●リプレイ本文
―― 虚ろな瞳の能力者 ――
「今回は人のいないような森の中だから、周囲を気にする必要はあまりなさそうですね。キメラの被害が出る前に早く対処しましょう。キメラは放置したら危険ですし」
リネット・ハウンド(
ga4637)は「対処出来るうちに倒しておかないと」と言葉を付け足しながら資料を見て呟く。
「‥‥雨、か」
番 朝(
ga7743)は小さく呟く。そう、今回の能力者は夜――しかも雨がざぁざぁと降りしきる中での任務を強いられる事になっていた。
「雨降る夜‥‥ですか‥‥危険なのは足場、暗闇‥‥それだけではなさそうです」
アリエイル(
ga8923)はちらりと今回一緒に任務に行く事になっている佐々木と名乗ったグラップラーへと視線を移す。彼は積極的に話に混じってくる事もせず、ただボーっとしているだけ。
「‥‥何がとは言えませんが、危うさを彼には感じますね」
セレスタ・レネンティア(
gb1731)がちらりと佐々木を見ながらアリエイルへと言葉を投げかける。アリエイルも同じ事を考えていたのか「そうですね‥‥気をつけていた方がいいかもしれません」とセレスタに言葉を返した。
「顔色が優れないようだが‥‥大丈夫かい?」
皇 流叶(
gb6275)が佐々木へと言葉を投げかけると「あ? あぁ‥‥いつもこんな感じなんだ。心配してくれてありがとう」と佐々木は皇へと言葉を返した。
「そうかい? それならいいんだが‥‥」
皇は言葉を返しながらも、任務中――特に戦闘中には気を配っておこうと心の中で呟く。
「皆さんも色々と事情があって来られているようですが‥‥彼にも何か思うところがあるようですね‥‥」
エリス=エルオート(
gb8120)は今回一緒に任務を行う能力者達を見ながら小さく呟く。
「そうだね‥‥そういうエルオート殿も何か思うところがあるのかい?」
皇が問いかけると「そうですね‥‥」とエリスは考えながら言葉を返す。
「キメラの生態を調べて今後の研究に活かすのも、私達研究者の務めですわ。退治したら色々と調べてみたいですわね。人間タイプはあまり珍しいわけでもありませんが、手が大きいというのは初めてですから」
エリスが言葉を返すと「なるほど」と皇は納得したように短く言葉を返したのだった。
「うわぁ、雨かぁ‥‥雨は嫌いじゃないけど、こういう時には一寸ね‥‥あの人、大丈夫かな‥‥」
鈴木悠司(
gc1251)がちらりと佐々木を見ながら呟く。今回任務を行うために集まった能力者達のほとんどが佐々木の事を気にしていた。
「夜間の森で、空は雨‥‥あまり良い思い出がないが、私の培われてきた感覚が皆の助けになる様に最善を尽くそう」
守 鹿苑(
gc1937)は呟く。元々軍人から能力者となった彼は今回が初任務だが、緊張や恐れなどはあまり強くは感じなかった。
彼――守が願う事、そして成すべき事は昔の仲間達が求めた平和へ一歩近づく事――その為に彼は戦いの場へと身を投じたのだ。
「そろそろ行きましょうか、天気予報によれば雨はこれからも強くなっていくだけのようですし‥‥」
セレスタが呟き、能力者達は高速艇へと乗り込んで雨が降りしきる中、キメラ退治の為に出発していったのだった。
―― 夜闇に包まれた雨の森 ――
今回の能力者達はAとBの2つの班に分かれて森の中を行動する作戦を立てていた。
A班・リネット、アリエイル、守、セレスタの4人。
B班・鈴木、番、皇、エリス、佐々木の5人。
「何かあったらトランシーバーで連絡を取り合いましょう。こんな天気ですし、ちょっとした事でも連絡を取り合いましょうね」
リネットがB班の能力者達に言葉を投げかけ、それぞれで行動を開始したのだった。
※A班※
「夜の森‥‥更に雨ですか‥‥足元にも気をつけなければなりませんね」
アリエイルが雨によってぬかるんだ地面を見て、滑らないように慎重に歩きながら呟く。
「そういえば、この間の試合を見せてもらったよ。年甲斐も無く興奮してしまってね。子供の頃のヒーローを見ているようだった」
守が笑顔で手を差し出しながらリネットに話しかける。リネットは世界各国のプロレス興行にフリーで参加しており、その中で活躍する姿を守が見たのだろう。
「あぁ、見ていてくれたんだ? ありがとう。これからもがんばるよ」
リネットは守と握手を交わした後、キメラ捜索を再開する。
「酷い雨‥‥服を着たままシャワーを浴びている気分です‥‥早々に終わらせましょう」
セレスタが空を見上げながら呟く。少しでも雨が収まってくれれば良かったのだが雨は収まるどころか酷くなっていく一方。まだ捜索を開始してからそんなに時間は経っていない筈なのに、セレスタはびっしょりと濡れて、水が滴っていた。
「確かに‥‥こんなに酷い雨なら風邪を引いちゃうかもしれませんね。でも報酬を貰って仕事をするわけですから、やるべき事はやらないといけませんね」
仕事の為なら体を張りますよ、言葉を付け足しながらリネットが呟く。
「そうだな‥‥」
守は呟きながら探査の眼を使用ししていると、同じく軍事経験を持つセレスタが視界に入る。
「私は暗闇の作戦は幾度も経験しているが、セレスタ君はどうだい?」
守がセレスタに話しかけると「そうですね‥‥」とセレスタは小さく言葉を返す。
「国連軍に移籍した後は各地を転々としてましたし、その中には暗闇の中での任務を強いられる事もありましたね」
「そうか、その時の経験を活かして任務を成功させよう」
守は言葉を返し、任務に集中し始めたのだった。
「キメラが複数出てこなければ良いのですが‥‥」
アリエイルはランタンを持ち、捜索を続けながら小さく呟く。資料に書かれていたのは1匹のみであったけれど、複数存在しないという確証が無いために彼女は警戒をしていた。
「此方B班、キメラを見つけた! 場所は――‥‥」
その時、B班からの連絡が入りリネットはその通信を聞くと同時に覚醒して獣人形態で現場へと駆けつける。勿論他の3人が自分を見失わないようにと速度を調整しながら。
※B班※
「うぅ〜ん、やっぱり雨だから音も匂いも調べにくいなぁ‥‥」
鈴木は苦笑しながら呟く。鈴木は覚醒を行うと聴覚や嗅覚が非常に良くなり、その特性を活かしてキメラを探そうとしていた。だけど先ほど本人が言った通り、雨のせいで調べにくいけれど、それでも通常状態でいるよりは探しやすい事に間違いは無い。
「そういえば、雨具なしで大丈夫?」
鈴木が番に話しかけると「濡れた方が落ち着くんだ‥‥」と真っ黒と言ってもいいほどに淀んだ空を仰ぎながら言葉を返してきた。
「ふむ‥‥あまり濡れすぎは良くない。早々にキメラを見つけて退治してしまおう」
皇は呟くと「そうですね」とエリスも言葉を返す。
「そういえば攻撃手段として手を使うようですが、それ以外にも攻撃手段はあるのでしょうか?」
エリスが首を傾げながら呟くと「どうだろう‥‥」と番も首を傾げて考え始める。
「でも‥‥手だけ、と決めつけて動かない方が良さそうだね」
番が呟くと「確かに。決めつけて痛い目を見るのは嫌だしなぁ」と鈴木が言葉を返した。
「そういえば、大丈夫ー? 何かさっきより顔色悪いけど‥‥」
鈴木が佐々木に問いかけると「あぁ‥‥大丈夫だ、気にしないでくれ」と雨の音にかき消されてしまいそうな小さな声で言葉を返した。
「ん?」
くん、と鈴木が鼻を鳴らしぴたりと足を止める。
「どうかしたのか? 鈴木殿」
皇が問いかけると「変なにおい‥‥」と呟き「後ろ!」と言葉を付け足して叫んだ。鈴木の言葉と同時に巨大な手をした男が能力者達に襲い掛かってきた。
その後、皇がA班へと連絡を掛け、合流するまでキメラを足止めする事に専念し始めたのだった‥‥。
―― 戦闘開始・能力者 VS キメラ ――
B班からの連絡を受け、A班がB班の元に合流したのはB班が連絡を入れてから10数分後の事だった。
「‥‥退治させてもらいます」
リネットは呟き、狼のような低い体勢を取りながらキメラへと向かって駆けて行く。キメラに飛び掛る際にスキルを使用しながら飛び掛り、キメラの肩に強く噛み付く。
「‥‥討伐します!」
アリエイルは呟き、す、と瞳を閉じて精神を集中させる。
「能力限定‥‥解除‥‥導きの天使‥‥蒼電の槍アリエイル‥‥行きます!」
言葉と同時に閉じていた瞳を開き、セリアティスを構えてキメラへと向かって走り出す。
「わ‥‥ッ!」
鈴木も攻撃を仕掛けようとしたのだが、ぬかるみに足を取られてしまい滑ってしまう。そこにキメラが攻撃を仕掛けて来ようと向かってくるのが視界に入ってきて、反射的に鈴木は目を閉じる――が、いつまで待っても来るはずの衝撃が来る事はなかった。
「‥‥あ」
そろりと瞳を開くとそこにはキメラに攻撃を仕掛けて自分を助けてくれた佐々木の姿があった。
「大丈夫か?」
佐々木が鈴木に問いかけると「あ、うん‥‥ありがとう」と言葉を返し、立ち上がり再び戦闘態勢を取る。
「俺の武器は大剣だけど、狭くて振り回せないようなら剣に持ち替えるぞ」
番が呟くと「これくらいの広さなら大丈夫でしょう」と皇が言葉を返し、番はそのまま祖母の形見の大剣を持ったままキメラへと向かっていく。
「足を狙うよ」
守は呟きながらスコーピオンでキメラの足を狙い撃つ。突然の射撃を受けてガクンとバランスを崩したキメラに対して、更にセレスタがうまく攻撃を仕掛けて前衛の能力者達に被害が無いようにフォローする。
「支援しますね」
エリスが呟き、スキルを使用して能力者達の武器を強化しようとした時だった。キメラがエリスの元へと駆け出して、攻撃を仕掛けようとする。
「そうはさせない‥‥此処は通行止め、だよ?」
皇は超機械ウリエルでキメラへと攻撃を仕掛けて、前衛たちの方へと押し戻す。
「私が此処を通す事はしない、安心して皆の援護を頼むよ」
皇の言葉に「分かりました」とエリスは首を縦に振り、スキルを使用して能力者達の武器を強化する。
「怪我をした人は私の所に来てくださいね、すぐに治療しますから」
エリスが能力者達に告げ、すぐに治療できるように準備を行っている。
そして、リネットがキメラを投げ飛ばし、番が空中で身動きの取れないキメラを地上で待ち構えて斬る。しかし大きな手が邪魔をして致命傷を与えるまでには至らなかった。だが大きなダメージを与えた事には間違いなく、キメラの手の動きが先ほどより鈍ってきている。
「この槍が‥‥光が‥‥倒すべき敵を穿つ!! 蒼電一閃!! てぇぇっ!!」
アリエイルはスキルを使用しながら攻撃を仕掛け、キメラに大ダメージを与える。アリエイルが攻撃態勢を取った時、キメラがその場から逃げようとしたけれどセレスタの射撃によって行動が出遅れてしまい、結果的に逃げる事は叶わずアリエイルの攻撃をまともに受けてしまった。
「ふふ、私も突っ立っているわけにはいかないな」
皇は呟きながらスキルを使用してキメラの死角へと移動し、スキルを使用しながら攻撃を仕掛ける。同時に反対側から鈴木が攻撃を仕掛けており、キメラは2人からの攻撃を受けて地面に崩れ落ちる。
「そろそろ終いとさせてもらおうか」
守がスコーピオンでキメラを慎重に狙い、急所を打ち抜いてそのままキメラを地面へと躍らせる。能力者達の攻撃、そして守の急所攻撃を受けてしまいキメラは二度と起き上がる事は出来なくなったのだった。
―― 雨が洗い流す闇の心 ――
能力者達はキメラ退治が終わった後、エリスによって治療を受けていた。重傷者を出す事は無かったけれど、流石に無傷で任務を終える事は出来なかったからだ。
そして鈴木が何気なく問いかける。佐々木の元気の無い理由を。すると彼が任務に赴いている間に奥さんがキメラによって殺された事を彼は淡々とした口調で語った。
「何を守っているのか分からないんだ、今の俺は‥‥守りたいものを守れなかった俺に何が守れるんだろう‥‥」
そこで初めて佐々木は能力者達に感情を見せたような気がした。ぼろぼろと涙を流し、佐々木は「守りたかったんだ、俺は‥‥」と小さな声で呟いた。
「でも俺を守ってくれたじゃん」
鈴木の言葉に佐々木は俯いていた顔を上げ、鈴木を見る。
「現に戦闘で助けてもらっちゃったしね。守ってもらえたよ、俺は」
にっこりと笑って鈴木は佐々木に言葉を投げかける。
「どうしても誰かを守らなきゃいけないのなら、亡き奥さんを。同じように大切な人を亡くしている人を、これから亡くすかもしれない人達を守っていけばいいと思う。よくわかんないけど、俺はそう思うよ」
鈴木の言葉に「そうだね」と皇が呟く。
「命は粗末にするものじゃない、キミ――誰か心配してくれる人はいないのかい?」
皇の言葉に「‥‥友人達は心配してくれる」と佐々木は言葉を返す。
「それだったら、その友人達に心配をかけちゃいけない」
皇が呟く。
「余計なお節介かもしれませんけど、あまり物事を難しく考えない方がいいのではないでしょうか。私達がキメラやバグア軍の勢力を少なくしていけば助かる人達がいる。それだけでも十分だと思うのですけど‥‥」
エリスの言葉に「最終的にはそれが平和に結びつくからな」と守が言葉を付け足した。
「キミが失ったものは確かに大きいし、替えがきくものではない。でもキミの家族が愛した世界を守る力をキミは持っているんだろう? だったら少しずつでも前に進もう」
守の言葉に佐々木は小さく首を縦に振った。
いまだ雨は止まない。
だけど、彼の心に降りしきる雨は少しずつ止んでいくことだろう。
まだ晴れる日がいつかは分からないけれど、少しずつ前に進むことで彼の心の雨は次第に止んでいくのだから。
END