タイトル:滅び―失われた痛みマスター:水貴透子

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/11/05 00:09

●オープニング本文


きっと『苦しい』とか『悲しい』とかなくなれば‥‥素敵なことだと思う。

そう――思っていたのに、私の心は満たされないの‥‥。

※※※

「痛みを感じられない少女?」

今回の仕事内容は『痛みを感じない少女の護衛』らしい。

普通に痛覚がなくなるだけではなく、心の痛みすらもなくしてしまった少女との事だ。

「心の痛みもないというのは?」

その少女・アイラの母親に問いかけると、表情を曇らせて下を俯きながら呟き始める。

「あの子は‥‥心をなくしてしまったんです‥‥」

アイラという少女は絵描きが好きで、将来は画家になりたいと言っていたという。

しかし‥‥キメラに襲われたときに斬りつけられた場所が悪かったらしく右手が動かなくなってしまったのだ。

「それからです、あの子がどんなに酷い場所を見ても、しても、されても‥‥表情一つ変えずに立っているんです」

絵を描けない、それがアイラにどれほどの苦しみを与えたのか‥‥。

「あの子が変わってしまう前‥‥私に言ったんです。苦しいとか思えなければ、私は幸せになれるよね――と」

どうかお願いです、母親は頭を下げながらアイラを助けてやって欲しいと懇願してきた。

●参加者一覧

アルフレッド・ランド(ga0082
20歳・♂・FT
エミール・ゲイジ(ga0181
20歳・♂・SN
御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
姫藤・蒲公英(ga0300
11歳・♀・ST
水鏡・シメイ(ga0523
21歳・♂・SN
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
ルドア・バルフ(ga3013
18歳・♂・GP
カイト・キョウドウ(ga3217
20歳・♂・SN

●リプレイ本文

「莫迦な話だ――幸福だけの生に何の意味がある? 苦痛があるからこそ幸福は光り輝く‥‥苦痛のない生など、それは既に死んでいるのと同じだ」
 呟くのは御影・朔夜(ga0240)だった。
「そうですね――あんなに可愛い少女なのですから‥‥笑ったらきっと素敵だと思います」
 水鏡・シメイ(ga0523)が無表情なアイラを見て、悲しそうに呟く。
「私も最初は戸惑いましたが‥‥私にも何か出来ればと思います」
 如月・由梨(ga1805)も悲しそうに目を伏せて呟く。
「‥‥‥‥俺は、何か気にくわないな――利き腕が使えなくなったからと言って心を閉ざした方が楽‥‥俺には甘えているようにしか見えないな」
 ルドア・バルフ(ga3013)がじろりとアイラを見ながら低い声で呟く。
「俺は左利きだったのを右利きに矯正しようとした経験があり、今では左右どちらでも同等に使えるようになった――彼女も努力すればいいと思うのですが――」
 アルフレッド・ランド(ga0082)も呟く。
「とりあえず、俺はお茶を淹れるな」
 エミール・ゲイジ(ga0181)はそう言って、アイラの母親に許可を取り、台所を借りる。
「あ――‥‥あの‥‥」
 エミールがお茶を淹れ、他の能力者達がアイラにどんな言葉を掛ければいいか考えている間、アイラに話しかけるのは姫藤・蒲公英(ga0300)だった。
「‥‥あの‥‥どんな事をしても‥‥辛い事や‥‥悲しい事は‥‥きっと‥‥なくなりません‥‥よ‥‥? だから‥‥どんなに‥‥頑張っても‥‥今の‥‥アイラ様は‥‥幸せに‥‥なれないですよ‥‥?」
 彼女の考え自体を否定する事から、姫藤は他の能力者に聞かれないようにと二人きりの所で話す。
「‥‥だから‥‥アイラ様は‥‥苦しんでいるんじゃ‥‥ないんですか?」
 姫藤の考えはアイラが苦しんでいるのを我慢しているというものだった。苦しいことを『苦しくない』と思い込むことで自分を慰めている――そのように感じたのだろう。
 しかし、自分で慰めても心は満たされない。我慢している分、余計に苦しいだけなのだ。
「ちょっと宜しいでしょうか」
 姫藤とアイラが話していると水鏡が部屋に入ってくる。
「アイラさんが描かれた絵を見せてもらってもいいですか?」
 水鏡はにっこりと笑いながらアイラに問いかける。するとアイラは一冊のスケッチブックを水鏡に渡した。
 姫藤も少し遠くから覗き込むようにそれを見る。スケッチブックに描かれている絵は人物画から風景画まで描かれており、その域は子供が描く域を超えていた。
「良い絵ですね――とても優しい気持ちになれます」
「でも―――そんなのはもう‥‥どうでもいい。もう考えない。考えなければ――苦しくないから」
 アイラは表情を見せない声で呟く。
「なるほど――それで苦痛を感じない今‥‥君は幸せか?」
 御影も部屋に入ってきて、アイラと目線を合わせるように屈んで話しかける。
「私には、無感こそ苦痛と思えるが‥‥」
 そして、彼は言葉を続ける。
「人は未知を感じないと生きてはいけない。明日が分からないからこそ生きていける。その点をして‥‥あらゆる既知感を覚え、新鮮な想いを何一つ感じられない私は既に壊れ――狂っている」
 御影はクッと笑い、どんよりと暗い色をしたアイラの瞳を確りと見据えて呟く。
「君はまだ戻れる位置にいる、無感になるのではなく苦痛を乗り越えるんだ。そうでなければ人は生きてはいけないよ」
 御影は煙草を咥え、部屋を出て行く。
「俺は――むしろ利き腕が使えなくなった今、これから何をどうするかが大事だという事を理解して欲しい」
 カイト・キョウドウ(ga3217)はアイラの頭を撫でながら呟く。
 その時――‥‥部屋に遠慮がちに入ってきたのは如月だった。今回の相手はキメラでもバグアでもない。ただの傷ついた子供なのだ。どうやって対処していいかが分からないのだ。
「初めまして‥‥私は如月・由梨と申します。趣味は――‥‥」
 そこまで話すと如月は言葉を止める。
「えぇと‥‥お恥ずかしながら、どうにも思いつきません。アイラさんは絵を嗜んでおられると聞きましたけど?」
 絵、その言葉にアイラがピクリと反応を見せる。
「出来たらでいいのですが、私に絵を教えていただけませんか?」
 如月が問いかけると、アイラは一冊のスケッチブックとペンを持って来た。今までと違うアイラの反応に能力者達も遠くからそれを見守る。
「最初は‥‥綺麗に描こうと思わないで‥‥下書きをしていくの」
 そう言って手本のように左手で絵を描こうとするが――利き腕でない為か上手く描くことが出来ない。
 そして‥‥アイラはスケッチブックを乱暴に投げつける。
「キミはそうやって立ち止まったままで何を得られる? 時として苦痛もあるだろう。だが‥‥それを乗り越え、前に踏み出した者だけが幸福を得られるんだ」
 御影がアイラに呟く。
「そうやって怒るという事は絵に対する思いが消えたわけではないんですね」
 水鏡がにっこりと笑みながらスケッチブックをアイラに返す。
「上手く書く必要なんてないんですよ。大事なのは如何に自分の思いを籠めるか、なんですから」
 水鏡が言うと、アイラは俯き、言葉を返さない。
「これは――俺の話だ。俺には守りたくても守りきれなかった人がいた。沢山の人が死んでいった‥‥」
 ルドアは自分の左手を見ながら、後悔しているかのように言葉を続けた。
「中にはやっと幸せになれるはずの家族もいた。人の為にバグアと戦って死んでいった仲間もいた――お前はまだ‥‥生きてるじゃないか」
 そしてルドアは部屋の外に出る間際、アイラを見る。
「もしも――もしもだが絵を描きたいと思ったのならば後で外に来い。いい物を見せてやろう」
 言い終わるとルドアは外へと出て行った。
「皆! 紅茶が出来たからおいでよ」
 エミールの声と共に紅茶の良い香りが鼻を擽る。彼が用意したのは『アッサム』という茶葉でお世辞にも決して質の良い茶葉とは言えなかった。
「インドのチャイっていう紅茶で、作り方はコレ」
 エミールは言いながら一枚の紙を見せる。その紙には紅茶の淹れ方が書いてあった。
「美味しい紅茶は人を幸せにしてくれると思うからな」
 そう言ってカップをアイラに渡す。
「‥‥‥‥美味しい」
 ポツリとアイラが呟く。その言葉を聞いてエミールはにっこりと笑った。
「これ、実はあんまり良い茶葉じゃないんだ。でも美味しい。つまり大事なのは茶葉の品質じゃなくて相手に美味しく飲んでもらおうとする気持ち。それさえあれば工夫次第で美味しくなるんだ」
 そしてエミールはスケッチブックを渡しながら言葉を続ける。
「絵もさ、同じなんじゃないか? 大事なのは上手な絵が描けることじゃなくて、絵が好きだって事――アイラにはまだ左手が残っているんだから」
 確かに、とカイトも思う。満たされていない。彼女の母親は家に来た時にアイラの事で訪ねた時にそう答えた。痛みを感じない筈なら、満たされないという気持ちを持つはずがない。
 つまり、アイラは僅かでも希望を持っていたとしか思えないのだ。
 だが‥‥アイラが望むのが何であれ、その僅かな希望を胸に秘めて変化を願えば‥‥きっと本当の意味での幸せを得ることが出来る。
 カイトはそう思わずにはいられなかった。
「‥‥辛いことも‥‥苦しいことも‥‥受け入れてください‥‥私もそうでしたから‥‥気持ち‥‥分かりますから――」
 姫藤は呟くと、顔を真っ赤にして部屋から出て行く。
「貴方の絵が完成したら見せてくださいね――楽しみにしていますから」
 水鏡が言うと、如月も首を縦に振りながらアイラに話しかける。
「私は一から、貴女は左手でもう一度、絵の練習をすればいいのではないでしょうか? 私には最初から貴女が苦しんでいるように見えました――泣きたいときは泣いてもいいのですよ」
 姫藤の言葉で塞き止めていたものがなくなったのか、アイラはわあわあと泣き出した。
「どんな夜にも朝は来る、それはアイラ‥‥あんたにも同じさ」
 カイトの言葉にアイラはスケッチブックとペンを持って外に出る。すると、ルドアが待ちくたびれたような表情で玄関に立っていた。
「来たか、だったら約束通りにいいところに連れて行ってやる」
 アイラと一緒にルドアは出かけ、自分のお気に入りの場所――景色がよく見える場所へと連れ出した。
「絵は腕を競うものじゃない。如何に心が上手く表現できるかだろう?」
 ルドアが頬を掠める風を気持ち良さそうに受けながら呟く。
「俺は守れなかったやつの分まで生きてバグアを倒す。お前のように立ち止まったりはしない。自分で道を切り開いて生きて見せろ」
 アイラは涙の混じった笑顔をルドアに見せ、持って来たスケッチブックにぎこちなく描き出した。


「皆様――ありがとうございました」
 丁寧に頭を下げるのはアイラの母親。
「‥‥お母様も‥‥頑張って‥‥貰わないと‥‥駄目です」
 姫藤が呟くと、母親は申し訳なさそう首を縦に振る。
「はい、私もアイラの事をもっと気掛けるようにします‥‥アイラの絵が完成したらUPC本部に持って行きますので見てやってください」
「あ、そうだ――」
 アルフレッドがアイラに渡したのはドット絵を使ったパズル。
「興味を持ったらしてみるといいですよ。貴方ならきっと素敵な絵を描けるようになりますよ。元のようにとは言い切れないが、何もしない可能性ゼロの状態より、きっとマシでしょう」
 アルフレッドから渡されたパズルを受けとり、アイラはにっこりと笑顔を見せた。
 きっと、アイラはこれから素敵な絵を描けるだろう。
 あんなに素敵な笑顔が出来るのだから―――‥‥。


END