タイトル:滅び―失われた覚悟マスター:水貴透子

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/14 23:40

●オープニング本文


人生には大きな決断をしなくちゃいけない時が必ず一回はやってくる。

でも、選んだ決断で後悔しない時はないと思う。

※※※

何で私は生きているんだろう。

病院のベッドで目が覚めた時、一番最初に考えた言葉がそれだった。

ベッドの脇で両親が私の手を強く握り締めながら泣いていた。

「――――明日香、は‥‥」

話すたびに痛む喉だったが、親友の明日香がどうなったのかを聞く。

――そう、あの日は明日香と一緒に山に行こうとなっていた。

年も開けたし、キメラが現れていない場所から初日の出を見ようと‥‥そして。

「そうだ‥‥怪物に襲われて、男の人が助けてくれて―――」

呟くと同時に病室の扉が勢いよく開く。

「あの人を返してよ!」

泣きながら病室に入ってきたのは長い黒髪に整った顔、日本人形のような綺麗な人だった。

「‥‥え‥‥?」

「あんたたちがいなければ快は死なずにすんだのに! あんたも死ねばよかったんだわ!」

女性は看護士たちに連れられて病室の外へと出されたが、私の頭の中では一つのことが引っ掛かっていた。

『あんたも死ねばよかった――あんた『も』死ねばよかった』

「ねぇ、お母さん‥‥どういう事? あんたもって‥‥」

私が問いかけると、母親は俯きながら重たそうに口を開いた。

「椎奈、あなたを助けてくれた能力者の人、そして明日香ちゃんは――亡くなったのよ」

母親の言葉を聞いた瞬間、重い鈍器で殴られたような衝撃が響いた。

「‥‥死んだ――私だけが生き残った‥‥?」

「気にするなとはいえないけれど‥‥ゆっくりやすみなさい」

両親はそう言いながら病室から出て行った。

そして、その夜――‥‥私は現実を信じられなくて二人が死んだ山へと向かっていた。


●参加者一覧

鷹見 仁(ga0232
17歳・♂・FT
神無月 紫翠(ga0243
25歳・♂・SN
榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
葵 宙華(ga4067
20歳・♀・PN
沢辺 麗奈(ga4489
21歳・♀・GP
真紅櫻(ga4743
20歳・♀・BM
ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
月神陽子(ga5549
18歳・♀・GD

●リプレイ本文

「とりあえず情報ナシじゃ無謀すぎるからね」
 葵 宙華(ga4067)が飴を咥えながら呟く。
 今回のキメラ退治、そして椎奈の保護をする事になった能力者達は先行部隊と後援部隊を作り、二班で行動することになった。
 先行部隊は、鷹見 仁(ga0232)、神無月 紫翠(ga0243)、沢辺 麗奈(ga4489)、真紅櫻(ga4743)の四人で現在は既にキメラと椎奈のいる山へと向かっている。
 そして後援部隊には榊兵衛(ga0388)、葵、ラルス・フェルセン(ga5133)、月神陽子(ga5549)の四人でキメラとの戦闘時の為の情報収集を行ってから、先行部隊が向かった山へと遅れて行く事になる。
「しかし‥‥せっかく救われた命を無駄にしようとするとは‥‥助け出したら頬の一つでも引っ叩いてやらないと気がすまないな」
 榊が低い声で呟く。バグアが現れて以来『生きたくても生きる事が出来なかった人』が増えた。そんな中、椎奈のとった行動はその人たちを馬鹿にしている事になる。
 どんなに辛くても悲しくても助けてくれた能力者、死んでしまった友人の為に椎奈は生きるべきなのだから。
「そういえば‥‥キメラは強いのかしら? その快さんはキメラを倒せなかったのですよね?」
 月神が首を傾げながら呟くと「それは〜」とラルスが間延びした声で答え始める。
「きっと快君はー、一人で二人を守りながら戦った所為でー、キメラを倒しきる事が出来なかったのでしょうね〜‥‥」
 ラルスは「ご冥福をお祈りします〜‥‥」と瞳を閉じながら呟いた。
「さて、時間もないし、入手した情報を少し纏めてみようか」
 葵が呟きながら入手したメモを見る。
 椎奈が向かった山はそこまで離れている事はなく、椎奈がいなくなった時間などを計算しても椎奈が山に辿り着いているのには間違いないという事が分かった。
 そして肝心のキメラが山に現れたという情報は、椎奈たちが襲われたことで発覚しているものだった。快は事前にキメラが現れたという情報を入手していたのか、それとも椎奈たちのように初日の出を見ようとしていたのか、快が亡くなっている今となっては定かではない。
「その山は一般人でも簡単に登れる場所でしたね」
 月神が情報入手の際に聞いた事を思い出しながら呟く。
「椎奈がどのルートで山を登っているのか分からないけど、二手のルートで行けば大丈夫だよね」
 葵が呟き「急ごうか、少し遅くなってしまった」と榊が応え、後援部隊は山へと向かい始めた事を通信機を使い、先行部隊に知らせた後に行動を開始したのだった。


「後援部隊が此方に向かっているそうだ」
 鷹見が通信機を切り、他の能力者達に知らせる。
「そうですか、早く彼女を見つけてしまいましょうか。それにしても‥‥信じられないのは‥‥分かりますが、無茶をしますねぇ‥‥」
 神無月は冷たい風に少し震えながら呟いた。
「それにしても‥‥う〜‥‥この寒さには必需品やわ」
 沢辺が使い捨てホッカイロで暖まりながら、双眼鏡を使って椎奈を探している。
「まだキメラと遭遇していなければいいんだけど―――無理っぽいね?」
 真紅は呟き、少し離れた場所を見る。耳を澄ませば人の悲鳴のようなものが聞こえる。
「やっば‥‥急ごう!」
 鷹見は呟くと、悲鳴が聞こえる方へと能力者達は走り出した。
 走り始めて数分の所に椎奈と思われる少女が蝙蝠のようなキメラに襲われていた。キメラが鋭い牙で椎奈を攻撃しようとした時――神無月が長弓『黒蝶』でキメラを攻撃した。
「大丈夫?」
 神無月が攻撃したことにより、キメラの攻撃は逸れて椎奈は攻撃を受けずにすんだ。
「え、えぇ‥‥ありがとう、ございます‥‥」
 椎奈は俯きながら礼を言う。その様子を見ていると『助けて欲しくなかった』という風に見えて仕方がない。
「怪我は‥‥ありますか?」
 キメラとの距離を取り、少し離れた所で椎奈の傷の心配をする。裸足で来ている為、足の裏が血まみれで凄い事になっていた。
「あの‥‥あなたたちは?」
 椎奈が足の痛みに堪えながら能力者達に問いかけた。
「自分達は‥‥心配しているあなたの母親に‥‥頼まれて来たんです」
 母親、その言葉に椎奈の体がびくりと震える。
「ん? 震えとるん? 寒いんやったらコレやろか?」
 沢辺がホッカイロを差し出しながら問いかける。
「いえ‥‥大丈夫です」
「あ、せやったら襲われて怖かったん? お〜よしよし、もう大丈夫やで〜」
 沢辺がぎゅーっと椎奈を抱きしめながら、落ち着かせるように頭を撫でてやる。
 しかし、様子のおかしい椎奈に真紅がポツリと呟く。
「もしかして―‥‥相打ちになってでも贖罪の意味で無謀な戦いを相手に挑んでいた‥‥とか?」
 真紅の言葉に椎奈の肩が大げさなほどに震え、それが図星だという事を示していた。
「別に構わないんだけどさ、それが命をかけてくれた相手にとって何を意味するのか理解出来ていないの?」
 真紅の厳しい言葉に「あなたに何が分かるのよ!」と叫ぶ。
「ふふ、分かりませんわね」
 能力者達以外の声が聞こえたと思ったら、別行動をしていた後援部隊が近くにやってきた。ちなみに先ほど話したのは月神だ。
「この大馬鹿娘さん、これを差し上げます」
 にこっと笑って月神は椎奈に花束を渡した。
「どうせ花など持って来ていないのでしょう? 親しい者が亡くなった時には花を供えるのが義務ですわ」
 月神は呟いた後に、キメラがいる方向を見て「キメラを倒さないと無理ですけどね」と呟いた。
「‥‥くしゅっ!」
 椎奈が突然くしゃみをする。病院を着の身着のままで出てきたのだ。この寒さの中ではかなり寒いはずだ。
「それじゃあ、これを着るといい!」
 そう言って鷹見が取り出した服、それは―――男性の憧れメイド服。
「‥‥何でメイド服? そんな趣味があったんですか‥‥」
 神無月はまるで蔑むかのような冷たい視線を鷹見に向け、一歩退いた。
「これは家事の為の作業服! つまり丈夫で動きやすく、保温性も高い。こんな時にはぴったりだ、是非着るといい。さぁさぁさぁ!」
 ずずいっと椎奈にメイド服を渡そうとする鷹見は少し(というかかなり)怖い。
「さぁ、着るんだ! 暖かいし、動きやすい! そして目の保養だ!」
「そうそうそう! 着替えて萌えパワーでキメラ撲滅や〜〜〜〜って何でやねん!」
 沢辺がばちこーんと鷹見の頭を叩き、その後巨大ハリセンを取り出し「冥土へいってこおおおおい!」と叫びながら吹っ飛ばした。
「‥‥‥‥私はどうすればいいの?」
 戸惑う椎奈に「みかん食べませんか〜?」とラルスが何処から取り出したのか椎奈にみかんを差し出した。
「お腹すきますよね〜、生きているんですから〜」
 ラルスからみかんを貰い、椎奈は食べる。
「‥‥おいしい‥‥」
 みかんを食べながら椎奈は泣き出す。
「恐らく、彼女はサバイバルギルティに陥っているんだね」
 椎奈から少し離れた所で葵がポツリと呟く。サバイバルギルティ――それは『生存している事に罪悪感を感じている事』だ。友人は死に、自分を助けてくれた能力者も死に『何で私だけが生き残っているの?』という気持ちが椎奈の心を占めているのだろう。
「何で、お腹すくのかな‥‥私は明日香達を犠牲にして生きているのに‥‥私が死んじゃえばよかったのに‥‥」
 椎奈の言葉に「ふざけるな!」と榊が少し怒鳴るような口調で椎奈に話しかける。
「軽々しく命を粗末にするような事を言うんじゃない! もうお前の命はお前だけのものじゃないんだぞ! 亡くなった友の分、そしてお前を助ける為に命を落とした能力者の分、余分に二人の命を託されて、今を生きているんだ」
 榊の言葉に「二人の命を託されて‥‥?」と椎奈が少しきょとんとした顔で榊を見上げる。
「そうだ、その事を肝に銘じて、亡くなった二人に顔向けできないようなことは今後するな」
 榊は一度息を吐いて、椎奈の頭にぽんと手を置いた。
「だが、よく生きていた。きっと二人が守ってくれたんだろう」と先ほどとは違って穏やかな口調で話しかけた。
「あのー、そろそろキメラを倒して帰らない? 寒いしさ」
 真紅が呟き、能力者達は「そうだな、キメラを倒して帰ろう」と答えた。
「この辺で絶対に動かないで、私達はキメラを倒すから」
 真紅は呟き、能力者達と共にキメラのところへと向かって走り出した。
 もちろん、椎奈も視界に入る場所に置いておいて、襲われた時にはすぐにフォロー出来るようにしてある。
 そして寒くないように鷹見が椎奈にダウンジャケットを着せていた。
「俺が敵を引き付けて、命中率の高い白雪で『流し斬り』を使って攻撃していく」
 鷹見は白雪を構え、標的は小さいから苦労するが、椎奈と、椎奈の為に命を落とした能力者、明日香の為にキメラを倒すことを心に誓いながら攻撃していく。
「前衛は任せる‥‥援護はしてやるから」
 神無月は覚醒して長弓『黒蝶』でキメラを攻撃していく。
「さすがに‥‥素早いが―――逃がすかよ」
 低く冷たい声で呟き、神無月は蝙蝠のようなキメラの翼を打ち抜いた。
「椎奈が笑って先を見ていけるように――此処でやられてくれないかな?」
 スコーピオンでキメラを攻撃しながら葵が呟く。
「誰かを責めてはいけない、けれど何かを責めなければヒトは壊れてしまう‥‥矛盾しているけれど、それが人なんだ」
 葵は呟き、空の蒼を見上げながらもう一度攻撃をした。
「人の幸せを踏みにじったんだ、もう十分だろう? 消えて」
 真紅は呟き装備していた武器で『紅蓮衝撃』を使いキメラを攻撃する。
「そうですね、奪った命は、その命で償いなさい」
 ラルスは超機械で攻撃する。その姿に先ほどまでの優しさは感じられなかった。
「それが分かっていたら‥‥人を襲って殺してしまうなんてことはしないでしょうね」
 月神は呟き、冷酷な瞳でキメラを見て攻撃をした。
 能力者八人が本気になったのだから、キメラが勝てるわけもなく、翼を打ち抜かれ、逃げるすべも失ったキメラは総攻撃を受けて倒されたのだった‥‥。


「此処が‥‥」
 辿り着いた先は椎奈と明日香が一緒に初日の出を見ようとしていた場所、つまり此処で二人は亡くなったのだった。
「ごめんね、私は勝手なことばっかり考えてて‥‥生きてるのはつらい、明日香が死んだ現実も、私の為に死んじゃった能力者の人の事も‥‥考えれば死にたくなるくらいつらい‥‥でも、二人が助けてくれた命を無駄に生きる事はしないから‥‥」
 椎奈は瞳から大粒の涙を零しながら、月神から渡された花束を備える。
「あなたの今回の行動は愚かの極みですけれど、結果的にそれでキメラが倒されたのですから、間接的にあなたが仇を討ったことになりますわね」
 月神が呟くと「ありがとう、私を助けてくれて、そして‥‥戦ってくれて」と少し不器用に笑った。

 後日、能力者達の説得によって『快を帰せ』と叫んでいた女性は椎奈に謝りにきたという。
 彼女自身も突然、快を失ったことで誰かを責めずにはいられなかったのだろう。


END