●リプレイ本文
―― 子育てを押しつけられました ――
能力者達は1人の子供、キルメリア・シュプール(gz0250)を前にして立ち尽くしていた。
(はわわ、天使さんの癖にそんなぶっそーな案件持ってくるなんて‥‥おっそろしー『ぺ天使』さんなのです)
土方伊織(
ga4771)は心の中で叫ぶ。
「折角天使様から授かった子供です。良い子に育てなくては託された意味がありませんものね。良い親になれる自信はありませんけど、精一杯努力しなくてはなりませんね」
クラリッサ・メディスン(
ga0853)は独り言のように呟き、目の前の少女が悪魔のような子供になってしまわないように、と子育てに意気込みを見せていた。
「こんなに可愛いのに育てていく過程によって魔王になってしまうなんて‥‥そういう因果が含まれているのかしら」
ぶっちゃけ避けるように押しつけられた感じよねぇ、と百地・悠季(
ga8270)が苦笑しながら呟く。
「き、キルメリア・シュプール‥‥!? これは、夢なのかしら」
アーシュ・シュタース(
ga8745)が目の前のキリーを見て、驚いているせいか大きく目を見開きながら震える声で呟く。
(半ば天敵のキルメリア・シュプールを教育するのって、なんか妙な気分ね‥‥)
複雑な心境に陥りながらもアーシュはキリーをどうやって教育すればいいのか分からず、悩んでいた。
(僕の時代が来たにゃー!)
白虎(
ga9191)は心の中で最大の喜びをかみしめている。彼の目的は『自分をちゃんと甘やかしてくれるようなお姉ちゃんになってもらう』という事。
(‥‥子育て、褒める時は褒めて、怒る時はしっかり怒るようにしよう)
仮染 勇輝(
gb1239)は心の中で呟くが、怒った時をシミュレートしてみて『パパなんて大嫌い!』と言われている所を想像してしまう。
(‥‥き、嫌われるなんて嫌すぎる‥‥!)
まだ始まってもいない子育てでショックを受けながら、しかし、とか、いや、とか一人で悶々と悩む仮染の姿があった。
「まさか子供もいない年なのに、子育てを頼まれるとはねぇ‥‥」
苦笑しながら神咲 刹那(
gb5472)はため息交じりに呟いた。
(‥‥こいつ、どう見てももやしだよな? 育てるとなると、俺の口調は魔王になる可能性があるぜ‥‥よし! ここはもやしの為に頼れる近所のお兄さんを演技して育ててみるか!)
ガル・ゼーガイア(
gc1478)は目の前で微笑むキリーの為に「やぁ! キリーちゃん! 僕はガルって言うんだ。ガルお兄さんって呼んでね」と爽やかに話しかける。
「こんにちは、ガルお兄さん」
にっこりと天使の微笑みで挨拶するキリーにガルの心臓は打ちのめされ、良い意味で再起不能になりそうな錯覚を起こしていた。
「それでは、ちゃんと子育て出来るか分かりませんが――やれるだけやってみましょうか」
クラリッサが呟き、能力者達はそれぞれの思いを胸に子育てを開始したのだった。
―― キリー育成計画 ――
「いいですか? キリー」
最初にキリーに言葉を投げかけたのはクラリッサだった。
「叩かれれば痛い、悪口を言われれば傷つく、自分の物を奪われれば恨みを抱く――これは人間として当然の事なんです。これが理解できないようでは、どんなに顔貌が整っていようと人間以下の禽獣にも劣る存在ですわよ?」
そんな人間になってはいけません、とクラリッサが教えていく。まだ真っ白な状態のキリーはそれらの言葉を素直に受け止め、こくりと首を縦に振って頷く。
(せっかくですからー、人畜有害っぽい人は近寄らせないようにしなくっちゃですねー。誰とは言わないですけどお嬢様のお友達には礼儀正しい人こそ相応しいと思うのですよ)
ぐ、と土方が拳を握りしめながら呟く。せっかく天使なキリーになるかもしれないという時に悪影響を与える人物を傍に居させてはいけない――これが土方の考えだった。
「キリー、色々お勉強で疲れたんじゃない? ちょっと休憩しましょうか」
紅茶を持ってやってきたのは百地だった。彼女は遠くからキリーを見ており、勉強などで疲れた頃合いを見て休憩を申し出てきたのだ。
「はっ、たったそれだけで疲れたって言うの? だらしないわね! キルメリア・シュプール!」
びしっと指差しながらアーシュがキリーへと言葉を投げかける。
「はいはい、分かりましたーですからあっちのお掃除をしててー下さいですー」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 私の話はまだ終わってないのよ!? こら、服を引っ張るのはやめなさい!」
ずるずると土方に連れて行かれたアーシュを見て、きょとんとしているキリー。
「ああいう大人になったら駄目ですよ」
仮染が呟くと「分かりました」とキリーが応える。
「あまり気にしないで、せっかく紅茶を淹れたんだから温かいうちに飲みなさいな」
百地の差し出したカップを受け取り「ありがとう」とお礼を言って飲み始めた。
「あぁ、これ。美味しいクッキーが手に入ったんですけどどうぞ」
仮染がクッキーを差し出すと「わぁ、美味しそう。ありがとう」と天使の微笑みで仮染に言葉を返す。
(‥‥ッ! 天使さん‥‥ありがとう‥‥!)
胸のあたりを押さえ、息切れしながら仮染が心の中で天使に全力で感謝の気持ちを叫んでいた。
「くそぅ、何でこんなに可愛いのに誰も萌えてくれないんだーーー!」
白虎の叫びが屋敷内に響き、キリーが驚いてカップを落としてしまう。
「あ‥‥ごめんなさい」
しょんぼりとしながら謝るキリーに「良い子だね」と神咲が頭を撫でながら褒める。
「悪い事をしたらちゃんと謝る、簡単な事かもしれないけどそれが出来るキリーは良い子なんだよ」
神咲に頭を撫でられ、嬉しそうに微笑むキリーだったが、椅子から降りて白虎の方へと向かう。
「な、何か‥‥用なのかにゃ!」
ドキドキしながら白虎がキリーの反応を待っていると「いきなり大声出しちゃ駄目なんだよ? めっ」と白虎の頭をぺちんと叩きながらキリーが言葉を投げかけた。
(――ッ! 何これ――――ッ!)
ずきゅーんと何かに撃ちぬかれたように白虎が地面を転がって悶え始める。普段のキリーからは『バチーン』としか叩かれた事がないため『ぺちん』と可愛らしい叩き方と「めっ」という言葉に萌えたのだろう。
「き、キリーちゃん! 休憩の時間は終わりにしてお勉強しようか」
ガルが(総帥ばかり良い思いはさせねぇ!)と心の中で叫びながら本を取り出してキリーの所へと向かう。
「‥‥キリー、お勉強ヤダなぁ‥‥」
しょんぼりしながら呟くキリーに「知らない事を知る、それが生きて行く上で重要だよ?」と神咲が言葉を返した。
「お勉強が嫌ならトイレ掃除でもしましょうか?」
嫌な事を率先して出来る子に育てたい、と願っているクラリッサに「トイレ? 他の人がしてくれるでしょ?」とキリーが首を傾げながら問いかける。
「そう、どんな仕事でもそれに携わる人がいなくては社会は成り立たないのです。人が嫌がる仕事に就く人に隔意を持ってはいけませんよ?」
クラリッサの言葉に「じゃあ、皆に感謝していなくちゃいけないのね」とキリーが言葉を返してきて、クラリッサは「えぇ」と首を縦に振って答えた。
「お勉強なら帝王学もみっちり学んでもらうのです。まおー様になっちゃってもこれは必要なことですし」
土方の言葉に(魔王になって帝王学まで身に着けていたら、更にヤバいんじゃ‥‥)と思わなくもない能力者達だったが、あえて口にする事はなかった。
「もう少し勉強したらご飯にしましょうか」
百地の言葉に「はい、ご飯までキリー、お勉強頑張ります」と微笑みながら言葉を返す。
「くっ、このままではボクが埋もれてしまうではないか! り、リア充だー! もやしお姉ちゃんの心に響くまでリア充しまくってやるー!」
白虎がピコハンを取り出しながら暴れ始めるのだが「教育上、宜しくないのですー」と土方によって部屋の外に連れ出されてしまう。
(くっ、しかし! 部屋の外にでも出来る事はあるって事を教えてやるのだ!)
すちゃっとスコップを取り出し、庭に穴を掘り始める白虎を見て(ついに何処かおかしくなったんだね、白虎くん)と神咲が窓の所から見ながら心の中で呟いていた。
「ねぇ、ゆーき。ガルお兄さん。キリー、お勉強ばかりで疲れちゃった‥‥ご飯の時間まで遊ぼう?」
キリーがトランプを差し出しながらガルと仮染に言葉を投げかける。誰か反対する者が出てくるかと思ったが、言われた勉強はしっかりとしていたのでキリーの遊ぶ時間について文句を言う能力者はいない。
「あ、でも一個だけ分からない所があったからガルお兄さん教えてくれる?」
キリーが難しそうな本を取り出し、赤ペンで印をつけている所をガルが覗きこむ。
「‥‥え〜と、これはね‥‥えーと‥‥これは‥‥まずは遊ぼうか!」
演技していても分からない物は結局分からない。という事でガルはトランプを開けて「さ、遊ぼうか!」と無理矢理話を変えてしまった。
(‥‥分からなかったのか)
じーっとガルを見る仮染の視線を感じながら(頼むから突っ込まないでくれ)と切実にガルは祈っていた。
「もうすぐご飯が――ってあら? 遊んでるの?」
「勉強、終わらせたから遊びたいって言ってたですー」
百地の言葉に土方が言葉を返す。
「そう、あたしはちょっと食材取りに行ってくるわね」
言葉を残し、百地が部屋から出ようとした瞬間――糸が張られていたらしく百地がドアを開けた時に糸が切れ、百地の頭に――――タライが落ちてきた。
「‥‥ぐっ‥‥」
(は、はわわわ、お、おそろしー事になったですぅ)
一部始終を見ていた土方がガタガタと震えているが、窓の外からもがたがたと震えている白虎の姿を見つけてしまう。
「キリーさん、あんな事はしちゃ駄目なんですよ?」
仮染が白虎を指差しながら優しく言葉を投げかける。
「うおおおお! 何をイチャイチャしとるかぁぁぁ! ボクはこんなにも大ピンチだというのに!」
白虎が暴れようとした時「危ないからやめなさいよ」とアーシュが止める。
「ありがとう」
止めた事に対してキリーがお礼を言うのだが――‥‥「くっ、無垢な笑みを向けられても何か企んでるようで不安になるわ!」と視線を逸らしながら言葉を返した。
(さすがはキルメリア・シュプールね‥‥魔王化したらしたで胃が痛くなりそうだし、天使でも魔王でもこの私の心身に負担をかけるとは‥‥さすが私の天敵、としか言いようがないわね)
「一緒にトランプで遊ぼう?」
ぐい、と腕を引っ張られながらアーシュも仮染とガルと一緒にトランプをする事になった。
「あぁ、キルメリア・シュプールに無視されずに笑いかけられるなんて、これはきっと夢ね‥‥でなければ罠としか考えられないわ」
遠い目をしながらアーシュが呟くが、それほどまでに普段のキリーから酷い仕打ちをされているのかと能力者達は同情したくなったのだった。
それからキリー、仮染、ガル、アーシュの4人はご飯が出来上がる時間までトランプで遊び、時間を潰す事にした。
「わぁ、またキリーが勝っちゃった!」
きゃあきゃあと騒ぎ、喜ぶのはキリー。ちなみにババ抜きなど色々なカードゲームをしてほとんどがキリーの勝利となっている――が、その裏では仮染のイカサマという多大な苦労があっての勝利である。
「ガルお兄さんは負けてばっかりね。もっと強くならなくちゃ駄目よ?」
かくりと首を傾げながらキリーが言葉を投げかける――が、これも仮染のイカサマによって行われた結果である。
(俺が負けるのは実力じゃねぇ! でもそれを言えばもやしが‥‥! あぁ、俺は一体どうすればいいんだー!)
悶々と悩んでいる時に百地が「ご飯よ」という言葉と共に部屋へと入ってくる。
「あら? ねぇ、何で白虎さんは吊るされてるの?」
部屋の外に視線を向ければ、まるでてるてる坊主のようにして白虎が吊るされている。
(はわわ、や、やっぱり恐ろしい事になってるーですー!)
「気にしなくていいのよ、キリー。悪い事をしたらお仕置きされるの。これは当たり前の事なのよ?」
百地の言葉に「ふぅん‥‥でもご飯は皆で食べた方が美味しいと思うの。だから白虎さんを許してあげて?」とキリーが百地の服の裾を掴みながら訴えた。
その言葉を聞いた能力者達は、本当に心からキリーが天使のようだと思ったのは言うまでもない。
普段なら「どうせならもっと吊るした方がいいと思うのよね、わんこ、とりあえず吊るされなさい」と言うに違いないのだから。
「優しいのね、その優しさのままずっと育って欲しいわ」
クラリッサの言葉に「うん、キリーはずっと皆から良い子って言われるようにするね」と言葉を返す。
「さ、それじゃご飯を食べましょ」
吊るされていた白虎も解放され、全員一緒のご飯となった――が百地はキリーの好き嫌いをなくすようにと、ひっそりとキリーの嫌いな物を混ぜていた。
しかし、キリーはジッとそれを見つめたまま嫌だという事もなく、思い切って口に運ぶ。それを見た百地もふっと優しく微笑む。
「ねぇ、白虎さん。このお札って何? 桃色退散って書いてあるけど」
白虎が腰から下げていたお札を見ながらキリーが問い掛ける。
「ふっふっふ、これはリア充を粛清する為のお札であり――「お茶がこぼれたのですよ」あっつぁぁぁぁぁ!」
白虎の説明中、土方がわざとらしくお茶を零す。
(熱湯だとさすがに熱いーですから、ちょっと熱めにランク下げしといたのですよ)
結局、土方の妨害が入ってしまいお札の説明をキリーが聞く事は出来ずにいた。
「後で本でも読んであげようか、キリー」
神咲がご飯を食べながらキリーに問い掛けると「うん。寝る前に読んで欲しい」と笑顔で言葉を返す。
「お‥‥僕もロボットを作ってあげようか! 動いて喋るロボット、ロボガル君だよ!」
完成品のロボガルを見せながらガルが言葉を投げかけると「わぁ、見たい! 作る所をキリーに見せてくれるの? 嬉しいなぁ♪」と言葉を返される、もちろん笑顔で。
(うおおおお、夢なら覚めないでくれー!)
ガルは鼻血が出そうな鼻を押さえながら心の中で叫ぶ。
それから数時間後、キリーを押しつけてきた天使がやってきて、天使のまま育っているキリーを見て驚いていた。
「まぁ、本当に天使のまま育ててくれたのね‥‥仲間達と魔王降臨の方にかけていたのに‥‥」
母親が娘を賭け事の対象にするなよ、と能力者達は全力でツッコミをいれたかったが、とりあえずぐっと堪えた。
「それじゃ、皆さんありがとうございました」
「さようなら、皆。これからもキリーとなかよくしてね」
そこで暗転し、能力者達がガバっと勢いよく起き上がる。
そして――‥‥「夢、だと‥‥?」と現実に戻った事を痛感して嘆く者が多数存在したのだった。
END