●リプレイ本文
―― 山へと向かう能力者達 ――
「この状況、お世辞にも良いとは言えませんね‥‥」
蓮角(
ga9810)が高速艇から降り、空を見上げながら呟く。空からは打ちつけるような強く激しい雨が地面を叩きつけている。夜、しかも更に視界を悪くさせる土砂降りでは蓮角でなくとも不安になるのは無理ないだろう。
「‥‥眠っていなさい、夜も遅いし――今日は私1人で大丈夫だから」
白雪(
gb2228)の姉人格である真白が白雪に話しかける。その言葉に白雪は「ありがとう」と言葉を返しながらも少しだけ疑問に思っていた。
(「今回だけは白雪に任せる事は出来ない、似たような境遇で婚約者を失った白雪にだけは‥‥」)
ざぁざぁと降り続ける雨の中「嫌な音‥‥耳を刺すような音をさせるのだもの」と苛立ちを少し見せた表情で呟いた。
「雨か、早く助けねぇとな‥‥」
相賀翡翠(
gb6789)が呟くと「ったく、善は急げってやつか‥‥」と御門 砕斗(
gb1876)が独り言のようにポツリと言葉を漏らした。
「‥‥最近、山に来ては人命救助ばかりですね‥‥敵の行動する範囲が広がっているのでしょうか‥‥」
結城 有珠(
gb7842)が少し悲しそうな表情を見せて呟き「それに、冷たい雨‥‥」と山の中に残っている人物を心配するように言葉を付け足した。
「こういう雰囲気って好きじゃないな。なんていうか‥‥死の匂い、みたいなのがはっきり伝わって来る感じでさ‥‥」
夜刀(
gb9204)が山全体を覆う異様な空気を感じながら呟く。キメラがいると分かっているからそう感じるのかは分からないけれど、夜刀は胸騒ぎがしてならなかった。
そして今回、能力者達は別な意味でも山に残っている男性の心配をしていた。
それは‥‥既にキメラによる死者が出ているとオペレーターから聞かされていたからだ、それも男性の恋人である女性が。
「あまりにもやるせないわね‥‥これから幸せな生活が始まるはずだったのに‥‥」
美沙・レイン(
gb9833)が髪をかきあげながら呟く。
そして、能力者達の『心配』とは生き残った男性が早まった真似をしていないか、もしくはこれからしないかという事だった。恐らくは目の前で恋人を殺されたのだろうから、今の彼に冷静さは求められないはずだから。
「とにかく、今回の最優先事項は男性の保護ですね。視界や足場も悪い事からいつも以上に気をつけなくてはいけませんが‥‥最善を尽くしましょう」
シン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)が呟き、能力者達は高速艇から離れて山の中へと足を踏み入れていったのだった。
―― 響くは雨の音 ――
今回の能力者達は迅速に任務を遂行すべく、4人ずつの2班に分かれて行動する作戦をたてていた。山の中という事から一緒に行動して男性を探すより、分かれて探した方が効率が良いからだろう。
それに、山の中にはキメラが潜んでいる。一刻を争う状況なのだから。
A班・シン、真白、結城、夜刀。
B班・御門、相賀、美沙、蓮角。
「それじゃ、何かあったらお互いで連絡を取り合いましょ。気をつけてね」
真白がB班の能力者達に言葉を投げかけると「其方も。それじゃ急ぎましょう」と蓮角が言葉を返し、2班による捜索が行われ始めたのだった。
※A班※
「ずっと雨が降り続いているみたいですね、ぬかるみが酷いです」
シンが足元を見ながら呟く。気を抜けばすぐに足を取られてしまいそうなほどに地面はぬかるんでおり、このような状況で戦闘を行わねばならないという事態にもシンは頭を抱えたくなっていた。
「何で、こんなに人の幸せが奪われていかなくちゃいけないのかしら‥‥何でバグアやキメラは簡単に幸せを奪えるのかしら‥‥」
真白は耳に響く雨の音を聞きながら呟く。だけどその呟きはあまりにも小さく儚い声だった為に他の能力者達の耳に届く事はなかった。
「‥‥やっぱり、暗いですね‥‥」
結城は雨でランタンが濡れないように気をつけながら足元を照らす。
「そうだね、捜索に気を取られて自分が怪我しました、じゃ洒落にならないからいつもより気をつけなくちゃ‥‥あれ」
夜刀が呟き、立ち止まる。
「どうかしましたか?」
シンが振り返りながら問うと「いや、この辺でなんか光ったような‥‥」と夜刀が地面を照らす。
「‥‥これは、指輪、でしょうか」
夜刀が地面を照らした瞬間、確かに何かがきらりと反射するように光り、結城がそれを拾い上げる。
「‥‥恐らく、此方から雨で流されたか何かだったんでしょうね」
シンが少し先で立ち止まりながら呟く。
「何かあっ――‥‥」
真白がシンの後ろから覗き込むように呟き、言葉を失う。
そこには、色々な荷物が散らばっていた。恐らく、A班のいるこの場所こそが襲われた現場なのだろう。
「雨によって血は流されたのでしょうかね‥‥」
血痕の代わりに水溜りのようなものが出来ており、雨が降っていなければこの場所には大量の血痕が残されていた事だろう。
「あそこに少し休めるような洞窟があるけれど‥‥」
シンは呟きながら、洞窟から視線を外す。荷物の幾つかは洞窟に向かってではなく、洞窟から逸れた道の方へと落ちているのを見つけたのだ。
「おそらく、居るとしたらこっちでしょう」
シンは呟きながら足を進め、他の3人の能力者達も近くに異変がないかを調べながら進んでいく。
それから少し歩いた場所に大きな岩があり、その岩にもたれるように女性の遺体を抱えて俯く男性の姿があった。
「‥‥あの、此処でキメラに襲われて‥‥能力者に助けを求めた人、ですよね‥‥?」
結城が問いかけると「‥‥能力者か」と男性は顔を上げる事なくポツリと言葉を返した。
「此方A班、捜索対象の男性を発見しました」
シンはトランシーバーでB班に連絡を入れた後、所持していた軍用歩兵外套を男性に着せる。
「‥‥俺の事は放っておいてくれ、もう‥‥どうでもいいんだ」
男性は抱えている女性の遺体を強く抱きしめて「俺には生きていく自信がない」と言葉を付け足した。
「‥‥まずは止血から‥‥少し痛いですよ‥‥」
だが結城は男性の腕や足、腹から流れる血を止めようとしゃがみ込んで治療を始める。
「聞こえなかったのか、俺はもう‥‥「このまま見過ごすなんて、出来ません」」
男性の言葉を遮り、結城が言葉を返した。
「大切な人を護れなかった悔しさ‥‥分かるよ――でも、それで終わりにしちゃいけない」
夜刀が呟いた時だった、トランシーバーから「キメラを発見した、なるべく早めに合流してくれ」とA班からの通信が入ってきたのだ。
「とりあえず、他の能力者と合流したいので行きましょう。ここでこのまま貴方や彼女を置いていくわけには行きませんから」
夜刀は呟き、男性を支えながら言葉を投げかける。
「そうね、急ぎましょう――‥‥」
真白は何か思う所があるのか男性をチラリと見た後、足元に気をつけながらB班がいる場所を目指したのだった。
※B班※
少し時を遡り、まだキメラを発見できていない頃――‥‥。
「本当は亡くなった女性の為に棺を用意しておきたかったんだけど‥‥本部に申請してみたけど、ちょっと無理だったみたいだ」
蓮角はため息混じりに呟く。病院への手配はしてもらえるみたいだが、棺の用意とまでは行かなかったらしい。
「まぁ、俺たちに出来ることを頑張ればいいんじゃないか――それにしても視界が悪いな」
御門は蓮角に言葉を返したあと、バイク形態にしていたAU−KVのヘッドランプで前方を照らす。
「視界もだが、足場も悪いし、山だから地すべりにも気をつけないとな‥‥今回は結構心配する事が多くて厄介だな」
相賀はため息混じりに呟くと「でも絶対に助けるのだから‥‥私達が諦めるわけにはいかないわ」と美沙が言葉を返す。
「ま、確かにそうだな。キメラもいるんだし、気は抜けねぇ」
相賀は言葉を返して男性の捜索を続行する、雨が激しく降っている為、足跡なども消えており手がかりとなるものは何一つない。
その時、A班から「此方A班、捜索対象の男性を発見しました」と通信が入った。
「良かった、生き‥‥」
美沙がそう呟きかけた時、トランシーバーから男性と能力者達のやり取りが聞こえてくる。能力者達が心配したとおり、男性自体は生きる気力を失いつつあった。
「そうね‥‥女性が亡くなってるんだもの‥‥素直に『良かった』なんて言えないわよね‥‥」
美沙は顔を俯かせながら呟く。
「俺は命がある限りは助ける、どう迷おうとそこにある限りな」
相賀が美沙に言葉を返す。
「そうですね、生きている人を見殺しになんて――絶対に出来ません」
蓮角が拳を強く握り締めながら呟く。
「‥‥全く、めんどくせぇな」
御門は舌打ちと一緒に呟く。
だが、幼い頃に家族を目の前で失い、能力者となる前は激しい虚無感と無気力症に苛まれていた過去を御門は持ち、男性がその頃の自分と被っていると思えた。
「後ろだ!」
突然、蓮角の叫びに能力者達は後ろを勢いよく振り返る。すると既に攻撃態勢に入って、嫌な笑みを浮かべたキメラの姿がそこにはあった。
「雨のせいで羽ばたきの音に気づかなかったわ‥‥」
美沙が長弓を構えて攻撃をしようとするのだが、既に攻撃態勢に入っていたキメラの方が早く、能力者達は先に攻撃を受けてしまう。
そんな中、A班にキメラを見つけた事を知らせ、それぞれ武器を手に持ってキメラとの戦闘を開始したのだった。
―― 戦闘開始 ――
B班が戦闘を開始して十数分が経過した頃にA班が到着し、それぞれキメラ退治を開始する。
最初に行動を起こしたのは蓮角だった。彼はわざと前へと出る。上空を飛ぶキメラが下へと降りてくるように――と考えての事だった。
「まずは下に来てもらうぞ、キメラが人を見下してんじゃないよ」
御門はバイク形態からアーマー形態へとAU−KVを変化させ、装着して愛用の居合刀を持つ。
そして僅かに降りてきた所でスキルを使用して身を潜めていたシンがエネルギーガンでキメラの翼を狙い撃つ。
その攻撃に合わせるように相賀もスキルを使用しながら拳銃 バラキエルでキメラの翼を狙う。
「人の幸せを奪う貴方に生きる権利はないわ――ここで大人しく果てなさい」
美沙は呟きながらスキルを使用して長弓でキメラを射抜く。翼を狙い撃ちにされたせいでバランスを崩したのだろう、キメラはがくりと降下を始める。
「もう飛ばなくていい! 堕ちてろ!」
再び飛ぼうとした所を蓮角がスキルを使用しながら攻撃を仕掛けて飛ぶ事を阻止する。御門もキメラに攻撃を仕掛ける。
「面倒なんだよ‥‥感情的になるのも。それなのに‥‥お前は‥‥」
御門は居合刀を強く握り、振り下ろす。
そして他の能力者達が戦闘をしている頃、結城は男性の応急手当をしていた。
「‥‥強化を‥‥頑張ってくださいね‥‥」
手当てが終わった後、結城はスキルを使用して能力者達の武器を強化し、キメラの防御力を低下させた。
「がぁぁぁ!」
キメラは夜刀に向かって攻撃を仕掛けたが壱式で攻撃を受け止め、反撃を仕掛ける。
「がっつく女って嫌いなんだよねー‥‥考え無しの怪物なら尚更なっ!」
夜刀はスキルを使用しながら攻撃を仕掛ける、彼の攻撃はキメラの腕を深く斬り、雨の中でも響くような大きな悲鳴をキメラはあげた。
そして逃げようと無理に翼を動かして飛ぼうとするキメラを見て、御門がスキルを使用しながら跳躍し、そのままキメラを地面へと叩き落した。
「行くわよ」
真白が呟き、シンが首を縦に振る。
「滅びの円舞曲に合わせて踊れ」
シンが冷たく言葉を投げかけ、自身で編み出した必殺技を繰り出す。
「貴方が彼女を殺したのよね‥‥本当に‥‥何度も悪戯に人を殺めて‥‥‥‥虫唾が走る!」
真白もシンの攻撃に合わせて攻撃を仕掛け、キメラは下品な悲鳴と共に沈み、そのまま動く事はなかった。
―― これから彼が生きる為には ――
「何で、何で助けに来たんだ‥‥俺は死にたかったのに‥‥」
女性の遺体を抱きしめながら「俺1人で残されるなんて、冗談じゃないよ‥‥」と泣きながら言葉を付け足す。
「生きる意味がないとか死にたいとか、そう思うのならば死んだ気で必死に生き抜いて見てくださいよ‥‥きっと見えてくるものがあるから‥‥」
蓮角が男性に言葉を投げかけると、御門が男性の首根っこを掴む。
「悪いな、こっちはあんたを助けるのが仕事だ‥‥それに死んだら終わりだが、生きていれば出来る事もあるだろう」
御門が呟くが男性は言葉を返す事はしない。そんな男性を見てシンは「自分で答えを探すしかない」と短く呟いた。
「俺は護ってあげたかった、なのに俺は護られたんだ、こんな弱い男の為に彼女が死んだんだ‥‥俺には生きる価値なんてないのに」
「そう‥‥なら死になさい。望むのなら介錯してあげるわ――でも覚えておきなさい、この娘はあんたのような随分とつまらない男の為に未来を投げ捨てたのよ」
真白の言葉に男性は抱えている女性を見る。そして女性の頬に雨なのか男性の涙なのか分からない雫が落ちていく。
「悔しいなら強くなりなさい。少しでも強く、何よりも先へ、この娘が未来の全てを投げ打った価値のある男だと証明なさい‥‥自分の過ちは‥‥全てをかけて償う必要があるのよ」
真白はそれだけ言葉を残すと男性から視線を逸らした。
「俺は、まだ家族も大切な相手も失った事がねぇ‥‥だけど、あんたが逝って‥‥その子は笑って迎えてくれるもんか?」
もし逆だったらあんたは笑えるか? 相賀は言葉を付け足しながら男性へと言葉を投げかける。
「‥‥きっと、怒る」
ポツリと呟く男性に「だろうな」と相賀は言葉を返す。
「自分で死を願う、そんな最後を選んで欲しくて、傍にいるわけじゃない‥‥俺が残ったとしても‥‥投げ出せない。望まねぇって‥‥分かってるから」
相賀は恋人とのペアペンダントにそっと触れながら呟く。
「これまで起こった事は変えられません‥‥何が出来たか、ではなく何が出来るか‥‥それを考えた方がいいと思います」
結城の言葉に「そう、彼女が残したもの、今のアンタには背負う権利がある」と夜刀が男性に言葉を投げかける。
「‥‥それに耐えられるかどうかは、アンタ次第だけどな」
夜刀の言葉、そして能力者から投げられた言葉に男性は声を大きくして泣き始める。
「ほら、早く帰りましょう‥‥彼女もこんな冷たい雨の中ではなく暖かい場所に運んであげないと‥‥」
美沙は男性に話しかけるけれど、素直には喜べない気持ちがあった。能力者達の仕事は成功を収めたけれど、男性の恋人が亡くなったという事実は変わらないのだから。
たとえ変えようのない事実だったとしても。
そして高速艇に乗る前、真白は空を見上げて「私も‥‥いつまでも貴方の為に戦うから」と小さな言葉を残して、帰還していったのだった。
END