笛を食い千切れッ!!」
漆黒のガルム達が吼え声をあげて進んでゆく。諸侯軍は中央に南軍の重装歩兵を一万を五百mの幅に並べた。横一m範囲におよそ二人、前後は触れ合う程に密集し深さは十段。これを先頭として歩を進めさせその後方に弓兵九千をつけて進軍させる。左翼に本陣を含む槍兵七千をつけ、その左前に弓騎の千五百をつけた。南軍最右翼に重騎兵三千。
この動きに対し北軍は重装歩兵隊一千八百を二百mの幅に展開させた。深さはおよそ四から五段。左翼に剣士隊一千をつけ、右翼に槍兵隊二千を二百mの幅で五段につけた。それら歩兵隊の後方に長弓隊二千九百と剣兵二百を配し最右翼に竜騎を最左翼に残火と弓騎をつけた。
「むぅ‥‥突撃は‥‥突撃は、まだですか? あそこにはあんなにも敵がいますのに」
由梨が馬上でうずうずとしている。
「本格的な出番はまだ後だ! 全員怪我をするなよ。弓を構えろ、突撃してくる敵兵の先頭に矢を集中するんだ!」
カルマはそう配下に指示を飛ばしている。
「乗るか、反るかだにゃ。どちらにしても‥‥」
フェブが呟いた。両軍が前進し、やがて距離が詰まり一斉に空へと向けて矢が放たれた。両軍合わせて万を超える矢が撃ち上げられ青空を黒く覆った。瞬後、それは鏃を煌めかせながら凶悪な光雨と化し猛烈な勢いで降り注いで来る。重装歩兵達は一斉に頭上に盾をかざした。矢が木に皮を張った盾に突き刺さり貫いてゆく。ルウェリン軍の矢撃は強烈だった。南軍側は盾で受けるも貫通、あるいは受け損ねて千と数百にも上る人数がばたばたと倒れてゆく。
「進めー! 私が死のうと隣の友が死のうと見捨てて前の敵を見なさいッ!!」
頭上に盾を翳し死の雨を防ぎながらハーモニーが叫んだ。大陸最強との評は伊達ではなく調和騎士団は降り注ぐ矢に対し角度をつけて盾を構え貫通を防いでいた。ほとんど被害を発生させずに進んでゆく。
「放て!」
「てめぇら、ギッタギタにしてやんよ!」
夥しい数の矢が交差し両軍は大地に倒れる者を増やしつつも――南軍の兵がほとんどだ――距離を詰めてゆく。
「全員、抜刀! 切って切って! 切り抜けろぉ!」
中央で両軍の最前列が激突した。六mの長槍を構えるディアドラ軍は最前列が槍を突き出し二列目が槍を振り降ろし、交互に繰り返して七〇cm程度の剣しか持たぬ重装歩兵を一方的に攻撃し怒涛の勢いで打ち倒して押してゆく。南軍の重歩も三分の一以下の厚さの雷神隊に押しまくられ調和騎士団だけが五分に渡り合っていた。
赤竜騎士団が突進を開始した。アサヒ軍を初め千五百の弓騎兵隊は騎兵に対して矢を放った。アサヒ軍は一射を撃つとすぐにくるりと回頭して後退に入る。赤竜騎士団千騎のうち三百騎程が射抜かれ悲鳴と嘶きと共に転倒してゆく。ルカナは自身へと飛来した矢に対し槍を手足の如く扱い、風車の如くに旋回させて弾き飛ばす。
「ウィンターガルド!」
生き残りの重騎兵七百が雄叫びをあげ重歩隊の側面より突入した。銀髪の女騎士は先頭集団で馬上から槍を縦横に振るって歩兵達を次々に薙ぎ倒してゆく。人が宙を飛ぶ凄まじい勢いだ。
「ルっ、ルっ、ルカナだぁああああ! 七武聖のルカナが来たあああああッ!!」
兵達が悲鳴をあげ次々に雪崩を打って後退してゆく。東ではゼンウー軍が矢を放ち抜刀突撃して右面から入って弩兵を次々に蹴散らし、キリシマ隊百騎もまた重歩兵隊の右面から突撃し血河に沈めてゆく。南軍の左翼と右翼は騎馬突撃で大混乱に陥っていった。
「陛下のために、悉く戦って死ね! 胸甲付け、総員抜刀。突撃に備え‥‥」
その時、フェブ・ル・アールもまた配下の騎兵達に声を発していた。皇帝軍最精鋭の騎兵達が整然と剣を抜き放つ。フェブは敵の左翼が手薄になったのを見ると手綱を引いて馬を嘶きと共に棹立ちにさせた。剣を振り上げ叫ぶ。
「全軍突撃、我に続け! 『皇帝万歳(ウーラー)』!!」
『ウーラー!!』
一千の重装騎兵が口々に雄叫びをあげ地響きを立て一斉に駆け出した。重騎の蹄鉄が荒野を蹴りつけ轟音と砂塵を巻き起こしてゆく。フェブ軍は疾風の如くに迫ると重歩兵とぶつかっているルミス軍の左面から入った。ロングソードを嵐の如くに振るって猛烈な血風を巻き起こし破竹の勢いで突き破ってゆく。
「わき目も振るな! 振り向く者は斬る!」
女将軍が吼え剣を振るって駆け抜ける。最精鋭の重騎兵達は瞬く間に剣兵の列を真っ二つに裂いた。ルミス軍を怒涛の勢いで蹴散らし雷神軍へと突入してゆく。
「ヘイエルダール将軍! 左翼より敵騎兵の猛撃を受けていますッ!!」
「梅花紋の紋章‥‥ハイランドのフェブ・ル・アールかッ!」
異民族重歩兵隊をまとめる雷神が叫んだ。フェブ軍は雷神隊をも突き破り、その先頭はディアドラ軍の長槍とぶつかってようやく止まった。しかし、キリシマ隊とゼンウー軍が正面の敵を蹴散らしている間に重歩兵達は向き直り、抜剣したルウェリン軍の左翼が足を止めるを余儀なくされた騎兵に殺到してゆく。
「‥‥相手にとって不足無し!」
混戦に陥っている戦場の北東、ヒョーエは酒壺からぐいっと酒をあおり、それを干すと荒野に放り投げた。手綱を引き、槍を構え言う。
「この戦場こそ我ら【深紅槍騎兵団】の晴れの舞台よ。皆の者! 命を惜しむな。名こそ惜しめよ!」
深紅の重装騎兵団がフェブ軍を包囲せんとするそのさらに外から突撃を仕掛けた。交差する槍の旗を掲げる騎兵達は槍を猛然と繰り出し敵の剣兵、弓兵を路傍の石の如くに吹き飛ばしてゆく。
「進め! 進め! 進め! 勝利の女神は俺達と共にあるぞ!」
血煙の嵐が吹き荒れた。刃が唸りをあげて歩兵を蹴散らし、真紅の蹄鉄が倒れた兵の頭部を爆砕し、天上の野へとその魂を叩き込んでゆく。フェブ軍も未だ半包囲されているものの後方をヒョーエ軍に支えられ態勢を立て直す。深紅槍騎兵団はその時まさに戦場の覇者だった。騎兵達が槍を振り上げ咆哮をあげる。
「蹂躙戦こそが我らの本領。存分に敵陣を蹂躙せよ!」
この深紅槍騎兵団の一撃は決定的だった。騎兵の二段突撃に北軍の左翼は耐えきれず血河に沈んでゆく。好機と見てチュウエイ騎馬軍団も突入をかけ北軍左翼は完全に瓦解した――かに見えた。
しかし、
「‥‥カ、ズヤ‥‥あなた、なの‥‥?」
「お、お姉‥‥ちゃん‥‥?」
血風渦巻く戦場でキリシマの姉弟が再会していた。
「‥‥聞きなさい! 私の名はカンタレラ。帝国に仇なす者を葬ってきた、一振りの刃。しかし、これからは、帝国を喰らう毒となる!」
「ね、姐さん、チュウエイ様を裏切るんスか?!」
「元より奴には恨み骨髄よ。あなた達、こっちにつくなら見逃してあげるけど?」
流し目をやって女が言う。
「そ、そんな殺生なァッ?! く、くそっ、チュウエイ様は怖いが姐さんも怖い。どっちも怖いなら道義に従うまでよッ!! 裏切り者を討ちとれッ!!」
重騎兵達が殺到し、カンタレラは薙刀を振るって烈閃を巻き起こし一瞬で吹き飛ばした。恐るべき武力だ。
「お姉ちゃん‥‥それは‥‥お姉ちゃんが‥‥使って、あげて」
再会を果たした弟は背中から形見のコルセスカを取りだすと姉に渡した。
「そう‥‥あの子は‥‥でも、武人として、生き抜いたのね」
薙刀を背に納め、槍を手にカンタレラ。姉弟は再び機動を開始する。
「‥‥さぁ、行くぞ皆。我等を以って炎帝の再来と成せ!!」
キリシマ騎兵隊はカンタレラを先頭に猛然とチュウエイ軍へと襲いかかった。
「‥‥‥‥何が起こったッ?」
後方の崩れを感じ取ったフェブが叫んだ。一方は破ったが未だ半包囲されている中で混乱が広がってゆく。
「カンタレラです! 七武聖の『AllyStepper』が裏切りましたッ!! チュウエイ将軍はカンタレラに討たれチュウエイ騎馬軍団は四散! キリシマ騎兵隊、なおもこちらへ向かって来ますッ!! 凄まじい勢いですッ!!」
サカッキー侯もその報告を聞いていた。
「ぬぅ‥‥千載一遇の好機を眼前にしてこれを逃す、かッ!!」
ヒョーエとフェブは掴みかけた勝利が彼方へと遠ざかってゆくのを感じていた。
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他方、戦場の西ではディアドラ軍と赤竜騎士団が暴れ回っていた。
「アナンタ殿!」
「なんだァ?!」
歩兵隊を南へと突き破り荒野に出たアナンタがルカナへと馬首を返して叫ぶ。
「やはり、私はこの戦いには納得できない。私は帝国につく!」
「おまっ‥‥! マジでぇっ?!」
「私は本気だ! 推して参る!!」
「チィッ! この、大バカ者めッ!!」
二騎が駆け槍と槍が交差する。ルカナは繰り出された穂先をかわし逆に己の槍の穂先を相手の胸へと閃光の如く叩き込んだ。
「ま、さか、こんな、所、で‥‥!」
赤髪の男は吹き飛んで落馬し、大地に叩きつけられ、血反吐を吐いて絶命した。
「だ、団長ーーーッ!」
「くそぉ、仇を討てぇッ!! 相手は武聖でもたった一騎だッ!!」
残存の数百機がルカナへと殺到する。赤竜騎士団は大混乱に陥った。
「好機だッ! 全軍、撃って撃って撃ちまくれッ!!」
アサヒが叫んだ。突如として足を止めた赤竜騎士団に対し弓騎兵千五百は矢の嵐を叩き込んだ。騎士達が次々に矢を受け絶命してゆく。矢の雨の中、百の騎士達の槍に貫かれてルカナも倒れ、最精鋭の騎士団もまた弓騎兵からの猛攻を受けて瓦解したのだった。
「この戦に勝ったら私の酒庫を大放出で大宴会だ!」
激戦の最中、調和騎士団が中央で踏ん張っている。
「鈍臭いんだよ! てめぇらのやること一々よぉ!」
番犬の紋章を刻んだ男達は猛威を振るっているディアドラ軍の側面に突っ込み穂先を斬り飛ばし、怒涛の勢いで斬り伏せてゆく。
「陛下‥‥!」
ルノアが言った。
「‥‥アナンタが潰れたか。これは計算が狂ったな」
「陛下! シュタット隊より伝令です! 我等これより敵本陣へと突撃をかける、援護を請う、との事!」
「‥‥よかろうッ! ルノア、シュタット隊を援護してやれ!」
「解りました。陛下、行ってきます!」
手をひらと振るとルノアはシュタット隊の元へと風の如く走った。
●
「我が隊はこれより、敵将サキモリィの首を取る‥‥全員誰が犠牲になろうともただ首だけを狙え‥‥」
カルマが言った。
「突撃!」
大陸最強のバタリオンが満を持してサキモリィ槍兵隊へと鋒矢陣で突撃をかけた。剛剣使いの集団がルノアと由梨を先頭に怒涛の勢いで斬り込んでゆく。
「ふふっ、これです。さぁ、私を討てる者は掛ってきなさい!」
由梨は槍を風車の如くに回転させ穂先を薙ぎ払い次々に蹴散らし、ルノアは低く入って大剣を暴風の如くに振るい槍兵達を猛烈な勢いで血河に沈めてゆく。
「いいか! もしも俺が倒されても前進するんだ! 俺以外が倒れても振り返るな! 前だけを見ろ!」
カルマが剣を振るって指揮を採り二百と一の兵が一本の矢と化して敵陣を貫いてゆく。
他方、
「‥‥やっと、僕も。皆の‥‥所、に‥‥」
「‥‥あの子達と一緒に死ねるなら‥‥最高に幸せ、ね」
キリシマ隊は寡兵ながら猛威を振るったがフェブ軍の最精鋭と名将ヒョーエ率いる深紅槍騎兵団によって粉砕され一兵に至るまで悉く討たれていた。
しかしその間に中央は乱戦と化している。異民族の王の騎兵が暴れ回り南軍の弓兵の悉くを蹴散らしていた。
サキモリィ軍本陣はバタリオンに斬り込まれていたが、しかし逆にルウェリン軍本陣もまたアッキーエ槍兵隊に斬り込まれていた。
イレイズが太刀で斬り込み脚甲を振るって稲妻の如き速度で前進してゆく。温存していた体力をここぞとばかりに爆発させ、態勢低く敵兵を斬り抜けながら駆け、槍兵達と共に一気に覇王の眼前まで雪崩れ込んだ。
イレイズは赤い外套を纏った男へと狙いを定めると踏み込み、落雷の如くに太刀を振り降ろす。必殺の剣。しかし男は素早く腰からサーベルを抜刀しその打ち込みを受け流した。反撃の刃が閃いた。光の如き速度。イレイズは紙一重で後退して回避する。この敵は、強い。
「‥‥貴様、何者だ?」
相手もそう思ったのか剣を青眼に構えて問いかけてくる。
「イレイズ、傭兵だ、お前は?」
血濡れた太刀を払い、霞みに構え直してイレイズ。
男は言った。
「我が名はルウェリン・アプ・ハウェル! この大陸の覇王になる男よ!」
「ふん、貴様が赤竜か! その首もらった!」
「ハッ! この首、そう安くはないわぁッ!!」
両者は互いに剣を振るって人外魔境同士の猛烈な斬り合いを展開する。しかし打ち合わせる事、数十合、イレイズの剣がルウェリンの手首を斬り飛ばし、脚甲が水月に叩き込まれその身を吹き飛ばした。
「陛下ッ!!」
イレイズがトドメを刺さんと太刀を振り上げた時、一本の矢が飛来して彼の腕を撃ち抜いた。
「お前は‥‥!」
そこには剣士の少女が立っていた。本陣まで雪崩れ込まれたのを見たルノアは途中で急遽引き返して来ていたのだ。
ルノアはイレイズへと弓を放り投げると抜刀ざまに斬りかかる。イレイズは弓を避け、利き腕を負傷しつつも両手で太刀を保持してルノアの打ち込みを受け止める。猛烈な火花と共に衝撃が逆巻いた。男は後方へと大きく飛び退く。ルウェリンを倒して消耗し負傷した所へルノアを倒すだけの力はさしものイレイズにも残されていなかったのだ。
傭兵は混戦に陥っている戦場へと飛び込み、ある予想を抱きつつ何処かへと消えていった。
●
「我が隊よ! 振り返るな! 俺の屍を超えていけー!」
シュタット隊の強さは異常な程であったが、ルノアが離脱し、数千の敵兵に囲まれ、一人倒れ、二人倒れ、ついには隊長のカルマも槍の壁の前に滅多刺しされて沈んだ。だがその遺志を継いだ隊員達は前進を止めず、十数まで討ち減らされつつもサキモリィの眼前まで雪崩れ込む。
「‥‥あなたがアリス公ですか?」
由梨は既に馬を失っていたが、それでも徒歩で槍を振るい続けシュタット隊の猛者達と共に戦い未だ健在だった。
「君は?」
「如月由梨と申します。御覚悟を」
「バタリオンの死神か‥‥ここで刈られる訳にはいかないね」
サキモリィが太刀を抜き放ち槍兵達が立ちはだかる。しかしシュタット隊の剛剣使い達は竜巻の如くに大剣を振るってそれを蹴散らし、突撃した由梨が閃光の如くに槍を振り抜いた。
サキモリィは太刀でそれを受け止めんとしたが、彼の武才は一般兵にも及ばなく、また彼の周囲に武聖を止められる程の者はいなかった。
遠心力で加速された由梨の穂先が唸りをあげて飛び、サキモリィの太刀を叩き割って抜け吹っ飛ばした。太刀打ち、出来ぬ。男の首は鮮血と共に高々と宙に舞い上がった。
南方の総大将は討ちとられた。
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『サキモリィ、討たれる!』
その報は瞬く間に全軍へと広まった。
「嘘です! 敵の虚報だ! 惑わされてはならない!」
崩壊してゆく南軍の中央、ハーモニーが叫んだ。
「大将! 最早これまでです! ここは俺たちが引き受けます‥‥大将は退いてください!」
漆黒の猟犬が主君の元へ駆けつけて言った。
「そんな事ッ!」
「アリス公が倒れた今、大将まで倒れたら誰が領民を守るのですか?!」
その言葉はハーモニーの急所であった。サキモリィが生きていれば決して退きはしなかっただろう。だが彼は死んだ。ここでハーモニーが死んで故郷はどうなるだろう? 今の帝国に心ある者などそう多くは無い。少女は俯いた。
調和騎士団が撤退してゆく。
「行くぞ野郎どもッ! ここで男を見せなきゃ‥‥立つ瀬がねぇんだよ!!」
黒鎧の兵達は隊長の言葉に同意の声をあげた。未だ百と数十健在であった黒兵達であったが、追撃に迫る敵軍と比すると絶望的なまでに少ない。それでも黒騎士達は津波の如き敵兵の群れへと剣を翳して突撃してゆく。
「ドッグ君‥‥!」
ハーモニーは振り返り、呟いた。
その日、南方最強として知られたラブラート隊は一兵残らずボクヤバーンの野に消えた。
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アッキーエ軍は殿を務めて全滅、ムラカーミ公も死亡した。フェブ、ヒョーエの両軍は血路を開いて離脱、調和騎士団も大きく討ち減らされながらも撤退を成功させた。アサヒ軍もまた一騎も損なう事なく撤退を成功させる。
ボクヤバーンの決戦はウィンターガルド王国の勝利で終わった。
その後、覇王が大陸を統一すると思われたが、ルウェリンは傭兵イレイズから受けた傷が元で三日三晩、生死の境をさまよった後に死亡した。弱冠十七歳で登場し瞬く間に北の異民族を制圧した男は、登場と同様に瞬く間にこの世から消えていった。
異民族の王ゼンウーは独立を宣言、覇王が消えた後のスノードニアを併呑して力を増し、ハイランドやサカッキー侯領と激しい戦いを繰り広げる事となる。帝国内の諸侯達も再び争いを始めた。
そんな中、今回の戦で武を示したアサヒは発言力を増し辺境伯等と共に中央の老人達を排斥を皇室に嘆願する。
皇女リンカはそれを容れ断行せんとし、老人達によって毒殺されかけて皇都を脱出、東北へと落ち延びていった。中央ではさらに幼き皇帝が新たに据えられ、東北ではアサヒやフェブ等皇女派が連合し勢力を築いた。
マゼスギタ大陸は、また次の段階の戦乱へと突入してゆくのであった‥‥