タイトル:翠の旋律者マスター:水貴透子

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/24 00:21

●オープニング本文


その音色は美しく、とても私達に敵対する者が奏でる演奏とは思えないほどだった。

だけど――その音色は時に人を惑わし、キメラさえも思うままに操るのだ‥‥。

※※※

「この人‥‥本当にユダなの?」

事の始まりは一つの事件からだった。

いつものようにキメラに襲われている町を能力者が救う――ここまでは普段通りだった。

だけど『普通』ではなかったのは、キメラを操る親分のような存在がいたこと。

美しいフルートの音色でキメラを操り、能力者達にけしかけてきたのだと言う。

キメラを操っていた者は、一年ほど前に行方不明になっていた男性だった。

彼の名前は『ハリー・ジョルジオ』と言って、心が澄むような美しい音色を奏でるフルート奏者として有名な男性だった。

「知っているのか?」

呟いた女性能力者に男性能力者が問いかけると「‥‥直接面識はないんだけどね」と女性能力者は言葉を返してくる。

「日本へコンサートに来る途中、行方不明になったって言う有名なフルート奏者よ。まさか‥‥バグア側にいたなんて‥‥」

女性能力者は『ハリー』の演奏が好きだったのだと言葉を付け足しながら呟いた。

「今回、初めて現れて行動を起こした奴みたいだから詳しい事は分かっていないみたいだな。ただフルートでキメラを操るってくらいしか‥‥」

「そう‥‥とても残念だわ‥‥」

女性能力者は呟き『ハリー・ジョルジオ』の詳細が書かれた資料をぐしゃりと握り潰したのだった。

●参加者一覧

シア・エルミナール(ga2453
19歳・♀・SN
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
シエラ(ga3258
10歳・♀・PN
櫻杜・眞耶(ga8467
16歳・♀・DF
音影 一葉(ga9077
18歳・♀・ER
まひる(ga9244
24歳・♀・GP
アセット・アナスタシア(gb0694
15歳・♀・AA
早坂冬馬(gb2313
23歳・♂・GP

●リプレイ本文

〜任務前の顔合わせを‥‥〜

「‥‥フルート奏者のユダ‥‥ですか‥‥フルートの音色が悪用される、というのは‥‥なんだかちょっと、切ないですね‥‥」
 朧 幸乃(ga3078)が『ハリー・ジョルジオ』の資料を見ながら小さく呟いた。彼女自身もフルートを嗜んでいて、だからこそ余計に悲しい気持ちが胸を占めていた。
「キメラを操る音色‥‥」
 シエラ(ga3258)が小さな声で呟く。視力を奪われているシエラは、キメラを操るという音色がどのような物なのかに興味を示して、今回の任務に参加する事にした。
「ユダ‥‥資料では見ましたが、実際に会うのは初めてですね。さて、彼は自分の意思でバグアについたのでしょうか? それとも‥‥」
 シア・エルミナール(ga2453)が呟くと「どちらでしょうね‥‥」と櫻杜・眞耶(ga8467)が言葉を返す。
「ハリーがバグアを惹きつけたのか‥‥それとも、バグアがハリーを奪ったのか‥‥」
 櫻杜は少し悲しそうに呟く。例えハリーが望んだとしても、望まなかったとしてもバグア側に彼が属している以上は『敵』でしかないのだから。
「ユダですか‥‥一言で言えば不気味、ですね。怖くないと言えば嘘になりますけど‥‥」
 音影 一葉(ga9077)は呟きながら隣に立つまひる(ga9244)を見ながら「一緒なら平気ですね」と言葉を付け足した。
「‥‥ユダ、ねぇ」
 まひるは上を見上げながら独り言のように呟く。彼女はハリーに対して敵対する人物だと分かっているが、能力者という自分達と対等な『異なる人種』として認識していた。それと同時に『ハリーになってしまったバグア』に対して、同情もしていた。
「どうかしましたか?」
 見上げたまま何も言わないまひるに恋人である音影が話しかけるが「いや、何でも」とまひるは言葉を返した。
「ユダは12教徒の中で裏切り者‥‥か」
 確かにぴったりだ、アセット・アナスタシア(gb0694)と言葉を付け足して呟く。
「だけどフルートは腹立たしいですね」
 早坂冬馬(gb2313)が苦笑しながら呟いた。
「別に音楽への冒涜とか、難しい事は言いませんが‥‥音楽は人類が生み出した文化の極みですよ。それをこのような形で利用されると、腹が立ちます」
 笑みを浮かべてはいるけれど、早坂は言葉通り少し怒りを感じているような雰囲気だった。
「それでは、現場へ向かいましょうか」
 早坂が薄い笑みを浮かべながら促すと、能力者達は目的の森へと向かい始めたのだった‥‥。


〜闇の森、響くフルートと唸るキメラ〜

 今回の能力者達が立てた作戦は、森の中で開けた場所で明かりをつけて、相手の出方を待つという作戦だった。明かりにはキャンプファイヤーも行う予定だったが、場所が森という事もあり火が燃え移る可能性も考えて、それぞれの光源を持ち寄る事になった。
 シアとまひるは『ランタン』を、朧、シエラ、櫻杜、音影、アセット、早坂は『エマージェンシーキット』の中に入っている懐中電灯を持って、キメラやハリーの出方を待っている。
 陣形は円を囲むような形を取っており、前衛に櫻杜、まひる、朧の三人、中衛にカンテラを挟んでシアと音影、シエラ、早坂の四人、そして前に立つ早坂とシエラの後ろを守る為にアセット――という陣形だった。
「‥‥中々現れませんね‥‥わざと明かりをつけている事で警戒しているのでしょうか」
 明かりをつけて待機をし始めてから数十分、風によって木々がざわめく音しか耳に入ってこなくシアがため息混じりに呟いた。
「‥‥そうですね‥‥でも根気良く行きましょう‥‥早坂さん?」
 朧は隣に立つ早坂の小さなため息を聞いて「どうかしましたか?」と問いかけた。
「いえ‥‥ただ女性の中に一人だけ男というのが‥‥」
 苦笑しながら早坂は言葉を返すと「‥‥私も一見、男の子みたいですし‥‥」と穏やかに笑んで答えた。
 それから数分後、森の中にフルートの音色が響き渡り始めた。聞こえてくるのは一般的なクラシックで誰もが耳にした事のある曲だった。
「夜の森に響くフルート‥‥キメラさえ、いなければロマンチックなのですけどねぇ」
 早坂が苦笑気味に呟き『試作型超機械剣』を構えて、前方からやってくる植物型キメラを強く見た。
「私の前では仮初めの力は何の役にも立ちません‥‥」
 音影は呟き、キメラを操るフルートの効力を打ち消そうと『虚実空間』を使用する。しかし、音影の知覚より相手の抵抗の方が強かった為、発動される事はなかった。
 現れたキメラはフルートの音色のおかげなのか凶暴性を増しており、朧は自分の持ってきたフルートでハリーの音色を打ち消そうと試みる。それに伴いまひるも『呼笛』を吹き『巨大ハリセン』で木などを叩きながら音色の妨害を試みるが、どれも効果はないようだった。
「Einschalte‥‥。確かに美しい音色かもしれませんが‥‥。私は‥‥どこか物悲しさを感じます‥‥」
 呟きながらシエラは覚醒を行い、植物型キメラの蔓を『キアルクロー』で斬る。
「燃えろっ!」
 まひるが叫びながら黒刀『炎舞』で植物型キメラに攻撃を仕掛ける。属性が『火』という事もあり、植物型キメラに効果は大きかった。まひるの攻撃が終わった後にシアが『強弾撃』を使用して植物型キメラに攻撃を行った。
「‥‥この音色‥‥的確にキメラを操っているのでしょうか‥‥」
 フルートの音色が響くたびに植物型は『命令を受け取った』かのように能力者達の攻撃を避けていく。
 朧は耳を澄ませて操っている張本人・ハリーが何処からフルートを奏でているのかを特定しようとするが、戦闘中という事もあり、うまく聞き取る事は出来ない。
「‥‥まずは‥‥キメラ殲滅を、ですね‥‥」
 朧は『砂錐の爪』を装着させた靴で駆け出し、植物型キメラに攻撃を仕掛ける。彼女の攻撃は避けられたが、すぐ後に攻撃を仕掛けた櫻杜の『蛍火』をまともに受けてしまい、植物型キメラの動きが少しだけ鈍くなる。
「貴方に用はありません、大人しくやられてください」
 シアは呟きながら小銃『S−01』で『強弾撃』を使用して攻撃する。そしてシアの攻撃を受けて植物型キメラの動きも止まり、響き渡っていたフルートの音色もぴたりと止む。
「‥‥困りましたねぇ」
 若い男の声が聞こえたかと思うと、再びフルートの音色が響き能力者達の後ろ、つまり後衛を守る側にいたアセットの背中を攻撃するモノがいた。
「‥‥っ!」
 アセットは痛みに表情を少し歪めた後、『コンユンクシオ』で振り向き様に攻撃を仕掛ける。
「大丈夫ですか? 傷を‥‥」
 音影が『練成治療』でアセットの傷を治療しようとすると「軽い傷ですから、大丈夫です」とアセットは言葉を返して武器を強く握り締める。
「まずは眼の前の敵に集中する‥‥降りかかる火の粉は払う!」
 アセットが攻撃を行うと同時に早坂も『試作型超機械剣』を振り上げて、新たに現れた爬虫類型キメラに攻撃を行った。
 爬虫類型キメラはアセットと早坂の間をすり抜け、朧とまひるに攻撃を仕掛けた。
「きゃあっ!」
 爪での攻撃を受けた二人は足を一歩後ろへ下がらせた。まひるの負傷を見て、今まで冷静だった音影の表情に怒りが露に滲み出る。
「その人をこれ以上傷つける事は私が許しません‥‥」
 構えていた『エネルギーガン』で爬虫類型キメラを射撃しながら音影が冷徹さを含んだ口調で呟く。射撃によって一時的に動きを止めた爬虫類型キメラを攻撃する為にシエラは『疾風脚』を発動して木の間を縫うように移動を行うとヒット&アウェイの方法で攻撃を繰り返していく。
「‥‥あなた達にもし、感情があって‥‥音色に心を動かされて従っているのならば、それは素敵な事だったのかもしれません‥‥」
 シエラは攻撃を行いながら爬虫類型キメラに向けて小さく、そして悲しそうに呟く。
「‥‥ですが、これは偽りの音色。神経に作用するだけの、単なる化学反応‥‥」
 シエラが呟くが、爬虫類型キメラに彼女の言葉が届くはずもない。
「私たちの言葉が届かないのなら須らく斬る‥‥」
 アセットが呟き『コンユンクシオ』で攻撃を仕掛け、爬虫類型キメラを無事に倒したのだった‥‥。
 しかし、問題はここから‥‥。


〜堕ちた神童 ハリー・ジョルジオ〜

「予想外ですねぇ、まさか二匹を倒すとは思っていなかったので。能力者が八人もいるんだから当たり前なのかな? それとも私のキメラが弱かっただけなのかな?」
 二匹のキメラを退治した後、木の上から降りてきたタキシード姿の男性、手には銀色のフルートが持たれている。
「改めて初めまして、ハリー・ジョルジオと申します。以後お見知りおきを」
 ハリーは英国紳士がするようなに丁寧に頭を下げながら呟く。
「貴方に何があったの? 何をしようとしているの? 自分の意思でそちらにいるの?」
 シアが疑問に思ったことを投げかけると「忙しい方ですね、一気に質問されても」と苦笑混じりに言葉を返してくる。
「‥‥それで、答えはもらえないの?」
 シアが頬に流れる汗を感じながら話しかけると「答えは一つですよ」とハリーは言葉を返してくる。
「お話する義務はありません」
 にっこりと笑顔で言葉を返してくるハリーに言い知れない感覚が能力者を襲う。それと同時にシエラが『瞬天速』でハリーを追撃しようとするが、木の上から攻撃を行おうとした時、全身から汗が吹き出るような感覚に襲われ、シエラは攻撃を行わずに能力者達のところへと戻る。
「正解ですね。貴方のような可愛らしい少女を殺してしまうには忍びない」
 にっこりと先ほどと同じような笑顔でシエラに笑いかける。だが、シエラは相変わらず武器を構えたままで攻撃態勢を解こうとはしない。
 ハリーは苦笑して一歩を踏み出す。その時「ハリーアップ!」とまひるが叫ぶ。
「彼のフルートは、人を傷つける為にあるのではないです‥‥彼もそれを望んでいないはず‥‥」
 シエラが呟くと「‥‥彼、ね。つまりは私でしょう」と少し冷たい笑みを浮かべながら言葉を返す。
「裏切り者で狂信者の名前を名乗るだなんて、いい性格をしているわね」
 櫻杜が皮肉をこめてハリーに言うと「そうですね、貴方ほどではありませんよ」と更に皮肉を乗せて言葉を返した。
 その言葉に櫻杜は露骨に嫌そうな表情をハリーに見せた。
「何故キメラが私に従うか分かりますか?」
 突然、ハリーが脈絡なく話を始めた。
「あんたのフルートで操っているんだろう?」
 まひるが怪訝そうな表情を見せながら答えると「それだけじゃありませんよ」とハリーは呟く。
「それは私が――」
 ハリーが呟いた所をシアが『鋭覚狙撃』と『影撃ち』を使用してハリーに攻撃を仕掛ける。
「聞きたい事もありますし、簡単に逃げられても困り――‥‥」
 シアの言葉が途中で止まる。確かに彼女の攻撃は当たったのだが、平然として笑うハリーの姿が能力者達の前にはあった。
「‥‥殺されたいですか?」
 表情は笑顔そのものだが目が笑っていない。先ほどのように穏やかな笑みではなく、殺気に満ちた笑みで、能力者たちを見つめていた。
「‥‥止めましょう。殺してしまうのはいつでも出来ます。今日はこれにて失礼しますよ」
 最初と同じように丁寧に頭を下げて去ろうとするハリーに朧が『ペイント弾』でハリーのタキシードを汚す。
「蛍光塗料付きですか、確かに暗闇の中では大いに活用できますね」
 感心したようにハリーが呟き、シアがハリーの足を狙って攻撃を行うがそれらは全て避けられてしまう。
「貴方たちは何か勘違いをしていらっしゃる。私が『逃げる』のではない。私が『見逃して』あげるんですよ」
 いかにも自分は強いと言う口調で、ハリーは不気味な笑みを能力者達に見せた。
「そう簡単に私を倒せるなんて思わないことですね、甘いですよ」
 ハリーはそう呟いて櫻杜の後ろへと周り、その首に手をかける。
「ほら、こうやって私は貴方達を簡単に殺してしまえる。生かして貰っているんですよ、貴方たちは」
 櫻杜は目を丸く見開き、段々とその瞳に怒りを滲ませる。
「分かったなら大人しくしていなさい。それではごきげんよう」
 ハリーは「次は辛気な森ではなく、素晴らしいステージを用意しておきましょう」と言葉を残して、能力者達の前から姿を消したのだった‥‥。


〜任務を終えて〜

「あの人、遊んでいましたね」
 報告のために本部へ帰還する高速艇の中で櫻杜が小さく呟いた。
「そうね。だけどこれで良かったんじゃないかしら。深追いしても此方が危険な事になるだけよ。それよりもまずは任務を優先」
 任務はキメラ退治だったでしょう、シアは言葉を付け足して櫻杜に言葉を返した。
「ハリー氏はこちら側には戻って来れないのですね‥‥フルート‥‥ぜひ一度、ご教授お願いたかったものですが‥‥」
 残念です、朧は外を見ながら小さく呟く。
「あの人の音色は綺麗だけど、綺麗じゃなかった‥‥美しい音色を出すだけならば、機械にも出来ます。彼のフルートには‥‥『ハリー』が足りなかった‥‥」
 シエラも小さく呟く。視界を奪われている彼女だからこそ感じるものもあったのだろう。
「また厄介な敵が増えたんですね‥‥」
 音影がため息混じりに呟くと「何とかなるさ、たぶん‥‥」とまひるが言葉を返す。
「私の名前‥‥アナスタシアはキリスト信者で『解繋者』と言われた‥‥どんな形にしろ、いつか彼の呪縛を解いてあげるよ‥‥」
 アセットは拳を強く握り締めながら呟く。
「そのうちにまた現れるのでしょう。ネズミではなくキメラをつれて‥‥その時にはまた笛吹き男に会いに行けばいい‥‥」
 早坂は嘲笑しながら呟き、目的の場所に到着した高速艇を降りたのだった‥‥。


END