●リプレイ本文
●備えの提案
「おじさま、おねがいしますね」
資材集積所防衛任務の為に各々のナイトフォーゲルに搭乗して待機に入る前、ソーニャ(
gb5824)とクリア・サーレク(
ga4864)は集積所を預かっている士官の補佐を務めている者に、警備態勢の見直しを提言していた。
「本命はここのナイトフォーゲルの奪取や資材攻撃だろうから、警備は厳重にして出来れば簡単に持ち出せない手を打ってほしいな、って」
「集積所自体の警備か‥‥。ふむ」
足りていない防衛戦力はラストホープからの傭兵の派遣によって補われているが、ユニヴァースナイトを始めとした各戦力の修復、ラインホールド内部の調査、大量に届く補修用資材の管理‥‥等々、ウダーチナヤ付近はどこも慌しく動いており、警備態勢が普段より落ち込んでいるのは確かだった。
「了解した。この事は私から上官に伝えておくから、お前達はお前達の任務についてくれ」
ナイトフォーゲルの移動については移動先として適当な場所もないので、引き続き集積所付近を置かれるようだが、傭兵達の提案通りに集積所の警戒態勢は見直されることになった。
●慣性制御と射程の利
(「UK2番艦を早期に修復して、北米に返してやらないといかんな」)
榊兵衛(
ga0388)はウダーチヌイ到着後、着任の挨拶までに見る事ができた弐番艦を思い返していた。既にラインホールドからは引き抜かれていたが、今なお残る艦体各所の損傷は、大規模作戦の激闘を鮮明に思い出させるのに十分だった。
(「次の大規模戦闘がいつ起こるかも分からないし‥‥しっかり警護しないとね」)
敵の襲来があるまでは、基地周辺に移動させた機体に搭乗して待機。コンソールに何も異常がないことを鳳由羅(
gb4323)は再確認にすると、少しだけ気を緩める。敵が来たのは、それより小一時間ほど経過した後だった。
「作戦区域に展開! これより状況開始するぞ!!」
シルバーの機体色をした『フツノミタマ』に搭乗中の孫六 兼元(
gb5331)より、各傭兵達の機体へ通信が響くと、集積所周辺の地面を滑走路として一度に8機の機体全てが空へと舞い上がる。
(「同タイミングでの襲来。これはやはり‥‥!」)
オペレーターからの指示は、北西から侵入してきたヘルメットワームの部隊を傭兵達が迎撃、南西から侵入してきたキメラの部隊を極東ロシア軍の部隊が迎撃、というもの。敵戦力の複数方向からの同時侵入に対し、ドッグ・ラブラード(
gb2486)を始めとした傭兵達は、敵が続けて何かしらの手を繰り出してくることを予感していた。
「このマニューバーで‥‥!」
桃色の雷電『ヘルヴォル』が、ロールしながらヘルメットワームの編隊から放たれるプロトン砲を掻い潜り、高分子レーザー砲で相手の編隊を崩すと、その離れた一機をソードウィングで斬り裂いた。
「セオリー通りだね。それじゃ、ダメ」
そうして突出した御崎緋音(
ga8646)の機体に攻撃をかけるべく背後につこうとした敵機を、ソーニャの翔幻から放たれたロケット弾がかすめる。
「ガッハッハ! 二人に負けてはいられんな!」
機を逃した敵機にレーザーバルカンを連射しながらミカガミが食いつく。兼元がそのままドッグファイトに持ち込むと、ターンして戻ってきた緋音も加わって、早くも一機のヘルメットワームが落ちていく。
「いい感じだな。こちらも相手を切り崩す!」
「了解。ブレス・ノウ起動!」
翡焔・東雲(
gb2615)の、包帯が巻かれた左腕がトリガーを引くと、ロジーナから複数発のロケット弾がヘルメットワームの編隊へと襲いかかる。そして、回避の為に編隊が崩れたところへドッグのS−01Hに搭載されたスナイパーライフルからの銃弾が飛び、もう一発の銃弾と合わせてヘルメットワームを交差して撃ち抜く。
「相手が対応できる前に押すぞ、忠勝!」
超伝導アクチュエータを使用した榊兵衛の雷電が、先ほどライフルを放った機体とは別の機体へとスラスターライフルの銃弾を叩き込む。交戦開始からものの数十秒でヘルメットワームの編隊は大きく損傷を受けた。しかし、傭兵達の攻勢は一旦ここで止まることになる。
「後退? 早すぎない!?」
「いや、止まった? こっちが追いかけるのを誘っているのかな?」
最初は、ファランクス・アテナイの迎撃を避けるために距離を取るようにしたのだとクレアは判断したが、十数秒後にその考えは改めた。相手は、こちらと一定の距離を保つことを最優先とした機動に動きを変えたのだ。由羅の言うようにこちらを資材集積所から引き離す魂胆だろうか。
「く、どうする? 追えば伏兵の可能性もあるぞ!?」
武器の射程はバグアが上、このままでは一方的に攻撃を受けることになる。これほど距離が離れていればそう被弾することは無いが、回避を続ける榊兵衛の表情にも焦りが浮かぶ。
「やっかいな敵だな! おい!」
もちろん追いかけながら攻撃を加えれば撃墜はそれほど難しくない。だが、それでは集積所からかなり離されてしまうことになるし、榊兵衛が言ったように戦力が伏されていることも考えられる。
早期撃退を行うべきか、それともこちらも一旦引いてしまうか。不測の事態に傭兵達が対応を決めあぐねている間に、南西の極東ロシア軍の部隊は空陸キメラ混成部隊を撤退させるまでに追い込んでいた。
●外への誘導、内への工作
「キメラの部隊がもう撤退!? いくらなんでも早すぎます、罠の警戒を!」
南西の部隊による追撃開始の報を受け、クレアから警戒を怠らずに向かうように言葉が返される。
「やっぱり動きが不自然だよ、何とかしないと」
しかし、隊を分けるにしても未だ残るヘルメットワームの数は、半数の機体で相手をするには厳しい。ソーニャの敵の動きの予測は、こうして外へと部隊誘い出しておいて集積所に強化人間などが潜入するというもの。
(「やはり、外ではなく内か?」)
敵の狙いは判りやすい程に良く判る、それに対する対応も考えていた。しかし、それは事態が起こるまでにヘルメットワームを撤退させるなりして、8機が自由に動けることが前提の案だった。先の大規模作戦の大勝があったにせよ、昔よりキルレシオは確かに変わっており、これを過信と言うにはいささか厳しい気もするが‥‥。
しかし、傭兵達が行動を定める前に、敵は立て続けにカードを切ってきた。資材の一部が爆発した後、集積所の各所から火の手が上がる。
「そんな‥‥!」
その光景を、蒼く変色した瞳の端で捉えた緋音は思わず見入りそうになるが、『ヘルヴォル』を揺さぶる衝撃によって自分達が対処しなければならないモノは別であると、意識を戻される。対応を行わなければならないことが次々と起こるが、自分達は自由に動けない。
ここに至って、たとえ伏兵の可能性があってもヘルメットワームを追い散らすべきか。そう考えと覚悟を決めようとしていた傭兵達の背を、集積所からの通信が後押しした。
『先ほどの爆発は、潜入を試みた敵兵による苦し紛れのものです。傭兵部隊はヘルメットワームの迎撃に専念して下さい』
どうやら、先に提案していた警戒態勢の見直しによって、潜入前の敵兵を発見することが出来たようだ。軍属の能力者(修理済み修理待ちナイトフォーゲルの搭乗者)によって迎撃が行われ、相手は爆発を目晦ましに撤退していったという。
「了解。戌神、あなたの牙で噛みついてあげなさい」
その通信を受けて、由羅のアヌビスがブーストを使用して空を駆ける。プロトン砲を2基の補助スラスターで機体をロールさせて回避すると、そのまま天地逆さになった状態で敵機をブレードウィングで斬り裂いた。
「お前らの考えなんて、まるっとお見通しだったのさ!」
後方の憂いがなくなり、俄然勢いづく傭兵達。皆、由羅に倣ってブーストを使用して敵機との距離を一気に詰め、それぞれに搭載された火器にてヘルメットワームを墜としていく。
「残念、そう回避するのは予測済みだ」
翡焔の援護を受け、ドッグがヘビーガトリング砲からの銃弾の嵐を容赦なく叩き込む。
「よし、もう一度【AKANE】を仕掛けるわよ!」
「任せて。バグアのAIより、ボクの勘のほうが上」
「ガッハッハ! こいつに耐えられるか!」
緋音からの呼びかけを受けて、ソーニャと兼元が機動を合わせる。自由に動けるのならば一昔とは違って、傭兵達が小型ヘルメットワームにそうそう遅れをとるようことは無い。そう思えるような圧倒的な戦闘。
「こちらspear、一機撃墜。俺の墜としたので最後のようだな」
そして、最後の敵機撃墜を確認した榊兵衛は、覚醒を解いて血涙を拭ったのだった。
●二手、三手の先読みと派閥
「状況終了! しかし面倒な相手だったなあ!」
「そうだね。こっちを警戒させて、動きを抑えてくるなんて‥‥」
集積所への帰還の途中、今回の相手の嫌らしい動きに感想をもらす兼元とソーニャ。
「こちらクレア、これより帰還します。南西部隊に異常はありませんか?」
集積所へと通信を入れるクレア。すると、意外な答えが返ってきた。
『伏兵により数機が撃墜されましたが、敵機はキメラを回収すると撤退しています』
撤退支援用の部隊だろうか。一度の奇襲攻撃でこちらの追撃を止めただけですぐに撤退していったという。
『既に機体回収部隊が出ています、傭兵部隊は‥‥』
「いや、撃墜された機体の下へ向かい、回収部隊と合流して帰還します」
オペレーターからの指示を遮り、榊兵衛が南西に向かうことを伝えた。
「榊兵衛?」
「元々、事態の急変の知らせを受けた際にはその増援に向かうつもりだった」
「それに、まだ何か策があるような気がします」
翡焔が榊兵衛の行動に疑問を投げかけると、答えが返ってくる。そして、それに乗ってドッグから、まだ何か相手が策を仕掛けてくる可能性があるという言葉が続けられた。
「回収部隊を意趣返しに襲ったり?」
(「足りないのは、危機感‥‥」)
その仲間からの問いに対し、ドッグは以前の依頼で敵指揮官からオープン通信で投げかけられた言葉を思い返していた。そして、傭兵達は墜落した機体の付近までナイトフォーゲルを飛ばせると、敵の奇襲を警戒して損傷の比較的少ない機体から順に降下していく。
「‥‥仕掛けてくるような様子はありませんね」
鳳由羅の金の瞳に映る周囲の光景には、特に変わった様子は見られない。
「ガッハッハ! 流石に警戒しすぎだったか?」
兼元の言うように心配のしすぎだったか‥‥と胸を撫で下ろし、緊張の糸を緩める傭兵達だったが、集積所からの通信が再びその糸を最大限に張り詰めさせる。
『南西からバグアの機体反応がありました。反応はすぐに消えましたが、警戒して回収部隊との合流・撤退を行って下さい』
「な‥‥に‥‥?」
先ほどクレアが言った意趣返しに回収部隊を襲うつもりだったのか、それとももしや撃墜したナイトフォーゲルを回収するつもりだったのか。何にせよ、相手はまだ策を繰り出してきていた。その事実に、翡焔は血が滲んだ左腕を軽く握りしめ、回収部隊との合流と撤退を急ぎたい気持ちに駆られた。
だが、危ういところではあったが、傭兵達は敵の狙いを全て未然に防いだのだ。この後の撤退時には流石に敵からの襲撃は無く、集積所で起こった爆発も『苦し紛れ』の言葉通りにほんの一部を吹き飛ばしただけ、上がった火の手もすぐに消し止められていた。
「やるじゃないか。今回はこちら敗けだよ、地球人」
部隊に撤退の指示を出した男が、ウダーチナヤパイプのある方角の空を見つめている。だが、その表情は負けを認める言葉には相応しくないほどに笑みを湛えていた。この結果も、彼にとっては喜ばしいモノの一つであるのだろう。
それに、彼が今回使った部隊は、既にビッグフィッシュに積まれた部隊ではなく、ウダーチナヤパイプの施設建設・防衛を行っていた部隊の残存戦力だったのだ。