タイトル:激闘!下町旅情マスター:三橋 優

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/05 23:08

●オープニング本文


 雑踏。売り声。店から流れる音楽。
 喧騒を嫌う者もいるが、下町の活気となると好む者も多いだろう。
 特にこのあたりは昔ながらの人情が闊歩する町。
「さあさあいらっしゃい、うちの店はバグアなんかにゃ負けないよ! 本場四川の味、食べて行かないかい?」
 この店の親父は昔、四川から流れてきたらしい。
 四川は激戦区だ。特別な材料を揃えようと思ったら赤字もいいところ。
 ただでさえ今は自然な食料を手に入れるのが難しいというのに。
 だが、味を求める人がいるならば応えよう。
 それがこの店の矜持だった。
「お客さん、どうだい1つ! おいしいよ!」
 店の中で食べさせる料理だけではない。店先で作るおやつのような鶏料理は、子供達にも人気だったり。
 その子供達とさほど年の違わない少年が手伝いで店先に出ている。
 この店の息子、近所でも評判のいい子である。

 と、その時。
「おわっ! な、なんだい?」
「うあっとっと! 気をつけてくれ!」
「うひゃ!? おいこらどこ見てるんだ!」
 ごちゃごちゃした道をまっすぐに、この店に向かって堂々と歩いてくる子供がいた。
 その服のセンスは数百年前のものだ。まるで中国のお伽噺から出てきたような童子の姿。

「えーと‥‥いらっしゃ」
 客なのだろうかと思い応対しようとする、店の息子。
 確かに童子は食べ物を求めていた。しかしこの店で売っているものが食べたかったわけではない。
 『食べ物』の多いところに行ってから食べろ。そう、言われていたから。
 もうこのあたりでいいだろう、と童子は判断した。『食べ物』は周りにいっぱいある。

 童子の眼が、鼻が、口が、一瞬で平坦になった。
 あっけに取られている子供達のうち1人の肩を両手で掴むと、童子の口がガバッと大きく開く。
 そして――


 ガキンという音。
 童子の口は、子供を食べる寸前で押しとどめられていた。
 たまたま別件の依頼から帰る所だった傭兵達によって。
 高速移動艇を待つ時間つぶしをしていたところに、人々の驚く声。その視線を追えば、不審な童子。
 正しく傭兵の勘は働き、子供の命を救った。

 童子の顔面を、手加減して殴る傭兵。
 これがもしキメラでなければ、これがただの仮面で悪ふざけならば、退治するわけにはいかないからだ。
 そして妙な手ごたえとともに、一瞬発現する光の膜。フォースフィールド。
 この童子は、間違いなくキメラ。
 もう手加減はいらない。
 戦え! 能力者よ! 人々の平和を乱すものを倒すのだ!

●参加者一覧

瞳 豹雅(ga4592
20歳・♀・GP
夜坂桜(ga7674
25歳・♂・GP
鴉(gb0616
22歳・♂・PN
羽衣・パフェリカ・新井(gb1850
10歳・♀・ER
文月(gb2039
16歳・♀・DG
雨衣・エダムザ・池丸(gb2095
14歳・♀・DG

●リプレイ本文

「生憎、人を食べるのは好まれてないよ、キメラ」
 鴉(gb0616)が飛び込み、キメラの歯は空を切った。
 歯がむなしく噛み合わされる。
 そしてその間に瞳 豹雅(ga4592)は子供を抱えると、素早く童子キメラの手から逃れ離れた。
「キメラじゃ!」
「キメラが出たぞお!」
 鴉が童子型キメラを殴り発現したフォースフィールドを見て、一般市民も何人か理解したらしい。
 下がれる者は下がり、子供らは保護者達が抱えて遠ざかる。
(「ずいぶん冷静ですね。都合が良いですが」)
 すぐさま覚醒してリンドヴルムを纏う文月(gb2039)。
 傭兵達の請け負った『別件の依頼』というのは、バグアがいるかも知れないという噂話の調査。
 内容はただのガセネタだったが、この一帯にも噂が流れていたのである。
 そのため市民達は敏感に反応した。
 もちろん、傭兵の行動も負けてはいない。
 鴉、文月、夜坂桜(ga7674)がキメラの三方を取り囲み、その囲いから逃れようと後ろに跳んだキメラを鴉が捕まえる。
 さらに外周には‥‥
「淑女は老人と子供には優しいんだぞ。私の後ろにいて」
「危険、です。前に出ないようお願い、します‥‥」
 対角の位置に羽衣・パフェリカ・新井(gb1850)と雨衣・エダムザ・池丸(gb2095)が立ち、市民を守っている。
「この子、よろしくお願いしますな」
 豹雅が抱えていた子供を羽衣に預け、これで童子キメラは傭兵4人に取り囲まれた。
 不気味に首を傾げ、周囲をうかがうキメラ。
「普段なら‥‥子どもなんて殴らないけど。ま、緊急だから、仕方ない」
 まして相手がキメラなら。
「まあ、戦闘が無くて肩透かしをくらっていた所なので‥‥丁度良いですね」
 文月も月詠を抜き放ち、細かな牽制を加えてゆく。
 キメラも殴りかかってくるが、多少のダメージは気にしない。
 あくまでも目的は相手の注意をそらす事だ。
 とはいえ‥‥
「つっ‥‥堅いッ」
 充分過ぎる威力を持っている文月の月詠だが、この童子キメラにはまだ体の中心部まで攻撃が通っていない。
 しかしキメラにしてみればお互いさまだと言いたい所だろう。
 なにしろキメラの歯は本来なら人間の首をたやすく食いちぎる威力を秘めているというのに、文月にはろくなダメージを与えられていないのだから。
 代わってロエティシアを水平に突き出す桜。
 皮膚は貫いたが、やはりガギリという妙な感触があった。
 鴉が仮面のような顔を殴った時も感じたが‥‥
「内側に金属のようなものが?」
「そうみたいですね」
 
「あ、近付かないで、ください‥‥窓から身体を乗り出さないで、もし前に出るなら、自己責任でお願い、します‥‥」
「いや自己責任て」
「近付いてもいいんかいっ!」
 雨衣の発現に良いツッコミが入った。ノリの良いおっちゃんおばちゃん達である。
 と、童子キメラが急に方向転換する。
「!」
 後方にいたため、雨衣は場を見渡す事はできている。
 すかさずロングスピアを振り迎撃に入るが。
 ジャリン! という謎の音が童子キメラの体内から聞こえた。
 その瞬間キメラの姿がかき消える。
「くうっ!?」
 上だ。凄まじい圧力が雨衣の頭にかかった。リンドヴルムがきしんだ音を立てる。
 童子キメラが上から噛み付いているのだ。
「なっ、なにい!?」
「なんだ今の動きは!?」
 周囲の市民から驚きの声が上がる。
「こいつは‥‥意外に厄介ですな」
 店の天幕の上を移動してキメラを叩こうとしていた豹雅だったが、空中から急に慣性を無視して落下したため、雨衣への攻撃を止める事はできなかった。
 ひるんだと思ったのか、キメラは雨衣の肩に足をかけて包囲から逃れようとするが‥‥
「‥‥ダメ、です」
 大きなダメージを負いながらもロングスピアを上に突き出す雨衣。
 ジャンプしようとしたキメラを阻み、そのままロングスピアにぶつかったキメラを地面に叩きつける。
「あなたの相手はこちらで致します」
 桜が再び両手の爪を振るい、文月もキメラ正面の位置をキープする。
 雨衣も体勢を立て直した。

(「隙あり!」)
 鴉の蛍火がキメラの右の眼を突き刺す。
 そして――
 蛍火を引き抜くと、キメラの眼窩からジャラジャラとしたものがこぼれてきた。
「え、小銭‥‥?」
 鉄貨と言おうか、とにかく今では使われていないお金だ。
 もしかして体いっぱいにこの鉄貨が詰まっているのだろうか?
 それならこの防御力も納得だ。
 目一杯詰め込まれた金属にキメラのフォースフィールドが加わっているのだから。
 そして、次の鴉の攻撃は。
 ジャリィーン! と激しい音とともに、童子キメラの口から飛び出した長い舌のようなものにさえぎられた。
「なにい!?」
「あれはなんだぁーっ!?」
 それにしてもノリのいいギャラリーである。
「鉄貨ですか」
 そう、体内の小銭のかたまりを使って鴉の蛍火を受けたのだ。
 しかしどうやって小銭を操っているのだろう?
 この古銭もキメラの一部だと、そう考えるしかないか。
(「中国妖怪、金魂かな‥‥」)

「うーん‥‥あのでっかい顎を引っ掛けるように殴って脳震盪起こさせるとかは出来ないかな」
 外周で市民の保護に回っているわりに的確な事を言う羽衣。
「でも、眼から小銭が出てるくらいですし脳があるか怪しいですね」
 しかしそのセリフを聞いている者がいた。
 豹雅である。
「そろそろ年貢の納め時です。そんなに小金を持っているんですしね」
 切り結ぶ文月に目配せし、位置を瞬時に入れ替える。
 気合一閃、ミラージュブレイドでフェイントをかけながら、逆の手でキメラのアゴに的確なヒット。
 童子キメラの首が見事に回転し、ゴキッという嫌な音がした。
「あ‥‥れ?」
 予想を超えた結果に、一筋の汗を流す豹雅。
「ああ、頭が重過ぎるんですね」
 舌のように突き出している小銭のかたまりは、おそらく長さから考えて体から出ているもの。
 おまけにこんなに長くては重心も安定しない。
「倒し‥‥た?」
 もちろんそんなわけがなかった。
 180度ほど回転したままの首で、べっちんべっちんと小銭の舌を振り回す。
 怖い事この上ない。
「いいかげんに‥‥しなさいっ!」
 と、切りかかった文月の月詠が舌に絡め取られる。
 彼女の腕なら小銭の舌とて断ち切れなくはない。
 だがあえてそのまま絡め取られ、口の中に‥‥逆の手に持った機械刀ごと、突っ込んだ。
「お約束な発言で恐縮ですが‥‥思う存分食らって下さいッ!」
 竜の角をも重ねた、試作型レーザーブレードがキメラの体内を灼く。
 これは効いた。
 大きくよろけ、ダウン。
 しかしまだキメラは俊敏に動けるのか、またもジャリーン! という音とともに上に飛び上がった。
 あの音は足に詰まった小銭か。

「あいにくと、上も通行止めでして」
 どっこいここも通せない。先手必勝、再び天幕の上に上がった豹雅の疾風脚。
 鮮やかな体術でキメラに攻撃を加えつつも投げ落とす。
 地面に落ちたキメラに攻撃が集中し、たまらず逃げに入る童子キメラ。
 反対側の天幕に飛び上がり、逃走経路を見る。雨衣のロングスピアさえかわせば‥‥
「こちらも駄目ですよ」
 瞬天速。そして疾風脚。即座に追いつき回り込み、童子キメラに強烈な蹴りを叩き込む桜。
 SESの組み込まれていない革靴ではダメージは与えられないが、もとより味方の包囲の中に叩き込めればそれでよいのだ。
 そこを豹雅が見逃さず、飛び降りざまにキメラの衣服を刺して地面に縫い付ける。
 そう‥‥
 豹雅も、桜も、鴉も、文月も、一瞬で追いつく事のできるスキルを持っている。
 絶対に、逃げられないのだ。
 各々が武器を構える。
 いくら硬いとはいえ、皮膚は普通のキメラと同じ。中身の小銭を全部出したらどうなるのだろう。
「仕事が舞い込んだ俺達と退治されるキメラ。運が悪かったのは‥‥どっち、でしょうね」
 蛍火が、ロエティシアが、ミラージュブレイドが、月詠と機械刀の二刀流が。
「おおっ! あれは!」
 なんだおじいさん。
「間違いない! あれこそは!」
 だからなんなんだおばあさん。
「これぞ伝説の!」
 伝説って、このメンバー集まるの初めてですが。
「四神降臨じゃあ!」
 もう駄目だこの市民達。ノリだけで生きてやがる。

 度重なる斬撃に、キメラの皮膚は耐えられなかった。
 チャリンチャリンと派手な音を立てて、童子キメラの中に入っていた小銭があふれ出す。
 とりあえず未来科学研究所に運ばなければなるまい。一応は『キメラの死体』である。
「‥‥にしても、愛嬌が無くって助かった」
 子供好きの鴉としては少々心の痛む所であったが、人間の子供に見えない外見でまだマシだった。
「怪我はない?」
 最初に噛み付かれかけた子供の頭を撫でる鴉。
「うん平気! すっごいカッコ良かったよ!」
 能力者のイメージが悪くなっていないようなので、このセリフだけを聞けば安心安心といったところだが‥‥
 なぜだろう、さっきからの大人達の反応を見ていると不安しか沸いてこないのは。
 どうか現実感もきっちり育ってくれる事を願う。
「怪我人はいませんかー」
 羽衣は超機械を持って練成治療をかける相手を探しているようだが、能力者以外に怪我人は出ていないようだ。
 市民も、宴会だの打ち上げだのと騒いでいる『7割』くらいの人間を除けば、各々の生活に戻っている。

「ええと‥‥あと1時間ほどで高速移動艇が着くんですけど‥‥」
 文月は断ろうとしたが。
「1時間あるなら充分さ! どうか食べて行っとくれよ!」
「お金は心配しなくていいよ! あたしらのおごりさね!」
 どうも断るのは不可能なようだ。
 逃げられない。絶対に。
 さっきのキメラの気持ちがちょっとわかったような気がした。
「何か食べ物でお勧めのお土産品とかございませんか?」
 と、迂闊に聞いた桜なんて、大量の甘栗と虫の炒め物、それに宴会用の大皿でエビとトリの唐揚げをもらっているし。
 点心を食べる、と言った雨衣も、蒸し器ごと抱えて食べるハメになっているし。

 迎えに来たULTの末端職員まで歓待を受けてしまい、後日その職員の手によって「あの能天気な人達にこの世界の現状を教えてあげてください」という依頼が出されたらしいが定かではない。

 なお、キメラの残骸は未来科学研究所に運ばれたが、検査の結果異常はなし。
 ただの材料として鉄貨が使われたのだろう。
 あまり価値のあるものでもなかったが中国の博物館や学校などに買い取られ、売ったお金は今回キメラを倒した傭兵達にボーナスとしてプレゼントされる事となった。
 結果的に簡単なキメラ退治と同じくらいの報酬を得たのである。
 今度は貴金属や宝石をキメラの材料にしてくれないかな、などと考えた傭兵もいたとかいなかったとか。