●リプレイ本文
ここはもやし学園。
個性的な生徒が多数存在する学園‥‥なのだが、個性的と呼ぶには突き出しすぎた少女がいる。
名前をキルメリア・シュプール(gz0278)といい、喋らない・動かないを守れば天使のように可愛らしい少女なのだが‥‥そんなにうまくいくわけもない。
動けば破壊神、喋れば大魔王。それがキリーだった。
「付き合ってください!」
「いいわよ」
キリーの言葉と同時に正拳突きが繰り出され、告白をした男子生徒は地面に突っ伏した。
(はわわ‥‥今日もキリーさんに告白して散ってる人がいるのです)
今の出来事を物陰に隠れながら見ていたのは土方伊織(
ga4771)だった。事あるごとにキリーから苛められている土方としては散っていった男子生徒が他人とは思えず、ほろりとこみ上げてくる何かを感じていた。
「というか、何で『付き合って』が『突きあって』に誤変換されるのですかー‥‥さすが大まおー様、普通じゃなさすぎですぅ‥‥」
がくがくと震えながら呟く土方だったが「誰が普通じゃないって?」と背後から聞こえた声に、思わず震えが止まる。
ちなみに補足する必要もないかもしれないが、土方の震えが止まったのは更なる恐怖を感じたからである。
「き、キリーさんこんにち『バキッ』ぶぁ‥‥!」
とりあえず挨拶しておこうと思った土方なのだが、その挨拶の途中で頭突きを食らわされ、地面に膝をつきながら苦しげに呻いている。
「あら、キリーったらこんな所にいたの? もうおやつの時間でしょ」
「あ、そうだった。今日のおやつは何?」
「フルーツタルトを用意してるわ」
キリーを猫可愛がりしている先輩、百地・悠季(
ga8270)がキリーの頭を撫でながら話しかける。
「ぎゃっ」
呻き倒れている土方を踏みつけながらキリーと百地は歩くのだが‥‥土方は自分の胸を騒がせるどきどき感に苛まれている。
(ど、どーしてか‥‥キリーさんを見ていると胸がドキドキ、足ががくがくしてるのですぅ‥‥はわわ、も、もしかしてこれが噂の恋なのです?)
土方は去っていくキリーを見ながら心の中で呟く。
しかし、彼は根本的に勘違いをしている事に気がつかない。胸がドキドキ、足がガクガクしているのは単なるキリーへの恐怖心、もしくは防衛本能だという事に。
(こ、これが恋ですかー‥‥お、思ってたのと違うのですぅ)
「ねぇ」
キリーと一緒にいったはずの百地が帰って来て土方と目線を合わせる為に屈んだ。
「‥‥やっぱり妨害工作しててよかったかしらね」
ぼそりと呟かれた百地の言葉を理解できず「な、何なのです?」と土方が言葉を返すが、百地は不敵な笑みを見せるだけで、土方の問いに答える事はしなかった。
「ねぇねぇ、今さっき聞いた事なんだけど‥‥」
もやしの友人でもあり、土方の友人でもあるリマ(
gc6312)が慌てて土方の所へと駆け寄ってくる。
「土方さん、女装癖があるんだって? しかも先生に「僕、女の子になりたいんですぅ」とか言ったんだって?」
「えええ! ど、どこでそんな話になってるですかー!」
土方的には全く身に覚えのない言葉だったが、実はキリーに言い寄る男子を貶める為に百地が流したデマだという事を、百地以外の生徒は知らない。
「しかも痛いのが好きなんですぅ、とかも言ったんだってね‥‥ちょっと引くわぁ‥‥」
後ずさりしながら言うリマに「やめてー! 僕の存在変にするのやめてー!」と土方は本気で泣きながら叫んでいた。
「キリーちゃ〜〜〜ん♪ 今日もとっても可愛いわぁ」
語尾にハートマークをつけながら神咲 刹那(
gb5472)がキリーに抱きつく。
「やっぱり私がキリーちゃんの一番の親友だよね」
「ちょっと待ちなさい。キリーの一番は私に決まってるでしょ?」
神咲の発言で気になる所があったのか、百地がずいっと神咲の前に立ちながら言葉を返した。相手が女子生徒という事で、男子生徒にするような貶め方はしない‥‥と思っていた百地だが『キリーの一番』がかかると、たとえ相手が女であっても蹴落とす覚悟をしていた。
「煩いわよ。私は今からフルーツタルト食べるの」
「いいえ、これだけは譲れないわ」
「私も同じく」
キリーの言葉でも止まらない百地と神咲を止めたのは「やめなさい!」と叫ぶ諌山美雲(
gb5758)の大きな声だった。
「キリーさんが、モグモグ、迷惑してるのが、モグモグ、分からないの!? あんまりしつこいなら私が相手になります!」
ちなみに諌山は2人を止めながらキリーの前に置かれていたフルーツタルトを食べている。
「あぁ! 私のフルーツタルトが!」
「え? あ! 誰ですか! キリーさんのおやつを食べたのは!」
口の横にクリームをつけながら諌山が叫ぶが、全く自覚がないためある意味では怖くなる存在だ。
「も〜やし! 今日も俺が守ってやるぜ!」
授業を終え、キリーの所にやってきたのは『もやし親衛隊』のガル・ゼーガイア(
gc1478)だった。
「おっそいのよ! このドへたれがっ!」
タルトを食べられた悲しみをキリーは拳に乗せてガルへと放つ。
「そ、そういうツンツンした態度が好きだぜ‥‥殴られてもその天使の顔を見れば許せるしよ!」
頬を押さえ、痛みに耐えながらガルが呟くのだが‥‥「やだ、Mがいる」とキリーが一歩後ずさる。
「うちのキリーを怯えさせないで下さい」
べしっ、とガルの頭を本(の角)で叩きながら南 十星(
gc1722)がガルに言葉を投げかける。
「キリー、お弁当を忘れてましたよ」
「ありがとう、感謝してあげるわ。愚兄」
十星はキリーの兄であり、愚兄と蔑まれながらもキリーを可愛がる事に喜びを感じる根っからのシスコンである。
「ここにいたのか! キルメリアさん!」
だだだだ、と砂煙を撒き散らしながらやってきたのは滝沢タキトゥス(
gc4659)だった。
「おい! ここはもやし関係者以外立ち入り禁止だぜ!」
親衛隊の威厳を見せようとガルが滝沢の前に立ちはだかるが‥‥「俺はキルメリアさんに告白するんだ! 邪魔しないでくれ!」とガルを突き飛ばしながら大きな声で叫んだ。
「あぁ、またですか‥‥」
「何で人って結果が分かってる事を試したくなるのかしら、僅かな希望もないのに」
十星と百地はため息を吐きながら呟く。
「キルメリアさん! 俺はあなたが――――「うっさいわよ!」ふぐっ!?」
滝沢の一世一代の告白はキリーの正拳突きによって遮られてしまい、顔を抑えながら痛みに耐える。
しかし、今回だけは『殴る』以外の方法で解決した方が良かったのかもしれない‥‥なぜなら――。
「いいパンチだ‥‥」
「‥‥は?」
「もっと痛みを、もっとだ! さぁ! 俺を喜ばしてくれ!」
キリーの一撃が何故か滝沢に秘められていたモノを引き出してしまったらしい。
「い、いやー! 何か怖い! っていうかキモい!」
言葉のたびにキリーが一撃を放つのだが、そのたびに滝沢は痛みの表情ではなく喜びの表情を見せる為、怖さが倍増している。
「イヤだって言ってんでしょーっ!」
トドメの拳が滝沢の顔面に入り、スパーンと勢いよく飛んでいく。
「おー‥‥飛んだ飛んだ、生きてんのかしら」
遠くを見るようなポーズを取りながらリマが呟く。
「またフったの? 今年に入って何人目?」
リマがからかうようにキリーに問いかけると「数えてないから知らなーい」とキリーは十星が持ってきたお弁当を食べながら言葉を返した。
(はぅぅ‥‥あんなおそろしー結末しか待ってないキリーさんに告白なんて‥‥僕にはできないのですぅ。何よりこんな事がバレたら良い様にこきつかわれるですぅ‥‥)
滝沢が飛ばされていく様を見ながら土方ががくがくと震えながら心の中で呟いていた。
(ひ、人がいる所で告白なんて‥‥僕にはできないのです‥‥)
絶対にからかわれると分かっているのか土方は古風にラブレターを下駄箱に入れることを決意した。
『放課後、お話したい事があるので体育館裏で待ってます。来てくださいです』
シンプルに文章を纏めたラブレターをキリーの下駄箱へと入れて、土方はドキドキしながら放課後になるのを待った。
そして放課後‥‥。
「ふぅ、今日もキリーに近寄る男たちの妨害工作で一日が終わったわ」
百地がすっきりとした表情で呟く。ここで「授業は?」と聞いてはならないのがお約束である。
ちなみに今日、百地が行った妨害工作は男たちだけではなく、女に対してもだった。泣き落としでキリーに近づかないように言ったり、女の子のネットワークを遠回しに使ったりなどして、キリーに怪しい人物が近づかない事に精を出していた。
「そういえばさ、確かにキリーは可愛いけどどこがそんなに好きなわけ?」
リマが神咲に問いかけると「ふ、ふふふふふ」と神咲は怪しげな笑みを浮かべながらキリーについて語りはじめた。
「キリーちゃんってばウサギのぬいぐるみが好きなんですよね。いつもベッドで抱いて眠っているところを思い出すだけで‥‥」
ぶはっ、と吐血(鼻血)しながら神咲が叫んだ。
「ちなみにキリーちゃんの事なら何でも知ってますよ。スリーサイズから足のサイズまで完璧です。伊達に盗さ‥‥コホン、リサーチしてませんから」
爽やかな微笑みを浮かべながら言う神咲だが、最後に不穏な言葉を言いかけたのはきっと気のせいだと思いたい。
(盗さ‥‥そこまでしてるんだ‥‥)
黙っていれば可愛いのに、とリマは神咲に哀れみの視線を送りながら心の中で呟いた。
「キリーさん! 今日もかっこよかったよ!」
諌山がキリーの手を握り締めながら大きな声で叫ぶ。
「自分よりも強いはずの男の人をあんなに吹っ飛ばすなんて‥‥! もう私の脳内ではすっごい事になってるよ!」
「‥‥いいから危ない妄想に私を入れないでくれる? これから理事長室に行って掃除しなくちゃいけないんだから‥‥その後に体育館裏にも行かなくちゃだし」
「理事長室の掃除!? 私もなんだよ! 一緒に行こう! もはや運命だよね!」
「‥‥キリー、私も行きましょうか。なにやら彼女と2人きりにすると、何かが危ないような気がするんですけど」
十星の言葉に「‥‥危なくなったら全力で逃げるからいい」とキリーも引きつった表情で言葉を返した。
そして理事長室――。
目的通り、キリーと諌山は2人で掃除をしていたのだが、諌山がとんでもない事に気づいてしまう。
(‥‥キリーさんと、2人っきり! え、どうしよう!)
諌山の百合ゲージが一気に上昇し(こ、こんな不埒な事を考えちゃだめだよ!)と自分で自分を叱咤する。
一体どんな事を考えているのか、それはきっと諌山本人にしか分からない。
「あ」
同じ書類を取ろうとして、2人の手が触れた瞬間――「キリーさん‥‥」と諌山が悩ましげな表情と声色でキリーに言葉を投げかけた。
「私、ずっとキリーさんが‥‥「ダメだー!」」
ばたーんと扉が開かれ、ガルが慌てて入ってくる。掃除に行く前のやり取りをガルも聞いていたらしく、心配でずっと理事長室の前でうろうろとしていたのだ。
「‥‥何がダメなんですか! 私はこんなにもキリーさんが好きなのに!」
「ねぇ、親衛隊? 私、用事があるから帰るけど何とかしててね。ちなみにアイツ、今すっごく暴れててお母さんの大事なツボとか割ってるけど、その辺ちゃんと直しててね」
「え、いや俺には「お願い‥‥頼れるのはあなたしかいないの」任せろー!」
天使の笑顔でガルに言葉を投げかけ、キリーは(ちょろい男ね)と心の中で呟きながら理事長室を後にしたのだった。
「‥‥‥‥き、気のせいなのです? 放課後終わってとっくに夜も更けてる感じがしないでもないのですけど、これって気のせいなのです?」
体育館裏でぽつんと座って待っている土方。確か彼は『放課後』と書いたはずなのに、既に空は真っ暗で丸い月がぼんやりと見えている。
「悪かったわね。理事長室でちょっと色々あって(その後忘れて帰って、晩御飯食べた後に)来てあげたわよ」
「あ、ありがとうございま‥‥えええええ!」
土方が振り返りながらキリーを見て驚いた声を出す。
いや、正確にはキリーではなく、キリーの後ろにいる大勢を見て、なのだけど。
「な、何でみんないるのです? 何でなのです?」
「面白い手紙が来たから皆に見せたら、皆も来るって言うから。で? 話って何?」
(ぼ、僕はこの状況で告白をしなくちゃならないのです?)
ほとんど自棄になったのだろう、土方は「僕のご主人様になってくださいです」と間違った告白をした。
「‥‥‥‥」
「この‥‥卑怯者が! 卑怯者がもやしに近づくんじゃねぇ!」
ばしーんとガルに殴られ、土方は思いっきり吹っ飛ぶのだが、土方が行った要素に『卑怯』という言葉が当てはまる行動は一切ないのは気にしないでおこう。
「そこのあなた‥‥私のキリーちゃんに何をしようと言うのかしら? ことと次第によっては‥‥命の保障できかねますよ?」
「‥‥評判を落とす噂だけじゃ物足りなかったみたいね。リクエストに答えて明日からもっと楽しいことをしておいてあげるわね」
神咲と百地がにっこりと爽やかな笑顔で土方に言葉を投げかける。
「ダメだ! キルメリアさんの拳は渡さないぞ!」
すっかりMになってしまった滝沢も別な意味で対抗心を燃やしているらしい。
「‥‥さぁ、こんな所で話すのは寒いですから一緒に帰りましょうか。もっとじっくりゆっくりと話をしなくちゃいけませんからねぇ‥‥?」
(十星さん‥‥怖いのですぅ‥‥!)
結局、土方はキリーから返事を貰う前に連行されてしまい、バイクでキリーを送る事になったガルが一番喜んでいたとか‥‥。
そして、夢から覚めた能力者達は『正夢になってほしい』と願う者と『何でこんな夢を‥‥?』と思う者に分かれていたのだった。
END