●リプレイ本文
―― 天使に裏切られた少女 ――
「天使キメラを本物だと思って刺された? ‥‥あの時の私と、忌々しいほどに似ているわね」
望月 神無(
gb1710)が他の能力者達には聞こえないような小さな声で呟く。その時の彼女の表情はどちらかと言えば険しいものだった。
「天使か‥‥可哀想に、外見に騙されて信じていた天使に裏切られて‥‥」
結城加依理(
ga9556)が資料を見ながら憂いた表情で呟く。
「天使のキメラ、か。悪趣味なものだ」
結城の持つ資料を覗き見ながらORT=ヴェアデュリス(
gb2988)もため息混じりに呟いた。
「信じていた故に、違いに気づかなかった、か。子供とは純粋なものだな」
ヴェアデュリスは資料に書かれている負傷者2名の名前をみながら言葉を付け足した。
「天使‥‥ね、本当にいるなら一度は見てみたいわね」
セシエラ(
gb8626)が苦笑しながら呟くと「天使なんていません‥‥」と不破 霞(
gb8820)がポツリと言葉を返すように呟いた。
「本当に天使がいるなら‥‥いれば‥‥4年前のあの時だって‥‥」
不破は唇を噛み締めながら言葉を付け足す。その言葉はセシエラへの返事というより、自分に言い聞かせるような口調でセシエラは首を傾げながら不破を見た。
「しかしこのキメラ‥‥イメージダウンも甚だしいな、子供達の夢を壊さん為にもさっさと叩き斬っちまうか」
ディッツァー・ライ(
gb2224)も子供を傷つけ、夢までも崩したキメラが許せないのだろう。資料を見ながら指をポキポキと鳴らしている。
「そうですね、このような偽りの天使には早々に退場していただきましょう」
ティル・エーメスト(
gb0476)もディッツァーの言葉に賛同するように言葉を返した。
「それじゃ、そろそろ出発時間みたいですし、高速艇の乗り場まで行きましょうか」
ドッグ・ラブラード(
gb2486)が能力者達に話しかけ、能力者達は今回子供2人を負傷させたキメラを退治する為に高速艇に乗って出発していったのだった。
―― 偽りの天使が潜む森へ ――
高速艇は街から少し離れた場所に到着し、街までは徒歩で行く事となった。キメラが潜んでいる森へ行く途中に街を挟んでおり、どちらにしても街を通らねば目的の場所には到着出来ないのだ。
「それでは、この辺から決めていた班で分かれて行動しましょうか」
結城の言葉に「そうですね」とティルも言葉を返す。
「何かあったらトランシーバーで連絡取り合えばいいものね」
望月がトランシーバーを片手に持ちながら言葉を返す。能力者は予め今回の作戦を話し合っており、8名の能力者を2つの班に分けていた。
A班・結城、ドッグ、ヴェアデュリス、不破の四人。
B班・セシエラ、ティル、望月、ディッツァーの四人。
その後、能力者達は森に入る手前で予め決めていた班に分かれて、それぞれキメラを探す為に森へと足を踏み入れたのだった。
※A班※
「綺麗な森ですね、日の光も差し込んで暖かくて‥‥森林浴とかに良さそうです。キメラさえいなければもっと良い場所に感じられたのでしょうけど」
結城が空を見上げながら呟く。確かに日の光も差し込んでぽかぽかと暖かく、雰囲気が良い森なのだがキメラが現れてから住人達もあま来ないようにしているのだと住人の一人が言っていた。
「資料にもあったように大きな森ではないですから、キメラを見つけるのも苦労はしなさそうですね。まぁ、油断は出来ませんけど」
ドッグもキメラ捜索を行いながら結城に言葉を返した。
「あぁ、まだ発見には至っていない」
ヴェアデュリスはトランシーバーでB班と話していたのか、まだキメラを見つけていない事を伝えた。
「B班の皆さんもまだ見つけていないみたいですね」
通信を終えたヴェアデュリスに不破が話しかけると「あぁ、それらしい音は聞いているみたいだが」と言葉を返してきた。
「音?」
「あぁ、羽ばたくような音が聞こえているらしい」
ヴェアデュリスの言葉に「それじゃキメラは向こう側にいるのでしょうか」と結城が呟く。
「どちらの班が見つけても確実に退治できれば問題はないですけどね」
ドッグの言葉に「そうですね」と結城が言葉を返し、能力者達は捜索を続けたのだった。
※B班※
「また‥‥」
ティルは呟き、周りを警戒する。
「どうかしたの?」
セシエラがティルに問いかけると「さっきからなんか変なんです」とティルが答えた。
「何かが羽ばたく音が聞こえるんですけど、警戒してるのか近寄ってこないんです」
「どういう事だ?」
ディッツァーも怪訝そうな表情をしながら問いかけると「恐らく、此方の様子を見ているのではないかと思います」とティルが答える。
「そう‥‥一応向こうの班にも報告しておくわね」
望月が呟き、トランシーバーでA班に羽ばたきなどが聞こえる事を伝える。
「向こうの班はそれらしい音を聞いていないって言ってたわ。奇襲に気をつけて慎重にいきましょ」
望月が呟き、B班はキメラ捜索を再開しようとした次の瞬間だった。
「気をつけて下さい! 来ます!」
突然ティルが叫び、それと同時に木の枝を斬りながら上空から襲いかかってきた。
「様子見かと思っていたら不意打ちか、天使の外見とは正反対だな!」
ディッツァーは叫びながら武器を手に持ち、キメラの攻撃を受け流す。上空からの急降下で勢いがつき、地面に足がめり込んだが力はディッツァーの方が遥かに高かったらしい。
「こちらB班よ、キメラが現れたわ。交戦中だから場所はすぐに分かるはずよ!」
望月はそれだけ伝えると自身も戦闘に加わったのだった。
―― 戦闘開始・天使を討て ――
B班の通信を聞いて、A班も慌てて戦闘現場となっている場所へと向かう。望月が『分かる』と言っていた通り、森には不釣合いな音が響き渡っており、確かに『分かる』と言うほどの事はあり、A班は迷う事なく戦闘現場へと向かうことが出来た。
「‥‥撃ちます」
最初に攻撃を仕掛けたのは結城、彼は『貫通弾』を装填してスキルを使用しながら攻撃を仕掛ける。貫通弾の威力のせいかキメラは大きく仰け反ったけれど手に持った鎌で近くにいたディッツァーを鋭く切り裂いた。
「くっ‥‥」
ディッツァーは腕を斬られ、痛みに表情を歪めるがカウンターとして彼もキメラに攻撃を仕掛けた。
「貴方は天使の名に相応しくありませんね、粗暴で、とても『天使』とは思えません」
ティルは自分に攻撃を仕掛けてくる天使キメラを確りと見据えて、相手の攻撃のタイミングにあわせて『ガラティーン』で攻撃を返す。僅かに彼も傷を負ったけれど、彼がキメラに与えた傷の方が大きかった。
「ほら、あんたの相手は一人じゃないのよ。そんなに気をそっちにばかり向けていていいのかしら」
望月がキメラの持つ鎌と同じものではないけれど、同じ種類の武器である『大鎌 プルート』でばっさりと背中を斬りつける。
「死の天使サリエルの紛い物、同じ紛い物の私がその命を狩ってあげるわ――天使を模されたことを恨むほどに刻んであげる‥‥」
呟く望月の表情には冷たい笑顔が浮かぶ。それは死神が命を刈り取る時に見せるような暖かさを感じない笑顔だった。
「――後の先、取った! その翼を置いていけ!」
ディッツァーがキメラの背後を取り、スキルを使用しながらキメラの翼を剥ぎ取るように斬りつけ、キメラと白い翼を切り離し、二度とキメラが空へと逃げられないようにした。
「散り行く生命に安らぎを! 我々に未来を!」
ドッグは自らを奮い立たせるように呟きスキルを使用しながらキメラへと攻撃を仕掛ける。キメラの白い服には所々に乾いた赤茶の染みがついており、それがキメラが襲った者の血なのだと瞬時に理解し、更に接近して攻撃を仕掛ける。
「砕けろ!」
ドッグは『鋼拳 エリュマントス』でキメラを強く殴りつけ、木へと叩きつける。
「‥‥狩りの時間だ、狩られる側の気持ち、お前に分からせてやろう」
ヴェアデュリスは愛用の『【OR】紅雪』で斬りつけながら呟く。
「己の血で着飾るがいい。お前には血まみれの地獄が似合いだ、沈め」
ヴェアデュリスが呟き、再び斬りつける。彼の攻撃でよろめき、再び鎌を振るおうとしたがセシエラは木の上から『長弓 雨龍』を構えて狙い撃つ。木の上から狙われるとは予想していなかったのか、キメラの視線が其方へと向き、鎌を投げつけようとするが‥‥。
「貴方はまずあちらより此方の心配をする方が先だと思いますよ」
不破が腕を斬り落とし、腕と鎌が地面へボトリと嫌な音を立てながら落ちる。
「あああっ!!」
「‥‥遅い、止まって見える」
自分に突っ込んでくるキメラを一瞥して、不破が呟き、再び『エーデルワイス』で攻撃を仕掛ける。
「爺さん直伝‥‥抜き胴一閃!」
ディッツァーがスキルを使用しながら攻撃を仕掛け、彼の攻撃に倒れた所を能力者で総攻撃してトドメを刺す。仮にも天使を真似られて作られたとは思えない程の表情で絶命していたのだった。
―― 天使を信じる少女へ真実を ――
能力者達はキメラを退治した後、そのまま本部へ帰ることはせずに海晴と刹希が入院している病院へと足を運んでいた。
「僕は‥‥少し遠慮させていただきますね。屋上にでもいますから、終わる頃合を見計らって下に行きます」
結城は苦笑しながらそのまま屋上へと向かっていった。
「お兄さんたちが‥‥天使様を殺しちゃったの‥‥?」
病室に到着すると海晴が瞳いっぱいの涙を溜めながら呟いた。
「事情は聞いています、お父様とお母様にお会いしたいですか?」
ティルが海晴に問いかけると、言葉を返す代わりに弱々しく首を縦に振った。
「それがどういう意味かは、ご理解してらっしゃいますか? ただ死を望むだけではご両親にはお会いできませんよ」
ティルの言葉に「‥‥どうすれば、あえるの?」とパジャマの袖で涙を乱暴に拭いながら言葉を返した。
「お会いしたいのでしたら、一生懸命生きてください。そして幸せになってください。今は分からないかもしれませんが、あなたのご両親は、あなたをずっと見守っていらっしゃいますよ」
ティルの言う言葉の意味が分からなかったのか海晴は首を傾げる。目に見える『会う』ではなく心で想いあう『会える』、まだ彼女には分からないだろうがいつか気づいてくれるはずとティルは心の中で呟いた。
「でも‥‥天使様は‥‥」
「天使なんてあやふやなモンにほいほいついて行っちまって、後に残される、お前と同じ辛さを味わう奴はどうなる?」
ディッツァーの言葉に隣のベッドで寝ていた刹希が俯く。
「死んだ人には会えないが、死んでしまったら会えない人もいるんだぜ」
ディッツァーの言葉に海晴は刹希の方をみた。心の中では彼女も分かっているのだろうが両親の死が彼女から『理解する』と言う事を奪ったのだろう。
「貴方は『両親に会う』意味を分かっているみたいですね、大した事は言えませんが‥‥自ら、死を選ぶのは‥‥貴女の命を支えてくれた人達へ、失礼ではないでしょうか。ひたむきに生きた、その先にきっと天国があるんです」
ドッグの言葉に海晴はぼろぼろと涙を零しながら「死んでもいいから、お父さんとお母さんに会いたかったの」と涙交じりの声で呟いた。
その様子を見て、ヴェアデュリスは静かに病室から出て行き、一階の喫煙室で煙草を吸う。
「こうして吸うのは‥‥二度目、だな」
ふぅ、と紫煙を燻らせながらヴェアデュリスは病室にいる能力者達と海晴の事を考えていた。
「誰かが笑顔で迎えてくれるのは‥‥全力で生き続けた時だよ‥‥頑張ってね‥‥」
不破が優しく笑みを浮かべて海晴に話しかける。そしてその様子をセシエラは穏やかな表情で見守っていた。
「刹希様、あなたはあなたの大切な人を守り抜きました。キメラを目の当たりにした状況で、よく頑張りましたね。ご立派ですよ」
ティルが刹希に向けて呟くと「別に。俺は男だからな、女を護るのは当然だろ」と照れたように横を向いて赤くなっている顔を隠した。
「そろそろ報告に戻りますか、安静にして早く良くなってくださいね」
ドッグが声をかけ、能力者達は病室から出て行った。
「生きているですね‥‥でも生きていくのもつらいですよね」
ひゅう、と少し冷たくなった風に当たりながら結城は空を見上げて呟く。そして下を見ると仲間達が病院の外へと出ている事に気づき、彼も階段を降りて仲間達の所へと戻っていった。
それから来る時と同じように高速艇に揺られ、LHに帰還した能力者達は報告の為に本部へと向かっていったのだった。
END