●リプレイ本文
●AM8:00
佐々木オサムの依頼を受け、能力者6人は衣装・小道具を持参してレストラン『ルミナ』へと集結した。
「朝早いのによく来てくれたね。今日一日、よろしく頼む」
皆の顔を見るなり、オサムは深々と頭を下げた。
神森 静(
ga5165)は微笑みを湛え、「彼女をご存知ですか?」と常夜ケイ(
ga4803)の方を見る。
「は〜い、アイドル傭兵隊【IMP】のケイちゃんもプロデュースしますよ♪」
ケイの声は聞き覚えがあり、オサムはつい「ほ‥‥本物?」と目を疑った。
オサムが皆を店内のテーブル席へ案内し、まずは仕事分担とイベントの相談へ移る。
「折角ハロウィンが近いから、それを利用しない手はないわよね。店内もハロウィンカラーにしちゃいましょう」
鯨井昼寝(
ga0488)が持参したジャック・オー・ランタンの照明は、ハロウィンの雰囲気を醸し出すのに最適だ。
「私も南瓜のおもちゃを。お店ではメイド服でウェイトレスをしますね」
「調理補助を担当させて頂きたいです。南瓜を中心とした料理はどうでしょう」
静はウェイトレスを担当し、エメラルド・イーグル(
ga8650)はレシピを提案する。
「ハロウィンか‥‥いいな。他にも何かあれば言ってくれ」
皆の顔を見回しオサムが言うと、今回の依頼で最年少と思われる少女、最上 憐(
gb0002)から意見が。
「‥‥ん。カレー。大食い対決。‥‥お店も。盛り上がる。私のお腹も。満たされる。お得」
「俺がカレーの調理をしよう。インパクトのあるカレー‥‥いくつか思いつくからな」
傭兵をする傍ら調理師免許も所持しているホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が名乗り出た。
「それならあたしはサリー着て、大食い対決の実況しちゃいますよ♪」
ケイが賛同し、料理の方向性と店内改装の内容はほぼ決定する。
「ハロウィンとインドカレーのコラボか‥‥これは面白くなりそうだ。よし、早速準備にかかろう」
昼寝が持参したジャック・オー・ランタンの照明は、店入り口のドアの傍に飾られた。
「これでいいかな?」
「お、なかなか良い感じじゃない。これなら一見のお客さんにもばっちりアピールできるわね!」
さらに照明を店内の壁にも飾り、カーテンを黒と橙の布に替え、室内は見事なハロウィンカラーで彩られていく。
静はオレンジのテーブルクロスを敷き、その上に南瓜のおもちゃをちょこんと乗せ、子供が喜びそうな演出をする。
「味見、してみますか?」
「ん‥‥美味しい」
エメラルド作・出来立てパンプキンマフィンを、憐が頬張った。そしてその隣からは、美味しそうなカレーの香り‥‥ホアキンが煮込んでいた野菜のスープに、スパイスから調合されたカレー粉が振り入れられている。
今日一日周りの店に協力してもらい、野外にもテーブルを用意し客を迎える準備は万全に整った。
●AM10:00
『ルミナ』最後の一日が始まる。
「いらっしゃいませ〜何名様でしょうか?」
メイド服に身を包んだ静は、開店と同時にやってきた男性客へ微笑みながらお辞儀をした。彼女のメイド服はコスプレ用というより、実際西洋の屋敷で着用されていそうな質素なロングスカートのメイド服――その為、非常に清楚で大人な女性のイメージを与えている。
ネットを使用した宣伝・店頭でのチラシ配りを事前に行っていた静の努力の結果、開店直後から客の入りは良い。
「ご注文は、お決まりでしょうか?」
てきぱきと注文を取る彼女は、このような接客業に慣れているようだった‥‥随分様になっている。
そして、「カボチャだ〜!」という甲高い声と共に、子連れの夫婦が入店した。
「いらっしゃいませ! 3名様ですか? どうぞこちらのお席へ♪」
ここでウェイトレスとして登場したのは、自前の三角帽子にマント、燕尾服に身を包み、耳元にはジャック・オ・イヤリングをつけた赤毛のウィッチ――その正体は鯨井昼寝。
見事なハロウィン衣装に、「わーい、魔女、魔女っ!」と、指差しつつ子供は大はしゃぎ。
魔女の箒の代わりにメニューを手に取り、「お席に案内します♪」と家族をテーブル席へと案内した。ひらひら動くマントに、子供は興味津々である。
「注文入りました〜パンプキンスープ、かぼちゃのグラタン、かぼちゃプリンお願いしまーす」
「忙しくなってきましたね、オサムさん」
プリン用の卵を割り、煮詰めた南瓜を裏ごししながらエメラルドが声をかけると、オサムは「ああ、嬉しい事だ」と返した。
「でもまだお昼前‥‥本番は、これからですね、頑張りましょう」
エメラルドは相変わらずの無表情であったが、どこか嬉しそう。
裏ごしした南瓜を卵液の中へ入れ、泡立て器で均等に混ぜていく。手馴れた動作で、次々と料理の下準備がされていった。
そして、料理を口にした客の表情は柔らかな至福の色に染まっていく。
かぼちゃのリゾット、パンプキンケーキにマフィン、そしてパイ‥‥エメラルドの提案した料理の数々は、かなり好評を博しているようだ。
●AM11:00
その頃野外特設カフェでは――
サリーというインドの民族衣装に身を包み、テーブル上の皿に山盛り印度煎餅『パパド』を盛り、デモンストレーションを行うケイの姿。
「これからカレーの大食い対決が始まりまーす。挑戦を受けるのは『Hungry Fighter』最上憐! 勝てば食事代無料♪」
集まった客にナンやチャイを振舞いつつ、誘いをかける。
「‥‥ん。勝者には。良い物が。贈呈される。奮って。参加すると。良い」
バニーガールの衣装に身を包む、小柄な体の憐はとても沢山食べるとは思えない外見だ。
「‥‥ん。そこの人。カレー好きそうな。顔してる。参戦する?」
ちなみに、負けた挑戦者は憐の食べた分も払う事になる‥‥それでも『一般人』の客は、我こそはと参加の申し込みをはじめた。
ただ兵舎での憐を知る『傭兵』の客は、なかなか首を縦に振らなかったという。
「ホアキンさん、外の準備は出来たみたいですけど‥‥大丈夫ですか?」
黙々と坊ちゃん南瓜を切り続けていたホアキンに声をかけ、様子を伺うエメラルド。
「ああ、もう五十人前は用意できているさ。あとは‥‥忙しくなったら盛り付けるのを手伝ってくれないか」
「わかりました、手伝います」
「有難う、助かるよ」
こうして始まったカレー大食い対決。
第一の挑戦者は見るからに大食いそうな巨漢の男、一般人。
「それでは! カレー大食い対決、スタート!」
沢山のギャラリーに囲まれる中、ケイの号令で憐vs客の大食い対決は火蓋を切った。
両者、まずは『焼きカレー』を口にした。焼きカレーとは、鶏ガラ出汁とカレーをライスにかけ、チキンとチーズ、玉子をのせてグラタン風に焼いたものである。
「‥‥ん。ただで。食べられる。カレーは。よりおいしい」
一皿、憐が余裕でクリア。数秒差で挑戦者もクリアする。
次なるカレーは『カレーラーメン』。麺にチャーシュー、その他具をのせ、鰹出汁のカレースープで仕上げたものだ。
「‥‥ん。カレーは飲む物。どんどん飲む。どんどん飲みこむ」
言葉どおり、憐につるりと飲まれてしまったカレーラーメン。挑戦者の男は焦って憐を見た‥‥ここから徐々に、差がつき始める。
「おーっとここで胃薬の出番か?」
ケイの実況にも熱が入った。憐が6皿、男が5皿食べ終えたところで、男が胃薬を飲んだのを見逃さない。一方、憐は
「‥‥ん。おかわり。凄く。大盛りで」
どんどん消化、余裕の表情である。
そこへ、ホアキンが直々にスープカレーを運んできた。坊ちゃん南瓜を器にし、中には仕掛けを施したカレースープが入っている。
「おまたせ、スペシャルスープカレーとツナサラダだ」
サラダは口休め用にと、ホアキンの配慮である。
そして、挑戦者の男にとって地獄はここからだった―−次々と運ばれるカレースープ。そのスープの辛さがどんどん増していくのだ‥‥11皿目を口にし、挑戦者の手が止まる。
「ぎ‥‥ぎぶあっぷ‥‥」
胃袋も辛さももう限界。苦しそうな挑戦者がスプーンを落とし、嘔吐感を堪えながら手を挙げた。
「最後の一皿が今、挑戦者を奈落の底へ――勝者、最上憐――!」
ケイの声が高らかに、憐の勝利を宣言するのだった。
「こちらも、賑わっているね」
外の様子を見に来たオサムの耳に、「積み上げた皿は天に仇為すバベルの塔かーっ」と盛り上がるケイの声が届く。
オサムは思わず声を出して笑っていた―そうだ、洒落た店じゃなくてもいい、こうして楽しめれば‥‥久しく、忘れていた事が思い出された。
●PM2:00
「ふー‥‥つっかれたー! これなら普通にキメラ倒してた方がよっぽど楽だわ」
昼寝が休憩タイムに入る。
「んー美味しい、甘い物って疲れが取れるのよね」
厨房で食事を取る昼寝。エメラルドの作ったプリンを食べながら、ささやかな至福のひと時。
「お疲れ様です。サラダやグラタンもありますよ」
「エメラルドやホアキンは、お昼食べないの?」
「味見をしているからな、問題ない。‥焼きカレーもあるが食べてみるか?」
「頂くわ」
南瓜とカレーでお腹を満たし、歯を磨いてブレス確認‥‥爽やかなミントの香り、準備OK!
昼寝は魔女の三角帽子を被りなおすと、接客を再開する。彼女の魔女スタイルは子供や若い男性に好評で、客足は絶えない。
静の案で、先着順に配られた手作りのクッキーは既に配り切られていた。
手際よく客を捌いていた静は今、カレー勝負で無理をしすぎた男性客の一人を介抱しているようだ。
「大丈夫ですか?」
安心させるよう、笑みを湛える静。男性客からしてみれば、静の微笑みは女神の微笑。
「あら、もうカレーはこりごり‥‥? それなら、甘い南瓜スイーツは如何かしら?」
甘い物は別腹というが‥‥いくら女神の言葉とはいえ、男はもはやスキル『別腹』を発動することは出来なかった。
その頃、カレー大食い対決場では異変が起きていた。
憐の12人目の挑戦者は、ごく普通な年頃の少年――誰もが憐の勝利を確信していたのだが。
「‥‥ん。おかわり‥‥じゃなくて。そろそろ限界かも」
圧倒的な強さで10人、11人と敵を倒していた憐が、とうとう限界を訴えていたのだ。
「‥‥ん。限界。なので。ギブアップ。私。退場」
接戦の末、憐が6皿目でまさかのギブアップ――!
「おめでとう! 挑戦者の勝利ー!!」
「えっ、オレ? マジで!!!」
まさか勝てるとは思わなかった少年、イスから飛び跳ねての大はしゃぎである。
「‥‥ん。優勝おめでとう。賞品は。ケイから。贈呈」
もちろん憐は場を盛り上げる為に故意に負けたのだが、喜びに打ち震える少年がそれに気づく筈がない。
ケイは『耳あて・コサージュ・ジッポライター・まごのて・健康サンダル』を可愛らしくラッピングした 『コレジャナイ☆ボックス』を少年に授与する。
「おめでとう〜アイドルの放出品ですよ」
「ありがとう! うれしいなー♪」
アイドル直々に手渡され少年は照れくさそうに笑いながら、ケイ、そして憐と握手を交わすのだった。
●PM8:00
ディナー客を迎え店内でライブが始まった‥‥店がまるでライブハウスのような熱気に包まれる。
昼寝と静が慌しく料理を運び、厨房ではエメラルドとホアキンが調理に忙しく、オサムと憐はテーブルとイスを店内に運び込み座席を増やした。
やがて照明が落とされ、オレンジ色のサリーに着替えたケイがスポットライトを浴びながら登場――湧き上がる歓声。
新曲『ルミナ』を書き下ろし、今日一日で燃え尽きるこの店の運命を高らかに歌い上げるケイ。
ルミナに逢ったら伝えておくれ
燃尽きるにはまだ早いと
言い訳燃やして燻っていた
灰未満のこの俺に
夜空を焦がす太陽見せてくれた
燃え殻のこの俺を置き去りにして
吹き上がる風の中
夕闇叩き割り
歌が聴こえてた
俺の血肉を焙り網膜に焼き付けた
ルミナおおブーストを翻し
君は行ってしまうのか
燃尽きるにはまだ早い
ルミナ burning in my mind
ケイの歌声に拍手喝采が沸き起こる中、佐々木オサムは涙していた――自分はやはりこの店を愛していたのだと、今になってやっと気づかされる。
店を盛り上げるため尽くしてくれた能力者達――オサムは決して、今日という一日を忘れはしないだろう。
こうしてルミナ最後の一日は‥‥燃え尽きる炎が一瞬明るく輝くように、過去一番の盛り上がりをみせながらも惜しまれつつ店じまいの時間となるのだった。
片付けも終わり、やり遂げた『ルミナ』の店員達――静がお茶を出し、皆でゆるりと寛ぐ。
「‥‥店長、いい思い出できたかしら? どこでも、死ぬ気でがんばれば、なんとかなる物ですよ?」
田舎へ帰るというオサムに、言葉を送る静。
「お疲れ様です、店長。‥‥ちょっとした発想の転換で、物事が上手くいくことって結構あるでしょう」
エメラルドは、少しだけ今日という一日が終わるのを惜しむような口調だった。
「一度くらいの失敗にめげず、『良い経験をした』と思って今後も頑張って下さい‥‥」
「そうよ、いい経験になったんじゃない? 今日一日でちょっとしたコツでも掴んだなら、次はきっと大丈夫よ」
エメラルドの言葉が終わると同時に、昼寝もオサムを励ました。
「味も確かに重要な要素だが‥‥お客を喜ばせたいなら、他にも色々出来る事はあったかもしれないな。今日それに気づいただろう?」
ホアキンの問いかけに、オサムは頷いた。そして、
「‥‥ん。カレー。おいしかった。また。お店開くなら。手伝いに行く」
皆に隠れるようにちょこんと座っていた憐も声をかける。
最後に名残惜しそうに、ケイがオサムに向けて言った。
「本当に今日で終わりなんですか‥‥違いますよね? 『第一部完』ですよね?」
オサムは皆の言葉を胸の奥で噛み締める。
「ああ、そうだな‥‥これは『第一部・完』だよ。――私はまたここに店を出したいと思う。『ルミナ』は確かに今日でなくなる‥‥契約があるから、仕方ない。だが私は――必ず戻ってくるよ。もう一度、夢を叶えるためにね」
オサムの決意をきいて、やや神妙な面持ちだった皆の顔に笑みが浮かんだ。
「佐々木さんのお料理が食べられるのはここだけです。印度料理店はどうですか?」
「‥‥ん。カレー。また。食べたい」
「レシピだったら、盗んでくれてもかまわないさ」
「南瓜料理も作って欲しいわ」
最後は和気藹々と打ち上げパーティーのように、オサムの手によるカレーと南瓜料理が振舞われた。
「今日は、本当に有難う」
お礼の言葉は何度言っても足りないと、オサムは思う。
ならば能力者達への感謝の気持ちは、料理という作品に詰め込んで贈ろう―――
〜 レストラン『ルミナ』 第一部・完 〜