タイトル:【CAR】彼が歌うは殺戮マスター:水貴透子

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/02 00:37

●オープニング本文


神童、そう呼ばれたのはそんなに昔の事ではなかったはず。

あの頃の私は虚無感ばかりだった。

好きでもない音楽をさせられて、本当は外に出て遊びたかった。

両親、兄弟、皆が音楽へと進み――自分が進む道など『音楽』しか選択権はなかった。

自分の意思で決める事は許されず、逆らう事も許されない。

――狂うなと言うほうが間違っている。

※※※

「ふふ、まるでゴーストタウンね」

トラブゾンの町並みを見下ろせる小高い場所でビスタ・ボルニカが面白そうに呟いた。

街の中心には緑に覆われたメイダン公園があり、昼間は野外カフェともなり憩いの場となっていただろう。

しかし、そんな街だったけれど現在は誰も存在しない。

「それにしてもステキな格好になったじゃない、カッコイイわよ。それ」

くすくすと片腕を失ったハリー・ジョルジオを見ながらビスタはちらりと視線を移す。

「別に貴女にカッコイイと思ってもらわなくても結構ですけどね」

腕を落とされた時は激しい憎悪が彼の中に渦巻いたが、今では落ち着き、慣れない感覚に目を細めた。

「能力者達が此処を訪れたらビックリするでしょうねぇ、こんなゴーストタウンになってるなんて思わないでしょうから。今回はあたしも手伝ってあげましょうか?」

何かと不便でしょ、とビスタは失った片腕を指差しながら問いかけるが、ハリーは首を横に振る。

「アンタ、一体何がしたいの? この場所だって別に必要じゃなかったでしょ」

ビスタが壁に背中を預けながら問いかけると「さぁ、なんでしょう」とハリーは空を見上げながら言葉を曖昧に濁した。

「そういう貴女こそ、目的は何なんです?」

「詮索はナシって言ったでしょ――――殺すわよ」

ビスタがおどけたように言葉を返すと「別に貴女に興味はありませんけどね」と苦笑混じりに言葉を返した。

「何だか、楽しそうね」

ビスタの言葉に「えぇ、楽しいですから」とハリーは言葉を返す。

「そうだ、少し頼まれてくれますか?」

ハリーが一枚の写真と手紙をビスタに渡す。

「本部まで送ってください」

その写真には無残に殺された姿の男性が写っており、手紙はハリーが直々に書いたものだろう。

「分かったわ――――じゃあね、さよなら」

ビスタは手紙を受け取り、そのままハリーの前から姿を消した。

※※※


「親愛なる能力者諸君、か」

ビスタは手紙を読みながら呟く。

「弱い者は死ぬ、それは当たり前。人間だろうとバグアだろうと、弱い奴は嫌いよ――‥‥何も出来ないくせに願うことだけは超一流なんだもの――‥‥」

ずきん、と痛む頭を抑えながらビスタは立ち止まる。

「もうアンタとあたしが会う事もないでしょうね、さよなら――愚かな弟」

ビスタはハリーが立っている高台を見ながら呟き、手紙を郵送する為に動き出したのだった。

●参加者一覧

九条・命(ga0148
22歳・♂・PN
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
ヴァイオン(ga4174
13歳・♂・PN
天狼 スザク(ga9707
22歳・♂・FT
翡焔・東雲(gb2615
19歳・♀・AA
メビウス イグゼクス(gb3858
20歳・♂・GD
サンディ(gb4343
18歳・♀・AA
結城悠璃(gb6689
20歳・♂・PN

●リプレイ本文

―― 彼が望むのは ――

トラブゾン、人で賑わう筈の昼日中にも関わらず人の気配は全く感じられず不気味さだけを醸し出していた。
「気を引き締めて行きましょう‥‥」
 ケイ・リヒャルト(ga0598)が人の気配が感じられない街を見て小さく呟く。何があったか分からないけれど『何か』あったのは間違いなさそうだ。しかも住人達に対して良くない方での『何か』が。
「決着をつけてやるさ」
 九条・命(ga0148)が静かな街を見ながら呟く。
(「しかし、まさかとは思うが街一つ要塞化しているというオチか?」)
 九条は心の中で呟く。能力者達に手紙を出して来た人物、ハリー・ジョルジオ(gz0170)ならばしかねない事だと考え、九条は小さなため息を漏らす。
「遊びの時間はおしまい、ですかね?」
 ヴァイオン(ga4174)が呟く。彼も今までと違う何かを感じ取っているのだろうか。
「此処が奴の舞台、か‥‥」
 天狼 スザク(ga9707)は周りを見渡して「観客は我々だけか?」と言葉を付け足した。既にトラブゾンの街に足を踏み入れており、何が起こるか分からないので彼は覚醒を先にしていた。他の能力者を見ると、彼と同じように覚醒をしている者が多かった。
「‥‥嫌に静かだが‥‥」
 翡焔・東雲(gb2615)が周りを見渡して呟く。これほどの大きさの街で何の音もしないという事がどれだけ不気味な事か、彼女は住人達の行方を考えて背筋がぞくりとした。
「‥‥なるほど、どうやら本当に『無人』なようですね」
 メビウス イグゼクス(gb3858)がため息混じりに呟く。しかし彼を含む全ての能力者達は住人がキメラ化されている可能性を考えていた。
「これだけの街で住人が一人もいないなんて‥‥」
 サンディ(gb4343)がポツリと呟く。
「この静寂が嵐の前の静けさにならなければいいのですけど‥‥」
 結城悠璃(gb6689)が呟き、能力者達は手分けしてハリー、そして生存者を信じて捜索を開始したのだった。


―― 捜索開始 ――

 能力者達は此処にやってくるまでに街を大きく四つに分けて、能力者達も二人一組の4つの班に別れて行動を開始する事に決めていた。
 九条&結城、ケイ&ヴァイオン、天狼&翡焔、メビウス&サンディと班を分け、それぞれが行動を開始する。
「15〜30分毎に連絡を入れるようにしましょうね。お互い二人での無理は止めましょう」
 ケイが行動を開始する前に他の能力者達に告げ、自分達が担当する区域へと向かっていったのだった。

※九条&結城
「一体何があったんでしょう‥‥」
 結城が捜索を行いながら小さく呟くが、九条はそれに言葉を返す事はしなかった。
「あ」
 その時、結城の耳にカタンと小さな音が聞こえてきて、音の方を振り向く。
「‥‥やはり、か」
 振り向いた先にいるモノを見て九条が目を細め、大きなため息を吐く。結城も予想はしていたけれど、実際にソレを目の当たりにして驚きを隠せなかった。
 彼らの前にいるモノ、それは恐らくは住人だった――キメラ。そして一体が動き出すと次々に彼らを囲むように現れ始める。
「まさか、住人全員?」
「いや、恐らく今までの行方不明者も入ってる筈だ」
 九条が顎で指した人物、明らかに観光客のような格好だった。これはこの街の住人ではなく別の場所から連れて来られた事を示す。
 そして結城と九条は他の能力者達にこの事を知らせようと『トランシーバー』を手にしたのだが――どうやら他の班も同じように住人達に襲われている最中なのだった。
「数が多い、公園があったな。そこで合流しよう」
 九条は手短に用件だけを述べて、結城と共にキメラを誘導するように公園へと向かい始めたのだった。

※ケイ&ヴァイオン
 まだ明るいからランタンは必要ない、ケイがそう言っていたのは数分前の事。
 突然何かのスイッチが入ったかのように住人が改造されたと思われるキメラが次々に現れ始めた。
 それぞれキメラには武器が持たされており、キメラはよろよろとしながらケイやヴァイオンに向かって攻撃を仕掛け始めてきた。
「流石に数が多いわ‥‥」
 ケイはエネルギーガンで攻撃を仕掛けながらトランシーバーに手を掛けたのだが‥‥向こう側から聞こえるのは同じように戦う音。
「どうやら、自分達で何とかするしかないみたいですね」
 ヴァイオンも【OR】特殊剣ブレイドを構えてケイに言葉を投げかける。
「えぇ、そうみたい――」
 ケイが呟きかけた時に九条からの通信が入って公園で合流と言う言葉を聞く。そしてケイとヴァイオンは互いに顔を見合わせて、キメラに攻撃を仕掛けて自分達の後をついてくるように仕向けると、自分達も公園へと向かい始めたのだった。

※天狼&翡焔
「もう‥‥無理なんだな」
 翡焔は目の前に立つキメラを見ながら悲しそうに呟く。他の班同様に天狼と翡焔の前にもキメラと化した住人達が立ち塞がっていた。
「元住人か‥‥待ってろ‥‥今、楽にしてやる」
 天狼はゼルクと蛍火を構え、翡焔は二刀小太刀疾風迅雷を構えて、二人力を合わせて息をつく暇も与えぬよう途切れる事なく攻撃を繰り出していく。
 彼らが捜索していた場所にはあまりキメラはいなく、3体程度だった。それでも普通のキメラならば多少なりとも苦労しただろうが住人キメラは動きも鈍く、多少のダメージは負ったものの苦労する事はなかった。
「東雲、どうやら公園で合流らしいから急ぐぞ」
 天狼が呟き、翡焔は首を縦に振って能力者達が集まっているであろう公園へと急いで向かい始めたのだった。

※メビウス&サンディ
「例え住人で作られたキメラだとしても容赦はしないよ、これ以上の苦しみを与えずに終わらせてあげたいから」
 サンディはハミングバードを突き出して自分達にのろのろと近寄ってくるキメラに攻撃を仕掛けた。痛みに表情を歪める様が彼女に僅かな罪悪感を与えたが、キメラのまま生かしておく方が苦痛だと自分に言い聞かせて攻撃を続ける。
「せめて安らかに‥‥」
 メビウスは天剣『ウラノス』で攻撃を仕掛けながら、キメラへと変えられた住人の冥福を祈る。
「まるで何処かの映画のようですね」
 メビウスがよろめきながら向かってくるキメラを見ながら呟き、攻撃を仕掛ける。
「許さないよ、ハリー‥‥」
 低く呻くような声でサンディが呟き、自分達に襲い掛かるキメラ数体を退治した後、大勢のキメラと戦っている仲間達の元へと急いだのだった。


―― 公園・惨劇・登場 ――

 サンディとメビウスが公園に到着した時、そこには数え切れない程のキメラと必死に戦う能力者達の姿が遠くに見えた。
「避けてください!」
 トランシーバーに向かってメビウスが叫びソニックブームを使用して能力者達を囲むキメラに攻撃を仕掛けた。メビウスの攻撃のおかげで周りを囲まれていた能力者達はそこから脱出する事が出来たのだが、その時に『ピィッ』と何かの音が吹きぬける。
 そしてそれと同時に数体のキメラが隠し持っていた手榴弾のピンを引き抜き、その辺りにいるキメラをも巻き込んで能力者達にダメージを与えた。
「く‥‥」
 九条は少しよろめきながらも立ち上がり、煙で周りが見えなくなった為に「おい、大丈夫か!」と少し大きな声で能力者達を探す。
「まさか爆発物まで使って来るなんて‥‥」
「片腕失ってるんですから、それくらいさせてもらってもいいでしょう」
 え、ケイが呟いた瞬間に背中を斬られる。幸いにも大きな傷ではないが煙に紛れてハリーの姿を追う事は出来なかった。
 そして数分後、煙が晴れて片腕を失っているハリーが能力者達の前に姿を見せた。
「片腕だとキメラを操る事もままならなくてね。まぁ、簡単な音で簡単な動きくらいはさせる事が出来るんだけど」
 けらけらと笑いながらハリーが話していると「片腕がないってのに随分と落ち着いてるな」と天狼が言葉を投げかけた。
「別に? 慌てる必要がないからですよ」
「だったら早々に退場願おうか」
 九条は瞬天速で距離を詰めてボディを狙って攻撃を仕掛ける。
「そういえば、腕を落とされたお礼をしてませんでしたね」
 呟きながらハリーは九条の攻撃を自ら受けた後に手に持っていた剣で九条を突き刺す。
「流石に片腕だとあまり力が出ないですね、本当ならば同じように斬り落としてあげたかったんですけど」
 剣を引き抜き、倒れかける九条を蹴りながら呟くが背後からケイの攻撃が彼を襲う。
「さぁ、黒猫とワルツを踊りましょう」
 加虐的な笑みを浮かべながらケイが影撃ちと二連射で攻撃を仕掛ける。彼女の攻撃を避けようとしたハリーだったが、ヴァイオンのナイフ投擲で避けるタイミングをズラされてしまい、マトモに攻撃を受けてしまう。
 しかしハリーも剣をヴァイオンに向けて投げつけており、剣が足を傷つけて少し痛みに表情を歪める。だけどそれで彼を止める事は出来なかった。
「僕と貴方、どっちが死ぬのが早いかだけ。只それだけですよ」
 瞬天速で素早く動き、相手を翻弄しながらヴァイオンは小さく呟く。
「やっぱり片手だとバランス悪いだろ」
 追撃するように翡焔がハリーに問いかけ錬力を惜しむ事なくスキルを使って攻撃を仕掛ける。
「もう解放されてもいいんじゃないの‥‥?」
 ふわりと悲しそうに翡焔が笑みながら呟くと「あははははっ」とハリーのけたたましい笑い声が響く。
「解放? くく、それは俺が『ハリー・ジョルジオ』だったらだろう? 勘違いするなよ、俺はこいつの身体を使っているだけだ。こいつの音楽と言う才能も利用させてもらっただけだ、神童と呼ばれたハリー・ジョルジオ、それはもう既にいないんだよ!」
 表情を醜く歪めながら嘲笑うかのように叫ぶハリー。やや興奮気味に叫んだせいか身体のバランスが僅かに崩れる。
「奔れ、瞬影!」
 結城が僅かな隙を見逃す事なくスキルを全て発動して我流技・瞬影を繰り出してハリーに攻撃を仕掛ける。
「ぐ――屑共がァッ」
「貴方は最低だ、ハリーも貴方に利用されただけの可哀想な人」
 サンディはメビウスの援護を受けながら迅雷で急接近してマントを投げつけてハリーの視界を覆う。
「反吐が出るよ、お前のような奴は。まだハリーの意識が残っているならば救いもあったのにな――やっている事は最低だったとしても」
 天狼は黒刀『炎舞』に武器を持ち変えて『閃ノ参――火燕』を繰り出す。天狼が技を繰り出す瞬間に避けようとハリーが行動を起こす前に九条が急所突きを使用して攻撃を行い、ハリーは数秒動く事が出来なくなった。
「その数秒が、命取りだな」
 ぜぇぜぇと息を荒くしながら呟く九条を忌々しげに睨みながら、天狼の技をまともに受けてしまう。
「あら、そんなに近寄っていいのかしら?」
 ケイがアラスカ454を構えて急所突きをお見舞いする。弱っている所にキツい攻撃が来て、流石にハリーも立っていられなくなり、ガクリと膝をついた。
「鉛の飴玉‥‥お味は如何?」
 くす、と加虐的な笑みでケイが問いかけると「最悪」とハリーは強がりで言葉を返す。
「サンディさん、アレ使いますよ!」
 メビウスが叫ぶと同時にサンディは首を縦に振り「一気に貫く、フェザースラスト!」と叫び迅雷と刹那を使用した突きを使用する。
 それとほぼ同時に「我が剣にて全てを断つ! 奥義――無毀なる湖光(アロンダイト)」と呟きながらスキル全て使用しながらの攻撃を繰り出した。
「さようなら」
 ヴァイオンは短く呟いてスキルを使用して急接近して、限界突破を使用してハリーの首を掻っ切ったのだった。
「ぐ、ふ‥‥くく、片腕がなくなった時から、全てを操る、という、私の願いは、消えうせた‥‥」
 ひゅう、と苦しそうな息を吐き出しながらハリーは言葉を続ける。
「だから、最後に――‥‥お前達に嫌がらせを、する、よ――‥‥」
 ハリーは震える手で上着のポケットから犬笛のようなものを取り出して思い切り吹く。
「きめ、ら‥‥は、まだまだいる‥‥それを、すべ、て――ときはな、った」
 何人死ぬかな、それがハリーが最後に残した言葉だった。
「強いから生き残るんじゃない。偶々、生き残っただけ、か」
 ヴァイオンは少しよろめきながら、今はもう物言わぬ死体となったハリーを見て小さく呟く。
「最後の最後まで、人を嘲って楽しんでいましたね‥‥」
 結城は髪の毛をかき上げながら何処か悲しそうに呟く。
「他者の自由を奪う事で自由を感じていた奴か、そんな奴に俺たちは負けるわけにはいかない」
 九条は強く拳を作って低く、だけど何処か強い意志を秘めた言葉で呟いた。
「キメラが解き放たれたらしいけど、この状況じゃいくら弱くても油断は出来ないわね‥‥」
 ケイは背中の傷が痛むのか整った表情を少しだけ崩しながら呟く。
「一時引き上げた方がいいか」
 天狼も呟き、ハリーを撃破したという報告を本部に持ち帰る事にした。勿論キメラの脅威を軽んじているわけではないのだが、無理をしても良い結果は出ない。
「地獄で会おう‥‥そしたら酒の一杯でも奢れな」
 天狼は死したハリーに向かって小さく呟き、高速艇の方へと歩き出す。
(「やっぱり、本当はお前はハリーだったんじゃないのかな」)
 翡焔はハリーが持っていた笛を手にとって心の中で呟く。
(「だって、最後の最後までお前は音楽に拘ったじゃないか‥‥」)
 だけど彼女の問いに答える者は存在しない。
「とりあえず気休めにしかならないかもしれないけど、高速艇の中で応急処置だけはしておこう。結構皆酷い傷だからね」
 サンディが『救急セット』を見せながら他の能力者達に話しかける。
「そう、ですね。傷が深い人は手当を受けてください。僕もお手伝いしますし」
 結城が呟き、彼は【OR】フラウト・トラヴェルソで鎮魂歌を奏でた。それが誰に対しての鎮魂歌なのかは誰も問いかける事はしなかった。

 そして、後日トラブゾンに蔓延るキメラ退治の任務が本部に出現する事になる。


END