●リプレイ本文
●ツバメを守れ
キメラの頭をパイルスピアの斧で殴り飛ばしたのは、五條 朱鳥(
gb2964)だ。
リンドヴルムを装着してなお、全身に纏った黒い炎のような影は目立つ。
このキメラよりもよほど不死鳥らしい能力者である。
「自前の羽で飛べもしねぇ奴が‥‥飛べる鳥の邪魔すんじゃねぇ!」
そのセリフ、身体的意味もさることながら精神的な意味もあるだろう。
バグアの兵器として作られ、他の生物に害を及ぼす事しかしない存在が、鳥達の自由を阻害する事などあってはならない。
キメラの首が朱鳥を追って川の方向を向く‥‥と、そこに。
「あらかじめ聞いてはいましたが‥‥大きいですね‥‥」
さらに轟音を立てての追撃。
リンドヴルムを装着したもう1人のドラグーン、文月(
gb2039)のショットガン。
その大きな銃声によって、ツバメ達は驚いて飛び上がった。
(「よし」)
飛び立つ姿を見届け、朱鳥も文月もトランシーバーを取り出す。
「こちら誘導班! 予定通りそちらに向かいます!」
コクリと頷き合い、川へと視線を走らせ‥‥
川の向こう岸に立つアズメリア・カンス(
ga8233)がこちらに向けて拳銃を振っているのを見た。
彼女は既に川下に向かって走り出している。
「さあ、鬼さんこちらです」
ドラグーン2人が、できるだけ建物の少ない場所を選んで川へとキメラを誘い出す。
彼女らには『竜の翼』がある。まず追いつかれる事はあるまい。
ズン、ズン、と重い地響きを立てて走ってくるキメラ。
体が小さければ、トットット、という可愛らしい走り方なのだが。
空気抵抗が大きいせいでひとつひとつの動作が鈍重になる。
(良く見ると案外可愛いかも‥‥)
小さければね。
それを想像したのか、文月ともどもアズメリアの方も少しばかり『にこぉ』っとした笑みを浮かべるが、アズメリアの方は慌てて顔を引き締めた。
‥‥隠すほどの事だろうか?
「オラァ! こっちだ!」
再び息を大きく吸ったキメラに向かい槍斧を振り回して、直後、自ら川に入る朱鳥。
この川は葦の原があるだけあって浅く、川幅もそれなりにある。
とはいえここでそのまま戦っては、川沿いに立ち並ぶ民家の倒壊は避けられない。
ゆえに川下に誘導する手はずになっていた。
キメラが叫びながら朱鳥に向かう。文月には目もくれずに。
実は朱鳥のパイルスピア、未来科学研究所での強化の結果、たまたま水属性がついたものだったりする。
その痛みを覚えているのだろうけれど‥‥
「あたしに走りで敵うと思ってんのか?」
「視界の広い鳥のわりには、周りが見えていないようね」
アズメリアの放った銃弾がキメラの目の近くに当たった。
たまらず怒り狂って向き直るヤンバルクイナキメラ。
「来てもらうとしましょうか。やりやすい所に、ね」
互いに距離を取り、妙な攻撃モーションがあればその動作を潰し、川の中と川の両岸でそれぞれキメラの注意を引き付ける3人。
見事な連携プレーである。
●待ち伏せ作戦
サルファ(
ga9419)と文月の希望で現場付近の地図をもらい、作戦自体は既に高速移動艇の中で完璧に練りあがっていた。
立浪 光佑(
gb2422)が駄目元で川の深さを聞いてみたところ、運良く案内人が現地の人間だった事もあり、神崎 真奈(
gb2562)をはじめ各々が聞きたい事を聞く事ができたためだ。
周囲の被害を大きくしないための作戦。
さらに念のために榊原 紫峰(
ga7665)は到着した時点で周囲を見渡せるビルの屋上に上っており、キメラの現在地点と誘導場所を生身の目で見た。
それを誘導班の3人にトランシーバーで連絡したのだ。
ある意味、彼がツバメの危機を救ったと言えるだろう。
そして今。川幅の広くなる場所で5人、いや、4人と1人の能力者が待ち構えていた。
川べりや建物の陰に立っているのは紫峰と光佑、サルファと不知火 獅炎(
gb0864)。
「初めてのバグア退治だけどビビッてる暇は無い‥‥思いっきり気合全開でいかせてもらうッス!」
やる気に燃えているのが獅炎。名前の通り熱い男。
戦闘依頼を受けるのが初めてという事もあり、力が入っているようだ。
そこに声をかけるサルファ。
「不知火、少し肩に力が入りすぎてる。‥‥ああ、バグアって『バグア側』を指して言ってるんだと思うけど‥‥キメラは『バグア人』ではないよ?」
「あ、それは大丈夫ッス。ありがとうございます隊長ッ!」
獅炎はサルファの小隊に所属している。
大規模作戦も共に行動してきた、信頼できる仲間。
「ヤンバルクイナ‥‥って事は鶏肉か」
光祐は少々妙な方向に考えを巡らせていた。
「えっ、ちょ、ヤンバルクイナって天然記念物‥‥」
「なあに、あのでかいのはキメラなんだろ? なら大丈夫!」
紫峰はちょっと心配になった。
万が一あのキメラが本物のヤンバルクイナと同じ味だったとしたら、光祐が気に入りはしないだろうかと。
「‥‥来たぞ! 作戦通り、私が気を引こう。死角に回ってグサリとやってくれ」
最後の1人、真奈が中洲から呼びかける。
程なくして物陰の4人にも巨大ヤンバルクイナキメラが上流から近付いてくる様子が見えた。
引き付け役の朱鳥、文月、アズメリアも大きな怪我は負っていない。
朱鳥のリンドヴルムに焦げ跡が、アズメリアの腕に巨大な引っ掻き傷があるが、後者はもう『活性化』によって自分で治しているようだし。
「もっとも、気を引く程度とは言わず本気で叩き込むが」
即座に覚醒した真奈の全身から真っ赤な陽炎が発現する。
対抗心をくすぐられたか、キメラが大きく一鳴きした。
待ち伏せ班のメンバーも次々と覚醒。
覚醒にともない獅炎は自分の刀を見た。
「スチムソン・エミタ・システム‥‥凄い力っス」
持っている刀に、一瞬で膨大なエネルギーが送り込まれてゆくのが体感できる。
これがなければほとんどダメージを与えられないというフォースフィールド。
普通の人間や動物では決してかなわない存在。キメラやバグア。
能力者達が、やるしかないのだ。
ひとつ頷いて、獅炎は刀を構える。
「さあ〜って! いっちょ派手にいきますかッ!」
●戦闘開始!
口火を切ったのはもちろん真奈。
「では、始めるとしようか‥‥」
見ている側が感嘆するほどなめらかな動き、神速と言っていい素早さで矢筒から弾頭矢を次々と取り出して連射する。
しかも強弾撃まで付与されていると来た。
本気の三連射がキメラの顔に、あるいは体に命中し爆発を起こす。
「その図体ではかわせないだろう‥‥?」
顔を狙いながら、たとえ外れても体に命中するように。矢の軌道を計算しての射撃だ。
キメラが巨大な羽根を振り回して反撃してくるが、ギリギリのところで跳んで避ける。
そして羽根を振り切った隙を見逃すような傭兵達ではない。
「さて。ボクの力と君の力。どちらが勝るか勝負と行こうか」
こちらも強弾撃を用いた銃撃を見舞う紫峰。
「もらうぜ、鶏肉っ!」
さらに光祐の銃が。
「まずはソニックブーム‥‥そして、飛び込んで斬る!」
サルファの、飛ぶ斬撃が。
「こちらもお忘れなく!」
キメラの横を駆け抜けた文月のショットガンが。
次々とキメラに突き刺さる。
文月の行動にならってアズメリアと朱鳥は巨大キメラの背後に回り‥‥8人全員で包囲する形が完成した。
「攻撃を仕掛けるときは、一ヵ所に固まらず、囲むように分散していこう。どんな攻撃があるかわからないから」
「いや、もう吐かれたぜ炎! できるだけ気を付けてたけど!」
紫峰に応える朱鳥の言葉。
それを証明するかのように、キメラが大きく息を吸い込む。
朱鳥はその動作を妨害しようとするが、キメラの胸肉を多少傷つけただけだった。
「うおっ!」
正面だけでなく、広範囲にわたる炎。
ほとんど真上から吹き付けられる炎の渦は、庇おうとしても庇いきれるものではない。
紫峰、光祐、サルファ、獅炎がその炎に巻き込まれる。
アズメリアが背後から月詠で流し斬り、朱鳥が大ジャンプして横っ面に一撃を見舞い、途中で中断させたものの。
「やっぱり、吐いてきたか‥‥」
と、サルファが獅炎の方を見た。
軽装だった光祐と獅炎に与えたダメージは、特に多大なものである。
「俺が焼かれるのは納得行かないぜ‥‥焼かれんのは、そっちの方だろ!」
光祐は活性化を用いて自身の大怪我をいくぶん回復し、即座に反撃に転じる。
大きく跳んで、火の力を持った刀『壱式』で斬りつけ、少し包囲の間が空いていたスペースに着地。
炎の力同士とはいえ質が違うので、ダメージを与えることができているのだ。
「‥‥こんなところで‥‥負けられないんだァーーッ!!」
獅炎、咆哮。
怪我を負ったものの、刀を一度鞘に収め、エミタAIに組み込まれたスキルを発動する。
(「豪破斬撃!」)
それに思い当たったサルファ。ならばキメラの気を引こうと、脚部を狙って両断剣による全力攻撃を叩き込む。
十字大剣の重い一撃は、爪の1本を確かにとらえ、大きく流血させた。
苦悶の叫びを上げながらサルファを踏み潰そうとするヤンバルクイナキメラ。
「甘い!」
だが片足を振り上げた時を狙って、紫峰がもう片方の足に急所狙いの銃撃。
フォルトゥナ・マヨールーの威力が合わさり、キメラはたまらず倒れこむ。
派手な水飛沫が上がった。
この隙を活かせぬわけがない。
「これで‥‥決めるッ! 獅天空炎流――獅子咆哮閃ッ!!」
抜刀術。師について学び、体に付いた動き。
獅炎が抜き放ちざまに振りぬいた刀は、キメラの腹部をザックリと切り裂いていた。
悲鳴に似た叫びをあげるキメラ。
体勢を立て直す間にさらに文月と光祐から数回の銃撃を受けるが、もう余裕はなくなっている。
脚をぐっと縮めて、もっとも間が空いているアズメリアと朱鳥の間、頭上を飛び越えようとするも‥‥
それは大きな間違いだった事を身をもって知った。
地面から脚が離れた次の瞬間、月詠の剣閃が伸びて傷だらけの脚をさらに抉る。
ソニックブームが使えるのはサルファだけではない。
「逃げられると思ったかしら? その炎、消させてもらうわよ」
もともとアズメリアは頭上への警戒をゆるめていなかった。
加えて言えば、たとえ跳び越えられたとしても飛べるわけではないのだから、傷ついた脚でドラグーン2人から逃げられるわけがない。
落下したところに真奈の鋭覚狙撃を受けて、もう片脚は使い物にならないだろう。
「逃がさねーよ鶏肉!」
そこにとどめとばかり襲い掛かる光祐の壱式。
もはや最後のあがきといった様子で、キメラは羽根を振り回した。
「ってぇー‥‥!」
光祐と朱鳥が巻き込まれる。
確かにこれは、家々を壊すだけの事はあるだろう。
しかし。
下流側にいた紫月と獅炎は、そもそも羽根の攻撃が寸前で止められていた。
「あんまり、うちの隊員ばかり狙ってくれるなよ」
サルファの十字大剣の刃がキメラの羽根を貫いている。攻防一体の動きだ。
「今のは効いたぜ‥‥だが、お前の面も見飽きた。というわけで、さよならだ」
ギャァギャァと絶叫するキメラだが、そんなもの気にするわけがない。
両断剣を使い、その名の通り一気に切り裂き、羽根を使い物にならないようにしてやる。
ここまでされてようやくキメラは逃げる事を諦めた。
倒さなければ。倒さなければ逃げられない。
ならば今できる最大の攻撃方法は‥‥
「そんなに大口を開けては危ないぞ?」
キメラの真正面にいたのは、真奈だった。
羽根をサルファに止められたせいで、体が横を向いたのだ。
弾頭矢がクチバシの中に入り込んだ感覚を、果たしてキメラは感じたかどうか‥‥
爆発の瞬間、キメラの眼球が内側からの衝撃で飛び出した。
そのまま川の中で崩れ落ちる。
むろん生きていようはずがない。
いかに相手の動きが止まっていたといえど、いかに口が大きいといえど。ただでさえ飛びづらい弾頭矢を的確に口の中に入れるとは。
神崎真奈‥‥まさに魔弾の射手。
●また来年
朱鳥と文月に連れられて、皆は葦の原まで来ていた。
どうせ高速移動艇に乗るためには上流に行かなければならなかったのだし。
「お、いるいる、帰って来てるよ」
さっきより数はやや少ないが、ツバメ達が集まっていた。
「およっ」
1羽が近付いてきたかと思うと、獅炎のほんの数m上で虫を捕っていった。
「はは‥‥可愛いっスね」
「そうだね」
巣立ちは終えているのでどれが親子かはわからないけど、きっといくつもの家族がここにある。
もう秋の風が吹く。
今度ここに帰ってくる時まで。
「人も燕も同じ……家もそこに住んでた奴も、また帰ってこれるように……守ってやらねーとな」
願わくばツバメ達の未来が、これからも無事であるように。
もしかしたら南国に向かう途中、ラスト・ホープで彼らの姿を見る事があるかも知れない。