タイトル:硫黄泉の火焔人マスター:三橋 優

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/18 18:20

●オープニング本文


 火山帯。
 硫黄の臭みがうっすらと鼻につく、とある山の中腹にて。
「ああもう次から次へと‥‥っ」
 ダークファイター神崎奈々は、老年のグラップラー田沼ヴィクトールとともに戦っていた。
 今、ここに能力者は2人だけ。
 本来は調査だけのはずだったが、宿を出て50メートルも歩かない所で不意打ちを受けてこのざまである。
 能力者ではないULT職員は、既に宿の中に避難し、連絡を行っているが。
 民間の宿が背中にあっては逃げることもできない。

 敵は、常に熱を発している真っ赤なサルのようなキメラ。
 さほど強くはないが、唾のように吐きかける体液は空中でたちまち発火して火炎放射となる。
 それが7体も。
 うち2体は倒したが、それで警戒したのか近付いて来なくなり、今は発火液を吐きかけてくるのみ。
 人を守りながらでは少々きつい。
「うぬう、不利じゃな」
 田沼じいさんがぼやく。
 左手のキアルクローは何度も炎を受けて熱されており、今すぐ外してしまいたいくらいだ。
 避けたら後ろの宿に火がついてしまうと思うと避けられない。
 普通の火炎放射ならまだしも、このサル達の発火液は長時間燃え続けるのだから。
「おおっとぉ!」
 ふもとの方へ向かおうとした1匹を止めるべく、奈々がイアリスを伸ばす。
 しかしそれを狙っていたのか、他の1匹が奈々の後ろから飛びついて髪を掴んだ。
「‥‥っ!」
 ためらわず逆の手のイアリスを後ろめがけて振り、掴まれた金髪を切り落とす奈々。
 体勢を崩したサルは田沼じいさんが横からの一撃で葬った。
「大丈夫なんかい!?」
「ケンカではよくある事ですわ!」
 髪がアンバランスになってしまったが、そんな事は気にしちゃいられない。

 残り4匹になったサル達はそれから2、3回ほど炎攻撃を仕掛けてきたが、それで猛攻は終わった。
 体液がもう出せないのか、眼前の能力者2人を強敵と見たか、とにかく諦めてくれた事は確かなようで。
「ふいーっ‥‥あっチぃ〜」
 田沼じいさんが両手から爪を外す。
 長時間無理をしすぎたようで、だいぶ火傷をしている。
 これはもう今日明日は戦わない方がいいかも知れない。
「調査依頼でもせめて4人は必要という事が、改めてわかりましたわ‥‥」
 奈々は剣を鞘に収めて、大きな溜め息をついた。
 だが、キメラがいる事は明らかになったのだ、ULTから正式に依頼が出されるだろう。
 火山帯なのだし、もしバグア兵器があったら危険という事で急いで依頼が出されるかも知れない。
 ま、こういう強くないキメラが出てくるようなのは、適当にキメラを撒いただけだろうが‥‥
「キメラも残り4体じゃろうし、他にキメラがいないか探し回って問題なけりゃ終わりじゃろな」
 バグア兵器みたいなのがそうそう出てくることも無い。
 温泉もあるし、ちょっとした慰安とでも思っておこう。

 奈々も田沼じいさんもそう思っていたのだが。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 翌日、温泉宿から見えたものはちょっと危険な香りがした。
 いや硫黄のニオイではなく。

 全身から炎を噴出している茶色い巨人。
 大岩のような約4メートルの巨体が、ズシンズシンと足音を響かせながら歩いてくる。
 その辺りの岩に目をとめ唾を吐きかける、と、岩の表面を溶かしながら液体が広がり、燃える岩となる‥‥
 あんなものを投げられたらさすがに受け止めることはできない。
 新たに加わった傭兵達は、その投擲を止めるべく動き出した。

●参加者一覧

地堂球基(ga1094
25歳・♂・ER
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
野良 希雪(ga4401
23歳・♀・ER
番 朝(ga7743
14歳・♀・AA
安原 小鳥(gc4826
21歳・♀・ER
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN
ホープ(gc5231
15歳・♀・FC
蒼 零奈(gc6291
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

 見ると、茶色い巨人の背に隠れるようにサル型キメラが集まっていた。
 クレバーなのか臆病なのか、まあ前情報通り。
「ん、奈々君と武流君は模擬戦以来か? 久しぶりだ」
 元気なら何よりだ、と奈々へ挨拶だけして、番 朝(ga7743)は2階の渡り廊下から飛び降りる。
 ほとんどのメンバーもそれに続いた。
 今は一刻を争うのだ。
「巨人と猿ね‥‥見るからに分断工作が明らかな事で」
 走り出しながらも少し頭をかきつつ、地堂球基(ga1094)は全員の希望を聞く。
 さいわい、宿から飛び出すまでの数秒で、全員の意思は綺麗にまとまった。
「話で聞いたのより何だかクレイジィそうだねぇ、温泉台無しにされるのはいやだし、気張っていくよ」
 いかにも。ホープ(gc5231)の言葉に異存は無し。

 飛び出して最初に動いたのは刃霧零奈(gc6291)と安原 小鳥(gc4826)。
 零奈の髪が銀に、瞳は深い紅へと染まる。装備した拳具から炎のように赤い光が漏れ出す。
「旅館は絶対に守ってみせる!」
 小鳥からはふわりと、羽ばたいたかのごとく白と黒の羽が舞う。
「暑そうですが‥‥頑張りましょうね‥‥!」
 エミタから来る『戦いの始まる感覚』に従い、先手を取ったふたり。
 ジャリッと足元の石つぶを飛ばしながら走る、走る。
 巨人が今まさに持ち上げた、燃える岩を手放す前に。
「硬そうだが‥‥そいつを超えてやる」
 全身鎧の隙間から金色の光を放つ須佐 武流(ga1461)が追いついてくると、零奈は左に大きく跳んだ。
 小刻みにステップしつつ正面から巨人へ挑みかかる武流。
 援護射撃を重ねる小鳥。
 3人それぞれの武器は既に、サイエンティスト野良 希雪(ga4401)が強化している。
「これは痛いと思いますよ‥‥」
 小鳥が発射したのは、強弾撃の練力を込めた貫通弾。
 その一発は巨人の目元をバシッと壊し。
 ターゲットは完全に傭兵達に向いた。

「‥‥」
 そして、緑の長髪をなびかせて、サルキメラの群れに突っ込んでいく影がひとつ。
 覚醒し表情の消えた朝だ。
 言葉は無いが判断は鋭く。
 その弾丸のようなスピードでサル達を追い、巨人から引き離す。
 小鳥もまた巨人の顔面めがけて薄緑色の軌跡を撃ち込み。
 零奈が背後に回り込める好機を作り出した。
「これで‥‥」
 大地を蹴ったと同時に一瞬で巨人との距離を詰める零奈。
 もちろんバックを取っている。
 巨人が間近の武流へ大岩を投げようと体を伸ばしたところに‥‥
「どうだぁー!!」
 渾身の力を込めた、炎拳による掌底突き。
 巨人キメラの膝裏を襲う痛恨の一発。
 岩のような茶色い表皮が飛び散り、剥がれ落ち、誰が見ても充分な力を与えたと見えたが‥‥

 しかし巨人は倒れなかった。
 少しの揺らぎさえ見せずに、燃える大岩を武流の頭上から振り下ろす。
「こっちだ、こっち」
 機械脚甲スコルというブースターつきの武器の特性を巧みに使い、回避と同時に連続攻撃を繰り出す武流。
 むろん巨人の大岩は空を切り、大地を叩いた。
 武流の目的は発火液を浪費させることだが‥‥
 隙を作らないように生み出される単発攻撃でも充分強力。
 球基も、いつでも回復に移れるよう自分自身の余裕を残しつつ、プレゼントボックス型の超機械で支援攻撃。
 頭部を狙って注意を引き付けるのだ。
 ‥‥だが武流の連続攻撃でも地面に倒れる気配のない巨人。
 見た目に反して非物理攻撃にも強いのだろうか。
 いや、表皮はばきょんばきょん削れていってるので効いてはいるはずだが。


「待っていた‥‥残念だが麓へは行かせない」
 朝の追い回しているサルキメラどもに、落ち着いて銃撃を加える黒木 敬介(gc5024)。
 体からはパリッ、パリッと火花のようなオーラが発現していた。
 かたやその隣で待ち構えていた希雪は、一回りして戻ってくる朝の武器にも強化をかける。
「いくら真冬だからって‥‥暑苦しいったらないですねえ‥‥サクッと倒して温泉で一杯といきますか〜」
 なお希雪の頭からピョコンと伸びる髪は、覚醒すると同時に綺麗に3本に分かれ、色素を取り戻している。
 どういう覚醒変化なのだ。
 閑話休題。
 朝の走る速度はサルよりもわずかに速く、この10秒弱の追いかけっこで逃げ切れないと見たのだろう、
 サル達は散開し、それぞれ遠距離から発火液を吹きかけてきた。
 朝の方も自身が速い事は理解しているので、引き続き1匹に狙いを定めて大剣で追いかけ回す。
 これで1匹の攻撃を完全に封じられるのだから、下手に脚を止めて銃で倒そうとするよりよほど確実だ。
 むろん旅館に被害が及ばないよう追い込むのも忘れずに。
 サルキメラはなまじ賢いがゆえに、残り3匹も朝の存在を常に意識して動いている。
 かたや傭兵達は巨人キメラの投石を気にしなければならないが。
「ターゲットは‥‥あっちにしてもらうよ!」
 サルの吐く火のついた液体を、ブレイクロッドで受け止めるホープ。
 当然、多少は撒き散らしてしまうが‥‥
 その液体を巨人にひっかけるという微妙に高度な事をやってのけた。

「おっ?」
「あら‥‥」
 球基と小鳥が、巨人キメラに起こった変化に目をつけた。
 ホープのかけた『発火液』が付着した部分から、巨人の表皮がシューシューと溶けながら燃えている。
 その範囲は狭いが、これはもしかして。
「味方からの攻撃に弱い‥‥のでしょうか?」
 どういう事なの。
「よっしそれなら‥‥っとととぉっ!」
 巨人のターゲットがホープに変わったらしい。
 燃える岩が落ちてくる、その場を迅雷で駆け抜けるホープ。
 ついでに移動方向にいたサルが口を開けていたので、急ブレーキをかけブレイクロッドを突っ込んでやる。
 ちょっと突っ込みすぎたが、ロッドから熱が伝わってくるのを感じて素早く引き抜き‥‥
 びしゃっと巨人に発火液をかけてやった。
 はたして予想通り。
 表皮を溶かしつつ燃えてゆく。
「OK! いくら硬くても、早い方が強いって事、教えてあげる!」
 ついでにサルキメラも1匹倒せたし。

「えっ、なにが!?」
 自分の攻撃の音で聞こえなかったのか、巨人の背後から思いっきり連撃を繰り出していた零奈が聞き返す。
 それにしても本当に硬い。
 いやそれはともかく、こいつは感覚が無いのだろうか。
 足さばきでくるくると動き回っている武流も、確かに注意を引いているが‥‥
 普通こんなに攻撃されて、後ろを振り向こうとしないなんて有り得ないだろう。
「ん? と、いう事は‥‥」
 巨人の足の後ろから顔を出し、くいくいと手招きする零奈。
 正面で観察していた希雪は、零奈が何をしたいのかわかった。
 にやりと微笑む2人。
「朝さ〜ん! サルはもう3匹になりましたし奈々さんもいますし‥‥そのパワーを貸してあげてください」
 希雪の声に。
「‥‥‥‥」
「‥‥なるほど、後ろから忍び寄って、蹴倒してやれと?」
 朝と敬介も理解した。
 
 そこに、武流が叫んでくる。
「こっちを80メートルくらい行ったところが下り坂、その先は人間には使えない源泉だ!」
 なるほど。
 どうせなら水中、もとい湯の中に落としてしまえば。
 武流が率先して攻撃しつつ巨人キメラを導く。
 零奈は膝関節の裏の、弱い部分をあらかじめ削れるだけ削っておく。
 もし巨人が他の方向に注意を向けそうになったら、球基と小鳥が顔面を狙った射撃で注意を引く。
 その隙に、朝も巨人の背後に回っておく。
「逃がしはしない」
「全力で止めるよ!」
「邪魔はさせません〜」
 むろん、敬介、ホープ、希雪はサルキメラの足止めだ。
 奈々は巨人方面にサルを通さないようガードする最終防衛ライン。

 うまく巨人キメラを引き付けて坂へ。
 途中、発火液を吹きかけた岩を持ち上げようとしてフェイントで腕を振り回すという小技も使ってきたが、
 そこは武流、付け替えていた脚甲グラスホッパーで宙を舞い‥‥
 一瞬、空中に脚甲が固定されたように『空中を足場にして』さらなる跳躍。
 巨人の頭部へと着地した。
 そして‥‥
 視界から武流が消え、球基と小鳥しか見えなくなった巨人キメラは、足元の燃える岩を持ち上げようとして。
 身を屈めた。
 身を屈めたのだ。
「せー」
「のぉ!」
「‥‥っ!!」
 武流が右足、零奈が左足、とどめに朝が大剣ごと腰中央に体当たりをぶちかます。
 さすがに3人がかりで倒れないわけがない。
 大きな音を立てて倒れ、砂利道を滑り落ちてゆく巨体。
「耳ふさいでおいた方がいいよ」
 球基が早々に耳をふさぐ。
 ボディの一部はまだサルの発火液で燃えているのだし、それでなくとももともと高熱を発しているのだ。
 お湯とはいえ水中に飛び込んでどうなるかは推して知るべし。
「包丁、使えなかったなあ‥‥残念」
 零奈の呟き。

 キメラのボディは大きな亀裂が走って、まっぷたつに分かれていた。
 誰がどう見ても活動停止している。
 ‥‥よっぽど安物の材料を使ったのだろう。もしかしたらこの辺りのバグアも物資不足なのかも知れない‥‥


 巨人を相手取った面々が旅館の方を見ると、サルキメラも片付いていた。
 さりげなく堅実にダメージを与えていた敬介と、迅雷の使えるホープのおかげで。
「おかえりー‥‥い、痛っ、あーたたた」
「我慢してください、早く治って欲しいが為の、涙の突貫治療です」
 発火液を撒くという戦法を取ったホープが火傷してないはずがない。霧露乾坤網で軽減されているとはいえ。
 その手に薬をすりこんでいる希雪は、なぜかイイ笑顔だった。
「別ニSっ気ガ疼イタワケデハナイデスヨ〜。‥‥ホントウダヨ〜」

 その後、敬介と奈々も『微笑みのS』野良希雪の犠牲者となった。
 ‥‥治療なら球基もいるのに。
「ウケケケケ〜」


 火傷には温泉というわけでもないだろうが、宿の好意で入浴させてくれる事になったので希望者は温泉へ。
「ついでだとは言え、直ぐに汗を流せる状況は助かるね」
 やや肩をすくめながら笑って球基が言う。
 今回は流血は無いのでみんな気兼ねせず入れるだろう。
 もっとも、各々の理由から入りたがらないメンバーも多いのだが。
「本当は一緒に入りたいけど、変に気使わせるかもしれないしね〜」
 とは義手義足を使う少女ホープの談。
 朝と零奈と田沼じいさんは早々に山の見回りに行ってしまったし、小鳥も足湯だけで遠慮しておくそうな。
「そういえば‥‥奈々様‥‥」
「あ、はい?」
 微笑みをたたえた小鳥が奈々を呼び止める。
「私でよろしければ‥‥髪、切り揃えますよ‥‥? 髪は女の命‥‥そう、日本では言いますからね」
「うん、でもいっそバランスよくばっさり切っちゃう? 私も手伝おうか?」
 と、ホープも申し出てくれる。
 これは奈々にとって嬉しかった。
「すみません、ありがとうございます。不自然にならなければ構いませんので、よろしくお願いしますわ」

 まっすぐで癖のない金髪。霧吹きで湿らせながら手櫛で撫でつけて‥‥
 木櫛で髪の流れをなめらかに整えながら鋏を動かしてゆく。
 ショキショキと単調で柔らかな音が響くだけのゆったりした空間。
 奈々も、散髪を行う側の小鳥とホープも、温泉の香る部屋で午後の暖かなひとときを過ごした。


 ところで田沼じいさんと一緒に見回りに行った零奈は。
「グラップラーの先輩に聞きたいんですが‥‥」
「いやいや、わたしゃ能力者になる前は空手もやったことのない一般人じゃて、そういうのは勘弁してくれぃ」
 それでも零奈にとってみれば先輩である。
「戦闘の心得とか、何か今までの依頼のお話とか」
「うむぅ、心得のぉ‥‥」
 それは心優しい老傭兵の話。
 体温を持った生き物である限り、キメラであっても殺傷することをためらうような。
 しかし、殺さなければいつか必ず人に危害を及ぼすとわかっている存在を、どうして見逃せよう。
 たとえ強化人間でも同様だ。
 もし見逃した敵によって、近しい人を殺害されたなら‥‥後悔の念で自分を殺さずにはいられなくなる。
 どんなに悩んでも迷っても、自分の中で結論だけは出しておくこと‥‥
 この老傭兵の話をどう受け止めるかは、聞いた者の心しだいである。
 両親を殺害されている零奈は何を思う。

 岩だらけの山をトントンと軽快に走る朝。
 祖母をキメラに殺害されてからずっと戦い続けている彼女には、迷いはあるのだろうか。
「ふう」
 冷水の流れる川辺の岩の上に座り、愛用の大剣に包帯を巻きなおす。
 何回か発火液を受けたせいか熱の伝わってきた手の平も少し痛いが、これくらいなら1日で治るだろう。
 旅館の人々は守れた。
 みんなで見回って、少なくとも人の近付く場所にはもうキメラはいない事がわかっている。
 それは嬉しいこと。
 ばっちゃんが守ってくれたように。

 ふと森の方を見ると‥‥本来この山に生息していたのだろう小さな猿達が、好奇心溢れる目で朝を見ていた。
「‥‥良かった」
 ようやく、彼女に表情が戻った。


 視点はまた旅館に戻る。
 以前模擬戦をやった武流が、風呂上りに奈々へ声をかけていた。
「少しはマシになったみたいだな‥‥どうだ? 試してやってもいいぜ?」
「あらあら。あいにくですが、わたくしは試されるのは苦手ですの。また模擬戦を企画させて頂きますから」
 薄く笑いながら、人差し指を上に向ける奈々。
「その時、存分に殴り合いいたしましょう」
 そこへ何か騒がしい声が聞こえてくる。
 声の質からして希雪と敬介だが。

「減ってませんよ〜。お酒飲んでないじゃないデスカ〜」
「‥‥おいしく頂いてるよ‥‥」
「ワタシノ〜お酒ガ〜ノメナイト〜イウノデスカ〜?」
「一度に大量に飲むのはよくないからね‥‥」
「ダイジョウブデスヨ〜。急性アルコール中毒ニナッテモ、ナオシテミセマスンデ〜」
 完全に絡み酒だ。
 というか言ってることが、一般人にやったら犯罪レベルである。
 希雪は温泉に入っている最中から飲み始めていて、すっかりできあがっているようで‥‥
「‥‥見なかったことに」
「‥‥ああ」
 奈々と武流は、敬介を見捨てることにした。
 日本酒はけっこう好きな奈々であったが、命は惜しい。
「日本酒ラッパ飲みは‥‥いや、灯油ポンプで入れてこないだけマシだけど‥‥うっ」
 ビンごと敬介の口に突っ込みはじめる希雪。

 いろいろとほどよく台無しになったところでおひらきとしよう。