●リプレイ本文
「‥‥九州温泉愛好会会長・相良裕子ですか。これなら、安い金額でキメラを退治できますね」
張り紙を見て一人の少年が感心したように呟いた。
(「考えたのは相良さんかな?」)
今回の旅行で是非、話したいものだ、などとソウマ(
gc0505)は思ったのだった。
●
夏の某日、温泉愛好会の呼びかけで総勢二十六名の傭兵達が集結した。
「本日はお忙しい中、お集まり頂き有難うございます、なんだよ」
会長の相良裕子がぺこりと一礼して挨拶した。
「独立傭兵のヘイルだ。以後よろしく」
ヘイル(
gc4085)はそう名乗った。こういった旅行は初めてらしい。楽しんでゆきたい所である。
「けひゃひゃ、我が輩がドクター・ウェストだ〜」
と名乗ったのはドクター・ウェスト(
ga0241)。私設研究グループウェスト研究所の所長である。なんでもFFの分析・無効化を研究中であるそうだ。
傭兵達はそれぞれ顔見知りの者と挨拶したり初対面の者に自己紹介したりしなかったりする。
「やほーヒロちゃん、お久しぶり〜♪」
葵 コハル(
ga3897)が片手を振って言った。
「あ、コハルちゃんお久しぶりなんだよ」
破顔して相良が言った。
「元気――じゃないから湯治に来たんだよね‥‥」
たははと女は頬を掻く。
「うん、でも、前回程ではないのです。大丈夫だよ」
そんな事を言いつつ相良。
「キメラ退治って聞いたんだけど‥‥温泉?」
ラシード・アル・ラハル(
ga6190)は通知内容にかくりと首を傾げている。友人達も参加しているようだし、まぁちょっと休憩するのも悪く無いが。
(「にしても‥‥なんでこんなに女の人ばっかりなの?」)
少年は周囲を見回して呟く。ざっと数えて男はラシード含めて九人だから十七人が女となる。なるほど、言われてみると確かに女性比率が高めかもしれない。華やかな旅になりそうである。
「この間の依頼では機体が大破する惨事に遭いましたし、骨休めに温泉というのも良いですね〜」
乾 幸香(
ga8460)が言った。これだけの傭兵が居るなら、キメラ退治の方はすぐ済みそうだし、温泉を十分に楽しめそうだ、と思う。
「うーん、たまにはこんなんもええなぁ」
キメラを退治して温泉旅行を満喫しよう計画に対しクレイフェル(
ga0435)がそんな事を呟いている。
「クレイさんもお久しぶりなんだよ」
「おう、お久しぶりやな相良! またこういう機会があって嬉しいわ」
「うん、今回は大分じゃなくて佐賀の武雄なんだけど、そこも良いお湯が出てるんだって」
そんな事を集合した一同はわいわいと話している。
「はわ、温泉っ! 楽しみだねっ」
参加者の一人、クラウディア・マリウス(
ga6559)が言った。大好きな親友のアグちゃんと一緒に息抜きの為に参加したらしい。
それに、こくりと頷いてアグちゃん事、アグレアーブル(
ga0095)。常通り口数少なく表情に変化も少ないが、常と違い何処となく、ぐうたらで俺様感が加味されている。オフモード故との事。
赤毛の娘はキメラの特徴が記された紙片にさっと目を通し、
「‥‥地デ○カ」
ぼそっと呟いた。いいえ、それは他人(?)の空似です。
「はわ? アグちゃん、何か言った?」
かくりと小首を傾げてクラウディア。深く尋ねてはいけません。
「休み‥‥どれだけ取っていなかったでしょうか」
如月・由梨(
ga1805)は記憶を探るように思案しつつ呟いている。この温泉で日ごろの疲れを取りたい所だ。温泉で気分も洗われれば良いのだけど、と女は思う。
「今まで走り続けてきた気がするから、この機会にゆっくりしたいかな」
というのは如月 芹佳(
gc0928)だ。
「温泉、初めて、どんなのだろう、気持ちいいのかな?」
ロシア生まれフィンランド育ちのイリーナ・アベリツェフ(
gb5842)は温泉なるものにまだ入った事はないらしい。未知の存在に疑問が渦巻く。
「入れば解るさ」
と言う事で高速艇に乗り込み日本国佐賀県武雄市へと降り立った一行は、旅館でチェックを済ませると早速キメラ退治の為に山へと向かった。
「とりあえず、まずはキメラ退治、ですか‥‥」
強い日差し差す山道を歩きつつ朧 幸乃(
ga3078)は手でひさしを作って空見上げる。
「さくっとキメラはやっつけちゃって、ゆっくり温泉を楽しむのだっ☆」
隣を歩くユウ・ターナー(
gc2715)がはしゃいでいる。
「温泉、楽しみですわね♪」
と笑っているのはミリハナク(
gc4008)だ。
澄み渡るセルリアンブルー、空に太陽が輝き、山の木々は緑色に瑞々しい葉をつけている。季節は夏だ。
「鹿狩か‥‥さっさと終わらせてのんびりしようゼ」
煙草を吹かしつつ英日ハーフのベーシスト、ヤナギ・エリューナク(
gb5107)が今回の旅の相棒に言う。
「そだねー、ぱっと、でも確りキメラ退治して、温泉満喫しようっ!」
と頷ずく青年は鈴木悠司(
gc1251)。ビーフジャーキーとビールがあれば幸せな実年齢25歳である。大分若く見える男だ。
二十六人ともなれば結構な大所帯である。傭兵達は列をつくって山道を歩いている。
「――元々は医者先生の発案なんですか?」
「うん、昔から温泉で釣って人に仕事をやらせる人なんだよ」
ソウマの問いに相良がそんな事を答えている。
「またお医者さんにかかってたの? そんなんなのに、いっつも最前線とか危ないトコロで活動してー」
葵が相良に言っている。
「‥‥こればっかりは、うう、心配かけて御免ね」
そんなこんなを話しつつ葵は前回のように相良には休むように提案してみる。
緑髪の少女は少し考えると、
「有難う‥‥うーん‥‥でも、戦わなきゃ。大丈夫。一応相良、エースなんだよ」
などと笑って弓を構える振りをしてみせた。
「シカ鍋‥‥」
そんな中、不意にぽつりと井筒 珠美(
ga0090)が呟いた。
「え、珠美ちゃん何か言った、かな?」
「‥‥いや」
すっと女はサングラスの位置を整える。
(「シカ型なだけで、肉が料理に使えない部類のキメラっぽいのが残念でならない」)
遠くを見て胸中で呟く。いけそうなら食べたかったようだ。
「とりあえず、狩猟シーズンによく見られる事件のような事にならないように誤射にだけは気を付けようか」
「うん、了解なんだよ」
山深くに入って幾つかの班に別れて散開、探索する事しばし、それぞれの傭兵は鹿キメラを発見した。
「‥‥今回のキメラはツキがありませんね」
ソウマが南無、と合掌した。どう見ても過剰戦力。
「星よ、力を‥‥」
クラウディアは胸のペンダントに触れつつ祈るように呟き覚醒。
「‥‥へし折ってやるわ」
現れたそれに対し、チャキと爪を構えてアグレアーブル。鹿キメラのなよなよしさにイラッと来たらしい。
「私の温泉のために、さっさとやられて下さいね」
クレイフェルはハリセン『なんでやねん』を構え疾風の如くに突撃し、飛んでくるプロトン砲をかわしざまはたき倒す。何を間違ったかSES搭載なのでFFを突き破るのもばっちりだ。
「温泉を満喫する為にも早く倒されて下さいね」
乾もまた両刃の直刀を振るってサクサクと鹿キメラを斬り倒し、ヤナギと鈴木のコンビも迅雷と縮地でそれぞれ詰めダブル円閃を叩き込んで打ち倒す。
「鹿さん、ごめんね! 温泉が待ってるんだ☆」
ユウはパパパパと超特大のヴァルハラSMGで弾幕を張り鹿キメラの足元を薙ぐ。芹佳が迅雷で突っ込み蛍火を翳し目にも止まらぬ速度で十字に切り裂き、次いでクロスに剣閃を走らせた。血飛沫を噴出させる鹿キメラの前で太刀を鞘に納めるとトドメに刹那で居合い抜く。
「これが私の全て!」
キメラがぱたりと倒れる。撃破。
トリシア・トールズソン(
gb4346)もまた身を低くして迅雷で接近し弧を描く短剣でクロスに切り裂き。機械剣で追撃の一閃を繰り出す。
「あんた達もバグアに改造された被害者だよね。ゆっくりお休み」
赤崎羽矢子(
gb2140)は高機動を活かしてキメラの一匹の先に回り込むとすれ違いざまに細身の剣を一閃させた。
「この程度とは‥‥あっけないですね」
さっくりと竜斬斧で鹿キメラの一匹を叩き潰した由梨が何処か物足りなさそうに呟いた。全班、遭遇した鹿キメラを退治し終えたようである。
「‥‥あ、返り血」
己の頬に手をやってぽつりと一言。
(「‥‥まぁ、温泉もすぐですし。このままで構いませんか」)
軽く拭うと女は再び捜査に戻る。
一行は日が落ちる頃まで、山をパトロールし、キメラの撲滅が完了した事を確認すると再び集合し下山する事にした。
「自重しろ、ドクター」
中腹に集合した時、何やら包みを広げているウェストにヘイルが言っていた。
「プロトンビームを発射していただろう〜。一体どんな仕組みか調べてみたいね〜。生体的なものならFF発生の原理解明の糸口になるではないか〜」
とドクター・ウェスト。曰く、鹿キメラの骸を持ちかえって研究したいらしい。旅館の庭で解体したいとの事。
「ドクター、ドクター」
相良が言った。調べてみたい気持ちは解るけど、営業妨害になるから持ちこみは駄目なんだよ、という事で骸を持ってゆく事にはストップがかかった。客商売する所にキメラの死骸はきつい。旅館の客は傭兵だけではないからだ。適当に保管しておく場所もなし、鹿キメラ達は放置してゆく事にする。
「む〜、せめて、プロトンビームの発射機構は調べたかったのだが〜‥‥この金属筒かね〜?」
鹿の口を開かせると咥内の奥に小さい筒が見えた。いかにもそこから出てきそうである。ちなみにFFの強度は相良曰く、弱じゃないかな? との事、明滅する時の赤色濃度がそれっぽいらしい。細胞サンプルとして適当な肉片を試験管の中に入れて蓋しておく。
「攻撃方法はプロトン砲、爪牙、身長は平均2m程度‥‥」
とりあえずウェストはメモを取っておく。
そんなこんなをやりつつ集合した一行は下山し旅館へと向かったのだった。
●旅館にて
宵の刻、宿に辿りついた一行はそれぞれ男女の大部屋や個室に荷物を置くと休息を取った。
「よく考えたら、私って露店風呂に入るの初めてかも‥‥」
部屋でふと芹佳が言った。
「楽しみではあるんだけど、混浴はかなり恥ずかしいね」
「え、混浴なのっ?!」
その言葉に橘川 海(
gb4179)が反応した。みるみるうちに赤くなり、涙目になってわたわたし始める。どうやら聞いてなかったらしい。
「悠季、知ってたの?」
「え? ええ」
百地・悠季(
ga8270)が問われて頷く。今回の旅は彼女が誘ったらしい。説明しなかったかしらなどと思いつつ、
「なんか借してっ‥‥!」
海、準備してなかったらしい。
「‥‥湯裳着で良いかしら?」
他方、
「えへへ‥‥幸乃おねーちゃんと一緒、嬉しいな♪」
ユウは朧と手を繋いでもらってそれを振りつつ更衣室へ向かう。
早速温泉に入ろうとする者は多いらしくぱらぱらと廊下にはちらほらと傭兵達の姿が見られている。
「ああ、相良さん。先日の奪還作戦ではお世話になりました」
廊下で相良にばったりと会った叢雲(
ga2494)はそう声をかける。
「あ、こちらこそ、なんだよ。上手くいって良かった」
ぺこりと一礼して笑顔を見せて相良。
「そちらは不知火さんかな?」
と叢雲の傍に立つ不知火真琴(
ga7201)へと視線をやる。
「はい、お久しぶりです」
「お久しぶり、谷の戦いの時はお世話になりまして、なんだよ」
そんなこんなをしばし話しつつ更衣室の前まで来ると、
「では、またご一緒する機会があればよろしくお願いします」
と会釈してそれぞれ男女へ別れて入って行った。
●いざ温泉
宵の刻、蒼闇に大潮の月が昇り初め、柔らかい光と湯煙が支配する領域、露天風呂である。二十六名の御一行を案内しただけあって岩で作られた浴場はかなりの広さだ。
「‥‥あ?」
クラウディアを背後にスクリーンとなり、しっかりとタオルを巻いたアグレアーブルが仁王立ちでガンを飛ばしている。混浴。赤毛の娘は『私の』クラウを男共に見せるつもりは無い、との所存のようだ。
「ア、アグちゃん‥‥み、皆、吃驚してるよ?」
その背後、ちょっと慌てて自身のタオルを引き寄せつつ同じくタオル姿のクラウディア。言ってる自分も吃驚してる所である。
(「鬼神だ‥‥鬼神が御降臨なされている‥‥!」)
叢雲はそのオーラを見て頬を一つ掻くと、領域を避けて湯船へと向かった。触らぬ神に祟りなし。多くの男性陣もそれに習って洗い場へと向かう。
叢雲はさっと身体を流すと岩で作られた浴槽へと身を沈めた。手足を伸ばし、闇に溶けゆこうとしている彼方の景色を眺める。湯は源泉のままあまり足されていないのか少し熱めだがなかなか良い塩梅だ。
「んー‥‥一献欲しくなりますねぇ」
やはり、こうやって温泉に浸かると自分が日本人なんだなと思う所である。そんなようにのんびりとやっていると不意に名を呼ばれた。振り向くと、タオル姿の不知火が手を振ってこちらへと駆けて来る。
「叢雲ー」
凄く良い笑顔だ。しかし、何故浴場で走るか、と思う叢雲である。
「ちょ、真琴さん。走るのは‥‥!」
「え? ――ぎゃわ!」
叢雲の視界に足を滑らせた不知火がアップで迫って来て、視界が塗りつぶされる。
衝撃。
(「この柔らかい感触は‥‥」)
いや、考えたら駄目だ、と思う叢雲。とても良い香りがします。お約束だ。
「‥‥若いっていいなぁ」
井筒は転倒した不知火が叢雲の頭を胸の中にホールドしている光景を見やると、ふっと笑ってそんな呟きを洩らしたのだった。達観しているのか黄昏ているのかは判断の別れる所である。
●
「お邪魔、します」
女性が多くてビビってるのでラシード・アル・ラハルは浴槽に入るとよく知ってる叢雲の傍にずりずり接近してゆく。
「‥‥どう‥‥したの?」
お互いに顔を赤くして実にびみょーな距離を空けている叢雲と不知火の様子を見て少年は首を傾げた。
「なななな、なんでもないですよっ?」
不知火が涙目で言う。
「‥‥そう?」
実の所、ラシード少年、先のハプニングも目撃していたのだが、既にカップルだと思っているので、何故慌ててるのか不思議なのだ。
「ガールフレンド、ですか?」
すいっと湯船を渡って鬼神様が所属小隊隊長の元へやってきて言った。この人も、人に対し執着することがあるのだな、などと思う。
「えぇと、それは――」
微笑を張りつけて叢雲。実際の所どうなのか。
他方、
「海ちゃんー」
クラウディアは友人の橘川を発見し、きゃっきゃと手を振ってそちらへと向かう。
「あ、クラウちゃん」
手を振り返して橘川。傷はタオルで隠して湯裳着を着ているのなら外からは普通は透視能力が無いと見えないが、偶々はだけていたので今回は見えたらしい。
「はわ、海ちゃん‥‥どうしたの?」
腹部の傷をみやって吃驚したようにクラウディアが言う。
「この傷は高円寺さんとの絆。えへ、消そうとしても消せません」
橘川はそんな事を言った。彼女に相談せずに逝ってしまった友人。だから、橘川はもっと頼れる子になって、もう友達を一人で行かせない、そう決めたんだそうな。そんな事をあれこれ話しつつ恋話などにも華を咲かせる。
「やはり、温泉は落ち着きますね〜」
一方、タオル姿の乾は温泉にどっぷりつかって湯加減を堪能している。
「そうだね〜、疲れが溶けてゆくんだよ〜」
良い具合にずぶずぶになりつつ相良。葵も湯に浸かって溶けている。井筒は湯の中で体を伸ばしたり肩や腕を揉みほぐしたりしている。こってるのだろうか。
また、乾はせっかくなので女性陣の身体も堪能しておく事にした。別段YURIの毛がある訳でないが、綺麗なモノは堪能しておきたいらしい。
大泰司もまた湯船に盆を浮かべ佐賀産の日本酒を持ちこんで一杯やっている。浮かべる笑顔はニコニコと実に人畜無害そうである。あるのだが。
「‥‥なんだか、獣の気配を感じるんだよ?」
直感鋭い相良裕子が半眼で言った。
「はははは、またまた、そんな事ないよ」
くぃっと猪口をあおりつつ大泰司。その笑顔にやらしさ・やましさは微塵も見えない。「俺は羊なんだよ、ちょう安全だよ!」と高らかに謳いあげている。大泰司慈海、齢四十を数えるオトナの男である。女人の肌の一つや二つ見た所で動じはしない。それが好きか嫌いかというとまた話は別だが、フェミニストということになってるのでセクハラはしない。ただ穏やかな瞳で眺めて心の中で色々と楽しむのみ――そこの紳士、何やっとるんだ。
「‥‥確かに、相良には感じないんだよ」
大泰司、ロリコンではないので二十代が好みである。惜しむらくは参加者ほとんど外見年齢十代な点であった。
その比較的少ない二十歳程度に見える由梨は湯船の中、憂いを帯びた表情で景色を眺めている。何か悩みを抱えてもやもやもしているらしい。
「は〜極楽だな!」
水着姿のヤナギも清酒を持ちこんだらしい。盆を浮かべてくぃっと一杯やっている。火照った身体に辛口の酒が喉を潤し五臓六腑に染みわたってゆく。
「生きてるー! って感じだよねぇ」
くーっと、鈴木もヤナギと共に酒を持ちこんで呑んでいる。なんというかこの男達、軽く酒盛り状態だ。月と宵闇の景色を肴に一杯。
「ビールも持ちこめば良かったかな?」
「‥‥湯船でそれは、どうなんだ?」
そんな事を言い合っている。
他方、ウェストは箸以外の日本の作法にはある程度慣れているらしくタオルを巻いて恙無く入浴して温泉を味わっている。
イリーナは初めタオルを巻いて入ろうとしたが、恥ずかしいので結局水着で入浴する事にしたらしい。やや熱めの湯船の中ですらっとした手足を伸ばしている。
「なぁ、能力者に美人が多いのって何でだ?」
ヘイルは女性陣の華やかな様子に赤面しつつ夜空を見上げている。良い月だ。
「はぁ〜、蕩けるようですわ」
ミリハナクはタオルを巻いて入浴中。普段は喜怒哀楽の楽しか動いていなく羞恥心がないので裸を見られても問題ないらしいが、集団行動で皆の真似をして隠すようにしているらしい。
ユウ・ターナーははしゃいでも平気、という理由で水着を着用中。すいっと湯船の中を進んでミリハナクに近寄ると指を組み合わせ、隙間で筒を作る。ターゲット・インサイト、ロックオン。対象は油断している。仕掛けるなら今だ。
「えいっ!」
裂帛(?)の気合いと共に手を締めてファイア。圧力の差で吸い上げられた湯が押し出されて飛び、狙い違わずミリハナクに命中する。一回ヒット、直撃だ。
「あっ‥‥やりましたわねっ?」
うふふと笑うとミリハナクも指鉄砲でお湯を撃ち返す。
「きゃー! ミリハおねーちゃん、やったなァ? ユウも負けないよっ」
きゃっきゃと二人は湯遊びに興ずる。
(「賑やかな事です‥‥」)
朧は少し離れた位置でのんびりとそれを眺めている。ちょっと鉄砲を作ってみる。交じろうか交じるまいか考える――柄ではなさそうだ、などと思っていたら、こちらにも飛んで来た。見れば二人が笑ってる。誘われているらしい。
「良いでしょう‥‥」
ぱぱっと撃ち返すと「きゃー」と笑いながらユウが手を翳している。子供は元気である。自分にもああいう頃はあったろうか? 一緒にはしゃぐのは大変そうだが、まぁ、ついていける所までは付き合う事にした。
「あ。えっと、その‥‥こないだは、お疲れ様っ」
相良と遭遇したラシードはあわあわしている。
「うん、ラシード君もお疲れさまなんだよ。景気はどうですか?」
「ぼ‥‥ぼちぼち? ‥‥それじゃ!」
少年は脱兎の如く彼方へ去ってしまった。
「‥‥なにゆえ?」
かくりと首を傾げている相良であった。きっとトイレあたりに行きたかったのだろうと判断する。
「‥‥ちょっとのぼせちゃったかも。先にあがるねっ?」
話に華を咲かせていた橘川だが、途中で物思いに耽り、ぶくぶくと沈んでいた。一旦あがる事にする。
やがて、他の入浴していた傭兵達も大半が満足したらしく浴場から上がっていった。
●
人の影もまばらになりつつある露天風呂、ユウは遊び疲れたのか先にあがり、それに合わせて朧も上がった。
ミリハナクは残っている相良裕子に近づくとおもむろに頭を撫でてみた。緑髪の少女は吃驚したように眼をぱちくりさせて見上げている。
「温泉は楽しい?」
「えぇと‥‥うん、とっても相良は楽しいんだよ」
笑って少女は答えた。
「戦争は楽しい?」
ミリハナクは問いを重ねる。
「‥‥戦争?」
「そう、戦争」
女は頷く。
「‥‥開幕オーヴァーハンドライトからリバーブローが飛んで来たんだよ」
相良は言いつつぶくぶくと湯船に顔の下半分を沈める。
「‥‥なんでそんな事、聞くのかな?」
「能力者について勉強中していたのだけど、貴方の激戦地ばかりに参加する経歴が目について、興味を覚えたの」
資料に載っている物だけが、参加した戦ではない。だが概ねその傾向は掴める。
ミリハナクはゆったりと湯につかりつつ背を縁石に預けて空を見上げた。星の瀑布が広がる黒い天に大潮の大きな月が蒼白く輝いている。
やや経ってから、相良裕子は少しのぼせたように眼を半分にしつつ、ぽつぽつと呟き始めた。
「戦争‥‥皆と戦列を並べたりする時は‥‥少し心が暖かくなるかな‥‥でも、総合的には嫌いだよ。敵も、味方も、護るべきものも、想いも、未来も、祈りも、叫びも、何も、かもが、一瞬で消えるから」
完膚無きまでに大敗北した戦いも経験しているのだろう、そんな事を言った。
「そう‥‥」
女は呟いた。
「ミリハナクさんは?」
「私は‥‥今が楽しくて仕方ないの。私が戦えば誰かが助かる。この自己満足を抱えて戦えることはとても楽しいの」
「‥‥その気持ちは少し、解るんだよ。助けられると嬉しい。でも相良は‥‥やっぱり戦争は嫌だよ、怖い」
中学生の頃よりエースと呼ばれるようになった少女はそう言った。
戦中、ふと隣を見たらさっきまで共に戦列を並べていた者がバラバラになって倒れている。周囲を見回せばいつのまにか皆、血河に沈んでいて、自分一人だけが立っている。そんな経験がトラウマらしい。
「でも‥‥相良が戦わないと、誰かが死ぬよ。それは、もっと怖いよ。だから、戦う」
「そう‥‥‥‥」
呟いてミリハナク。月から少女へと視線を戻して言う。
「貴方と私とでは違う人間だけれど戦友には、なれると思うの。どこかの戦場で一緒になれたら宜しくね」
「うん、その時は、よろしくなんだよ。多分きっとなれると思う」
相良裕子は笑顔を見せてそんな事を言ったのだった。
他方、橘川が人が減ったのを見てまた入りに来た。百地、赤埼、トリシアの三人もそろそろ入るかと一緒である。
「あ゛あ゛〜。疲れが取れるねー」
トリシア・トールズソンは一足先にまったりと湯に浸かりつつそんな事を言っている。
視線を橘川へとやる。前に温泉に来た時とは違い微妙に様子が違うような気がする。
(「元気が無い感じ‥‥どうしたんだろう?」)
少し心配になる。
互いに身体を洗い合っていればそれは目につくだろうか、
「えへ、疵、残っちゃった」
気にしてないよー、という風に橘川は笑って言う。腹部の傷が元で子どもが産めない身体になってしまったようだ。
赤埼、事態を察してショックである。熱めのお湯が出る湧き出し口近くでだぼだぼとお湯を受ける。熱い筈だが、あまり熱くない気がした。
●
「よし。コーヒー牛乳飲もうっ」
風呂から出たトリシアが浴衣に袖通し笑顔を作って言っている。休暇は楽しいのが一番である。率先して楽しい雰囲気作ろうと努めている。
「っぷはー! サイコー!!」
ロビーでは既に浴衣に着替えた鈴木が風呂上がりのビールに歓喜の声をあげていたりした。
「ぷはあ! この為に生きとるっちゅーても過言やないな」
クレイフェルもまた浴衣姿で腰に手を当てて珈琲牛乳を一気飲みして歓声をあげている。
「そうそう、この一杯の為に生きてるって感じ! 幸せー!!」と鈴木。
「まったくだ」
ヤナギもまた珈琲牛乳を一気飲みして言った。美味い。クレイフェルははぐはぐと温泉饅頭も頬張っている。
「浴衣、似合いますね」
「お、そう? 有難さんー」
アグレアーブルの賛辞に笑顔でそんな言葉を返すクレイフェル。
「ブルーファントムの相良裕子! 勝負だ!」
浴衣姿の赤埼がラケットをビシッと向けて言った。なんだか身体を動かしたい気分の模様。
「‥‥お望みとあらば受けてたちまする」
珈琲牛乳を飲んでいた少女はかくりと一つ首を傾げたが、赤埼の目を見て頷いた。
両者はラケットを手に卓球台前に移動するとピンポンと打ち始めた。赤埼、がむしゃらに全力でスピードとパワーで押し切るスタイルで勝負に挑む。勢いが物をいったのか、接戦の末に剛速球が唸り赤埼がゲームを奪取した。
「お。噂のブルーファントムの核弾頭じゃねェか‥‥楽しんでるか?」
ヤナギはマッサージチェアの振動に揺られつつ、白熱していた台に目を向けていたが、その人物に気付くと向かって言った。
「うん、楽しんでるんだよ」
「そりゃ良かった。俺も身体動かしたくなってきたな。なぁ悠司、俺達もホッケーでもやろうぜ!」
「お、いいね! これちょっとやっていこうよって誘おうとしてた所だよ!」
と答えて鈴木。男達はコインを入れるとカカカッとエアホッケーを開始する。
「隙ありっ! 必勝必殺ー!!」「うっわ、悠司、本気で今やっただろ?!」「ふふふ、ガチ対決さ! 甘く見られちゃ困るよっ!」「負けねェ‥‥絶対ェ負けねェ‥‥!」「ぎゃあー! ヤナギさん今の何ー!? 凄いよー!!」
楽しそうで実に良い事だ。
「そこの少年。あれで勝負しないか」
ヘイルが卓球台を指しソウマに言う。
「その挑戦受けて立ちます。僕を甘く見たことを、その身をもって後悔して下さい」
そんな事を言っていると他にも卓球をやりたい者がいるらしくぱらぱらと人が集まって来て、大会を開く事となった。
芹佳は傭兵達がロビーに集中してきたのを見て露天風呂に入りにいく。しかしミリハナクが入り浸りモードに入っているので多分、遭遇する事になるだろう。
「日本では温泉と卓球、セットなんだね」
ラシードが相良に言った。
「うん、ラシード君‥‥飲食店の符丁って偶に面白いよね」
「‥‥そう‥‥なのかな?」なんで飲食店、と思いつつも誘ってみる「裕子もどう?」
「うん、さっきは赤埼さんに負けちゃったから、今度は勝ってみたいんだよ」
「ふ‥‥決勝で待つよ!」
赤崎羽矢子、なんだか男前である。
「若いモンにはまだまだ負けへんからな!」
クレイフェルも参戦のようである。
「トーナメント制なんだね」
ヘイル一人のしきりでは大変だろうとラシードは紙を買って来て適当な場所に張る。きゅきゅきゅとマジックで表を作った。なおシードにはさきほど相良に勝ったので赤埼が入る事になった。
「湯上りの浴衣姿の女の子って色っぽいよね」
大泰司はそんな事を言いつつ観戦の構えで日本酒片手に「日本人に生まれて良かった!!」的な感動を噛みしめている。
そんなこんなで第一回戦、
「たかが、卓球勝負で熱くなるほど子供ではありません」
「かなり熱くなっているように見えるが」
ソウマVSヘイル。ソウマは論理的思考で敵を分析し、持ち前の運で勝負を勝ちにゆく。
「うぉ?!」
スコアは競っていたがマッチポイントでソウマから放たれた奇怪なカーブを描くドライブを受け切れずヘイルの敗北。
「僕にとって、運は立派な実力なんですよ」
ソウマ少年、不敵に笑う。
「むぅ‥‥初めてならこんなものか。次は負けん」
嘆息してヘイル。
第二回戦、井筒VSイリーナ、井筒、イリーナの打球に対しネット際や台のライン際等のきわどい、相手の撃ち返し難そう所を狙って打つ。そして狙い過ぎて外れて自滅した。
「‥‥運動の後には牛乳だ」
井筒、腰に手を当てて牛乳を自棄呑み一気している。
第三回戦、
「温泉で卓球と言えば、浴衣姿が定番ですよね〜」
「そやな〜」
乾VSクレイフェル。乾、傭兵になる前は運動とは縁がない生活をしていた為、覚醒しなければその辺の文系の大学生かOL程度の腕前に過ぎないらしい。ピンポンとのんびりと打ちあいつつやがて温泉卓球経験者のクレイフェルが勝利した。
第四回戦、
「こういうのは、負けないからねっ」
「お手柔らかにお願いするのです」
ラシードVS相良。ラシード、相手が浴衣姿なのを失念していたらしい。微妙に集中力を欠いて敗北。
第五回戦、ソウマVSイリーナは地力の差が響いてソウマの勝利。第六回戦、クレイフェルVS相良、俊敏さを活かし地味だが確実に球を拾ってクレイフェルの勝利。以前に永遠打ち合って癖をある程度知っていたのが勝因だろう。
準決勝、ソウマVSクレイフェル、
「これ勝てば決勝‥‥! くらえ! 稲妻スマッ‥‥あっ!」
欲が出ると失敗するらしい。稲妻スマッシュが無情にもネットにひっかかりクレイフェル敗北、ソウマの勝利。
「‥‥クレイさん、二年以上前にもおんなじパターンで負けてた気がするんだよ」
相良に勝ったのにー、とぶーぶーと少女が言っている。
「ああ、いやぁ、面目ないわ」
苦笑して頭を掻くしかない所である。
決勝、
「今夜のあたしは止められないよ‥‥!」
「僕を甘く見てはいけませんよ」
シード赤埼VSソウマ、赤埼、体力器用敏捷三種において参加者中一位二位一位は伊達じゃない。ソウマ、真っ向からのドライヴを受け止めても明後日の方向へと球が吹っ飛んでゆく。気合いの差か。期待値の力は侮れないのか。
「‥‥どうやら、今回のキメラと同じように僕もツキがなかったようですね」
月を仰いで肩を竦める。勝者、赤埼羽矢子。ぱちぱちと拍手と共に主催者から賞品が授与される。
「存外に楽しませて貰った。謝礼だよ。受け取ってくれ」
言ってヘイルはコサージュを赤埼の頭部につけた。薔薇造花の髪飾りであった。
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卓球大会の進行の傍ら、大分夜も更けた頃に芹佳は湯船に浸かっていた。満天の星空を見上げながら、歌を唄う。
由梨は部屋に戻ると、艶やかになった髪を梳き、香水をつけ、化粧をした。
「‥‥化粧も。ずいぶんとご無沙汰でしたか。戦場だとあまり気にしませんし‥‥はぁ、嫌になりそうですね」
鏡の中の己を見る。温泉によって疲れは取れたが、心にはもやが残っている気がした。
ユウは宿の物珍しさにきゃっきゃとはしゃいで走っている。ドカンと人に激突する。
「あや、大丈夫かい?」
「あう、前見てなかった‥‥御免なさいなの」
差しだしてきた鈴木の手を借りながら童女は立ち上がる。
「気をつけなよー、廊下はぶつからずに走る事ー」
「はーい」
何かが違うような気もする注意に元気よく返事をかえしながらまたとてててとユウは駆けてゆく。
「少年。今度は他ので勝負だ」
「良いですよ、受けて立ちましょう」
ヘイルとソウマは今度はダーツで勝負を始めたようだ。何故かたわしの文字が入っている盤にダートを投げてゆく。
イリーナは卓球大会を終えた後、牛乳を一つ飲んでから、パーカーを羽織って外へと出た。夜の街を散歩する。気温が下がった大地の風は涼やかだ。星を眺めながら故郷を思う。あの場所は、戻れない。育ったフィンランドの大地を想う。彼の国は、あちらだろうか。
「女の子じゃなくなった私は、人を好きになっちゃ、ダメなんですか?」
旅館の片隅、橘川が呟いている。
「告白するのも、諦めるのも、海が自分の気持ちに正直になって決めたらいい」
赤埼羽矢子はそう言って暗に背中を押した。本当の答えを出すのは、自分自身でしか出来ないことだ、と思う。
――後悔のない選択なんて無いんだ。なら、やらずにする後悔より、やった後の後悔の方が少しはましな筈。その時はあたしの胸で良ければ貸すから。そんな事を思う。
橘川の頭を撫でながら思い出す。珍妙な格好を好む一人の青年を。胸の奥が少し痛んだ。
●
自分の進んでいる道は合っているのか、不安になっている。ただ前へ。ひたすら直進するだけという感覚がぬぐい去れない。人を救うと決めた自分の力に酔っている自分がいることも否定できない――覚醒したときの己こそが本性なのではないか? 戦を好む、あの性が。
「ブルー、ファントム‥‥エースの人は、どんな気持ちで戦っているのでしょうか」
由梨は宴会が始まるよと呼びに来た相良にそう問いかけた。
「どんな気持ち‥‥‥‥」
その質問に緑髪の少女はすぐには答えなかった。十秒近く沈黙した後、
「‥‥色々?」
そんな事を言った。
「一言では伝えづらい‥‥誤魔化してる訳ではないけど‥‥気持ち‥‥突き詰めれば、早く終わってくれ?」
少し婉曲的過ぎただろうか、
「‥‥敵を屠る時に何を感じますか?」
質問を重ねてみる。
「‥‥その時の状況による、かな‥‥ほっとしながら殺したんだな、未来を奪ったんだなって思って色々混ざって気持ち悪くなったり‥‥憎悪を抱いた敵ならスッとしたり‥‥死に物狂いになってるとそもそも何も感じなかったりする‥‥かな、一人殺してはい、次‥‥とか‥‥それで不意に泣けてきたりとか‥‥」
エースの娘はそう言った。
「だから、なるべく衝動に囚われないように自律する‥‥機械のように、動けるように、囚われると隙が出来るから。でも、祈る事は忘れたくない、思考を停止したら進む先を誤るから。何の為に戦うのか、自分はどうしたいのか、それだけは確認しつづけるようにしてる、かな」
自分は、どうしたいのか、どうありたいのか、それを自身に問い続けるのだと、そう言った。
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宴会が、始まった。
「乾杯ー!!!!」
黄金のビールが注がれたジョッキを片手に鈴木が音頭を取っている。景気づけに芹佳がハーモニカで陽気な曲を演奏しヘイルが歌を歌っている。
乾は料理と酒に舌鼓を打ちつつ自分だけ頂くのは勿体ない、と率先して希望者に注いで廻っている。
「お、サンキュー」
その盃を受けてヤナギ。その盃を空にすると壇上から戻って来た鈴木と差しつ差されつまた呑み始める。
「‥‥別にもう一部屋用意できるか聞いてみますね」
苦笑して叢雲は不知火に言った。頬をかいている、彼の男でも多少恥ずかしいらしい。
「え? いや、まぁ、叢雲がそうしたいなら、いいけど‥‥」
不知火、余り気にしても仕方ないし、普通にすれば良いよねっと思った矢先にこれである。意図が読めずに少ししょんぼり気味である。
(「‥‥やっぱり、何か怒らせたりとか、してたのかなぁ」)
箸を齧る、あまり料理が美味しく無い気がした。
「大丈夫? 何度も目眩がするなら、もっとちゃんとした医者に精密検査してもらったほうがいいんじゃない?」
「有難う。でも、先生はちゃらんぽらんだけど腕は良いんだよ」
主治医の事はなんだかんだで信頼しているらしい、大泰司の言葉に相良はそんな事を言った。
「若さっていうのは‥‥若いから、若いんだ!」
「‥‥た、珠美ちゃんもしかして酔うと絡み酒?」
「はれ‥‥ひょっほ、よっはらっひゃいまひた‥‥」
ふらふらとアグレアーブルにもたれかかるクラウディア。
「‥‥お酒のニオイ」
くん、と匂いを嗅いでアグレアーブル。酔っ払いクラウは可愛いなどと思う。とりあえず、手をひいて退出してゆく。
そんなこんなをやっている宴会場の一画、
「そろそろ家族増やしたいなあと思ってたの」
百地は夕食を食べながら橘川にそう言った。旅館についてから、ずっと言おうと思っていたのだが、なかなかタイミングが掴めなかった所である。
「次の大規模終わったら半休しても良い? まあ、一年近く経ったら『子供』連れての復帰だけどね」
旦那と話し合い済みの計画妊娠受胎を考えているので傭兵生活はほぼ半休になるそうだ。小隊から一時身を引く事になる。先の事を考えると今の内に通知した方が良いかなと思ったらしい。
「まあ、皆も『何れ辿る道』だから、先を行く先輩として待っているわね♪」
そう頭を撫でて言ったのだった。気づいてない振りが『救い』だろうと。
●
「真琴は? ‥‥だって、いつも一緒だから」
叢雲の姿が大部屋にあるのを見てラシードが疑問に思い問いかけた。
「一人じゃ寂しいよ、きっと」
「まぁ、ちょっと色々ありまして‥‥」
少年と男はそんな事を話している。
「今日は何だか充実してたよね。こんなに平和なの、良いよね‥‥」
「そーだな」
ヤナギと鈴木は外に出るとハープと歌で静かな曲をそっと演奏した。眠りやすくなるような曲だ。
女性部屋の方でもフルートとハーモニカの穏やかな音色が響いている。朧とユウが演奏しているらしい。
芹佳は音を聞きつつ旅館の窓から外へと降り立つ。空には夏の星座が煌めいていた。
●
翌朝。
「君が周りを護りたいのと同じ位、周りも君を護りたいのさ。それを忘れないほうが良い。きっとそれが君の力になる」
ヘイルは綺麗なキーホルダーを相良へと渡すと微笑して、
「それは今度会った時にでも返してくれ。『また』な」
そう言って去って行った。相良は一つ小首を傾げてから、一つ頷いて、
「つまる所、死ぬなって事なのかな‥‥?」
などと呟いていた。
「極楽だったゼ。有難うな!」
ヤナギはきっちり旅館の人間達に礼を言ってから去ってゆく。
かくてその旅は終わり、傭兵達は帰路についた。
また日常の中へと帰ってゆく。
了