●リプレイ本文
能力者達が蛇型キメラを討伐に向かったその日、湖のある地域一帯では透き通るように青い空が広がり雲一つ無い晴天だった。
湖面には陽の光がキラキラと反射し美しく、犠牲となった青年が『恋人に見せたい』という感情を抱くのも仕方ない。
能力者達を乗せた高速移動艇は、青年の遺品となってしまった画材の近くに到着した。
まだ遠くにある湖を見渡しながら、佐倉祥月(
ga6384)が呟く。
「とても、綺麗な湖ね‥‥」
愛する人の為に贈り物を描こうとしていた青年を、人として当たり前の愛情を、踏みにじるヤツらが許せない――祥月は唇を堅く閉じる。
(「いつの時代も、未来ある若もんの死ほど辛いことは無いのう」)
散らばった画材を見つけたオブライエン(
ga9542)も又、青年の死を悼んだ。
「生きていた証を‥‥回収しなければ‥‥な」
「そうだね、『思い』を救出しないとね」
西島 百白(
ga2123)に言葉に、高村・綺羅(
ga2052)が頷いた。彼女の手にはハンディカメラが握られている。
キメラは余程湖に近づかないと、出てこないという。
戦いが始まれば、画用紙など簡単に破り散らされてしまうかもしれない――まずは湖に近づかぬよう、絵画を回収する必要がある。
能力者達は迅速に行動を開始した。
画材などの安全な場所にある遺品を回収した後、木花咲耶(
ga5139)と遠倉 雨音(
gb0338)は双眼鏡を手にし、いまだ見つからぬ絵画を探した。
亡くなった者はもう戻ってこない。けれど、その人の『想い』を宿す物がまだ残っているのならば、届けてあげたい。――その思いを胸に雨音は、レンズの向こうに見える景色を注意深く探る。
「‥‥もう少し、湖の近くを探してみましょうか」
二人は言葉を交わし、探索範囲を徐々に広範囲へ広げていった。
一方、ハンディカメラを手にした綺羅は湖に近づかず、木の上に登ると双眼鏡を覗き、絵を探しながらその景色をカメラに収める。
まだキメラが現れる前の、美しく静かな湖だった――。
AU−KVをバイク形態のまま待機させ、大神 直人(
gb1865)も又湖に必要以上に近づかぬよう、懸命に絵画を探している。
アマンダが前を向いて生きていけるように‥‥彼女が必要としている絵画を届けてあげたいと直人は思う。
そして銀龍(
ga9950)はオブライエンと共に探索し、何かを指差しつつ言った。
「あれ、絵画、違う?」
「‥‥残念だがあれはちがうようじゃな」
銀龍の指していたものは、何か食料でも入っていたかもしれない白いビニール袋だった。
「あれは‥‥」
探索が続く中、双眼鏡を手にしたまま雨音が小さく声を上げた。視界にとらえた、小さな画用紙―――それは湖に程近い所に伸びる木の幹に引っかかっていた。
――間違いない。アマンダの恋人が描いた絵画だ。
雨音は無線機で皆に連絡を入れ、能力者達は集合する。
「‥‥ここにあった‥‥か」
「あの位置は、湖に近すぎるわ」
「俺が回収します。皆さんはキメラをお願いします」
直人が言うと、百白と祥月は頷いた。
●
湖に近づくと奇襲をかけてくるという巨大な蛇型キメラ。
絵画を安全に回収しつつ、蛇キメラを誘き出し、そしてピンチになった蛇キメラが湖に戻らぬよう、退路も断たねばならない。
その為に能力者達が考えた作戦は、囮班の者がキメラを誘き出し、その間に回収班のものが絵画を回収、残りの者は待機班として潜伏し、キメラが完全に陸に上がってから退路を断つ作戦だ。
幸い、湖は広い。
絵画から離れた場所でキメラを誘き出せば、絵は無事に回収できるだろう。
まず囮班の綺羅と咲耶が、絵画からは充分距離のある湖畔へと移動した。待機班のオブライエン、銀龍、祥月、百白が二人に続く。
「この辺りに誘き出せばいい?」
「これだけ離れていれば、大丈夫でしょう」
綺羅と咲耶は顔を見合わせ頷くと、瞬時覚醒を遂げた。
そして、囮班がキメラを誘き出した際挟み撃ちできるよう、待機班の4人は祥月と百白、オブライエンと銀龍、このように二手に分かれ地に伏して待機した。
スナイパーである祥月とオブライエンは覚醒を遂げ、『隠密潜行』で気配を消す。
「‥‥‥」
百白はあえて覚醒はせず、地に伏せる虎の如く待機。銀龍もオブライエンの傍で、見つからぬよう静寂を保った‥‥。
キメラを迎え討つ準備が整う中、回収班の二人‥‥直人と雨音も作戦通りに動く。
直人は覚醒を遂げ、囮班がキメラを誘き出したらすぐにでも回収に出来るよう、絵画と仲間の様子を常に視界に捉えていた。
そして、雨音は直人から渡された絵画を守りつつ、射程の長いスナイパーライフルで攻撃に加わる計算だ。
「みんな、いいかな。誘い出すからね」
綺羅が無線で連絡を入れ、咲耶と共に慎重に湖へと近づいて行く。
二人が近づくにつれ、湖に変化が現れはじめた‥‥湖底でうねり蠢くキメラの影、僅かに湖面が振動を始め、やがて大きな波紋となり‥‥
「‥‥来ますわ――!」
咲那が声を上げた刹那、激しい水飛沫を上げながら、全長10mはあるだろう巨大な蛇が頭を突き出した――!
蛇キメラの獰猛な瞳は綺羅と咲耶を捉えた。そのまま大口を開けると、二人を狙う――しかし綺羅と咲耶は左右に跳躍し攻撃をかわす。
蛇キメラは直ぐに頭を上げると、距離を保ちつつ後退していく二人に誘われるように、やがて湖から徐々にその姿を現していく――。このまま上手く攻撃をかわしていけば、いずれ全身を引きずり出すことが出来るだろう。
百白はキメラの姿を確認し「‥‥あれか」と呟くと、蛇の尾が完全に湖から出るタイミングを見計らう。
そして、キメラに人数を少なく誤認させる為、気配を消して見守る祥月。
また、向かい側では、
「今回のキメラ、凄く可愛‥‥可愛くない。残念」
現れたキメラを目の当たりにし、銀龍が緊張感なくポツリと呟いた。しかし、いつでも退路を断てるように覚醒を終える。銀龍の傍でオブライエンは小銃を構え、蛇キメラの頭へと狙いを定めていた。
一方、回収班――
「‥‥出たなっ」
蛇キメラが囮に気をとられているうちに、絵画を回収する――AU−KVを纏った直人は『竜の翼』を使い、様子を伺っていた場所から瞬時に絵画のある場所へと移動した。
絵画からかなり離れた位置にキメラは誘き出された為、直人自身はキメラに気づかれる事なく無事に回収を終える‥‥しかし、念を入れて再び『竜の翼』を使用、瞬時に離脱した。
「雨音、あとは頼む」
「わかりました。絵の保護はまかせて下さい」
雨音は直人からしっかりと絵を受け取り、仕舞い込んだ。そして覚醒を遂げ、スナイパーライフルを構えると射程ギリギリの位置まで慎重に移動する。
あとは、直人が戦闘に合流し、キメラを湖から引き離したら全員で総攻撃するのみ―――!
●
「醜き物の怪や、捕まえてごらんなさい」
キメラに挑戦的な言葉を投げかけ、咲耶はヒラリと攻撃をかわす。
囮の二人は、見事に攻撃を避けながらキメラを誘導していた。途中キメラの牙が綺羅の肌を裂きそうな場面もあったが、綺羅は寸でのところでかわした為かすり傷ですんでいる。
ずる‥‥ずる‥‥と二人を追い地面をはいずる蛇キメラ。獰猛な瞳には二人しか映っておらず、まんまと尻尾まで陸地に引き摺り出されていた。
――その刹那、今まで息を潜め待機していた百白が覚醒を遂げ、得物を狩る虎の如き早さでキメラの背後に立ち――退路を断つ。
「逃しは‥‥しない」
明らかな殺意を放つ百白――キメラがそれに気づいたときは、もう遅かった。
キメラの背後には、同じく退路を断つように現れた銀龍。そして、バイクに乗りブーストを駆使して駆けつけた直人もいる。
「絵も回収して後顧の憂いはもう無いわね。さあ、もう一つのお仕事に入りましょう」
キメラを完全に包囲したところで、祥月は優しさの宿らない笑みを浮かべた。
『囲まれた』事をまだ把握しきれていないキメラに、咲耶の放ったソニックブームが命中した――今まで逃げるばかりだった者の反撃に、巨体が怯む。
「こちらも本気をださせていただきますわ」
と、咲耶は宣言し、紅蓮衝撃と豪破斬撃を発動し力を増した攻撃を蛇の反り返った喉に見舞ってやった。切り裂かれた蛇の皮膚から体液が飛び、のた打ち回る――そこへ更に2回、国士無双で斬りつける。
蛇キメラの側面では、オブライエンが鋭覚狙撃と狙撃眼を使い蛇の『眼』を狙っていた――放たれた弾は見事に蛇の左目を撃ち抜き、キメラは全身をくねらせた。
激しく左右にゆれる蛇の尻尾を眺めつつ
「ん‥‥蛇のキメラ、尻尾狙ってみる?」
銀龍は首をかしげながら、オブライエンにきいた『蛇は尾の鱗を削られると大人しくなる』という言葉を試そうとする。両断剣を使い、尻尾を狙って流し斬りを叩き込んだ。暴れる尻尾が何度か体を掠ったが、それは銀龍の攻撃を止めるには至らない。
明らかな劣勢に、一度湖に戻ろうとキメラが首をくるりと回転させる。
しかし、退路を塞ぐ百白がそれを許すはずが無い。
「どこに‥‥行くつもりだ?」
睨む蛇の眼に向けソニックブームを放った。衝撃波がキメラの眼と頭を掠る‥‥だが、キメラは全身をくねらせ、湖に向けて這いずり出す。
百白はさらに紅蓮衝撃と豪破斬撃を発動しキメラの胴に斬りつけた。
「逃げられると‥‥思ったか?」
キメラの鱗が裂け、夥しい量の体液がドロリと大地に染みを作る。
そして、そこを狙うように‥‥祥月の弾丸が傷口を打ち抜いた。
「駄目よ、逃がさない。あなただって彼を逃がさなかったじゃない」
冷酷な瞳で狙いを定め、キメラの頭に、尻尾に、胴体に‥‥幾つもの穴を開けてゆく。
――しかしそれでも、キメラは湖に逃げようとした――あそこに逃げれば、癒せるからだ。それだけは全力で阻止しなければならない――!
「キメラをぶっとばす、援護を!」
AU−KVを纏った直人が叫ぶ――それに呼応するように、遠距離で狙撃眼を使用して放った雨音の弾丸が、キメラの背肉を貫通した。さらに胴を狙い、逃げる事を許さない。
動きを止めたキメラに、湖の前に立つ直人は『竜の咆哮』を放つ――!
AU−KV全体にスパークが生じ、強靭な力でキメラは湖の反対方向へと弾き飛ばされた。
覚醒の為か無口な戦闘マシーンのように、ヒット&ウェイの攻撃を繰り返していた綺羅は、弾き飛ばされるキメラの巨体をさらりとかわし、頭部を狙ってファングでの打撃を叩き付ける。
やがて――
完全に退路を断たれ、全員の怒涛のような攻撃を受け続けた巨大な蛇型のキメラは、夥しい量の体液を流しつつその巨体を大地に沈めるのだった。
戦闘の終わりを告げるように、百白の虎の如き雄叫びが辺りに響き渡る――
●
戦いを終えた能力者達は、依頼主アマンダの自宅へと向かった。
「【生きていた証】を‥‥持ってきたが?」
絵を手に取り、涙を見せるアマンダへ、いつもより穏やかな口調で話しかける百白。
そして祥月は翠緑色の瞳を、アマンダに向けて言った。
「‥‥とても美しい場所だったわ。彼があなたに見せたかったのもよく分かる」
「‥絵だけじゃなくて本当の姿も見たかったよね。良かったら撮影してきたから見てあげて」
綺羅は、ハンディカメラを差し出した――戦いが始まる前の湖の風景を、収めたものだった。
彼が最期に見た景色が、この中に映像として残されている――アマンダは嗚咽をのみこみ、カメラを受け取る。
アマンダは何も言わず、遺品の一つ一つに目を遣りながら能力者達の話を聞いていた――
「貴女の恋人は、この絵の景色を貴女に見せたかったのでしょう? ならば――貴女が病を治し、あの湖を自らの足で訪れること。それが、一番の供養になるのではないでしょうか」
「そうです、遠倉様の言うように‥‥いずれ彼が残した景色の場所へ行ってみてください。景色に秘められた彼の思いが直に感じるでしょう」
雨音に続いて、咲耶も。いずれ美しい湖を見て欲しいと伝える。
そして、アマンダの沈黙に耐え切れず‥‥銀龍が彼女に問いかけた。
「アマンダは大事な人が何がしたかったか知ってる。大事な人、何したかった?」
その問いに、アマンダは暫く沈黙を続けた後‥‥何かをポツリと呟いた。それは、銀龍にだけ聞き取れるような小さな声。
「アマンダはそれを代わりにできない? 病気だから無理? 病気、治せるなら銀龍はアマンダがそれをやるといいと思う。ダメ?」
まるで子供のように、首を傾げて言われ‥‥アマンダは戸惑った。しかし、そのまっすぐな言葉が心に響く。
「そうじゃ、もうキメラは倒した。これからの未来をどう歩むかはお前さん次第じゃ」
やや心配そうに銀龍を見ていたオブライエンも又、アマンダに声をかけた。
「絵を仕上げてみるのはどうですか? そして病気を治したら、その湖に向かうのもいいでしょう」
と、直人は勧めてみる。
皆に話しかけられるたび、アマンダの顔に『生気』が戻っていくのを、誰もが感じていた。
「‥‥最後ぐらいは‥‥笑ってやれ‥‥そいつのために」
壁にかけられた男の肖像画を眺め、百白言うと‥‥
「そうね、まだ笑って‥‥やりたいことが、たくさんあるもの」
アマンダが、閉ざしていた口を開いた。
やつれた顔に、微笑みすら浮かべて‥‥
「みなさん、私と、彼のために‥‥本当に、有難うございました‥‥」
描きかけの絵画と、綺羅に渡されたハンディカメラをしっかりと握り締める。
そして、能力者の皆へ向けて、深々と頭を下げた。
死はバグアによってだけもたらされる訳じゃない。彼女自身も『病』という死の影と戦っている。
「私達はこうやってバグアと戦っているけれど、あなただって戦えるはず――あなた自身の死の影と。どうかあなたが勝利する事を祈っているわ」
祥月は去り際にそう伝えた。
能力者達は笑顔の戻ったアマンダに見送られつつ、ラスト・ホープへと帰っていった。
彼らが去った後。
アマンダは涙を流した――止まらない。
自分の命はもう長くはない、最近、動くことさえ出来ない事もある――そんな自分の為に、彼らはここまでしてくれた。
だから、命を懸けて取り戻してくれた、能力者達の想いに報いるためにも。
せめて彼の残したこの景色を、完成させるまでは。
――生きていたい。
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それから一週間後、アマンダは自宅のベッドの上で静かに息を引き取った。
彼女の自室の壁には、湖の景色を描いた水彩画が飾られていたという――そしてその景色には、男女二人の姿が描き足されていた。
二人は絵画を通して出会った、だから、最期も絵の中で一緒に。
そしてテーブルの上には、画用紙に描かれた男女8人の姿が、下書きのまま残されていたという。
彼女の残した作品は、友人の手に引き取られ――街の小さなギャラリーに飾られることになるのだった。