タイトル:蜘蛛の赤石マスター:望月誠司

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/04 12:03

●オープニング本文


 二○十一年の年明け、赤道付近を航海中の船が空と海中よりキメラの攻撃を受け沈没した。UPC軍がバグア軍と激突するくらいには、航行中の船がキメラによって沈められるのは珍しい事ではない。
 だが、しかし、ありふれた事件だとしても、それによって失われてゆくものは唯一にして替えの効くものではない。
「子供が産まれる筈だったんだ」
 金髪の男が薄暗い部屋でテーブルの上で指を組み、俯きながら言った。
「俺は実業家で妻は傭兵だった。傭兵業っていうのは危険だろう? だから、子供が宿ったのを機にジーナは昨年一杯で傭兵を止めて‥‥一緒にこの国で暮らそうと、俺は家も作って待っていた。彼女は一月の生まれだったからな、誕生日に驚かそうと思ってこっそりつくっておいた。部屋は沢山作った。子供の為の部屋も作った。この部屋がそうさ」
 ロベルトはふっと笑う。
「‥‥辞させるんじゃあなかったのかもな。こんな時代に自分達だけが幸せになろうとしたから、罰があったったのかもしれん」
 男は昏い眼をして言う。
「乗客達の話では‥‥ジーナは艦内へ乗り込んで来た竜人型の六匹のキメラを相手にドレス姿で拳銃一丁で立ち向かい、そして剣で腹を刺し抜かれて殺されたそうだ。乗員達が逃げ出す時間くらいは稼ぐとかなんとか、そんな――」男は何かを言いかけてから一度口をつぐみ、それからまた口を開いて「事を――言っていたそうだ」と呟いた。
 拳を握りしめて男は卓に叩きつけて言う。
「彼女は‥‥そう、太陽のような人でね、赤い色が良く似合った。優しくて、明るくて、責任感が強くて、勇敢な人でね、力を授かったからには平和な世の中を作るんだとか良く笑って言っていたよ。誕生日も一月だったから、だから俺は結婚指輪にはガーネットを埋め込んで贈ったんだ」
 男は息を吐き、落ち窪んだ両眼で傭兵達を見た。
「船も彼女も彼女がはめていた指輪も皆、暗く深い海の底に沈んだ。指輪を取って来るのは愚か、見つけ出すのすら難しい事は解っている‥‥だが、探してきて貰えないか」
 頼む、と男は頭を下げて言った。


 真っ青に澄んだ海、太陽が眩しく輝いている。
 ここは赤道直下の海域。キメラの生息域の間を絶妙に縫って鉄鋼艇が青い海の上をひた走る。
 鉄鋼艇の先端から広がる視界は地球は青く丸いのだと感じさせる。熱い潮風が顔面に吹きつけ、空を真白い雲が流れてゆく。
 船の上には白い髭を蓄え、サングラスをかけ、ハマキを咥え、アロハシャツを着込んだ筋骨逞しい初老の男が舵輪を握って立っていた。そこそこに名の通った海洋冒険家、トレジャーハンター、サルベージャー、アグナム・ロックだ。ロベルトの妻、ジーンとは古くからの知り合いであり、それなりに交友があったのだという。
「おお、見るが良い! 白雲は足を踏み鳴らしがなり立てるロックの如く、青空を彼方へと漂ってゆく!」
 アロハな老人は照りつける太陽に黒いグラスを輝かせ、向かい風にハマキ流れる白い煙と自らの白髪を流しながら詩らしきものを叫んだ。
「解るかね、若人よ?!」
 解るかいな、と多くの者が思ったが老人は構わずに風に向かって怒鳴るように叫ぶ。
「俺はジーン=スパイダーという女を知っている。その二つ名の通り蜘蛛のような女だった! 狡猾でな、嘘ばっかり吐き、男を騙すのなんざお手の物! あのロベルトの坊ちゃんも色気でころっと騙されてまぁ、なんであんな嘘の塊みたいな女の言う事を信じるかね?! ロベルトは馬鹿じゃない。あの若さであれだけの会社を経営しているだけあってたいしたものさ! だが愛は盲目か? 上手い事やりやがったと思ったものよ! あのジーン=スパイダー、盗みや暴行を働くような外道ではなかったが、性悪女という表現がぴったり来るわ!」
 老人はハッ! と鼻で笑う。
「しかし、ロベルトは平和な所の生まれだが、ジーンはあまり平和でない所の生まれでなぁ、何十年前だかは忘れたが、あのしょんべんたれのチビスケは『私はこんな掃き溜めから這いでて、優しい人のお嫁さんになって一緒に暖かい幸せな家庭を築くんだ』とかほざいていたな! あいつはその夢は誠実に追っていたと見える!」
 アグナムは俺はな! と叫びさらに言う、
「俺はな! 世間に対して貴様等今に目にもの見せてやる! と言い続け駆け続けて来た! そして気がついたらこの歳よ! しかし俺は後悔しておらん! おお、騒ぎ立てる老人、今は大海を渡り歩いているがいずれ棺桶に入るだろう! 皺だらけの顔で恥知らずにも好き勝手に歌ってる! 墓場に持ってゆけるのは思い出のみよ!」
 アグナム・ロックは言う。
「流離い人の心は流離い人にしか解らず! 駆け抜ける者の心は駆け抜ける者にしか解らず! 鴉が何故鳴くかといえば鴉の勝手なのだ! マスクド・タイガーの心は虎男にしか解らず! 子供の心は子供にしか解らない! 故に世界には千億の答えがある! この天地は広大だ! だが人はそれを狭く思い、故に俺達は岩を転がす。流される者はロックではないが、風を負って空と海とを渡りゆく者はロックだ。解るか? 俺も正直な所は正確には良く解らん。なんとなく『そう感じる』だけだ。だがしかし俺はそれを信じて生きて来た!」
 男は言う。
「あの世に物質は持ってゆけぬがしかし魂は物質に宿る。お前のハートが鼓動を打つように、あの赤い宝石には千の夜を駆け抜けた蜘蛛の鼓動が宿っている。奴もまた空と大地の狭間を走りぬけて逝った。感傷は役に立たぬ。されど墓場に持ってゆけるのはそれだけだ。故に俺は渡さねばならぬ。魂をな。俺はあの赤い宝石を紺碧の闇の底から見つけ出し、拾い上げて持って来てくれという願いを叶えると約束した。故に渡さねばならぬ。世界は受け継がれて回り、魂は何者かの中で生き続けてゆく。」
 アグナムは言う。
「無論、こんな事はお前達にとっては関係のない話だ。お前達の仕事は海にもぐり、船に踏み込み、蜘蛛の指輪を探し出して持って来る事であって、それ以外ではなく、それ以外であるべきではない。ならば何故俺はこんな事を語っているのか? それはお前達の働きに期待したいからだ。この仕事を成功させたいからだ。獲物は大きい方が狩り甲斐があろう。蜘蛛は既に無いが、あの宝石は蜘蛛がこの世に残した魂の欠片だ。友が遺した欠片を受け継がんと友が愛した者が欲するのならば、俺はその証を拾い上げ、それを渡さねばならぬ。それが、好き勝手に駆け続けた爺が己に課す数少ない掟というものだ――失敗する訳にはいかんのだ。アグナム・ロックの名にかけてな」
 言って初老の男は船を止めた。
「さぁ、来たぞ傭兵諸君、船の墓場だ。着替えは済んだか? 装備の点検は済んだか? 船の構造は頭に叩き込んだか? 全てに問題はないか? 問題がなければゆくがいい。幸運を祈る」

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
OZ(ga4015
28歳・♂・JG
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
美海(ga7630
13歳・♀・HD
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
常世・阿頼耶(gb2835
17歳・♀・HD
クアッド・封(gc0779
28歳・♂・HD
エスター・ウルフスタン(gc3050
18歳・♀・HD

●リプレイ本文

 青い空、白い雲、そして広がる大海原だ。
(他人の死に様なんか知るかよ。クソの役にも立たねー話をべらべら喋りやがって)
 蒼に浮かぶ鉄鋼艇の上、胸中で悪態をついているのはOZ(ga4015)である。
(話し相手が欲しけりゃ施設に行きなクソジジイ)
 そんな事を思う。
「‥‥結婚式を間近に控えて、海の中になんて‥‥」
 一方、エスター・ウルフスタン(gc3050)は今までの話を思いだし「ううっ」と涙していた。傭兵達の視線がそちらへと向くと少女は目の端を手の甲で拭いながら、
「‥‥あによ。泣いてないわよ。ていうか。船長うるさいっ!!」
 と、そんな事を言った。
 OZはあの暗い部屋に居た男の事を思った。ロベルトはかなり成功している実業家だ。金は勿論『力』もある。OZが参加した理由の一つは実業家に恩を着せ関係を作る為だ。
(‥‥何なら骨も一緒に拾ってきてやるか? 別料金だがな、色男)
 胸中で呟き鼻で嗤う。無論理由はそれだけではない、
(ガキの使いじゃねーんだ。他所が手ェ入れる前に取るもん取っとかなきゃよ)
 それがOZが参加したもう一つの理由だった。沈没船から金目の物を漁る為に参加したのである。
――そこに宝があるなら奪うべきだ。
 そう思っているのは一人だけではなかった。
「海に沈めておくより‥‥有効活用、ね」
 キア・ブロッサム(gb1240)が海を見やって呟いた。猫を被っているが依頼達成・副次品確保の為となれば、それを捨てる行為に悪びれはしない女である。
「何か言った?」
 エスターが問いかける。
「いえ‥‥この仕事‥‥失敗する訳には‥‥いきませんね、と‥‥ふと、思いまして‥‥」
 嘘では無い。こんな美味しい仕事を失敗させてどうする、という奴だ。
「そうね、頑張りましょう!」
 赤毛の少女は気合いを入れて拳を握った。多分に違う意味で受け取っているが、まぁキアが普段は猫をかぶっているなら、なかなか解らないだろう。
「トレジャーハント、か。心の宝だな」
 海に久しぶりに潜るか、と船上で釣り竿を振るっているのはUNKNOWN(ga4276)である。
「なかなか大掛かりな失せもの探しだね。魂は物に宿る、か。随分とロマンに溢れた言葉だが‥‥嫌いじゃない、な」
 クアッド・封(gc0779)もまた髪と紫煙を潮風に流しつつそう呟いた。なお彼はこの海域に入る少し前に生肉を大量に調達してバラ撒いていた。別の場所に獲物を撒いておき、そちらに周辺の鮫キメラを集めておこう、という訳である。アグナムに意見を伺った所、
「鮫キメラはまず何よりも生きている人間を喰い殺そうと動く。だが、周囲に生きている人間がいなければ話は別だ。そして連中は鼻が良い。あるいは、血の匂いに寄せられるかもしれんな」
 とそんな事を言っていた。
「絆が今確かに形を成す‥‥」
 終夜・無月(ga3084)は蒼海を眺めながらミッションを前に精神を集中させている。
「生身で潜るのは久しぶりなのです。勘が鈍っていないとよいのですが」
 美海(ga7630)はそんな事を言っていた。ちなみに本日の美海はまた怪しげ免許証を引っ提げて来ていた。「鮫料理人免許皆伝」と「100m素潜り1級」の二つである。無さそうで有りそうでやっぱり無さそうな具合がなんともいえない所である。
 とりあえず、これさえあれば、鮫が何匹来ようがいざというときにAU−KVが壊れてもなんとか生還できるか? という期待である。しかし、その前にAU‐KVは水に浮かない。海底を歩いたり登ったりして帰れる場所ならともかく、今回は装着して潜るのは無理だろう。
 常世・阿頼耶(gb2835)はその点をフロートを申請する事でなんとかしようとしていたが、AU‐KVを装着した人間を浮かせる事が可能なレベルとなると相当なものだし、穴が空いて空気が抜ければ海の底だ。
 アグナム曰く「AU‐KVを装着しての潜水は今回の状況では見送った方が良いだろう」という事になり、両者ともに生身で潜水する事となった。
 美海は事前に同型艦の見取り図を入手せんと相談すると、アグナムが何処かから沈んだ客船の地図を調達してきていた。
 キアは地図を見て客室の位置を叩き込んでおく。エスターもまた出入り口の数や位置を確認しておく。防水処理をして持ち込もうと思ったがアグナムがナビで使うらしい。船内は暗いだろうし鮫キメラに追われている場合に見ている余裕があるかどうか解らない。任せた方が良さそうなので持ち込みは止めておく。
 UNKNOWNは出発前に簡単なハンドサインを非常用に皆に教えた。
「息はゆっくりと。急ぐと空気が早く無くなるから、ね」
 ダイバースーツを着込み、装甲をつけつつUNKNOWN。エアを点検してチェックしゴーグルに曇り止めを塗りナイフも借りておく。
 クアッドは耳抜きや潜水時の各種段取りを周知徹底し、円滑な潜水を目指した。
 今回のサルベージに当たり傭兵達は三班に別れて探索に当たる方針を立てた。
 すなわち先行してキメラに対して囮になる先行班と、敵との交戦は極力避ける探索。そしてその中間、手の足りない方へ回る兼務班である。
「さて、先に行こう、か」
 先行班のUNKNOWNは準備を整え覚醒すると探査の眼とグッドラックを発動し甲板から海へと入る。同班の終夜がそれに続いた。
 蒼く明るい透明度の高い海だ。波は事前の説明の通り穏やかである。
「なかなか、いい海だ」
 UNKNOWNは海中を見回して呟きつつ、頭部を海底へと向けて水を足で蹴り潜ってゆく。船は海底に沈んでいる。とりあえず底へと向かう。
 先行班の二人が十数メートルを進んだ所で兼務班の美海とクアッドが出発する。クアッドはビニール袋で防水処置をした閃光手榴弾を探索班のキアへと渡しておく。
「小さいけれど心は錦」
 美海がそんな事を言った。美海とクアッドは海へと入り、先行班の終夜とUNKNOWNを追ってゆく。
「往路はなるべく楽に行きたいところ、だが‥‥さて」
 クアッドはそう呟いた。
 潜行開始から十数秒、先行班の二人がそろそろ光も消えて来た深度三十m辺りまで潜行した頃に探索班のOZ、キア、常世、エスターの四人が海中へと入る。先行班からは客船を発見したとの報告が入った。
 終夜とUNKNOWNの二人はライトを点けて紺碧の海中を潜行し光で照らして海底を走査し、沈んだ客船を発見していた。白いペンキの塗られた巨大船。あれが恐らく目標の船だろう。
 とりあえず後続を待つ事にすると、不意に船の方へと向けていたライトの中を何か巨大な碧い影がよぎった。浮かび上がって来る。光を向ける。六mにも及ぶ巨大な物体。鮫キメラだ。視認出来る数は三匹――四、五、六、七、どんどん増えてゆく。十二匹。沈没船を巣にしていたようだ。海中を矢のような速度で突っ込んで来る。
 終夜はブリットストームを発動、鮫キメラに対し水中用アサルトライフルを向け薙ぎ払う。猛射。弾丸の嵐が十二匹の鮫キメラを次々に撃ち抜きその皮膚を爆ぜ飛ばしてゆく。壮絶な破壊力だ。水中でもKVクラスのそれである。
 UNKNOWN、血飛沫を吹き上げながら突っ込んで来る鮫キメラへとアサルトライフルの銃口を向け二連射。連続で直撃させる。強烈な衝撃が炸裂し鮫キメラの瞳からふっと光が消えた。撃破。
 しかし水中では動きが取りにくい。終夜もUNKNOWNの行動力が著しく低下しておりUNKNOWNに至っては常の五分の一以下の速度である。地上のように怒涛の猛連撃を繰り出す事は不可能だ。
 巨大な鮫達が仲間の屍の脇を乗り越えて終夜へと一斉に襲いかかる。終夜、瞬天速を発動、水を猛烈な勢いで蹴って間合いを取らんとする。だが、終夜の水中でのそれよりも鮫が泳ぐ速度の方が速い。魚だ。
 正面より巨大な顎を剥いて鮫キメラの一匹が終夜へと噛みつきにかかり、終夜は水中を蹴って横にスライドして回避。直後に別の二匹目が突進し終夜は身を捻って回避、また直後に三匹目が突進しその右脚を呑みこむ勢いで噛みつかんと迫る。終夜は左に持つアロンダイトを収束して突き出し牙を止める。同時、四匹目が横合いから迫って胴に噛みつかんとする――喰らうとタンクをやられる。かわせない、左はさっき使った。終夜はアサルトライフルを持っている右で遮るよう鮫の口の中へと腕を突っ込んだ。ギロチンのように顎が閉じられ猛烈な衝撃が二の腕に伝わり、五匹目が頭部を狙って上から噛みつき終夜は頭部を振って回避して左肩に噛みつかれ。六匹目が左脚に噛みつき、七匹目が左腹に噛みついて背中の左のタンクごと大穴が空き、八匹目が右腹に噛みついて右のタンクごと大穴があいた。残りの三匹は噛みつくスペースがなくなったのでUNKNOWNの方へと向かう。初撃を外した三匹の鮫ももう一度噛みつきにかかりそれぞれ左腕、右脚、頭部へと噛みついてフェイスマスクを打ち砕く。
 終夜は二発攻撃を回避し一発受けて二十一発鮫の牙が直撃。一対一なら終夜ならば例え水中でもどうとでもなるが、バグアの超強敵に傭兵の攻撃が当たるのと同じ道理だ。回避スペースが無い。鮫達の牙が装甲に激突して火花を散らしぎりぎりと万力のように締めながらそれぞれ首を振る。外から見ると巨大な鮫が一点に頭部を突き合わせて集中している形だ。その巨体の密集の隙間から辛うじて終夜の腕が見える。負傷率二割二分。普通、死んでると思うんだが、終夜無月、恐ろしく頑健だ。だが穴のあいたタンクからは巨大な気泡があがって酸素は全て消えていった。おまけに顔面と後頭部を挟むように噛みつかれている。このまま行けば長くはもつまい。
 UNKNOWN、三匹の鮫キメラの突撃を水を蹴ってスライドしてかわし、身を捻ってかわし、足を引いてかわし、また後退して腕を使ってすれ違いに鮫を押して身を反動で飛ばして避け、捻って避け、蹴りつけて飛んで避け、避けて避けて避ける。六mのキメラ鮫八匹は死ぬが三匹ならUNKNOWNならなんとかなる。これでも十分、水中で人間じゃない動きをしているような気もするが。
 他方、探索班、OZは隠密潜行を発動、先行班に集中している鮫達を回避するように沈没船へと急ぐ。
(積極的に戦闘に参加しない事が生き残る秘訣って奴だ。戦いたい奴に片付けさせりゃいい)
 ククク、とOZは紺碧の海中に笑う。探索班の残りの三人もまたOZの後をついて迂回して海底へと潜行してゆく。
 美海、どう考えても頭数が足りていないのは戦闘班な気がしたので海水を蹴って急潜行して向かう。
 終夜に群がっている鮫キメラの群れへと接近、うちの一匹、頭部へと噛みついているそれへと迫ると左右の手に持つ試作型水中剣「アロンダイト」を構える。水中用SES機関が唸り、エネルギーが発動して水が収束、1.6mの長大な刃と変化した。降下による突撃の勢いを乗せて左右の水刃を振るう。二連斬。
 水の刃が直撃してその胴体が半ばから掻っ捌かれる。終夜に噛みついている一体から力が抜け瞳から光が消えた。撃破。後十体。
 クアッドもまた潜行すると終夜へと練成治療を発動した。終夜の身に活力が宿ってゆく。止血を図り、血の臭いをなるべく抑える事が目的だが、流石にこの状況では完全に傷を塞ぐのは無理そうなので一度に留めておく。クアッド、超機械の電磁波を利用して鮫特有の感覚器官の撹拌を試みたい。特有の感覚。鮫は獲物の存在をまず聴覚で感知し、匂いを辿って接近し、目で見て、至近距離になると弱電気で正確な位置を察知する。故に電磁波で撹乱を狙うのは、もしかしたら鮫キメラにも効くかもしれない。クアッド、準備段階からしてそうだったがかなりクレバーさが目立つ男。良い狙いだ。だがその手に持っているのはシャドウオーブだ。放つのは黒色エネルギー弾であって電磁波ではない。とりあず終夜に噛みついている鮫キメラの頭部を狙って黒色エネルギー弾を放つ。命中したが、やはり水中ではろくに効果を発揮しない。
 終夜は頭部を振って噛みついていた鮫キメラの死骸を振りはらうと、六mの鮫キメラに肘部を噛みつかれている水中剣アロンダイトを持つ左腕を、噛みついているキメラごと振るって右腕に噛みついている鮫キメラの頭部へと突き立てる。壮絶な破壊力が炸裂し一撃で鮫キメラの頭部を奥深くまで貫通した。必殺の一撃。そのまま振り抜く。鮫キメラの頭部が爆ぜて鮮血が吹き出した。鮫キメラの瞳から光が消える。撃破。
 美海は再度左右の水中剣を振るって二連斬を叩き込み終夜の肩に噛みついている鮫キメラを斬り殺す。終夜は右手の空になったアサルトライフルを捨てると腰の後ろからもう一本のアサルトライフルを取り出した。がぼと砕かれたフェイスマスクの隙間から呼気の泡が洩れてゆく。
 終夜に噛みついている六匹の鮫達は顎にさらに力を込めて牙を沈めてゆきながら頭部をしゃむに振る。終夜の装甲が貫かれ鮮血が溢れて海中を染めてゆく。周囲は既に真っ赤だ。負傷率一割八分。クアッドが練成治療を発動させ終夜を全快させ、UNKNOWNへ突っかけている鮫キメラの眼前に踊り出る。男は牙を剥き迫る鮫キメラの咥内へとシールドを突っ込んだ。鮫キメラの顎が閉まり、シールドに圧力をかけるが――砕けない。閉まらない。顎を使えず、噛みつけない鮫キメラの武器など体当たりくらいなものだが、牙に比べれば脅威ではない。クアッドは一匹の鮫キメラの攻撃能力を激減させる事に成功する。
 UNKNOWNは三匹の鮫キメラの突撃を回避しつつ、途中から二匹となったそれの全撃を水中で機動しながら避け切る。アサルトライフルを終夜の右腹に噛みついている一匹へと向け連射。二連の弾丸を叩き込んで撃ち殺す。撃破。
 他方、客船へと辿りついた探索班、常世は船の窓ガラスへとアサルトライフルの銃床を叩きつけて破砕、そこより内部へと侵入する。
「アグナム‥‥予定経路より‥‥船内に侵入しました‥‥ナビゲートを‥‥お願いします‥‥」
 キアがヘッドセットの無線で海上のアグナムへと要請する。
『辿りついたか――うむ、感知した。予定通りの位置だな。そのまま右手へ進め、次の曲がり角を左。そうするとデカイ通路に出る筈だ』
「了解‥‥」
 キア、OZ、常世、エスターの四人はアグナムの指示に従って船内を進んでゆく。
 他方、死闘を繰り広げている戦闘班。
 血の匂いに引かれて海の彼方より鮫キメラがちらほらと集まって来ている。
 終夜は練力を全開に解放しブリットストーム発動、自身ごと撃つ勢いでアサルトライフルの銃口を己に噛みついている鮫キメラへと向ける。至近距離からその頭蓋へと次々に壮絶な破壊力を秘めた弾丸を叩き込んで爆砕してゆく。五体撃破。
 UNKNOWNは自身へと向かって来た鮫キメラへとナイフを抜くとその刃をカウンターに突き立て引き裂いて斬り殺す。健在なもう一匹へは美海が二刀を振るって斬り殺した。クアッドは牙を封じられた鮫キメラの三段突撃をまた新たに取りだしたシールドを翳して受け流している。
 探索班は食堂の前に出た。閉じられていた扉を破壊して食堂に踏み込む。
 探査班は薄暗い荒れた食堂にライトを投げる。淀んだ水。腐乱した死体があちこちに浮かんでいた。沈みゆく時か襲撃後かは知らないが、誰かが最後に扉を閉めて密閉したらしい。それで生き残れると信じたのか。
 常世、酸素の残量をチェックまだまだ大丈夫、余裕だ。
 OZ、キア、常世、エスターの四人は調査を開始する。
 終夜が空になったアサルトライフルを捨てると、またもう一本を取り出して最後の一匹へと弾丸を飛ばして撃ち抜いた。撃破。
 UNKNOWNは終夜へと声を発しつつハンドサインで「上がれ」と合図を送った。傷はクアッドの練成治療でなんとかなっても息が続かない。このままでは死んでしまう。終夜は壊れた無線からの雑音を耳にUNKNOWNのサインを見て無念を現すように少しだけ眉を動かしてから「了解」の手合図を返して浮上に向かった。
 紺碧の海より七匹の鮫キメラが突っ込んで来る。期待値、運が良いのか悪いのか。
「こっち、だ」
 UNKNOWNは閃光煙草をちぎって投擲するとアサルトライフルで射撃して閃光を撒き散らした。
 七匹の鮫キメラが光を受けて機動を変更しUNKNOWNへと嵐の如くに襲いかかってゆく。UNKNOWN、四匹からの猛攻をかわし、一匹をクアッドが盾を放りこんで噛みつきを封じ、一匹を美海がアロンダイトで斬りつけて引き寄せるが、五匹目についに噛みつかれた。一度六mの鮫キメラに喰い突かれると動きが鈍る。残りの五匹も先に終夜に対してしたように次々に喰らいついてゆく。左右のボンベに大穴が空き、UNKNOWNへの酸素供給が途絶えた。十一発受けて負傷率九分、タフだな。
 OZ、死体を確認し争った形跡がないかを確認しジーンの特定を急ぐ、他の三人も各々の方法で指輪の探索を急ぐ。
 UNKNOWNが鮫キメラに噛まれ続けながらもナイフを振るって一匹へと斬りつけ、美海が鮫キメラと斬り合っている。終夜がいなくなったので火力が一気に落ちている。クアッドは新たに盾を取り出して鮫キメラの突撃を受けつつ、自身とUNKNOWNへと練成治療を発動させた。
「こいつか?」
 OZ、腹部に剣が突き立てられた女の腐乱死体を確認する。それが女だと解ったのはドレスを着ていたからだ。判断をそれに頼る程度のレベルで腐敗が進んでいた。指を確認する。赤い宝石が埋め込まれた金属の指輪が、その左手の薬指にはめられていた。OZはその指輪を抜き取る。
「この手の死に方が人気なのは万国共通か? くだらねえ」
「あったの?」
 他のメンバーが寄って来た。
「確認しろ」
 OZは三人に指輪を渡すとジーンの死体をまさぐり始める。
(指輪以外、ねーのかよ‥‥金持ちとデキてたんだろ?)
 頭部や指や首には貴金属の類は無い。
「綺麗な赤色‥‥素敵ね、ジーン=スパイダー」
 エスターはその指輪が間違いなくガーネットの指輪であると確信する。
 UNKNOWNがぎりぎりと牙を沈められながらも一匹を突き殺し、美海も同様に一匹仕留めた。クアッドは防御しつつ練力を節約、黒色弾を連射している。
 OZはジーンのドレスから金貨を四枚発見した。この金貨、知っている。名前は確か「幸運のメダル」。戦場に行く者の帰還を願う気持ちが込められており幸運を呼ぶというお守りだ。四枚も持っている。この女、余程幸せになりたかったらしい。黄金に輝く金のメダルからは、ジーン=スパイダーの執念というか怨念とかいったものが漂って来るようだった。
 OZは鼻で嗤った。本気でくだらねぇ。
 そして気づく。良く見るとドレスも能力者用の物だった。腐敗もしていない。これは確かそれなりの値段で売れた筈だ。剣を引き抜きドレスを解いて文字通り身ぐるみはがす。
「‥‥ちょっと、あんた、何やってんの?! それ、どうする気よ‥‥!」
 エスターがOZの行為に気づいて言った。死者の物を金に換えようなど、まかり間違っても許される事ではない。
 OZはエスターに背を向けたまま考える。この女に言われたから手放す? 折角の戦利品を? それくらいで手放すくらいなら最初から死体を漁りなどしない。遊びでやっているとでも思っているのか?
 だが、ここで争うのは馬鹿のやる事だ。考える。どうするべきか。
 船の外では死闘が繰り広げられている。鮫キメラの減少は無し。傭兵の方もまだなんとか持っているようだ。
 ドレス、死体、骨――
(――何なら骨も一緒に拾ってきてやるか?)
 出発前に思った事を思い出す。
 OZはゆっくりと振り向いてエスターを見据え言った。口端をあげて笑う。
「ロベルトに頼まれたからだ。仕方ねぇだろ」
「ロベルトに頼まれた?」
「骨を取って来てやろうと冗談で言ったんだが――洒落が解らねー男ってのは嫌だな。鮫キメラがいるんだぜ? 無理に決まってんだろ。だが骨は無理でも指輪の他に身につけている物があったら取って来いとよ」
「‥‥はぁ〜?」
 エスターは思いっきり顔を顰めて疑わしそうにした。
「変ね、なんであんただけにそんな事言うのよ。大体、出発前にクライアントに言われて取って来る物が増えたのなら普通、うちら全員に言わない?」
「分け前が減るだろうが」
 一人で追加報酬をせしめるつもりだったとOZは言った。
「‥‥呆れた。こっすいわね」
「アァ? きみも報酬よこせってか?」
「いらないわよ! でもそれなら他の皆にはあげなさいよ。全員であたってる仕事なんだから」
「それは――」
「とりあえず‥‥その話しは後にしましょう‥‥戦闘班の皆さんが‥‥外で戦っているのです‥‥急がないと‥‥無駄な負担をかけてしまいます‥‥」
 キアがとりなすように言った。言い合っている間に何秒経過したのか。女は表面では穏やかに言いつつも内心ではイライラしていた。船を漁れる時間が減ってしまうではないか。
「確かに、早く戻らないと不味いです」
 常世が言った。まぁ普通は普通にもそう思うだろう。
「そ、そうね、急ぎましょ!」
 エスターは言って踵を返す。
 OZは薄く笑みを口元に引いた。陸まであがってしまえばこっちのものだ。どうとでもなる。
 外ではUNKNOWNが呼吸の苦しみを感じながら二体の鮫キメラを倒し、美海が一体の鮫キメラを倒し、クアッドが練成治療でそれを支えていた。


 キアはアグナムからの指示を受けつつ来た時のように一行を先導して帰路を進んでゆく――振りをしてまったく違うルートへと入っていた。客室を目指す。
「あれ、アグナムさんさっき右って言いませんでした?」
 常世が十字路を真っ直ぐに泳走してゆくキアの背へと問いかける。
「え‥‥いえ‥‥こっちで良い‥‥筈ですよ」
 キアはとぼけつつどんどんと進んでゆく。
『待て、キア・ブロッサム、そちらは違うぞ』
「‥‥聞き間違えは往々にして‥‥あるもの、かな‥‥ああ‥‥でも‥‥私も地図を‥‥出発前に‥‥見たんですけど‥‥こっちへ行った方が‥‥近かったような――」
 そんな言葉を返しつつも足を止めずに進んでゆく。
『お前‥‥おい、小娘ども、その女――』
「エスターさん!」
 常世が叫んだ。うろうろしているうちに鮫キメラと遭遇したようだ。通路の彼方から弾丸の如くに突っ込んで来る。ちなみにエスターの名前を呼んだのは、常世もなんとなくOZとキアには頼ってはならないのではないかと感じ始めていたからだ。
「くっ‥‥水中だからってナメんじゃないわよ、デトネイションッ!」
 エスターが全身から真紅のオーラを吹き上げて水の刃を出現させて構え一歩前に泳ぎ出る。常世は横に動いて射線を通すとアサルトライフルで鮫キメラへと狙いをつける。猛射。二連の弾丸が鮫キメラへと飛んで炸裂し、しかし鮫は血飛沫を噴出しながらも牙を剥き突っ込んで来る。
 エスターが剣と盾を構えて通路の中央へと踊り出て、キアは客室の扉を開いて中に入り、OZもまたそれに続いた。
 赤毛の少女は裂帛の気合いと共に鮫キメラの鼻面を目がけてアロンダイトを振り降ろした。刃が炸裂して血飛沫が噴出し、轟音と共に猛烈な衝撃が炸裂して少女の身が後方へ吹き飛び、鮫キメラの前進が止まる。エスターは水を蹴って態勢を立て直し、前方へと出ると身ごとぶつかるように大盾を叩きつけた。シールドスラムだ。再度の轟音と共に大盾が鮫の鼻に炸裂し、エスターは間髪入れずにアロンダイトを一閃させて鮫キメラを切り裂いた。強烈な一撃が入って水中を赤い色で染め上げてゆく。
 他方、部屋に侵入したキアは素早く室内に視線を走らせる。金目の物、何か金目の物は無いか。キャビネットなどを覗きこんでゆくが、乗客員とて貴重品は一刻も早く持ち出したのか、宝石類などこれといったものは見当たらない。
 通路からは轟音と銃声が聞こえて来る。エスターと常世が必死に戦っているようだ。キアは食器棚に銀色の光を見つけた。この食器、銀で出来ている。
(――それなりの値で‥‥売れる‥‥かな‥‥?)
 銀の食器には結構な値段がつく場合もあるという。キアはガラスの棚をアサルトライフルの銃床を叩きつけて打ち壊すと中に入っている食器をかき集めて袋に入れた。さらに室内を調査してそれなりに値がつきそうな手鏡を発見し、銀河重工製灰皿を回収し、高そうな花瓶も回収する。他にはもうないか? もう少し探してみる。
 忙しく動いているその背を見詰めじっと思考している男がいた。OZだ。
(同業者が減ってくれりゃ取り分が増えるぜ――どさくさに紛れてやっちまうか? ‥‥ここなら遺体が上がる心配もねえ)
 男は両眼を昏く輝かせる。殺るか? OZの仕業であるとバレなければ問題無い。キアが集めた金品も分捕れば、結構な収入になる。
 キアの事ならOZはよく知っている。その実力もだ。OZならばお互いにただ正面から撃ち合えば負ける相手ではない。技量はOZの方が上、とれる筈だ。しかも今なら背を向けている。先手を取って急所に一撃入れればまず間違いはない。
 だが問題は外にいるエスターと常世だ。キアを殺害した後にどう誤魔化すか。まとめて殺すか? 鮫キメラと連携すればやれそうな気もするが、その後のその鮫キメラ自体が問題となる。一匹で終われば良いが、まだまだ出て来るとなると一人では厳しい。それはあまり上手くない。
(‥‥まだ盾にしておいた方が良さそうだな)
 安全はまだ確保されていない。OZはキアの背後を通り抜けると廊下に出て鮫キメラと交戦しているエスターと常世の援護に向かった。



 なんとか襲い来る鮫キメラの群れを葬ったものの、UNKNOWNも息が切れて浮上し、残された美海とクアッドが不安を覚え始めた頃になって、ようやく探査班の四人が船から脱出して来た。
「‥‥随分とにこやかだね? 上手くいったのかい?」
 クアッドが脱出して来たキアの表情を見てそう問いかけた。女は満面の笑みを浮かべていた。
「ええ‥‥すいません‥‥お待たせして‥‥しまいました、ね‥‥」
 キアはすまなそうにそう答えた。
 ちなみに無線は聞こえていたので、クアッドには船内で何が起こっていたのか、おおよその予想がついていたのだった。



 その後、傭兵達はさらなる鮫キメラの増援を受ける事はなくアグナムの船まで帰還し、休息を挟んでからロベルトの元へと飛んだ。ちなみにOZとキアはその間にアグナムに報酬の振込先を伝え姿を消していた。トラブルを回避したのだろう。
「ガーネットの石言葉は真実と友愛なのです。ジーナさんがどんな人かは知らないですが、本当ことが伝わるとよいのです」
 美海はロベルトの元へ向かう時、アグナムへとそう言った。
 その言葉に対し、初老の男は首を振った。
「知らん方が良い事もある。それに俺達が知っている事が本当に真実だったのか、それも解らん。俺には俺にとっての真実のジーン・スパイダーがいるように、ロベルトにはロベルトにとっての真実のジーナがいるものよ。そして奴はそれを愛していた。ならば、今更伝えるべき事では無い。あの女は既に死人だ」


 六人の傭兵はアグナムと共に再びその国へと飛び、実業家の男の元を訪れた。
 傭兵達が指輪を届けるとロベルトは震える手で指輪を受け取り、それを握りしめ胸に抱えるように寄せてから「有難う」と言ったのだった。







 了