タイトル:【DR】ロシア上空の海マスター:MOB

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/04/04 00:28

●オープニング本文


●天より下りくるもの
 ロシア北西部のロケット打ち上げ基地のブリーフィングルームに作戦担当の士官が入ってきた。
「楽にしてくれたまえ。さっそくだが、諸君らの任務について説明させてもらう」
 ブリーフィングルームに入ってきたUPC士官は、歓迎の挨拶もそこそこに映写機の電源を入れた。
 スクリーンに映し出される極東ロシアの戦略図、そしてバグアの基地が確認されたウダーチヌイのダイヤモンド鉱山である。
「先のウダーチヌイ偵察作戦により、ウダーチナヤパイプ内部に敵の軍事生産基地が建設中であることに確証が得られた。偵察作戦による成果はそれだけで終わるものではなく、敵がどのように基地を建設しているのか、その片鱗を垣間見ることにも成功した。諸君らをこのロケット打ち上げ基地に呼び寄せたのも、その功績があればこそだ」
 スクリーンの画像が切り替わり、一つの装置が映し出される。
「これがウダーチナヤパイプの最深部に確認されたバグアの施設だ。未来研が分析を行った結果、この装置はバグアの慣性制御を利用した一種の宇宙往還支援装置であると判断した」
 スクリーンの映像が切り替わり、「宇宙と地上を結ぶ通路」という形で図解化したものが映し出される。
「これは車やバイクのように自由に動くが小さい乗り物ではなく、鉄道のような行先は決まっているが大きな乗り物だと思ってほしい。偵察作戦完了後の観測によって宇宙から降下してくる物資も実際に確認されている。そこでUPC軍は少しでもバグアの基地建設の進展を遅らせるべく、この降下中の物資を高高度にて破壊する作戦を計画した」
 KVの限界上昇高度は2万メートルである。さらに大気の薄い高高度では、現存のKVでは十分な戦闘力を得ることができない。居合わせた傭兵達が顔に疑問を浮かべる。それを見た士官は画面を切り替える。
「本作戦ではKVにSES搭載のロケットブースターを装着、TU−160爆撃機に吊り下げて高度15000m付近まで上昇後切り離し、ブースターを点火し高高度まで一気に押し上げる。もっとも、正規の装備品ではなく、あり合わせのロケットや弾道ミサイルを組み合わせ作った極めて不安定な急造品だ。設計上は問題ないように調整しているが、な」
 画面に映し出されるロケットブースターは、何本かのロケットエンジンや燃料タンクを束ね合わせた形状をしていた。
「爆撃機に吊り下げた状態で空中待機、各方面の天文台から敵部隊降下の連絡により迎撃態勢に入る。コースやアプローチのタイミングについては当基地のスタッフが計算し、もっとも多く敵にアプローチ可能なコースに自動的に投入される。諸君らは高高度にて敵降下部隊に攻撃、その後はロケットをパージ、飛行性能を取り戻す高度まで降りてきたら、そのまま基地に帰還せよ。以上である」

***

「防衛戦力としてラインホールドが配備されていることは周知の通りだ。これ以上、敵の防衛能力を高めさせるわけにはいかん」
 個別のブリーフィングルームに集まった傭兵達に対して、UPCロシア軍の士官は先の人物とは違い、やや緊張した面持ちで作戦の説明を行う。
 それもそのはず。よく考えてみれば今回の作戦内容は、KVが十分な戦闘能力を発揮出来ない高度へ、ロケットエンジと燃料タンクを束ねただけであるのが一目で分かる急造品のロケットブスーターでもって向かい、敵物資を破壊できるだけ破壊した後、敵迎撃部隊の追撃を振り切って通常高度まで逃げてこい。そういう依頼だ。
「バグアが六角形上に配置した装置の破壊作戦も進行している。この作戦により敵防衛能力の上昇を防いだ場合には、敵が防衛の要として配備しているラインホールドを更に孤立化させることになるだろう。そうなれば、建設中の敵基地破壊だけでなくラインホールドの撃破も、大規模作戦の目標として十分視野に入る」

 『建設中の敵基地の破壊を最優先目標とし、余力を持ってラインホールドを撃破すべし』

 戦略的な観点からは間違ってはいないものの、前線にいる者が聞けば笑ってしまうような命令が、今回の大規模作戦にて司令部から出された命令であった。
 もちろんUPC軍は、実質ラインホールドを撃破しなければ敵基地破壊も不可能であることは理解していたし、その為に陽動、偵察、そしてその結果を受けて、敵防衛用兵器の破壊といった作戦が矢継ぎ早に立てられ、傭兵達もそれに応じて出撃を繰り返している。その傾向は、建設中の敵基地が完成した場合の半年後の予想情勢図が示されたことにより更に強まってきており、士官の発言には傭兵達を背を押す為の誇張も入っている。
「本任務はアプローチ後のKV戦闘可能高度まで降下するまでの間に多大な危険を伴う為、上昇高度の決定は参加する傭兵諸君に委ねる。だが、本作戦の成果によりラインホールド撃破、建設中の敵施設破壊の難度が大きく変動する可能性があることを認識し、熟考の上で決定するように。‥‥以上だ」
 しかし、少々鈍い者でもこの士官の言葉が意味する事は分かるだろう。士官の表情の理由はこれだ。
 この作戦は、そういう作戦なのだ。

 生き残りたいなら臆病になるか、知恵を振り絞るしかない。

●参加者一覧

九条・命(ga0148
22歳・♂・PN
地堂球基(ga1094
25歳・♂・ER
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
藍紗・バーウェン(ga6141
12歳・♀・HD
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280
17歳・♂・PN
水円・一(gb0495
25歳・♂・EP
鷲羽・栗花落(gb4249
21歳・♀・PN

●リプレイ本文

■駆け上がる八つ星
 8機のKVを吊り下げたTU−160爆撃機が、高度15000mを目指して上昇を続けている。
「何時も行き当たりばったりな感があったけど、今回ほどそう感じたこることはないなぁ‥‥」
 鮮やかなブルーの機体、『アジュール』から他の傭兵達に向けて鷲羽・栗花落(gb4249)は通信を飛ばす。戦場であればノイズの混ざって明度が落ちてしまうその声も、出撃前の今ははっきりと聞き取れる。彼女の言葉を皮切りに、基地を飛び立つ前の様子‥‥珍しい事に少し階級の高い士官も敬礼にて傭兵達を見送ってくれていた事などを傭兵達は話し始め、強張っていた声色も少しずつ緩んでいった。
「この作戦、アプローチも大事じゃが離脱の方法も重要じゃからな‥‥」
 だが、藍紗・T・ディートリヒ(ga6141)が作戦行動について話題を変えると、また傭兵達の表情に硬度が戻る。
「予定ポイントまで後3分。各機、異常はないな?」
 TU−160から傭兵達へ通信が入る。
(「っと仕事に集中。焦らずいこうな、ウシンディ」)
 カルマ・シュタット(ga6302)は、コンソール上に何も問題を示すものが出ていないことを確認し、他の傭兵達に続いてTU−160へと異常無しを返す。新しく増えたロケットブースター関係の表示が気にはなるが、能力者なら全てエミタのAIが上手く補助してくれるので、特に何かをする必要はない。

 そして、宇宙を目指した事がある者にとってはある意味心地の良いGを感じながら、予定時刻通り、予定コース通りに、8機のKVは宇宙の一歩手前まで昇っていった。


■ロシア上空の海
「ヴァレス殿、問題はないか?」
「あ、ああ‥‥なんとか大丈夫だ」
 藍紗からの通信に応えるヴァレス・デュノフガリオ(ga8280)の声は、誰が聞いても疲労を感じ取れた。やはり、重傷を負った状態でのこの高高度までの上昇は堪えたようだ。
「こう高い所までくれば、地平線が見えるな景色もいい」
 水円・一(gb0495)が、少し丸みを帯びた地平線に感心したように声を上げる。
「やれやれ、諦めたこんな高さにこんな形で関わるとはね」
 対して、地堂球基(ga1094)は肩を竦めながら、少し学生時代を思い返す。あの頃の自分は、この高度まで昇る事に対して、このような形で参加することなど思いもしなかった。‥‥良い景色だ。この美しい景色のどこかで今もバグアとの戦争が行われている事、そして、自分達が乗っているものが兵器である事を少し忘れそうになる。
「こんな状況じゃなきゃもう少し風情を感じてたいもんだけど、そうはさせちゃくれない‥‥見えてきたようだね」
 同じく景色をしばらく眺めていた新条 拓那(ga1294)だったが、彼は前方にコンテナ群を確認するとG放電装置を主兵装に再選択し、操縦席に吊り下げたお守りを一度だけ軽く握り締めた。


「まだだ、まだ遠い‥‥!」
 ブーストを起動させ、減少している機体性能をいくらか回復させると、九条・命(ga0148)はコンテナに対して可能な限り接近してから短距離高速型AAMを放つ。一発、二発、三発。次々と吸い込まれるようにミサイルが着弾していき、中に入った物資ごとコンテナが四散していく。たとえミサイルを用いてだろうが、突撃と近間戦闘は彼の得意分野だ。
「この作戦を成功させられたらボクたちはヒーローだ。頑張ろう、アジュール!」
「チャンスは一度、大丈夫‥‥見ていてくれ」
 複数のコンテナへ、ロングボウとアンジェリカから放たれた数百発のミサイルが襲い掛かる。
 ブーストと特殊能力をフルに発揮させて放った藍紗のドゥオーモと違い、栗花落のK−01は通常の精度を発揮できずに目標物を外れるものも多かったが、多数のコンテナが存在するこの空域では流れ弾として予想外の戦果をもらたした。
(「くっ!? 損傷を逃れたコンテナはどれだ!?」)
 だが、それは同時に傭兵達への混乱も招く。
(「‥‥いや、俺達が撃つのは2回目だ」)
 そんな中、カルマは冷静にレーザー砲と高速型AAMにてコンテナを破壊していく。彼の機体、『ウシンディ』にも栗花落が放ったミサイルの後継型であるK−02が積まれていたが、それを放つのは2回目のアプローチ時にすると決めていた。1回目のアプローチ後に敵迎撃部隊が来た場合には破壊できるコンテナの数が減ってしまうが、そうでない場合にトータルで多くを撃破するという意味で正解の選択だ。
「撃ちもらしは避けないとな」
「くっ、機体の動きだけでなくロックオンスピードまで落ちるとは!」
 最初の接触時にG−01にてコンテナを破壊した球基は、続けてヘビーガトリング砲で自分のルート上にあるコンテナを狙い撃ち、拓那もG放電装置にてコンテナを次々と破壊していく。KVの能力低下に毒づいた彼だが、G放電装置の性能も手伝って、この1回目のアプローチで彼が外した攻撃は無い。
「来なければ、物資を破壊‥‥っと」
 敵の迎撃部隊を警戒していた一も、コンテナの破壊に加わる。他の傭兵よりも攻撃回数は減ってしまったが、その分先の流れ弾による悪影響を受けなかったことによって、それほど低い破壊数にはなっていない。

「すまない、皆。やはり本調子ではないようだ‥‥」
 K−02の他、何度か気力を振り絞って攻撃を仕掛けたがヴァレスだが、怪我とそれによって高度上昇時にかなり磨耗した彼の体力では、KVの低下した性能を補って結果を出すには厳しかった。予定通り、彼はここで切り上げて藍紗と共に高度を落としていく。


■地より昇りくるもの
 地上より空へと駆け上がる物体がある。その数は、大雑把に計算して10機前後のKVと戦える程度だろうか。

「し、しまった‥‥」
 顔色は既に蒼白となっているが、瞳はまだ光をたたえている。その緋色の瞳に敵影を捉えて数瞬の後、藍紗は事態を理解した。
 ウダーチヌイにて建設中の施設は、宇宙と地上を結ぶ輸送ライン。それがまだ未完成であるならば、敵戦力はまだ地上に降りてきておらず、施設無しでは降りるのもそう容易では無い。この状況なら、当然敵の迎撃部隊は地上から、そして‥‥
「我等を見つけたから出てきている。当然、こちらが分かれたのも知っておるわな‥‥」
「見過ごしちゃ、くれないってわけか‥‥」
 迎撃部隊と接触するのは先に高度を落とした2機のKV、ということになる。

 相手の数は、自分達8機を十分相手に出来る数が上がってきている。
(「ヴァレス殿に離脱してもらい、我が時間稼ぎ‥‥いや、無理じゃ! この数相手に出来るわけがない!」)
 その数相手に1機で戦っては、時間稼ぎすら到底出来そうもない。
「ぐ‥‥あっ!」
 悩んでいる間にヴァレスが被弾した。コクピットに伝わる衝撃は、普段の能力者なら平然と耐えるものだが、今のヴァレスには全身に激痛が走る。それに、回避に成功していても、その機動による影響で体力はどんどん磨耗していく。
 最早覚悟を決めて、ブースト使用速度での飛行にヴァレスの体が耐え切ってくれことに賭けるしかない。いや、耐え切れなくても今この場をから逃げ出さない事に比べれば、逃げてしまった方がまだ生き残れる可能性がある。
「藍‥! ‥レス! ‥事か!?」
 それは果報か、ブースト使用の決意をした2機に対して上空より通信が降りてくる。6機のKVが2回目のアプローチを終え、丁度この空域へと降下してきているのだ。降下ルートを合流出来るように定めていなかった傭兵達にとって、これは幸運以外のなにものでもない。だが、これで安全にヴァレスは離脱することが出来る。怪我を負ってない能力者ならば、ブースト使用時の速度にも問題無く耐えられる。
 そのはずだったのだが‥‥

「藍‥! ‥レス! 無‥か!? こっち‥ダメだ! 見た事も無いヘルメットワームに追われている!!」

 聞こえてきたその通信は、あまりに絶望的な内容だった。


■天より降りくるもの
 藍紗とヴァレスへと先程の通信が届いた時刻から、少し時間は遡る。

「さぁて、後は流れ星みたいに降りるだけだ。勢い余って機体ごと地面にキスしない様にだけ注意だね!」
 2回目のアプローチを終え、6機のKVは高度を落としていく。拓那は明るく僚機へと通信を飛ばしたが、コンテナの数はまだまだ残っている。2機が1回のアプローチで抜けざるをえなかった事は、やはり痛い。
(「敵の追撃部隊が来ない。もっと高度を‥‥いや、今から言っても始まらんか」)
 やはり、こういった無茶苦茶な作戦はバグアにも想定外だったのだろうか。迎撃部隊が準備を整えて出撃するには思ったより時間がかかっているようだ。これならば、一が考えているように最大まで高度を上げても良かったのかもしれない。
 だが、帰路についた傭兵達の一時の安堵と休息は、
「レーダーに反応! ‥‥上だと!? 単独で大気圏外から降りてきたのか!?」
 宇宙から来た敵の追撃部隊に砕かれた。
「この反応はヘルメットワーム? 中型とはいえたった2機‥‥って、なんだよあれは!?」
 おそらくバグア本星で生産されているのであろう新型ヘルメットワームは、今までのものより遥かに攻撃的、生物的な形状をしていた。

(「ロケットブースターを狙ってくるとは‥‥!」)
 コンソールに一斉に増えたレッドアラームを無視して、ロケットブースターの表示を確認する球基。既に表示は消えてしまっているし、機体に伝わる振動の変化からも爆散してしまっている事は考えられる。彼はPRMシステムにて機体の抵抗を上昇させたていたが、その効果が及ばぬ部位を狙われてはどうしようもなく、僚機に先んじて急いで降下を開始する。
(「とてもではないが、狙いが定まらん‥‥!」)
 最初は反撃を考えた一も、この高度では相手を捉えることは到底出来ない事に気づいて、すぐに逃走へと頭を切り替える。
「全機機体を立てろ! 完全に頭を地面に向けて垂直落下だ!」
 命が叫ぶと、それに応じて傭兵達は次々と機種を地面へと向け、ロケットブースターで加速。ロケットブースターの爆発で損傷を受けた球基のシュテルンは、一目見ただけでかなりマズい状態であることが分かった。同じようにロケットブースターを狙われれば、下手をすればそれだけでKVは制御不能に陥る。迷っている暇は無い。
(「本当に流れ星だよこれは‥‥!」)
 一度加速させた後、拓那は早々にロケットブースターをパージした。現在の高度は20000mと少し。もう、すぐにでもKVが機体性能を取り戻す高度まで降りることができる。それほどの速度、最早落下という表現をしてしまった方が良い速度で、6機のKVは高度を落としていっている。
(「ーーーーーっ!」)
 どんなアトラクションの絶叫マシンも敵わない。それは栗花落の表情を見ずとも明らかだった。


「藍‥! ‥レス! 無事か!? こっち‥ダメだ! 見た事も無いヘルメットワームに追われている!!」
 聞こえてくる最中にクリアになっていく通信。6機のKVは、普段では考えられない速度で降りてきている。
「こちらもダメじゃ! 10機以上のヘルメットワームに追われておる!!」
 藍紗は、悲鳴のようにその言葉を通信に乗せて返した。


■追撃と逃亡
 傭兵達はブーストを駆使して逃げる。地上から上がってきたヘルメットワームの部隊は早々に振り切れたが、新型ヘルメットワームが中々振り切れない。ウダーチヌイよりもヤクーツクの方が近いぐらいの距離になってようやく振り切れたが、その頃には全機かなり損傷を受けていた。
 そして、消耗しているのはパイロットも同じ。一機のシュテルンが速度と高度を落とす。
「ヴァレスさん、大丈夫ですか? 高度が落ちて‥‥ヴァレスさん?」
 カルマが呼び掛けるが、応答は何も返ってこない。
「‥おい! ヴァレス! 聞こえているのか!? 応答しろ!!」
 一からの呼び掛けに対する応答も返ってこない。赤いラインの入った漆黒の機体は、そのまま高度を落としていく。

 呼び掛けを続ける傭兵達の後方から、数条の光線が飛んでくる。今までのヘルメットワームが放ってきているものとは、その一瞬の見た目からでさえ異なる威力を持っていることがはっきりと判る。
「新型のヘルメットワーム、まだ追ってきてやがったのか!」
 球基が後方を振り返ると、そこには見覚えのある異様な形状のヘルメットワームが、地上から上がってきていた部隊の一部を引き連れて接近してきていた。一度振り切るまでの間に全機それなりに被弾しているため、傭兵達にこの新型を退ける余力は残っていない。逃げなければ、ここで全員撃墜だ。
「くそっ‥‥たれがああ!」
 命は、狼を模った紋章が輝く右手を操縦席に叩きつけた。

 ヴァレスの機体が落下していったと思われる位置を確かに頭に刻み、傭兵達は新型のヘルメットワームから逃げると、基地へと帰還して直ぐにヴァレスの救助依頼を出した。ブーストの連続使用で機体の燃料はどれもこれもほぼ空だ。傭兵達に出来ることは、ヴァレスが墜落までに意識を取り戻し、不時着に成功させている事を祈ることだけだった。


■良い報せと悪い報せ
「無事に生還された7名の傭兵の方、良い報せと悪い報せがあります。どちらを‥‥先にお伝えしましょうか?」
「‥‥悪い報せから、お願いします」
 極東ロシア軍の士官から投げかけられたその言葉に、傭兵達はしばらく誰も返答を返せなかったが、やがて声を搾り出すように拓那が応えた。
「皆さんの機体に残された記録から割り出した戦果は予定に僅かに届いておらず、ウダーチヌイの防衛能力は若干の低下が期待できるものの、想定していたものには遠いと思われます。‥‥作戦は、失敗です」
 唾を飲む音が聞こえた気がする。
「では続いて、良い報せに‥‥」
 その士官の言葉に、7名の傭兵達は大きく息を吐いて緊張の糸を緩めた。

 ヴァレスは、地表への激突より少し前に意識を取り戻したらしく、緊急で姿勢制御を行うために邪魔な武装をパージ。その後、シュテルンの性能によってギリギリで不時着に成功。防寒用の装備を整えていたため、救助までの時間に凍死してしまうことも避けられたとのことだ。おそらく、どれか一つでも欠けていれば助からなかっただろう。
「怪我人に鞭は打ちたくないのだが、我々は戦争をしているのでな。他の者に示しがつかん」
 先程とは別の士官は続けて、今回彼がパージした武装は補償の範囲外となることと、その理由として『重体を負った状態で高難度依頼に臨み、自身の生命を最優先した行動をした事』を傭兵達に伝えた。依頼内容説明時の言葉を思い返せば、それは致し方の無い事だ。


(「今回ばかりは生きた心地がしなかったよ‥‥こんな作戦はもう二度と御免、そう思ってたのに」)
 人心地ついた後、栗花落は今回の作戦が失敗であることを考えていた。万全の体調を維持し、踏み込む時には死の一歩手前まで踏み込む。それが出来る者だけが得る事の出来る栄光、それは確かにあるのだ。