タイトル:朱橙――心の色マスター:水貴透子

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/16 00:21

●オープニング本文


ボクは何も感じない。

誰が死のうが、ボクは何も感じない。

だって――ボクの心はあの時死んだのだから。

※※※

『逃げなさい!』

あの時、お母さんはそう言ってボクを助けてくれた。

キメラに串刺しにされて痛くて仕方ないはずなのに、ボクを安心させる為に笑って‥‥。

それからすぐに能力者が来てボクを助けてくれたけど‥‥お母さんは死んでいた。

きっと、その時からだろう。

ボクが何も感じなくなったのは。

美味しいものを食べても嬉しくない、悲しいはずなのに気持ちは冷静なまま。

だから――目の前のキメラもボクは怖くなかった。

殴られて、切られて体は痛みで悲鳴をあげるのに、心は何故か冷え切っていた。

(「あぁ、そっか。お母さんが死んだから――大好きなお母さんが死んだからどうでもよくなっちゃったんだ」)

ぐさり、と鈍い音が響きボクはそのまま意識を失ったのだった。

※※※

「あの、洋平が此処に来ていませんか?」

男性能力者に話しかけたのはまだ20代前半の若い女性だった。

「洋平?」

「あ、この子なんですけど――‥‥」

女性が写真を見せてきたけれど、その写真の中に映る少年に男性能力者は見覚えがあった。

毎日のように本部までやってきて、特に何をするでもなく何かを考えるようにポツンと座っていた少年。

別の能力者に話を聞けば能力者が間に合わず、母親を亡くしたのだと聞いたことがあった。

『母親を助けられなかった能力者を恨んでいるのかしらね』

仲間である女性能力者が洋平を見ながら呟いたことがあったけれど、その表情は無表情で恨んでいるようには思えなかった。

「あの子、こんな書置き残して出て行ってしまって‥‥」

そう言って女性が見せたのは『さよなら』と短く書かれた一枚の紙。

「おそらく‥‥姉を――あの子にとっては母親を亡くした場所へ向かったんじゃないかと思います‥‥。たった一人の姉が残した子供――あの子を助けて」

●参加者一覧

ロゼア・ヴァラナウト(gb1055
18歳・♀・JG
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
ディッツァー・ライ(gb2224
28歳・♂・AA
八葉 白雪(gb2228
20歳・♀・AA
ルチア(gb3045
18歳・♀・ST
アハト・デュナミス(gb3064
30歳・♂・SN
孫六 兼元(gb5331
38歳・♂・AA
黒羽 葵(gb7284
14歳・♀・FT

●リプレイ本文

―― 心を凍てつかせた少年 ――

「命懸けて護っても残された人が幸せになるとは限らないのよね‥‥あの時も、凄く泣かれたし‥‥」
 黒羽 葵(gb7284)は左腕を抑えながら少し表情を暗くして呟く。彼女もキメラから身内を庇って左腕を失ったと言う過去を持っており、今回の事は他人事のようには感じられないのだろう。
(「洋平って子の心の傷は母親の死が原因みたいね‥‥自分の母親すら知らない私にあの子の気持ちは理解できないわ‥‥」)
 ロゼア・ヴァラナウト(gb1055)が心の中で呟く。気持ちが理解できないと心で呟く彼女だけど、洋平の事は心配らしく『早く救助しないと‥‥』という気持ちが胸を占めていた。
「助ける事が少年――洋平にとって幸福かどうかは、正直分かりません‥‥」
 シン・ブラウ・シュッツ(gb2155)がため息混じりに呟く。
「ですが、僕は『洋平の身体と心と両方を救いたい』という僕のエゴを突き通す為に全力で行動します」
 シンは紫の瞳に強い意志を見せて言葉を付け足した。
「場所は――また公園にキメラ。嫌になるわね‥‥いくら屠っても限がない」
 白雪(gb2228)――いや、今は覚醒状態の為に姉の真白なのだが、資料を見ながら心から嫌そうに表情を歪め、ため息混じりに呟いた。
「この子は‥‥どんな気持ちで毎日本部に来ていたのでしょうね‥‥」
 ルチア(gb3045)がポツリと呟く。資料の中には『毎日のように本部に来ていた』と言う言葉も付け足されており、洋平が何を思って本部まで来ていたのか、それを知る者は誰もいない。
「その辺は本人にしか分からないだろうがねぇ、そういうもんだろ?」
 アハト・デュナミス(gb3064)が頭を掻きながら呟く。確かに何故そのような事をしたのかなど本人にしか分からないだろう。
「とにかく、助けださんとな! レスキューを生業にしている以上、人のピンチは見過ごせん!」
 孫六 兼元(gb5331)が豪快に話すと「そうだな」とディッツァー・ライ(gb2224)が短く言葉を返す。
「ゴチャゴチャ言う前に助けるぞ、まずはそれからだ!」
 ディッツァーの言葉に能力者達は首を縦に振る。洋平が何を考えていたのか、何のために向かったのか、それらはまず洋平を保護してから考える事――ディッツァーはそう考えていた。
「そうですね、僕のエゴを突き通す為にも――無事に保護させていただきます」
 シンはディッツァーの肩に手を軽く置きながら言葉を返し、能力者達は高速艇へと乗り込んで洋平が向かったとされる公園へと急いだのだった。


―― 死の淵で彷徨う少年 ――

 今回の能力者達は迅速に洋平を見つけ、キメラを退治する為に8人を4つの班に分けて行動するという作戦を立てていた。
 A班・ディッツァー&ロゼア。
 B班・孫六・ルチア。
 C班・黒羽&シン。
 D班・白雪&アハト。
 もちろん、これは捜索する時の班で、洋平もしくはキメラを発見したらすぐに合流して対処する――という事も話し合いの中では出ている。
 AとB、CとDは直ぐに駆けつけられる範囲で行動をしてお互いのフォローが出来るようにする。そういう陣形を取る事で不意打ちを受けた際などのデメリットが少なくなるように作戦を立てた。
「それじゃ、何かあったら『トランシーバー』で連絡を取り合いましょう‥‥」
 ロゼアが『トランシーバー』を見せながら呟き、能力者達はそれぞれ行動を開始したのだった。

※A班※
「宜しくお願いします‥‥」
 ロゼアが軽く頭を下げながらディッツァーに話しかけると「此方こそ、だな」とディッツァーも言葉を返した。
「‥‥花壇も荒らされてる」
 ロゼアは踏み荒らされた花壇の花を見て、少しだけ寂しそうに呟いた。足跡は人間の物もあるので、恐らくキメラが現れた際、慌てて逃げる時に花壇を踏み荒らしてしまったのだろう。
「ヤバイな、さっさと見つけねぇと手遅れになっちまう‥‥」
 ディッツァーは公園中を見渡しながら、予想以上に公園の状況が酷い事に気づき、洋平、そしてキメラの捜索を足早に再開したのだった。

※B班※
「まだ見つかったという報告はないですね‥‥無事でいてくれるといいのですけど‥‥」
 ルチアがため息混じり『トランシーバー』を見ながら呟いた。
「B班、到着した! 捜索に入るぞ!」
 孫六がB班指定地に到着した事を他の班に連絡して、洋平やキメラの捜索に入る。
「あ、あそこ‥‥!」
 捜索を開始してから少し経過した頃、公園の中央にあるジャングルジム、そして隣にある砂場でぐったりとしている少年を見つける。
 慌てて二人が駆け寄ると、砂場は少年の血で赤く染まり、出血が多いことが窺える。
「B班、目標の少年を発見したぞ! 位置はジャングルジムと砂場のところだ。出血が多いが‥‥今のところは命に別状はなさそうだ」
 孫六が少年、洋平の傷を見ながら『トランシーバー』で他の能力者に知らせる。
「‥‥ボクの事は‥‥放っておいて‥‥ボクは、どうなっても、いいんだから‥‥」
 少し苦しそうに洋平が呟くとルチアが『練成治療』を洋平に使用し始める。
「今は、一緒に来てください。今は苦しくても、痛くても、きっとこの先前を向いて歩ける時が来るはずですから」
 ルチアの言葉に洋平は言葉を返す事なく黙ったまま治療を受け続けた。
「キメラが近づいておるらしいぞ! とりあえず洋平を避難させよう!」
 孫六が少し大きな声で叫び、ルチアと孫六は洋平を連れて、今いる場所から離れたのだった。

※C班※
「酷いわね‥‥」
 黒羽はため息混じりに惨劇に見舞われた公園を見て呟く。幸いにもまだ死者は出ていない。
 この公園にいるはずの少年・洋平を救助してキメラを退治できれば、公園は破壊されてしまったけれど人の命に犠牲は出ずに済む。
(「‥‥この綺麗な公園も勿体無かったけれど、人命優先よね‥‥」)
 黒羽は心の中で呟く。
「D班も何も発見できていないようですね‥‥」
 シンは少し離れた距離にいるD班の様子を見ながら呟く。様子が見えているのだから何か進展があればC班のシンや黒羽にも分かるはず。
 それらが見えないという事はまだ何も進展がないのだろう。
「酷いキメラ‥‥どの道キメラは排除ね。生かしておけないもの」
 キメラを生かせば、誰かが犠牲になる確率が高くなる。いくら作られた存在でも罪のない人が犠牲になるかもしれない、それが嫌だと黒羽は心の中で呟く。
 その時だった。
「後ろだ!」
 シンの持っていた『トランシーバー』からアハトの声が大きく漏れ、黒羽とシンは勢いよく後ろを振り返った――と同時にそれぞれ腕に痛みが走り、目の前には少し大きな猫が唸りながら二人を見ていたのだった。

※D班※
 これはC班がキメラに襲撃される少し前の出来事から始まる。
「んじゃ、捜索開始と参りましょうか!」
 アハトが呟くと「そうね。早く救助して退治しちゃいましょ」と真白が言葉を返す。元は子供達の笑顔が絶えない場所だった公園、しかしキメラの襲撃によってそれらはなくなった。
 その事に僅かながら苛立ちを感じるのだろう。
「それにしても、洋平は見つけたって連絡が来たけどなぁ――キメラの姿が影も形もねぇや」
 アハトが捜索を続けながらため息混じりに呟く。砂埃が舞い、視界が少し悪い状態ではあるけれどキメラを見逃すほどではない。
「‥‥‥‥猫、随分大きな猫だこと‥‥珍しいわね」
 真白が少し離れた場所にいる大きな猫を見ながら呟く。普通の猫だといつも逃げられてしまう真白は少しだけその大きな猫に興味を見せた。
 だけど――‥‥その猫が牙をむき出しにして、鋭い爪を見せる。
「後ろだ!」
 アハトが『トランシーバー』に向かって叫び、C班の二人に危険を知らせる。彼の声によって完璧に気配を断ってC班の後ろに潜んでいたキメラは二人にかすり傷を負わせた後、C班、D班の真ん中に着地して、見比べるように唸り声をあげる。
 そしてアハトは再び『トランシーバー』を使用して他の班にキメラを発見した事を告げ、戦闘準備に取りかかったのだった。


―― 能力者 VS 猫キメラ ――

 アハトの連絡を受けてから、直ぐに他の能力者達も合流してきた。元々がそんなに大きな公園ではなかったのが幸いしたのだろう。
「洋平さんは『練成治療』で応急手当は出来ました。ただ出血が少しばかり多いので、早めに病院に連れて行くに越した事はありませんね」
 ルチアが洋平の状況を他の能力者達に知らせる。
「さぁて、じゃあおイタをしてる子猫ちゃんにお仕置きしますかねぇ」
 アハトが『スナイパーライフルD−713』を肩に担ぎ、軽い口調で呟きキメラを見る。
 洋平は怪我をしているということもあり、能力者達は戦闘班と洋平保護班の二つに分かれて行動を開始する。
「一匹だけじゃないと考えて行動しないと‥‥」
 白銀の髪を漆黒へと変えてロゼアが呟き『ライフル』で援護射撃を行う。キメラはロゼアの攻撃を受けて身動き取れぬ状態が続く。
「ワシの鬼を起こしたな!」
 孫六が二刀小太刀『牛神蛇神』を逆手で持ち、キメラへと攻撃を行う。近くは無い距離だけれど遠くも無い距離に洋平と彼を護る能力者達がいる。
 あまり長引かせると其方にまで危険が及ぶと考え、早期決戦を心がけるように行動した。
「息つく暇なんざ与えるか! さっさと片をつけてやる!」
 孫六が攻撃を終えた後、ディッツァーが既に踏み込んでおり『【OR】獅子刀 牙嵐』で攻撃を行う。
 しかし彼は攻撃を行いながらも何かを待つようにキメラの攻撃を甘んじて受けているような印象が見られる。
「囮・壁役は専売特許だ、しばらく付き合ってもらうぞ!」
 ディッツァーはキメラからの攻撃を受けながら不敵に笑む。
「余所見してる暇はないわ、あなたの相手は私よ!」
 黒羽が叫び『【OR】 強襲用機甲義手 アサルト』で攻撃を行う。真横からの彼女の攻撃は完全にキメラの気を引き、真白がにっこりとキメラに微笑んでみせる。
「そろそろ終わりにしましょう‥‥アハトさん、シン君、宜しく」
 真白が呟くとアハトが『鋭覚狙撃』を使用してキメラの足を砕く。これで万が一の状況になってもキメラに逃げられることはなくなるだろう。
 そして真白がキメラをしっかりと掴み‥‥。
「円舞曲に合わせて踊れ‥‥指揮者は僕がやろう」
 シンが呟いたかと思うと、彼が自身の技の一つとして数えている『Walzer―Meteorstrom』を繰り出す。それは『二連射』を6回連続で使用するものであり、立て続けに攻撃を受けるキメラは避ける事も出来ずにすべての攻撃を受けてしまう。
「全身全霊の‥‥抜き胴一閃ッ!!」
 ディッツァーが叫びながら『流し斬り』と『紅蓮衝撃』を使用してキメラに攻撃を仕掛け、キメラに反撃の暇を与えぬようにと孫六も既に攻撃態勢へと入っていた。
「時間が惜しい! さっさと終わらせるぞ!」
 彼は『流し斬り』を使用しながら攻撃を行い、攻撃を黒羽へと続ける。
「もう終わりよ、諦めて討たれなさい!」
 黒羽が叫び『菖蒲』でキメラが避けられるようにわざと軽く攻撃して、避けた所を本命の左を振り上げ、そして勢い良く振り下ろし、キメラにトドメを刺したのだった。


―― キメラ去り、少年の心は ――

「ボク‥‥死にたかったのに‥‥お母さんを死なせてまで助かった、ボクなんか‥‥死ねばよかった」
 洋平はキメラが退治された事を知ると、腹部の痛みのせいか、それとも堪えていた涙のせいか身体を震わせながら消え入りそうなほどに小さな声で呟いた。
「私には‥‥あなたの気持ちが理解できない、だけど‥‥一つだけ言える。あなたを心配している人がいる。その人の為にも自らの命を無駄にするような事はダメです」
 ロゼアの言葉に「‥‥おばさん、か」と小さな声で呟く。
「‥‥何でだろうって思う。あの時、お母さんが死んじゃったあの日、お兄さん達みたいな能力者が来たら――お母さんは死なずに済んだんじゃないかって‥‥」
 洋平は涙をぼろぼろと流しながらシンを見て呟く。洋平は心を凍らせてはいたけれど、閉ざしてはいなかったのだろう。その証拠に洋平の瞳からは次々に涙があふれ出てくるのだから。
「‥‥‥‥」
 ディッツァーは洋平にかける言葉が見つからず、軽く洋平の肩を叩いてその場を離れる。恐らく彼自身も分かっていたのだろう。この状況、洋平の母親を亡くした過去、それらが全て言葉で解決するものではないということが‥‥。
「実はね、私は幽霊が見えるのよ」
 真白が洋平と視線を合わせながら話しかける。
「え?」
「あなたのお母さんもそう‥‥あなたの傍で悲しそうな顔をして佇んでる」
 真白の言葉に「お母さんが‥‥? 何で?」と洋平は驚きに目を丸く見開いて呟く。
「何故って‥‥あなたの心が死んだままだから。私のせいだって泣いているのよ」
「お母さんのせいじゃ、ないのに‥‥全部ボクが悪いのに‥‥」
 洋平はかたかたと手を震わせながら母親の霊を探すように周りをきょろきょろと見る。
「大切な家族を失って、悲しいのに、痛いのに、それでも前を向いて剣を振るっている人がいます」
 ルチアがそっと洋平に近寄りながら話しかけ、言葉を続ける。
「忘れろとは言いません、戦えとも言いません、ですが――前を向いて歩くことを‥‥決して止めないで下さい」
 ルチアの言葉に「あなたなら、きっと出来ると思います」と言葉を付け足したのだった。
(「きっと、あなたのお母さんもそう、わが子が俯いている姿を見て喜ぶ親なんていない、きっと前を向いて欲しいと思っているはずだから」)
 ルチアは洋平には言わなかったけれど心の中で呟き、そっと目を伏せる。
「死んだような顔してんな、おめぇさんまだ生きてるんだからよ」
 アハトの言葉も洋平が何も言えずにいると「俺の事を信じてみねぇか」と呟く。
「ちょいと俺の事を信じてみればいい、ちゃんとこれからも護ってやっから」
「お兄さんを‥‥信じる?」
「キミは母親に二度も命をもらっておるのだぞ? 一度目は生まれた時、2度目は命を懸けて護ったとき。母を思うなら、これからは与えられた命を粗末にせず、母の思いとともに生きよ」
 孫六の言葉に「そう」と黒羽も小さく呟く。
「死ぬのは勝手だけど‥‥死んだらきみを庇ったお母さんの覚悟が無駄になるのよ?」
 そんなのは嫌でしょ? 黒羽の言葉に洋平は首を縦に振って答える。
「だったらしっかり生きないとね」
 その後洋平は大きく泣いて能力者達と一緒に病院へと向かう。
「よく、幽霊が見えたものですね」
 シンの言葉に真白が「‥‥嘘よ」と小さく言葉を返した。
「そんなに都合よく死んだ人の幽霊が見れるわけないじゃない。見れるならそう‥‥私も」
 真白はそのまま口を噤んでしまう。
 嘘はいけない、だけど彼女がついた嘘は許されるだろう。
 洋平を護ろうとしてついた優しい嘘なのだから。


END