●リプレイ本文
●線を伝う報せ
傭兵達が待機する地点から通信用のケーブルが一本、南へと伸びていっている。
「焦りは禁物とはいえ、今はこの待ち時間がもどかしいですね」
榊 刑部(
ga7524)が仲間達に呼びかける。彼等傭兵は、今はまだナイトフォーゲルのエンジンを切って機外に降り、自分達がこの地に着く前に出発した偵察兵の報告を待っていた。伸びたケーブルと繋がっている通信用の前にいるUPC軍の兵士は、未だ定時連絡以外の報告を受け取っている様子は無い。
「なかなか思い切った作戦を考えたものだよな。一歩間違えれば輸送物資がパァだぜ、これは」
基地から輸送部隊が出発する予定の時刻を過ぎて、しばらく時間が経過している。ブレイズ・カーディナル(
ga1851)は基地に駐留していた部隊を思い返したが、結構な量の物資を輸送する部隊だった。あれらが全て敵に潰されれば、確実に五大湖側の戦闘に影響が出るだろう。
「軍が輸送部隊という撒餌までして獲物を釣り上げようとしているわけですからな。逃がすわけには、参りますまい?」
飯島 修司(
ga7951)から返される言葉に、もちろんそのつもりであるとブレイズは頷く。
北米での大規模な軍事行動をヴェレッタ・オリム(gz0162)は、何処かのルートから情報が漏れることも構わずに比較的早い段階から傭兵に告知していた。この依頼が行なわれた時より後日の結果となるが、五大湖側の戦力を囮としてロス方面に集結した傭兵部隊によるシェイド討伐作戦は、予定通り開始されたのである。ややもするとこの依頼も――
『敵部隊の作戦区域への侵入を確認した』
「‥‥っと、どうやら網に掛かったようだな。よし、んじゃ行くか!」
偵察兵より入る報告。すぐさま傭兵達は自分の機体へと乗り込み、出撃準備を開始した。
機体が暖まっていく中、偵察兵からの報告が更新されていく。
「さてさて、敵さんは何処まで読んでいるのやら‥‥」
「部隊が罠を仕掛けている様子はないのですか?」
敵部隊は2部隊に分かれ、それぞれゴーレム1機と地上用ワーム4機の構成で、作戦区域の南北の間道を目指しているとのことだ。少し時系列が前後するが、この後に傭兵達が出撃する直前の報告では、素直に間道に待機してこちらを待っているとのこと。ヨネモトタケシ(
gb0843)は敵部隊の素直な行動に、こちらの動きが読まれているのではないかと疑い、ドッグ・ラブラード(
gb2486)は罠の設置を危惧したが、その気配も無いとのことだ。
「出撃だ、ウラノス」
蒼いフェニックスが空へと舞い上がる。後の作戦のため、仮染 勇輝(
gb1239)を含めた6機のナイトフォーゲルは残りの4機に先行する形で、作戦区域を目指して北米の空を南下していった。
●割り降りる機人
東西に伸びる道路に、ナイトフォーゲルが次々と降下していく。小高い丘に射線を遮られ、着陸直前からその後の変形までの間という最も無防備な時間は、敵機からの攻撃に晒される危険が無い。
「よし、ここまでは順調‥‥」
水上・未早(
ga0049)は、ジャックのエンブレムが描かれたワイバーンにアイギスを構えさせながら、レーダーを確認して相手の動きを窺う。相変わらず相手の反応が点いたり消えたりと半死のレーダーだが、この距離であれば相手が移動しているかどうかぐらいは分かった。
「今日は突撃する必要はありません‥‥久々に守る戦いです、ディスタン」
音影 一葉(
ga9077)はブレイズの雷電と合わせて機体を南側に寄せながら、覚醒の影響で軽い高揚状態にある自分を落ち着かせるように呟いた。そして、彼ら6機に続いて2機のナイトフォーゲルが北東の丘へと降り立つ。シュテルン、垂直離着陸能力を持つその機体は、通常の機体では降りられない不整地へと降りて相手の頭上を押さえた。
「移動仕掛けて止まった‥‥? HolgerよりA班各機へ、仕掛けるわ!」
「上手い具合に動揺してくれたようですなぁ。黄泉、続きますよぉ!」
その事に対して相手が止めた機を逃さず、未早が僚機に呼び掛けながら十字路の交差地点へと飛び出すと、タケシは濃緑色のアヌビスをそれに追随させた。この2機と同じく北部の敵部隊にあたるのは、勇輝とドッグ。彼らも遅れずに揃って敵前へと躍り出る。
「!‥‥車輪のゴーレム‥‥奴か!?」
その4機のナイトフォーゲルの内の1機、S−01Hに搭乗するドッグは、依然に見た事のある敵の姿に黒く染まった瞳を見開いた。
「おっと、そうはいかないぜ!」
相手が躍り出てきたのを認識し、北側の部隊を援護するために間道より出てこようとした敵部隊の前に、ブレイズと一葉が立ちはだかる。
「さて、時間稼ぎと行きましょう‥‥落ちなければ私の勝ち、ですね」
強固な防御能力を持つ2人の機体を前に、ゴーレムはともかく陸戦用ワームはダメージらしいダメージを通すことができず、その場に押し留められてしまう。しかし、反撃として雷電、ディスタンのそれぞれからスラスターライフルの銃弾が南側の敵部隊へ襲いかかったが、ゴーレムはこれを車輪の模様が描かれたシールドで受け止めて損傷を抑えた。
「へっ、そっちも防御重視の機体か」
好都合‥‥とばかりにブレイズはニヤリと笑った。
「ワームの方はそれほどでも無いようですね」
一方、一葉は敵部隊の損害の様子を冷静に観察していた。シールドで防御したゴーレムには、やはりさほどダメージは通っていないようだが、ワームには十分損傷を与えられている。警戒すべきはゴーレムのみだろうか。そして、この戦況を更に動かすように、北側の敵部隊の更に北の地点へと2機のナイトフォーゲルが着陸を開始していた。
PRMシステムが起動し、丘と丘の間へと落とすようにグレネードの狙いが絞られる。
「‥‥さて、派手に‥‥行こうか?」
皇 流叶(
gb6275)はその猫の様に瞳孔を窄まらせた瞳で、表示された着弾予想を確認するとトリガーを引いた。斜め上空へと発射された弾頭は、そのまま綺麗な放物線を描いて間道へと落ち込んでいく。
「よし、行きましょう」
天宮(
gb4665)は、グレネードの爆発を確認するのと前後して機体に雪村とストライクシールドを構えさせ、丘上から間道へと飛び込む準備を整えていた。
「ああ、皇騎‥‥行くよ?」
流叶も武装選択をグレネードランチャーからドミネイターに切り替えて、降下する準備を整える。2機のシュテルンは丘の上から下の覗くと、ゴーレムに狙いを絞って機体を降下させていった。
●空すら覆う包囲戦
(「いや、あの時の指揮官機じゃない。‥‥まぁ、何とかなるか?」)
少しだけ時間は遡る。
間道に躍り出た時、敵のゴーレムに過去の記憶を刺激されたドッグは、更に記憶を辿って相手はその時の指揮官用の機体ではなく、部隊を構成していた1機に過ぎない事を認識した。
「しかし、隙がありませんなぁ」
(「足並みを外す敵機がいない?」)
タケシの機体には遠距離から攻撃できる武装が積まれていない。なんとか距離を詰める隙を探していたが、詰めた後に総攻撃を受けるのは明確。いくらかは回避もできるだろうが、間道という地形では後方から味方の射撃が当たりかねない。未早もスラスターライフルにて相手の足を止める事には成功していたが、一度に止められるのは1機か2機。ソードウィングで攻撃するには他の機体が邪魔になっていた。
(「この機体間の連携を重視した動きは奴の部隊に違いにない。しかし、この場に奴がいないのであれば」)
ドッグはなんとか機を窺う。丘に降りた班も、敵を挟んで更に北へと降りた班も居る。まだ焦る必要は無い。そして、その『機』はまもなく中空より降りてきた。
「心配しないでください苦しみは一瞬で済みます」
グレネードに続けて丘上より降下しながら、ゴーレムを目掛けて雪村を振り下ろす天宮。インパクトの少し前から世界にその姿を現した光の刃は、しかし相手の胴体を捉えずに円盾にてその威力を減衰させられる。それは、その次に降ってきた機槍についても同じだった。流叶は、その得物と機体各所に増設されたブースターを一斉稼働させて、相手の間合いから強引に愛機を引き離した。
ゴーレムは退避の遅れた漆黒のシュテルンに狙いを定める。
「ぐっ!?」
ストライクシールドでの防御を間に合わせずに、その凶刃は天宮の機体を薙ぐ。続けて刃は振り下ろされ、彼の機体に十字の痕をつけるかに見えたが‥‥
「そうはいきませんな」
数秒の間に数百mを駆けた修司のディアブロが、敵機の肩部に突き立てたロンゴミニアトの穂先を爆ぜさせた。
「飯島さんの機体にはとうてい及ばぬが、この機体とて幾多の戦場を潜ってきた私の愛機! 舐めて貰っては困るな」
少し遅れて刑部が戦場に到着する。銀へと変色したその瞳は、敵のすぐ近くまで接近している3機のナイトフォーゲルを避けて撃てる位置を見抜くと、対戦車砲を続けざまに撃ち込んでいく。立て続けに攻撃を受けたゴーレムには、それによって乱れたワーム達へ指示を出す余裕は無かった。
「この機、逃しませんよぉ!」
タケシはブーストを起動させるとアヌビスを突撃させると、玄双羽にてワームを斬り捨てる。未早もマイクロブーストをも使用して駆け、別のワームをソードウィングで斬り裂くと、その速度故か翼に込められた力故か大きく火花を舞い散らせた。
「全能力起動! 『オーバードライブ・トワイライト』」
勇輝のフェニックスが壁面を駆け、メアリオンにて斬りかかるがゴーレムはこれを防ぐ。空中変形スタビライザーがその真価を発揮するのは空中での戦闘速度での変形の時で、地上では多少行動力が増加するに過ぎない。
「出過ぎたか!?」
「では、私がやらせていただくとしますかな」
彼が退避行動を取るより早く、ゴーレムは再び修司によって爆ぜさせられた。先程の攻撃は中空からの攻撃であったため、それによって上がったガードを見逃さずに腹部へとロンゴミニアトを突き立てたのだ。だが、そんな彼の機体へと足掻きとばかりに最後に残ったワームが飛びかかる。
「此れなら‥‥避けれまい?」
銃口に突かれて軌道を変えたワームは、空を切ると地上へと転がる。そして、相手が起き上がる前に再度銃口を至近距離へと近づけた流叶は、トリガーを引いてスラスターライフルに残った銃弾を全て敵機へと撃ち込んでいった。コクピット付近で爆発が起こった為か、ゴーレムも完全に停止している。北部のバグア部隊は、そちらへと回った傭兵達全機が揃った後は、さほど抵抗を行うこともできなかったのだった。
●突撃の刃
「こいつはちと見た目は不恰好だがな‥‥破壊力は見た目以上だぜ!」
ブレイズがスレッジハンマーでワームの1機を叩き潰す。たった2機で南側の敵部隊の足止めを請け負った彼らだが、ダメージは順調に嵩んでいっているものの強化されたナイトフォーゲルとその兵装の性能は高く、危なげなく相手を押し留めていた。
『マイクがやられた‥‥? ‥‥貴様らぁっ!!』
だが、北側の部隊の壊滅を受けて、それまで遠方より銃撃を繰り返していたゴーレムが、突如動きを変えて彼の機体へと迫った。
「うおっ!?」
「ブレイズさん!」
シールドで突き飛ばされて転倒する雷電。普段なら耐えられるであろうその衝撃も、それまでに重ねられていたダメージが原因か脚部の反応が鈍かった。しかし、相手はその転倒した機体を無視して北部の間道へと突き進んでいく。
(「! いけない!」)
この突然の事態に、一葉はすぐには対応できないでいたが、まだワームが南部に残っていることに気づいてそれの対応に回った。菖蒲の葉の飾りを飛ばされながらも、ブレイズの機体が起き上がるまでを耐え抜く。
『やったのは貴様か!』
一方、勢いをそのままに修司のディアブロ目掛けて一直線に進むゴーレム。
(「ブレス・ノウ起動、敵機行動を予測‥‥フェイントも無しに突っ込んでくるのか!?」)
S−01Hが弾き出したその結果に一瞬戸惑いを覚えたが、次の瞬間にはドッグは突き進んでくるゴーレムの足元にグレネードを撃ち込んでいた。しかし、それでバランスを崩しながらも相手は止まらずに尚こちらへと接近してくる。
「ウラノスッ!」
だが、その進撃もそこまでだった。勇輝が練剣を振り下ろし、斬り上げると‥‥いや、振り下ろした時点で既に決着はついていたのかもしれない。フェニックスはその斬り上げた勢いのままに飛び上がり、敵機を超えた位置に着地する。その背後では、鋭利なVの字に切り裂かれたゴーレムが崩れ落ちていった。
「終わったようですね」
「輸送部隊が通過する時刻まではまだ少しあるな」
未早が眼鏡を掛け直す。流叶の体からも、纏われていた黒い瘴気が払われていく。彼女達と同様に、能力者達は各々覚醒を解いていった。南の敵部隊を足止めしていたブレイズと一葉の機体は損傷が大きいが、それ以外の機体はさほどは傷ついていない。傭兵達はこのしばらくの後に輸送部隊の通過を見送ると、基地への帰路についたのだった。
『感情に任せて突撃‥‥か。いや、これは少し面白いかもしれんな』
その少し前。合流して輸送部隊襲撃、もしくは撤退支援の為に少し離れた位置に待機していた男は、あの状況で突撃を敢行した強化人間に失望しながら、何かを思いついたようにそう呟いた。確か、他の部隊などにもそういった個人の感情を拠り所にした強化人間も居たはず。ビッグフィッシュへと通信を飛ばしながら、彼もまた帰路についたのだった。