●リプレイ本文
―― 出発する能力者達 ――
「なんとか‥‥間に合えば良いのですが‥‥」
アリエイル(
ga8923)は小さく呟いた後、きゅっと下唇をかみ締める。
「資料によれば住人の避難はまだ済んでいないようですね」
アセリア・グレーデン(
gc0185)が資料を見ながら呟く。
今回は突発的に起こった事件であり、住人達の避難も済んでおらず、状況としては混乱の真っ只中と言っても過言では無いだろう。
「キメラ戦で注意すべき点は周囲の被害を最小限にする事。何せ街の中だ、人に被害がなかったとしても建物に被害があれば困る人もいるだろうさ」
セラ(
gc2672)は――いや、彼女の別人格であるアイリスと言った方が正しいだろう。アイリスは呟き、資料の内容を頭の中に叩き込む。
「こんにちは、今回は宜しくお願いしますね」
アリス・レクシュア(
gc3163)は丁寧に頭を下げながら、同行する能力者達に挨拶をする。
「‥‥この街の人の中にハンバーグを作ろうとした人はいたんでしょうか。そうだとしたら怖いですねぇ、フラグを立てたら本当にミンチになってしまうなんて」
アリスは不謹慎ともいえる言葉を独り言で小さく呟く。彼女自身、素直な性格なので思った事がそのまま口に出てしまうらしい。今の言葉も恐らくは本人に悪気はない。
「‥‥急ぎましょう。こうしている間にも命が奪われている可能性があります」
八葉 白夜(
gc3296)が苦しそうに表情を歪めながら呟く。
「そうですね‥‥せめて被害を最小限に‥‥それを目標に、頑張りましょう‥‥」
安原 小鳥(
gc4826)が呟くと「そうだね、急患が大勢いる――急ごう」と杉田 伊周(
gc5580)が言葉を返した。
「‥‥‥‥」
能力者達が思い思いの言葉を発する中、名無し(
gc6351)だけが何も言う事はなかった。
(‥‥この世界でよくある事が起きただけ。俺らはキメラを退治するだけ、それだけや)
名無しは心の中で呟き、大きく息を吐くと他の能力者達と共に高速艇へと乗り込み、混乱の真っ只中である現場へと出発したのだった。
―― 混乱する街の中、逃げ惑う人々 ――
「これは‥‥酷い、ですね」
現地に到着してすぐ、状況を確認してアセリアが苦々しい表情で呟いた。確認されたキメラは一匹、現時点で他のキメラの目撃がない事から、恐らくは一匹と思っていいだろう。
しかし、冷静さを失った人間は時にキメラよりも脅威を見せる。まともな情報など伝わらず、冷静さを失っているがゆえに情報を聞き入れず、悪化させるだけ。
「ここからは分かれて行動しましょう」
アリエイルが能力者達に向かって言葉を投げかける。この街に到着するより前に能力者達はキメラ捜索班と避難誘導班の2つに班を分けていた。
キメラ班・アリエイル、セラ、八葉、アリス、名無しの5名。
誘導班・アセリア、安原、杉田の3名。
何かあった場合などは避難誘導班が自分達の仕事を終えてからキメラ班に合流する、という形を取ることにしていた。
「‥‥気をつけて下さいませ」
安原はアリスに言葉を投げかける。安原にとってアリスは大事な人の妹であり、共に行動が出来ない以上、アリスを信頼して任せるしか出来なかった。
「急ごう」
杉田が呟き、避難誘導班は混乱している街の中へと向かって走り始めたのだった。
※避難誘導班※
「現在の避難状況はどうなっていますか?」
避難誘導を開始するにあたり、どの程度まで避難が終了しているのかをアセリアが逃げる住人を止めて問いかける――が。
「知らないわよ! 自分の事でいっぱいだっていうのに、何で人の事まで気にかけていなくちゃいけないのよ」
アセリアの手を振り払い、女性はそのまま逃げ出してしまう。
「‥‥思ったよりも、状況は酷いみたいだね」
「えぇ‥‥」
杉田と安原が呟くと「どこに避難されるんですか?」とアセリアが今度は男性に問いかける。
「この街の離れにある公民館だよ。皆そこに逃げてるはずだ」
「公民館‥‥なら、そこに誘導をすればいいようですね」
男性の言葉を聞き、アセリア、安原、杉田は逃げ惑う人々を公民館へと避難誘導を開始する。
「大丈夫ですか? 怪我を‥‥、避難場所まで歩けますか? 公民館に到着したら治療をしますので‥‥」
安原は腕を怪我している女性を見つけ、そのまま公民館へと連れて行く。
「‥‥っ!」
公民館に到着した後、能力者3名は中を見て言葉を失った。大怪我と呼べる怪我をしている者こそ少ないけれど、ほとんどが負傷している。
「‥‥この傷はキメラじゃなくて、逃げる時に人に押されたの」
そう、ほとんどの怪我が逃げる時に押されたりして負傷している怪我。キメラが現れ、冷静さを欠くのは分かるがちゃんと人の事を考えて行動していれば、もっと負傷者は少なかったはず――能力者達はそう思わずにいられなかった。
「あの! どなたか来ていただけませんか? 重傷者が‥‥」
警官が来て「ボクが行こう」と杉田が立ち上がる。
「ここを任せる事になるけど、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫です。私はこちらの皆様の治療をしますので、急いで行ってあげてください」
「私も行くよ。まだ避難が済んでいない住人がいるでしょうから」
アセリアも立ち上がり、杉田とアセリアは警官に案内され、負傷者の所へと向かう。
「‥‥この子たちなんですが‥‥」
警官が案内した先にいたのは幼い兄妹の姿。買い物袋が散乱している所を見ると、きっと買い物帰りだったのだろう。
(この出血量は‥‥まずいかもしれない‥‥)
杉田は心の中で呟き、すぐに治療に取り掛かる。
「出血が酷い、まずは止血を――‥‥すみません、そこに立っていただけますか?」
杉田は少年の視界を塞ぐように警官に立つよう指示をする。アセリアも不思議に思ったが、すぐにその理由が分かり口をつぐんだ。警官の向こうに居るのはおそらくは少年の妹と思わしき人物。
(この姿、家族が見るにはつらすぎる)
アセリアは心の中で呟く。既に少女の方は息絶えており、その姿は見るも無残な状態。
「あの、どうでしょうか‥‥」
「‥‥‥‥い、もうと、は‥‥」
血に塗れた手で杉田の白衣を掴む。真っ白な白衣にじんわりと血が滲む。
「‥‥大丈夫だよ。すぐに、元気になるから」
杉田が少年に言葉を投げかけると、少年は安心したようにそのまま白衣を掴んでいた手の力がふっと抜け、そのまま帰らぬ人となった。
「‥‥」
杉田がゆるく首を横に振り、アセリアと警官も悔しそうな表情で拳を強く握り締めた。
※キメラ班※
避難誘導班と分かれ、キメラ班はキメラを退治すべく捜索を行っていた。
「さっきまでは向こう通りに居た、という証言があったんですが‥‥」
八葉はため息混じりに呟き「早く終わらせましょう。私は二度と‥‥誰も悲しませたくないのです」と言葉を付け足した。
「‥‥そうだね、だがそれは誰もが同じ気持ちだと思うよ。誰かを悲しませたいなんて人間は居ない、人間ならばね」
アイリスが八葉に言葉を返し、周囲を警戒する。
「きゃああ!」
その時、悲鳴が聞こえて能力者達が声の方に向き直ると女性がキメラに襲われている姿がアイリスの視界に入ってきた。
「向こうだ!」
アイリスの言葉で最初に動いたのは八葉。スキルを使用してキメラとの距離を詰め、身を挺して女性をキメラの攻撃から庇う。
「ぐぅ‥‥!」
八葉は痛みに表情を歪めながらも、「大丈夫ですか?」と女性に言葉を投げかける。
「は、はい‥‥」
八葉が女性を庇った後、アリスがスキルを使用してキメラへと接近して月詠で攻撃を仕掛ける。彼女の攻撃でキメラは女性、そして八葉から離れた。
「大丈夫か? 見たところ避難の途中のようだが‥‥この近くに避難所があるのか?」
アイリスが問いかけると「え、えぇ‥‥ここをまっすぐ行った所が避難所で‥‥」とがたがたと震えながら言葉を返した。
「つまり、ここを通したらキメラは避難所へまっすぐ行ってしまう、そういう事やな」
名無しは両手鎌・鎌鼬を構えながら小さく呟く。
「でも逆を言えば、この人がここをまっすぐ行ったら避難所に逃げる事が出来る――という事になりますね」
アリスが言葉を返すと「そうだな」とアイリスが思案し「キミはここを全力で走れ」と女性にアイリスが言葉を投げかける。
「え?」
「私達が引き付ける! だからキミは避難所までまっすぐ走れ、そう言っているんだよ」
アイリスの言葉と同時に「わ、わかりました」といって女性は走り始める。
「大丈夫でしょうか‥‥」
アリエイルが心配そうに呟くが「最悪の事態にしない為に私達がここにいるんだ」とアイリスは言葉を返す。
「そう、ですね‥‥」
アリエイルは小さく呟き、セリアティスの切っ先をキメラへと向け「あなたを此処から移動させるわけにはいきません」と強い意志を固めた瞳でキメラを射抜いた。
「取り囲んで早急に決着を!」
アリエイルが叫び、能力者達はキメラを囲むような陣形を取る。
「剋目しろ! この極光が、キミの絶望の深さと知れ!」
アイリスが叫ぶと、アイリスの持つ盾が輝き始める。その輝きにキメラはまず最初の標的としてアイリスへと目掛けて駆けていったが、これはアイリスの読み通りだった。
(それでいいさ。私は防御力には自信があってね‥‥敵を縫いとめるのは得意なんだよ)
心の中で呟き、アイリスはキメラの攻撃を受け止める。
「あなたの素材を使ったら、何か良い武器防具が出来るでしょうか?」
ふふ、と微笑みながらアリスがキメラへと攻撃を仕掛ける。アイリスに攻撃を仕掛けた分、アリスの攻撃に対する動作が遅れてしまい、キメラはアリスの攻撃をマトモに受けてしまう。
「参ります‥‥蒼電連撃‥‥二刃!」
アリスの攻撃の後、追撃するようにアリエイルがスキルを使用しながら己の技を繰り出す。
「八葉流参の型‥‥乱夏草」
八葉は呟きながらスキルを使用し、キメラへと攻撃を繰り出す。
「その苦痛、暫し我慢して下さい」
痛みに悲鳴を上げるキメラをみながら八葉は短く言葉を投げかけた。
「これだけの事を仕出かしたんや、楽に死ねると思わへん事やな。なぶり苦しめて、それから首を落としたるわ」
名無しはキメラに向かい、冷たく言葉を吐き捨てる。
「この街に起きた事、それはこの世界では当たり前のことや。だから俺もお前に対してこの世界では当たり前のことをやるだけや」
ひゅん、と風切り音の後にキメラの腕がぼとりと地面に落ちる。
「人々の苦しみ‥‥その身で知りなさい! せぇぇぇぇっ!!」
アリエイルが叫び、キメラへと強い一撃を繰り出し、能力者達はキメラを無事に退治する事が出来たのだった。
―― 事件解決 ――
キメラを退治した後、5名の能力者達は避難場所になっている公民館へとやってきていた。
「‥‥あ、戦闘は終わったのですね‥‥こちらも忙しくて戦闘に行くことが出来ず、申し訳ありません」
安原が頭を下げながら呟くと「いいんですよ、皆様の治療が大事ですから」とアリエイルが言葉を返した。
「こっちの方は大丈夫だった?」
アイリスがアセリアに問いかけると「えぇ、ほとんどは‥‥」と俯きながら言葉を返した。よく見れば多少の怪我をしており「その怪我は?」とアイリスが言葉を続ける。
「さっき、幼い子供達が――‥‥この怪我は壁が崩れてきて、少しだけ巻き込まれただけですから、お気になさらず」
「この人の治療が終わったら、こっちに来てくれ。治療するから」
杉田が言葉を投げかける。
「この子達が今回の犠牲者か‥‥」
アイリスは二人の子供の遺体を見下ろしながら悲しげに呟く。
「せめて献花をさせてください。何も成せぬ‥‥愚かな私に‥‥」
八葉が震える声で呟く。警官の話を聞くと、恐らくどの能力者が駆けつけてもきっと助ける事は出来なかったんじゃないだろうか、と言っていた。
「‥‥能力者になれば、命を救う手段が増えると思ってたんだけど‥‥」
杉田も悔しそうに呟き、やりきれない思いを胸に抱いた。
(確かにあの兄妹は可哀想やったと思うけど‥‥運がなかっただけや。逆に生き残った奴は、運がよかっただけ‥‥ただそれだけや)
名無しは心の中で呟き、小さくため息を吐いた後、窓から空を見たのだった。
END