●オープニング本文

彼女はそこにいる。

だけど『彼女』ではない。

※※※

「おはようございます」

にっこりと天使の微笑みで男性能力者に挨拶をするのはもやし魔王ことキルメリア・シュプール（gz0278）だった。

挨拶をされた男性能力者は「また母親でも近くにいるのか」と周りを見渡すけれど、キリーの母親であるリリシアの姿は影も形もない。

「？」

「どうかしましたか？」

再びにっこりと笑顔で問いかけられて「あの、母親、いないよね？」と言葉を返す。

「えぇ、お母さんは朝早くからキメラ退治の任務に行きましたから」

「それなのに、そんな口調なの？」

「？　私はいつもこの口調だと思うんですけど‥‥」

いやいやいやいや、おかしいだろ――男性能力者は心の中で全力ツッコミを入れる。

母親の前でだけ猫を被る――というのがこのキリーであり、母親がいない時は悪の申し子となるのだから。

「あ、そろそろ一緒に任務に行く人と合流する時間ですので行きますね。お互い怪我などせずに頑張りましょう」

「は、はぁ‥‥」

いつもの罵声が来ない、それだけでちょっと寂しい気になるのはきっとこの男性能力者が『えむ』だからだろう。

※※※

ちなみに、このキリーの豹変には理由があった。

朝、母親を見送った後にキリーも家を出ようとしたのだがバナナの皮で足を滑らせてしまい、置いてあったツボに頭を強くぶつけてしまったのだ。

そして１時間ほど気を失っており、目が覚めたときには姿も性格も天使のような少女に生まれ変わっていた。

きっと『このままにしておいた方が平和じゃね？』と思うのは気のせいだろう。

そんな豹変ぶりを知らない能力者たちの元へキリーは向かっていったのだった。

●参加者一覧

●リプレイ本文

――　天使なもやし登場　――

　彼女――キルメリア・シュプール（gz0278）が合流した時、その場にいた能力者達は目を丸くしながら彼女を見ていた。
「こんにちは、今回は宜しくお願いします」
　丁寧に下げられる頭、罵倒のない口調――近くに母親がいるかと能力者達は頭を巡らせて見るけれどそれらしき人物はいない。
（「はわわ、キリーさんがすっごくおかしいのです。いつものキリーさんじゃないのです。初めてわんこ扱いされないですよ、凄く良い人そうなのです！」）
　土方伊織（ga4771）は心の中で言葉をまくし立てる。いつものキリーじゃないと落ち着かない辺り、彼もかなり『わんこ』が定着していると言っていいのだろうか。
（「色々と面白い事になりましたわね、別にこのままでも問題なさそうですわ――何より面白そうですもの」）
　ソフィリア・エクセル（gb4220）はにっこりと顔には笑顔を張り付かせたままで心の中で呟く。流石は腹黒だと拍手喝采で言いたい気分である。
「キ、キリーさん！　熱でもあるの！？」
　冴木美雲（gb5758）はキリーの額に手を当てて熱があるかどうかを確認するが至って平熱であり「大丈夫です、ご心配ありがとうございます」とキリーはにっこりと笑って言葉を返す。
「別人、ではないですよね‥‥久々に会ったから俺の記憶が間違っているのかな‥‥」
　諌山詠（gb7651）が呟くと「いいえ、キリーさんはあんなに良い人ではありません！」と諌山だけに聞こえるくらいの声で言葉を返した。
「‥‥今日は‥‥何か良くない事が起こりそうです‥‥」
　がくがくと震えながら冴木は呟き、諌山はそれを見て苦笑するしかなかった。
「キリーちゃん、会いたかったよ〜」
　やや遅れて合流したフロスヒルデ（gc0528）はキリーに抱きつき、頬ずりすると「私も会いたかったです」と言葉を返してきた。そんな様子を見て彼女が持っているなっちゃん人形は「何？　その変わりようは‥‥調子狂うわね」と呟いていた。
「‥‥？　何で皆そんなに驚いているんだ？」
　普段のキリーを知らないジュッチ（gc0888）は驚く能力者とキリーとを交互に見比べながら呟いた。
「やっほ〜、今回も宜しくね、キリー」
　神咲　刹那（gb5472）はキリーの後ろから抱き着いて、頬にキスをしながら現れる。
「‥‥！　止めてください！　嫁入り前の女の子にそういう事するのはいけません！　ふしだらな人ですねっ！」
　いつもなら暴力という名の反撃が来るのだが、今回は別な意味で落ち込みそうな反撃が来て「‥‥あれ？　キリー、どっか具合悪かったりしない？」と神咲は問いかける。
「全然具合なんて悪くありません！」
　神咲を突き飛ばした後、ぷいっと横を向くキリーを見て「いや、どこも悪くないなら問題ないんだけどさ‥‥」と首を捻りながら神咲は言葉を返した。
「にゅはははは、大人っぽくなったボク登場にゃー！　大人っぽく遅刻してみたにゃ！　だがこれでお姉ちゃんにも勝てるっ！」
　白虎（ga9191）は少し大人びた姿で現れ、キリーに「勝負にゃ」と言葉を投げかけるのだが‥‥。
「争いはいけないと思います、私達能力者は力を合わせてキメラやバグアと戦わなくてはいけないんですよ？　同じ能力者同士で争ってどうするんですか？　白虎君」
「何じゃこりゃー！！」
　何故か争いをいつも起こしている人物から「争いはいけない」と諭される不条理、そしてキリーの予想もしていない言葉に総帥思わずパニックである。
　そしてその他の能力者達から「どうやら、冗談ではなくて本当に素みたいですよ？」と教えられ「い、いつものお姉ちゃんがいいにゃ‥‥」と『えむな人』発言をする。キリーに虐げられるあまり、総帥の中には『えむ』という存在が出てしまったのであろうか。
　とりあえず、本部でこのまま屯しているわけにもいかず、能力者達は変わってしまったキリーの事を考えながら任務へと出発していったのだった。


――　青い海、白い雲、そしてイカ　――

「その荷物はなんですー？」
　神咲やフロスヒルデ、ソフィリアの持っている荷物を見ながら土方が問いかけると「キメラを食べる為の荷物ですわよ」とソフィリアが言葉を返してくる。
「き、キメラって食べれるのです？」
　この先の任務、成功しても成功しなくても嫌な予感しかしない事に土方は少しだけ帰りたくなった。
「それにしても、キリーの変わりようは‥‥」
　苦笑しながら神咲が呟くと、他の能力者たちも首を縦に振って応える。
「皆様結構失礼ですわね‥‥もやしさんは普段とそんなに変わってないですわよ？」
　ソフィリアは言葉を返すが、笑いを堪えながら言われた言葉に信用性は全くなかった。
「海辺、ですからこの辺ですよね。キメラキメラ――‥‥あれでしょうか」
　冴木が指差したのは少し遠くで海を見つめて遠い目（そんな雰囲気）をしているイカキメラ。幾ら何でももうちょっと隠れたりしろよ、とツッコミを入れたくなるくらいに堂々とした場所で遠い目（そんな雰囲気）をしていた。
　能力者達はキメラを倒すべく班を分けて戦闘を行う事にしていた。
　Ａ班・土方、白虎、キリー。
　Ｂ班・ソフィリア、神咲。
　Ｃ班・冴木、諌山。
　Ｄ班・フロスヒルデ、ジュッチ。

　海辺と言うことで足場がそれなりに悪く、能力者達は僅かばかりの不利を感じていた。
「はわ、足場が悪いので転ばないように気をつけるのです」
　土方は呟き、スキルを使用しながらキメラへと攻撃を仕掛けた。攻撃されるまで能力者達に気づかなかったキメラは土方の攻撃をマトモに受ける羽目になり、苦しそうな呻き声をあげた。
「その邪魔な足、貰うにゃ！」
　白虎は機械剣αの二刀流でキメラへと攻撃を仕掛け、足をボトリと斬り落とす。
「きゃあっ！」
　土方と白虎に強化をしようとしていたキリーは伸びてきたキメラの足に捕まってしまい、身動きが取れなくなってしまう。
「はわ、き、キリーさんが‥‥！」
　土方はおろおろとしながらもキリーを助けるべくキメラの足を狙って攻撃をし、キリーを捕まえていた足を斬り落とす。
「この姿ならお姫様抱っこも余裕だにゃ、多分！」
　そう言いながら白虎はキリーが地面に落ちる前にスキルを使用してお姫様抱っこをして助ける。
「あらあら、イカステー‥‥じゃなくてキメラの癖にそんな事しちゃダメですわよ」
　ソフィリアは洋弓メルクリウスを構え、キメラの目を狙い撃ちながら呟く。
「これが本当の大王イカってね。まぁ、悪趣味なことだね‥‥」
　神咲も苦笑しながら彼愛用の武器、氷柱折で攻撃を仕掛ける。
「うふふ、これだけあれば沢山のイカステーキが出来ますわ♪　腕が鳴りますわぁ」
「‥‥ソフィリアさん、本気でこれ食べる気？　‥‥ぼ、僕は遠慮するけどね‥‥」
　楽しげに料理計画を語るソフィリアを横に神咲は「絶対に食べないから」と言葉を付け足したのだった。
「さぁ！　残ったその足、全てぶった斬って差し上げます！」
　新しい武器、乙女桜を手に冴木が意気込んで攻撃を仕掛けるのだけれど‥‥「あぅっ！」と石に躓いてしまい、その隙を見逃さなかったキメラによって捕まえられてしまう。
「はわわわわ」
　その際、キリーも巻き込まれて捕まる――はずだったのだけれど土方がキリーを庇い、土方がキメラに捕まってしまったのだ。
「‥‥ミクモさんが絡むと、何でか捕まっちゃうんだよね‥‥とりあえず斬り飛ばすから誰か受け止めてあげてね」
　神咲は呟き、スキルを使用しながら攻撃を仕掛ける、それと同時に諌山も攻撃を仕掛けており、２人の攻撃を受けたキメラの足は簡単に落ちた。
「大丈夫ですか？」
　諌山が冴木を抱きとめながら問いかけると「は、はい、大丈夫です」と言葉を返した。
「はわわ、何で僕だけほったらかしです？！」
　ぼちゃん、と海に落ち、びしょ濡れになりながら土方が抗議するが他の能力者達は戦闘に戻っており、言葉を返すものはいなかった。
「大丈夫？　後で着替えた方がいいと思うわ、もう少しで倒せると思うし頑張りましょ」
（「はわ――！　キリーさんが優しいです、怖いですぅ！」）
　土方は別な意味で恐怖を感じており、差し出されたハンカチを震える手で受け取ったのだった。
「個人的にはイカよりタコの方が、と」
　諌山はキメラの死角となる場所から攻撃を仕掛け、正面から戦う能力者達の援護を行っていた。
「全力全開‥‥一撃必殺！　じゃなくて、美味しく斬らないとね♪」
　フロスヒルデがスキルを使用しながら攻撃を仕掛ける。反対側からは同じタイミングでジュッチが攻撃を仕掛けていた。
「ゴラァ〜！　イカの分際で前に立つなよな、出てくるのは食卓だけにしろ！」
　ジュッチの言葉を聞いて「何で食べる事に皆ノリノリなのよ！」となっちゃんのツッコミが入るが、勿論それに言葉を返す者はいない、フロスヒルデを含めて。
　ちなみにジュッチは先ほどキリーと冴木が捕まった時に攻撃を仕掛け、足を斬り落とそうという作戦を立てていたのだが、キリーの時には土方が、冴木の時には神咲と諌山が素早く動いた為に作戦が成功する事はなかった。
　既に足のほとんどが斬り落とされ、攻撃範囲も狭まってきた所で能力者達は一斉に攻撃を仕掛けてキメラを無事に退治する事が出来たのだった。


――　レッツ☆イカパーティー　――

「はい、伊織くん。これ濡れた時の為に本部から借りてきたんだ」
　そう言って神咲が服の換えを土方へと差し出す、しかしそこに入っていたのは‥‥オペレーター服（女用）であった。
「‥‥言っとくけど僕の趣味じゃないからね」
　一応フォローを入れて、ふるふると震える土方の前から去った。
　そこには、イカを料理する者、キリーを元に戻そうと企む者が混じっている。
「こーいうときって印象に残ってることをすれば元にもどるーとか聞いたことあるです、バナナの皮‥‥はわ、僕は何も見てないですけど、試して見ます？」
　うん、と１人呟き、バナナの皮を仕掛け、キリーが転ぶのを見届ける。見てないと言っているが『見届ける』という辺り、確り見ていると思うのはきっと気のせいである。
「‥‥あなたも、ふしだらな人だったんですね‥‥ぱんつ見たい為にこんな物を仕掛けるなんて‥‥酷いです！」
　何故かふしだらな人認定されてしまい、土方は今までで一番のショックを受けた。ちなみに土方がバナナの皮を仕掛けている所をキリーが偶然見てしまい、わざとという事が判明していた。
「こ、これ‥‥本当に食べられるんですか‥‥？」
　キメラを料理しながら冴木が呟き「大丈夫ですわよ」とソフィリアから言葉を返され、こうなれば自棄だとイカ刺しを作り始める。
「私は持って来た調理セットでゲソ天作るねー♪　素焼きでもいいなぁ♪」
　フロスヒルデは結局ゲソ天と素焼きを作る事にして「お腹壊しても知らないわよ」というなっちゃんの言葉に「大丈夫大丈夫」と言葉を返して調理を続けた。
「何か手伝うことありますか？」
　ジュッチがフロスヒルデに問いかけると「あ、じゃあこっちのイカを切ってくれるー？」と言葉が返ってきて、ジュッチもイカを切り始める。
　キメラ退治から数時間が経過した頃、全ての料理が作り終わっており、能力者達は打ち上げ会のようなものをする事にした。
「ねぇ、キリーを元に戻す為にショック療法とかどうかなー？　手伝うよー？」
　にっこりと爽やかな笑顔で呟く神咲に「断固反対にゃ！」と白虎は方法も聞かないうちから反対の言葉を投げかけた。
「はい、詠さん♪　あ〜ん‥‥あ、キリーさん、白虎さんも「あ〜ん」して欲しそうにしてるよ？」
　諌山に食べさせようとしている時に冴木が呟き「桃色の破壊者である、この僕に何を！！」と慌てて白虎が言葉を返す。
「ふふ、はい、あ〜ん♪」
　キリーがゲソ天を食べさせようと差し出すのだが『しっと団総帥』の看板がそれを素直に受け入れさせない。
「白虎さん、もやしさんにここまでさせといて食べないんですか？」
　ソフィリアの言葉に「う」と白虎は言葉を詰まらせ「そうですよ、食べちゃえばいいのに」というジュッチの言葉に更に「う」と言葉を詰まらせる。
「‥‥食べないの？」
　トドメはキリーの首傾げ（天使バージョン）が来て「うおおおお！」と叫びながら白虎は勢いよく食べた。食べた、食べたのである。
「ふ、普通に食べればよかったんじゃ‥‥」
　ジュッチの言葉は尤もである。
「これで白虎さんも立派な粛清対象ですね♪」
　そう呟く彼女の笑顔はまさに邪悪でした（土方談）。
「ポッキーならぬイカゲソゲームをしましょう」
　冴木の言葉に「や、俺は一向に構わないですが、気を抜くとその先まで頂いちゃいますよ？」と諌山が言葉を返し、冴木は顔を真っ赤にした。
「な、なんてふしだらな‥‥っ！　嫁入り前の男女がそんなことをしちゃいけないと思います‥‥！」
　イカゲソゲームを始め、ゲームだけで終わらずに『ちゅう』をした２人に向かってキリーは顔を真っ赤にしながら抗議する。
「ウムム‥‥キリーちゃんもどう？」
　イカゲソを差し出しながら笑うフロスヒルデに「そんな事はしませんっ」と勢いよく言葉を返すのだが「う〜ん、元にもどってほしいなぁ‥‥何か物足りない」とフロスヒルデは呟き、名案を考えた、と言葉を付け足す。
　恐らくキリーと面識がある能力者達ならば「こんなのキリーじゃない！」と思う事だろう。
「眠れるお姫様には王子様のキスで起きてもらわないと！　頑張れ男の子！」
　そう言ってフロスヒルデは後ろから忍び寄ってキリーに当身を食らわし、気絶させてしまう。ちなみに眠れるお姫様と言っているのだが気絶させたのは彼女自身である事は突っ込んではいけない。
「ほら、白虎くん。出番だよ」
「ででで、できるかー！」
　神咲に背中を押されるのだが、白虎は「そんなので元にもどるかー！」と叫んで拒否する。
「そもそもそこの２人がチューなんかするからこんな事になったのにゃ！　こうなったら‥‥粛清にゃ！」
　巨大ハリセンを取り出して冴木と諌山を粛清しようと考える白虎だが、忘れてはいけない。先ほどの「あーん」事件を。彼も粛清対象になりつつあるあの事件を。

　結局、今回はキリーを元に戻すことは適わず、目覚めたキリーが泣きじゃくったせいでフロスヒルデがひたすら謝り続けるという姿が高速艇の中で見受けられた。
「そんなに酷いんですか？　彼女」
　ジュッチが土方に問いかけると「あの人は魔王様なのですよ、考えただけでもおそろしーのですよ‥‥」とがくがくと震えながら言葉を返してきた。
　ちなみにキリーの母親は長期任務で暫くキリーと会う事はない。母親が帰ってくるまでに彼女を元に戻すことが出来るのだろうか‥‥？


ＥＮＤ