●リプレイ本文
アタックビーストの牙が寸前でガキリと打ち鳴らされる。
寸前で押しとどめているのは幡多野 克(
ga0444)。
「アレクさん‥‥ちょっと運‥‥悪かったかも‥‥ね‥‥」
「そうかい?」
別の1匹の牙を腕で受け、赤毛の大男は少し笑った。
「ま‥‥俺もだけど‥‥‥‥ん‥‥もう一仕事‥‥頑張ろうか‥‥」
月詠を構えつつ、覚醒した克は淡々と猛獣キメラを弾き飛ばす。
とりあえず家を背にして頑張るしかない。
‥‥忘れ物を取りに来た少女は家の中から怖そうに外を見ている。
その手が御剣 真一(
ga7723)の裾をつまんだ。
真一は微笑むと、少女の頭に手を乗せる。
「怖かったら目を閉じてもいい。必ず僕達が君を守るから」
「‥‥うん」
しっかりと頷き、手が裾から離れる。
その裾から、ぴょこん、とライオンの尻尾が生えた。ついでにライオンの耳。
たちまち好奇心に満ちる少女の瞳。
少し笑い、真一は外に向き直る。
瞬速縮地。
超人的脚力で飛び出し、アレクサンドルが腕から引き剥がしたキメラに飛び蹴りを見舞う。
獣突により宙を舞うキメラ。
「‥‥さて、それじゃあ始めようか‥‥」
「これは熱烈な歓迎ですね。もう帰るというのに」
「まず位置を知らせておこうか‥‥」
「ではお願いします」
「こちら八神。アタックビーストに襲われている。数は‥‥」
フェイス(
gb2501)と八神零(
ga7992)はトランシーバーで、民間人の誘導にあたっている傭兵達と連絡を取っていた。
「照明銃を打ち上げる。応援を頼む」
だいたいの方角を教え、色のついた光を発射した。
あとの通信、説明はアレクに任せる。
「タイムリミットまで時間はないが‥‥少し遊ぶか‥‥」
月詠二刀を抜き放つ零。
克と真一の間に飛び出し、飛びかかろうとしていた獣の1匹にカウンターで斬撃を叩き込んだ。
下がった敵には追撃せず、2人の真ん中に戻って陣形を組む。
「‥‥僕が餌だ。来い」
そして後方からはフェイスの援護射撃。
この4人の間を抜ける事など不可能だろう。
「戻って来ない‥‥何かあったのかな?」
「この時間帯で戻ってこないということは何かしらの突発的事態に巻き込まれた可能性が高いか」
祈良(
gb1597)とリヴァル・クロウ(
gb2337)が呟く。
その時、ちょうど無線機に零の声が入ってきた。
ほぼ同時に照明銃の強い光が空に上がる。
「アレクサンドル、聞こえる? 聞こえたら返事しなさいっ」
シャロン・エイヴァリー(
ga1843)が車に乗り込みながら無線機に叫んだ。
ヘルメットワームのジャミングはあるものの、とりあえずは聞き取れるようである。
その仲間を助けてくるようにとUPCからも捜索が頼まれた。
「OK、わかったわ。必ず全員連れて帰るから。みんな乗って!」
避難誘導用に持ってきたジーザリオだ。備えあれば憂いなし。
「その少女も、同行した仲間も見捨てる訳にはいかないからな。速やかに救出を果たして、任務を全うしようじゃないか」
榊兵衛(
ga0388)が槍を持って乗り込む。ちょっと長すぎるので窓から出さざるをえない。
祈良とリヴァルも乗せ、シャロンは思いっきりアクセルを踏んだ。
「全員しっかり掴まってなさい! 私の運転は荒っぽいわよっ」
照明弾の位置は約1km先。
たとえ道が多少曲がっていたとしても、車なら3分とかかるまい。
戦闘にかけられる時間は充分過ぎる。
砂煙を上げ、シャロンのジーザリオが舗装されていない道を軽快に走り出した。
アタックビースト達は数を活かした集団戦法を仕掛けてくる。
厄介な相手ではある。零を除いて、それぞれ多少なりとも傷を負っているのだし。
‥‥しかし、実力が違った。
アーマージャケットとカールセルの二重鎧、その硬い所で攻撃を受け流す零。
刀でさばき、いなし、反撃の刃を突き刺す克。
抜けてこようとする敵もいたがフェイスの射撃、何より真一の瞬速縮地からは逃げられない。
既に3体は倒していた。
そしてエンジンの音を聞きつけた克が殲滅モードに入る。
「さて‥‥と。時間もないし、一気に片をつけようか」
菖蒲を抜き放ちざま、本気の二段撃。
それが1体の喉を貫き、これで4体目撃破。
残り10体だ。
そこに、群れを散らすように車内にいた兵衛が飛び出してくる。
イグニートを振り回して数匹の毛を刈りながら。
車内にいた祈良は、現場が視界に入ると身をすくめた。
「‥‥っ」
怖い、けど、行かなきゃ。
ぎゅっとバスタードソードを握り、覚悟を決める。
「ふむ、走行距離は約1.2km。走って帰れば10分もかからないな」
リヴァルがわざと独り言を呟き、少し口の端を上げて祈良の方を見た。
肩に力が入っている、と言うように。
‥‥うん。
ひとつ頷いて覚醒する祈良。
家の中、アレクの陰から顔を覗かせた女の子を見て気をひきしめる。
「行かなきゃ‥‥私は能力者、なんだから」
兵衛が散らした群れ、その一角を衝いてさらに崩すリヴァル。
「待ちかねました」
「さ、乗って!」
そしてフェイスとシャロンの銃弾が飛び、包囲に穴をあけた。
すかさず真一、零、克が立ちふさがり、そこに兵衛、祈良も加わって、道を開けさせる。
祈良は、自分にできる事を、と攻撃に集中していたが、それが良い。
少女を守るべく全員で迎撃態勢をとっているよりも、敵の注意を拡散させられるからだ。
リヴァルが援護するまでもなかったが、背面からの攻撃はさすがにリヴァルが引き受ける。
援護ではなく、連携。
「アレクさん、女の子を!」
「OK! 頼もしいぜ! ‥‥大丈夫か?」
少女はアレクの問いに力強く頷いた。
手をひくまでもなく、まっすぐに車に向かって走り出す。
そして――
走るスピードの遅い、その少女に狙いを定めたアタックビースト達は――
「弱ったものから狙うのは自然界の厳しさだけど、獣だって子供は守る!」
真一の。
「命が惜しいのなら、我が穂先の前に立つな。もとより手加減するつもりはない。確実な破滅をくれてやるぞ」
兵衛の。
「よってたかって‥‥恥を知りなさい!」
シャロンの。
「君は必ず、家族の元に送り届ける。だから‥‥安心してくれ」
零の。
全力をあげた攻撃により、ことごとく命を散らした。
覚醒状態をさらに引き上げ最大限の威力を生み出すスキル、紅蓮衝撃。
4人もの体から炎のようなオーラが吹き出すのは壮観である。
「ほら、早いとこ乗りな」
「うん!」
少女が乗り込んだのを確認し、アレクが車のドアを閉める。
ドアの閉まる音を引き金に、殲滅戦は開始された。
戦況が悪くなったら先に車を出して少女を送り届けるつもりだったシャロンも、運転席から身を乗り出して拳銃を撃つ。
小型拳銃の中では1、2を争う威力の「S−01」である。
紅蓮衝撃がなくとも牽制以上の働きをしてくれるのだ。
リヴァルは時計を確認し、時間にかなり余裕がある事を確認した。
焦る必要はない。
とはいえ――
「まだ車を狙うか‥‥!」
残り6匹となり、集団戦法もさほどの脅威でなくなってきた。
豪破斬撃を用いて思いっきり振り下ろす。
その会心の一撃は頭蓋を砕き、アタックビーストを絶命に至らせる。
あと5匹。
「危ない‥‥!」
「危ねえ!」
続いてフロントガラスに体当たりしようとしたビーストに、フェイスの影撃ちが突き刺さった。
そしてその体も、ぶつかる寸前でアレクサンドルが受け止める。
あと4匹。
ドアが開いていると見てか、運転席側から飛びかかろうとした奴もいたが。
それはかなり大きな間違い。
「私の車に何か用かしら」
青筋を立てたシャロンが、なんとビーストを掴んで無理矢理アゴを閉じさせた。
豪力発現である。
「自前の車なんだから、傷ひとつ付けさせないわよ!」
そのまま景気よく放り投げる。トス。
それを察知した祈良がバスタードソードを構え、空中で横薙ぎに斬る。パス。
さらにリヴァルが待ち構え、刀を大上段に振りかぶり‥‥アタック!
本人達はその三連攻撃に気付いていないが、後に少女は語る。
キメラの命を軽視するわけではないが、とても現実とは思えない綺麗な攻撃だったと。
そして、兵衛と零が同時にそれぞれ1匹ずつのキメラを倒し終わった。
「油断するつもりは無い‥‥手負いの獣がどのような行動に出るかわからないからな」
1匹の心臓を貫いたイグニート。
強く振ってそのビーストから抜き、最後に残った1匹に向ける‥‥
と、もう戦意が無いのか、逆方向に逃げてしまった。
「‥‥ふむ。連れて帰るようではまずいですが‥‥あれなら大丈夫ですかね?」
射程の外に出てしまったため、フェイスも銃を下ろす。
皆の無事を確認して、祈良をはじめ各々は胸を撫で下ろした。
「ん‥‥良かった‥‥」
「さーて、それじゃ時間も充分あるし、歩いて帰る人は‥‥‥‥‥‥!?」
「‥‥? ‥‥シャロンさん‥‥?」
ズシン、という音。
そちらに目を向けていた傭兵達は、あの1匹のアタックビーストが踏み潰されたところを見た。
振り向いた克は、とんでもない巨体を視界にとらえる事になる。
「‥‥ええと、あれ、なんだろう」
言うなれば巨大な岩のかたまり。
「ゴーレムじゃあないな。キメラか。全長5mサイズの」
「動きはトロいわ! どうせここも戦域になるんだし、ほっといて逃げるわよっ!」
「賢明だ。ああいうのはKVに任せるに限る」
シャロンが運転、少女は絶対として。
さて、あと誰が乗る?
「いやいや迷ってないで、とりあえず誰かさっさと乗る!」
こんなやり取りができるのも、誰も重傷を負っていないからである。
ある者は乗り込み、ある者は車体後部のスペアタイヤにつかまり、ある者はそのまま自分の足で走り出す。
「にっげろー!」
どこか楽しそうにシャロンはアクセルを踏み込んだ。
覚醒して走っている者と併走しながらバックミラーを覗くと、どんどん巨体は遠ざかる。
任務、完了!
「まったく、そのような理由で戻るとは。まぁ、そのような事態も収束させねばならんのが我々能力者ということか」
「いや、理由はあるんだぜ?」
リヴァルに対し、アレクの弁明。
移送用のバスやトラックが線路ぞいの道を走り、貨物列車にも沢山の人が乗っている。
無事に家族と会えた少女。
ぬいぐるみを必要としていた妹というのは、やはりまだ赤ん坊と言えるくらい小さな子だった。
「良かったな‥‥」
零の表情もやわらかい。
兵衛などは、夕日を見ながら少女の祖父と酒を交わしている。
ここまで呑気な避難民もそうそういないだろう。
それだけ今回の避難がうまく行ったという事でもあるが。
「キメラ‥‥たくさんいた‥‥のに‥‥‥‥よく頑張ったね‥‥さすがお姉さんだ‥‥」
克は少女の頭を撫でている。
子供扱いしないでよ、とは言うものの少女の表情はやわらかい。
「ん、子供じゃない? ‥‥いらないかな? 頑張った君にもご褒美。さっきの戦いで汚れてしまったかもしれないけど」
真一が差し出したのは、こねこのぬいぐるみ。
少女は、ちょっとためらったが‥‥
「‥‥ありがとう」
素直に受け取った。
と、そこでふと思い出したようにフェイスが口を開く。
「ああ、ドタバタしていて忘れてました‥‥お名前は?」
「ジンファ」
少女は会った時と変わらぬぶっきらぼう口調だったが。
「チャオ・ジンファよ。‥‥ありがとう、みんな」
真一は、夕日の浮かぶ空を見上げる。
「獣人はその異形の姿故に人間の社会では共に生きることが出来ない種…兄さん達は笑うかもしれないけど、人間を愛し救うのが僕の選んだ道…それが僕の今も変わらぬ信念さ」
ビーストマンとてエミタ技術の派生でしかない‥‥
それを否定するような人間は、いずれすべての能力者を排斥するだろう。
共に歩もうとするその道は、誇ってよい。
その証拠に‥‥ジンファのぬいぐるみは、これから十数年も大切に扱われる事になるのだから。