タイトル:【SW】精霊の使いマスター:水乃

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/01/23 15:19

●オープニング本文



 タイ北部からミャンマーにかけての山岳地帯、海抜500m辺りに集落を作り高床式の家屋で暮らす民族があった。
 集落から離れるとすぐ密林があり、川が流れ、山に囲まれる荒れた土地。
 ‥この集落に辿り着く為には、道なき道を何時間も歩かなければならないらしい。
 かといって、全く他の村と交流が無い訳ではないのだが。

 そこで暮らす人々は、農耕や採集、狩猟や畜産を生業とした昔ながらの生活を続けている。
 彼らは精霊を信仰し、精霊が村を守り幸せと不幸を齎すと考え、時には精霊をなだめる為の儀式すら行っていた。

 そんな村の中で。

「あ‥‥ほら、嫌がってるじゃない。本当、パジェは世話するのが下手ね」
「し‥仕方ないよ。だって象なんて怖いんだもの」
「もうっ。象のこと怖いなんていうのは、パジェだけよっ」

 若い少女と少年が、言い合いながら『象』に餌をやっていた。
 この民族は、象を調教して労働用とする数少ない民族でもあった。象の背に鞍をつけて、馬のように乗ることもできるのだ。
 どうやら象の世話は少女の方が上手いらしく、パジェと呼ばれた少年は嫌々ながら少女に従う。

「‥‥ノポエはもっと織物上手くなった方がいいよ‥‥」
「――何か言った!?」
 物凄い剣幕でパジェを睨みつける少女‥‥ノポエと言うらしい。彼女に睨まれ、パジェは慌てて口を噤んだ。

 そんな二人は姉弟だった。しかし、血は繋がっていない。
 綺麗な黒髪に小麦色の肌をもつノポエに対し、弟のパジェは銀髪に褐色の肌、そして、金色の瞳。
 この村では黒髪で小麦色の肌をもつ者が殆どである中、パジェのもつ色素は特異なもの。

 二人は象への餌やりを終えると鞍をとりつけ、そこに跨ると歩かせはじめる‥象を操るのはもちろんノポエだ。
「それじゃ、水を汲みにいってきまーす」
 大人たちに明るく挨拶をすると、パジェとノポエは象と共に、川へ水汲みに行くのだった。


 沢山の水を乗せ、象を歩かせる帰り道――鬱葱とした密林は、日が沈む前に抜けてしまわないと大人でも迷ってしまう程闇が深くなる。
 そこを通る二人は、ふと、不安に駆られた。
「暗くなってきたね‥‥」
「もう、パジェがのろのろとしてるから‥」
 森には多くの獣が生息し、草を踏む音が耳を掠る‥‥中には肉食獣もいるのだろうか。
 狩猟用の槍は携帯しているが、パジェはまだ上手く狩猟をすることが出来なかった。
 象の世話も、狩猟の腕も‥‥この村の中では一番『下手』なパジェ。

 万が一に備え、パジェが槍に手を添えゴクリと息を呑むと、急に目の前に明かりが広がった。
 その明かりはランプの灯のような温かいものではなく、目が覚めるような白色の光――。
「あ、あれは‥‥」
 ノポエが前方を指差した。

 木々の隙間から見えたものは、体長3mはあろうかという狼。
 その狼は何かに照らされたわけではなく、まるで自らが発光しているような、白い光を纏っているようだった‥‥。

「何、あれ‥‥」
 パジェが呟く‥‥その喉は震えていた。そしてじわりと、褐色の肌に汗が滲む。
 ――なんだろう、酷く寒気がする。
「‥‥もしかして、聖獣!?」
 一方、目を輝かせて狼を見つめるノポエ――聖獣とは村に伝わる精霊の使いとされる獣で、神聖なものだ。
 精霊の使いと遭遇したことを素直に喜ぶノポエだったが、パジェの様子はどうもおかしい。
「‥‥すごい、聖獣に会えるなんて‥‥ねぇ、パジェ。 ‥‥パジェ?」
 パジェの異変にノポエも気づき、はしゃぐ表情を真摯なものにする。

 狼と目が合い、まるで凍ったように動きを止めるパジェ。

「‥‥違う、聖獣、なんかじゃない‥‥あれは‥‥!」
「パジェ? どうしたの?」
「‥‥ノポエ、先に家に帰って!」
 パジェは槍を手に取った。そして象から飛び降り、光を放つ狼を目掛けて走り出す――

 しかし、狼は動きを変えた。
 クルリとパジェに背を向け、密林の奥の方へと走り去っていく。
「‥‥まて、逃さない‥‥!」
「‥パジェ?」
 狼を追い立てるパジェの姿は、ノポエの瞳には別人のように映った。


「ねぇ、助けて、パジェが、パジェが‥‥聖獣を追いかけていっちゃったよ‥‥」
 村に帰ったノポエは、泣きながら村の長老に話した。二人には親がおらず、頼れる大人は村長しか居ない。
 しかし、村長の口から出た言葉は
『聖獣に槍を向ける者を、助けるわけにはいかない』
 と、パジェの捜索を断固拒否するものだった。
「‥‥お願い、誰か、助けて‥‥。パジェは、私の大切な弟なの――!」
 泣きじゃくるノポエの言葉は、大人達には届かなかった。



 パジェが消えてから、一夜明け‥‥ULT本部に、キメラ討伐の依頼が入る。
 討伐対象となるキメラは、『銀狼』――体長3mほどの、銀色に輝く毛を持つ狼型の凶暴なキメラ。
 場所は、タイ北部の山岳部‥木々が密集しており正確な位置は分からないが、キメラを乗せた輸送用ワームが墜落した現場だ。
「輸送用ワームには、狼型キメラが2体運ばれていたとの情報があります。足が速く、前足の爪や牙の攻撃は殺傷能力が高く危険です」
 オペレーターが依頼の説明を始める‥‥しかし、その話は短かった。
「キメラは密林を住処としたようですが、正確な位置はわかりません。近くに村が発見されましたので、辺りの地理は現地の人にきいてみて下さい。目撃情報もあるかもしれません」
 オペレーターの話によると、仔細な情報は入っておらず、村での聞き込みや調査が鍵となるようだった。

●参加者一覧

皇 千糸(ga0843
20歳・♀・JG
マクシミリアン(ga2943
29歳・♂・ST
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
八神零(ga7992
22歳・♂・FT
斑鳩・八雲(ga8672
19歳・♂・AA
リュドレイク(ga8720
29歳・♂・GP
キムム君(gb0512
23歳・♂・FC
美虎(gb4284
10歳・♀・ST
ソルナ.B.R(gb4449
22歳・♀・AA

●リプレイ本文


●集落へ
 タイ北部の山岳部――鬱蒼とした密林には獣道すら無く、能力者達を乗せた高速移動艇は少し開けた場所へ到着した。
「急ぎましょう、嫌な予感がします‥‥」
 キメラの居る密林に囲まれているという集落‥‥状況的に、いつ襲撃されてもおかしくはない。不安を胸に、終夜・無月(ga3084)は先頭を駆けた。
 後に、キムム君(gb0512)が続く。
(「大きな戦い以外で終夜さんと戦うのも初めてだなぁ」)
 頼もしい背を見ながら、思う。
 ‥‥しかしこうしている間にも、キメラは村や能力者達を狙っているのかもしれない状況だった。
「全く、厄介な置き土産を残して行きましたね。環境破壊は止めて欲しいんですが」
 言って通じる相手じゃないんですよね、と、リュドレイク(ga8720)が苦笑した。そして併走していたソルナ.B.R(gb4449)が渋い顔をする‥‥
(「そいつらが私の仇じゃないのは解ってるさ‥‥でも、キメラだっていうのなら葬る以外の道が見えないねぇ」)
 キメラ‥そしてバグアを憎み、神をも捨て去った元修道女。彼女の瞳に、村人達はどう映るのだろうか。

 そして。
(「なんとなく選んだ依頼に最近付き合い始めたばかりの彼氏がいるとはどうしたこと? ‥落ち着け私。今は仕事中、所謂ビジネスタイム」)
 こう自分に言い聞かせる皇 千糸(ga0843)は、依頼のことを真面目に考えようとしても自然口元が綻んでしまう。
 それもそのはず、視界には最近付き合い始めた彼氏こと、八神零(ga7992)の姿。
「何かあったか?」
 そんな千糸の様子に気づき零が声をかける‥と、千糸は「‥何かと縁があるわね、私達」とはにかみつつ答えた。「そうだな」と返す、零の声。
 そして直ぐに、千糸は傭兵の顔へと戻る‥‥二人で語らうのならば仕事の後だと、心に決めて。
「得るべき物はまず情報‥‥流石にこの密林を当てもなく歩くには厳しいからな」
 眼前に広がる密林を眺め、零が呟いた。


●精霊信仰の村
 ――小さな集落。そこの人々は、やってきた能力者らの姿を珍しそうに見ていた‥‥特に子供らは、興味津々と。
「密林の奥には村があった‥‥秘境探検小説にはぴったりの情景ですねぇ」
 集落を確認した斑鳩・八雲(ga8672)は目を細め、村の様子を伺った。
 まず目につくのは‥‥何頭も飼われている巨大な象。貴重な村の労働力だ。
 文明から離れた生活を送るこの村には近代的なものは何もなく、その様子からも村人達は排他的で閉鎖的になりがちだろう‥‥と、八雲は考えた。
(「はやり警戒されているようですね‥‥」)
 好奇の目を向ける物は子供ばかりで、大人達は一様に、瞳に不信感を募らせている。
 説得するにしても時間がかかりそうだ。
 きっと、村民らにしてみれば能力者ら自体が『平和を乱す厄介者』なのだから。
「こういった村では、独自の信仰があると相場が決まっているが、どういうものだろう」
「精霊信仰‥‥自分達からみれば迷信なのです。でも迷信にもそれを育んだ一片の真実が、あるのでありますよ」
 八雲のつぶやきに、美虎(gb4284)が答える。
「子供たちと仲良くなろう‥‥なのです。きっと教えてくれるのです」

 たまには真面目な仕事もしないといけないだろう‥‥と依頼を受けたマクシミリアン(ga2943)だったが、有る程度は予想していた『余所者』扱いに思わず苦笑いを漏らす。
(「なるべく良好な関係を築けるよう、努力はしたいもんだがな」)
 村人に視線を送ると、ささっと物陰に隠れてしまう‥‥随分とシャイな事だ。
「はいはい、ちょっとばかりお邪魔しますよー」
 しかし遠慮無く、マクシミリアンは村へと入り込んでいった‥‥村人達がざわめこうと、なるべく気にとめぬように。
「‥随分大胆に踏み込んでいくのね」
 様子を窺っていた緋室 神音(ga3576)がクスっと笑う。そして彼女自身も情報を集めるために、村へと入っていくのだった。

「‥‥目立つ武器は持ち込みたくないですね」
 ふと、無月が呟く。あらゆる状況に対応する為複数携帯された武具類を見、眉根を寄せる。場合によっては、それらを携帯していることが『脅し』とみなされるかもしれなかった。そのような状況はなんとしても避けたい。
「それなら俺が武器を預かります」
 その様子を見て、リュドレイクが言った。
「全員で情報収集するわけにもいかないですよね。だから俺は村はずれ辺りで周りの様子を警戒します‥‥丁度、『探査の眼』も使えますから」
 ‥‥と、覚醒してみせるリュドレイクの力強い言葉。「頼みます」と無月は己の武器を託し、他の者と共に村での情報収集を開始した。


「キメラ? なんの事だ? 狼か? ‥‥ああ、銀狼なら知っているよ。あれは精霊の使いだから」
 村人のキメラの話をすると、ほぼこのような返答がある。
 キメラの事もバグアの事も知らず、森に銀の狼が出ると言えば『精霊の使い』だから歓迎だと。
 きっと、その狼がこの村に幸福をもたらしてくれるのだと。
「なかなか、予想通りの返事だね」
 これは困ったと言葉を零すキムム君。満足な情報が得られない‥‥という事もあるが、会話がとぎれて、続かないのだ。
 この村の歴史や文化にも興味をもつ彼は、もっと違う事を聞いてみたいと思っているのだが。

 そして、若者を中心に聞き込みをしていたソルナは、自分をじっと見詰める双眸に気づく。
「‥‥何か言いたそうな瞳だね」
 視線を送っていたのは、肩下まで伸した黒髪に小麦色の肌を持つ少女だった。‥‥この少女からは、他の皆とは違う話がきけるかもしれない。
「あなた達‥‥何しにきたの。キメラって、何?」
 大人達の会話をきいていたのだろう。キメラという聞いたことのない単語が気になり、少女はソルナの問いかけに対し口を開いた。
「この辺りでは、銀狼っていわれてるらしいねぇ‥‥それが私らの探しモンさ」
「私も‥‥探したい人がいるの」
 少女の瞼は赤く腫れ上がっていた。‥‥誰がどう見ても、涙に暮れた後だろう。
「お話、きかせてくれないかしら。力になれるかもしれないわ」
 少し距離を置いて二人の様子を窺っていた神音が、少女に話しかける。
 二人とも美しい女性であり、怖そうな外見ではなかったことも幸いだったのだろうか‥‥少女はコクリと頷いた。
「私は‥‥ノポエ。ここだと誰かに聞かれるかもしれないから、家で話をきいてほしいの」


●ノポエとパジェ
 木造で小さな高床式の住宅‥‥ここがノポエの住居だと言う。二人だけで生活をしている為か、生活スペースは最小限だった。
 そこへソルナと神音、さらに別の村人らから情報収集をしていた無月、千糸、零が上がり込みやや空間が窮屈そうに。
「昨日の夜ね‥‥弟のパジェと水くみに行った帰りに、淡く光る狼を見たの。大きな狼だった‥‥」
 皆の視線を受け、ノポエがぽつりぽつりと話はじめる。
「私たちはね、小さい頃から、狼は精霊の使いだから槍を向けてはいけないっって‥‥いわれてるの。そんなことをしたら、不幸が訪れるからって。私たちに両親がいないのもね、昔狼に槍を向けたから死んじゃったんだって、きいた」
 能力者にとっては、彼女の言った内容は『迷信』だとしかいいようがなかった。長年伝えられてきた信仰だから、一概に否定は出来ない‥‥けれど。
(「聖獣に槍を向けた者は、命の危険にさらされようと助けを得られないわけか‥‥」)
 その部分にどうしても納得がいかない零であった。
「‥‥どうしよう、パジェまで、いなくなっちゃうのかな。そうしたら、私‥‥」
 ノポエの小さな肩が震える。下を向いたらまた涙が零れそうで、無理矢理上を向いて目を閉じた。
 その細い肩に千糸はそっと手を添えて、今にも崩れ落ちそうなノポエの小さな体を支えた。
「大丈夫、私達が協力するわ。弟さんも、必ず見つける」
 千糸の優しい声色に、ノポエは安堵する。そして、「狼と会った場所ならわかるから、案内させて」と、自ら案内役を申し出た。
「有難う。護衛なら任せてくれ」
「貴方には怪我一つさせないわ」
 少し心を開いた少女を見、零と千糸は顔を見合わせ頷く。
「ついてくるなら‥‥言っておきたいことがあるね。私は狼のことをキメラといっただだろう? キメラは人の命を奪う化け物さ。だからそれを倒しに来たんだよ」
「‥‥あ」
「あなた達が聖獣と呼ぶものを傷つける。あなたはそれを目の当たりにすることになるね。いいのかい?」
 彼女にならば、その言葉が届くだろうと‥‥ソルナは村に来た目的を率直に伝えた。――ノポエは少しだけ悩み、そして意を決し、口を開く。
「私は‥‥狼のことをキメラだと言う、あなた達の言葉を信じます。あれは幸福を運ぶ精霊の使いなどではないって‥‥信じます」
「よく言ってくれました‥有難うございます‥‥」
 無月が静かに笑った。
「俺はこの村の‥‥長がいるのならば、その人にも自分達のやることを理解してもらいたい思います‥」
 案内していただけませんか?と、無月は真摯な瞳でノポエに話すのだった。


 その頃、ノポエの家の外では。
 なかなか心を開こうとしない村人達に対し、「まあまあ、茶ァでも飲んでまったりいきましょうや」と交流を図っていたマクシミリアン、その成果があったのか、今や回りに老人達が集まっている。
 ‥‥何故老人かというと、保守的な大人が多い村ではあるが、年寄りになるほど陽気になる民族らしい。この村のお年寄りは何か肩の荷が降りたのか、親の年代のものよりは溌剌としている。
「じいさんタバコ吸うかい? これはドイツのタバコだよ、って知らねえよな」
 物珍しそうによってきた老人に、タバコを渡すマクシミリアン。老人は何のためらいもなくタバコを手に取り、教わって火をつけると煙をすいこむ‥‥そして、咽る。 「ははは、わるいね、じいさん」と、マクシミリアンは悪びれずに言った。
 また年若い子供らも、親に止められつつも好奇心が勝り、能力者達と遊んでいる。
「お恥ずかしながら、装備だけ立派という口でして‥‥。いやはや、困ったものです」
 珍しそうに装備品を見る子供に、八雲は照れ笑いで返した。それから『精霊信仰』について子供らに尋ねてみると、親から伝えられたことを面白そうに話してくれる。
「ほう‥‥そのような信仰なのですか。なかなか興味深い」
 こうして八雲が情報を得る中、美虎も子供らと話をしつつ、聖獣の話を聞いていた‥‥が。
「わぁ、象さん! 象さんすごいのです!」
 自分の身長の何倍もある、そのどっしりとした象の姿にいささか興奮気味の美虎。子供が「乗る?」ときくと、「いまお仕事中なので、後でお願いするのです」と答える。一応任務中だと忘れていないようだ。
 しかし、身長1mに満たない美虎だけは‥‥こう、子供にまじって遊んでいても全く違和感がない。
「‥‥子供たちと遊びたいだけじゃないですよ。それはほんとのほんとなのです」
 誰がきいたわけでもないのに、そう弁解する美虎であった。

 そして、キムム君はノポエの家から出てきた無月らと出会う。
「あっ! どこにいってたんですか!」
 その姿を探していたらしいが、見当らなかったようだ。
「ノポエさんの家‥‥皆は入れなかったのよ」
 神音が答える。『ノポエ』というのは、案内するように先頭を歩いていた小柄な少女の事だろう。
「あなたが、ノポエ?」
 訊ねるキムム君に、頷いて答えるノポエ。
「彼女は弟さんを、森で見失ったそうです‥キメラ退治も含めて、これから長の家へ説得に向かうことろです‥」
「それなら、俺も行きます」
 無月が事情を説明すると、キムム君は同行を申し出る。そしてノポエへ笑顔を向けた。
「絶対とは言い切れない、でも、全力は尽くしてみる」
 こうして長の家へは、無月、キムム君、そしてソルナが説得に向かうことになったのだ。

 
 長の家に集まっていた者は、この村の中でも特に保守的な大人たちであった。
「今居るモノは貴方達の神聖な聖獣を穢す紛い物です・・・」
 真剣且つ誠実な、無月の言葉。彼の瞳を見れば、その言葉に『嘘』があると疑うものは居ないだろう‥‥。
「自分達はソレを狩り・・打ち滅ぼす為に来ました・・・貴方達を其の紛い物から護る為にもです・・・」
 だが、長年培っていた『信仰』というものは、簡単に覆せるものでもない。無月の言葉は、届きそうで届かなかった。
 良い返事をしない村民達を見、ソルナがしびれを切らす。
「人の命を奪う化物を精霊の使いだというのなら、精霊を憎めば良い。あなた達は、誰の為に生きているんだい?」
 ざわ‥‥と、家の中の空気が揺れた。「私は、私達の為さ‥」と、少し悲しげなソルナの声が静寂に響く。
 そして、話をきいていたキムム君も居ても立ってもいられなくなる。
 彼は村人らの前で刹那に覚醒――右腕に浮き出る『夢駆ける者』という金色のラテン文字。それを村人らに見せ付けるキムム君。
「この左腕の文字は『夢駆ける者』という意味だ。キメラが偽りの夢を語り神聖なる存在を汚すなら、俺はそれを許しはしない!」
 まるで魔術のような彼の変化に戸惑う村人。
 そして、キムム君の様子を見て自らも覚醒を遂げる無月。彼の赤色の瞳が月を思わせる金色に変化した。
「俺は‥彼女の弟‥この村の宝を助けたい‥どうかご理解を‥‥」
 能力者達の『覚醒』を目の当たりにし、長がようやく硬く閉じた唇を開いた。
「聖獣を倒すというのならば‥‥止めはせん。だが、命の危険にさらされようと、われわれは聖獣に槍を向ける者を助けるわけにはいかん」
「‥‥それで充分です」

 長との話はついた。充分な理解を得られたとはいえない様子だったが、少なくとも‥‥邪魔や妨害が入ることはなさそうだ。
 彼らは聖獣を殺してはいけないという掟をもっているようだが、聖獣を守らなくてはいけない、という意識はないようだった。それならば、村民らが槍をもって能力者達に向かってくる事はないだろう。
(「聖獣が倒されようと、俺たちが倒れようと‥‥我関せずという事ですか」)
 無月は、思う。
 倒れるのが自分たちではなく、村の未来を担うはずの子供、村の宝であるはずのパジェやノポエであっても‥‥同じなのだ。


●討伐へ
 リュドレイクは預かった武器を返し、説得を行った者から話の経緯をきいた。
「どうも気に入らない部分はありますが、妨害されないならばよしとしましょうか」
 その後初めて対面するノポエに挨拶をしたリュドレイクは、探査の眼で辺りを見た結果を報告する。
「今のところ村を狙うキメラは近くにはいないようです。俺達が居ない間にやってくる可能性はありますが‥‥護衛班の方、お願いします」
 能力者らは、村に滞在したままキメラの襲撃に備える護衛班、キメラの討伐とパジェの救出に向かう討伐班に分かれ、討伐班のメンバーはバディも組んでいた。
 まず護衛にはマクシミリアン、八雲、美虎が当たることとなる。
「気をつけていってこいよ」
「村のことは、お任せ下さい」
「いってらっしゃいませですよ!」
 三者三様に見送り、村へと戻っていく。

 そして討伐班は、千糸と零、リュドレイクとキムム君、神音とソルナがそれぞれバディを組んで行動する。無月は、主にノポエの護衛にあたるつもりだ。
「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥」
 神音が静かに覚醒した――それに続くように皆も覚醒を遂げ、その変化をみたノポエはまるで魔術でも見せられたように、一瞬かたまってしまった。
「驚いた?」
 千糸が問いかけると、「はい、少し」と正直に答えるノポエ。
 そして、パジェと狼の探索を開始する。
「まるで天然の迷路だ‥‥厄介だな」
 眼の前にただ延々と広がる密林を見て、零は呟くのだった。

「えっと‥‥確かこの辺り‥‥」
 ノポエの案内で導かれた場所‥‥そこは森も奥深く、慣れて居ないと方向感覚すら狂ってしまいそうな場所であった。
 そこへ辿り着き、リュドレイクは再び探査の眼を発動させる。狼が残した痕跡がないか注意深く探ると‥‥ある場所に、銀色に光る体毛が落ちていた。
「これは、もしかすると‥‥」
「キメラが残した跡かもな」
 リュドレイクの発見に、零は頷き返す。これだけ分かりやすい痕跡があるとなれば、別々に行動するよりは纏まって行方を追ったほうが良いだろう。
 一行はより注意深く、獣の残した跡を追っていく――すると。
「‥‥下がって――」
 キメラの気配を感じ、無月が己の後ろへノポエの体を匿った。
「――いた!」
 キムム君が小さく叫ぶ‥‥その視線の先には。木々に遮られているもののはっきりと見える巨大な狼――、そして、人間の腕。
「パジェ!?」
 ノポエが思わず叫び、キメラの視線が能力者らを射抜いた――来る!!

 まず狼型キメラに向けて駆け出す神音――彼女は先手必勝と紅蓮衝撃を発動し、キメラの急所を狙った。刀身が美しい軌跡を描く。
 月詠二刀での斬撃は、初撃にしては強力すぎるもの。肉を抉られたキメラは鮮血を吹き上げながら、足を踏みしめて飛ばされそうな衝撃を押さえる。
 しかし、木々の密集したこの場所ではなかなか上手く連携が繋がらない。
「こちらに誘き寄せるよ! 少し開けた場所があったからね」
 ソルナが皆に叫ぶ。能力者らは頷き、攻撃を牽制攻撃へかえるとキメラをじわじわと広い場所へ誘き出していく。
 そして誘導に成功すると、零と千糸はキメラの斜め前で武器を構えた。
 ――零が大地を蹴る。月詠を抜き、紅蓮衝撃と二段撃を発動した上で急所を狙い、その鋭い一閃はキメラの首の皮膚を裂いた。数度斬りつけた後に繰り出された反撃を刀身で受け、その反動で飛ぶように後方へ移動する。
「‥‥悪くない相手だ。休み明けで鈍った体には丁度いい」
 あれだけの攻撃を受けても怯まぬ相手に、零はそう言葉を投げた。
 零の攻撃が終わると同時に、バディを組む千糸が追撃を行う。小銃を構え、影撃ちキメラの脚を狙った――機動力を奪うためだ。
「お前の相手はこっちでしょ!」
 無月がノポエを連れてパジェの救出に向かったのを見て、そちらに注意が逸れぬよう叫ぶ千糸。
 弾丸はキメラの脚を射抜き、二発目は脚を掠る。最初の貫通がきいたのかキメラは唸ると、千糸を狙って駆け出そうとした――しかし。
 その間合いに零が飛び込む――大切な人を傷つけさせてなるものかと、咄嗟にキメラを迎撃した。
 これ以上二人に攻撃が及ばぬよう、キムム君がキメラの前へ躍り出た。
「来い、偽りの夢を語る獣」
 敵の攻撃を一手に引き受けようと、キメラの目の前に立つ。そしてコンユンクシオを振り上げ、重い一撃を浴びせた。
「リュドレイク、今だ!」
 キムム君が相方に叫ぶ――。しかしキメラは、彼の見せた隙を突き素早く前足を振り上げると、その肩口を抉り上げた。
「‥‥ぐっ!」
「大丈夫ですか!」
 怪我が心配であるが、折角彼が注意をひいてくれているのだ。
 リュドレイクは鬼蛍を携え逆側の間合いから駆けつけると、抜刀と共に胴へ一撃を加えた。そのまま、二撃、三撃と薙ぐように切り払う。
 それから、ファルシオンでソルナが追撃した。
「一番嫌いな言葉を送るよ。汝に祝福あれってね」
 キメラに対する憎憎しげな言葉と共に、脇腹を切り裂くのだった。

 その間に無月は取り乱すノポエを落ち着かせ、パジェの元へと駆け寄った。
「パジェ、パジェ‥‥!」
「大丈夫、息はしています‥」
 キメラの傍に倒れていたパジェを見る無月‥‥幸い、外傷は少なく気絶しているだけのようだ。また、気絶したために、それ以上キメラに狙われなかったのかもしれない‥‥どちらにしろ、運が良かったのだ。
 無月はパジェの小さな傷を、救急セットで治療していく。すると――パジェの瞳がゆっくりと開いていった。
「パジェ!」
 先ほどからそれしか言っていないノポエ、あまりの嬉しさに覆いかぶさるように抱きついた。
「ん‥‥ノポエ? ‥‥あなたは?」
 ノポエの顔を見、そしてその後ろの知らない‥けれど優しげな人物に気づくパジェ。
「村に帰ったら‥ゆっくり話します‥」
 無月はそう答え、二人の護衛を最優先にしつつも武器を二刀小太刀に持ち替える。
「触れさせない‥‥」
 隙あらばとソニックブームを放つ無月。
 能力者らの連携のとれた攻撃を次々と受け、素早さが売りのキメラも流石に機動力を失った。
 それを見計らい、神音が渾身の力を篭めた一撃を放つ。
「夢幻の如く、血桜と散れ――剣技・桜花幻影【ミラージュブレイド】」
 幻の如く美しい軌跡を描き‥‥神音の一撃はキメラの喉元を掻き切った。


「まずは一体、ですね」
 再び探査の目で探りつつ、リュドレイクはひとまず刀を納めた。
「パジェも無事だったのね‥‥よかったわ」
 千糸が二人を見て微笑む。
 パジェはひたすら、「助けてくれて有難うございました」と頭を下げていた。
 ――しかし、パジェが助かったからと喜んでばかりもいられなかった。
 キメラは、もう一体いる。
 ソルナは無線機を取り出し、村に残った仲間へ『一体討伐し、もう一体は居なかった』事を伝えるのだった。


●村を護れ!
「役に立たないので留守番を任されました」
 八雲が子供らにそう言うと、「そうは見えないのにね!」と子供らは笑った。なかなか友好は築けているようである。
 そこへ、ソルナからの連絡が入った――。
「はい、わかりました」
 連絡を受け、八雲の表情が曇る。
(「ここが襲われる可能性も、まだありますね‥‥」)
 さて、他の二人にも伝えよう‥‥と、その姿を探す。

 美虎は子供らと遊びつつ、村の案内をされつつ、村の状況を把握していった。
「ここが象さんの小屋なのですね。小屋というより大家なのです‥‥」
 自慢げに象小屋を見せる子供。 ‥‥子供はやはり、村の色々なことを自慢したいようだった。
 象小屋に唖然としていると、その姿をみつけた八雲に声をかけられる。
「何をしてるんです?」
「はい、子供達から村の様子をきいているのです。子供って思ったより色々なことを知っているものなのですよ。‥‥美虎も子供だって?! それはまあ否定しないのであります」
「いや、子供だとか言ってないですから」
 困ったように笑いつつ、八雲はソルナからの連絡を彼女に伝えるのだった。

 一方マクシミリアンは、村民達に練成治療を施していた。
 それが老人らに大人気で、いつのまにやらマクシミリアンの前に行列が出来てしまう程だった。
「おばちゃんの包丁傷は治せるが、おっちゃんの薄毛はムリだな〜諦めてくれや」
 そんな軽口をたたきつつ応対していると、笑いが巻き起こる。
(「最初は閉鎖的に見えたもんだが‥‥根は明るいのかね」)
 マクシミリアンの中の、村人に対する認識も徐々に変わり始めていた。

 そんなのんびりした状況のなか、村の東側から悲鳴があがった。
「ひいぃいっ! 象が‥‥俺の象が!」
 八雲と美虎が駆けつけると、そこには3m級の巨大な狼――キメラの姿。そして噛み付かれて血を流し、瀕死の象の姿――!
「く、‥‥きましたね」
「村は自分らが護るのです!」
 八雲はすぐさま討伐班へ連絡し、美虎は子供らは村人に被害がでないよう、牽制攻撃をしかけると村の外へキメラの誘導を開始する。
「あらあら、招待してもないのにいらっしゃい」
 マクシミリアンも悲鳴をきいて駆けつけた。
「白衣のナースとはいかねえが、怪我したら無理せず引けよ。俺のほとばしる愛情で治しちゃるぜ〜」
 八雲と美虎にそう声をかけ、片目を瞑って見せる。
「そうならないように‥したいと思います」
 苦笑しつつ返答する八雲だった。彼は機械剣を構え、追い払うべくキメラの後ろ足に斬り付ける‥‥。
 美虎はキメラの鼻先へ、ジャンプして爪を閃かせた。
 こうして、少しずつ村の外へとキメラ森の方へ誘導していく――多少の怪我は省みない二人だった。
 その間に、マクシミリアンは傷を負った象への治療を行う。
「見ただろう? ‥‥あれが、『聖獣』さんの正体さ。傷を癒せる俺の方がありがたいとおもわんか?」
 それは軽口のようでもあったが、マクシミリアンの表情は真剣そのもので、村人達に答えを求めていた。

「まにあった?!」
 討伐班が村へと帰還する。
 キムム君が真っ先に村を襲うキメラを発見し、四角から胴を狙って流し斬りを放つ。
「終わりだ‥‥受けろ!」
 それに追従するように、他の皆も一斉に攻撃を開始した。
 この怒涛のような攻撃を前に、機動力の高いキメラも身動きすらとれなくなっていく。
「王と言うモノを見せましょう‥‥」
 紅蓮衝撃を発動させた、無月の二刀小太刀がキメラの胸を深く穿つ。
 そして――キメラはそのまま、巨体を大地に沈めるのだった。


●日が暮れる前に
 村人らが『聖獣』と崇めていた狼型キメラは、村人達の目の前で葬られた。
 ――しかし、すでに能力者らを責めるものは誰も居ない。
 感謝の言葉を述べるものも少なかったが、村人らの中で『何か』が変わったのは確かだろう‥‥。

「助けてくださって、有難うございました‥‥」
 ノポエに支えられつつ、パジェが皆に礼を言う。しかし、それを叱責したのはキムム君であった。
「俺は君がヤツを追いかけた理由を知らない。でも、ノポエがどれだけ心配したか、君はもっと分かるべきなんだ」
 熱い思いが、パジェに届く。
「ごめんなさい‥‥奴の姿を見て、思い出したんだ。何年の前の事だけど‥‥奴に似た狼に、両親が殺されたこと」
「‥‥パジェ‥」
 また泣きそうになり、ノポエはぐっと涙を堪えた。
「今度はノポエが狙われるんじゃないかと思って。それでカッとなって、何も考えナシに‥‥」
「私は責めないよ‥‥貴方は正しい。守る為に奮った心を忘れないで欲しいよ」
 ソルナは優しくそう言った。そして、
「みんな無事でよかったのです! 迎えがくるまで、皆と仲良くしたいですよ」
 明るい笑顔で、皆を和ませる美虎であった。


 夕食の場で――千糸はハーモニカの腕を披露する。紡がれるのは、心落ち着かせる優しいメロディ。
 子供らがメロディいあわせてからだを揺らし、音ならはその音色を楽しみながら夕食を作る、優しい時間。
「エキゾチック‥‥という奴ですかね? 中々に趣があります」
 夕闇となり、雰囲気を変える小さな集落。
 夕日を背に、のしのしと歩く象たち‥‥八雲は辺りを見回しながら、ニコリと笑った。
 その象の背の上には、ちゃっかりと美虎が乗っているのである。
「わわっ! すごい高いのです」
 念願かなった美虎は、象の背の上でご満悦だった。

 並ぶ民族料理。
 この辺りの料理に対してあまり良いイメージがない‥‥しかし勧められると食べないわけにはいかず。
 マクシミリアンは笑顔で料理を受け取ると、一口食べて一瞬顔を顰めた。
(「何の料理かきかねえ方がいいな‥」)
 材料がとんでもない、多分。
「‥‥ぉ、ぉぃしぃ」
 同じ料理を食べたキムム君も、小声で実に微妙な反応であった。しかしお返しにと、携帯していたスープを渡す。
「よかったら、俺たちの飲んでいるスープですが、これどうぞ」
 受け取った子供は、珍しい容器を見て『ありがとう!』と大喜びである。
「不思議な味がしますね‥‥」
「慣れれば、美味しいかもね」
 リュドレイクと神音も村人から料理を受け取り、村での生活を聞きながらゆっくりと過ごす。
「このような生活も‥‥面白そうではありますね‥」
 長らに事態を報告した後、無月も夕食を手に取った。変わった味ではあったが、どこか疲れを癒すような、滋養となりそうな料理だった。

「千糸」
「‥‥ん、何?」
 声をかけられ、千糸の心臓が跳ねる。
「もし暇なら少し一緒に行動しないか?」
「ええ、喜んで」
 村の空気も悪くなく、もう沈みかけている夕日の朱色が鮮やかで――二人で他愛ない話をしながらゆっくりと散歩をするだけで、疲れが癒されていくようであった。

 そして石の上に座り、夕日を見上げながら語り合う少年少女の姿があった。
「あの人たちみたいな力があれば、ノポエに心配もかけずにすんだのに‥‥」
「‥‥いいのよ。パジェは今のままで。‥‥だから、もうどこにも行かないで‥‥」
 パジェの中には、一つの目標が生まれていた‥‥強くなりたいと、この村を護っていきたいと。
 ――しかしどこか心配そうな顔で、パジェの横顔を見つめるノポエ。

 あなた達も食べなさいと声がかかり、二人は能力者らと会話を楽しみつつ、いつものような村での時間が過ぎていった。
 ――昨日あれだけ泣いたのが、もう遠い昔のことのようだとノポエは思う。
 あれだけ絶望したというのに、再び光を齎してくれた能力者達に、ただ感謝するノポエであった。


 そして一日が終わる。
 この出来事があっても、村人らは『精霊信仰』を続けるに違いないだろう。
 しかしキメラという存在は、村の中にある変化を齎していた――。