●リプレイ本文
―― 亡霊となった男の残した遺産 ――
「ハリーがトルコで起こした諸々の事態の幕引きか‥‥短くはない付き合いだったからな、精々盛大にやってやるさ」
ぐ、と九条・命(
ga0148)は拳を強く握り締めながら呟く。今回はトラブゾンに残された大量のキメラ化した住人の後始末、それが能力者達に課せられた。
「大層迷惑な置き土産だな‥‥今度からはもっとマシな物を用意しろ‥‥」
須佐 武流(
ga1461)は誰にも聞こえないような小さな声で呟き、同時に大きなため息を漏らした。
「けじめだ‥‥最後まで付き合ってやるさ」
天狼 スザク(
ga9707)は呟く。その脳裏に浮かぶのは狂人染みたハリーの最後。
「ふむ、経緯は詳しく知りませんが‥‥捨て置くわけにはいかないでしょうからなぁ」
ヨネモトタケシ(
gb0843)がため息混じりに呟く。彼はハリーとの面識こそなかったけれど多数のキメラが放たれた事を聞いて今回の任務に参加していた。
「‥‥」
その中で翡焔・東雲(
gb2615)は小さなため息を漏らし、首から提げた『【OR】憧憬の笛』に視線を落とす。これはハリーが最後にキメラを操る為に使用していたもので、彼がいなくなった今、操るという効果は消えうせている。
「申し訳ありません。華々しくキメラ殲滅に参加したかったのですが、前の依頼でドジってしまいました」
大きなため息と共に呟いたのは美環 響(
gb2863)だった。彼は重態状態であり、今回はキメラの殲滅よりも自分が生きて帰る事を優先するとしていた。勿論仲間達もそれを承諾済みだった。
「ヒビキ、此方は何とかするから気をつけてね」
サンディ(
gb4343)が美環の体調を気遣うように話しかけると「ありがとうございます」と美環は苦笑して言葉を返す。
「それにしても大量のキメラ‥‥まるでハリーの怨念が具現化したかのようだ‥‥いいさ、一つ残らず叩き潰してやる」
決意が宿る強い瞳でサンディは資料を眺めながら呟いたのだった。
「私は‥‥人だったキメラを見て、どう思うのかな」
式守 桜花(
gb8315)は資料を見ながらポツリと呟いた。彼女自身、元『人間』のキメラを見て自分がどのような感情を抱くのは分かっていないのだろう。
「さぁ、行こうか。置き土産、そっくり返してやる」
あの世が賑やかになってアイツは辟易するかもしれないが、翡焔が言葉を付け足して能力者達は出発したのだった。
―― 彼女の姿、そして幽霊都市となった町 ――
「良い機会だから生前のビスタ・ボルニカ(gz0202)に関して調査を頼んでいたんだ」
九条がバサリと数枚の資料を能力者達に見せながら呟く。資料に書かれていたものは、親をキメラに殺され、妹と共に能力者の道を選んだのだと書かれていた。
「妹の方はオペレーターをしてるのか」
須佐が資料を見ながら呟く。現在ビスタの妹はオペレーターをしており、姉の事を聞いて悲しんでいるのだとか‥‥。
「今回、ビスタが現れるのか‥‥気になりますね、現れるか現れないかで状況も変わってくるでしょうし‥‥」
天狼はため息混じりに呟く。
「とりあえずは目の前の敵、ですなぁ」
ヨネモトの言葉に「そうだね、まずはキメラからだね」とサンディが言葉を返し、高速艇は目的地に到着したのか、ゆっくりと降下を始めたのだった。
「此処からは3班に分かれての行動ですね」
式守が呟き、能力者達は予め決めていた班で行動する事にした。
A班・天狼、翡焔の二人。
B班・九条、須佐の二人。
C班・ヨネモト、美環、サンディ、式守の四人。C班は美環が重態の為に四人行動になり、それぞれが美環をサポートする形になっている。
「それじゃ、今回で終わりにしよう‥‥」
翡焔は首から提げた笛をぎゅっと握り締めて、それぞれ班行動を開始したのだった。
※A班※
天狼と翡焔は前回も同じペアであり、二人とも似たような戦闘スタイル。それを生かして効率よくキメラ殲滅を出来るかもしれない、と天狼は考えていた。
そして翡焔は『二刀小太刀 疾風迅雷』を壁につけ、がりがりと派手な音を立てながらキメラの方から出てくるように仕向ける。人型とは言っても所詮はキメラ化された者たちで、がたがたと音を立てながら数体のキメラが現れる。現れたキメラ全てが武器を所持しており、剣を持つ者、銃を持つ者など様々だった。
「くっ!」
突然キメラが天狼に襲いかかり、彼は『ゼルク』と『蛍火』で攻撃を防ぐ。そして翡焔がキメラの背後から攻撃を仕掛け、力が緩んだ隙に天狼も翡焔が狙った場所とは逆の下を狙って攻撃する。
「4つの牙に襲われるわけだ、ハッ! 防いでみろ!」
スキルを使用しながら攻撃され、しかも元々の戦闘力が高くないせいかキメラは「ぐぅ」と呻き声をあげながら地面へと倒れた――のだが、背後からキメラの銃で攻撃を受け、二人は遮蔽物に身を隠す。
「遠距離の得物、ちっ、厄介だな」
天狼が忌々しげに呟くと「あたしが行く」と翡焔が囮になるかのように飛び出し、キメラの気を引く。その際に彼女はダメージを負ってしまうが、天狼はすぐさまキメラへと駆け出して持っていた武器で腕を斬り落とし、続いて首をはねる。
「大丈夫か」
「あぁ、あたしは大丈夫。だけど‥‥休ませてくれそうにないね」
翡焔は此方へ向かってくる数体のキメラを見ながら苦笑し、再び武器を手に持ったのだった。
※B班※
この班は九条と須佐で行動――だったのだが‥‥。
「俺はあまり気にせず動かせてもらう」
作戦が開始された時、須佐が九条に向けて呟いた言葉だった。一人で動く、と言う意味ではないようだけれど、その言葉を聞いて九条は「やれやれ」と小さく呟いた。
今回の敵は何処にいるかも分からない上に数も明確にされていない。だから九条は地道な捜索といつも以上の警戒でキメラ捜索を行っていた。
そして、捜索を始めて数分後――数体のキメラが銃を使って攻撃してくる姿が確認された。
「強化人間にキメラ‥‥人間も、こうなってしまえば哀れなものだ」
須佐は既に意識など存在しないであろうキメラを見ながら呟く。そして銃弾が撃ち込まれる中、須佐はスキルを使用してキメラに接近して『刹那の爪』で蹴り上げる。そして須佐が離れた所を九条が小銃『M92F』で攻撃を仕掛ける。九条が動きを止め、須佐が頭を潰してトドメを刺す。彼らが相手にしているのは遠距離武器を持ったキメラばかりで、無傷、軽傷で戦闘を続ける――というわけにはいかなかった。
だけど、須佐は先ほど退治したキメラの死体を盾にして銃を撃ち続けるキメラへと接近する。
「資源の有効活用だ」
須佐は死体をキメラへと投げ、続いて頭、膝、肩の順番で攻撃を仕掛ける。そして九条もスキルを使用してキメラに接近し『キアルクロー』で攻撃を行う。
「まったく、キリがないな」
ちっ、と九条は忌々しげに舌打ちをすると再び攻撃態勢を取り、須佐とキメラへと向かって駆け出したのだった。
※C班※
「大丈夫ですかなぁ?」
既にC班は交戦中であり、美環を狙った攻撃からヨネモトが自らを盾にして庇っていた。
「すみません、敵から守ってもらうなんて‥‥物語のヒロインみたいですね」
自嘲気味に美環が呟き、更に後退する。彼が今出来る事は戦う事ではなく、仲間の足を引っ張らないこと、美環は心の中でそう決めていた。
そしてサンディも美環のフォローをする為に動いていた。彼女は美環の性格などを考え、彼のプライドを傷つけないように間接的なフォローに徹していた。
「悪いけど、容赦はしない」
キメラを見据えてサンディがポツリと呟く。
「あなた達が世に放たれると、沢山の犠牲者が出る。それだけは阻止しないといけない‥‥それに、あなた達を救う術は、今はこれしかない」
サンディは『ハミングバード』を構え、スキルを使用してキメラに攻撃をする。攻撃の度に呻くような声が彼女の耳に響いてきたけれど、彼女はそれを気にせず攻撃を続ける。
「住民のキメラ化は確かに合理的ですが‥‥悪趣味ですね」
式守がキメラを見ながら呟く。サンディは式守の様子をジッと見ており、彼女が戦えないと判断したら渇を入れるつもりだった。
「元は人間とはいえ、今はキメラ。哀れむ事は出来そうにありませんが‥‥せめて、楽にしてあげます」
式守は『月詠』を構え、キメラに攻撃を仕掛ける。戦う彼女に迷いや動揺は感じられず、サンディもキメラ殲滅へと専念する。
「生半可な打ち込みでは‥‥自分は崩せませんよぉ!」
キメラからの攻撃を受けた後、ヨネモトが反撃として攻撃を返す。自分が壁役をしているため、キメラが何体も攻撃を仕掛けてくるが、サンディや式守のフォローもあり、無傷ではないけれど動けなくなる程の傷を受けてはいなかった。
「我流‥‥流刃!」
ヨネモトはスキルを使用しながら攻撃を仕掛け、キメラを退治していく。
その後、現れていた数体のキメラを退治して、能力者達は次のポイントへと向かっていったのだった。
―― 最後のキメラ、現れた彼女 ――
A、B、C班の能力者達は自分達の探索範囲に現れていたキメラを退治した後、トランシーバーを使って連絡を行い、それぞれ合流する事となっていた。
残りは中央部分のみ。全ての能力者達が集まって戦闘をすればまず失敗する事はないだろうから。
「我流‥‥流双刃!」
残り少なくなってきたキメラに向かってヨネモトが攻撃を仕掛ける。他の能力者達を見ればそれぞれキメラを相手にしている。
「恨むなら、そんな身体にした奴を恨むんだな」
須佐は躊躇う様子など微塵も感じさせず攻撃をしながらキメラへと言葉を投げかけた。
それから数十分後、トラブゾン内に蔓延るキメラ全てを退治し終わり、能力者達は肩で息をしながらその場に座り込んだのだった。
まだ油断は許されないけれど、とりあえず目立つキメラは退治し終わった事で能力者達の中から少しだけ緊張の糸が切れたのだろう。
「お疲れ様」
風に通るような声が聞こえ、能力者達は再び武器を手にとって声の方を見る。数名の能力者達にとっては聞き覚えの在る声であり、今の状況で現れて欲しくない人物でもあった。
「ビスタ‥‥」
黒い髪を靡かせながらビスタはけらけらと笑って「よくもまぁバタバタと殺してくれちゃって」と周りを見渡しながら呟く。
「ハリーは、死んだぞ」
九条の言葉に「えぇ、知ってるわ」と動揺することなく言葉を返す。
「弱いから死ぬ、これは当たり前よね。坊やは弱かった、あんた達が強かった、これだけの事でしょ」
「お前に強いと認められる事は名誉な事なんだろうな、そのうち認めさせる‥‥だが今はその時ではないか」
天狼が呟くと「ふふ、キメラ退治で弱ってるものね」とビスタがにんまりと笑って言葉を返した。
「こいつらをばら撒いたのはお前か?」
「あら、違うわよ。あたしじゃなくて坊やがばら撒いたのよ。あたしは最後に見ていただけ」
ビスタは髪をかきあげながら「あたしはこんな弱い奴らを使わない」と小さく呟く。
「どうやら此処で戦う意思はないらしいね、だけどいつかは決着をつけなければならない」
サンディの言葉に「あたしは弱ったあんたらを殺しても面白くないもの。万全の状態で絶望を見せてあげたいんだから」と髪を弄りながら呟く。
「お前は能力者時代には、そのような性格ではなかったらしいな」
九条が呟く。彼が取り寄せた資料には自分の事よりも他人を思うビスタが書かれており、今のビスタとはまるで違うのだ。
「‥‥んー、坊やからは聞いた事なかった? あたしはこの身体に宿るヨリシロ。ビスタ・ボルニカの体を使うだけ。だからこの女自身じゃないのよ? 性格が違うのは当たり前じゃないかしら?」
「そうか‥‥ならばこれから何をするつもりだ、それともしている最中なのか?」
「馬鹿ねぇ、あたしが言うとでも思っているの? それに聞いてどうするのよ、あたしがしようとしている事、それがあんた達の為になるとでも思っているの?」
くすくすとビスタは笑いを堪えきれぬような口調で言葉を返してくる。
「それじゃさよなら。いつかあなた達をぐちゃぐちゃにして殺してあげる。それまでごきげんよう」
ビスタはそれだけ言葉を残し、能力者達の前から姿を消したのだった。
「はぐらかされたか、どちらにせよ厄介なことには違いないだろうな」
九条はため息混じりにビスタが残していった言葉を思い出しながら呟く。
「本部に帰還――の前に住人達を弔いましょう。彼らも犠牲者なのですから」
天狼は呟き、キメラと化した住人の遺体に手を合わせる。
「そうですなぁ、多少やられてはいますが弔いが出来ぬほどではありませんからなぁ」
ヨネモトもふらりと立ち上がりながら天狼の弔いの手伝いを行う。
「お前ら、あいつに伝えてくれ‥‥望みはそっちで叶えろって」
翡焔はキメラの遺体にポツリと呟く。彼女は任務が始まった頃からハリーがひょっこりと顔を覗かせるような感覚がしていた。
「‥‥神様や運命なんて信じませんが、いるのならば今回だけは感謝しますよ。無事生還できたことに‥‥何より素敵な仲間にめぐり合わせてくれたことに」
美環は呟き『レインボーローズ』を取り出しながら言葉を続ける。
「皆さん、ありがとうございます。僕はこのレインボーローズに誓います。皆さんに何かあったとき、今度は僕が助けて見せます、と言う事を」
美環はにっこりと穏やかな笑顔を見せながら能力者達に礼を言ったのだった。
「‥‥ビスタ、首を洗って待ってろ」
拳を強く握り締めながらサンディが少し前までビスタが立っていた場所を強く睨みながら低い声で呟いた。そしてキメラの遺体の方に向き直り、手を合わせて祈りを捧げる。
(「どうか‥‥彼らが次に生まれてくる時には平和な世界になっていますよう‥‥」)
サンディが祈る姿を見ながら式守は自分の手とキメラの遺体を交互に見つめていた。
「‥‥やっぱり、敵としか見れなかったな‥‥」
寂しそうに呟く式守。敵として処理しなければ倒されていたのは能力者達なのだから、彼女の判断が間違っていたとは思えない。
だけど、彼女には何か思うところがあるのだろう。
それから能力者達は遺体の弔いを済ませた後、任務終了の報告を行う為に本部へと帰還していったのだった。
END