●リプレイ本文
―― 黄泉の道を ――
その町の風習は、町以外に住む者にとっては珍しいとしか言いようがないものだった。死んでしまった者が大事にしていた者を神様に納める、その風習が町を閉鎖的にしているのではないだろうか、とさえ思えるほどに。
「このぬいぐるみを持っていた子は、幸せだったんでしょうか‥‥まだ幼かった筈なのに」
八尾師 命(
gb9785)が腕の中にあるぬいぐるみを見ながらポツリと呟いた。
「どうかしら‥‥でもご両親からは愛されてた子でしょうね‥‥それに、あたし達も油断は出来ないわ。キメラが出るって事で呼ばれたんだし‥‥それに詳細は不明、と」
気をつけていきましょう、ケイ・リヒャルト(
ga0598)は言葉を付け足しながら呟く。
そう、今回能力者達が呼ばれた理由――それはただ祠にぬいぐるみを納めればよいというものではなかった。祠への道の途中、キメラが現れた事によってぬいぐるみの持ち主の両親は祠まで行く事が出来ず、能力者達が呼ばれたのだから。
(「絶対に届けて見せるわ‥‥ぬいぐるみ。ご両親の想いが沢山詰まっているでしょうから‥‥」)
ケイは暫し目を伏せた後、胸の所に手を当てて心の中で呟いた。
「魂が彷徨っちゃう、か」
智久 百合歌(
ga4980)は呟き、資料にある伝承についての下りを読む。
(「伝承はナンセンスだと思うけれど、生きた感謝の意味を示すという考えはステキだわ――ともあれ信仰は信じる心が生み出すもの。娘さんの安らかな眠りを願うご両親の為にも、娘さんの安息の為にも、無事にぬいぐるみを祠へ届けて見せましょう」)
智久は心の中で呟き、八尾師が持つぬいぐるみを見つめた。恐らく昔から大事にしてきたのだろう、そのぬいぐるみは少しだけ汚れていて何度も結びなおした跡のあるリボンがやけに悲しく見えた。
「ご両親の娘さんを想う気持ちに胸を打たれました、町の皆様がこれから安心して祠にいけるように、精一杯頑張りましょう」
緋月(
ga8755)が能力者達へと言葉を投げかける。
「そうですね、それに祠への道の途中にキメラがいるならばいつ町の方に来てもおかしくありません。そうなる前に退治してしまいましょう」
アリエイル(
ga8923)が緋月に言葉を返し「ですが‥‥」と少し表情を曇らせながら言葉を続ける。
「このような場所にもキメラが現れるとは‥‥やはり安息の地はないのでしょうか‥‥」
ため息混じりに呟く。恐らくキメラにとっては深い意味はないのだろうが、人々が安らかに眠る為の場所に現れる、それがアリエイルには不愉快で仕方が無かったのだ。
「そういえば‥‥彼らの神というのも気になりますけど、余所者の私達には教えてくれませんよね。まぁ‥‥依頼にも直接関係ないのですけど」
加賀 円(
gb5429)は苦笑しながら呟く。先ほどぬいぐるみを預かった後、祠への道などを能力者達は迷わないようにと聞いていた。
だが住人の態度といえば素っ気無く『さっさと退治して帰れ』とでも言いたいような雰囲気で、正直あまり気分の良いものではなかった。
「まぁ、こういう場所だしな。つーか、いまだそんな掟が続いてるところがあるだなんて驚きだな。此処は何処の先住民の部族かっつーの」
加賀 環(
gb8938)が髪を掻きながら呟くと「環姉さん、失礼ですよ?」と円がやんわりと言葉を返してくる。
「まぁ‥‥俺もこんな山奥に人が住んでるのかとは思ったけどな‥‥それにしても」
ユウ・ナイトレイン(
gb8963)が八尾師の持つぬいぐるみを見て「そのぬいぐるみの持ち主もキメラの被害者なのかな」とポツリと呟いた。
「そういえば、どのように亡くなったかは仰ってませんでしたね」
円が呟くと「親が子を亡くしたんだ、あんまり言いたくないだろうよ」と環が言葉を返した。
「それじゃ行きましょうか〜」
八尾師がしっかりとぬいぐるみを持ち、能力者達はそれぞれランタンなど持って来たもので光源を確保して、夜の山奥へと足を踏み入れたのだった。
―― 静寂、死者が彷徨う森 ――
今回はキメラ退治だけではなく、ぬいぐるみを無事に祠まで届けることも任務の1つなので、八尾師がぬいぐるみを持ち、他の能力者達がぬいぐるみを持つ八尾師を護るように周囲を囲む――という陣形だった。
前方に智久、右側にケイとユウ、左側に円と環、後方に緋月とアリエイル。そして中心に八尾師。
「やっぱり暗いわね‥‥ランタンを持ってきて正解だったわ」
ケイが腰につけたランタンを見ながら呟く。他にも智久が特注のLEDライト、緋月に八尾師、アリエイル、ユウもランタンを所持しており、環も【雅】提灯を所持しているため、暗闇の中で困るという事はなかった。
「‥‥山奥のせいか、結構獣の声が響くのね」
まるで叫び声のような鳥の声、何処からともなく聞こえてくる獣の唸り声――これでは不意打ちをされないように気を配るだけで疲れそうなほどだった。
「狼型となると、群れで襲ってくる可能性もあるわよね‥‥」
智久がため息混じりに呟く。
今回のキメラは『狼型』という事だけしか分かっておらず、キメラの総数もはっきりとしていない。1匹だけなのか、それとも2匹以上いるのか。
だから能力者達はキメラが複数いる事を考えて行動していた。最初から1匹だけと決めて行動する事と、最初から複数キメラが存在すると考える事、その考えには大きな差がある。そしてその差が命に関わってくるのだ。
「それにしても、此処って結構足場も悪いですね‥‥油断するとすぐに足を滑らせちゃいそうです」
緋月が方位磁石で方向を確認しながら歩き、そして呟く。
「必ず‥‥幼き魂に安息を与える為に‥‥頑張りましょう‥‥」
アリエイルは祠への道に入る前に覚醒を行っており、ぬいぐるみを持つ八尾師に気を配り、緋月と一緒に物音や気配などにも警戒を強めていた。
「そういえば、環姉さんと一緒に戦うのは今回が初めてですね」
円が呟くと「あー、確かにそういやそうだな」と環も言葉を返す。
(「可愛い妹の為にも姉の威厳を見せてやりますか」)
初めての妹と一緒の戦闘依頼、環はそう考えていたのだが‥‥。
(「でも複雑ですね‥‥私の方が環姉さんより傭兵として先輩で、そして多分私の方が強いというのは‥‥」)
環のそんな言葉とは裏腹に円は少しだけ複雑な気持ちを抑えきれずにいる。
そして2人は『覚醒状態は見られたくない』と同じ事を考えていた。
「しかし、ここは獣が多いんだな‥‥強ち魂が彷徨う場所って言うのも納得できるような気がする」
ユウの呟きに「こ、怖いこと言わないで下さい」と八尾師がびくりと肩を震わせながら言葉を返した。
その時だった、明らかに獣の声とは違う遠吠えのようなものが聞こえたのは。そしてそれと同時に獣たちの気配が遠ざかっていくのを感じた。
まるで『何か』に怯えるように。
「来るわ!」
ケイが呟いた時、獣特有の唸り声を響かせながら能力者達へと狼型キメラが襲い掛かってきたのだった。
―― 戦闘開始・魂の安らかな眠りの為に ――
「命、大丈夫!?」
ケイがエネルギーガンで攻撃を仕掛けながら八尾師に話し掛けると「大丈夫です」と言葉が返ってきた。
更に智久も鬼蛍でスキルを使用しながら攻撃を仕掛ける。
「邪魔はさせないわ、向かってくるなら斬り伏せる!」
智久が呟き、再びキメラへと攻撃を仕掛ける。
「ふふ、貴方は跪いて靴を舐めているのがお似合いよ」
ケイは真紅の瞳を妖しく輝かせながらキメラへと言葉を投げかける。
「あら、ケモノ風情が邪魔なんですよ」
円は冷たい微笑みを浮かべワールドオブワンで攻撃を仕掛ける。先ほどまでの穏やかさが影も形も見えない円に「円様、私以上の変わりぶりではありませんか?」と環が言葉を投げかけてくる。
「そう思っているのはきっと貴方だけですよ」
にっこりと笑顔で言葉を返しながらも円と環はキメラに攻撃する手を緩める事はなかった。
「わ‥‥っ! いくら可愛くても、このぬいぐるみはあげませんよ〜!」
八尾師は必死にぬいぐるみを護り、そして接近攻撃を行う能力者達の武器をスキルを使用して強化した。
「ぬいぐるみには指一本触れさせません‥‥‥‥てぇぇぇぇ!」
アリエイルはセリアティスを構え、叫びながらキメラへと攻撃を仕掛けて八尾師の近くからキメラを離れさせる。
「貴方があのぬいぐるを手にする資格は‥‥ありません」
緋月は呟き、スキルを使用しながら能力者達の武器を強化し、自らもスパークマシンで攻撃を行った。
「くすくす、環姉さんに出番なんて回させませんよ? えぇ、なぜなら此処で私が斃すんですから」
円は楽しそうに呟き攻撃を仕掛けると「そうはさせませんけどね」と環も言葉を返し大鎌アズラエルで攻撃を仕掛けた。
「甘いわね。刀だけだと思ったら大間違いよ」
智久は武器をショットガン20へと換え、至近距離からキメラへと向けて発砲する。
「ほら、華麗に踊って見せて?」
ケイもスキルを使用しながら射撃を行い、まるでキメラを踊らせるかのように攻撃していく。そしてケイが攻撃を終えた後、ユウが前に出て二刀小太刀・永劫回帰で攻撃を行った。
「もうこの子の持ち主さんの為に早く退場してください」
八尾師は呟き、スパークマシンαで攻撃を仕掛け、足止めを行った後に他の能力者達の総攻撃によって、狼型キメラは地面へと沈んでいったのだった。
―― 安らぎの祠、神様がいる場所 ――
キメラを退治した後、能力者達はぬいぐるみを祠へと届ける為に山道を歩いていた。
「け、結構‥‥険しい道ですね」
八尾師が呟くと「そうね、でも死者の安らぎの為に此処を歩いた人は多いんでしょうね」とケイが言葉を返してきた。途中にはお地蔵様のようなものがあったり、石碑があったりして、山にいるという神様がどれほど住人達の心の支えになっていたのかが伺える。
だが、先ほど八尾師も言っていた通り多少険しい道なので祠まで到着しなかったものもあるのだろう。苔塗れの明らかに不自然な人形などが道脇に落ちていたりする。
そしてキメラ退治から数時間歩いた先に小さな祠が見えてきた。祠人里離れていると言う割にはさほど汚れておらず、キメラが現れる前は綺麗に掃除がされていたのだろう。
祠の中に入ると、所狭しと置かれた品々の数に能力者達は驚きで目を丸くする。
「‥‥此処には沢山の‥‥死者の形見が納められているのですね‥‥」
アリエイルが品々を見ながらポツリと呟く。
「これでよしっと〜。どうぞ安らかに〜」
八尾師がぬいぐるみを祠内部に納めるとアリエイルは目を閉じて祈り始める。
「若き魂と‥‥此処へ奉納された品々の持ち主達に静かなる安息が続きますように‥‥」
アリエイルの呟きが終わると智久が特注のヴァイオリン『Janus』を取り出す。此処にぬいぐるみを納める事に成功したら鎮魂歌代わりの子守唄を歌うことをケイは予め能力者達に伝えていた。智久はその演奏の為にヴァイオリンを取り出したのだ。
静かな音色が響き渡り、ケイが音色にあわせて歌い始める。
「ゆっくりとおやすみなさい‥‥」
智久は小さく呟きながら、ケイの歌声を引き立たせるように柔らかな音色を奏でる。
そして歌声や演奏を聴きながら緋月は少しだけ涙がこみ上げてくるのを感じた。幼くしてなくなった少女の事、両親の気持ち、これまで祠に納められてきた品々、それらを見て緋月は涙混じりに祈ることしか出来なかった。
「きっと、安らかに眠れるさ‥‥」
ユウは歌声を聴きながら小さく呟く。そしてぬいぐるみの持ち主が安らかに眠れるよう、次は幸せな未来が送れるように祈らずにはいられない。
「きっと、きっと次生まれてくる時は‥‥楽しい未来が待ってるよ」
八尾師は先ほど奉納したぬいぐるみに向けて小さく呟いた。
そして歌を終え、能力者達は町へと戻って無事にぬいぐるみを奉納したこと、キメラを退治したことを町の住人達に知らせる。
他の住人達は相変わらずよそよそしかったけれど、ぬいぐるみを渡してきた夫婦だけは「心から感謝します、ありがとうございました」と出発前とは明らかに態度を変えて能力者達に感謝の言葉を述べてきた。
その後、能力者達は報告の為に本部へと帰還していった。
帰還する高速艇の中、円と環だけは覚醒後の自己嫌悪に陥って少しテンションが低かったのだとか‥‥。
END