●リプレイ本文
―― 力を持つ者達 ――
「今回は宜しくお願いします」
ぺこり、と丁寧に頭を下げたのは今回一緒に同行する荻城・更紗というスナイパー。あまり顔色が良くなく『何か悩み事がある』というのは一目瞭然だった。
「ジングルベール♪ ジングルベール♪ てな訳でクリスマスが近づいてる訳だけど、お仕事はお構い無しにある訳で、その辺はどうなのよ」
はぁ、と大きなため息とともに九条・護(
gb2093)が呟き「このあがっていくテンションのままに突っ走っていけばいいかな?」と言葉を付け足したのだった。
「傭兵にはクリスマスも正月も関係ないからな、仕方ないだろうさ」
黒川丈一朗(
ga0776)が苦笑気味に九条へと言葉を返す。確かにバグアやキメラはクリスマスや正月だから大人しくなるわけではないから傭兵に休みがないのは仕方ないのかもしれない。
「今回は街の中にキメラが潜んでいるんですね」
狭霧 雷(
ga6900)が受け取った地図を見ながら小さく呟く。住人達は避難済みだと言う報告が来ているけれど避難し損なった住人が居るかもしれないので気を抜く事は出来ない。
「キメラの目撃場所はこの辺のようですね」
優(
ga8480)が地図に赤いペンで印を付けられた場所を指す。いくつも目撃情報があり、一定した場所ではなく街の至る所で目撃情報があるのか赤い印はいくつもつけられていた。
(「街中では周囲に被害が出る可能性があるので、広い場所で戦うように敵をおびき寄せたいですね」)
優は心の中で呟きながら地図を見て『戦闘が出来そうな広い場所』を探す。空き地が二ヶ所、公園が二ヶ所、広さとしては申し分ない場所が合計4つあるので失敗さえしなければ上手く戦う事は出来そうだった。
(「‥‥なるべく空き地の方におびき寄せたいですね」)
公園は子供達の憩いの場であり、壊れた姿を見せて子供達にがっくりとさせたくないという思いから優はなるべく空き地で戦闘をしたいと考えていた。
「キメラは少年――子供の姿をしているのね」
ふぅ、と小さなため息を吐きながらアンジェラ・ディック(
gb3967)が確認されたキメラの欄を見る。そこには少年(子供)と書かれており、あまり気分の良い相手ではなかった。
「‥‥クソッ、バグアの奴らこういう嫌らしい事よくやるよな」
まだ幼い娘を持つ父親としてはやはりキメラとは言え『子供』と戦う事に躊躇いがあるのだろうか、桂木穣治(
gb5595)が不機嫌そうな口調で呟いた。
(「少年型キメラか‥‥バグアと戦っている気がしなくて気乗りしないが仕方ないか。それが能力者だからな」)
キング(
gb1561)は自分に言い聞かせるように心の中で呟く。
「子供の姿をしていてもキメラはキメラ。惑わされないようにしなくちゃね」
アンジェラの言葉に「そうだな」と桂木が短く言葉を返して一つ大きな息を吐く。
「ともかく皆が無事に帰れるように治療優先で気を配るよ」
桂木の言葉に「楽さんだよーん、よろしくねーん」と軽い口調で楽(
gb8064)が能力者達に話しかける。
「ふむふむ、なるほどねーん」
能力者全員の特徴などを見てコンディションの把握をする。他の7名の能力者達は緊張や子供のキメラを作るバグアに対する怒りなどが伺えるけれど1人だけ――更紗だけはどれにも当てはまらない表情をしていた。
(「ま、思うところは色々あるさね」)
楽は心の中で呟き「それじゃ、出発しようかー」と他の能力者達に言葉を投げかけ、高速艇に乗り込んだのだった。
―― 人のいなくなった街 ――
今回は広範囲に渡ってキメラ出現が確認されており、そのせい――という訳ではないけれど能力者達は班を三つに分けて行動する事にしていた。
1班・黒川、アンジェラ、楽。
2班・九条、桂木、更紗。
3班・優、狭霧、キング。
「もしかしたら逃げ遅れた子供の可能性もあるから、FFの確認はしておいた方がいいだろうな」
黒川が呟くと「そうですね、キメラじゃなかった場合が失礼になりますけど‥‥この際、仕方ありません」と狭霧が言葉を返す。
「コールサイン『Dame Angel』――街中に潜むキメラを追い出し集中連携攻撃により殲滅。決して表の顔に惑わされないようにね」
アンジェラが呟き、それぞれの班は行動を開始したのだった。
※1班※
1班は黒川の所持車であるインデースに乗って移動をする事になっていた。
「とりあえず、この辺から探してみるか」
黒川が呟くと同時にインデースを停め、鍵をアンジェラに渡す。アンジェラと楽には高所から敵の移動監視と索敵、狙撃をしてもらう事になっており、移動をする時の為に車の鍵を渡す事にしたのだ。
「スピードに注意しろよ、やたらとカッ飛ぶぞ」
苦笑しながら呟く黒川に「気をつけるわ」とアンジェラは言葉を返した。
「楽さん的にはスピード全開ってのも楽しそうだけどねーん」
冗談口調で言う楽だったけれど「ま、キメラ退治が優先だもんねー」と言葉を付け足したのだった。
「さてと――楽さんは探査の眼を使うかなっと」
楽は呟きながらスキルを使用し、周りへの警戒を強める。
「誰もいそうにないわね、まぁ‥‥キメラが簡単に見つかるようにしてくれているとは思えないけど」
アンジェラは双眼鏡を覗きながらキメラがいないか、一般人が逃げ遅れていないかを確認するけれど視界に入る部分はシンとしており、何かがいる気配は感じられなかった。
「そっちはどんな様子だ?」
黒川が他の班にトランシーバーを使って連絡を行っているが、彼の表情を見る限り良い情報はなさそうだった。
「その顔見る限り、いい情報はないみたいだねーん」
「とりあえず探すの続けよう」
楽とアンジェラは呟き、街の中に潜むキメラを探す事を再開する。
※2班※
「そういえばクリスマス前だって言うのに更紗さんてば元気ないね?」
桂木、更紗とキメラ捜索を行いながら九条が更紗に問いかける。桂木も更紗の行動などには注意を払うようにしていた。更紗の様子がおかしいという事がそうさせたのだろう。
「別に、普通ですよ‥‥?」
更紗は少し引きつった笑みを浮かべながら言葉を返すが、そんな言葉は2人には通用しない。
「そんな顔で『普通です』って言って信じると思う? 吐け吐くのだ、さもなくば正しいバストアップマッサージを実行してその胸の成長を促すぞ」
悪戯っ子のような表情で九条が更紗に言葉を投げかける。しかしどちらにしてもマッサージをしようと企んでいる九条の心を桂木や更紗は知る由はない。
「考え事なんかされたまま戦闘をされても足手まといになるだけだぞ?」
桂木の言葉に更紗は俯き「この前‥‥キメラ退治をした後、ボクたち能力者を見て女の子が怖がったんです、怖いって、母親にしがみ付きながら」と更紗は泣きそうな声で呟く。
「ボク達は戦えない人にとって、バグアやキメラと変わりないんだって思ったら‥‥」
更紗の言葉に九条は軽く息を吐きながら「こういう事は人それぞれ」と短く言葉を返し、そのまま言葉を続ける。
「自分の力で如何にもならない存在に対してはある種の恐怖を覚えるのが普通の人、だけど怯えるだけじゃないはずだよ、僕達だって昔はそうだったと思うし、少なくとも怯えるだけじゃなく受け入れてくれる人も居るのは確か」
九条の言葉に更紗は俯いたまま言葉を返す事はしなかった。
「俺達が普通じゃない力を持ってる、怖がる人がいるのは仕方がないさ。自分が揺れてたら、その力は普通の人にとって更にヤバイもんになるんだ」
だからとっとと覚悟は決めた方がいいと思うがね、桂木は更紗に言葉を投げかける。
「ボクは――」
更紗が何かを言おうとした瞬間、1班から「キメラを発見した!」という連絡が入ってきたのだった。
※3班※
「まだ見つからないみたいね」
優がトランシーバーを見ながら呟く。他の班と密に連絡を取り合っているものの彼女が所属する班を含めてまだキメラを発見したという班はない。
「そういえば狭霧さんは覚醒せずに捜索しているんですね」
キングや優は捜索を開始し始めると同時に覚醒を行ったのだが、狭霧だけはまだ非覚醒状態のままだった。
「完全獣化の能力者は珍しいですからね‥‥無用な混乱を招きたくないですし」
苦笑しながらキングの問いに狭霧が答える。彼の覚醒変化は白い竜人になる為、もし一般人がまだ避難していなかった場合、勘違いをさせてしまうかもしれないと彼は考えていたのだ。その分、物陰は勿論屋根の上などにも警戒を強めていた。
「あまり暴れている感じは窺えないですね、それでも壊されたりしている所はありますけど」
崩れた壁などを見ながら優が呟く。確かにそれはキングや狭霧も感じていた事だった。外見が少年と言う事で力が弱いせいもあるのか、派手に壊されている場所は少なかった。
その時だった、トランシーバーから「キメラを発見した」という連絡が1班から入ったのは。
―― 戦闘開始・空き地におびき出してキメラを打ち倒せ ――
「悪いな、もし間違っていても――責めないでくれよ」
黒川は呟きながら軽く小石を目の前に現れた少年へと投げる、そして発生するFFに少年が人間ではなくキメラだという事が確実なものになった。
「楽さん、ペイント弾撃っちゃうよーん」
楽は呟きながらペイント弾を少年の体と頭に向けて二発撃ち放つ。アンジェラ達はキメラを追い込む陣形へと自然に変わっており、アンジェラはスキルを使用して攻撃を仕掛ける。
「この調子だと車は使わずにすみそうね」
上手い具合に追い込む方向へとキメラは逃げてくれており、黒川から借りた車の鍵を使う事はなさそうだ。
アンジェラ、楽はキメラが横道に逸れぬように牽制攻撃を仕掛けながら、先に他の班に伝えておいた空き地へと誘導する。
「いらっしゃいませ、そしてさようならの時間だね」
空き地へと踏み込んできたキメラに狭霧が話しかけてスキルを使用しながら攻撃を仕掛ける。突然の事で対処出来なかったキメラは避ける事が出来ずに狭霧の攻撃をまともに受けてしまい、地面へと叩きつけられる。
「避けて、私が行くわ」
優が武器を鞘から出しながらキメラへと駆け出し、スキルを使用して攻撃を繰り出した。キメラは立ち上がり優に攻撃を仕掛けようとしたけれど物陰に隠れていたキングからの射撃により足を撃ちぬかれ再び地面へと舞い戻る。
「援護は任せろ」
小さく呟いた後、キメラが放ってきたナイフが能力者数名に刺さるけれど力が入っていない為に深く刺さる事はなかった。
「この程度の攻撃で僕が止まると思ったら大間違いだよっ」
九条は刺さったナイフを乱暴に抜き、そのまま地面へと投げ捨てながらキメラへと駆け寄りツインブレイドで斬り、後ろに下がる時にブラッディローズで狙い撃ち、キメラはがくりと倒れる。
「普通の子供だったら駆け寄って手を差し伸べる所だけど――手を差し伸べたら痛い目を見るからね」
アンジェラは呟きながらアンチシペイターライフルで攻撃を行った。
「弱体と強化をかけるぞ」
桂木の言葉が能力者達へと届き、その次の瞬間に桂木はスキルを使用してキメラの防御力を低下させ、能力者達の武器を強化した。
「‥‥! あぶない!」
ぼーっとしていたためだろう、ナイフが飛んでくるのを更紗は避けきれずに地面へと座り込んでいる。慌てた桂木はナイフと更紗の間に割って入り、彼女の代わりにダメージを受ける。
「あ‥‥ご、ごめんなさ‥‥」
「気ぃ抜いてたら死ぬぞ。さすがに俺も蘇生はできねぇんだ」
桂木の厳しい台詞に更紗は「ごめんなさい」と呟き、弓を構えて攻撃に入った。
元々子供型で非力、速さや防御も目を見張るものはなかったのだろう。更紗を合わせて9人もの能力者に囲まれてキメラが勝てるはずもなく、キメラは攻撃を受けて弱っていくのみで、黒川のスキルを使った一撃により二度と起き上がることはなかった。
―― 戦い終わり、そして ――
「ふぅ、終わったな」
ヒーロー風の衣装に身を包んだ黒川がため息混じりに呟く。
(「ガラス代の請求が怖いな‥‥」)
空き地の近くにある民家、そこの窓ガラスを黒川が攻撃を避けた際にキメラの攻撃によって割られてしまっている。黒川の責任ではないのだけれど貧乏性な彼は請求が来るのが少しだけ怖かったのだとか。
「足手まといになって、本当にごめんなさい」
更紗が頭を下げる、更紗のせいで桂木は大きな怪我ではなかったけれど怪我してしまった事に変わりはないのだから責任を感じているのだろう。
「戦った結果を恐れるなら、後で後悔するような戦い方はするな。その時が来たら躊躇うんじゃない」
黒川の言葉に「後悔した事はないんですか?」と更紗が言葉を返した。
「俺は恐れられるより、失うことの方が怖い」
先ほどの2班の会話、トランシーバーによって全員が聞いていた。聞いていたうえでの黒川の言葉だ。彼は三桁に達する人間を助けられなかったことがあるから言葉の重みは誰よりも強いだろう。
「自分と違うものを畏怖するのは仕方ありません、私は‥‥どんな容姿であろうと、どんなに力があろうと、人は人である。能力者になってより強く感じましたね」
根底にあるのは人付き合いと同じ、相手を思いやる心なんです――狭霧の言葉に更紗は少しだけ涙ぐんでしまう。
そんな中、優は何も言わずに更紗と他の能力者達のやり取りを見ていた。
(「こういう問題は答えは自分で出すもの、だから私に言える言葉はないです」)
「でも、思った事はありませんか?」
更紗の言葉に「俺はある、でもその時ある人に言われたんだ」とキングが言葉を返した。
「お前が普通じゃないなら誰が普通なんだって。俺は答えられなかった。でもそう言われてずっと悩んでいた事がスッと消えて楽になれた」
だから時間は掛かるかもしれないけど更紗も考えて欲しい、キングの言葉に更紗は小さく頷く事しか出来ない。
「一番大事なのは自分の力からは逃げない事、解る?」
アンジェラの言葉に「逃げない事?」と更紗が言葉を返すと「そうよ」とアンジェラは首を縦に振る。
「逃げてしまったら何も変わらないから、だから逃げちゃ駄目よ」
「楽さんはー、怖い怖いとか良い感情だと思うよーん。そう思わなくなったら、早死にするよん、死ななくても『自分』じゃなくなっちゃうさー」
軽い口調だけれど楽なりに更紗を案じての言葉だった。
「自分じゃなくなるのが怖いから理性を保ってる、何かを失うのが怖いから戦える、命を失うのが怖いから生きてる、単純なことさっ」
それに戦うのは義務じゃないさー、と楽が言葉を付け足す。
「いいえ、これはボクが決めた道だから逃げません」
更紗は首を横に振って言葉を返す。
「ありがとうございます‥‥自分なりに吹っ切ってみようと思います」
そう能力者達に言葉を返す更紗の瞳には強い意思が込められていたのだった。
END