●リプレイ本文
■機械仕掛けの鳥は、飛んで川を下る
偵察用機材を追加装備したKVが、次々とヤクーツクから飛び立つ。彼等の目標はレナ川河口付近、基地建設の情報がもたらされたウダーチヌイとは違う。
「偵察は大規模戦の嚆矢だ。腕が鳴るね!」
「偵察だけど陽動、かぁ‥‥。こっちが、本命だと思ってくれると、いいんだけど‥‥」
(「直接本命には繋がらない陽動偵察だけど‥‥しっかりこなしてみせるっ!」)
そう、ラシード・アル・ラハル(
ga6190)の言うように、彼等は本命の偵察部隊ではなく陽動を目的とした部隊。だが、彼等の働き如何が本命の偵察作戦の成否を左右する可能性はある。藤田あやこ(
ga0204)や御崎緋音(
ga8646)の気合の入り様も、頷けるというものだ。
「情報はあって損はしませんし、あまり向こうを意識せずに偵察をしましょう」
「こっちはある意味、なーんもないとええけどねぇ」
「戦闘を全くせずに済ませるのは無理だろうけど、できるだけ抑えたいよね」
霞澄 セラフィエル(
ga0495)のいう『向こう』とはつまり、本命のウダーチナヤ偵察部隊。あちらではバグアの基地建設情報の正誤を判断するための材料を見つけなければならないが、こちらでは烏谷・小町(
gb0765)のいうように何も無い方が有難い。とはいえ、この作戦の目的地、レナ川河口まで飛ぶとなると、フィオナ・シュトリエ(
gb0790)が懸念するように戦闘無しで帰還するのは難しいだろう。
「さぁ、巧く騙されて頂戴ね‥‥」
(「なんでもこい、だ」)
基地を出発してからしばらくの時間が経過し、バグアとの競合地域へと8機のKVは進入していく。バグア支配下の地域、レナ川より西部方向の空を見ながらケイ・リヒャルト(
ga0598)は呟き、アーサー・L・ミスリル(
gb4072)は、今はもう開かないロケットに口づけをした。
■凍てつく川を見下ろして
バグアからの迎撃部隊は、まだ来ない。既に競合地域に入って結構な時間が経過しているが、見下ろす大地にはキメラがチラホラと確認できるぐらいで、迎撃部隊となるようなヘルメットワームの編隊は、いまだこちらに接近してこない。
「‥‥来ませんね」
「警戒ラインを引き下げているのかしらね‥‥」
白と黒。対照的な印象を持つ二人が駆るアンジェリカとディアブロが、極寒の地を更に北へと飛ぶ。
8機のKVは、レナ川のやや東を真っ直ぐ河口目指して飛んでいる。地上の敵戦力は競合地域だけあって全くいないわけではないが、先程述べたようにキメラが多少確認できる程度。おそらく、もう少し東にある残りの競合地域でも、敵戦力の配備は似たようなものだろう。
「戦闘を避けられるからこれはこれで助かるんだけど‥‥」
「ここは、もう敵地‥‥僕達はもう見つかっている‥‥よね?」
先の2機と編隊を組んで飛ぶ、雷電とワイバーン。敵機接近を確認するのはほぼ目視が頼りだが、こちらのレーダーも完全に無効というわけではない。空とレーダーを交互に確認しながら、それに加えて地上の偵察しながら‥‥。フィオナは自分の集中力が想像以上に削られていくのを実感し、ラシードはそれでも警戒を緩める事は許されないと、仲間へ聞こえるように呟きつつ自分へ言い聞かせていた。
「来た!? KITTENから各機へ、敵機発見!」
「数は‥‥2機? 哨戒任務の連中かぁ?」
雷電から仲間への通信を飛ばすと同時に、戦闘機動に耐えるべく緋音は瞳を蒼に染めて髪を銀に輝かせ、小町は右腕に黒い翼を浮かばせる。最初に敵機を発見したのは先程の4機とは別、編隊内の位置で言えば逆翼に展開していたA班の二人。彼女達に続いて、残りの6人も次々に覚醒を行ってこの後の行動に備える。
「攻撃はしてこないようね。なら、予定通り‥‥」
「待ってください! これってマズいのでは」
予定通りに戦闘を避けるべく、航路を少し東へ変更して逃げてやり過ごすことをあやこが味方機に提案したところで、アーサーが留める。その言葉を皮切りに、他の傭兵達も全員事の事実に気づいていく。敵機は、こちらから一定の距離を保ったまま、じっと様子を伺っているのだ。
しかし、動けない。
仕掛けてくる敵から逃げたり、仕掛けてこない敵は無視して、交戦を避ける事は想定していたが、仕掛ける気はないが接近してくる部隊の事を忘れていた。その部隊とはつまり‥‥
『偵察部隊』
2機のヘルメットワームは、一通り傭兵達のKVを観察し終えると後退していく。目視できる範囲からは離脱したようだが、おそらく向こうのレーダー有効半径内には待機しており、こちらがどう動くかは筒抜けだろう。
(「まさかそんな‥‥。いや、ありえる」)
想定していなかった事態ゆえに行動こそ起こせなかったが、傭兵達は代わりに高速で思考を巡らせた。
KVとヘルメットワームのキルレシオは一昔前とは確実に違ってきており、バグアにとっても能力者の駆るKVは無視できる存在では無くなっているだろう。自分達の領地へと向かってきているKVが何を目的としているのか、後に述べる点と合わせれば、調べる価値は確かに存在するのだ。
「小町さん、これって‥‥」
「大丈夫や、まだ陽動の為の偵察やとバレたわけやあらへん。せやけど‥‥」
「けど、僕達の機種とか装備とか全部見られちゃったよね?」
不安そうに尋ねる緋音に対し小町は大丈夫だと答えるが、問題はラシードの言っていること。バグアの解析能力がどの程度かは分からないが、自分達の情報を手に入れたバグアは、こちらを迎え撃てるだけの戦力を空へ上げるため、出撃準備を急ピッチで進めるだろう。
「でもこれは、ウダーチヌイの情報が本物である可能性を高めました」
「そうね。だからこそ、ここで撤退するわけにはいかなくなったわ」
セラフィエルの言っていることは正しい。ウダーチヌイの基地建設情報が正しいならば、こうして警戒態勢を敷いて、敵部隊がウダーチヌイへの作戦行動から自分達の目を逸らす為の部隊でないか、わざわざ確認しにくる事も頷ける。
そして、ケイの言っていることも正しい。ここで自分達が撤退してしまえば、陽動の効果は薄れ、本命の偵察部隊が危険に晒される可能性は飛躍的に高まる。しかし、自分達の位置などから、レナ川河口近辺を目的地として飛んでいる事は悟られているだろう。
「ちょ、ちょっと。じゃあどうするってのよ!」
行けば、死神が手を広げて待っている。引けば、ウダーチヌイへ向かった傭兵達へと死神が手を伸ばす。その事態に声を荒げるあやこに対して、傭兵達は誰もすぐには応えられなかったが
「‥‥行こう。このまま急いで河口まで、それしかないよ」
フィオナが決意を固めて口にした。
「それしかあらへんか」
死神が手を広げて待っているなら。
「僕も、そう思う」
その死神が待つ地に向かわねばならないなら。
「そうと決まれば急ぎましょう、皆さん」
答えは簡単だ。
「戦闘速度でレナ川河口まで。急減速して撮影行動のフリをした後、ブーストを起動して離脱。異論はないわね?」
死神の手が閉じるまえにその懐に飛び込み、そして抜け出せばいい。レナ川以東の競合地域に関してあまり調査をせずに、レナ川のやや東を真っ直ぐに北へ向かっていたことが逆に幸いしたと言って良いだろう。
(「直接本命には繋がらないって勝手に思ってた。でも‥‥!」)
ある者は帰りを待つ者との約束を思い出し、ある者は開かぬロケットを握り締める。そうした傭兵達の覚悟は、本命の偵察依頼、そしてその後に行われる大規模作戦へと繋がっていくことになる。
■強行偵察、苛烈なる迎撃
銀のメッシュが入った髪をかきあげて、フィオナは額に滲んだ嫌な汗を拭いとる。他の傭兵も同じく不安を押し殺しながら、音速を超えてKVを飛ばす。
既にどの程度バグアの迎撃体制は整っているのか、もう河口は目と鼻の先という距離まで来たのに全く分からない。バグア支配地域に近づいたことでノイズは一段と酷くなり、KVに積まれたレーダーは傭兵達に何も情報をくれない。
(「まだ来てない‥‥間に合った、のか?」)
淡い粒子が尾を引く左手で目を擦り、再度西の空を見やるアーサー。やはり、敵機の姿は確認できない。
急いで河口付近の映像を映していく傭兵達。偵察任務としては、これで目的達成だ。後は陽動任務としての分を達成して、基地へと帰投するだけ。そして、考えようによってはその陽動任務も半ば達成していた。問題は、ヤクーツクへと帰れるか帰れないか、だ。
撮影の為に減った速度を回復させ始めたところで、死神の手は傭兵達を包んだ。
「来たよ、ヘルメットワームだ! 中型もいる!」
編隊を組んで飛行してくる敵影を、銀の光をたたえたラシードの瞳が捉える。それとほぼ同時に、他の傭兵も自分が見ていた方角に敵影を確認する。
「数は10‥‥20‥‥30‥‥!?」
ぐるりと見渡しながら数を数えていくセラフィエルは、30まで数えた時点でそれ以上数える事を止めた。
「な、何だってぇのよ、この数は!?」
傭兵達をぐるりと囲んで、全周囲から迫ってくるヘルメットワームの群れ。
「想定の範囲内よ‥‥。ブーストを使用して南の編隊へ突撃、突破して撤退するわ」
「そうや。まごまごしとったら弄り殺しやで!」
真紅の瞳が、南から来たヘルメットワームの編隊を見据える。どの方角に飛んでも敵編隊と当たってしまうのならば、逃げるのはヤクーツクのある南方向しかない。いざとなれば不思議と落ち着くものなのか、それとも過ぎた刺激で感覚が麻痺してしまったのか、操縦桿を握った傭兵達の手からはいつの間にか汗はひいていた。
8機のKVが揃って南方向へと突撃する。
ヘルメットワームの編隊から次々と放たれるプロトン砲を最低限の散開で回避し、射程ぎりぎりからミサイルや比較的長距離の攻撃が可能な武器を一度だけ放つと、そのまま敵編隊と交差して空を駆け抜ける。
(「出てきているのはヘルメットワームだけ‥‥!」)
誰とはなしに、傭兵達は敵戦力の内容を盗み見していた。この空へと上がってきているのは全てヘルメットワーム。中型も混じっているが殆ど小型で、数はこちらを包囲・殲滅するのに十分だが、新型や新装備と思わしきものは存在しない。やはり、本命はウダーチヌイだ。
「追撃、きます!」
(「Iターンってところかしら‥‥!」)
その手に掴むはずだった命を捕らえるため、死神が手を伸ばす。戦闘機の機動では考えられない。その場で方向を180度変え、何ら高度を落とさずにこちらを追いはじめるヘルメットワーム。
「しつこいやっちゃな!」
ラージフレアを撒き、補助ブースターを吹かして強引に機体をロールさせて敵弾を回避する小町。アーサーも、もう使う機会はここしかないと判断し、つぎ込める最大量をつぎ込んでPRMシステムを起動させ、敵の追撃を回避する。他にも緋音やフィオナは超伝導アクチュエータを起動させていたが、敵の数が多すぎる。一発、二発と、回避しきれない敵弾は確実に、傭兵達を守る装甲を剥いでいった。
■後日譚
「霞澄〜、そっちはどうやー?」
「私も他の人も、損傷率は50%を超えてます」
小町からの通信にセラフィエルが応える。どうやら、相手が追撃を諦める程度の距離まで南下できたようだ。機体の消耗はどの機体も著しい。いや、消耗しているのは機体だけではない。
「これで‥‥役目、果たせた‥‥の、かな?」
疲れきった表情で仲間に尋ねるラシード。応える傭兵達の誰もが、彼と同じように疲労の色を隠せなかった。時間にすれば短い時間であったが、河口付近への到着、撮影、離脱、そして追撃を振り切る。その全て、気の緩みは許されない時間の連続だったのだ。
傭兵達の偵察任務は、以上のように終了した。レナ川のやや東をまっすぐ北へと飛んで河口付近へ向かったため、レナ川以東の競合地域のデータにやや不足が見られるが、これは重要度の低いデータであるため、さほど問題は無い。当初の目的通りに、ウダーチヌイへの偵察部隊が本命であることを悟らせずに、レナ川流域、及び河口を飛行した際の敵動員戦力のデータが得られた事は、大きい。
このデータは、今までレナ川河口方面に偵察機を飛ばした際の敵動員戦力や迎撃部隊が出てくるタイミングと比較され、UPC軍が極東ロシアのバグア軍基地情報の真偽について判断を下す為の一助となったのだった。