●リプレイ本文
―― 最後の希望を失いかけている子供達 ――
「能力者を信じない子供達か‥‥」
麻宮 光(
ga9696)は資料を見ながら小さなため息と共に呟いた。今から向かう老夫婦の元には3人の子供がおり、その3人が親を失った時助けてくれなかった能力者に対して不信感を抱いている――資料には付け足されるように殴り書きがしてあった。
「大事な者が守れなかった時の辛さはよく分かる。だけど自分の大事な者を守る為だったら手段は問わないな」
俺だったら、と麻宮は言葉を付け足す。勿論彼は相手がまだ子供だからそういう考えが出来ないという事は理解している。
「急ごう、急がなきゃ‥‥あたしまで、あたし達まで同じになっちゃう」
雪代 蛍(
gb3625)は焦る気持ちを押し殺しながら呟く。もし、万が一にも老夫婦を助ける事が出来なかったら、自分達へきっと冷たい目が向けられる。雪代はそれが我慢できなかったのだ。
「そうだな、ここは守りきらねぇと、大人の立つ瀬がなくなっちまうぜ!」
がっちりとした拳を強く握り締めるのは館山 西土朗(
gb8573)だった。向かう地できっと震えているであろう子供達は館山と境遇が似ており、放っておく事など出来ない。
もっとも『仲間を死なせず、自分も死なず』というモットーを掲げている彼だから老夫婦や子供達が危険な目にあっていればきっと自分の身すら省みずに助けるのだろう。
「これが本部から受け取った地図で、赤い線が屋敷への最短ルートです」
柳凪 蓮夢(
gb8883)はばさりと大きな地図を取り出して、高速艇が着陸するであろう場所から屋敷への最短ルートを割り出していた。
「キメラが屋敷の中だけ、もしくは複数という可能性もありますから警戒をしながら行かなくちゃいけませんね」
星月 歩(
gb9056)は資料を見ながら呟く。確かに資料には『複数』という言葉はないけれど『1匹』という言葉もない。
つまり複数いると考えて行動しなければ、万が一の時に対処が出来ない。1匹しかいないならそれはそれでよし、もし複数いるとしても対処を考えていれば冷静に行動が出来る。能力者達はそう考えたのだろう。
「さて、俺たちも急ごう」
相賀翡翠(
gb6789)が呟く。こうしている間にも老夫婦、そして子供達は危険に曝されているのだから。
「オーケイ、ぶっ潰しに行きましょうか」
八房 太郎丸(
gc0243)は軽く指の骨を鳴らしながら言葉を返し、能力者達は老夫婦、そして子供達を助けるべく高速艇へと乗り込んで現地へと出発していったのだった。
―― 老夫婦を、そして子供達を助けるために ――
今回の能力者達は迅速に任務を行う為に班を2つに分けて行動する事にしていた。
先行班・雪代、柳凪、館山、八房の四人。
後追い班・麻宮、相賀、星月の三人。
「此処から屋敷までは少し離れているんだね、急ごう‥‥」
雪代と柳凪はそれぞれのAU−KVに館山と八房を後ろに乗せて屋敷へと急いで向かう。
「先に行ってるから、地図の通りに来れば多少は回り道せずに済むと思う」
柳凪が地図を指しながら呟いた後、屋敷を目指して走り出したのだった。
※後追い班※
「俺たちも急ごう」
相賀が呟き、地図を見ながら屋敷を目指していく。
「此処からも屋敷が見えるって‥‥結構大きな屋敷なんだな」
麻宮が呟きながら少し遠くに見える屋敷を見る。確かに屋敷と言うよりは洋館に近いのかもしれない大きさだった。
「あそこまで大きいと、夜とかが怖いような気がします」
星月が呟く、確かに街からは少しだけ離れており、今回のように何かあっても気づかれにくいという不便さは存在する。
今回は老夫婦からの通報で来る事が出来たが、次もこうとは限らない。
「今、到着したみたいです」
星月がトランシーバーを見せながら相賀と麻宮に声を掛ける。トランシーバーの向こう側からは慌しい物音が聞こえてきて、事態は想像以上に危ない事を知った。
「急ごう」
麻宮が呟き、歩く速度を少し早める。勿論途中でキメラが潜んでいないか、そして退路を確認などの行動を怠る事はしない。
「屋敷の構造はどうなってる?」
相賀がトランシーバー越しに先行班に問いかけると「入って直ぐの廊下を右に行った突き当たりにキメラと老夫婦がいた」と言葉が返ってくる。
「敵の数は?」
「ちょっと待って‥‥! 敵は1体、とりあえずなるべく早く来て」
トランシーバーの向こうにいる雪代はそれだけ言葉を返すと通信を切った。
「急いだほうが‥‥良さそうですね」
通信を切る間際に人の呻く声が聞こえ、星月は唇を強く噛んで目を瞬かせる。
そして後追い班は先行班のいる屋敷へと急いで駆けていく。
※先行班※
「しっかりして!」
雪代はぐったりとする男性を見て少し大きな声で叫ぶ。
先行班が到着した時、その時は既に老夫婦は傷を負っており、男性の方はキメラの持つ刀で貫かれており、急を要する状況だ。
「‥‥こんな時に医者先生を連れてこれればよかったんだが‥‥」
館山は女性の方を抱きかかえながら眉根を寄せて呟く。女性の方も男性ほどではないけれど重傷の類に入る傷を負っていて、意識を失っている。
「少し取り込み中だ、大人しくしていてもらおう」
柳凪はスキルを使用してキメラとの距離を一気に詰め、攻撃を仕掛けながら呟いた。
「とりあえず、子供を――とも思うけど、そうはさせてくれそうにないわねぇ。やっぱり後から来る能力者と合流しなくちゃ厳しいわ」
八房は義手でキメラに攻撃をしながら忌々しそうに呟く。屋敷の中という事もあってか攻撃をしても致命傷をキメラに与える事が出来ないのだ。
「う‥‥わ、わしらはいい‥‥子供たちを‥‥子供達だけは‥‥」
男性が痛みに表情を歪めて雪代の手を強く掴む、それは雪代が痛いと思うほどに。
「子供達‥‥何処にいるの? 屋敷中は探したけど見つからなかった!」
雪代が今にも意識を失いそうな男性に問いかけると「‥‥となりの部屋、本棚の‥‥うし、ろ‥‥」とだけ言葉を残して意識を失った。
「!!」
一瞬だけひやりとしたけれど、意識を失っただけのようだ。勿論早急に手当てをしなければ最悪の事態を迎える事もありえる。
その時だった、玄関の方から物音が聞こえ、後追い班が屋敷の中へとやってきた。
「おい、大丈夫‥‥」
老夫婦の姿を見て相賀は少しだけ言葉を失う。その姿は相賀、そして他の能力者達が想像していた以上に傷が深いからだ。
「子供は隣の部屋の本棚、とか言ってたんだが‥‥それ以上は聞くことが出来なかった」
館山が呟くと「隣の部屋だと分かっているなら探すのも苦労はしないはずです‥‥」と星月が言葉を返す。
「それじゃ、こっちは外に出ておくよ‥‥このまま屋内じゃキリがない」
館山の言葉に「分かった」と麻宮が言葉を返し、老夫婦を連れた能力者達は外へと出る。すると能力者達を追ってキメラも外へと出て行った。
―― 子供の閉ざされた心 ――
「キメラが此方へと戻って来ないうちに子供達を捜してしまいましょう」
星月が呟き、男性が言った隣の部屋へと向かう。本棚なんてそんなにないだろう、そう思っていた能力者達だったが‥‥どうやらリビングの隣は書斎だったらしく部屋中が本棚で埋め尽くされていた。
「‥‥本棚って‥‥どれの事を言ってんだ?」
相賀が呟き、部屋の中の本棚を見渡す。
「とりあえず探すしかないだろうな‥‥」
「そうですね‥‥」
麻宮と星月が言葉を返してそのまま部屋の中の本棚を探し始めたのだった。
恐らく本棚に何か仕掛けでもあるのだろう、そう考えたのだが部屋も広いうえに本棚の数が尋常ではない。このままでは探す前に老夫婦達を守りながらキメラと戦う能力者達の方がもたなくなる、そう思ったときだった。
「‥‥これ」
麻宮が1つの本棚に僅かな隙間がある事に気づいて、本棚を横にズラすと地下へ通じる階段が現れた。奥からは「ばあちゃん、じいちゃん」と叫ぶ子供達の泣き声が聞こえた。
「とりあえず保護して安全な場所に‥‥でも此処も安全だから、此処に置いてキメラとの戦闘を終わらせてから来る方が良さそうな気もするが‥‥」
相賀の言葉に「そうですね、下手に外に連れ出してキメラから攻撃されても困りますし」と星月も言葉を返した。
「お前達‥‥誰だよ、能力者か‥‥」
一番年上の少年が能力者達を睨みながら叫ぶ。
「そうです、此処で大人しくしてい「帰れ! お前達なんてまた殺すに決まってる! 俺たちの父ちゃんも母ちゃんも守れなかった能力者なんかにじいちゃんたちが助けられるものか!」‥‥」
頑なに心を閉ざした少年達は睨むように能力者達を見る。それはきっと『親を守ってくれなかった』という想いから来るものなのだろう。
「やっぱり連れて行った方が良さそうだ、ここに置いといて勝手に行動されても困るし」
麻宮はそう呟くと少年をやや強引に抱え上げる。相賀と星月も残った少年と少女を抱える。
「放せよ! 能力者なんて嫌いだ! 大嫌いだ!」
少年が叫んだとき、玄関の方から大きな音が響き渡り、慌てて3人が駆けつけると老夫婦を守りながらという戦闘で苦戦を強いられている先行班の姿だった。
―― 戦闘開始・全員を助けるために ――
「ほら、子供達が来たよ。しっかりしなくちゃ!」
雪代が老夫婦に話しかけるとうっすらと瞳を開いて2人の所へと駆けて来る子供達を見ていた。
能力者達は5人をキメラから少し遠く離れた場所まで移動させ、そしてキメラと対峙する。これまで戦っていた先行班は分かっていたけれど、特に強いと感じられる部分をキメラに感じることは出来なかった。今までは老夫婦を守りながらという悪状況の中で戦闘をしていたために苦戦を強いられたが、今の状況ならば皆で力を合わせれば退治する事は恐らく簡単に出来るだろう。
先に攻撃を仕掛けたのは雪代だった、スキルを使用しながら彼女は攻撃を仕掛け、雪代を支援するかのように麻宮もスキルを使いながら攻撃をあわせていく。
「守ってくれなかった、か‥‥能力者になって覚えたのは戦い方と自らの守り方くらいだ‥‥自分を守ることすら、簡単なことじゃねぇ‥‥」
相賀は呟きながらスキルを使用して頭、腕、足を重点的に狙って撃つ。
「まさかこんな所で役にたつとはな‥‥」
館山は先ほど老夫婦を救急セットで応急処置していた事を思い出しながら呟く。少年時代に散々自分に対してやった応急処置を他人に行ったことに対して軽く感慨を覚えているのだろう。
「ささやかな幸せすら奪おうとしやがって‥‥許すことは到底できねぇな!」
館山は怒りに満ちた表情でキメラへと攻撃を仕掛ける、キメラはその攻撃を避けたのだが、既に柳凪が次の攻撃の準備をしており、彼の攻撃によって近くの木へと叩きつけられる。
「‥‥滅びな、ガキに手を出そうとした天罰って奴よ。どっごりゃあ!」
八房はスキルを使用しながらキメラへと攻撃を仕掛けた、立ち上がろうとしていた時に攻撃を受けたため、防御すらままならずにまともに攻撃を受けてしまう。
「人の幸せは奪おうとするのに、自分が危なくなったら逃げようってのか? そりゃ都合が良すぎるんじゃないか?」
逃げ腰になっているキメラに館山が攻撃を仕掛けながら呟く。もう既に瀕死の状態であり、麻宮と柳凪の攻撃によって完全に足の機能は失われ、あとは能力者達にトドメを刺されるのみだった。
―― 子供達の決意、能力者なんて‥‥ ――
キメラを退治した後、能力者達は老夫婦を町の病院へと運んでいた。あと少し遅かったら手遅れになっていただろうという医者の言葉を聞いて能力者達も、そして子供達もぞっとする何かを感じていた。
「能力者なんて嫌いだ‥‥前は守ってくれなかった」
少年がポツリと呟く。
「へぇー、嫌いなんだ‥‥その方が楽だもんね、人のせいにすればさ、でもそれで何が変わったの? 人に甘えているくせに」
雪代の言葉にカチンとしたのか「お前らなんかに何が分かるんだよ!」と少年は声を荒げて反論する。
「そのくせ護るとかバカじゃないの、どうせまた誰かのせいにするくせに」
雪代の言葉に「にいちゃ苛めるな!」と少女がぽかぽかと雪代を叩きながら叫ぶ。
「理解は出来るけど、その強がりのせいで何かを失ったらどうする? 今回だって‥‥危なかったのは分かるだろう? 自分で護る、大いに結構だ――俺みたいに後悔しないように、護れるだけの強さを手に入れるんだな」
麻宮はそれだけ言葉を残すと病室から出て行く。
「誰かを護る強さってのは、自分自身も護ってこそだ。残される者の痛みや鎖にならねぇように‥‥そのためなら何でも使ってやればいい。それが嫌いな能力者でもな、生き汚くたって生きてやれ、お前らを護ってきた家族の為にな」
相賀は少年の頭をぽんと軽く撫でながら言葉を続ける。
「精神的に強くなりな、それが身体の強さにも繋がるはずだ。誰かを護るためにはもっと強くならないといけねぇ‥‥俺もお前もな」
「まだキミ達には可能性が沢山ある、キミ達はキミ達の戦い方を探すといい」
相賀と柳凪は小さく笑みながら子供達の前から姿を消した。
「悔しかったら強くなれよ〜、弱いままでぎゃあぎゃあ言っても負け惜しみにしか聞こえないからな」
あはは、と笑いながら八房も病室から出て行った。
「‥‥たまには、能力者なんかも役に立つって‥‥覚えててやるよ」
少年の呟きは老夫婦にしか聞こえず、少しずつ悲しみの氷から溶けていく少年を見て少しだけ穏やかに微笑んだのだった。
「はぁ、あんなこと言うつもりじゃなかったのに‥‥」
高速艇の中、雪代は後悔のため息を吐いていた。がっくりとうな垂れるけれど「大丈夫だろう」と館山が話しかけてきた。
「きっと、何が言いたいのか伝わっているはずさ」
「‥‥‥‥ん」
「もし私が助けが必要な時に‥‥お兄ちゃんは助けに来てくれますか?」
その逆だった時は私も命を懸けてでも助けに行くけどね、星月は心の中で言葉を続けながら麻宮へと問いかけた。
「当たり前だろ」
さも当然と言わんばかりの言葉に星月は嬉しくなって「ありがとう」と言葉を返した。
「やっぱり家族がいるっていいね‥‥」
小さく星月は呟き、能力者達は報告の為に本部へと向かったのだった。
END