●リプレイ本文
時刻は午前7時半。
「‥‥ふぁ」
夢守 ルキア(
gb9436)は起きて2時間になるというのにまだ眠そうである。
今ようやく頭も目覚めてきたので機体の最終チェック中。
他の所では整備士が武装の説明をしていた。
「この魚雷は使えないのですか?」
真上銀斗(
gb8516)のワイバーンは水中用キットを装着していなかったため整備士が気付いたのだ。
エキドナなどの水中用武器は水中での使用を想定して作られている。空中ではまったく飛ばないだろう。
たとえミサイルが無事海中に沈んだとしても命中率はゼロに等しい。
残念だが仕方ない。
「ん、俺は海から行くつもりだが‥‥」
その隣では能見・亮平(
gb9492)の、水中用キットを装着したワイバーンも何かあったようだ。
こちらは逆に、陸・海・空仕様なのか? という疑問を抱いた整備士が念のため聞いてみたところ。
「そうか、このロケットランチャーは飛行形態でしか撃てないのか」
陸では安全装置が働くのか使用できないということ。
使う前に理解しておいて良かった。
そして傭兵達は出撃する。戦線の偵察という名の香辛料回収に。
「初KVで水中戦‥‥気を引き締めて、と」
メルス・メスの誇る海戦KVアルバトロス。
その軽い動きにも慢心することなく、片柳 晴城 (
gc0475)は周囲をよく観察。
「河口が近いからか砂地が続いてますね。撤退する際は海底を引っ掻いて砂煙を立てます」
「ええ、極力戦闘は避ける方針で。ちょうど島との最短経路上に沈んだ船があるわね、そこの陰を行きましょ」
やや緊張気味ながらこちらも冷静な、美沙・レイン(
gb9833)の機体はバイパー。
水中では移動速度こそ遅くなるが安定した性能は信頼できる。
「こちら『銀冠』。水が予想以上に重いな。すまないが前に行かせてもらえるか?」
通常のKVはすべて、水中では鈍足になってしまう。亮平のワイバーンも例外ではない。
より安全に水中用ミサイルを撃つためには前に出たいところだ。
「了解、離れてもこちらはすぐ追いつけます、遠慮せず進んでください」
もとより晴城は動き回り、2機の後方や側面をカバーするつもりである。
「3時の方向に動くもの発見。そこの岩場を左に、隠れながら進むわよ」
慎重に、しかし進行の足は緩めず。海中班は順調に島に近付いてゆく。
海の中は静かだ。
「上は大丈夫か? 見つからないといいけど‥‥」
晴城はむしろ上空班を心配している。
「海‥‥水‥‥溺れない‥‥大丈夫‥‥‥‥行けます!」
果てしなく嫌な感覚を、強烈な自己暗示で打ち消す銀斗。
海を怖がるのに何故この依頼を受けてしまったのか自分でもわからない。
一応、普通に海に向かって離陸はできているようだが。
他の2機もそのワイバーンの後を追い飛び立った。
「妹と仲良くしてくれているようで助かる。今日は妹に代わり気を配らせてもらうぞ」
もとより知り合いなのか、御崎 綾斗(
gb5424)は空から海中の美沙に呼びかける。
少なくともキューブワームは付近にいないらしく、無線は問題なく使えるようだ。
綾斗の機体がウーフーという事もあり、多少クリアに聞こえる。
そしてもう1機の電子戦機。
「さ、眠いけど頑張ろうね、イクシオン!」
起きて3時間になるのにまだ眠いのか。
愛機の骸龍に呼びかけ、あっという間に雲の届く高度に到達するルキア。
今回は雲も少なく視界が良いため、奇襲を受ける事はまず無いだろう。
こちらからアクティブセンサーを使って向こうに探知されるよりは、このまま飛んだ方が安全だ。
それぞれの機体とデータリンクし全周囲を警戒しつつ、海中班と位置を合わせ飛んでいる。
‥‥実の所たった2kmという距離は、飛べば30秒もかからず到達してしまうのだが。
ルキアなどはさっそく島の様子を上空から撮影し、地形などをデータにまとめていたりして。
「あの倉庫が目的地か。前情報通り、近くに大きなキメラが2体うろついてるよ」
早くも敵の姿をゲット。
「うーん、先に待ってる方がいいかな?」
「ふむ‥‥俺としては海の味方と離れすぎないよう動きたいが」
「自分も、見失わないようにしたいですね」
浅瀬であれば海中の援護もできる、はず。威力も命中率も段違いに下がるだろうけれど。
また、海中の味方がそういう場所まで動ければという条件もつくが。
出発から約10分後。
海中班に、動く影がふたつ接近していた。
「これは完全に見つかってるわね」
「海でキメラと出遭うとはついていない。こちらには魚雷しか武器がないが‥‥」
大きさから見てサメ型のキメラの方だろう。
しかしメガロワームなどと違って無茶な機動をしないぶん当てやすいはずだ。
ターゲットロックオン。
長射程を誇る亮平の水中ミサイルがキメラに向かって飛ぶ。
1発目、外れ。
「さすがに距離が遠いか‥‥っと」
それでも命中力には定評のあるワイバーン。敵が近付くのを待ち構えて撃った2発目はあやまたず頭に炸裂。
「え?」
そして、その一撃で1匹目のキメラは気を失ったらしい。
くるくると海底に沈み、砂煙を舞い上げる。
「弱いなおい!」
「まあ、しょせんキメラって事ね‥‥」
そう言う美沙自身も多少肩透かしをくってはいるが。
確かに『パワーは強い』と言われていたが『耐久力がある』とは言われていない。
この程度なら。
「発射!」
素早く接近し、水中用ガウスガンの射撃を見舞う晴城。
アルバトロスの命中力はけして高くないが、こうして素早く接近して攻撃できる機動力がある。
さらに美沙も試作ガウスガンを構えるが‥‥
「‥‥逃げちゃった」
紫色のサメキメラは、よたよたと3機から遠ざかっていった。
「まあ、ああして血が出ていれば魚や他のキメラをそっちに引き付けられるかも知れないし、逃がしておくか」
亮平の言葉に異論もなし。
道のりはあと半分もないが、帰りに敵が出た時のためミサイルも取っておこう。
あっさり水中戦闘を乗り越えた海中班。
しかし、上空班からの通信に再び緊張が走る。
回避を心がけてはいたが、なにぶん遮蔽物のない空では見つかったら即座に戦闘態勢だ。
「まだ落ちないか‥‥!」
銀斗機、白斑が接近距離まで近付きガトリングを連射。
既に綾斗の狙撃、ルキアのAAMも全弾命中し、確かにダメージを与えているはずだが、落ちないのだ。
「けっこう硬いんだよね、こいつら」
ルキアはワームと戦うのは初めてではない。
以前は味方の数が多かったからともかく、今は1分やそこらで決着がつくとは思っていない。
それでもなるべく敵を減らしたいと思うのは当然で、全力攻撃を仕掛けていく。
集中攻撃で1機ずつ確実に。
「っと」
プロトン砲の尋常ではない質量の光が、ルキアのイクシオンのすぐ横を通り過ぎる。
ワーム3機からの攻撃はルキアを集中的に狙っていた。
骸龍は優先的に落とせとでもプログラムされているのだろうか。
しかしイクシオンは度重なる攻撃もものともせず回避してゆく。さすがに奉天の誇る桁外れの機動性。
「短距離高速型AAM、弾切れ!」
イクシオンのAAMの最後の一発。最初のターゲットのワームはもうボロボロだ。
「スナイパーライフルをリロードしている暇は無いな‥‥よし」
UK−10AAMに切り替えた綾斗の、中距離からの連続砲火でようやく1機目を撃墜。
銀斗の白斑はマイクロブーストで次のワームに追いすがりつつドッグファイト。
「私を狙ってくるというならむしろ好都合だよ」
ルキアは味方が撃ちやすいよう、撹乱的な動きから敵を引き付けるストレートな動きに切り替えた。
そして綾斗のUK−10AAMも撃ち尽くし、やっと2機目を撃墜した時。
「‥‥!」
ワームは素早く方向転換をして、イクシオンの延長線上に綾斗のウーフーが来るようプロトン砲を発射した。
やはり電子戦機を早めに落とすようプログラムされているのか。
「機体下部が‥‥」
焦げ溶けている。痛恨の一撃とは言わないが、かなり派手な傷口だ。
「あーっと、まずいかも」
加えてルキアからの通信。
135mm対戦車砲も全弾撃ち尽くしてしまったと。今、イクシオンには攻撃手段が無い。
「仕方ありません‥‥海中の敵は大した事がないようですし、撤退しながら残り1機を処理しましょう」
「了解」
銀斗の提案に従い、陸側に戻る上空班。
さいわい、まだ敵はしつこくルキア機を狙ってきている。
このまま回避し続ければ綾斗と銀斗にはリロードできる兵装があるのだから、負ける事はあるまい。
弾薬を補給してもらって、今度は上空班は最速で島へ。
それでもなお海中班よりわずかに早く到着。
「良かった、ご無事で‥‥」
合流できない可能性も想定していた晴城は胸を撫で下ろした。
実際、先程の戦闘はかなり危険な場面だっただろう。
森ではぬかるみに機体の足をとられつつも危なげなく進軍。
美沙がスコープシステムをフル活用して危険に備えているものの‥‥
「戦闘は可能な限り避けて‥‥と思っていたが、キメラの方から避けていくようだな」
亮平の言葉通り。
小型のキメラは何匹もいたがKVの装甲に通用するような攻撃手段を持っている敵はおらず。
ルキアの航空写真のおかげもあって、目的地へは簡単に辿り着けた。
可能ならば、でかいキメラとの戦闘も避けたかったが。
どう見ても目的の倉庫を含むエリアを守るように立ちふさがっている。
手に剣と盾を持っているのがまるで番人のようだ。
インドの神話通りに善良なところのある蛇神ならいいのだが、あれはキメラである。
顔と下半身が蛇のキメラ、ナーガ。
ここは恐らく人々が生活していた場所、だから重要でなくとも強力なキメラを配置してあるのだろう。
人間が取り返しに来る可能性が高いから。
「よし‥‥援護は任せろ。お前はお前の戦い方をすればいい」
綾斗が美沙に、管制役らしい台詞を言う。
美沙は少し笑って強化型ホールディングミサイルを準備した。
「では、後ろはお任せするわ」
綾斗のスナイパーライフルが片方のナーガの剣を弾き飛ばす。
初撃を与えたのは銀斗の白斑。空戦でも活躍したガトリング砲が火を吹いた。
森の視界の悪さを利用して回り込んだ亮平と美沙のガトリング、晴城のマシンガンも加わる。
ナーガ達の鱗はどんどん貫かれてゆくが、相手も黙っているわけはない。
片方は素手で美沙機に組み付き、片方は晴城機に斬りかかった。
美沙のバイパーは引き倒されかけるも、素早く持ち替えたマッドハウンドでナーガの腕を傷つける。
今ので腕部の関節に多少損傷があったが‥‥
「確かに、KVでもダメージが‥‥来るな」
頭部が大きく凹んだ晴城機よりはマシか。
かわそうとしてもかわせない、腕までも蛇のような不可解な動きである。
そして一撃一撃は、水中機の装甲を貫くパワーがあるのだ。
早めにけりをつけなければ。
「非物理攻撃なら‥‥どうだ!」
綾斗の高分子レーザー砲が、美沙機に近接戦を挑んでいた敵の下半身に穴を開けた。
痛みに思わず美沙機を離すナーガ。
そして、ルキアが対戦車砲を撃ち込んでさらに距離を離し‥‥
体勢が崩れたナーガは、盾を構える暇もなく無数の弾丸の雨に倒れた。
「っつ‥‥この!」
帰りの海路で水漏れしないかが心配なほど各部が凹んだ晴城機。
ナーガの剣舞は一撃たりとも避けることを許さず。
しかし1体だけになれば当然、後ろに回り込まれる事を防ぐ手立ては無い。
「お待たせ」
背後からの美沙の攻撃で、敵がとっさに振り向こうとしたところを‥‥
晴城は逃さず、首を貫いた。
「今回の依頼、何だかひっかかるわね‥‥オペレーターは何か知ってるみたいだったけど‥‥」
目的の箱はあっさり大量に見つかった。
どう見ても食料庫で、入り口近くの木箱からは風化した作物が、奥の木箱からは腐った作物も見えたが。
「何が入ってるんだか知らないが、とっとと回収」
首をかしげる美沙の脇を、箱を担いだ晴城が通り過ぎる。
「確認するなって依頼ですからね、早く終わらせちゃいましょうか」
「あれ、確認する必要はないってだけで確認しちゃいけないとは言われてないんじゃ?」
銀斗とルキアの反応も対称的である。
綾斗や亮平のように黙々と働く者もいるが。
「ふむ」
と、ルキアは我慢できなかったようだ。
工具セットまで用意してきたが、箱には鍵もかかっていないので開けるのは簡単。
木箱の止め具をバチンと開けて‥‥
中に入っていたのはさらに小さな箱の数々。
ためしにひとつ開けてみると。
「‥‥ナニコレ?」
黒っぽい、多少白も混じった細かい粒。粉というほど細かくはない。
ぺろりとなめてみると、ピリッとした味わい。
深みのある、美味な胡椒の味わい。
「‥‥じゃあ、こっちは?」
鉄箱の中は。
「えっ、なにこれ?」
「なに?」
「これは‥‥」
「なんだこの‥‥いい匂い」
周りじゅうが反応した。
日本人なら9割9分が反応するであろう郷愁の香り。
懐かしき大いなる食文化、カレーの芳香。
「‥‥‥‥」
結局、中身はすべて香辛料のたぐいだった。
「‥‥そりゃ、こんなもののためにKV飛ばしたって知れたら、スキャンダルよね‥‥納得」
傭兵達はおおいに脱力しつつ。
各々、可能な限りの箱を詰め込んで島を出た。
心配されていた晴城機も特に異常なく海を渡り‥‥
さっきの血を流したサメキメラが遠ざかってくれたおかげか、帰路で新たな敵に遭遇する事も無かった。
基地に帰還してから。
全員まとまって動こうとしたのが失敗だったなぁ、と言われた。
KVが同じ所を旋回していれば敵に見つかる可能性はぐんと高くなる。
「海の仲間を護衛するつもりではあったんだが‥‥」
綾斗のウーフーでも、離陸してから10秒で900m飛べる。ましてワイバーンや骸龍なら1500m。
海で敵影発見の報告があってから飛んでも間に合う距離だった。
加えて、海と空ではさほど連携が取れないという事はわかったし、次に向けての反省点としよう。
「小型HWも意外と‥‥」
予定通りに集中攻撃で1機ずつ落とせたとはいえ時間がかかった。
敵がルキアの骸龍を狙ってくれたから良かったが、綾斗や銀斗が狙われたら落ちていたかも知れない。
プロトン砲の威力は、表面の焦げ溶けたウーフーがよく示している。
「それに最悪の場合、基地を危険にさらしていたかも知れない」
HWの応援が来なかったのは幸運としか言いようがない。
なぜ応援が来なかったか、理由として予想されるのは撤退するように見えたからだろうが‥‥それも偶然。
弾切れがなければそのまま島に向かっていたと考えると‥‥
依頼は成功、持ち帰った香辛料の量も多く特別ボーナス追加で報酬は上々。
しかし作戦行動としてはやや失敗と言えよう。
高速移動艇から降り、ラストホープに帰還した傭兵達。
疲れた体をゆっくり休め、次の出撃に備えておいてほしい。