●リプレイ本文
その青さを高速移動艇から見たことは有っても、『海』という場所に来たのは初めての上月 白亜(
gb8300)。
あまり綺麗とは言えない海だったが‥‥
砂浜に降り立って目を閉じ、潮の匂いを思い切り吸い込む。
さざ波の立てる微風がニットワンピースの裾をくすぐった。
(「これが‥‥海‥‥」)
しかし感動に浸る間もなく、響いてくる破壊音。
向こうから海の家の管理の青年と漁師のお爺さんがぽてぽてと走ってくる。
追われているというふうではなく、こちらに気付いて駆け寄ってきたらしい。
「なあ、ワンピースとかジャケットとかスーツとか、あの人らが傭兵さんかい? 変身とかしないんかい?」
「戦隊ヒーローでも想像してたのか爺さん!?」
そのスーツ姿の男、龍鱗(
gb5585)は味方とともに海側に回り込むべく、ボート小屋の残骸を跳び越えた。
作戦は、海側と陸側から挟み撃ちにすること。
瓦礫の向こうから頭の先端を覗かせている巨大イカキメラを見て一言‥‥
「また随分とでかいイカだな」
なぜかその両手には1本ずつのスコップ。
いや、バトルスコップというれっきとした武器である。
イカの触腕の先端はスコップに似ていなくもないが、対抗したのだろうか。
「‥‥なぜ俺はスコップなんて持ってきた」
そういうわけでもないらしい。
「ともかく作戦通りに行きましょう‥‥しかし、ピンを抜いて約30秒後‥‥とは」
閃光手榴弾の説明書の内容にちょっと戸惑うロゼア・ヴァラナウト(
gb1055)。
巨大キメラと戦闘しながら30秒きっちり数えることができるかどうか。
たぶん大丈夫だろう。
エミタを移植して能力者になってから、そういう知力は上がったし。
「あ、あれがキメラですか‥‥おっきいです」
初めての依頼にどきどきしながら、小鳥遊 柚雛(
gb8526)も乱れ桜の長い刀身を抜き放ち、鞘を落とす。
身長135cmの柚雛に2mほどの乱れ桜は見た目アンバランスだが‥‥
接近戦の魔術師フェンサーの戦いぶりやいかに。
青年とおじいさんとともにアスファルトの道路に上がり、陸側から回り込む優(
ga8480)達。
途中、気になったことをひとつ口にして聞いた。
「何かキメラが妙な行動をした時に変わった事など、ありませんでしたか?」
ポージングした時に何かしら音波みたいなものを飛ばすとか。
あるいは何かに反応して鳴くとか。
「いえ、観察してましたけど別にそんな事は‥‥」
「そうですか‥‥ありがとうございます」
町民に会釈だけして。
ぬっと道路の向こうに姿を現した、巨大キメラの胴体に向かい合う。
そしていよいよ大イカが触腕を振り上げ、陸側の前衛と交戦するという時‥‥
「待ちたまえっ!」
響き渡る謎の声。
いつの間にか崩れた海の家の上に立つ、AU−KVを纏った勇壮な姿。
「バグアの手先め! あた‥‥俺が相手だっ!」
正体は変声機で男声にしたアリエーニ(
gb4654)である。
たまたま別件の依頼でこの近くに来ていたため、他の傭兵とは会わないままここに到着し‥‥
何か、思いついてしまったのだろう。
「我が名はStorm。人々の住む町を蹂躙するとは許せん! とう!」
瓦礫の上から飛び降り、海側の面々に協力すべくキメラに向かうアリエーニ。
それにしてもノリノリである。
「これは‥‥お、音楽を! 何か登場シーン用の音楽とかないんかね!?」
「ねーよ! 少し黙っててくれヒーローマニア!」
陸側の後方からは、町民2人の珍妙なやり取りが。
そしてそんなアリエーニに対抗心でも刺激されたか、2本の触腕を天高く振り上げるキメラ。
「まっする!」
謎の雄叫びが、あたりに響く。
そのポーズにさらに対抗してスコップを掲げる龍鱗。
妙に似合っていた。
「うぇ? え? えぇ?」
アリエーニとイカと龍鱗のポージングトライアングルに戸惑う柚雛。
ごく普通の反応だと思う。
初めての依頼がこんな敵とはかわいそうな。
「‥‥おぉ。イカが直立してるよ! しかも、『まっする!』とか鳴いてるよ! なにあれ!? マジ、スッゲー!」
何か感動しているのはジン・レイカー(
gb5813)。
これまた今回の依頼が初めての、フレッシュなダークファイターだ。
「大王イカキメラねぇ。相変わらずバグアの節操の無さといったらないわね」
そのジンと優の後ろから、いち早く覚醒したミンティア・タブレット(
ga6672)がエネルギーガンを撃つ。
当たったキメラが痛がっているのを確認して、味方の武器に練成強化を施し始めた。
今回は新人さんもいることだし、とサポートに回る構え‥‥だったのだが‥‥
なぜかたいへんイラついておられます。
「何か、その鳴き声とポーズ、イラっとするんですよね」
もう片方の手でアーミーナイフを抜きながら言われるとちょっと怖い。
「決めた‥‥鳴く度に全力で攻撃します。鳴いたり笑ったり出来なくしてあげる」
怖いですミンティアさん。
キメラに対して全周包囲で、戦闘は始まった。
作戦では、まず陸側班が接触して敵の注意を引き、海への退路を断つよう陣形を整える‥‥はずだったが。
予想以上にキメラが鈍重だったため、包囲はいとも簡単に完成した。
「‥‥隙だらけですね」
しかしそう見えても、こちらの攻撃を誘う罠かも知れない。優はそう考えていた。
けして油断はしないよう、ミンティアの先制攻撃に続いて駆ける。
「そんじゃまぁ、始めようか」
覚醒し、溢れ出す闘争心を抑えきれないように笑うジン。
手にしているのは双槍『連翹』。
最初の攻撃は奇しくもイカと同じような1人時間差。
「おおっと、危ねえ」
伸びてきた触腕を片方で弾きつつ、もう片方の穂先で浅く刺して切り裂いた。
海側、ロゼアはあらかじめ閃光手榴弾のピンを抜いて保持しているものの、まだ炸裂するまでに多少の猶予がある。
白亜からの練成強化がライフルを包んだ。
「陸に上がったことを後悔するといい!」
バキンと乾いた音がして、弾丸の当たった触脚からわずかに体液がしぶく。
(「あれは‥‥」)
触腕や触脚の1本1本、その吸盤のひとつひとつに付いているギザギザの‥‥
歯? だろうか?
あんな吸盤のついた脚に絡め取られたら脱出が難しそうだ。
「ふっ!」
迅雷。
ドン、と砂浜の一部が削れ、砂煙が上がる。
前衛一番槍は龍鱗だった。一気に近付き、スコップで手近な触脚を切り払う。
手ごたえあり。
「邪魔な触手‥‥少し削らせてもらうぞ」
利き手ではない方、右に持ったスコップ。それを目にも止まらぬ速度で引き、構え、突き刺す。
その刺さったスコップを蹴り、触脚に深く押し込んだ。
近接武器のSESは手放せばほぼ即座にフォースフィールドを貫く力を失う‥‥
その一瞬で押し込んだのだ。
「す、すげえ‥‥スコップで渡り合ってる」
「さすがラストホープの能力者は一味違うのう」
後日この戦いを見ていた町民によって、尾鰭をつけられた噂話が一人歩きすることになる。
スコップマスター龍鱗、と。
「まっ、まっ、まっする!」
ダメージが大きかったのか大イカキメラが暴れ出した。
「むぅ‥‥当たりませんよ」
覚醒して無表情になった柚雛。
回避防御優先で、よく相手の動きを見ながら冷静にかわす。
獲物をとらえる触腕の動きは確かに機敏だが‥‥能力者にとって避けられないほどではない。
そして、スポットライトのような作動音とともにまたしても光条がキメラを襲う。
「鳴いたら撃ちます」
変な鳴き声に反応したミンティアだ。
彼女のエネルギーガンには水属性がついているが、相手が水棲生物だからといって威力が弱まるわけじゃない。
撃ち出された光条はあやまたず大イカの表皮をこそぎ取った。
また、水属性がついているのはミンティアのエネルギーガンだけでなく‥‥
「ここに俺がいる限り、この世に悪は栄えない!」
アリエーニの持つ細剣ハミングバードも。
「ひとところばかり見ていると、足元を掬うぞ」
龍鱗が持ち替えた刀、雲隠も。
その軌跡に水のような美しい視覚的効果を生む。
後ろで見ている町民2人が思わず目を奪われるほどに。
優の刀にミンティアの、柚雛の刀に白亜の、それぞれ練成強化がかかる。
「はッ!」
優が生み出す連続したソニックブームの刃が重なり合い、巨大なキメラの体に派手な傷をつけた。
いいかげん鬱陶しくなってきたのかキメラは海に入ろうとするが、それはアリエーニが阻んで止める。
「パワータックル!」
AU−KV全体に綺麗な火花が走り、その次の一撃のため足を踏み込んだ浜の砂が派手に飛び散った。
竜の咆哮。
さすがにこの巨体全体は押し戻せないかと思われたが‥‥
直立したイカなんて、重心が安定しないに決まっている。
「ひはっ。逃がしゃしねぇよ」
体をぐらぁりと押し戻されたキメラに、今度はジンの両断剣がまともに入った。
双槍を一本に戻し、流し斬りの要領で横に回りこみながら、自分自身の移動よりさらに速く切り裂く。
そこに竜の爪の力を溜めたアリエーニが飛び込んできた。
竜の翼で一瞬にして間合いの内側に入り、目と目の間、キメラの中央部分めがけて剣を構えたまま突っ込む。
「くらえっ! 今! 必殺の! イッカクアタック!!」
刀身の大部分が食い込んだ。
体液が派手に噴き出す。
さらに‥‥
キメラの触脚に突き刺さったスコップの上に、いつの間にか立っている柚雛。
「‥‥逃しません」
自分自身も飛び降りながら、すぱっ、と。
舞い落ちる桜のように静かに、長い刀身を振り下ろす。
二撃目は一撃目より速く。突風の中の桜吹雪のように。
1本の脚に狙いを定めて円閃を重ね、ついには脚1本を切り落とした。
「ぐあっ!」
注意していたが、なにしろ相手の手数も多い。
ついにジンがその触腕にとらわれてしまった。
吸盤の歯の鋭さはアーマージャケット越しにも感じられる。
締め付ける力も尋常ではない‥‥全身の骨が軋む。
能力者でなければ本当に即死だろう。
「この‥‥っ」
すかさずジンの救助に回るメンバー。
「死になさい!」
強弾撃を発動し、とらえている触腕の付け根を狙って二発。
ロゼアのその銃撃で、触腕全体が一瞬硬直した。
「そんな危ないもの、使えなくしてやるのですよ」
白亜の操る超機械ブラックホールから、その名の通りの黒球が打ち出される。
着弾した場所にまんべんなくダメージを与えるエネルギー。
そのダメージを与えた箇所に、龍鱗は狙いを定めた。
「逃がすわけにはいかないんでな、大人しくしてろ!」
一般人から見ればそれこそ神速と呼ぶに相応しい居合。
斬ると同時に龍鱗が空中に飛び出す‥‥1秒遅れて、ジンをとらえていた触腕が両断されズルリと落ちた。
「痛ってぇ‥‥」
ジンは、痛みに顔をしかめながらもまだ戦えそうな気概。
砂浜のほうに落ちた彼に、白亜の練成治療が飛ぶ。
「閃光手榴弾を使う! 一斉攻撃を!!」
いよいよロゼアが凶悪な兵器を転がす時が来た。
全員がキメラから距離を置き、ぐっと目を閉じる。
まぶたを閉じても感じるほどの強烈な閃光、そして轟音。
このキメラには死角が無い。裏を返せば、どうしても見てしまうということ。
そして‥‥
イカには、まぶたというものが存在しないのだ。
皆が目を開けた時、キメラは既に前後不覚に陥っていた。
本来はほとんどの判断を触覚に頼っているイカだが‥‥
周囲に水の無い陸上では、そんな真似はできない。
そこに全員で攻撃するべく再び囲む‥‥
「んんっ?」
もともと片目を奪って死角を作るつもりだったジンだが、まったく見えなくなったら暴れそうな気がした。
ジン自身だって、武器を構えた連中の真っ只中で視覚を奪われたら、滅茶苦茶にでも暴れるだろう。
そして、その予想は当たっていた。
まぐれ当たり。
閃光で視覚を失ったイカがでたらめに振り回す触脚が‥‥
偶然にも柚雛をとらえた。
「っ‥‥!?」
応龍の盾を持った手首に痛みが来ると思った瞬間、盾が体に押し付けられ、アバラに衝撃が来た。
すさまじい衝撃が背中へ抜ける。
息が一瞬止まり、倒れそうになったが‥‥踏みとどまった。
「く‥‥げほっ、パワーだけは、凄い、ようです」
危険と見たミンティアから、すかさず練成治療が飛ぶ。
盾を持つ手首の筋を痛めてしまったかも知れない。
だが柚雛も自分のつとめは終えている。
今、柚雛を襲った触脚には、乱れ桜の長い刀身が貫通していた。
アリエーニの竜の咆哮で、触腕が弾き飛ばされピーンと伸びきる。
その付け根に、流し斬りの連発で4連続攻撃を叩き込む優。
「‥‥っと。二周もしてしまいましたね」
後ろから双眼鏡で見ていた町民は語る、まるでろくろに乗せた粘土のように綺麗にそぎ落とされていったと。
「黙ったわね‥‥」
キメラはもう鳴き声を発しなくなっていた。あの鳴き声は余裕だったのかも知れない。
ミンティアがとどめとばかりに胴体を狙って撃つ。
回避もできないキメラの体から、わずかにイカ焼きの匂いが漂ってきた。
「終わりにしようぜ」
そして。
一本に戻した双槍が、ジンの錬力で輝きを増す。
両断剣の込められた必殺の貫通撃は、大イカの眼球を砕き、その奥の小さな脳をも削り取った。
スコップを回収し、龍鱗はふと巨大キメラの体に目を留める。
「‥‥食えそうなら調理はするが‥‥食って大丈夫なのかコレ」
「食べられるんかね? このイカキメラ‥‥まぁ、食べないけど」
指でつつきながらジンが言う。
もう、覚醒中の闘争心は見当たらない。
「料理したら食べられそうですけど‥‥料理してみましょうか?」
そこに柚雛も歩いてきた。
もう手首の具合もよくなったようだ、しっかりと乱れ桜を拭って鞘に収める。
「それ、食べるんですか‥‥? 大王イカって不味いらしいですけど‥‥」
白亜もあまり乗り気でない様子。
私は食べません、と断言した。
確かに大王イカは不味い。
「大人しく未来科研に渡して終わりにしましょう‥‥」
そして。
「えっ?」
海水浴場のシャワーでバイク‥‥もといAU−KVを洗おうとしていたアリエーニ。
その装着解除の瞬間を、管理の青年は、見つけてしまった。
白く塗装された近代全身鎧の中から現れたのは、外見年齢16歳程度の少女。
「あら‥‥見つかっちゃいましたか」
しどろもどろになる青年に。
内緒、ですよ? と、可愛らしく悪戯な笑みを浮かべウィンクを送った。
そしてULTの送迎ワゴンが迎えに来て、傭兵達を笑顔で見送る見物者2名。
「惚れた‥‥」
「へ?」
去る傭兵達を見送り、青年は叫び出す。
「俺はラストホープに行くぞーっ!!」
「な、何を言っとる!? 適正なかったろう、あんた!?」
仮面のヒーロー『Storm』。
怪盗でもないのに青年の心を盗んだ、ニクい奴。
「あの子の助けになるんだーっ!!」
「よ、傭兵さーん! この危ない男を止めてくれーい!」