●リプレイ本文
「しかし‥‥凄い湿気だな」
歩きながら黒雛(
gc6456)が呟いた。
ここいらの山間にはあちこち霧のよく溜まる場所がある。
能力者達は2班に分かれ、謎の解明に向けて、霧深い森の探索をしていたのだが‥‥
1日目は山をひとつ越えたものの発見できたのは鳥達の死骸のみで、周辺を探しても何も得られず。
拠点を設営して一夜を明かし、2日目の昼過ぎには隣の市街地が見える山の頂まで着いてしまった。
これから元の道々を改めて探るところである。
「兵器のテストなら、もう実験済みで撤収したって事も考えられるがな」
世史元 兄(
gc0520)は黒雛と並んで前を歩き、ぼやく。
「ま、依頼は調査と安全確認だし、4日間フルに働くのは変わらないけどさ」
「そうですね〜‥‥でも、原因がまだわからないとなると‥‥お化けの仕業だったら嫌ですね〜」
頭上に注意を払いつつも、おっとり口を開くのは八尾師 命(
gb9785)。
口調とは裏腹に、ヘルム、軍用外套、ゴーグル、ジャングルブーツと、野戦対応の重装備だ。
そして最後尾を歩くドクター・ウェスト(
ga0241)が無線のスイッチを入れ、全体に向かって。
「原因がキメラという前提だが、これだけ歩き回って発見できないという事は敵は少数だと思うよ〜」
生体兵器キメラ。
「キメラならば地球生命を見れば襲いかかって来るはずだからね〜」
例外を除いてその目的はひとつ。敵の殺傷だけだ。
「‥‥こちらB班、昨日と同じく北側の道を調査しながら拠点に戻る。どうぞ」
黒雛が山の下を見ながら無線で話す。
その視線の先には、もう片方の班が木々の影に完全に隠れるような森に入っていく所だった。
まあ、こちらもすぐに森の中に入るのだが。
ガードレールも無い山の道、落下には充分に気をつけながら。
「‥‥は、はい。こちらA班です‥‥まず中央、そちら側につながる道から、湖に抜けて回ります、どうぞ」
「♪〜♪〜」
無線を受けた菱美 雫(
ga7479)、一定のリズムで歌いながら歩くティム=シルフィリア(
gc6971)。
前方左右を警戒するのはこの2人。
知覚力に優れる雫と、探査の眼で注意力を高められるティムの鉄板組である。
その後ろにAU−KV「バハムート」を操り後方を警戒する宇加美 煉(
gc6845)が続いており‥‥
舗装はされていないものの、このくらいの道ならAU−KVの運転・牽引に不便は無い。
あと1人のリマ(
gc6312)は道ぞいの木々の上を跳んでの移動中。
(歌のような、か。一緒に歌ったら仲良く成れないもんかしら‥‥?)
それはリマ本人も十中八九無理だとは思っている。
ただ、キメラの中には人間そっくりの外見を持つ個体もいる。
そんな思考が浮かぶのも無理からぬ事であろう。
実際に歌っているティムは、もしかしたらつられて歌い出すかも、という考えから歌っているが。
別に歌い出してくれなくともそれはそれで構わない。
注意を引けるならそれでいい。
ドクターの言った通り、キメラは生体兵器。人間と見れば襲ってくるはず。襲って来るなら倒すのみ。
そのあたりは皆しっかり心得ている。
「うーん‥‥駄目ね。斜め下から力がかかって切れてる‥‥これは鹿とか、地面の獣が通った跡だわ」
リマは昨日通った時、引っ張れば切れるようなもろい糸を木の枝の各所に設置していた。
むろん全て天然繊維。土に還らないものは使っていない。
(少しは手がかりになるかと思ったけど)
無用心な野生動物が多いのか、好奇心溢れる野生動物が多いのか。
そっちもこっちも糸が景気よくぶっちんぶっちん切れていて参考にならず。
「今のところ無線のノイズも軽いですしねぇ」
下から煉が言う。
なお、昨日試したところ、B班と互いに見える位置で1kmほど離れた場所同士でも明瞭な通話ができた。
付近にワームがいないことの証明である。
この時点で『バグアの大型兵器』というセンはなくなっていたと言えよう。
「このまま何事もなければ、昨日のキャンプの場所に戻るな」
そろそろ赤く染まり始めた世界の中、黒雛が口を開いた。
山の中でも比較的平坦で霧の少ない部分を選び、拠点としてキャンプを設営した傭兵達。
休息は重要だ。
「では、水を汲みながら戻るとしよう〜」
飲み終わったミネラルウォーターのボトルを懐にしまい、ドクターは地図で河川を確認。
A班とも連絡を取り、一足先にキャンプへ戻ることを伝える。
ULTから必要最小限の食料は支給されているし不自由は無い。
エマージェンジーキット内の道具で水も沸かせるし、テントを持って来ている傭兵も4人いる。
‥‥いや、さすがにテントはそんなにはいらないと思うが。
まあ軽いのでタンカにしたりと用途の広い道具ではある。
さらに歩くとすぐに昨夜のキャンプ跡が見えた。
昼の日光を浴びた後の夕方とあって、霧も無い。
だが。
辿り着く前に‥‥
「‥‥来たか」
「‥‥聞こえますね〜」
黒雛と命が口にしたが、全員気付いている。
鳥の鳴き声のようではあるが、確かに歌のように音程がある。
「纏え蛍火!」
兄を始めとして覚醒を行う面々。
無線はやや通話しづらい。キャンプ跡に集合する事が決まったために、少々離れても大丈夫と思ったからだ。
実際、問題は無い。『照明銃』その単語さえ伝われば。
命が空に照明弾を打ち上げる。
おのおの外側を向いて円陣を組み、耳を澄ます。
あたりはすべて森の木々なのだ。
どこから来るか‥‥
歌がやんで10秒ほど経った時、最初の攻撃が来た。
「そこ!」
「!」
兄が苦無を投げる。
あいにく避雷針のようには行かない。指向性の強い電撃のようだ。
そして黒雛が、即座に逃げようとしている敵の前へ、迅雷で駆ける。
敵の正体は。
「やはりバグアの仕業か、地球の生命を奪ったことを後悔させてやろう〜!」
真っ黒な羽を持つハーピー。
その口元には不気味な笑いがはりついていた。
「‥‥」
何か考えていたような兄は。
「歌いながら君らは戦うのだろ? じゃー、俺も歌うか」
音痴な鼻歌を歌い始めた。
前衛2人に練成強化をかけていたドクター、ハーピーに練成弱体をかけていた命。
その視界の隅で何かが光り‥‥
ドクターは素早く後ろへ跳んで電撃から身を守る。
命は少々ビリッと来たが、当たってはいない。ダメージと言うほどの事も無いだろう。
相手は、最低3体はいる。
「シッ!」
「‥‥ふっ!」
最低2体になった。
飛び上がろうと地面を蹴ったキメラは、その瞬間、兄と黒雛の刺突刀に貫かれていたのである。
「さすがの練成弱体。命ちん、いつもサポートありがとう♪」
「黒いだけで、能力はそれほどでもないのか〜」
そのキメラの絶命を見届け、ドクターはさきほど後衛に電撃を放ってきた方向に注意をそそぐ。
森の中を移動しているようだ。
こちらから追わなければ、また不意打ちで電撃を放ち、すぐ逃げることを繰り返すだろう。
あらかじめ歌のように鳴き、その方角からズレて奇襲をかける。
今までの犠牲者もこのようにやられたのか。
と、無線が通じるようだ。
すぐに敵キメラの強さと、その行動をA班に伝える。
『えっ!?』
雫の驚いたような声が無線の向こうから聞こえた。
『こ、こちらにも出現‥‥いえ、そちらのグループの一部かも知れません!』
なるほど。
無線からではなく、遠くから、煉のAU−KVの駆動音が聞こえている。
このキメラも集団で行動する程度の知能はあったという事か。
そうなると‥‥
期せずして、はさみ討ちができるかも知れない状況になった。
「また鳥なのですねぇ」
こちらのハーピーも電撃を放ってすぐ森に引っ込もうとしたが、煉が竜の翼を用いて、追いすがる。
この程度の悪路は障害にもならず。
「狐として鳥にやられるわけにはいかないのですよぉ」
AU−KVを装着した状態ではわからないが、煉は覚醒すると髪で狐の耳と狐の尻尾を形作る。
本人も狐としての矜持があるようだ。
ハーピーの翼を狙って銃撃を撃ちこんでゆく。
発達した鳥の脚を使って跳躍し、逃れようとするキメラだが‥‥
「歌っているあなたたちは楽しいかもしれないけれど‥‥私たちには迷惑極まりない‥‥」
雫の表情に出るのは、無差別攻撃を行うキメラへの、憎悪。
「さっさと、落ちなさい‥‥!」
超機械が強烈なショックを与え、1匹目のハーピーは心臓を停止した。
かたやティムの目がとらえた2匹目のハーピーには、リマが飛びかかっていた。
咄嗟に放たれた電撃を疾風でかわし、返礼に剣を薙ぐ。
傷口から血がしぶき‥‥跳び下がるキメラ。
迅雷でその目の前まで一跳躍。
さらに後方から支援するように飛来する矢。
「深追いはしないつもりじゃが‥‥『何度でも奇襲する』ために逃げるとあらば、処理しておくほか無いの」
ティムの強弾撃つき弓射。
素早く矢をつがえ、連続で当てにいく。
それをかわそうと身をひねったキメラに、真上からリマの刃が襲いかかった。
「あ、あれ〜‥‥? さっきので無線機が故障したかな〜?」
通信をしようとした命だが、無線機はうんともすんとも言ってくれない。
代わりにドクターがA班につなぐ。
「こちらB班、今そちらに向かっているがいまだ戦闘中だね〜」
こっちはこっちで、まだ複数のキメラの対応をしているのだ。
敵は逃げ隠れながらも執拗に狙ってくる。
「とっとっ」
鼻歌がうるさかったのか、兄を狙って放たれる電撃。
しかしその電撃を放ったハーピーは少し森から出すぎていた。
「今度は逃がさない‥‥一撃で!」
再び迅雷で迫る黒雛。
ハーピーは羽ばたいて空中に浮かび上がる。
(この技を使うのは初めてだな‥‥うまくいってくれ)
「エアスマッシュ!」
剣先から放たれる衝撃が、ハーピーの翼を大きく薙いだ。
その1匹が落ちたことで、即座に周囲を見回す一行。
命が振り向くと‥‥ちょうど、背後から電撃を撃とうとしていたキメラと目が合った。
「これは」
電撃を半分倒れながらかわし、超機械ビスクドールを敵に向ける。
「チャンスですね〜。さっきのお返しですよ〜!」
電波増強つきの大きなショックが襲い掛かる。
のたうつハーピーに、駄目押し。
「倒せる時に倒しておかないと、こいつらの習性は危険そうだからね〜」
ドクターの電波増強つきエネルギーガンの一発が、腹を貫通した。
「湿気は凄いし、電撃は凄いしで、酷い目にあいましたよ〜」
なんだかんだで合流する前にそれぞれの班を襲ってきたキメラ達は一掃してしまった傭兵達。
その数、合計9体。
無線機は‥‥修理はできそうだが、焼けて消失した部分は町に戻って買わなければなるまい。
ま、新しく買うよりは遙かに安く済むはずだ。
皆の怪我、ヤケドも、雫に命にドクターにと優秀な治療者が揃っているのですぐに処置をして。
「ふむ、喉の下に歯のようなものが埋め込まれているね〜。ここから放電を‥‥」
ドクターは倒したキメラの研究にも余念が無い。
でもまだ終わりではない。
依頼は安全確認なのだから。
「残っていたとしても襲ってくるかどうかわからないけど‥‥あ、チョコ食べる?」
練成治療を行った面々にチョコを勧めるリマ。
精神的に安心できればちょっとでも回復量が違うかも知れないから。
「こ、今夜の‥‥当番、決めておきましょう‥‥」
不寝番のローテーションをメモする雫。
皆、期間の4日が過ぎて迎えが来るまで、真剣に取り組む気まんまんだ。
人々の不安を取り除くために。
地道に頑張る傭兵達に、幸あれ。