タイトル:英雄の杯マスター:水貴透子

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/24 01:53

●オープニング本文


あの人は、私たちを庇って死んでしまった。

逆を言えば‥‥私たちさえ庇わなければ今も生きていた人なんだ。

人の命を犠牲にして、私は生きていてもいいんだろうか。

※※※

「あの、どうかお願いがあります‥‥」

能力者達が任務へ向かおうとしている時、1人の一般人女性が能力者達へと言葉を投げかけていた。

「‥‥ご迷惑だとはわかっているんですが、私も一緒に連れて行ってくれませんか?」

女性の申し出に能力者達は互いに顔を見合わせ、首を傾げる。

「‥‥あなた達がこれから向かう場所は、先日まで私が住んでいた町なんです‥‥。
 キメラが現れて、町もほとんど壊されてしまい、住める状況ではなくなったんですけど‥‥」

そこで能力者達は資料へと視線を落とす。
そこに書かれていたのは今回の能力者達が向かうよりも前に新人能力者達が数名キメラ退治に向かったという記述がされていた。

「どうかお願いです‥‥私を連れて行ってください。
 もし、危なくなった時は‥‥私を捨てていってもかまいませんから!」

お願いします、と何度も女性は頭を下げて能力者達へと懇願してきたのだった。

●参加者一覧

辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
リュティア・アマリリス(gc0778
22歳・♀・FC
セラ(gc2672
10歳・♀・GD
ヘイル(gc4085
24歳・♂・HD
空言 凛(gc4106
20歳・♀・AA
ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751
18歳・♂・DF
杜若 トガ(gc4987
21歳・♂・HD
大神 哉目(gc7784
17歳・♀・PN

●リプレイ本文

―― キメラ退治に向かう能力者達 ――

(先遣隊からの連絡がないのが気になりますね‥‥)
 辰巳 空(ga4698)は資料を読みながら心の中で呟いていた。例え新人とはいえ能力者の部隊を崩したキメラなのだから、油断しないに越した事はない。
「‥‥あの、どうぞ宜しくお願いします」
 女性が俯きながら小さな声で挨拶をする。
(‥‥この女性、酷く思いつめていらっしゃるように見受けられますね‥‥危険な行動に奔らないように注意を払っておいた方がいいのかもしれません)
 リュティア・アマリリス(gc0778)はちらりと女性を見ながら心の中で呟く。彼女が感じている事、それは他の能力者達も考えているようで、それほどまでに女性は思いつめた表情をしていた。
「セラたちについてきても危ないのに」
 へんなの、と言葉を付け足しながら女性に話しかけるのはセラ(gc2672)だった。何か考えがあるのだろうとはセラも考えていたが、その為に危険な任務に同行する理由が分からず、セラは首を傾げるばかりだった。
「‥‥ごめんなさい、どうしても、どうして確かめたい事があるの‥‥」
「ふぅん、でもしっかりバッチリ守っちゃうのです♪」
 女性の言葉に「だから安心して」とセラが言葉を付け足すと、女性は困ったように微笑むだけだった。
(私を見捨てて、ね‥‥彼女の迷いは何となく分かるが‥‥気づかせてやる必要があるかな?)
 ヘイル(gc4085)は女性を見ながらため息を吐く。
「‥‥何故、あの町に行きたいんだ? 俺達で出来る事なら協力するが」
 ヘイルが言葉を投げかけると「ありがとうございます」と女性は言葉を返してくる――だが。
「でも、自分の目で確かめなければいけない事なんです‥‥私のせいで、いえ‥‥これは確かめてからしなければ‥‥」
 女性は緩く首を横に振ると「ごめんなさい、お話できません」とヘイルへ言葉をなげかけた。
「新人とはいえ能力者数人を倒すって事は、大物みたいだな。燃えてきたぜ!」
 空言 凛(gc4106)が指を鳴らしながら呟く。
「確かに。1匹で能力者数人を倒せるとは思えないね。まぁ、実際に行ってみれば分かる事なんだけど」
 資料を見ながらドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751)が呟く。
「‥‥‥‥」
 空言とドゥの言葉を聞き、女性は服を強く握りしめながら俯いていた。
「やれやれ、簡単な仕事だと思ったら思わぬお客さんだねぇ‥‥いいぜ、送って行ってやるよ」
 不敵な笑みを浮かべたまま女性に言葉を投げかけるのは杜若 トガ(gc4987)だった。
「町の事、知ってんなら軽く案内くらい出来るだろ。ついでに自分の見たい所も回っちまえばいい」
 俺のバイクに乗せてやるからよ、杜若の言葉に「‥‥はい」と女性は小さな声で言葉を返した。
「はぁ‥‥」
 大神 哉目(gc7784)は小さくため息を吐く。
(ったく気に入らないし、面倒くさいし‥‥生死はわかんないけど、もし死んでるんなら無責任もいいとこだよ。誰かを守って命を落とす、なんてさ。守りたいなら自分の命に責任を持たないと駄目だ。守られた人に余計な荷物背負わせて生きて行かせるなんて何様だっつーの)
 戻ってこない能力者達に向けて、大神は心の中で毒づく。恐らく彼女は気づいているのだろう。女性の様子がおかしい事、何に対してあんなに怯えた態度を取っているのか、という事に。
「とりあえず向かいましょうか」
 辰巳が呟き、能力者達は女性を連れて高速艇へと乗り込み、問題の町へと出発していったのだった。


―― 静寂の町、潜むキメラ ――

 今回の任務には一般人女性も同行するという事で、能力者達は班を2つに分けるという作戦を取っていた。
 戦闘班・辰巳、大神、空言、ヘイル、ドゥの5名。
 護衛班・リュティア、セラ、杜若の3名。
「あんまり仲間と離れるとキメラが現れた時に対処できなくなるからな。町を回るのは後にしようか」
 杜若が女性に言葉を投げかけると「‥‥わかりました」と小さな声で言葉を返してくる。
「キメラが現れたとて迂闊に前に出るなよ? それは君の命を預かる私達の命を危険に曝すのだからね」
 セラ、いや――もう1人のセラ、アイリスが女性に言葉を投げかける。女性はセラの口調が変わった事に驚いていたが「それは、十分すぎるほどに分かっています」と悲しそうな表情で呟く。
 キメラ捜索を開始した早々、辰巳、リュティア、アイリスの3人はバイブレーションセンサーを発動させており、不審な振動をすぐに捉えられるようにしておく。
「話したくないなら話さなくてもいいが、一体あんたはこの町に何をしに来たんだ」
 ヘイルが問い掛ける。女性は暫く無言を通し、聞いても無駄か、とヘイルが諦めかけた頃にぽつりと女性は呟きを漏らし始めた。
「‥‥この前、来てくれた人達は‥‥キメラ退治よりも住人を逃がす事を優先してくれたんです。だけど、パニックになっていて思うように避難がうまくいかなかったんです‥‥その中で1人が馬鹿な事に忘れ物を取りに家に戻ろうとしたんです。その行動が助けに来てくれた能力者達を死に追いやる結果になるとも知らずに」
 女性の言葉を聞いて能力者達は言葉を失う。
(なるほど、新人とはいえ数名の能力者相手にキメラが勝てたのはそういう事情もあっての事ですか)
 女性の話を聞いていた辰巳は心の中で納得する。戦うよりも避難、言い方は悪いがその結果が能力者達を死に追いやる事になった。
「ふぅん、あんたがここに来た理由は分かったけど、面倒くさいから勝手な事しないでよ?」
 釘を刺すように大神が女性を見ながら言葉を投げかける。
「‥‥馬鹿な事なんて、しませんよ」
 女性が俯きながら返す言葉に「そ、ならいいけどさ」と大神は興味ない様子で答えた。
「それにしても、そろそろ何か捜索に進展があっても良さそうな感じなんだけどね」
 ドゥが周りを見回して呟いた瞬間、辰巳、リュティア、アイリスの表情がピクリと変わる。
「‥‥当たりだ。右斜め前方だ。気を付けたまえ」
 アイリスの言葉に能力者達はそれぞれ攻撃態勢に入る。
「動くな、お前が勝手な行動をすれば俺たちの命をも脅かす事を忘れるな」
 杜若の言葉に女性はびくりと肩を震わせ、動こうとした足を止める。
「もう少し移動しましょう、この場で戦うには少し不利かもしれません」
 辰巳が能力者達へと言葉を投げかける。確かに彼の言う通り、ここ一帯は瓦礫などが散乱しており、足場も悪く戦闘をするには適していないと言えるだろう。
「ここから少し離れた所に、空き地があります。ビルが建設される筈だったんですけど、今回の出来事でそれどころではなくなったようですし‥‥」
 女性が能力者達に言葉を投げかけると「それじゃそっちに移動するか」と空言が言葉を返し、能力者達はキメラを誘導するように牽制攻撃を仕掛けながら、徐々に場所を移動していったのだった。


―― 戦闘開始・能力者 VS キメラ ――

「さぁ、遊ぼうぜ!」
 空き地へと移動した能力者達は、それぞれ武器を構えてキメラを迎え撃つ。
 最初に仕掛けたのは空言。左右にステップで振り、ジャブで牽制。そして空言がキメラから距離を取った所でリュティアが拳銃でキメラを狙い撃つ。
「そちらばかりに気を取られていていいのか?」
 ヘイルが小さく呟き、キメラの背後から愛用の槍で攻撃を繰り出す。キメラはヘイルの攻撃を受けた後、反撃を行ってくる。
「ぐっ‥‥確かに、馬鹿力だけはあるみたいだな」
 キメラから攻撃を受けたヘイルは一時後ろへと下がる。
「ほら、油断大敵だぜ!」
 キメラの気がヘイルに向いている間、空言はスキルを使用してキメラとの距離を詰め、強力な一撃をキメラへと繰り出した。
「くっ‥‥」
 ドゥは愛用の武器を構え、キメラの攻撃を避けながら地道に攻撃を行っていく。
(間違いなく敵の一撃一撃が致命傷だから、必ず避けて行かないと‥‥)
「ほら、こっちだ! もっと俺に生を実感させろぉ!」
 杜若が機械拳を振るいながらキメラへと攻撃を仕掛ける。彼が攻撃を仕掛ける前、スキルを使用してキメラの防御力を低下させていたおかげで通常よりも多くダメージを与える事が出来た。
「ほら、ふらついてる暇はないんじゃない?」
 大神が旋棍を振り回し、スキルを使用しながらキメラへと攻撃を仕掛ける。
「その腕、貰うぜ?」
 空言がキメラの背後へと回り、武器を持っている手をめがけて攻撃を仕掛ける。彼女が攻撃を仕掛けた瞬間、鈍い音とキメラの叫ぶ声が能力者達の耳に響く。
「能力者を死なせたそうですね。それなのにたったそれだけの痛みで許される程、人の命は軽いものではありません」
 辰巳はスキルを使用しながら天剣を使い、キメラの足を狙って攻撃する。
「‥‥危ないですから、動かないでください!」
 リュティアの声が聞こえ、能力者達が戦闘に支障がない程度にリュティア、そして女性に視線を向ける。
「お願い、離して!」
 もしかしてキメラに向かってくるつもりか、能力者達は考えたが、どうやらそうではないらしい。空き地の向こうにある瓦礫、女性はそこへ向かおうとしていた。
「勝手な事はしないでって言ったのに‥‥」
 ため息を吐きながら大神がキメラへと攻撃を仕掛ける。しかし、女性が騒いだ事でキメラの標的が能力者達から女性へと変わってしまったらしく、大神に攻撃を仕掛けた後、キメラは女性へと向かって走り出した。
「ちぃっ‥‥!」
 杜若が呟き、女性を守ろうと駆け出すが、それよりも早くアイリスの方が女性の所に到着してパーツで強化した盾を携え、キメラの攻撃を防ぐ。
「レイディアントシェル起動! 光の鋼殻、なめてもらっては困るな!」
 アイリスが叫び、キメラの攻撃を防ぎ切った後、杜若、ヘイルがキメラへと攻撃を仕掛け、リュティアと女性からキメラを引きはがす。
「これ以上、壊される者を見るのは嫌だ‥‥壊す為に生まれて何が見えた!」
 答えろ、とドゥが強く叫び、スキルを使用しながらキメラへと攻撃を仕掛ける。それと同時に空言、大神も合わせるように攻撃を仕掛けており、無傷とは言えない状況だったが無事にキメラを退治する事が出来たのだった。


―― 戦闘終了後 ――

「いったい何があって無茶を‥‥」
 空言が女性に言葉を投げかけるが、それは最後まで紡がれる事はなかった。
 何故なら、瓦礫の下敷きになるようにして能力者らしき人物がこと切れている姿があったのだから。
「‥‥血痕が続いている、恐らく他にも遺体があるでしょうね‥‥」
 辰巳が瞳を伏せながら呟き「連れて帰りましょう」と言葉を付け足した。
「馬鹿な事をした人がいたって、言いましたよね‥‥あれ、私なんです」
 ポツリと漏らされた呟きに能力者達は驚く者、そして予想していた者と反応は様々だった。
「私が、あんな事をしなければ‥‥この人達は死なずに済んだかもしれないんです‥‥いいえ、きっと死なずに済んだ。私なんかが生き残って、人の役に立つこの人達が死んで‥‥」
 女性は言葉の途中で地面に座り込み、大きな声で叫ぶように泣き始めた。
「‥‥倒れた傭兵の方々に報いたいと願うのでしたら、どうか生きて下さい」
 リュティアがそっと座り込み、女性へと言葉を投げかける。
「‥‥私は止めないよ。死にたければ死ねばいいんじゃないか?」
 さらりと言った空言の言葉に「空言様!?」とリュティアが驚いたように呟く。
「だってそうだろ、死んだ奴が何を望んでいたかなんて想像でしか語れねぇんだから、死んだ奴の為に何かをするなんて結局ただの自己満足だしな」
 空言の言葉に言い返す者は誰もいない。彼女の考えもまた一理あるからだ。
「でも、死んだ奴の望みはどうあれ『アンタを庇って死んだ』ってのは想像じゃなくて事実なんだろ? ならアンタが死ねば、アンタを守った奴等の死が無駄になるぜ?」
 死ぬんなら、ちゃんと現実に向き合ってからにしな――空言は言葉を付け足す。
「あのさ、あんたを庇って死んだ奴、私は気に入らないんだけど。でも、そいつにちょっとでも感謝してるんなら‥‥そのお礼として背負わされた荷物、ちゃんと持ってあげなよ」
 大神が面倒そうに呟く。だが、その言葉は決して面倒な出来事に対しての言葉ではなく真剣に考えたものだった。
「俺が思うに、貴方は既に答えを出しているのではないかな」
 ヘイルの言葉に「え?」と女性が目を瞬かせながら問い返す。
「死にたければ来る必要はない。後ろめたいのなら逃げ続けるだろう。しかし貴方はここに来る事を選んだ。向き合う為にな。それに――‥‥貴方が言わなければならない言葉は『ごめんなさい』ではなく『ありがとう』の言葉だけだと俺は思う」
 ヘイルの言葉を聞き(確かに、そうかもしれない)と他の能力者達が心の中で呟く。
 彼が言う通り、死を選んだのならばここに来る必要はない、後ろめたいと感じているのならなおさらだ。
 恐らく女性自身もほとんど無意識に向き合う事を選んでいたのではないか、と能力者達は思っていた。
「それで、あんたはどうするんだ?」
「え‥‥?」
「他の奴らの話を聞いて、何か決意したのかって聞いてんだよ」
 杜若が女性に問い掛ける。
「まだうじうじしてんなら、いっそ俺が手伝ってやろうか? あぁ、もちろん言い聞かせるとかじゃねぇよ? 俺らは大人なんだし『大人らしい』やり方、でな」
 杜若の言葉に「け、結構です!」と女性が慌てて杜若から離れる。
「そいつは残念」
 肩を竦めながら呟くが、少しも残念そうに思っていないらしく、杜若の顔には笑みが浮かんでいる。
(僕は‥‥そっとしておこう。生きる意味はそれぞれ見つけるんだ‥‥それがいいよね)
 ドゥは心の中で呟く。
「ねぇ、大丈夫だよ――‥‥生き恥を晒してるのはアンタだけじゃないから」
 ドゥは小さな声で女性に言葉を投げかける。え、と女性は聞き返したけれど、それにドゥは答える事はしなかった。

 それから能力者達は散った能力者達の遺体を連れ帰る事に決め、報告の為にLHへと帰還することにした。
 女性は、きっとまだ悩む事も苦しむ事もあるのだろう。
 だけど、この場所に来た時よりは吹っ切れたような表情を見せており、能力者達は安心して女性と別れる事が出来たのだった。


END