●リプレイ本文
―― 分かり合えぬ兄と妹 ――
「寄るな! 触るな! 名前を呼ぶな!」
藤木 美和は兄である大石・圭吾(gz0158)に銃を向けながら叫ぶ。誰がどう見ても嫌がっているようにしか見えないのだが、肝心の大石は「はっはっは、照れるなよ!」と超が幾つもつく程のプラス思考で彼女の言葉を受け止めている。
(「どうせなら圭吾さんと美和さんも仲直りさせたいんだけど‥‥無理かなぁ‥‥」)
ティム・ウェンライト(
gb4274)は美和と大石の姿を交互に見比べながら苦笑して心の中で呟く。
「ふふふ‥‥貴方も妹の事を愛しているようですが、俺には負けます! 何せ俺と妹のエリノアは母のお腹の中からの付き合いです。以心伝心、一億光年先からでもその声は聞き逃しません!」
ぐ、と拳を強く握り締めながらマルセル・ライスター(
gb4909)が狂気にも似た妹への愛を語る。
「そこは聞き流せよ」
スパーン、とマルセルの頭を叩きながら呟くのは妹であるエリノア・ライスター(
gb8926)だった。
「‥‥貴方も馬鹿な兄を持つのね、心中察するわ‥‥」
美和も何処か哀れみの篭った瞳でエリノアを見ながら呟く。
「うんまぁ‥‥馬鹿な兄貴を持つとつれぇよなぁ‥‥ウチのは度を越したシスコンつーか、ベッドに潜り込んでくるわ、一緒に風呂に入ろうとするわ‥‥デートに行くつったら、尾行するわ相手を連日連夜呪うわで‥‥冷たくあしらったらイジケるし、逆に熱を入れて怒鳴りゃぁ、ツンデレと勘違いされるし‥‥」
エリノアは今までの兄の奇行を思い出してげんなりして語尾が段々と小さくなっていく。
「‥‥お互い、大変よね」
美和とエリノアは大きなため息を吐きながらそれぞれ自分の兄を見て、もう一度ため息を吐いたのだった。
「何だ、大石のにーさんと藤木は兄妹なのか」
緑間 徹(
gb7712)は興味がなさそうに眼鏡を直しつつ大石に問いかける。
「そうだ! 目の辺りが似ているだろう! はっはっはぅ‥‥!」
「勝手に兄と名乗らないで欲しい。あんたと私は赤の他人なのだから」
大石が自慢していると美和が男の急所を蹴り上げて大石を黙らせる。しかしその行動さえも「て、照れ屋さんめ‥‥」とプラス思考で考えている為、もうこのBAKAは死んでも治らない事だろう。
「何と言うか、今回は濃い人々ばかりですね〜‥‥」
八尾師 命(
gb9785)が周りを見ながら呟く。いつも通りのマイペースな彼女は美和と大石の険悪な様子(美和の一方通行ではあるけれど)には全く気がついていなかった。
「ほぅ‥‥あれが褌で有名な大石とその妹か」
爆田豪(
gc1325)は大石と美和と交互に見比べながら呟く。今回、彼は大石兄妹と熊型キメラ(主に肉)に興味を持って任務を受けていた。
(「熊型キメラか‥‥熊肉!」)
ぐ、と拳を強く握り締め爆田は肉を求――もといキメラを退治する為に気合を入れたのだった。
「やあ♪ 僕は白鳥沢 優雅(
gc1255)♪ 英語で言うとエレファント♪ 宜しくね♪」
きらん、と大石に負けないくらいのきらきら度で現れたのは白鳥沢。しかし此処で他の能力者達は別のことにツッコミを入れたくて仕方が無かった。
「英語で言うと‥‥エレファントか」
「あれ? 優雅ってエレファントだったっけ、確かゾ――‥‥」
「個性的な人ですねぇ」
上からエリノア、マルセル、八尾師。そう、白鳥沢は『エレファント』と名乗った。しかしそれを言うなら『エレガント』であり、彼の言う言葉のままで行くと「僕は象♪ 宜しくね♪」になってしまうのだ。
「世の中には色んな奴がいるものさ‥‥」
天道・大河(
ga9197)は「ふ」と不敵に笑みながら登場する。しかしその不敵な笑みは誰にも見られる事はなかった。何故なら頭にはだんぼーるマスク、褌一丁、素肌に赤いマフラーを着用して現れていたのだから。
「だ、誰よ、あんたは!」
美和が後ずさりながら呟くと「俺の名は‥‥だんぼーるマスクとでも名乗っておこうか、正義の味方さ」と天道が言葉を返す。
しかしその姿は正義の味方ではなく、どう見ても変態です、ご退場下さい――と懇願したくなるような格好である。
「さぁ、それじゃあキメラ退治に行こう! 美和にも褌の良さをじっくりと教えてやるぞぅ!」
大石が「はっはっは!」とウザスマイルをキラーン☆と発射させながら高速艇へと乗り込み、仲間達と一緒に出発していったのだった。
―― 危険物は近づけない方がいいですよね ――
今回の能力者達は迅速に、そして穏便に任務を遂行する為に班を2つに分けて行動する事になっていた。
大石班・ティム、マルセル、緑間、八尾師、そして大石。
美和班・天道、エリノア、爆田、白鳥沢、そして美和。
危険な2人(むしろ美和の大石抹殺を止めるべく)は離して行動させた方がいいと考えた能力者達は大石班と美和班に分かれてキメラを捜索する事にしたのだ。
「それじゃ何かあったら‥‥まぁ、お互いに連絡を取り合うという事で」
ティムが呟き、能力者達はそれぞれ行動を開始したのだった。
※大石班※
「妹の事なら何でも知り尽くしていますよ〜、例えば身体を洗うのは必ず右手からとか」
マルセルが大石に勝るとも劣らぬ一方通行の愛を語りながらキメラ捜索をしていた。
「な、何と‥‥流石の俺でも美和が身体の何処から洗うかまでは知らん‥‥今度会う時までには調べておくZE☆」
「圭吾さん‥‥美和さんと仲良くしたいなら、それは止めた方がいいかと思いますよ」
ティムが引きつった笑顔のまま呟くと「そ、そうなのか?」と大石は言葉を返す。
「世の中、分からん事が沢山だな」
緑間がティムを見ながら呟く。大石の気を引く為にティムは覚醒を常時行っている。しかしその覚醒による変化――つまりティムの場合は性別変化には流石に緑間は驚きを隠せなかった。
「あぁ、私の場合はこうなっちゃうんですよね。あ、圭吾さんそっちは危ないですよ」
ぎゅ、と抱きつきながらティムが大石に話しかける。でれでれとした表情の大石なのだがティムの心の中では(「くっ、これも任務‥‥任務よっ」)と耐え忍ぶ言葉が繰り広げられていた。
「そういえば、最後まで大石さんは2班構成を反対されていましたね」
高速艇から降りて2班で行動する事を告げた時「俺は反対だ! 美和と離れるなんてとんでもない!」と地団駄を踏みながら反対していた。
その言葉に美和は「私はあんたと一緒に行く方がとんでもないわよ」と言葉を返していた。
「あぁ、確かに‥‥大石のにーさんを連れて来るのは苦労したし」
緑間もその時の事を思い出しながら苦笑する。
「そういえば、大石さんは妹さんを大事にしていると聞きますが褌と妹を天秤にかけ、妹を選べますか?」
マルセルの言葉に「ふ、褌と美和だと‥‥!?」と目を丸く見開きながら叫ぶ。
「俺は命‥‥いや、褌を捨ててでも、妹を選べます! 貴方はどうですか!?」
此処でひっそりとマルセルも褌愛好者だという事が曝されているが、とりあえず話題が妹なのでそっとしておこう。
「当たり前だろう! 褌と美和――比べるまでもない! 褌だ!」
どどん、と言われた言葉にマルセルを含めた同じ班の能力者達が驚く。
(「大石のにーさん、そこは流れ的に妹を取るべき所ではないのか」)
「ふ、どうやら貴方には兄を名乗る資格はないようだ。確かに褌は素晴らしい。でも貴方は外見しか見ていない。中身を含めて褌は褌なんだ」
(「‥‥いまいち意味が分かりません」)
マルセルの言葉を聞きながら八尾師が心の中でツッコミを入れるが、大石(と書いてBAKAと読む)には通じたようで、がっくりと地面に膝をついて負けを認めてしまっていたのだった‥‥。
それから数分後の事だった。美和班からキメラを見つけたという連絡が入ったのは。
※美和班※
「つうか思ったんだけどよ、邪魔だし大石共々置いていこうぜ」
捜索開始にあたって自分の兄も置いていこうとするエリノアの、『それを言ったら全てがお終いだ』的な発言に「そ、それは流石に‥‥」と天道が言葉を返していた。
「はぁ‥‥何で私の兄はあんななんだろう‥‥この際泣き虫でも普通の変態でもいいから兄と呼べる人が欲しかった」
普通の変態を求めている所まで美和は追い詰められているのだろう。
「ふふ♪ 美和っぺ‥‥君の苦労‥‥そして心労は推して計り知れないだろうね‥‥そんな苦労にもめげない君は誰よりも美しく、素敵さ♪ そして僕は誰よりもエレガントさ♪」
「‥‥あんたさ、最後の言葉だけ言いたかったんじゃないの?」
白鳥沢の言葉に美和が引きつりながら言葉を返すと「そんな事、このエレガントな僕にはありえないよ」と言葉を返す。何気にエレファントからエレガントに戻っているのはこの際ツッコミを入れるべきか否か。
「そしてあんたは一体誰だ」
美和が見つめるその先にいるのは爆田――なのだが褌一丁にヒーローマスクという限りなく怪しげな能力者がさも最初からいたかのように立っている。
「爆田豪は急用で来れなくなったらしい。私は彼の代役のグルメマンだ。宜しく頼む」
「あのさ、その格好の何処がグルメマンなの? その格好の何処に『グルメ』要素があるのかを私は凄く知りたいけど、長くなりそうだから遠慮しておくわ」
美和が呟き「もう普通に任務をしたい」と呟いた時だった、クマー、と叫びながら熊型キメラが能力者達の前に姿を現したのは。
「ムーン褌パワー☆ メイクアップ!」
天道が叫んで、急いでセーラー服を着ながら変身を行う。ちなみに月の褌とか意味が分からないから! と後ろで美和が叫んでいるのは言うまでも無い。
「愛と正義の使者! セーラー褌参上! 褌に代わってお仕置きよ!」
天道の変身には様々なツッコミ要素が存在した。まずセーラー服を着る時点で褌が見えず意味が無い。セーラー褌とか言いながら褌に代わってお仕置きの時点で褌のお役ごめんが確定している。
「‥‥ってそんな事はいいから! 私は普通の人と普通に任務がしたいだけなのにぃぃ! 何でこんな放送禁止ぎりぎりの奴らしかいないのよぉぉぉ!」
「‥‥美和、お互い普通だと思ってがんばろうぜ‥‥」
エリノア、そして美和――恐らくこの2人が『普通』の最後の防衛線だ。セーラー服を着ている天道は論外、褌一丁の爆田もアウト、エレファントな白鳥沢もぎりぎりアウト――エリノアまでもが『普通』から離れてしまった場合、恐らく美和の精神が持たないことだろう。
その後、大石班に連絡を入れてキメラを誘導するために美和班は行動を開始したのだった。
―― 戦闘開始・役に立たないなら来るんじゃねぇよ、褌BAKA ――
B班がキメラを発見してからA班と合流するまで、数十分の時間が経過していた。攻撃力はそこそこの実力があるようだが、動きが鈍い為、能力者達はまだ重傷を受ける事なく合流する事が出来た。
「先ずはセーラー褌がお仕置きだぁあ!」
サベイジクローで天道が攻撃を仕掛ける、しかし攻撃を仕掛けた際にひらりと舞うスカートの下には褌という「ちょっとドキドキしたおらの心返せ!」と叫びたくなる景色が広がっていた。
「いやん」
そう呟く天道の語尾には『はぁと』が存在している。そしてティムは持参してきたはちみつをたっぷりと含ませた盾でキメラの気を引きながらシルフィードで攻撃を仕掛ける。
「さてさて、ちゃんと真面目に仕事しないとこっちにまで危害が来ますからね」
マルセルは双剣パイモンを構え、攻撃を仕掛ける。
「行くぞ、アキレウス。お前の出番だ」
緑間はアキレウスを構えながら「大石のにーさん、熊に褌の良さを見せ付けてやれ」と冗談交じりに呟いたのだが、大石はそれを本気に取ってしまい「俺の褌を見ろー!」と叫びながらキメラへと特攻する。ちなみにこの時点で緑間は攻撃を行っており、いきなりキメラと自分の間に割って入ってきた大石に攻撃が直撃してしまう。
「ハッ! コイツはイテェぞ! 喰らえ、シュトゥルムヴィント!」
エリノアは見事に大石負傷をスルーしてキメラへとスキルを使用しながら攻撃を仕掛ける。
「えぇっと、支援します〜」
八尾師は呟きながらスキルを使用して能力者達の武器を強化する。そして自身もスパークマシンαで攻撃を仕掛けた。
「行くぞ、白鳥沢・エレガント・フォーム!」
すちゃっとエレガントなポーズと共にスキルを使用するのだが、能力者達の武器を強化したりなどどちらかと言えば地味系。むしろ白鳥沢のポーズの方が派手系だったりする。
「喰らえ! グルメマンの射撃攻撃を!」
爆田は小銃S−01とスコーピオンで後方援護射撃を行い、前衛たちのフォローを行う。
意外とお馬鹿な任務にはなっていたが、戦闘になれば誰もが真面目(‥‥だと思いたい)に行動して、キメラを無事に退治する事が出来たのだった。
―― こんな兄なんか、イラネ ――
戦闘が終わった後、天道は美和に話しかけていた。
「会える所にいるなら‥‥仲良くした方がいい」
格好とは裏腹にまともな事を言われて美和は少し拍子抜けをする。天道は兄弟との生き別れを経験しており、一緒にいるのに仲良く出来ないという事を少し哀しく思っていたのだ。
「俺もそう思います。俺にも褌狂いの従兄弟がいますが、そいつも俺も結婚しました。気休めにもならないと思いますが兄がどうとか言うのを気にしない人もいると思うし、強く生きてください」
ティムが呟き「認める所は認めないと先に進めないのだよ」と緑間も言葉を投げかけてくる。此処で思ってはいけない、認めるべき所が無い奴はどうしたらいいですか、なんて思ってはいけない。
「こういうのは一人悩んで抱えるモンでもねーと思うんだ。問題解決は絶望的かもしんねーが、愚痴を聞くくらいならするし、遠慮なんかすんなよ」
友達だろ、とエリノアが言ってくれた事が嬉しかったのか美和は少し泣きそうになった。
「やっぱり今みたいな時代、仲良くが一番良いと思います」
八尾師の言葉もあり「‥‥善処シマス」と美和は言葉を返した。
その後、キメラを完食した爆田と、妹に「お兄ちゃんの胸に飛び込んでおいで!」と叫んだマルセルを容赦なく殴るエリノアを見ながら能力者達は本部へと帰還していったのだった。
「‥‥やっぱり、今回も何もしなかったな、あいつ」
天道はちらりと大石を見ながらため息混じりに呟いたのだった。
END