タイトル:ベルガンズ・サガ3マスター:望月誠司

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/01/30 01:10

●オープニング本文


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 ベルガ。
 グリーンランドにある町の一つ。その北方には大規模な戦陣が建築が進められ、度々キメラの襲撃を受けていたが、軍や傭兵達の活躍もあり、それらは全て退けられついに完成されていた。今ではUPC軍の拠点の一つになっている。
「とりあえず、足場はそれなりに固まった」
 ベルガ戦陣に駐屯するヘリエルダール旅団の長ヴェイオル・ヘイエルダールはそう言った。齢は既に初老の域に達しているが、老いてなお筋骨逞しく豪傑と呼ぶにふさわしい威風を備えた男だ。
「この地を盤石の物とする為にもさらに北へと歩を進め、敵の基地を撃滅したい所ではある、が」
「無理でしょう」
 旅団の参謀を務める壮年の男がそう述べた。彫りの深い顔立ちには皺が目立つ。片目に黒の眼帯をかけ、口元には黄金の豊かな髭をたくわえている。シグムンドという名の男だ。階級は少佐。旅団の参謀長を務めている。
「グリーンランドにおいてワームの数は比較的少数ですが、その分、キメラは精強です。兵力六千で攻め上がるというのは不可能です。今の所は余裕がありますが、敵が主力を指し向けて来たら、防衛すら満足に出来るかどうか」
「だろうな」
 忌々しげに初老の男は吐き捨てた。
「他の箇所が上がって来てくれれば共に押し上げられるが、他は他でなかなか厳しいようだな」
「まだ動ける時期ではありますまい」
「だが、ただ守っているだけではじり貧だ。余裕のあるうちにあの異星人どもの勢力は削れるだけ削っておきたい。やれそうな所は無いか」
 ヘイエルダールの言葉にシグムンドは地図上にある山岳の一点を指した。
 老人はふむ、と唸る。その場所には、バグア軍のキメラプラントがあるのだと偵察部隊の活躍により判明している。
「プラントか」
「千もあればやれるかと」
 グリーランドにおいてキメラのプラントはここ一つだけではないだろうが、潰せれば敵の戦力の供給力は確実に低下する。
「一つ一つ地道にゆくか‥‥と言いたいが、しかし、雪山を攻めるのか。気乗りはせんな」
「だからこそ、いまのうちに潰しておきたく思います」
「なるほど、一理あるか‥‥誰に指揮を取らせる?」
「ハイレディン少佐が適任かと」
「良いだろう。ハイレディンを出せ」
 かくてベルガ戦陣からハイレディン少佐率いる隊が出撃する事になる。


 バグアとの戦いにおいて多くの場合人類は劣勢であり、守勢に回っていた事が多かった。
 防衛戦というのは、多くの場合、防衛側の有利な箇所に拠って行われる。人類は彼等にとって有利な地形で戦い、強大なバグアに対抗していた。よって対バグア戦において堅地で迎撃する事には歴戦の者なればそれなりに慣れていたが、逆に自らが不利な地点へと赴いて攻め込むというのには慣れていない者が多かった。
「なんて連中だ」
 赤髪の大男が呟いた。ハイレディン=ザンギエフ、ヘイエルダール旅団の部隊隊長だ。
 山の中腹に施設はある。そこへと向かう途中の山林、キメラ達は斜面の上に陣取り迫り来るUPC軍へと的確な打撃を与えてその侵攻を押しとどめていた。白い斜面は真っ赤に染まり、無数のUPC軍兵の死体が転がっている。
「あのキメラはなんだ?」
「解りません。今までに見た事のないタイプです」
 ハイレディンの言葉に副官が言葉を返す。
 二百メートル程上の斜面に陣取る、真っ白な体躯を持つ人の子程のサイズのキメラ。手にはバグア式のサブマシンガンらしき物を持っている。
「まるで白い悪魔だ」
 キメラが狙撃だと? とハイレディンは戦慄と共に呟いた。
 この距離では大半のSES兵器は当てられないし、威力が減衰していまう。木立ちの影を縫って軍兵達は接近を試みたのだが、皆、一発で額や装甲の隙間を貫通され、脳症や肉片を撒き散らして倒れて行った。単発ならまだしも連射の効くマシンガン、一匹ならともかく十匹、恐ろしい程の精度を持った攻撃が、猛烈な勢いで繰り出されるのだ。
 数の利を活かそうと有効であろう最大限の人数を投入してハイレディンは攻め上がったが、攻撃隊は一瞬にして壊滅させられてしまった。
 回り込もうにも横は切り立った崖だ。施設へと向かうにはこの斜面をあがるしかない。
 となれば、遠距離から大火力兵器で消し飛ばしたい所であるが、生憎この地形だ。戦車はおろかKVも侵入できなかった。この後には施設を攻略しなければならない。手持ちの火砲などは温存したい。それをここで使い果たしてしまったら、突破してプラントまで辿りついても、結局は陥落させる事ができませんでしたとなりかねない。
「くそ‥‥どうすれば良い」
 赤毛の少佐は地に染まった斜面を睨み、唸り声をあげた。


 傭兵隊の隊長を務めるレイヴル・バドラックは部下達と共にプラント攻略部隊の司令部まで呼び出されていた。司令部、とは言っても仮設の天幕が張られているだけだが。
「よく来てくれた」
 ハイレディンは訪れた傭兵達に対してそう言葉を発した。
 どうやら先発隊は苦戦しているようだ。山に入ってから一行に隊が進まない。
「我が隊は現在、障害に直面している」
 ハイレディンが説明した。
 どうやらこの先の斜面に陣取るキメラに妨害されて、先へ進む事が出来ていないらしい。敵のサブマシンガンの射程外まで下がり睨み合っている状態だ。
「今回のキメラはかなり特殊なキメラのようだ」
 赤毛の少佐はそう言う。
 そう判断した理由としては、キメラであるにも関わらず銃器を使う事、人間を見ても迂闊に前に出てこない事、統率・戦術的行動が取れている事、などが挙げられる。高い知能を持っているようだった。
「ここでいつまでも立ち往生している訳にはいかん。最悪、他地域より援軍を呼ばれて壊滅、などという事態にもなりかねない。速やかに撃破しなければならん。だが彼のキメラに対し、数で押すは徒に兵力を消耗するだけだと判断した。小数精鋭で以ってこれを打ち破るべき、との結論に司令部は達した」
「‥‥そこで、私達の出番、という訳ですか?」
 レイヴルが言った。
「ああ、お前達は腕が立つ。先の爆熱獅子を撃退したのもお前達だそうじゃないか。ならば、今回のこの『白い悪魔』も撃破できるのではないかとな」
「白い悪魔?」
「敵のキメラの名前だ。兵士達はそう呼んでいる――やってくれるか?」
「‥‥御命令とあらば」
 レイヴル・バドラックはそう静かに頷いた。

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
優(ga8480
23歳・♀・DF
エレノア・ハーベスト(ga8856
19歳・♀・DF
辻村 仁(ga9676
20歳・♂・AA
ラウラ・ブレイク(gb1395
20歳・♀・DF
霧島 和哉(gb1893
14歳・♂・HD
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
エリザ(gb3560
15歳・♀・HD
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

「私はただ、使える駒であり続ければ良い」

 〜ベルガ史某章四節より赤毛の傭兵の言葉〜

●雪山の攻防
 雪山の陣、レイヴルと共に天幕に呼び出された朧 幸乃(ga3078)が挙手して言った。
「突撃前に確認しておきたいことがいくつか‥‥」
「なんだね?」
 赤髪の大男、攻略部隊の長であるハイレディン少佐が問いかける。
「キメラの行動パターンについてお聞きしたく‥‥」
 朧は言った。
――例の『白い悪魔』は一点に留まるのか。
――射程内に入ったものを順に攻撃するのか。
――お互いにフォローしあうのか。
――味方がいても攻撃するのか。
 などである。
「ふむ」
 その問いかけに対しハイレディンは顎鬚を一つ撫でると答えた。
「相対する敵や置かれている状況によって行動を変えてくるだろうから確かな事は言えん。
 だが我々に対しては一点に留まっての射撃は行ってこなかった。我々は敵方より機動力に劣っていた。敵は巧みに移動して姿を眩ませ距離を保って攻撃してくる。そうして削り、好機と見れば嵩にかかって一気に来る。
 撃つのは基本的には、射程内に入った者からだな。
 お互いをフォローしているようだ。これも彼我の防御力によってパターンが変わりそうだが、敵は下がる時はその場で銃撃するものと後退する者に別れ、一方が下がる間には一方が弾幕を張って敵の侵攻を速度を抑える。それを交互に繰り返しながら下がる。
 味方は‥‥解らんな、射線が交差する位置まで攻め上がれた事がない」
「そうですか‥‥」
 朧はこくりと頷くと、
「では敵の攻撃性能はどの程度でしょう‥‥? 弾は盾や樹で防げますか? 動いている相手に対しての精度、バグア製の銃はどんな銃でしょう、リロードは必要なのでしょうか?」
「防げるかどうかは物によるな‥‥巨木の幹やメ合金の盾なら一撃で抜かれる事はないだろう。だが細い樹ならぶち抜いてくる。また盾を穿った箇所に高速で弾丸を重ねて撃ちぶち抜いてくる。それを防ぐ為にも盾は防御する箇所を小刻みにずらして構えた方が良いだろう。どんな銃かは、恐らくSMGだろう、という事しか解らん」
 兵達は全容を見る前に殺されているそうだ。
「リロードは必要な筈だが、本当にしているのかと思えるくらい間断が無い。装填の作業が恐ろしく速いのか、そういう銃なのか‥‥」
「SMGなのにリロード時間が無いのか?」
 アレックス(gb3735)が少し驚いたように言った。彼はSMGの弱点は若干リロードに時間がかかるのと、威力そのものは高くはない事だと考えていたのだが。
「無いな」
 少佐はきっぱりと言った。
「‥‥そうか。厄介だな」
 ハイレディンの話を聞くに威力の予想は当たっているようだったがリロードに若干時間がかかるだろうという予想については反しているようだった。
「なるほど‥‥有難うございました」
 朧は礼を言って質問を終えた。
「射程、精度、連射どれをとっても厄介な奴等ですね」
 優(ga8480)が言った。加えて山林ではどうしても視界が限られてしまう。
「少佐。軍の方で伏兵も含めて敵を警戒していただきたいのですが‥‥」
「そうだな。無論、協力はするが‥‥」
 ハイレディンは少し渋るように呟く。
「あまり効力は無いと思うぞ? 林中で、しかも相手の方が位置がかなり上だからな。遠巻きにして下からでは、見える範囲などたかが知れている。前進するそちらが気付かぬ相手に兵が気付けるとは思えん。せいぜい背後に回り込もうと敵が動いた時に気付けるくらいか」
「十分です」
「そうか。では一隊を手配する」
 頷いてハイレディン。
(「フィンランドの某スナイパーを想起させるキメラですわね」)
 話を聞いていたエリザ(gb3560)はそう胸中で呟いていた。
「まっすぐ進む以外に方法が無いのは厄介ですわ‥‥大佐、KVの装甲あたりを引っぺがしてソレを盾にとか出来ます?」
「豪快だな。面白いがしかし、難しい。第一の理由としてまず戦車もKVもここまで入れていない。待機点まで山を降りて取って来るには相当の時間がかかってしまう」
「うーん、あまり時間をかける事もできませんし、流石に無理ですわね‥‥」
 とエリザ。最初からあまりアテにしていた訳でもないらしい。
 傭兵達は情報を元にハイレディンやレイヴル達と作戦を打ち合わせると、司令部の天幕を出た。


「銃を使う敵‥‥かぁ。いろんなキメラが、いるんだね‥‥」
 天幕を出た後に感心したようにラシード・アル・ラハル(ga6190)が言った。レイヴル、ちょっとだけ、久しぶりなどとも言ってる。
「ええ、ちょっとだけ、お久しぶりですね」にこっと笑ってレイヴル青年は答えた「キメラ界も広いって事なんでしょうね、多分」
 青年はそんな事を言っている。
「そっか」
 ラシードは白い息を吐きつつ雪の道を踏みしめる。
(「守る戦い、攻める戦い‥‥まだ、わからない、けど。今、攻める事が必要なら、僕は、行く――ベルガ。あの街に、帰る為に」)
 少年は黒外套の少尉を見上げて問う。
「‥‥終わったら、レイヴルも、紅茶、飲む?」
「良いですね。一仕事終わらせたら、御相伴に預からせていただきますよ」
 青年は笑顔でそう答えた。
「‥‥そういえばクォリンくん見かけないけど‥‥発作とか、大丈夫なのかな?」
 夢姫(gb5094)がレイヴルに問いかけた。
「ああ、彼なら――」士官は笑顔のままで「大丈夫ですよ。じきに復帰するでしょう」
 そう言った。


 傭兵達は陣中を移動し件の斜面へと向かった。雪道を歩く事少し、やがて傭兵達の眼前に、圧し掛かるように立つ、急勾配の斜面が姿を現した。
「‥‥登るだけで大変やねぇ」
 エレノア・ハーベスト(ga8856)がそれを眺めて言った。
「此処を敵の攻撃に注意しながらやと神経的にも体力的にも、しんどそうやわぁ」
「高低差は二〇〇メートルってところかしら。これじゃ正面突破しかなさそうね」
 ラウラ・ブレイク(gb1395)が言った。斜面は横から線をひくように真っ赤に染め上げられている。遠目にも屍体の山が転がっているのが見えた。
「散った彼らのためにも血路を拓かないとね‥‥」
「射程二〇〇メートルのサブマシンガンも‥‥正確な射撃力を持つキメラも‥‥どっちも強敵」
 夢姫が敵の射撃の威力を目の当たりにして少し衝撃を受けたように呟いた。
「でも、私たちが何とかしないと‥‥グリーンランドの‥‥ベルガの人のためにも」
「確かに‥‥やっと、反撃に‥‥移れたん‥‥だから‥‥。ここで、負ける訳には‥‥いかない‥‥ね」
 バハムートを着込んだ霧島 和哉(gb1893)が頷いて言った。
「ああ。戦陣も完成して、ベルガはこれからなんだ。プラントを叩けばあの街に攻めてくる戦力を少しでも削げる」
 とアレックス。こちらはミカエルを纏っている。
 今回は攻撃の戦。勝利すれば敵の拠点を叩き潰す事が出来る。
 アグレアーブル(ga0095)は言葉には出さないがその事実に静かに高揚していた。斜面を睨みつけて眼を細める。彼女は己の本質を再確認出来た。守る。助ける。それらの尊さは認めても「邪魔になるから壊す。やっつける」そのシンプルさが良い。
 胸中で呟く。
(「私はただ、使える駒であり続ければ良い」)
 そんな常から淡々と仕事をこなすアグレアーブルに密かに憧れを持つ者もいる。
(「あんなふうに、私もなれるかな」)
 夢姫は赤毛の娘をちらりと一瞥してそう呟いた。その胸中まで知り得ているかどうかは、本人のみが知り得る所であるが。
「さて、勝負の時間ですね」
 爪を手に小銃を担いだレイヴルが言った。彼もまた夢姫にとっては憧れを持つ存在であるらしい。
「はい。レイヴルさんは盾はお持ち‥‥ですか?」
「いえ、今回は準備してきていないですね」
 備えておくべきだったかな、と頬をかきつつ少尉。
「まぁ、なんとかしますよ」
「俺がカバーしてやるさ」
 アレックスが言った。
「あんたを死なせる訳にはいかないからな。次に同じような局面に立った時、前よりも様々な可能性を思いつける、だろ?」
「我々を守るように、という考えでしたら、それはそういう意味で言った訳ではないのですが‥‥俺も親父やあのちびっこ剣聖程、腕が立つ訳ではありませんが、五分の状況からやられる程、弱くも無いつもりです。圧倒的に不利な状況にさえならなければ、簡単には死にませんよ」
「そうかい?」
「ええ」にこりと笑ってレイヴル「ただまぁ、今回は楽させてもらいましょう」
「ちゃっかりしている」
 苦笑してアレックス。
「失礼、性分という奴ですね」
 ははと笑ってレイヴル。
「――行きましょうか」
「応」
 かくて十三人の能力者達は斜面へと向かった。

●作戦の開始
 傭兵達は隊を三つに分け隊列を組んで斜面へと踏み込んだ。
 右翼班は優、夢姫、シン・ブラウ・シュッツ(gb2155)、辻村 仁(ga9676)の四名、中央班はアグレアーブル、アレックス、エリザ、霧島、レイヴルの五名、左翼班は朧、ラシード、ラウラ、エレノアの四名だ。
 横幅百メートルの雪の斜面には線でも引かれたように崖に接する右端から中央と通り左端まで引かれている。UPC軍兵も端から攻める事を重視していたらしく崖沿いの進路の先にはごろごろと死体が転がっているようだった。
 右翼班の前列右に位置する優は坂に入ると覚醒し、足場に注意を払い、仲間達と声をかけ合いながら右の崖沿いを進む。手にはレイシールドを持ち急所をガードする事を重視しつつ、後衛の遮蔽になる事を意識している。常用樹が乱立する赤と銀の斜面は静かだった。遠くからAU−KVの排気音が聞こえて来る。
 右翼班の前列左に位置する辻村はカイキアスの盾を頭部と胴を中心に守るように構えて進んでいる。木々の利用を意識して進みたく思っているが、四人で固まって右端という一本のライン上を進むからには限度はありそうだった。
 辻村はまた適当な棒の先にシグナルミラーを括りつけた物を用意している。
「敵の姿は見えますか」
 優の背後を進むシンが無機質な声音でトランシーバーを手に軍に問いかけた。既に覚醒している。
「敵影確認できず。確認次第、連絡を入れる」
「了解」
 言葉を返してシン。無線機を入れっぱなしにしておく。彼は接敵するまでは連絡係を務める事になっていた。雪原仕様の迷彩外套「Reiher」を纏い、半透明のポリカーボネートを掲げて上半身を中心に守る。視界が開けている盾というのはこういう状況ではなかなか便利である。通常の盾は頭部を守るように正面に構えると著しく視界を塞ぐ。もっとも前方は優の背中と盾が視界の大部分を占めてはいたが。しかし、射線も塞いでくれているのでなかなか安全ではある。
 夢姫はシンの左隣、辻村の背後につけ、左にログジエルの盾を持ち右に小銃ルナを装備している。辻村と同じく木々の利用および、前衛の遮蔽を意識しつつ、頭部を守るように盾を掲げて進んだ。


 右翼班の左方五十メートル程度の位置を中央班の面々は進軍していた。
 中央のアグレアーブルは転がっている死者達に対しその供養は後の事と決め足場の確保優先した。レイヴルも当然のようにそのつもりであるらしい。戦場だ。
 アグレアーブルは班の左後列に大楯を構えて位置し、木々や仲間達が作る遮蔽を利用して進んだ。連絡役を兼ねる為、トランシーバーの回線を開きっぱなしにしておく。盾の外への視認にはシグナルミラーを利用した。見れる事は見れるが、やはり狭く、直接視認するよりは精度は下がった。この辺りは致し方ないところだろうか。
 中央右を固めるのはミカエルを装着しているアレックスだ。エンジェルシールドを構え、タクティカルゴーグルで索敵しながら進む。また竜の鱗と竜の瞳を発動、全身を淡く輝かせ頭部からスパークを発生させている。なかなか目立つ。もっともAU−KVは駆動音がかなり大きいので、隠密性にはそもそも難がある。撃つなら撃ってこいという構えか。
「鎧の隙間と言うのは動くことによってできる物。なら最小限の動きしかしなければ、それは生まれない」
 とはアレックスの言で、その言葉の通りに関節の駆動を最小限にしながら進んでいる。AU−KVは重量がある為、雪の斜面は滑りやすい。進み方と合わせるとなかなか高難度な進軍となる。かなりの経験を積んでいるアレックスならば不可能ではなかったが、体力と精神を少し疲労させる事にはなった。
 その隣、中央班の中央に構えるのは相棒の霧島である。バハムートに身を包んだドラグーンは頭部からスパークを発生させつつ正面にプロテクトシールドを構えている。凄まじい装甲だ。島もタクティカルゴーグルの望遠機能を用いて索敵していた。木の上や白い雪に敵が同化していないか注意を払い、前方のみならず左右、さらに後方へも注意を払っている。
「霧島君、背後は俺が見ますよ。分担しましょう」
 中央班の右後方につけているレイヴルがそう言った。曰く、あまりに広くを見ようとすると極端に精度が落ちてしまうから、だそうだ。
「了解‥‥目視した敵は、確実に皆へ伝える、よ‥‥」
 と霧島。曰く、その時は、絶対に見失わないよう全人員で協力して監視したい所だとの事。
 中央班の左に位置しているのはエリザだ。BM‐049ヴァルキュリアに身を固め竜の鱗を発動、光の粒子の翼を一瞬出現させつつ全身を淡く輝かせる。両手には竜斬の大斧ベオウルフを構えて進んでいる。
「こーいうチマっこい相手よりは、大型キメラなどの巨大な相手の方が得意なのですけれど‥‥」
 ブロンドの少女はそうぼやいた。この雪の急斜面では装輪走行も使えない。一見では相性が悪そうだが、さて。
「今回の戦いは此方の射程圏内に飛び込めれば、此方の勝ち‥‥ですわね」
 その巨斧で連打を加えられば勝気はありそうだ。近づけるかどうかが勝負になりそうである。


 左翼班は左の崖沿いを進む。
 ラウラは班の前列右に位置して進軍した。左端にも斜面の半ばで倒れた軍兵達の死体が、雪に血と肉片をぶちまけて倒れている。
「後で、みんなを連れて帰りましょう‥‥ここは、眠るには寒すぎるから」
 軍兵にちらりと目をやり、ラウラが沈痛を声に宿して呟いた。半透明のポリカーボネートを持ち直す。余計な箇所を相手から見られないように盾の下半分はテーピングで巻かれていた。樹の枝から雪がこぼれ落ちればその樹の上に視線を走らせる。彼女も上からの攻撃を警戒している。
 前列左を固める朧はジュラルミンシールドを構えながら進む。進軍中、拾っておいた枝を遠くに放ってみる。枝はくるくると回りながら放物線を描いて飛び、雪の斜面に刺さった。知覚しなかったのか、射程外なのか、それとも見極める目を持つのか。可能性は幾つか思い当たったがそのどれなのかは解らない。
 朧の背後、後列左を進むラシードは両手に愛用の突撃銃剣イブリースを構えている。地形や木々に注意を払い遮蔽になりそうな物を探し味方に伝えた。やはり端のラインを進む性質上、樹の幹を盾にするのは限界があるだろうが、左翼班はそれをなるべく盾と出来る様に進んでゆく。ラシード自身はラウラと朧が構える盾で遮蔽を取るように進み、双眼鏡を用いて索敵した。
 エレノアはログジエルの盾を左手に右手に剣を持ち、ラウラからつかず離れずの位置を取ってその背後を進む。敵の伏兵や見落としが怖い為、右側と右斜め前に注意し班メンバーと声を掛け合いながら進んだ。

●白い悪魔
 傭兵達には盾持ちが多かった。キメラ側の思考として、盾を崩すには側面から打つのが定石だが、左右の班は共に崖沿いに進んでいる。左翼は左に崖を、右翼は右に崖だ。これを横から撃つには中央に進み出る必要があるが、中央には五人配置されていた。各班の間はおよそ五〇メートル。間に入るにはなかなか狭いラインだ。
 進み出た場合、挟撃を受ける可能性も考慮しなければならない。地形を利用したなかなか厄介な布陣である。
 盾を抜く為には角度をつけて撃ちたい所。
 各個撃破を狙うなら、左か、右か、いずれにせよ中央班の威圧力が大きく影響してくるだろう。
 故に集中して崩すならばまずは中央か?
 もし傭兵達の戦力が十三名全てであったならば、何名かを左右の崖から密かに滑り降りさせて、その後背に回り込み挟撃する所であるが、後方にUPC軍が監視に構えている為にそれは些か厳しい。取って返されて逆に軍と挟撃、各個撃破される事になりかねない。
 キメラ達のSMGの射程は二〇〇あるが、この木々が乱立する斜面では、真っ直ぐに二〇〇メートルを撃ち抜ける箇所は限られている。一〇〇メートルでも、ほんの僅かだ。傭兵達は木々の遮蔽を取るように前進しているから、最長射程で撃ち抜く機会はほとんど無いだろう。だが、進路の予想がほぼ確実に立てられるなら、針の穴を通す機会も得られるというものだ。その対角線上で横切るのを待ち構えれば良い。勝負を決めるのは、その危険地点を通り過ぎる速度か。遠距離の動く目標に対しては、未来を予測して撃たねば狙った箇所には中らない。弾が飛ぶ間に僅かにずれる。
 狙うなら端を真っ直ぐにあがる敵の左翼か右翼。盾を持つなら左翼だ。傭兵達は皆、盾を左手に持っている。右側からの攻撃に対して人体の構造上、防ぎづらい。
 雪の斜面上に伏せていた子供サイズの白い体躯を持つキメラ達は、傭兵達の進軍を見て取ると小声で鳴いて意思を伝え合い作戦を決め、以降は音を立てずに山林の間を雪に紛れて動いた。

●山林戦
 左翼班のエレノアはやがてごろごろと死体が転がっている地点まで辿り着くと、伏している亡骸に近づきそれを観察した。
「仏さんに無体やけど、許したってや」
 死体を覗き込み、どの角度から撃たれているかを割り出そうとする。瞬間、エレノアの額を初め顔面周辺を猛烈な衝撃が貫いていった。あ、と呟きを洩らして女が鮮血をぶちまけながら倒れる。白い雪が真っ赤に染まった。十連の弾丸が、右斜め四五度から来て、盾と身体の隙間に入った。警戒すべき場所は合っていたが、死体と斜面の上は同時には見られない。
 猛烈な弾丸の嵐が左翼班を崖に叩き落とさんする勢いで襲いかかる。ラウラの眉間へも弾幕が迫り来た。咄嗟に顔を振る。額の側面に銃弾が激突して、頭蓋が揺れ、血飛沫が舞った。
 朧とラシードは素早く周囲を見渡す。雪の山林が静かに佇んでいるだけだった。
「‥‥左翼班、攻撃を受けた。敵の姿は見えない」
 ラシードはトランシーバーを手に無線へ連絡を入れた。ラウラは盾を構えつつ膝をつく。朧は倒れたエレノアの前に移動し、周囲を探りながら壁になるように盾を構えた。
「‥‥っ、生きてる?」
 ラウラが顔を抑えながら言った。
「‥‥一瞬、三途の河が見えたわ」
 ぐぐっと身を起こしながらエレノアが言った。眉間の奥から肉が盛り上がって銃弾がぽろりと落ちる。活性化のスキルだ。二人とも柔軟なフェイスマスクのおかげで致命傷は避けたようだ。
「ダークファイターは便利ね。手当てを」
 ラウラは言いつつ額の右端から弾丸を取ると、フェイスマスクを外して手早く救急セットで応急処置を始めた。
「早めの処置が肝要やね」
 エレノアは頷いて言いつつ活性化を継続し治療に努める。
 左翼が攻撃を受けた報せを聞いて中央班のアレックス、霧島、エリザ、アグレアーブル、レイヴルは周囲へと視線を凝らす。だが山林があるだけだ。敵の姿が見えない。
「左翼が攻撃を受けたようだ」
 右翼班、シンが言った。先刻、右翼の面々は前方から小さな音を聞いていた。右翼班の優、辻村、シン、夢姫はより一層注意して前方へと眼を凝らす。林の間、雪があるだけだ。撃ったのならばマズルファイアが見られる筈だが、木々で遮蔽を取ったのか見えない。敵の姿も、影すらもまるで見えなかった。
(「‥‥?」)
 否。百メートルと少し先、優は雪の中に白く蠢く影を一つ、その視界に納めた。
「前方、敵一発見。距離およそ百十!」
 言って猛然と駆け出す。他の三名もそれに続いた。シンは無線機に同様の言葉を伝える。
 一匹だ。こういった、敵がばらけている場合、どう動くのか。難しい所だ。
 とりあえず、左翼班は負傷者の治療の為に待機。中央班は前方へと走った。
 キメラは右翼班に発見されたのに気付いたか、起き上がると全力で斜面を駆けあがり始める。傭兵達の方が速い。シン、閃光手榴弾の投擲は見送った。背を向けている相手に投げても意味がない。
 走る優、辻村、夢姫の足元へと弾丸が直撃した。痛みと衝撃に三人の身が揺らぐ。左翼班のラシードは前方百、百二十、百四十メートル程度先でそれぞれ複数のマズルフラッシュを確認した。雪原の中に、いる。数は三匹、分散している。ラシードはその旨を無線機に告げる。朧は盾をエレノアの前に突き刺すと、背からデカラビアを取り出して構え、練力を全開にして駆け出した。疾風脚、限界突破、瞬天速を発動。雪に足が滑る。転倒はこらえたが、なかなか常の通りの加速はつかなかった。それでも大分加速した朧の後をラシードは追う。
 撃たれつつも間合いを詰める右翼班、相対距離八十、夢姫は左に外れると拳銃ルナを構え、雪の山林の隙間をジグザグに走る白の塊へと銃弾を連射した。弾丸が唸りをあげて飛ぶ。ペイント弾がキメラの背に炸裂し、鮮やかな色を散らせた。ベルセルクに武器を持ち変え雪に足を取られつつも迅雷で加速する。
 逃げ切れぬと悟ったか、キメラは右翼班へと身を返すとそのままSMGで猛弾幕を解き放った。辻村は素早く顔の前に盾を引きあげてかざす。弾丸が盾に激突し激しい火花が散った。シン、晩天印を取り出す、射線が通っていない。夢姫の背後を斜めに左に外れる。木々の間から倒れているキメラの頭部を狙って鋭角狙撃を発動させ発砲、連射。うち一発の弾丸がキメラの頭蓋を撃ち砕いた。がくりとキメラの状態が仰向けに倒れる。相変わらず優れた命中精度だ。
 左翼班、治療を終えたラウラとエレノアが駆け出す。先頭を走る朧に正面と右側面から弾丸の嵐が飛来した。盾に弾丸が激突して火花が散り、側頭部に弾丸が炸裂し女の視界が激しくぶれた。頑強なヘルムが火花を散らしつつも弾丸を弾き飛ばす。倒れない。ラシードは正面に見える白い塊へと狙撃眼、影撃ちを発動、猛烈な勢いで貫通弾を撃ち放った。弾丸が回転しながら飛びキメラの身を貫く。キメラの身から鮮血が噴出し、次の瞬間、ラシードは右側の頭蓋を撃ち抜かれ赤い線を宙へと引きながら倒れた。
 中央を走る五名。行く手の木々の陰から激しいマズルフラッシュを見る。およそ発光点は三つか。アグレアーブルは常より減速しているが瞬天速、限界突破、疾風脚で加速して飛び出す。機動が単調にならないように身体を傾けて進路をずらしつつ前進する。十連の弾丸が右後頭部をかすめ、赤髪を数本舞わせながら突き抜けて行く。かわした。
 アレックス、霧島、エリザの三名の頭部へと右方より猛烈な勢いで弾丸が飛来して激突した。AU−KVの装甲との間で火花が散る。エリザ、アレックス、目眩がしたが倒れる程ではない。霧島は効いてない。急所を狙って来る相手には、全身装甲のドラグーンは強い。レイヴルは両手の巨大な爪で頭部を挟みこむように守りながらアレックスの背後につけ姿勢を低くして走っている。
 相対距離八十。アレックスは竜の爪はセットされていないのでバラキエルで通常発砲。キメラの身に弾丸を叩き込む。強烈な威力を秘めた弾丸がキメラの身をぶち抜き、鮮血を撒き散らして倒れる。霧島は竜の爪、竜の瞳、竜の息を発動させ盾の間からケルビムガンを覗かせるともう一匹のキメラへと猛射した。弾丸唸りをあげて飛び次々に突き刺さる。間合いを詰めたアグレアーブルは拳銃黒猫を連射してそのキメラの頭部へと追撃を入れた。キメラが頭蓋を打ち砕かれて倒れる。
 中央班が射撃を受けた時、右翼班はそのマズルフラッシュを確認していた。三つ。シンは閃光手榴弾を投擲した。雪原に手榴弾が転がる。三十秒後に爆発。
 夢姫、優、辻村がそれぞれ木々の陰へと飛び込んだ。至近に現れた夢姫へとキメラがSMGで猛射をかける。夢姫は盾で弾丸を受けつつ刹那を発動。横に射線を外しざまベルセルクで眼にも止まらぬ高速連撃を繰り出した。四連の刃が一刹那に炸裂しキメラが断末魔の悲鳴をあげ、鮮血をぶちまけながら銀雪に倒れる。優もまた急所を盾で守りつつ弾幕の中を突き進むと、撃たれつつも踏み込み、キメラ目がけて月詠で袈裟に叩き斬った。キメラが防御に翳した銃が真っ二つに断たれる。優はさらに五連の剣閃を巻き起こし、キメラを滅多斬りにして斬り倒した。
 辻村もまた木立ちの陰へ跳び込むと、キメラを見据え間合いを詰める。キメラがSMGを構えて至近から反撃してくる。素早く盾を頭上に掲げ銃弾を防ぎ、横にスライドしながら踏み込み間肉薄、右手に構える血桜を振り上げた。次の瞬間、唸りをあげて振り下ろされた刃は、キメラの面を叩き割り、赤い骨肉の欠片を飛ばし、身をよろめかせた。辻村はすかさず三連斬を繰り出してキメラを血の海に沈める。
 中央、キメラへと接近するエリザは迎撃の弾幕を受けて身体のあちこちから火花を散らしていた。装甲の隙間を抜かれて、口から鮮血を吹きだす。盾がないとキツイが、頭部は巨大な斧刃でガードしている。接近すると颶風を巻き起こしながら長柄戦斧を振るってその首を刎ね飛ばした。首なしのキメラが鮮血を吹きあげながら雪原に倒れる。
 左翼。朧、ラウラ、エレノアが前方のキメラへと突き進んでいる。迎撃の弾幕が猛烈な勢いで襲いかかった。敵の姿が見えていれば対応出来る。三人は盾を素早く翳して突っ込む。猛烈な火花が散った。
 朧は間合いに入るとそれぞれのキメラの銃目がけて苦無を投げつけた。SESナイフが宙を裂いて飛び銃身に激突する。銃口が明後日の方向へと弾かれた。ラウラは素早く拳銃ラグエルを構えるとラシードからの射撃を受け血を流しているキメラへと猛射した。弾丸が勢い良く飛び出してキメラの身をぶち抜いてゆく。猛撃を受けた白のキメラは鮮血を撒き散らしながら倒れた。
 同様に銃口が逸れた隙に加速したエレノアは間合いを詰め、キメラの懐へ一気に飛び込んだ。雪を散らしながら踏み込みクロムブレイドで袈裟に斬りつける。閃光が走り、ぱっと赤い血が宙に散る。さらに駆け寄った朧がライガークローで一撃を叩き込んだ。キメラが衝撃によろめく。
「オネムの時間だ」
 エレノアは呟き、刀身に極限までエネルギーを集めると下方から逆袈裟に斬り上げた。至近距離から猛烈な音速波が巻き起こり、キメラの身を切り裂きながら吹き飛ばす。キメラは血をぶちまけながら雪原に落ちる。それきり二度と動かなくなった。


 かくて、傭兵達はキメラを撃破すると、軍と共に戦死者達の遺体を回収した。後に弔いが行われるだろう。
 負傷者に対しては軍に同行しているサイエンティストが早めに練成治療をかけてくれたので特に傷跡が残るような事はなかった。
 ハイレディン率いる部隊は赤く染まった斜面を踏破し、ついにプラントへと接近するのだった。