●オープニング本文
前回のリプレイを見る「ムキィイイイイイイイイッ!! あいつらめ、あいつらめ、あいつらめぇええええええ! 我輩の至高の芸術品を壊しおったッ!!」
眼鏡をかけた白衣の男が奇声をあげて戦慄いている。雪のように真っ白な長髪を振り乱し机に額を何度も何度も打ちつけていた。
「めたるザマスねハカセ」
同じく白衣に身を包んだ年の頃十四、五に見える少年が、その狂態を眺め呆れたような表情を浮かべ言った。
「イルマリネェエエエン君! だってあいつら、我輩のミサキもメカハウェルまでぶっ壊したんだゼヨ?!」
「戦場の習いでしょう。つーか、壊されるのが嫌なら出すんじゃねぇザマス」
と少年。っていうかメカハウェルの方が愛着高かったの? と思う。
ミサキ、可哀想な娘だった。まぁ可哀想な人間など今の時代、掃いて捨てる程いるが。
「チクショウ、ULT傭兵どもめぇええええ!!」
科学者が卓を両手で叩いて吼える。
「あのくそったれたヤローの首でキメラが作れると思ってたのに! いっつもいっつもあいつらが出てくるとロクな事にならんぜよ!」
「毎回毎回、もう、いい加減止めましょうよこんな事‥‥」
イルマリネンは嘆息して言った。
「あぁ? 止めるぅううう? ナニヲだネ?」
「人体実験とか、バグアに協力する事とか……なんで、わざわざ素材に人間を使うんですかハカセ」
「そこに人間があるからだ!」
もう駄目だこの人、と少年は思った。
「キャハ! ジョークぜよ、ジョーク〜! 進化の可能性ぇ? それを探求するのが、我輩達の使命ではないかぁ? んー?」
ヴァイナモイネン。故国では元は著名な科学者だった。かつては、彼も理想に燃えていた。かつては、高潔な人物だった――いや、やはりロクデモナイ人間だった気もする。しかし、悪い人ではなかった。本人は忘れているかもしれないが、イルマリネンはそれを記憶している。彼が狂ったのは何時からだったろう。
「進化、ですか‥‥」
進化。進化の可能性。それを追い求めた理由はなんだったのか、やはり眼前の人物は忘れてしまっているのだろうか。いや、覚えているからこそ、狂い続けているのか、イルマリネンには解らない。
「進化の果てに何処へ行こうというのですか」
「行けば解るさ!」
マグロのようなものか、とイルマリネンは思った。泳ぎ続けないと死んでしまう。
理想もなく信念もなく泳ぎ続ける。否。彼には彼の理想と信念があるのだろう。ただし、既に過去の物とは似ても似つかぬ物に変質しているだけだ。そしてマグロは生きる為に泳いでいる。
「その為にも〜、スポンサーに消えてしまわれては困るんだぜよ〜、つーか、いい加減負け続きじゃ粛清されるからなぁキャハ!」
ギラリと眼鏡の奥で真紅の瞳を光らせ男は言った。
「ここらで一つ挽回するぜよ!! 我輩のビッグポーンでナァ!!」
●
爆炎と鋼が空間を赤輝に彩る戦場、ここは地獄の三丁目。
二〇一〇年初頭、高田市の攻略を開始した村上旅団は毎度の事ながら激戦を繰り広げていた。かつては血と焔に怯えていた兵士達も、かつては血に酔うように狂喜を覚えていた者すらも、今では顔色一つ変えずに人間を撃ち殺す。息を吸い、吐くように殺す。百戦錬磨というのは、徐々に人間性を失くしてゆく事だろうか。
「愚にもつかねぇ考えだなおい」
死んだ魚のような目をした壮年の男が吐き捨てるように呟いた。旅団長、村上顕家だ。
「大佐?」
戦場中央の大型の指揮車両の内部、旅団長の副官が呟きを拾ったのか訝しげに上官に問いかけた。
そうでない者も多く残ってはいるか。
「なんでもねぇ。八番をサンロクに回せ」
「はっ!」
モニタを睨みつつそんな事を思う。
しかし不意に無線に痛切な悲鳴のような声が響き渡った。
『しっ、司令部! 司令部! 応答願いますッ!!』
第三歩兵大隊の大隊長の声だ。対バグア戦線のエキスパートで、冷静沈着な彼がこうも感情を露わにした声を出すのは珍しい。
――嫌な予感がする。
「こちら旅団HQ、村上顕家、どうした」
『ブロックD6、座標3677、突如グラウンドが左右に割れ巨大キメラが出現! 至急KV隊の応援を請います!』
巨大キメラぁ? そんなん何時も出て来てるだろ、と思うが、
『敵キメラの体長およそ二〇〇メートル!!』
村上顕家は無線機を片手に指揮車両の外に出た。彼方を見上げる。そこには並び立つビルよりも巨大な、一体の白の巨人の姿があった。
――‥‥どこのラインホールドだありゃ。
そんな言葉が脳裏をかすめる。
『司令部! 司令部!』
「落ちつけ、東京タワーよりは小さい」
村上顕家はそんな事を言いつつ動きを観察する。やたらと長い腕、ひょろ長い体躯。その動作は酷く緩慢だ。もっとも巨大だからそう見えるだけで、実際の速度はそこそこ出ているだろうが。
「後退しろ。限界まで下がって良い。佐藤、全体を下げろ、一旦戦線を縮小させる。第二KV大隊を出せ」
「は‥‥はっ!」
副官が自失から立ち直ったように声を洩らす。
白の巨人の表面は滑らかで、頭部には目らしきものが一つと口が一つ。鼻は無かった。長い腕を鞭のように振るって周囲のビルを薙ぎ倒し、口を大きく開いてその奥を光らせ、赤い閃光を飛ばして市街を薙ぎ払った。赤い線が大地を焼き切り猛烈な爆風が巻き起こる。撤退中の兵士が、街が、兵器が、あらゆる物が吹き飛んでゆく。
「‥‥腐ってると嬉しいんだがナァ」
村上顕家はそんな言葉をぽつりと洩らしたのだった。
●リプレイ本文
「やれやれ、あんなモノまで持ち出されるとはな‥‥村上も、いや、俺達も随分と嫌われたものだな」
Mk‐4Dリアノンのコクピット内、覚醒したアッシュ・リーゲン(
ga3804)が戦闘システムを起動させながら言った。
彼方に見えるのは体長二〇〇メートルを超える化物、白の巨人だ。
「うっわー‥‥流石にこれだけ大きいとちょっとした山だね」
遠目にも肉眼で確認できる巨躯を見やって鷲羽・栗花落(
gb4249)が驚いたように言った。
「‥‥はー、デケェなぁ‥‥‥‥って見上げてる場合じゃねぇか。さっさと片付けねぇと」
砕牙 九郎(
ga7366)が思わず驚嘆に声を洩らし、そして我に返って言った。
「こんなデカブツ、隠し持ってたとはねぇ」
雪野 氷冥(
ga0216)もまた巨人を見やり半ば呆れたように呟く。ラインホールドのように全身ハリネズミでは分マシだとは思うが、このサイズではそれだけで厄介そうである。
「‥‥また随分と大きい物を出してきましたね。それだけ相手も本気になってきた、という事でしょうが」
淡々と言うのは鳴神 伊織(
ga0421)だ。
「昔、麦県でウルトラザウルス型とやり合ったことがありましたが‥‥流石にここまでじゃァなかったですな」
全長で五倍かよ。軽く悪夢だなァ、などと言いつつ稲葉 徹二(
ga0163)。
「えっと‥‥何でしょうアレ‥‥大きな‥‥‥‥ダイ○ラボッチ‥‥でしたっけ‥?」
ハミル・ジャウザール(
gb4773)が何かを思い出すようにしながら言った。連想される何かに似てはいるがビミョーに違う。
「敵がアレなら、味方は赤い複眼の無数の虫でないと‥‥」
飯島 修司(
ga7951)がぽつりと呟いた。
「え?」
ハミルがS01Hをがこりと振り向かせる。
「いえ、何でもありません。きっと真冬の幻影でしょう」
華麗なる髭男爵はごほんと咳払いしつつそんな事を言った。メインカメラに映る巨影を見やると、
「さて、また規格外ですな。大男、総身に知恵は回りかね、と来ればいいのですが」
「そうだな。しかし――敵は人型だが、人とは異なる物と捕らえた方が良いだろうな」
飯島の言葉にそう言ったのは時任 絃也(
ga0983)だ。表情に変化は少ないが、警戒を強めている。男は言う。
「白く滑らかなのが引っかかる。目や口もとって付けた感じがするし、あれが体中何処でも出たら洒落にならんな」
閃光は口からしか吐き出せないようだが、その口が身体中何処でも出現するのであったら、攻撃回避の難度は飛躍的に上昇する。まさに悪夢である。
「それはー‥‥流石に無いと思いたいです。あったら、軽く死ねますね」
平坂 桃香(
ga1831)がそんな事を言った。しかしキメラは、というかバグアは何をやってくるのか解らない節はある。不安は拭いきれない。嫌な相手だ。
「‥‥こんな大切な戦いの時に無様な姿を曝してしまってすまない」
榊兵衛(
ga0388)が申し訳なさそうに言った。顔色が悪い。血の気が引いている。あまりにも巨大な敵を相手に恐怖し顔面を蒼白にしている――という訳ではない。過去の戦いぶりからしても、槍の兵衛は勇猛な男だ。純粋に血が足りないのである。別所で行われた戦いの際に重傷を負ってしまい、その傷が未だ癒えていなかった。
「いえ、そういう事もありますよ。今回、接近すると敵の全体の動きを把握するのが難しそうですし、管制の方よろしくお願いしますね」
夕凪 春花(
ga3152)が気遣うように言った。
「かたじけない。出来うる限りの事で協力させて貰う事にする。可能なら援護射撃も試みてみよう」
「了解です」
「しかし、前回のタロスといい、今回の巨人といい‥‥作ったやつの趣味を疑いたくなるよ‥‥ほんと」
御崎緋音(
ga8646)が呆れ顔で言った。
「と言うか、これ作った人って実は頭悪いんじゃないでしょうか‥‥」
夕凪が限り無く正解に近い事を言った。
「あんな物を作るより、タロスをダース単位で作った方がよっぽど価値があると思うのですけれど‥‥バグアには効率という考えは存在しないのかしら?」
カタリーナ・フィリオ(
gb6086)が小首を傾げながら呟く。製作コストの比はどうなっているのだろうか。
「ま、あちらの台所事情はよく解りませんが‥‥」
稲葉青年は堅苦しい口調の陰で、ギラリと不敵に目を輝かせて言った。
「これでどうにか出来ると思っているのなら、せいぜい吠え面かいて貰いましょう」
●
「いくよアジュール、どれだけ図体が大きくたって蟻の穴から堤も崩れるんだ! ボクたちにだって出来る!」
鷲羽栗花落が言って愛機のA‐1アジュールの操縦桿を倒す。十五機のKVが、街を爆砕しながら進んで来る白の巨人目がけて走りだした。
対する巨人は首を左右にふり周囲の様子を探るようにしながら、身を前にやや屈ませ腕でビルを薙ぎ払い、足で踏みつぶしながら南下して来ている。傍目には緩慢な動作に見えるがコンパスが大きい。時速にすれば結構なものだろう。
傭兵達のうち十一機は三班に分かれて散り、二機のKVはそれぞれ単独で、榊機は管制に後方に構えハミル機はその榊機の護衛についた。四方から撃つ作戦だ。
「C班と平坂、巨人が南下してきている。一旦距離を離してくれ。AとBはこのまま距離を保ちつつ円軌道で、D班とカタリーナは最大速度で頼む」
榊兵衛が断続的に映るレーダーを睨みながら無線に指示を飛ばす。視界では乱立する建造物のせいで確認できない。傭兵達はその管制の元に一定の距離を保ちつつ巨人を取り囲むように動く。
一分と少々程で、A班は東、B班は西、C班は南、D班は大胆にも北部へと回り込んだ。通常なら難しい行動だが、親バグア軍は巨人の熱閃のまきぞいを嫌い一キロ程を遠巻きに見ている。D班は巨人の背後に回り込む事に成功した。
「よし、位置についた。各班、各機、包囲を狭める。巨人の熱閃の射程は六〇〇だ。そこまでは足並みを揃えて詰めてくれ」
榊の指示の元に十一機のKVが巨人の東西南北、四方より迫る。一方、平坂桃香機は他メンバーから距離を取り、南東から単独で北上した。愛機XF‐08D雷電を相対距離七〇〇程度まで進めさせると、巨人の南下速度を見計らいつつその場で足を止める。超電導アクチュエータを起動、武装を多目的誘導弾に切り替えサイトに巨影の頭部を納めて待機した。
東のA班。時任機R‐01改、道沿いに進み、建造物で遮蔽を取り、身を隠しながら巨人へと忍び寄る。鳴神機CD‐016伊邪那美もまた物陰に隠れるように移動中。アッシュ機Mk‐4Dリアノンもアリスシステムを起動させ班員と歩調を合わせながら前進する。
西のB班。砕牙は物陰に隠れつつ愛機XF‐08D改爆雷牙を東に駆けさせる。夕凪機CD‐016シュテルンも東へと移動。雪野機MX‐0グラーネは装輪走行でビルの間を縫うように駆けている。
C班、稲葉機XN‐01改Xero、御崎機XF−08D改ヘルヴォルは南方から北上した。御崎としては初期位置からあまり動きたくないが、高分子レーザーが届く距離程度までは詰めたくもある。レーザーの射程は七〇mだ。スナイパーライフル一本で戦うなら、話は別だが、他の武装も使うなら、やはり駆けざるをえないだろう。
北。D班、麓みゆり(
ga2049)機GFA‐01ルキア、飯島機F‐108改は巨人の後背から接近。鷲羽機A‐1アジュールも北からビルの陰に身を隠すようにしながら前進した。
カタリーナ機MBT‐012エスペランサは単独で行動し建造物の陰によくよく慎重に入りながら移動している。巨人の視界に要注意。カタリーナが単独行動なのはゼカリアは回避力が低すぎで、かつ足が遅い為である。
管制を務める榊機は各班より大分後方につけている。ハミル機S‐01Hは榊機の護衛として行動を共にした。
十五機のKVが市街を進む。巨人がビルを腕で薙ぎ払い、足で踏みつぶしながら南下する。
白の巨人は正面の道上から迫る稲葉、御崎の両機に気付いたか、その動きを止めた。
包囲網が迫る。距離が詰る。
「間もなく間合いに入る。各機熱閃に注意の上前進されたし。武運を祈る」
榊の声が無線から漏れた。
相対距離六〇〇。入った。直後、巨人の口の黒点に紅蓮の光の粒子が唸りをあげて集まってゆく。
狙いをつけていた平坂桃香は多目的誘導弾のトリガーを押し込んだ。煙を吹き上げながらミサイルが次々に雷電から噴出する。四連の誘導弾が巨人の黒穴を目指して飛んだ。その一瞬後、ミサイルが激突するよりも前に、巨人の口から赤い光が解き放たれた。一条の巨大の爆光が宙を灼き尽くしながらC班へと迫り来る。
稲葉はメインモニタに映る巨人の口が光るのを見ると素早く操縦桿を捌いて機体を横に駆けさせた。巨大な光の柱がコンマ数秒で迫り来る。ナイチンゲールは出力を全開にして横に跳んだ。
光の帯が稲葉機の右側面の空間を貫き、泥に針を刺すかののように易々とアスファルトの道路に突き刺さった。石が融解し赤い光がドーム状に広がってゆく。次の瞬間、爆裂を巻き起こした。
爆音と共に熱波が膨れ上がり、同様に回避運動を取っていた御崎機へと吹きつける。猛烈な余波だ。砕かれた石の欠片が爆風によって吹き飛び、御崎機の装甲を甲高い音を立てながら叩いてゆく。
巨人は持続して閃光を吐き続けたが、そこへ四連の誘導弾が突き刺さった。巨人が吐き出す赤光に触れてミサイルが爆裂四散し、猛烈な火炎の嵐を宙に広げた。誘導弾の破片と爆風が巨人の顔面に吹きつけ、その白い皮膚を穿った。平坂機からの射撃である。
白の巨人の顔が衝撃に背けられる。口から放たれていた光の帯はそれにつられて横に動き、光の通り道にあったビルが切断されて倒壊してゆく。平坂機はブーストを点火すると巨人へと向かって走り出した。
「さすがはボッチ‥‥」
ハミル・ジャウザールが巨人の破壊力を目の当たりにして、生じた少しの畏怖を紛らわすようにそんな軽口を叩いた。派手な戦になりそうだ。
「あれが相手では、回避出来ないゼカリアでは見つかったら最期ですわね‥‥」
カタリーナは静かに呟く。厄介な相手だ。ゼカリアで対するには少し相性が悪いかもしれない。
(「‥‥派手は派手だが、こんだけ距離がありゃ避けられるか?」)
一方で、稲葉は胸中でそんな呟きを洩らしつつ、赤い爆風を背に御崎と共に愛機を駆けさせていた。稲葉や御崎なら、この距離ならまぁまだまだ避けられるか。
各機前進。北A班、飯島機は道上を280前進。鷲羽機は200、隠れながら移動しているので多少速度が落ちている。麓機は遮蔽は部分的なものに抑え、短時間の滞空移動を利用して障害物を飛び越え機動性を確保、150程の距離を南下した。南B班、稲葉機が160、御崎機が120程北上し、南東から誘導弾を撃ち終えた平坂機がブーストで跳び、宙で曲線を描きながら70程距離を詰めた。西からは雪野機が装輪走行とビルの合間は大きさ的に入れないものもあるのでしばしば迂回が必要な為140。夕凪機が120、砕牙機は100詰め、東からは時任機、鳴神機、アッシュ機が歩調を合わせ、ビルの陰に隠れつつ低空移動も利用して機動性を確保し、それぞれ110程前進している。榊機とハミル機は距離を置きつつ道上を120程前進。カタリーナ機は北西より80程、間合いを詰めている。
●
巨人は攻撃を受けた平坂機へと視線を向ける。平坂機はブーストを継続し背から光の粒子を吹きだしたまま横にスライドした。巨人の口から灼熱の爆光が解き放たれる。光は雷電の側方を貫いてビルを貫いた。巨人はそのまま回避した平坂機を追いかけるように首を横に振るった。雷電は複雑な曲線を描いて飛行する。半ばから斜めに断ち切られたビルが轟音をあげながら倒壊してゆく。ビル陰の道路に着地した平坂機は全力でその場を離れた。巨人は光線を吐き出しながら八の字を描くように動かし周囲を断ち切りながら爆砕する。猛烈な爆風が荒れ狂い、市街が消し飛ばされてゆく。平坂機は上手く目くらましの遮蔽を取って閃光の大半をかわしていたが、ついに一閃に掠め斬られて雷電の装甲が融解してゆく。
夕凪機は小ビルの屋上へと跳んで射線を通すと、スナイパーライフルを構え、なおも光を吐いている巨人の顔をサイトに納めた。発砲。錐揉むように回転するライフル弾が宙を裂いて飛び、巨人の側頭部に炸裂した。夕凪は即座にその場を移動する。直後に巨人が反応し西へと振り向きざまに爆光を解き放った。夕凪機は辛くもかわしたが、爆風が背から襲いかかり、機体が前に押し出された。コクピットを激震が揺らす。
稲葉機は手頃なビルの上に飛び乗るとアハト・アハトを構えた。足首、巨人の足元付近の店が邪魔だ。まだ射線が通らない。巨人の周囲には膝程までの高さのビルやそれよりは低くても足首を隠す程度の高さの建造物が乱立している。足首を狙うには至近まで入るか、上から角度を取って撃つしかない。高空まではあがれぬ以上、かなり接近する必要がありそうだ。
平坂機は狙いが夕凪機へと移ったのを見て、ビルの屋上へと跳ぶ。巨人の口を狙いたいがほぼ背後の位置の為、狙えない。頭部をサイトに納め、ライフル弾を飛ばした。弾丸が巨人の頭部に炸裂して強烈な衝撃を与える。
飯島機は相対距離120程度まで詰めると低いビルの屋上に跳躍すると隣の背の高いビルの陰に身を隠しつつスナイパーライフルD‐2を構える。ターゲットの目に狙いをつけたいが後ろを向いているので後頭部を狙って発砲。鈍い銃声と共に弾丸が飛び出した。巨人と比べれば針の先程にも小さい鉛弾だが、まさしく針の如くに鋭く突き刺さる。インパクトの瞬間に猛烈な衝撃が炸裂し巨人の頭部に襲いかかった。
一連の攻防の間に榊機の管制の元に各機、間合いを詰めて行く。
鷲羽機は200前進。麓機は150前進。時任機、鳴神機、アッシュ機は110前進。稲葉機は160前進。御崎機は120前進。砕牙機100前進。夕凪機は80前進。雪野機は140前進。ハミル機、榊機は100前進。カタリーナ機は80前進。
(「急いては事を仕損じる、ですわ」)
胸中で呟きビルの陰に隠れながら進む。ゼカリアもなかなか強固だが、あれと足を止めて正面から撃ち合える程ではないし、接近しなければ砲が届かない。主砲はスナイパーライフルなどと比べると意外に有効射程が短い。
「‥‥少し、位置がばらけているな。前進中の各機、機会があればブーストしてくれ」
全体の位置をみやりつつ榊はそう無線に言った。
●
飯島機からの射撃を受けた巨人は頭部を手でガードしながら猛然と身を捻り、振り返る。口に赤い粒子が集まり、次の瞬間、宙を灼いて伸びる赤光の槍がビルを貫いて薙ぎ斬って行った。しかし、飯島機は既にそこにはいなかった。射撃とほぼ同時に移動している。ディアブロは位置を次々に変えながらビルの陰からリロードしつつ射撃を繰り返す。
砕牙機はビルの影を前進し、切れ目から射線が通るのを確認するとスナイパーライフルを構えた。狙いをつけ、発砲。回転するライフル弾がビルの合間を縫って巨人へと伸びて行く。弾丸が白の肌にぶち当たりその奥まで潜りこんだ。命中。
巨人はまたも振り向きざま、弾丸が飛来した方の空間へと向けて首を振りながら灼熱の爆光を撃ち放つ。光が砕牙が遮蔽にしていたビルを真っ二つに叩き斬り、市街を焼き払ってゆく。が、砕牙機もまた既にそこにはいなかった。射撃と同時にブースト点火し遮蔽物に隠れるように移動している。
距離四〇〇。手頃なビルの屋上に跳躍して登った榊機とハミル機はスナイパーライフルD‐02で狙撃を仕掛けた。ハミル機はブレス・ノウを発動させ、よく巨人の目を側面から狙って撃った。ライフル弾が勢い良く飛び出してゆく。榊機は発砲直後に移動を開始する。榊の弾丸が巨人の額に命中し、ハミルの弾丸が目を少しずれ頬の辺りに炸裂した。
巨人が振り向き、口に赤い光の粒子が集まってゆく。猛烈な爆光が撃ち返された。榊機は移動の勢いのまま加速して跳ぶ。かわした。ハミル機、横に跳ぶ。避けられない。赤光が突き刺さって直撃し、ハミル機は爆炎の中に呑まれた。S‐01Hがビルの屋上から吹き飛ばされて宙を舞い、地上から五〇メートルの高さを落下してゆく。
地面に激突する寸前、ハミルは歯を喰いしばって操縦桿を操作し、機体を立て直すとバーニアを全開で噴出させた。爆風が地面に叩き付けられて土煙が舞い上あがり、勢いを殺したKVが脚部から着地する。激震が真っ赤な光に包まれているコクピットを襲った。
「ハミル。健在か?」
榊の声が無線から聞こえて来た。
「‥‥なんとか、大丈夫です」
レッドランプがやかましい。凶悪な破壊力だ。もう一発もらうと不味い。
(「今回の敵のような場合は、すぐに移動した方が良いみたいだな」)
ハミルは兵衛の動きに習う事にした。
距離二〇〇。鷲羽機、ミネルヴァは十分有効射程内だが、足首を狙うには街並みが邪魔だ。至近まで詰めるか、やはり近距離まで詰め高さを取り角度をつけて撃ち降ろす必要がある。
(「もっと近づかないと駄目かな」)
少女は胸中で呟き、ロングボウを駆けさせる。
平坂はスナイパーライフルをリロードしつつ射撃を継続。頭部に弾を集めている。閃光の反撃を曲線機動でかわし、追撃をビルの陰に隠れてから脱出してかわす。
平坂、飯島、榊、ハミル、砕牙が巨人と撃ち合っている隙に他機はブーストを点火して加速する。巨人は独特のビーム発射音をあげながら爆光を吐き出し、市街を焼き払っている。瓦礫の山が量産されていった。灼熱の色に街は染まっている。規模な火災が発生していた。炎の海だ。
鷲羽機は相対距離10まで詰る。麓機は20まで前進。時任機、鳴神機、アッシュ機は200前進。相対距離200。稲葉機はブースト&ハイマニューバ機動で40まで詰めて煙幕銃を撃ち放った。御崎機は50まで前進。砕牙機140前進。相対距離260。夕凪機は相対距離160まで前進。雪野機は40まで詰める。カタリーナ機も相対距離280まで詰めた。
●
「‥‥は、は。いくら何でも勇者が過ぎますかねこれは!」
距離六十離すと射線が通らない。稲葉機は比較的開けた道路上に踊り出て、二十程度の距離から足首を狙いハンマーボールを投擲している。案の定、巨人は腕を振り上げると、叩き潰すように稲葉機を狙って腕を振り下ろした。稲葉は攻撃を中止すると全力で回避に専念する。煙中に飛び込んでかわした。巨人が閃光で薙ぎ払うように追撃を放つ。煙に紛れて全力でかわした。速い。平坂、飯島、榊、ハミル機はライフルでリロードしつつ射撃を継続中。
御崎機は稲葉機の攻撃開始とほぼ同時に手頃なビルの屋上に飛び乗ると、射角をつけて巨人の右足首へとスラスターライフルと高分子レーザーを叩き込んでいる。直径一六メートルの巨大な、しかし巨人全体からみればか細い足首に攻撃が集中してゆく。
「こちら御崎。抵抗も防御も大差なさそうです」
攻撃の結果を見つつ御崎はそう無線に飛ばす。単純に威力の高い武装で押し切った方がよさそうだ。鷲羽機は至近まで近付いて射線を通すと、大口径エネルギー砲「ミネルヴァ」を巨人の足首へと向けて解き放った。巨人の閃光にも迫る、猛烈な破壊力を秘めた巨大な光が真っ白な足首へと突き刺さってゆく。その皮膚が爆ぜて鮮血が吹き出した。ツングースカ機関砲で追撃を入れる。
東方向より迫った時任機は跳躍して空へと舞い上がると肩部の砲門を前へと伸ばした。射線。撃てる脚は左か。巨人左腿をサイトに納めるとトリガーを引く。爆音と共に砲弾が飛び出し、巨人の白い脚に激突して爆裂を巻き起こした。同様に鳴神機も舞い上がっている。空を前進すると射線を確保、時任機が起こした爆裂を目がけてスラスラーライフルで弾幕を解き放った。嵐の如く弾丸が吐き出され炎の中に突き刺さってゆく。
時任機は前進しつつ地に降り、巨人へと間合いを詰めて行く。鳴神機は射撃を継続した。砕牙機はライフルをリロードしつつ間合いを詰める。相対距離一二〇。夕凪機は間合いを詰めるとジャンプして射角を取り、巨人の足首めがけてレーザーカノンで撃ち降ろす。蒼光が爆裂し巨人の足首に突き刺さった。
北方から間合いを詰めた麓機は巨人の右足首へと狙いをつけるとスラスターライフルで攻撃を仕掛けた。激しいマズルフラッシュと共に弾丸が怒涛の勢いで吐き出され突き刺さってゆく。
側面より四〇程度の距離まで接近した雪野機はビルの陰から弾幕を巨人の腿へと弾幕を叩き込む。バーニアを吹かせて前進しつつ跳躍するとビルの屋上へと登りスナイパーライフルD‐03を構える。ガンサイトに巨人の右膝へと狙いをつけ発砲。ライフル弾が勢い良く飛び出し、巨人の膝へと突き刺さった。カタリーナ機は通常機動で前進中。相対距離二〇〇まで詰めた。
アリスシステムを再度発動させつつ、相対距離四〇まで詰めたアッシュ機はビルの屋上に登ると射角を取って巨人の左足首を狙いレーザー砲で攻撃を仕掛ける。
(「デカい分機動力を奪う事が出来りゃ逆にチャンスだ」)
男はそう考える。
(「根気良く行くとしよう」)
閃光を巨人の足に突き刺すとアッシュ機はすぐにその場を離れた。常よりも撃破されない事を第一に考える。生き残れば、その分、的も分散され結果的に全体の手数も増える筈だ。
●
足首に集中射撃を受けつつも巨人は身を屈ませつつ腕全体を紅蓮の色に輝かせながら振り上げ、付近に寄って来た蟲を薙ぎ払うように、しなる鞭の如くに横に振るった。太い部分では直径三十メートルを数える巨人の剛腕が、その体躯の左側方から右側方まで半径百メートルを弧を描くようにして、途中にある無数のビルをぶち抜きながら抜けてゆく。
時任機は後方へと素早く後退して回避せんとしたが範囲から逃れきれずに直撃を受けた。激震がコクピットを襲い、視界が回転した。R‐01は装甲をひしゃげつつ弾き飛ばされ、ビルの下部へと激突する。崩壊した瓦礫の山が時任機を埋めてゆく。
「翼を開け! 飛ぶぞリアノン!!」
アッシュ機は盾を構えつつブーストとマイクロブーストを発動させて後方の空へと跳躍する。リアノンの脚の先を剛腕がかすめ、その機体が独楽のように激しく回転した。歯を喰いしばって操縦桿とレバーを操作し機体の態勢を立て直す。脚から地面に激突しアスファルトが盛大に砕け散った。稲葉機は全力防御している。地を這うように低く機体を伏せさせて巨人の腕の下を掻い潜る。雪野機はかわし切れずに横薙ぎの一撃を受けて吹き飛ばされた。グラーネの装甲が砕け散る。猛烈な破壊力。弾き飛ばされたサイファーがビルの残骸に激突して瓦礫を撒き散らした。
御崎機、夕凪機は崩壊しゆくビルの屋上から空へと跳躍した。巨人の虚ろな瞳が御崎機を捉え、その口内に紅蓮の光が宿った。猛烈なエネルギー波が吐き出されヘルヴォルを呑み込み吹き飛ばしてゆく。装甲を猛烈な勢いで融解させつつも御崎は機体を降下させて光の中から脱出した。スラスターライフルを巨人へと向け反撃の弾幕を撃ち放つ。
飯島機はパニッシュメントフォースを発動させると巨人の右足首の裏を狙ってエニセイを七連射した。猛烈な爆裂に巨人の皮膚が爆ぜ、鮮血が噴出する。鷲羽機は多目的誘導弾を連射しつつツングースカ機銃で弾幕を張った。
「これならっ!」
宙に跳んだ夕凪はPRMを発動させてエネルギーを集めるとレーザカノンを向け、蒼く輝く閃光を撃ち降ろした。銃弾と共に光が突き刺さり、誘導弾が炸裂して爆裂を巻き起こした。
「これでダメなら、手詰まりだからね!」
雪野機が試作型斥力制御スラスターを発動させて瓦礫から飛び出すと、ロンゴミニアトを構えて突撃し巨人の足首へと突き刺した。突きこまれた槍の先から猛烈な爆炎が巻き起こり巨人の足首を吹き飛ばしてゆく。巨人が態勢を崩し、大地を爆砕し地響きをあげながら右膝をつき、次いでビルを潰しながら右手を大地についた。
平坂機、榊機、ハミル機はリロードしつつライフルで地道に頭部に弾を集める攻撃を継続している。初めのうちはさほどの損傷が見られない巨人だったが、さすがにこれだけ重ねられると、その顔面に赤く塗りつぶされた領域が増えて来た。
砕牙は前進しながら跳躍し巨人の顔面へと迫った。距離を詰め、回り込むとその口内へと狙いをつけてグレネードを構える。砲弾が爆雷牙が構えるランチャーから飛び出し、巨人の黒穴へと吸い込まれていった。直後に猛烈な爆裂が巻き起こる。巨人の咥内から炎が噴き出した。その直後、炎よりも紅い光が口内に輝いた。赤い光が轟音と共に飛び出し、爆雷牙を撃ち抜いた。光の奔流の飲まれ猛烈な勢いで雷電の装甲が溶かされてゆく。煙を吹き上げながら砕牙機が落下していった。大地に激突する寸前でバーニアを吹かせて滑るように機体を駆けさせる。赤いランプがやかましいが、まだ健在。
麓機は炎に包まれている街並みを駆けつつプラズマライフルを持つ手を巨人の延髄へと向け連射してゆく。十五連の閃光が空を裂いて飛び巨人の首に爆裂しその皮膚を焦がす。
態勢を立て直したアッシュ機はレーザー砲を巨人の顔面へと向け、リロードしつつ連射する。鳴神機がそれを追いかけるようにスラスターライフルで弾幕を張った。瓦礫を吹き飛ばしR‐01が光を背から噴出させながら宙へと跳ぶ。閃光が炸裂し、弾丸が突き刺さり、巨人の皮膚が爆ぜ飛んでゆく。一旦頭上に出た時任機はアグレッシヴ・ファングを発動させるとデモンズ・オブ・ラウンドを発生した傷口を狙い、下降しながら斬り抜けてゆく。巨人の顔面から鮮血が迸った。さらに機爪で掻き斬りながら降りてゆく。巨人は咆哮をあげて身を捩り、左手で服についた泥を払うかのように払った。指の先が時任機の背に直撃しR‐01が吹き飛ばされて地面に激突する。機体から漏電が発生し激しいスパークを巻き起こしている。
「あれだけ的が大きければ外しようがありませんわね。ファイアッ!」
カタリーナ・フィリオ機が420mm大口径滑空砲から巨弾を撃ち放った。対FF徹甲弾が巨人の身に炸裂し猛烈な衝撃を巻き起こす。巨人の身が崩れて行く。
飯島機、平坂機、榊機、ハミル機はスナイパーライフルを構えると三方より頭部へとライフル弾を連射した。衝撃に巨人の頭部が揺らぎ鮮血が吹き出してゆく。麓機はスラスターライフルをリロードしつつ延髄に弾幕を張りそれを破壊してゆく。
「愚公山を移すだっけ。人の力、舐めないで欲しいよね」
鷲羽は言って誘導システムを発動させ、巨人の膝を目がけてミサイルを爆裂させた。さらにツングースカで弾丸を叩き込む。鳴神機は顔面を狙ってスラスターライフルで猛射、夕凪機もまた頭部を狙ってレーザーカノンを連射してゆく。
カタリーナ機からの主砲が三連射されて爆裂を巻き起こし、稲葉機はハンマーボールを振りかぶり連続して投擲してゆく。猛烈な衝撃が巨人の身に炸裂した。雪野機は巨人の腹部へと狙いをつけると、グレネードを撃ち放ち爆裂を巻き起こした。破片と炎が広がり巨人に衝撃を与える。砕牙機は再度跳び、巨人の口内へとグレネードを叩き込んだ。ついでとばかりにショルダーキャノンを猛連射して二連の砲弾もぶちこむ。巨人が鮮血と共に焔を吐きだした。
御崎機は長剣を抜き放って舞い上がり、アッシュ機もレーザーナイフを出現させてそれを追った。時任機もまた再度跳ぶ。頭上へと舞い出た三機はそれぞれ、ゼロ・ディフェンダー、白雪、デモン・オブ・ラウンドを振りかざして急降下しそれを突き立てた。三機のKVが刃を深く突き刺し切断しながら落下し、巨人の頭部をカットしてゆく。
巨人はなおも閃光を吐き出しつつ腕を振るったが、地面に膝をついた態勢では限界がある。各機からの総攻撃を受け、やがて頭部を破壊され、地響きをあげながら大地へと倒れて行った。
かくて、白の巨人を葬った一同は空へと舞い上がると航空戦に参加し、UPC軍の航空優勢奪取に貢献した。
HWは撃墜され、陸でも敗北した親バグア軍は雪崩を打って撤退し、やがて高田市に村上旅団の旗が翻った。
高田市は解放されたのだ。
大分県解放まで主要都市は残す所はあと三市。
了