●オープニング本文

　南の大海原に浮かぶ小島だ。
「また出たようです」
　ＵＬＴの依頼受付場、壮年のオペレーターが言った。
　太陽が燦々と輝く南海の島。太平洋には大小様々な島がある。今回依頼を出して来たのはポリネシアの小さな島にある漁村だった。
「去年は出なかったみたいなんですけどねぇ」
　なんでも船着場として使っている浜辺に大量の海栗キメラが流れついたらしい。この現象は一昨年にも起こった事なのだそうだ。
　海栗の連中は近寄ると針を飛ばして攻撃してくるとの事。それが三十匹あまり、数は三倍に増えている。近寄らなければ攻撃は加えられないが、このままでは浜が使えず猟に出られないので住民は大変困っているそうだ。
「キメラ自体は、傭兵の皆さんなら楽勝みたいですね。過去の事例からしても問題無く倒せると思います。ただ、やはり小さな村からの依頼なので報酬額が少ないんですよ」
　例によって例の如く、その為あまり引き受け手が集まらないのだという。
　その島の周辺の海は、普段は危険な生物や、ましてキメラなど出ない箇所で、故に備えもなく今回の事件に独力では対応できない。しかし逆を言えば海栗キメラさえ片付けてしまえばその浜辺は安全だ。
「蒼く蒼く透き通った海と、真っ白に輝く浜辺、だそうです」
　オペレーターは言った。
「真夜中に煌めく満天の空は、一度は見る価値があると聞きます。きっと波は静かに揺れるのでしょう」
　壮年の女性はしばしの間の後にこりと笑うと、
「キメラを倒せば後は遊び放題という訳です。海栗キメラ、美味しいらしいですよ。どうです？　この依頼、一つ引き受けてみませんか？」
　そんな事を言ったのだった。

●参加者一覧

●リプレイ本文

　青い青い大海原だ。
「わ、キレイ、すごーい！　海です、海っ」
　獅月　きら（gc1055）が言った。透明度がとても高いらしくかなり底の方まで見えた。
「わーい☆　青い空！　白い砂浜！　おっきな海！！」
　ユウ・ターナー（gc2715）もまた歓声をあげた。これはもう思い切り遊べと誘ってるようなもんだと思う所である。
「‥‥なのにキメラだなんて！　ユウ、遊ぶ為ならガンガンやっつけちゃうゾ！」
　島に降り立った一行は、その島唯一の漁村へと向かい、長と話して問題を確認した。挨拶もそこそこに船着場へと向かう。
「がんばってください〜！　若人さん〜！」
　カンタレラ（gb9927）の声援が響く中、傭兵達は来た見た勝った、さくっとキメラ退治を完了させ無事に島の平和を取り戻した。一同は村長から感謝の言葉と共に、報酬の一部である一日の浜の貸し切り件を受け取り、休憩もそこそこに準備を整え浜へと向かう。
「やっぱこれだよこれ！　白い砂！　青い海！」
　アンドレアス・ラーセン（ga6523）が輝く砂浜と海原を評してそう言った。地元の灰色の海も悪くなかったと最近では思い始めてきたが、テンションが上がるのは南国の方が数段上らしい。
「ん‥‥とても綺麗なところ‥‥」
　こく、とエレシア・ハートネス（gc3040）が頷く。
「それじゃ早速ぱーっと――と行きたいが、まずは一日楽しむ為の準備をしとこうか」
　テントとかな、アス。若者が多いので引率を買って出る事にしたようだ。
「そうですね、必要な準備は暗くなる前には終わらせておきたいです」
　頷いて不知火真琴（ga7201）。一同はまず下準備を整える事にする。
「ん‥‥テント張ってくる‥‥」
　エレシアは頷くと張 天莉（gc3344）と共にテントを張り、不知火と叢雲（ga2494）は薪を集め竈を作る。
「うっみっ♪　うっにっ♪」
　張はうきうき気分らしくテントを張りながら鼻歌を歌っている。
「温泉に続いて南国の海‥‥遊びすぎですね、私」
　薪に使う木を近くの森へ入って拾いながら笑い叢雲。不知火は叢雲と行動を共にしている。しかし態度は何時も通りだが、少しだけ距離をおいている。
（「思えば今まで、考えなく接触しすぎてた気もするし‥‥」）
　温泉の一件より不知火はそんな事を思っているようだ。他のメンバーには特に気付きもしない程度の微妙な差だが両者と親しいアスなどは気付いたらしい。
（「‥‥あいつら何時になったら進展すんだ？」）
　そんな事を思う。一時期深く関わったのもあり見ててじれったい。しかし、ぐっと堪えてそっとしておく事にする。
　やがて準備もあらかた整い、後顧の憂いを断った一同は満を持して海遊びに突入する。
　着替え用のテントの中、
「え‥‥これ着るの？！」
　カンタレラが言った。
「駄目‥‥？　そんなに派手ではないと思う‥‥」
　上目遣いでエレシアが懇願して来る。
「う」
　カンタレラ、視線に負けたらしい。
　やや経ってから着替えを終えた女性陣がテントの中から出て来る。
　エレシアは髪をポニーテールに結い上げてオレンジ色のワンピースに豊かな肢体を包んでいる。高梨　未来（gc3837）は向日葵の絵が描かれた活動的なスポーツ系のビキニ姿だ。不知火は遊泳用の水着で、獅月は水着の上からパーカーを羽織っている。ユウはAQUA製の三角ビキニ姿だ。カンタレラは麦わら帽子に黒と白のボーダー柄のタンクトップビキニに長身の肢体を通している。なかなか華やかである。
　男性陣はアスがサーフパンツにウォーターサングラスをかけていて、張が白地に黒ラインのシンプルなトランクスを穿き濃いグレーの虎柄パーカーを羽織っている。
「よーし、そんじゃビーチバレー始めっぞ。覚醒はナシな、ボール破れっから」
　アスは主審を務めるらしい、村から借りて来た高椅子の上に座ってホイッスルを首から下げそんな注意を飛ばしている。
　参加者は適当に組み分けを終えてネットを挟んで別れる。ピー、という笛の澄んだ音と共にカラフルなボールが南国の青空へと打ちあがってゆく。
「さあ、尋常に勝負です！」
　高梨はジャンプ一番、トスであげられたボールに対して宙で身を反らして反動をつけると腕を鋭く振り降ろした。普段は運動苦手だが、ボール遊びは得意らしい。カラフルなそれがブロックに跳んだ張の顔面に炸裂し、そして跳ね返って高梨の鼻面にも激突した。二人が砂浜に落下して倒れる。
「きゅう〜‥‥」
　落ちた時に打ちどころが悪かったのか高梨が早速伸びている。お約束である。
「スナイパーの意地にかけてっ！」
　第ニラウンド。一応それなりに反射神経だけはマトモなつもりと信じたい、獅月が気合いを入れて言った。ライン際を狙って跳躍、アタック。「狙った所にボールを落として見せますよ（きりっ」と気負い過ぎたせいなのか、無情にも腕は空を切り、勢い余って態勢崩して砂浜にしりもちをついた。ぽてんとボールがツインテールの頭に当たる。
「こ、こんな筈ではないのです‥‥」
　ちょっと涙目である。自陣のユウにぽんぽんと肩を叩かれて慰められている。
　第三ラウンド。
　ユウがいっくよーとバシコンとボールを飛ばし、エレシアが頑張ってとりあえず落とさないように、と上にあげる。復活した高梨が２と上げて不知火が３とアタック。張が横っ跳びにレシーブして拾い、ユウがトスし、獅月が跳躍して腕を振り降ろす。今度は命中、狙い違わずコートの隅へとボールが飛んでゆく。エレシアが砂を蹴りながら走って拾わんとする。わーわーとラリーになった。
「‥‥皆さん、若いですね」
　そんな様子を眺め副審を務めている叢雲が言った。試合を開始する前にアスと「って叢雲も審判かよ」「日差しの下で動きまわるのはこの歳になると‥‥もやしなんです、基本的に」「俺はもやしっ子じゃねぇぞ、ただその、何だ、大人だから？」「つまり、トシですか」「違うっ」などという会話を繰り広げていたりする。
　微妙にだらだら感漂う年長組を脇に若者達ははちきれんばかりのエネルギーをふりまいて跳んで打ちきゃっきゃと笑っている。
　小一時間程ビーチバレーを満喫した後は、各自ぱらぱらと分かれて行動を開始した。
　エレシアは浜に寝そべるカンタレラに日焼け止めオイルを塗ってあげている。既に塗ってあるのだが何重にもご所望との事だ。そのカンタレラは物思いに耽っているのかぼうっと水平線の彼方を眺めている。胸中をよぎるのは戦闘で重傷を負った友人の処置を適切に行わず子供を産めない身体にしてしまったこと、初めての重傷と、そのくらい強い敵と出会えた事。後悔や、愉しい戦闘の予感に、心は穏やかではない。それらを少しづつ整理してゆく。
「‥‥大丈夫？」
「大丈夫です‥‥ありがとうございます」
　微笑してカンタレラ。ちょっとは元気ださなきゃ、ですね、と思う。
　一方、だらだらしていた男達はサシとなると燃えるのか、何やら本気の雰囲気を醸し出している。
「ビーチフラッグ、いいじゃねぇか」
　アスがグラスを外して不敵に笑った。サクッと砂浜に旗がさされる。
「お手柔らかにお願いします」
　微笑を浮かべて叢雲が言った。微笑みの裏に「貴様が相手なら全力じゃあ！」的なオーラが燃えている。
　男二人の勝負の気配を感じてぱらぱらとギャラリーが集まって来た。
「叢雲さん頑張って〜」
　カンタレラが声援を飛ばしている。不知火も応援の声をあげているようだ。両者いざ尋常に砂浜に伏せる。
「思えば御前と最初に勝負したのも――」
　アスが過去を振り返り感慨を語りかけた所で笛が鳴った。二人は勢い良く跳ね上がって全力で彼方の旗へと駆けてゆく。
「っておい先にスタートすんな！」
「してませんよ！　しみじみしてるのが悪いんです！」
　熱砂を蹴りつけ、歯を喰いしばり、風を切って走る。旗がみるみるうちに近づく。己が先か、相手が先か、せっている。ヘッドスライディングの要領で弾丸の如く低空で突っ込む。アスは左腕を、叢雲は右腕を伸ばした。衝撃。
　間髪の差で叢雲の腕が旗を奪い取ってゆく。
「だぁ、畜生！」
　長身の男は身を起こし、砂浜を叩いて悔しがった。大の字に身体を投げ出す。
「俺の勝ちですね」
　息を切らしつつ叢雲。かくて敗者は罰ゲーム、という事でアスは砂風呂の刑に処せられる事になった。執行係はユウ・ターナー、
「アンドレアスおにーちゃん、ほんとに埋めちゃっていーのー？」
「何でもしてくれ‥‥」
　遠くを見つつアス。
「はーい！」
　きゃっきゃとユウはアスを埋めにかかる。隣にお城もプレゼントしておいた。空には太陽が輝いている。
　一方、張はというと基本物々交換な土地だが村長から便宜を受けて貨幣と引き換えに食材を譲ってもらっていた。
　その間に不知火とユウは海に乗り出して泳いだ。透き通った海では深くを見通せる。揺れる波間に光が反射して煌めき、そこの方では珊瑚が揺れ、カラフルな魚達が舞い踊っている。
　昼も少し回った所で一同は各自調達してきた食材を持ち寄り食事の準備を始める。各竈に薪が入れられ火が起こされ鉄板や飯盒などが乗せられる。飯盒がぐつぐつと煮えて白煙があがっていった。
　叢雲は先に倒した海栗を使った料理を作っているようだ。不知火はそれを手伝っている。二人は軍艦巻きから海栗丼まで溢れる海栗を贅沢に使った一品をこしらえている。
　獅月は包丁でさくさくとジャガイモを削って水を張った鍋に入れている。基本的な具の他に魚介やココナツミルクなどを使ってポリネシアンカレーとゆく。ユウはというと手伝いを申し出て、テーブルを立てて人数分の椅子と皿を並べてセッティングしている。
　掘り起こされたアスは鉄板前で火の番につき、エレシアは黒のワンピースにトングサンダル姿に着替えて、鉄板で魚介を焼いている。
　張は中華鍋を使って豪快かつ繊細に腕を振るっていた。塩胡椒を軽くまぶして味付けした卵炒飯にウニを野心的に放り込むと醤油を振ってささっと混ぜる。大事なのは火加減とタイミング。火を通し過ぎないように注意を払い手早く仕上げる。海栗キメラ炒飯、完成。大皿に盛り付けてゆく。
「良い匂いです〜♪」
　高梨が目を輝かせて言った。これはなかなか美味そうだ。それぞれの調理が完了した所で一同は食事に取りかかる。
「いただきます。海栗大好きです、幸せです‥‥」
　軍艦巻きを一口食べてはう、と頬に手を当てて嘆息しているのは不知火真琴、相変わらずの海栗好きであるらしい。新鮮な海栗は舌の上で溶け深い甘みを伝える。この鮮度、まさに取れたて。
「海栗キメラ食うのは二度目だな」
　同じく海栗に舌鼓を打ちつつアスが言った。海産物はなんでもいけるらしい。二人は生系の海栗を食した次にはカレーを頂いてみる。新鮮な海産のぷりとした歯ごたえにスパイスが効きミルクの味わいが深いこくを生み出している。なかなか美味い。獅月はキメラだけは食べられないので少ししょんぼり気味。鉄板焼きのバーベキューを食べてみる。新鮮な素材の味が生きていて大味だがこれも美味い。やはり鮮度が良いものは美味いものである。
「天莉くん‥‥お料理上手ですね！」
　盛られた分の海栗炒飯を完食して高梨が言った。
「あ、そうですか？　上手くいったみたいで良かったです」
　にこと笑って張。料理の腕前はそれなり、であるらしい。今回はかなり上手くいったようだ。
　そんな訳で一同は食べられる範囲の料理を一通り胃袋に入るだけ詰め込んだのだった。

●
　やがて日が傾く。
　ユウは巨大な陽が水平線に沈む赤光の中、海を眺めながらハーモニカを吹いた。故郷の童謡を一つ吹かしてみる。夕陽に鳴らす独特の調べが黄昏の波の音に混ざり響いてゆく。
　夕食を取って、周囲が闇に包まれれば花火を敢行した。踊る火の華が漆黒の夜空に熱く煌めいて抜けてゆく。酒盃やジュースを片手に炎を囲む。「ボサノヴァだって弾けんだぞ、一応」とメタルバンドのアスが言ってギターを爪弾いた。流石は元プロといった素晴らしい演奏だ。しかし男は一曲終えた所で夜空を見上げ「すげー星空‥‥あ、また一曲書けそ」と即興で作った曲を弾き始め、結局手癖のロックバラード風になってしまうのだった。
　やがて宴も御開きとなり傭兵達は各自散ってゆく。
　高梨は張を誘って夜の散歩と称した肝試しを決行した。
「夜の海はこわ〜い何かが出てくるのです！」
「へぇ」
「特にお盆の季節は海の方から手が出てきて足を掴んで引っ張るとか‥‥」
　言いつつ高梨は顔色を青くしてゆき、
「わきゃ、ふぁああっ！！」
　盛大に悲鳴をあげた。
「ど、どうしたのっ？」
　張はよろけた高梨を支えつつ問いかける。
「足、足にーっ！」
　張は屈んで目を凝らす。
「‥‥昼間の海栗キメラの残骸ですね」
　ざざーんと波の音が響いている。
　一方、
「カンタレラ‥‥一緒のテントで寝る‥‥？」
　とエレシアがカンタレラを誘って二人はテントで就寝する事にした。エレシアはカンタレラに抱きつくような形で熟睡している。やがてカンタレラもうとうとしてきて眠りについた。
「‥‥綺麗な空、です」
　他方、獅月きらは夜空を見上げていた。彼女の名前は、日本では輝く様を表す擬音語だと、今の両親が教えてくれた。澄み切った夜空と煌めく月、埋め尽くす程の星々。大自然の中にいると、一層輝いているように獅月には見えた。だから、こういう場所の仕事は好きだ。ずっと、見ていたいと思う。
（「‥‥パパ、ママ。私は‥‥元気です」）
　少女はそう満天の空を見上げながら呟いた。
「ふわぁ‥‥綺麗ですねぇ‥‥」
　少し落ちついた張と高梨も夜空を見上げていた。
「こういった環境はずっと守りたいですよね‥‥一緒に頑張ろうね♪」
「はいっ」
　張の言葉に笑顔を見せて高梨は頷いたのだった。
　それから大分、時が過ぎた夜更け、今回も星空を見たかったので不知火は叢雲を起こして天体観測へと連れ出した。
「今年も星が綺麗だねぇ」
　二人は浜辺を歩く。漆黒の空に巨大な銀月と綺羅の星達が輝いて浜を照らし夜風が吹いて潮騒が静かに響いている。
「ほら、今度は転ばないで下さいよ」
「今年は足元だって見てるから、転んだりなんてしませんよ」
　などと返して空を見ながら歩く不知火。大きな波が横殴りに足元に押し寄せて、あ、と思った瞬間にはぐらりと傾く。咄嗟に腕を伸ばして叢雲を掴むも、男も波で浚われた砂に脚を取られて二人揃って海へと転倒した。
　身を起こし、ずぶぬれになって見つめ合う。
「‥‥大丈夫ですか、真琴さん」
　男は何で前回よりも酷い事になるのかと溜息一つ。
「う、うぐぐ‥‥」
　不知火はもう、もう、本当、気をつけよう、気をつける、と心底から思う所である。
　男はそんな様子にまた溜息をつきつつも視線を空へとやり、
「‥‥ま、夜の海に漂いつつ眺める星の海も乙なもんですかね」
　そんな事を笑って言ったのだった。
　空には百億の星々が輝いている。



　了